中国崩壊秒読み段階3

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昨日は、中国の政治指導部において権力争いが勃発し、粛正を恐れた方がアメリカ領事館に逃げ込む事態にまで至っている。中国において権力争いに負けた方は、勝った方が後顧の憂いを断つべく徹底的に粛正をするので、日本などでは想像も出来ない事態が出来する。

日本では政治家が何をしようと、その後で失脚しても場合によっては政治家活動を続けたり利権を握ったままなどが良くある。これはこれで問題だろうが、すくなくとも政治的に失脚した人間が生命財産を奪われる、類が親族、周辺にまで及ぶなどはあり得ない。

先頃北朝鮮では粛正された軍幹部が迫撃砲によって処刑されたとか、金正日の喪に服すべきが従わなかったために一族全てが処刑された等の話が聞こえてくる。後継者の金正恩に逆らうことの恐ろしさを徹底するためと言われているが、まずは軍内部の権力争いだろう。金正恩は唯の操り人形だ。彼自身、陰の久沓師に逆らえばすぐにでも殺される。敬意を以て毒殺されるならまだしも、脳無ヒョ~ン氏同様自殺させられかねない。

実際、一般的に言う粛正とは親族から側近など、関係者全てに及び、たとえば国家反逆罪などで死刑判決を受けたり懲役50年くらいに処せられ、獄中死するくらいが落ちなのだ。むろん、今回は重慶市のトップだった。

今回の事件がこれで収束するとは思えないが、とりあえず今まで起きたことを整理してみる。

赤文字は引用

薄煕来氏失脚 妻、側近ら相次ぎ拘束 重慶で“粛清”始まる


 共産党筋などによると、薄氏の妻で、弁護士事務所を開業している谷開来氏は薄氏と同じ頃に党中央規律検査委員会から実質の拘束となる「双規」(規定の時間、場所で疑いのある問題に関して説明を求めること)を通告された。
 
 これはまさしく粛正だ。粛正とは、本来不純な物を取り去り本来の姿に正すと言うことだが、政治的に用いられる場合は政敵を暴力的に排除する意味が強い。まさに、中国やロシアは政敵を排除するのに暴力を用いており、さらに政敵とは自分の身辺に危険を及ぼすと解釈された相手であって、その思想信条はあまり考えない。そもそも、思想信条の自由がないのは党指導部でも同じであり、独裁者本人でも立場を強固にするためには自らの思想信条だけでは身を守ることが出来ない。その時期の最高の権力を握っている集団の利益に適う思想信条だけが認められる。中国においては軍の利益を優先する思想信条だけが権力の座に就く人間に許されたものだ。
 
 それ以外を野放しにしておけば、知らない間に勢力を拡大し自分たちの地位を奪う可能性があるので、そのような恐れのある政敵は取り除かなければならない。最も確実な排除方法は処刑と言うことになる。また、そのやり方を広く見せつけておくことで、権力集団に逆らうよりは寄り添った方が得だし、身の安全を図れることを骨の髄まで焼き付けるわけだ。
 
 逆らえば一族郎党ことごとく取り除き、粛正し、処分する。これが独裁国家の常套手段だ。かつてのソ連はもっぱらそれを行っていたがそれでは間に合わなくなり、さらに独裁者に付き従う振りをしながら取り入り、独裁者が退場してからその影響下にあった者達を排除するなどの粛正も行われた。スターリンに引き揚げられたフルシチョフが後にスターリン大批判を行い、スターリンの息のかかった者達、たとえばベリヤなどを粛正している。
 
 フルシチョフは心底スターリンが嫌いだったようで、それでもスターリンの死ぬのを待たなければソ連の改革は出来ないと考えていたのだろう。スターリンの死後、自分が取り入っていたスターリンを大批判し、西側にその恐怖政治の実態を明らかにし、積極的に西側との融和を図ったが、当時のアメリカはそれを受け容れなかった。アメリカは、ソ連との冷戦で勝つことを目標としそれによってアメリカ国民の求心力を高め、西側での地位を確立するために、ソ連は敵であることが必要だったのだ。
 
 なお、フルシチョフは、日本との敵対関係を心底悔やんでいたようで、北方領土の返還をしても日本との関係改善をしきりに図っていたようだが、当時の日本はアメリカに逆らうことが出来なかった。
 
