これが現実

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日本では中国と仲良くしなければ日本が成り立たないとか、今に中国がアジアの盟主になるからそのつもりでいなくてはならないとか、中国経済はアメリカを抜いて世界大地の規模になるとか、すでに日本は中国に適わない、逆らえない等々さまざまな事を言う者達が居る。

確かに中国の存在感はこの10年に限ってみても相当大きい物になっている。問題は、その存在感が日本にとって有益かどうか、世界にとって有益かどうかと言うことだ。日本ではそれでも中国に対する警戒感が高まってきており、嫌中意識も急速に高まっている。それに比例するように中国を大切にしなければならないと言う連中も声を大きくしている感じだ。

今の民主党政権は、野田総理になってからかなり対中意識を示すようになったと中国が不快感を示しており、また現実にアメリカの対中戦略に呼応するように日本の防衛大綱見直しも中国を意識している。それでも、民主党内では、防衛大臣が到底まともとは言えない、素人以前の理解力のないしかも研究心もない人物が居座っており、外務大臣もまた素人だ。ちなみに、そんな大臣達が入れ替わり立ち替わり就任しては問責決議を出されている状況で、まともな外交も防衛もあった物ではないが、それはさておく。

何度も書いているので耳タコ、いや、目タコだろうとは思うが、なぜ中国の台頭が日本に緊張をもたらしているのかは、単に日中関係だけの問題ではなく、日米問題でもあるからだ。アメリカが中国に対してどのような姿勢を持っているかに主点を置いて書いてみた。

最近次のような記事を読んだが、むろんこれは一メディアの言葉であり、そのままアメリカ政府の方針だとは言えないが、ただ、アメリカの従来の姿勢を見ると、あながちこれが的はずれとも思えない。

赤文字は引用

米誌: 中米は東アジアの権力を共有できるか?

ワシントンの東アジアへの比類のない影響力が失われたのは、中国の台頭が主な原因だ。数千年間、中国はアジアをリードする大国だった。そしていま再び輝かしい昔を取り戻そうとしている。その夢はもはや空想ではない。今の中国にはそれを実現する実力がある。中国の復興に立ちはだかる戦略的挑戦の複雑さと厳しさは米国や東アジア諸国がかつて経験したことのないものだ。

アメリカは戦後の40年以上に渡るソ連との冷戦に勝ち、名実共に世界唯一のスーパーパワーとなったばかりと思ったところへ、中国が急速に台頭してきた。

問題は、アメリカが中国を理解していないことだ。ソ連の場合は白人であり、かつてはアメリカとも強力な軍事競争をするだけの実力があったし、それに宇宙開発や核開発などで限られた分野にしろアメリカと対等に張り合っていた。が、中国はアジアの国であり、いくら大きいと言ってもかつては西欧に好きなだけ蹂躙され、辛うじてアメリカの助けにより戦勝国になった国だ。その上、長い間国内は内戦や独裁政治で経済的にも科学技術でも到底ソ連には及ばず、ましてアメリカに挑戦するなど思いもしなかった相手だ。

それがソ連解体の直後辺りから急速に国力を付け、まるでソ連の代わりにアメリカに挑戦するような存在になったのだ。アメリカがとまどい、うろたえたのは当然だろう。なにしろ、アメリカは中国を本当に理解していないのだ。

正体の分からない敵ほど困る物はない。アジアの最貧国で、人口こそ多いがまともな物一つ作れず、世界が最新テクノロジーを楽しんだいた頃、中国の奥地にはまともに電気もなかった。北京でも上海でも交通手段は自転車であり、大勢の中国人がまるで大河の流れのように自転車で職場に向かう写真は頻繁にメディアに載っていた。

コップ代わりに空き瓶でお茶のを飲む中国人、コルクの蓋の付いた魔法瓶を大切に持ち歩いている中国人の姿をアメリカのみならず世界は彼らを前世紀の姿のまま発展の見込みのない国だと思っていた。たしかにそのころもすでに大躍進、文革などさまざまな混乱は伝えられていたが、後から知られるような悲惨な状況とまでは思わず、相変わらず混乱した国、発展出来ない貧しい国との印象が世界にあった。アフリカ諸国と同じレベルだったのだ。

