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真の平和教育とは

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先日、「国民に対する教育」と言うエントリーで、本当は日本人が何を知らなくてはならないのかを系統立てて高雄爺さん達にハナしてもらうつもりだったが、ついいつものように脱線して話が他の方向へ行ってしまったので、改めてここで書きたい。

このブログを始めたその二つ目のエントリーが「平和教育の危うさ」だった。このエントリーは初期の頃ちょっと不慣れだったことから不手際で削除してしまっているので、巻末に再掲する。私が書きたかったのは、では本当の平和教育とはどの様な物なのかということだ。この教育を行うのは政府しかないが、政府にはその気はない。

しかし、政府にその気にさせるのは国民から働きかけなければならないのだ。多くの国民が、真の平和を実現するためには何を知らなければならないのか、どの様な努力をしなければならないのか、を理解し、政治家にそれを実戦させるように求めて行かなくてはならない。主権在民国家である日本では、それ以外政治家が国民の意向に反して余計なことをするわけがない。

国家が国民に対して教育すると言えば、すぐ国家意識だ、民族教育だと脊髄反射で反対を言い出す者達が居るが、家庭でもその家の決まりがあり、親は子供にそれを教えながら育てるのではないのか。政府は親ではないが、政府を動かすのは国民であり、国民が次世代の国民に国家としての方針を示し教え伝えるのは当然ではないのだろうか。

誰かの命令で動くのではなく、国民が自らの意思で動くためには、何を知っておくべきかが大切なのだと思う。

順不同になるが、挙げてみる。

1)国防意識 日本人が日本を守る意識を持たせる。
2)愛国心  日本人であることの意味を考えさせる。何故国を愛するのか。なぜ国を守るのかを基本から理解させるべきであり、国を愛することは個人を犠牲にする、国を守ることは個人の思想の自由を奪われるなどとのとんでもないプロパガンダを払拭しなければならない。
3)歴史   日本という国の成り立ちを正しく教える
4)民族意識 日本人の特殊性をはっきりと教える。すべての民族には特殊性があり、それ自体は優劣を付けることは出来ない。ただ、日本人の価値観で世界を判断は出来ない。
5)周辺国  日本との利害関係、協調関係、対立関係を正確に知り、改善できる物は改善するが、改善できない物はどう対処すべきかを考える。

 これらに先立ち理解しなければならないのは、平和とは努力の結果得られる物であり、努力をしなければ戦争状態が普通なのだとの認識をしっかり持つべきであろう。これが日本に於いて徹底的に間違っている。何かをしなければ戦争にはならないから、平和な状態が普通だと考えられているが、全くそうではない。

国防意識を真っ先に置いたのもそれが基本だと考えるからだ。いや、愛国心が先だろうとか周辺国のことを先に理解してから国防だろうというのは私は違うと思う。国防とは生存本能に根ざす根本的な機能であり、国家が生存するためには国を守らなければならない。誰が守るのか。日本人以外には居ないではないか。どんなに親しい国でも同盟国でも最後の最後は自らを守る。そのためには他国を犠牲にする、それが国家のしての生存本能であり、その生存本能を捨ててはもはや国家としての意味もなくなるからだ。

愛国心とはその生存本能によって喚起される物だから、愛国心よりも国防が先に来る。また、周辺国がどうであれ、すべてが日本との同盟国であれ、最後の最後に利害が分かれたときどうなるか分からない。したがって、国防を考えることは決して親しい国に対する裏切りでも背信でもない。国家として自立するからには自分で自分を守るのが当然である以上、親しい国同士で連携を組むことはあるだろうが、最終的には自力で守る事を念頭に置かなくてはならない。

かつて、日本は世界の軍事大国ロシアと戦った。あの戦争に負けていれば、日本はロシアに蹂躙され今の繁栄はない。ソ連邦の一員となり、ソ連崩壊の後もロシアに強力に支配される属国でしかなかったろう。

しかし日露戦争が始まる前、世界は日本に勝機があるとは夢にも思わなかった。確かに信仰の小国が粗暴なロシアの前に必死になって立ち向かう姿を勇敢だとは思ったろうし、ロシアに対する非難の気持ちもあったろうが、しかしだからといって日本を庇ってロシアと対峙してくれる国はなかった。下手に日本に荷担すれば、軍事大国ロシアにどの様な報復を受けるか分からなかったからだ。