 フルシチョフの話を出したのは、権力者にとって自分が死んだあとのことまでは分からないにしても、少なくとも自分の一族郎党の安全は図ろうとするだろうし、周りを自分の賛同者で固める必要があるその体制を彼が一番身を以て示した例だと思うからだ。
 
 中国においても、本心は分からないが胡錦濤主席や温家宝首相は西側との融和や日本とも関係改善を願っていると言われている。本当かどうかは分からないが、江沢民時代のような問答無用の日本敵視の姿勢はない。江沢民は軍との関係を築いて未だに長老として権力を握っているかのようだが、すでに85歳であり本人が余り先のないことは誰の目にも明らかだが、そのためにも後継者として目をかけている習近平氏を次期主席に据えることで、胡錦濤氏達との妥協を図っていると見られる。その習近平氏の動きが今回は注目されている。
 
 
 この人事は陳氏が兼務していた同市の党組織部長をまもなく解任されることを意味する。薄氏一派は重慶における人事権が奪われた。後任には重慶と全く関係のない寧夏回族自治区の幹部が起用された。
 
 薄氏の遼寧省時代の部下で腹心の一人として知られる呉文康・重慶市党委員会副秘書長は薄氏が解任された後、同市の重要会議をすべて欠席し行方がわからなくなった。当局に拘束された可能性が高い。

 
今回失脚し粛正された薄煕来氏は江沢民氏のお気に入りで、おそらく彼の一連の動きは江沢民氏の筋書きである可能性が高い。江沢民氏の後継者である習近平氏の立場の確立のためにも雑草を刈り取っておこうとしたのが、この黒社会追放キャンペーンだったのではないか。

当然ながら、暴力団排除は望ましいが、暴力団、黒社会として追放された人間達が本当に暴力団だったかは極めて疑わしい。疑うなら、地方幹部は全てそうであり、一般市民達は日頃の地方役人達の横暴振りに腹を立てていたから、暴力団追放の名目で薄煕来氏が彼らを処断したのは確かに市民達の喝采を浴びたろう。

薄氏は大学院卒業後、遼寧省金県の党委書記、大連市長、遼寧省長など地方の首長の経験を積んだ後、2004年から商務相として約3年半、欧米との貿易交渉などで活躍。07年11月、中央政府直轄の重要都市、重慶市の党委書記となった。黒社会(マフィア)一掃キャンペーンや、市民を動員して革命歌斉唱運動を展開するなど、毛沢東時代さながらの保守派路線を歩み、話題を集めた。しかし、地元テレビの広告を禁止するなどの措置は「経済活動を駄目にした」「個人の人気取り」といった批判も多かった。

しかし、当時からそれに対する牽制は有ったようで、調子に乗るなとの批判が胡錦濤氏側から出ていたようだ。

 薄氏と最も深い確執があったのは、胡主席の側近で、共産主義青年団(共青団)出身の汪洋・広東省党委書記(57)だといわれる。汪氏は薄氏の前任の重慶市党委書記だったが、言論の自由などに寛容的で、経済の活性化や新産業育成にも熱心な改革派として知られる。政治路線と手法は、腐敗撲滅や愛国主義教育を積極的に推進する薄氏と大きな違いがあった。薄氏は重慶市に赴任してから、汪氏の重慶での業績をほぼ全否定し、汪氏が重用していた市幹部を次々と「腐敗分子」などの名目で免職し、投獄した。重慶市の司法局長だった文強氏のように死刑が執行された人もいた。
 
 結局政策さえ正しく行えば、政治家が別に清廉潔白である必要はないという考え方があり、小平氏が言った白い猫でも黒い猫でも、ネズミを捕るのがよい猫だとの、まさにその言葉通りなのだ。中国では権力を持てばそれを私物化し財産を作るのは当然と考えられており、一般市民でもその機会が有ればそうする。したがって、博氏の暴力団追放は、本当にそれが目的だったか、それを口実に習近平氏の露払いをしたのではないかと思われるのは当然だろう。
 
 薄氏のやり方は江沢民氏(85)ら長老の支持を受けたが、胡主席派から猛反発を受けた。薄氏が重慶市党委書記に就任後の約5年間、胡主席は一度も重慶を視察しなかった。改革派の温家宝(ほう)首相(69)もたびたび公開の場で、薄氏を暗に批判した。
 