その中国が瞬く間に近代化を遂げ、上海には高層ビルが林立し、人工衛星を打ち上げミサイルを開発し、宇宙遊泳を実施し、月探索までやるようになった。軍事技術も年単位で更新し、今では最新鋭のステルス戦闘機を開発し、空母を持ち、多数のミサイル原潜をもつにいたり、それはかつてのソ連の軍事力を部分的にでも凌駕するようになっている。

すべてのこれらの技術が海外から盗んだ物であり、レベルも調べてみると決して国際基準ではない。月探査を行ったという探査機は、数枚の白黒写真を、それも以前日本やアメリカの発表した写真と極めて良く似たものを公表したに過ぎず、宇宙遊泳をしている写真に、水中で撮ったとしか思えないような泡が映り込んで捏造だと騒がれるようなうさんくさい物だが、それでも核実験やミサイルは本物であり、とりあえずアメリカを破壊する能力は備えている。

ほんの20年ほどで、人々が大河の流れのように自転車で移動していた国が、世界最速だと自称する(まああれは数字だけの安全性を全く考慮していない数字だが)高速鉄道を造り、自力開発だという。スパコンの速度では、一時は世界最高速をたたき出した、と自称している。本当かどうかは誰も知らない。よく観れば、経済も技術もすべて盗んだもの、劣化コピーをした物、高層ビルは地震もないのに勝手に倒れるような代物、高速列車は立て続けに事故を起こし、減速運転を強いられているような代物、スパコンのCPUは完全にアメリカ製のデッドコピー、戦闘機はソ連製のデッドコピー、国産車は日本車はアメリカ車の前と後をくっつけたような代物で、安全性テストではランク外にされるような代物だ。

要するに20年で見かけだけの近代化をするとすれば、そのような偽物、張りぼてで作り上げる以外無い。しかし、そんな中国のミサイルもアメリカに届くし、核爆弾は爆発する。アメリカのミサイルが目標地点から半径100メートル以内に着弾し、中国のミサイルが500メートルだったとしても、気休めにもならない。

朝鮮戦争の時、アメリカは当時世界最高水準の戦闘機で旧式のミグしかない中国機を無数に落とした。しかし、いくら落としても次から次へと中国機は飛んでくるのでしまいにはアメリカ軍が押され気味になったこともあるという。アメリカ機は乗員の生命を守るために無茶はしないが、人命が紙切れのような中国機はいくら落とされても雲霞のように現れるとされた。今の中国軍機は当時のミグよりは優れているだろう。アメリカの最新鋭機には数段劣るだろうが、やはり数で押されるとアメリカは勝てないかも知れない。

なにより、今はミサイル戦の時代であり、少数の命中精度の優れたミサイルよりも、無数に飛んでくるミサイルの方が脅威が大きい。なぜなら、全数迎撃出来ないからだ。

そのような敵は今までアメリカにはなかった。すくなくともアメリカの圧倒的な軍事力に正面から挑戦する国はついになかった。しかし中国は人命が消耗品なのだ。そして、アメリカを破壊するに十分な核戦力を持っている中国は、ソ連とは違う脅威に映るのも当然だろう。なにより、人命が消耗品、人民は使い捨て、半分死んでもアメリカを消滅させるという中国の言葉が、散々大躍進や文革や天安門を見てきたアメリカにとって単なる口だけとは思えない。

そんなわけで、全くルールの違う、理解出来ない中国と向き合っているアメリカの今の立場は極めて複雑だ。

米中は権力を共有できないか?新しい国際秩序を平和に乗り越えるにはいいが、実現は難しいだろう。その理由は2つ。一つは、米政府が権力を手放して中国と共有しないからだ。2つ目は、強国の仲間入りした中国だが向かうところ敵なしではなく、その実力が長続きするとは限らない。環境や資源、人口といった大きな課題の他、ライバルも立ちはだかっているからだ。米国は不景気だが、完全に衰えたわけではない。米国は不景気だが、完全に衰えたわけではない。北京はいつか、ワシントンによる自らの戦略的利益を守るための巻き返しにあうかもしれない。

アメリカには度し難い思い上がりがある。世界のすべてはアメリカの元に団結すべきであり、アメリカの価値観で生きるべきであり、中国がいくら近代化したとしてもどうせアジア人ではないか、最終的にWASPに太刀打ち出来るはずがないとの思いこみがある。アメリカは中華思想を理解していない。精々、自分たちのアメリカの価値観で世界を統一出来ると思うように、中国も中国の価値観で世界を統一出来ると思っているに違いないが、ただ、中国の人権意識は許し難い物があり、中国に覇権を取らせると世界は中国人民と同じ運命を強いられるので、自由社会のリーダーとしてアメリカは中国を抑える必要がある、と考える。