日本には戦費もなかったから戦争国債を発行しても、負けると分かっている日本の国債は売れず、日本人だけが買ったが、いかんせんそれでは全く足りなかった。結局世界中に頭を下げやっとイギリスの口利きでアメリカから金を借りることが出来た。

またイギリスは当時支配していたパナマ運河をロシアの世界最強と言われたバルチック艦隊に使わせず、これが最終的に戦況を変えたと言われてはいる。しかし、とにかく日本と一緒に戦ってくれる国など無く、結局日本は単独でロシアと戦い、勝った。

 この話題は本論ではないので詳細は続けないが、結局負けると分かっている国に荷担してくれる国など無い。まして、相手が圧倒的に強大な場合、自らに火の粉がかかってくるのを避けるために見て見ぬ振りをする。
 
 日露戦争の10年前だが、アジアの大国清と日本は戦争をしたが、その時も大方の見方は日本が負けるという物だった。なにしろ、清はアジアの眠れる獅子であり、巨大な大国だったのだ。
 
 このときも、日本は単独で戦い、勝った。勝手から日本は世界の強国としての地位を占めたが、あくまで日清日露戦争に勝ったからその実績を認められ、当時は力が世界のルールを今以上に決めていたので、有色人種国家で唯一世界五大強国に認められたのだ。
 
 大国に戦争を仕掛けられたとき、世界は見て見ぬ振りをすると考えていた方がよい。最終的には自分しか自分を守れない。国を守るというのはそう言うことなのだ。戦争とは正義と正義のぶつかり合いであり、互いに自分が正しいと主張する。その大義名分があれば、大国が小国を先制攻撃するなど無数にある。日本の正義や大義名分はそのような場合全く意味を為さない。
 
 そして国防にはもうひとつ、戦争を防ぐという大きな効用がある。いわゆる戦争抑止力としての国防力であり、相手に戦争を仕掛けようとの気を起こさせないための力であり、国防力がしっかりしている国は戦争を仕掛けられない。今の戦力は核戦力が最大であり、それは飽和状態に至る。通常兵器での戦力は天井がない。いくらでも大きくできるし、大きくしてもそれで十分とはならないが、核戦力はMADに達してしまえば飽和する。
 
 相互確証破壊(MAD)の段階に至ると仮に全面戦争が始まっても戦勝国が存在しない。双方とも廃墟になるからだ。その状態を双方が持つのをMADというのだが、日本の場合は、中国やロシアとの間にMADが成立していないので、一方的に戦争を仕掛けられることがあり得る。どんなに確立が低かろうと、MADが成立している場合の確立よりは極めて大きい。まして、相手国が不安定で、国策として日本を敵視している場合は暴発で戦争を仕掛けられる可能性がある。
 
 故に強力な国防力、すなわち飽和状態に至る核抑止力は戦争の確立を最大限に下げる。国防力を高めることは最も平和に貢献する方法なのだ。また、日本の技術力と経済力では、MADが成立する、即ち飽和状態に至る事は比較的簡単であり、天井知らずで通常兵器を増やし続けるよりはよほど経済的に有利である。
 
 国防とは、戦争になってから国を守るよりも戦争にならないための手段であり、もっとも平和を実現する、そして最も安上がりの方法なのだ。この認識を、軍事化だ、戦争になるなどとヒステリックに叫ぶプロパガンダに騙されている国民に持たせるべきだ。
 
 平和のために、戦争をしないために最強の国防力、核抑止力を持つべきだと。
 
愛国心以下は、次に続ける。
 
 

上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

*平和教育の危うさ

普通の人間であれば、誰でも戦争はまっぴらだという。だから、戦争は如何に悲惨であるかを子供達に教え込む。おそらく世界中でそのような教育をしているだろう。だが、その方法に於いて、おそらく日本は世界でも希有な教え方をしていると思える。

1)日本では、戦争は悲惨だから二度と戦争をしない決心をしなければならない、と教える。

2)ほとんどの外国では、自分たちがこのような目に遭わないためには、自分たちに戦争をしかける可能性のある国に対し、十分な軍事力を持って、相手にそのような気を起こさせないようにするべきだ、と教える。

3)さらに、自分たちが世界を征服してしまえば、戦争はなくなる、と教える国もある。

このように見てみると、日本の平和教育が如何に危ういものであるか、理解出来るのではないだろうか。犯罪は悲惨な結果を生むから止めようと言うなら、犯罪者が心を改めれば犯罪はなくなる。しかし、戦争は自分がしないと決心しても、相手が同じ決心をしない限り戦争は無くならない。したがって、日本の、戦争は悲惨だから二度と戦争をするのは止めようと言う教育では、戦争は無くならない。