 結局、胡錦濤氏も温家宝氏も軍と緊密な関係のある江沢民氏は妥協しなければならない相手だろうが、ただ、彼等も軍に対してはかなり影響力を行使出来るようになっているのではないのか。彼等の政権になってからの軍に対する資金量の増加は桁違いであり、しかも軍備の近代化とは裏腹にその多くが軍幹部達の私腹を肥やす分に回っている。江沢民氏は高齢であり、今後の影響力はどうしても衰えてくるし、後継者の習近平氏は未だ表立って胡錦濤氏達に逆らえる力はない。それに、彼の年齢であれば、中国がまた文革時代に戻るなど有ってはならないと思っているのではないのかと思える。国の将来よりも、国が無くなれば自分の権力も無くなるからだ。

 胡主席も温首相も青年期に文革大革命を経験している。薄氏が次期最高指導部入りして主導権を握れば、中国に再び文革期のような大混乱をもたらすのではないかとの強い危機感があったとみられる。
 
 胡錦濤氏達が消極的だが中国の改革を願っているのは信じても良いと思うが、唯、権力の座を離れてしまうと何も出来ないどころか命まで失いかねない国だから、とにかく時期の来るのを待つしかないとの思いがあるのだ。今中国版フルシチョフが出ても、結局つぶされ追放されるのであれば、次の世代に望みを託すのは当然だろう。

 薄氏が解任されるまで一連の流れの中で、習近平氏はほとんど動かず、中立の立場を貫いているようだ。
 
 それが習近平氏のこの姿勢に良く現れている。習近平氏がいま胡錦濤体制に逆らい、せっかくの次期主席の地位をふいにすることになれば、何もかも失う。もし胡錦濤氏側が軍に対しそれなりの関係を築いているなら、あとは死ぬばかりの江沢民氏との距離も当然だ。

 今秋、習近平体制が発足後、少なくとも数年の間は、胡錦濤派の強い影響下で政権が運営されるとみられるが、習派が反発すれば、一大抗争に発展する可能性をはらんでいる。(北京 矢板明夫)
 
 おそらく、習近平氏は胡錦濤体制には逆らわないと思われる。それよりも自らの勢力拡大に最大の力を注ぐだろう。軍との関係を築き、他国との関係改善も必要不可欠だと思っているのではないか、と想像するがそうでないとすれば彼は主席にまで推挙されるほどの能力がないとしか思えない。
 
 誰も信じてはならない中国でのし上がる人間が、当然の国の行く先を見通せないとは思えない。むろん、だからといって中国が変わるわけではない。

薄熙来氏と親交の英男性が不審死、英政府が調査を要請

 死亡したのはビジネスマンで中国に在住していたニール・ヘイウッド氏。昨年11月、重慶のあるホテルで死亡したのが発見された。記事によると重慶市警察は当時、死因は「過度のアルコール摂取」による事故と発表し、検視を行わず火葬したという。ヘイウッド氏が堅く禁酒している人物だと知る知人は、警察の発表に疑問をもち、イギリス大使館に通報した。
 
 これも当然中国側はとぼけるだろうし、アルコールによる死だと言い張るだろう。が、そんなことをしても結果として中国の陰謀であることを印象づけるだけで、中国がしらばっくれることでうやむやになることではない。

 ヘイウッド氏は英諜報機関に情報提供していたとも報じられている。ヘイウッド氏は、イギリス情報局秘密情報部(MI6)の元幹部が創立した諜報戦略情報会社、ハクルート(Hakluyt)に非常勤として勤めていた。同社はヘイウッド氏の死に「深い悲しみを表す」とコメントしているが、同氏がどのような情報を提供していたかは明かしていない。
 
 それにしても我が国の丹羽駐中大使殿は何をしているのか。重慶には何度も足を運んだと思うが、その地で何が起きているかを日本本国に伝えたろうか。中国でこのような粛正が始まったとすれば、それは日本にとっても非常に大きな影響を及ぼす。粛正が拡大すれば、中国が暴発する可能性が大きいからだ。が、丹羽媚中大使は、何を本国に伝えたのだろうか。まあ、伝えたところで民主政権に何が出来るわけでもないが。