ただ、文明力や人権意識では野蛮国でも、中国は人命の消耗を恐れないので戦争は出来ない。だから、戦争にならないように強大な軍事力で押さえ込む必要がある、圧倒的な軍事力と、国際的な連携で中国を押さえ込めば、中国は身動き取れないだろうというわけだ。なにしろ、あのナチスでも日本でもアメリカは民主化させたのだから、中国も民主化させられる、力で押さえつければいずれそうなるだろうとの意識があるのではないのか。もちろん、何度も書いているが、ドイツや日本は戦争前から民主国家であり、アメリカが民主化したわけではない。これについては国内の一部でもアメリカによる民主化を主張するお花畑が居るのは嘆かわしい。

とにかく、アメリカは、力を見せつけ中国を牽制していればいずれ中国も民主化するだろうと高をくくっているのだろう。だが、国家の歴史としては中国はアメリカよりも十倍以上古い国であり、むろん、その間に文化も歴史も途絶えているのだが、アジアに存在し続けた国であって、政治体制がどうなろうと、中国人としての価値観は数千年前から存在しているのだ。アメリカが喩え今の100倍の圧力をかけても中国人が変わるはずがない。丁度、日本人が結局古代からの日本人としての在り方を今に残しそれが国の在り方を決めているような物だ。その国の在り方がアメリカごときの成り上がりにどうこう出来るはずはないのだが、アメリカにはそれが理解出来ない。

最終的にアメリカは中国にこのままでは押し込まれる。ただし、その前に中国が自己崩壊をするだろうし、その崩壊の間際にアメリカが理解出来ない行動に出る、即ち暴発することもあり得る。やはりアメリカは中国を理解していない、それが一番の問題なのだろう。

アメリカは覇権を取り自らの価値観で敵味方を決めるが、それでも明らかに逆らわない限り、手は出さない。しかし、中国は違うのだ。中国は相手が逆らわないことは弱さ故であるから相手を取りこもうとする。アメリカが衰退し、もし中国が力を強めてゆけば、いずれアメリカも中国に取りこまれる。今まで戦争に負けたことのないアメリカ人には想定出来ないだろうが、中国はそれを想定している。

さて、もちろん米中のせめぎ合いは力だけではない。文化力もそうであり、具体的には国家イメージ、国家ブランドであろう。

米メディア:中国ブランドの国際化も間近

これはコストにまつわる問題だ。最終的には自分より安く仕事をしてくれる人が現れることを、中国人は知っている。彼らは、持続的で安定的な成長を実現するために、中国が「世界ブランド保有者」にならなければならないと考えている。これこそが高利潤の源であり、真の経済力を示すものだからである。

しかし、これはあり得ない。中国という国自体のイメージが悪すぎるし、そもそもブランドとは信用力であり、人々が高いブランド品を買うのは、単なる見えというより、それらの品の高品質や企業としての責任能力が人々に高い金を出しても買わせる行動を取らせる。それが、その真似をする他の人々にとって見栄になるから偽ブランドが商売になるのだ。

しかし、中国の製品が今後ブランド力を持つほど高品質になる可能性はない。工業製品のすべてが他国の真似であり劣化コピー、デッドコピーであると言うことは到底ブランド製品になるはずがない。日本製品は、かつて安物不良品とあざけられていたが、それでもたゆまぬ努力を続けて、日本ブランドを勝ち取った。

その日本製品の形だけ真似をして中国製品や韓国製品は偽物、或いは日本製品ほどの品質はないがとりあえず使えるだけの商品と言うことで、安値大量販売で市場を取った。サムソンがいくら売れても、あれをブランド品だと誰が思うだろう。金がないからサムソンを買うのだ。

現代車も日本車を買う金がないから買うのであり、それでも日本車が突出した人気を誇り、世界一の座を取っている。これが製品品質と企業の責任と、国家のブランド力の故なのであり、真似しかしない中国韓国製品がブランド力を持つなど到底あり得ない。

ただし、ウーロン茶や高麗人参など彼らの特産品には確かに本場物としてのブランド力はある。しかし、この記事で言うのはそれではない。国家としての、工業品全般のブランド力だ。