核武装の項でも書いたが、日本だけが非核の誓いを立てても世界から核は無くならない。それどころか、日本に核攻撃をしても日本からは核による反撃はないと宣言していることになるが、現実に核による先制攻撃を公言している国、そして日本に対し多数の核ミサイルの照準を合わせている国がある以上、日本は絶対に核を作りませんと公言することで日本の安全はますのだろうか。

非戦の誓いも同じなのだ。日本は絶対に戦争をしません、と宣言すれば、日本を攻撃しても反撃はないと考えるのは当然だろう。いや、防衛戦争ならする、との反論も有ろうが、日本の場合まともな防衛も出来ない。例えば敵が日本に対して明らかな戦争準備をしていても、現実にミサイルが飛んできてからそれを打ち落としたり、また敵のミサイル基地を攻撃する能力がないのでは、近代戦では防衛力にならない。小規模な戦闘であれば直接日本に攻めてくるかも知れないが、大規模戦ではかならず海上封鎖、そしてミサイル攻撃が主となる。

その双方に対し、反撃能力がないのがいまの自衛隊の能力と言っていい。迎撃ミサイルで無数に飛んでくるミサイルを全て迎撃するなど不可能であり、また現実に船舶被害が出ない限り反撃出来ないのでは海上封鎖に対抗することは出来ない。攻撃を受けてから反撃するだけの専守防衛、すなわち攻撃力を伴わない防衛力は理論上存在しない。

ミサイル基地をミサイル発射以前に破壊し、また相手の艦船を探知し破壊する能力がなければ無理なのだ。今の自衛隊に出来るのは敵国の嫌がらせに対して止めてくれ、と言うだけのことだ。

防衛とは攻撃能力を持って初めて意味を持つ。攻撃は最大の防御というのは伊達ではない。

今の自衛隊の規模は世界でも有数だし、技術的にもトップクラスだ。武器の性能も悪くはない。しかし、法律上の足かせ故に、それを活かす戦略をもてない。そのような日本が防衛以外の戦争をしないと宣言することが如何に危険であるか、現実離れをしているか理解出来ないだろうか。

戦争は、自分の決心だけでは無くならない。非核も自分たちだけの決心では、他国に核攻撃のチャンスを自ら与えているようなものだ。

現実に、日本の自衛隊が防衛力さえ持っていないのは単に法律の問題であり、技術的にも能力的にも法律が変われば瞬時に効果的な防衛力を持てる。実際、ICBMを持っているのはアメリカ、ロシア、中国のみだが日本も技術的にはすでに持っていると見なされている。

すなわち、ICBMとは数千キロから1万キロ以上の射程距離があり、一度大気圏外に出てから目標点近くで再突入し、その際の大気との摩擦熱から弾頭を守り、確実に目標点を叩く技術が必要だ。

次に、ICBMは発射準備に時間がかかるようでは先制攻撃でつぶされるので、すぐに発射出来なければならない。すると、現在では固体燃料ロケットが標準となる。一部液体ロケットによるICBMもあるが、液体燃料を長い間ロケットに入れておくと腐食などで保たないので通常は発射間際に燃料を注入する。これでは発射準備に時間がかかりすぎる。もっとも、改良されて液体燃料をミサイルの側に常に置いて、短時間で注入する技術も開発され、この点はあまり問題にはならなくなったとされている。

しかし、なぜICBMが液体燃料だったのかというと、固体燃料では大型化しにくく、また制御が出来ないと言う問題があったからで、これらが解決されるなら、いつでも発射出来る固体燃料ロケットが優れている。

日本の場合、世界最大の固体燃料ロケットがあり、衛星打ち上げに使っているので制御も十分精密に出来る。また大気圏に再突入する技術も確立している。第一、衛星打ち上げが出来るロケットとは事実上無限の射程距離を持っていることになる。これが、事実上日本はICBMを持っていると見なされている理由だ。

核弾頭も、日本にはすでに一千発以上の弾頭を作るだけのプルトニウムがあり、濃縮も出来る。また核弾頭開発には実験が必要不可欠と言うが、インド、パキスタンなど、従来核開発をしたとしょうされるそれらの国々は一回目の試験で成功している。つまり、事実上、核実験はいらないのだ。