北京市、警戒レベルを引き上げ 不安定な情勢への備えか


 同時に、2月24日、北京の公安と警察当局に対しても、北京全域の警備レベルを1級に引き上げるとの命令が出されたという。さらに、国務院と中央軍委は北京市周辺6省市で「環京護城河」(首都防衛)計画の実施を発表した。
 
 部均全域の警備レベルが1級とは、文字通り戒厳令に均しいと思えるが。戒厳令とは、非常事態において通常認められる一般人の権利も制限される状態を言うが、中国においては一般人の権利など無いに等しいので、戒厳令とは言わないのだろう。

 中国軍の警戒レベルは1級を最高レベルとし4段階に分けられ、「情勢が悪化し、中国大陸に軍事的な脅威をなす際」に2級に引き上げると定められている。公安と警察による警備レベルは3段階に分けられ、1級とは「治安情勢が著しく悪化し、局地で騒乱・暴動・テロ事件が発生した際」の高度な警備レベルだという。
 
 しかし、重慶ではなく北京においていきなりこのような体制がとられるのは、すでに重慶の粛正が国家レベルにまで拡大していることを意味しているのではないかと思える。粛正される側が軍事蜂起する可能性も有るのかも知れない。一般市民の蜂起以上に差し迫った、内乱の兆しかも知れない。

「胡・温・習」主導で解任=重慶前書記「毛沢東化」に反発―一枚岩でない中国指導部

 【北京時事】中国重慶市トップだった薄熙来前重慶市共産党委員会書記の解任事件は、胡錦濤国家主席や温家宝首相とともに、次期最高指導者の座を確実にしている習近平国家副主席が主導していたことが分かった。
 
 習近平氏が江沢民氏の意向の反して胡錦濤氏と共に薄煕来氏を積極的に粛正したのなら、あとは江沢民派の武装蜂起を彼等も覚悟して事に当たったと考えるのは、考えすぎだろうか。事態が急変するような気がするのだが。まさしく、崩壊秒読み段階に入ったと改めてエントリーに採り上げたのはこのような次第があるからだ。
 
 もし、最も過激な経過を辿って、反粛正派の武装蜂起が勃発し、中国全土が内乱状態になれば、おそらく数ヶ月で中国は崩壊する。それも最も荒々しい形で。その内乱の際に核を持った地方軍閥が暴走しない保証はあるだろうか。膨大な数の武装難民が日本に押し寄せてくることは確実だろう。そして、国防動員法による国内の中国人が不穏な動きをすることもほぼ確実と見て言い。
 
 それに対し、日本政府は何を想定しているのだろうか。震災どころの被害では無いのだが。唯ひたすら、中国で武装蜂起が起きず、或いは政府による押さえ込みが成功して内乱が起きず、このまま収まることを祈る以外、おそらく今は出来ない。
 
 中国の崩壊は望ましい。が、それに伴う脅威に対し全く無防備である日本のことを思えば、同じ崩壊でもソフトランディングでもっと時間をかけて崩壊して欲しいとは思う。


先ほど(31日23:00)見つけた記事だが

北京で警察がネット情報取り締まり 1000人超逮捕

 中国・北京の警察当局は、ネット上のデマや虚偽情報などを取り締まるキャンペーンを実施して1065人を逮捕した。国営新華社通信が31日伝えた。「有害情報の広がりに対する市民の苦情にこたえた」としているが、世論への影響力が高まるネット言論の弾圧だとの批判が出そうだ。
 
 これなども北京”戒厳令”の一環ではないのか。中東の春ももっぱらネットによる情報交換が市民の結束を強め組織だったデモを起こしている。それはアメリカのティーパーティーやオキュパイウォールストリートデモでも同じだが、中国にとってはそれは何より恐ろしいことだろうし、今は全ての市民の結束や武装蜂起の芽を摘みたいだろう。第二(正確には第三)の天安門事件はどうなるのだろう。天安門は開くのだろうか。