スイス高級時計はステータスシンボルであり、世界一のブランド商品だろう。フランスのワインや、オランダのチーズもそうかもしれない。が、それをもって、スイス、フランス、オランダの国家ブランドが確立しているわけではない。

私は中国に赴き、スイスの製茶会社を支援し、スイスを代表する茶ブランドを作り上げたことがある。この時、中国ブランドには世界的な魅力に欠けているのを実感したものだ。皮肉なことに、茶葉は中国の飲料文化を代表するものだ。しかしどの中国茶葉会社も欧米では名声が鳴り響いていない。先進国はブランド構築や、商品の信頼の構築をするのに長けていることを中国はいま感じ取っており、自分たちには学び、改善する余地が多いことを知っている。

現在一般的に飲まれている中国茶は、日本などが海外でも有名であり、この記事を書いた人間は、本当の中国茶のブランド力を知らないのだろうが、悲しいことに中国茶自体がイギリスの紅茶ほどの需要がないのだ。ブランド力と言えば、イギリス紅茶に到底中国茶は及ばない。

こんな事を理解しない人物だから、中国がいずれブランド力を発揮するなどと見当はずれのことを書けるのだ。なぜ中国製品がチャイナフリーの対象なのか、なぜ中国人は技術やブランド名を盗むのかさえ理解出来ないようでは、中国ブランドが出現すると書いても仕方がない。中国も韓国も、自ら作り出さない。だから、どんなに製品を売っても安物の代替品でしかない。決してブランド力ではない。製品が売れれば現代やサムソンも知られるだろう。安物として知られるだけのことだ。だから、中国企業は日本やアメリカのブランド企業を買うことに躍起なのではないか。ブランドまでも自分で作らず、パクル事しか考えない中国がどうしてブランド力を獲得出来るだろう。あり得ない。


まもなく中国ブランドが席巻する日がやって来る。欧米、特にアメリカはどう対処するべきだろうか。アメリカ製造業の雇用機会を確保することは確かに重要である。しかしそれより大事なのは持続的なイノベーションである。これがあってこそ、強力なブランドを構築し、維持することができるのだ。我々がそれをやらならければ、中国人がやることになるだろう。

中国ブランドが席巻する日は永久にやってこない。アメリカのブランド力は今や航空産業や兵器に偏っている。あとはジレット、コーラ、マクドナルド、あと、何があるだろう。民生品製造力を失ってしまったアメリカに残されたブランドはそのくらいの物だ。今は二流品としての車もブランドかも知れない。まして、中国がブランド品で世界を席巻するなどあり得ない。中国人が変わらない限りあり得ないが、中国人は変わらない。朝鮮人と同じだ。そして、ウォッカとマトリョーシカ以外ブランド品のないロシア人も。

軍事力における米中対決姿勢と、文化力による米中対決姿勢を書いた。では、国家そのものとしての存在力は?すなわち、国家としてどちらが残るのかと言うことだ。国家が消滅してしまえば対決もなにも無くなるから。

<中華ボイス>中国よ、何をそんなに急ぐ!急速な発展に置いていかれる国民―中国ネットユーザー

彼らの多くは月収2000元(約2万5000円)ほどだというのに、家は1平米数万元(数10万円)もする。豚肉の値段だって、春はまだ500g当たり10元(約128円)だったのに、秋には倍の20元(約257円)に上がっている。

これが中国の崩壊が免れない一つの理由だ。中国はこのところ外資が急速に引き揚げ、また国際的な製品の需要の落ち込みから、急激に経済状態が悪化している。すなわち、水ぶくれ経済が破たんしているのだ。それがこの急激なインフレにまず現れ、それに耐えられない人民達の暴動が各地で頻発している。

それを押さえ込むために、また人民の不満を逸らすために政府は軍部に金を流し軍人達の懐を肥やさせ、人民を押さえつけ、また領土問題などで阿呆が政権に就いているいる日本や非力な東南アジア諸国を恫喝し、それが過ぎてアメリカを呼び込んでしまった。

経済が急速に悪化しているのに軍事費が拡大するのは国家として極めて危険な状態に陥っている事を示している。金がないから軍部を大きくするのはちょうど中国が北朝鮮化への舵を切ったことを意味しているからだ。

ベンツやBMWのような高級車がさっそうと走る中で、多くの人ははち切れるほどの満員のバスを待っている。

その結果、軍部や高級役人とそのツテを持っている連中と庶民の間には果てしもない格差が出来、資産家達は金を貯めると国外に逃げることばかり考えるようになっている。

「中国よ、そんなにせかさず国民の速度に合わせてくれ」と自身のマイクロブログに意見を掲載した。(翻訳・編集/内山)