インドパキスタンイラン北朝鮮が核弾頭を開発出来るなら、日本には全く技術的困難はないと言って良い。

だから、日本は核兵器を最長6ヶ月、最短、1ヶ月ほどでもてるとも言われ、日本は潜在核保有国と見なされている。一部には、日本がすでに核兵器を持っていながら、それを公式に認めていないだけだという意見さえ有る。

結局、日本には技術的能力的に戦争遂行能力があり、一度日本が決心すれば瞬時に日本は強大な軍事力を持つ状態にあるから、日本のような専守防衛がそのまま受け取られていないだけのことだ。仮に、日本が本当の小国並みに戦力、技術力が無くて最大限の力を発しても他国からの攻撃を阻止出来ないなら、日本の専守防衛はそのまま受け取られるだろうが、それがどれほどの危険かは少し考えてみればよい。日本は、一度支配しその技術資産をもし手つかずで手に入れられるなら、これほど攻撃目標になりやすい国はない。

その日本が本当に、何があろうと戦争をしないと決心をするなら、それは日本人全てが座して死を待つ決心をし、そして自衛隊を解体して初めて本当になる。現実には、日本人の圧倒的多数が自衛隊を認めている。

そもそも、自分たちが戦争をしないと決心すれば戦争が無くなるなどと教える国は日本以外無いだろう。世界の大半は、強力な軍事力を有することで相手に戦争をしかけさせないことで戦争を防ぐべきだと教えている国が大半であり、さらに、世界を全て自分たちと同じ価値観にするまで戦争を続けるべきと考える一部のテロリストもいる。

いま、そのようなテロリストは少数かも知れないが、確実に存在し、無差別に攻撃をし、そしれそれが大国の軍事態勢を揺るがす有益な手段となっているのだ。そして、現実には、もし自分たちと価値観の違う、あるいは逆らう国を世界から一掃してしまえば、永久に戦争はなくなると考えるのは、或意味非常に合理的と言える。まして、支配した人間達を圧倒的な恐怖、無知、宗教の戒律などで縛り付けてしまえば恒久的な世界平和が訪れる。

イスラム原理主義の過激派だけではなく、中華思想を捨てきれない中国、マニフェスト・デスティニーの名の下に世界中で戦争を繰り広げるアメリカもまた同様の思想を持っているといえる。すなわち、強大な武力こそ平和をもたらすと言うのが世界の常識なのだ。日本の理想は理想。しかし、口では同調しても行動を日本と共にする国はない。

また、日本人が勘違いをしているのは、戦争でも民間人を殺すのは悪だと考えていることだ。戦争自体が悪なのであり、戦争になれば相手国の民間人を多数殺害することは相手国の厭戦気分を引き出し、戦争を遂行させる産業力の基礎を破壊する事につながるので、積極的に一般人を殺戮する作戦もあるのだ。それが、アメリカによる原爆であり大空襲だ。アメリカはあれは戦争を早く終わらせるための正当な作戦であったと未だに主張している。

戦争が悪なのであり、それをさしおいて民間人は殺してはならないとの理屈は基本的に成り立たない。たとえ日本が戦争にあたりそのような作戦を採ろうが、相手は必要となればためらいなくその戦法を取る。戦争は悲惨でありするべきではない。その意見に反論する人間は居ない。

だが、どうすれば戦争が無くなるのかは、日本だけが、自分たちが戦争をしなければよいと教育している。日本以外では、戦争を相手に起こさせないだけの力を持つ必要があると教える。

世界の歴史をみて、どちらがまともで整合的か言うまでもないだろう。

先日の原爆記念日、非核を主張する被爆者がテレビで、どうすれば世界から核が無くなるでしょうか、という子供の質問に対し、世界中の国が核を捨てる、開発しない、もたないと決心をすれば核が無くなる、と答えていた。これでは単なる願望であり、実際の答えにならない。今の日本の被爆者が二度とこんな目に遭いたくない会わせたくないと主張する気持ちは理解するが、世界中が持たないと決心すれば核はなくなる、などと言っているレベルなら、世界から核は絶対に無くならないし、むしろ核は増えるし、そして日本が核攻撃の対象になる危険性も増す。

平和教育は必要だ。戦争の悲惨さを教えるのも大切だ。だが、どうすれば戦争が無くなるのかについても具体的に、たんなる脳内お花畑の妄想願望ではなく現実的な方法も教育しなければ、危険が却って増すことも考え、主張してゆかなくてはならないのではないか。