中国は国民の速度に合わせられないのだ。成長速度を極端にゆるめたりすれば、一気に国が崩壊する。死にものぐるいの自転車操業以外、中国の執りうる手段はない。減りつつある富を力を保つために一部に集中しなければならず、それが一部の資産家、政治家、軍人への優遇になる。庶民は所詮、それらの優遇対象のために安い労働力を提供する道具でしかない。道具に金はかけられない。道具はいくらでもいるのだから、安く使わなくてはならない。インフラも今後滞ってくれば、ますます庶民の生活は苦しくなる。それを押さえつけるには強い軍部が要る。もう中国にはそれ以外の選択肢はない。

問題は、中米がいかに良性の競争を確保し、食うか食われるかの争奪を繰り広げないようにするかだ。北京が現在の西太平洋における政治・軍事政策を維持するのは困難かつ不可能だ。米国は、太平洋の海上の覇権維持は米国の安全保障に重要で、世界最強国の地位に関わると強く信じている。米国の東アジアの海洋権に対する中国の「挑戦」が米国のこうした信念に触れると、軍事・政治的に米国の反撃に遭うに違いない。

アメリカは、自国への挑戦は許さない。中国が止むに止まれず軍事力を拡大し、国内的に強い中国を示さなければならない状況をアメリカに対する理解不能な価値観を持った国の挑戦と受け止める。放って置いても崩壊するかも知れないが、それまでは決して挑戦させないように押さえつける。これがアメリカのやり方であり、結局は中国はそのための経済的負担も崩壊を加速させている。そして、暴発しかねない。

アメリカは中国を理解せず、中国はアメリカと協調出来ない。これが両国の姿なのではないか。

東アジアの古い秩序の解体によってそこに微妙な権力のバランスが生まれる。中国の地域に対する野心から、こうしたバランスの本質は不安定なものだ。中国が地域に対して野心を抱くのも理解できるし、米国が地域における古い主導的地位を維持しようとするのも理解できる。両国がこうした変化をうまくコントロールできるか、この世界が変遷する時代のアジアと世界が直面する中心的問題となる。(米誌「The National Interest」5-6月号 作者:エレン・デュポン氏)

結論として、双方ともコントロールなどできない。理解もせず、協調もせず、不信感のみで向き合っていれば、行き着くところまで行くしかない。アメリカが中国を理解するとすれば、中国が暴発したときか、崩壊したときだ。アメリカは基本的に馬鹿なのだ。中国はそれ以上に馬鹿なのだが。しかし、今の日本の政治を見ていると他国のことは言えない。

上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

米誌: 中米は東アジアの権力を共有できるか?


米誌: 中米は東アジアの権力を共有できるか?。 米中は権力を共有できないか?新しい国際秩序を平和に乗り越えるにはいいが、実現は難しいだろう。その理由は2つ。一つは、米政府が権力を手放して中国と共有しないからだ。2つ目は、強国の仲間入りした中国だが向かうところ敵なしではなく、その実力が長続きするとは限らない…

中国の台頭と米日の衰弱によって、米国主導の(東アジア)の古い秩序は継続が難しくなっているのは明らかだ。古い秩序は戦後70年近く続いた。オバマ米大統領のアジア回帰とアジアへの国防予算削減回避は、米国の東アジアに対する影響力が昔ほどではない現実を知らしめている。

ワシントンの東アジアへの比類のない影響力が失われたのは、中国の台頭が主な原因だ。数千年間、中国はアジアをリードする大国だった。そしていま再び輝かしい昔を取り戻そうとしている。その夢はもはや空想ではない。今の中国にはそれを実現する実力がある。中国の復興に立ちはだかる戦略的挑戦の複雑さと厳しさは米国や東アジア諸国がかつて経験したことのないものだ。

米中は権力を共有できないか?新しい国際秩序を平和に乗り越えるにはいいが、実現は難しいだろう。その理由は2つ。一つは、米政府が権力を手放して中国と共有しないからだ。2つ目は、強国の仲間入りした中国だが向かうところ敵なしではなく、その実力が長続きするとは限らない。環境や資源、人口といった大きな課題の他、ライバルも立ちはだかっているからだ。米国は不景気だが、完全に衰えたわけではない。米国は不景気だが、完全に衰えたわけではない。北京はいつか、ワシントンによる自らの戦略的利益を守るための巻き返しにあうかもしれない。



米メディア:中国ブランドの国際化も間近

アメリカのオンライン新聞「クリスチャン・サイエンス・モニター」はこの頃、「中国ブランドの国際化も間近」と題する記事を掲載した。アメリカでは、中国から製造業の雇用を取り戻せといった議論が政治家の間で交わされている。一方中国人は、アメリカ人ほど雇用の保護に熱心だろうか。いやむしろ、グローバルなブランド構築に注目、模索している。

中国の片田舎で、現地の人とおしゃべりをした。驚いたことに彼らは、価格が1台600ドル以上のiPhone 4Sのうち、中国の工場で働く人に渡るのはたったの8ドルであることを知っていた。中国市民はこれを不公平だと感じており、工場で働く同胞にもっと高い給料を与えるべきだと考えている。給与報酬の上昇圧力は製造業に限った話ではない。私の友人の話では、この数年、中国雇用ソフトウエア開発エンジニアのコストが大幅に上昇しており、中国で新しい研究開発センターの設立は考えていないと言う。

これはコストにまつわる問題だ。最終的には自分より安く仕事をしてくれる人が現れることを、中国人は知っている。彼らは、持続的で安定的な成長を実現するために、中国が「世界ブランド保有者」にならなければならないと考えている。これこそが高利潤の源であり、真の経済力を示すものだからである。

私は中国に赴き、スイスの製茶会社を支援し、スイスを代表する茶ブランドを作り上げたことがある。この時、中国ブランドには世界的な魅力に欠けているのを実感したものだ。皮肉なことに、茶葉は中国の飲料文化を代表するものだ。しかしどの中国茶葉会社も欧米では名声が鳴り響いていない。先進国はブランド構築や、商品の信頼の構築をするのに長けていることを中国はいま感じ取っており、自分たちには学び、改善する余地が多いことを知っている。

現在83%の外国人が中国ブランドを一つも知らない状態だが、中国の会社は自国においてブランドの影響力を高めつつある。ブランドの世界的知名度も拡大しつつある。外国市場に打って出るため、中国人は現在外国ブランドを買収しているが、その効果は吉と出ることもあれば凶と出ることもある。しかし、買収する度に中国の会社はケーススタディを蓄積している。ブランド構築と管理の経験を獲得しているのだ。

まもなく中国ブランドが席巻する日がやって来る。欧米、特にアメリカはどう対処するべきだろうか。アメリカ製造業の雇用機会を確保することは確かに重要である。しかしそれより大事なのは持続的なイノベーションである。これがあってこそ、強力なブランドを構築し、維持することができるのだ。我々がそれをやらならければ、中国人がやることになるだろう。





「中国網日本語版(チャイナネット)」2012年4月30日

国民の居ない国、中国

<中華ボイス>中国よ、何をそんなに急ぐ!急速な発展に置いていかれる国民―中国ネットユーザー

配信日時:2012年4月28日 20時34分

急速な発展を遂げ、瞬く間に大国へと躍進した中国。経済の発展は好影響だけでなく、悪影響ももたらす。特に今中国では物価の上昇が激しく、収入が増えたからといって生活が楽になったわけではない。

2011年9月15日、中国・海南省海口市のネットユーザーは、上昇の一途をたどる中国の物価について、「中国よ、そんなに焦らず国民を待ってくれ」とつぶやいた。

彼らの多くは月収2000元(約2万5000円)ほどだというのに、家は1平米数万元(数10万円)もする。豚肉の値段だって、春はまだ500g当たり10元(約128円)だったのに、秋には倍の20元(約257円)に上がっている。

ベンツやBMWのような高級車がさっそうと走る中で、多くの人ははち切れるほどの満員のバスを待っている。

「中国よ、そんなにせかさず国民の速度に合わせてくれ」と自身のマイクロブログに意見を掲載した。(翻訳・編集/内山)

問題は、中米がいかに良性の競争を確保し、食うか食われるかの争奪を繰り広げないようにするかだ。北京が現在の西太平洋における政治・軍事政策を維持するのは困難かつ不可能だ。米国は、太平洋の海上の覇権維持は米国の安全保障に重要で、世界最強国の地位に関わると強く信じている。米国の東アジアの海洋権に対する中国の「挑戦」が米国のこうした信念に触れると、軍事・政治的に米国の反撃に遭うに違いない。