テーマ : 軍事・平和 - ジャンル : 政治・経済

2009-12-22
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コメント

No title

たかおじさんこんにちは。

前スレの韓国の問題にしろなんにしろ日本の国政に携わる政治家が一番やらなくてはならない仕事をしていないという事ですね。

国政に係わる日本国民のしなくてはいけない事は日本の国益を守り増進する事、日本国民の暮しを守り安全保障をしっかり確立し次世代に安定した社会を引き継ぐ事。これがごっそり抜け落ちているのが今の日本の政治家のやっている事。

幾分かすかな光があるのが自民党麻生氏、安倍氏のラインと石原氏(親父殿)とかでしょうか。ただ仰っていらっしゃるように日本国民の目が覚めぬようではこれらの政治家の人々も仕事がしにくいでしょう。

日本の国益を守る仕事をしても反日マスコミは報道せず無視し、容姿までバッシングし、関係ない事件の映像にサブリミナル効果を狙い時の総理の写真を紛れ込ませるようなクソッタレマスコミ(失礼)ではね。

No title

投稿後に文章見たら間違ってるところがありました。

国政に係わる日本国民ではなく日本の政治家の間違いです。
失礼いたしました。

核武装能力

日本には核武装能力がある。材料もあるし技術もある。よって核武装はすでになされているも同然なので核武装を急いでする必要がない。以前にたかおじさんが書いていたことですが、これらの条件が「脱原発」の名のもとに揺らいでますね。脱原発が実現すればどうして国内にウランが存在するのか、必要ないだろうとなることは必至です。また技術者の流出、原子力工学の衰退など技術面での後退も必死です。脱原発の裏には核武装の条件をひとつひとつ削り取っていく魂胆が見え隠れしてますね。

No title

>2012-05-24 08:37 | 一有権者様

>たかおじさんこんにちは。

こんにちは。

>前スレの韓国の問題にしろなんにしろ日本の国政に携わる政治家が一番やらなくてはならない仕事をしていないという事ですね。

そうですね。韓国に飼われているのと、国内に反対勢力があるからでしょうか。それと、票に鳴らないんでしょうね。

>国政に係わる日本国民(政治家)のしなくてはいけない事は日本の国益を守り増進する事、日本国民の暮しを守り安全保障をしっかり確立し次世代に安定した社会を引き継ぐ事。これがごっそり抜け落ちているのが今の日本の政治家のやっている事。

まあ、政治家は何処の国でもそうですね。民主国家でもです。日本の問題は、国民の意識が低いとと言うことでしょうね。
>
>幾分かすかな光があるのが自民党麻生氏、安倍氏のラインと石原氏(親父殿)とかでしょうか。ただ仰っていらっしゃるように日本国民の目が覚めぬようではこれらの政治家の人々も仕事がしにくいでしょう。

ええ、支持されないことには政治家にもなれませんから。

>日本の国益を守る仕事をしても反日マスコミは報道せず無視し、容姿までバッシングし、関係ない事件の映像にサブリミナル効果を狙い時の総理の写真を紛れ込ませるようなクソッタレマスコミ(失礼)ではね。

マスコミは陰の政府と思い上がっていますから。でもネットが発達してきて少しずつ事情は変わってきていると思いますよ。

核武装能力

>2012-05-24 10:07 | 花岡 鉄様

>日本には核武装能力がある。材料もあるし技術もある。よって核武装はすでになされているも同然なので核武装を急いでする必要がない。以前にたかおじさんが書いていたことですが、

そうでしたっけ?情けないことに記憶がないのですが、急いでする必要がないとは思いません。ただ、現状国民の意向を無視して作ることは無理ですから、核製造技術を抑止力にするしかないとは思いますが。まあ、張り子のトラですね。

>これらの条件が「脱原発」の名のもとに揺らいでますね。脱原発が実現すればどうして国内にウランが存在するのか、必要ないだろうとなることは必至です。また技術者の流出、原子力工学の衰退など技術面での後退も必死です。脱原発の裏には核武装の条件をひとつひとつ削り取っていく魂胆が見え隠れしてますね。

実際に脱原発を主張しているお花畑はそこまで理解していないでしょうが、煽る方はそれを理由にして隠しているかも知れませんね。ただ、現実に日本の原発を今すべて停めるままにしても、核燃料は存在し続けますので直ちに原料が無くなることはないでしょうし、核弾頭技術とは別物ですので、原発の技術者が減少してもすぐに影響はないでしょうね。表向き日本には核弾頭開発技術者は居ないことになっていますしね。

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