過去20年間、米国の対中政策は接触、協力、競争、防備、説教などごちゃ混ぜだった。北京への恨みと敵意が強まる中、米政府が直面する課題は、中国を国内政策の身代わり、或いは旧ソ連に代わる新たな戦略敵国にしないようにすることだ。中国を悪者扱いすれば逆に米国の東アジアにおける戦略利益に不利となる。それは中国の穏健派の立場が弱くなり、真っ向から対立する反応が起き、米中の緊張がさらに高まるからだ。

東アジアの古い秩序の解体によってそこに微妙な権力のバランスが生まれる。中国の地域に対する野心から、こうしたバランスの本質は不安定なものだ。中国が地域に対して野心を抱くのも理解できるし、米国が地域における古い主導的地位を維持しようとするのも理解できる。両国がこうした変化をうまくコントロールできるか、この世界が変遷する時代のアジアと世界が直面する中心的問題となる。(米誌「The National Interest」5-6月号 作者:エレン・デュポン氏)

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2012年4月28日

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コメント

名ブランドとは

「信用に足る品質」と意味しますね。
品質とは、古典的には基本性能、機能性、外形で、近年に於いては耐久材にはアフターサービス体制も含まれるでしょうか。
日本刀に例えるなら、優れた材質と加工技術による切れ味、その性能をより発揮しやすくする柄や鞘の作り、それに見合った色形でしょうし、加えてその維持体制でしょうか。
価格は品質には入らず、マーケティングの範疇となりますが、最近の評論家やメディアにはこの点を理解出来ていない者も居て、彼等に対する見極めへの私の基準は此処にあります。
品質を裏打ちする技術を持たぬ場合は、技術供与等によりコスト増になる分を人件費、経費或いは利益を削減せざるを得ません。
その一方で先発を上回る技術開発をせぬ限りはそれが続き、先発も追随許すまじで臨みますから容易ではありません。
近世に於いてそれを為しえた我が国には、数百年に亘り培われた文化的背景が大きいと云えます。
海外にも日本の及ばぬ名だたる名ブランドがありますが、日本の際立った点は、国丸ごとでトータルブランドを確立している点にあり、近代工業分野に限りません。
マネーゲームに腐心する内に多くの技術的追随を許してしまった浅い歴史の米国人には理解出来ないのでしょうが、パクリや紛い物で誤魔化そうとする文化では、そこにもあるであろう真にブランドを確立しようとする人々の足を引っ張る事はあっても、まともなブランドの立ち上げは難しく、増して国ごとのブランド化などあり得ません。

蛇足ながら、今日も笑っちゃうニュースがマニラから流れて来ましたね。
欧州金融危機からアジアを守る為に日支半で外貨を融通しあって協力するとか。
その為に日本が支那や半島の酷債を買う!?
政治品質だけは世界サイテーです。

名ブランドとは

>2012-05-03 23:03 | あづまもぐら様

>「信用に足る品質」と意味しますね。
>品質とは、古典的には基本性能、機能性、外形で、近年に於いては耐久材にはアフターサービス体制も含まれるでしょうか。

それにつきますね。

>日本刀に例えるなら、優れた材質と加工技術による切れ味、その性能をより発揮しやすくする柄や鞘の作り、それに見合った色形でしょうし、加えてその維持体制でしょうか。

日本刀は、世界の武器でも特殊な位置を占め、独特なのは美術品としての価値が認められていることですね。世界にもむろん刀は方々にありますが、ほとんどは大量生産品であり、単に武器として使うことを前提としていますが、武器としての性能でも日本刀がぬきんでていることは証明されています。

日本刀自体が世界の名品なのですが、おっしゃるように材質であるタマハガネの製法から仕上げまでの加工技術、性能、付属品の質、なにより、日本で刀を美術品として高める意識が合ったと言うことでしょうか。武士道に対する畏敬の念なども背景にあるのでしょうが、このような位置にある武器は世界の何処にもありません。その意味では、甲冑なども言えるでしょうね。西欧の甲冑も美術品として飾られることはありますが、日本の甲冑の極めた美とは全く違うようです。

>価格は品質には入らず、マーケティングの範疇となりますが、最近の評論家やメディアにはこの点を理解出来ていない者も居て、彼等に対する見極めへの私の基準は此処にあります。

居ますねぇ。ブランドとは、作る側と受け容れる側双方の意識の高さが支えている筈なんですが。

>品質を裏打ちする技術を持たぬ場合は、技術供与等によりコスト増になる分を人件費、経費或いは利益を削減せざるを得ません。

品質を高めるためには技術開発による試行錯誤の積み重ねなど、極めて高いコストがかかります。そのコストを省いて安売り製品を作る思考しか持てない物が、ブランド品を支える受け容れ側に相手にされるはずはありません。

もしかしたら特亜製のシャネルのバッグの偽物は、本物と同じくらい長持ちするかも知れませんし、見分けが付かないかも知れません。しかしそこにある技術は、本物に似せる技術であり、シャネルを超える為の技術ではありません。すなわち、シャネルがなければ全く価値のない技術です。日本の製品がブランド品になり得たのは、シャネルを超える製品を作る努力をしたからです。ジーンズなどでは、日本製品は今や世界の一流ブランド品がありますが、これが特亜のようにリーバイスの偽物作りに明け暮れていたのでは、リーバイスを超えることなどあり得ないし、喩えリーバイスと同じ品質に近づけてもリーバイスほどの価値はありません。所詮偽物です。

岡山などで作られるジーンズは、リーバイスとは違う確固たるブランド品になっていると思います。最近は特亜がまたパクって居ますが。

>その一方で先発を上回る技術開発をせぬ限りはそれが続き、先発も追随許すまじで臨みますから容易ではありません。
>近世に於いてそれを為しえた我が国には、数百年に亘り培われた文化的背景が大きいと云えます。

そうですね。日本製品の特徴は、後発でありながら先発製品をはるかに凌駕した品質を実現したからです。日本製のタオルは、かつてアメリカ製フランス製に遠く及ばず、常に安物売り場に積み上げられていたそうです。それを悔しく思いながら日本のタオルメーカーは品質改良を続け、今では高級タオルの代名詞になり、諸外国のデパートでも高級品売り場に置かれるようになっています。むろん、一般製品も日本製は特亜の一般製品とはランクが違います。

一方、特亜は、安売り製品なら値段を下げて大量に売ればいいとばかりに、品種改良をせず、安物としての市場を狙い、或いは偽物でごまかすばかりです。それにタオルの製造装置も日本製だったりしますが。

>海外にも日本の及ばぬ名だたる名ブランドがありますが、日本の際立った点は、国丸ごとでトータルブランドを確立している点にあり、近代工業分野に限りません。

はい、私もそれを言いたいですね。アメリカにも西欧にも企業としてのブランドは多数あります。が、日本製品は、日本と言うだけでブランドになっています。ドイツの車は高級でしょうが、ドイツのオーディオ、ドイツの服飾、ドイツの家電製品、ドイツの放送機器、ドイツの時計がそれぞれ良い製品はたくさんあるけれど、それぞれのメーカーが良いのであって、ドイツという国のブランド力が高いわけではありません。だから、何と特定しなくても日本製というだけで信用されています。

>マネーゲームに腐心する内に多くの技術的追随を許してしまった浅い歴史の米国人には理解出来ないのでしょうが、パクリや紛い物で誤魔化そうとする文化では、そこにもあるであろう真にブランドを確立しようとする人々の足を引っ張る事はあっても、まともなブランドの立ち上げは難しく、増して国ごとのブランド化などあり得ません。

到底あり得ません。連中に出来るのは日本のブランド力を盗んで日本企業の真似をするか、ウリジナルを主張するかしかありません。その時はだませても、永久に嘘はつき通せません。嘘が永久につき通せると思っている連中には分からないのでしょうが。

そして、国家の伝統自体がないアメリカでは、アメリカブランドは映画やミュージカルなどに偏るしかないと思っているのでしょうが、それはアメリカ文化が受け容れられての話。世界の文化が多様化している今、アメリカ映画もミュージカルも世界の文化の一つにしか過ぎません。製品のブランド力は世界でも普遍的な物であり、そこがアメリカ人には理解出来なかったのでしょう。

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>蛇足ながら、今日も笑っちゃうニュースがマニラから流れて来ましたね。
>欧州金融危機からアジアを守る為に日支半で外貨を融通しあって協力するとか。
>その為に日本が支那や半島の酷債を買う!?

ええ、ありましたね。まあ、民主党ですから。

>政治品質だけは世界サイテーです。

同意します。そんなことに関するエントリーを先ほど上げました。最低品質の政治の例です。

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