上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

日本、朝鮮有事で米国より中国の重要性認識


薄煕来氏失脚 妻、側近ら相次ぎ拘束 重慶で“粛清”始まる

2012.3.28 00:54

 【北京=矢板明夫】中国共産党中央に重慶市党委書記を解任された薄煕来氏は汚職や職務怠慢などの疑いで共産党機関の調査を受け続けており、結論はまだ出ていない。しかし、その妻と側近たちは27日までに次々と汚職などの名目で拘束されている。薄氏の影響力を排除するための“粛清”が始まっているもようだ。

 共産党筋などによると、薄氏の妻で、弁護士事務所を開業している谷開来氏は薄氏と同じ頃に党中央規律検査委員会から実質の拘束となる「双規」(規定の時間、場所で疑いのある問題に関して説明を求めること)を通告された。

 同筋は「容疑が固まれば、今秋の党大会直前に開かれる第7回中央総会で、薄氏の政治局員の資格が剥奪される可能性がある」と指摘する。

 27日付の重慶日報によると、薄氏を支えた重慶市議会議長にあたる陳存根・市人民代表大会常務委員会主任は26日に同市党委員会の常務委員を解任された。

 この人事は陳氏が兼務していた同市の党組織部長をまもなく解任されることを意味する。薄氏一派は重慶における人事権が奪われた。後任には重慶と全く関係のない寧夏回族自治区の幹部が起用された。

 薄氏の遼寧省時代の部下で腹心の一人として知られる呉文康・重慶市党委員会副秘書長は薄氏が解任された後、同市の重要会議をすべて欠席し行方がわからなくなった。当局に拘束された可能性が高い。

 さらに、薄氏のマフィア一掃キャンペーンを推進した王鵬飛・渝北区副区長や夏沢良・南岸区党委書記らも相次いで党の規律検査委員会関係者に汚職などの名目で連行されたことは中国メディアの報道で確認された。

 関係者によると、重慶市では5月に市の主要人事を決める党代表会を開く予定。薄氏に近い幹部の多くはこの会議で更迭されるとみられる。薄氏と良好な関係にありながら、事件後、党中央への忠誠を誓い、事態の収拾に尽力した黄奇帆・重慶市長の処遇が注目を集めている。



薄煕来氏が解任された理由


2012.3.25 18:00 [国際情勢分析]

3月9日、全人代が開かれた北京の人民大会堂で、記者会見する薄煕来氏(中央)=9日(共同)
 中国共産党の次期最高指導部(政治局常務委員会=9人)入りが確実視されていた大物政治家、重慶市トップの薄煕来氏(62)が全国人民代表大会(全人代、国会に相当)閉幕翌日の15日、突然解任され失脚した。今秋に5年ぶり開かれる党大会を控え、共産党内各派閥によるポストをめぐる闘争が激化したことが背景にある。薄氏の失脚により、均衡が保たれていた党内の権力バランスが大きく変化し、秋以降に発足する習近平指導部の政権運営に大きな影響を与えそうだ。

■「兄貴」と呼んだ習氏

 1949年7月に生まれた薄氏は、中国共産党の八大元老の一人とされる実力者で副首相などの要職を歴任した薄一波氏(1908~2007年)を父親に持つ。次期共産党総書記に内定している習近平国家副主席(58)と同じく、高級幹部子弟で構成する太子党の中心人物の一人だ。

 薄氏と習氏は子供の頃からの付き合いで、習氏は4歳年上の薄氏を「兄貴」と呼んでいたが、活発な性格でけんかばかりをしていた薄氏に対し、習氏は温和で敵を作らない性格だった。「2人の関係は決して良好といえなかった」と当時の事情を知る関係者は証言する。

薄氏は大学院卒業後、遼寧省金県の党委書記、大連市長、遼寧省長など地方の首長の経験を積んだ後、2004年から商務相として約3年半、欧米との貿易交渉などで活躍。07年11月、中央政府直轄の重要都市、重慶市の党委書記となった。黒社会(マフィア)一掃キャンペーンや、市民を動員して革命歌斉唱運動を展開するなど、毛沢東時代さながらの保守派路線を歩み、話題を集めた。しかし、地元テレビの広告を禁止するなどの措置は「経済活動を駄目にした」「個人の人気取り」といった批判も多かった。

■文革の大混乱の悪夢

 薄氏が失脚した直接の理由は元腹心の王立軍・前重慶市副市長(52)が2月初め、四川省成都の米総領事館に駆け込んだ事件だが、背景には、薄氏と胡錦濤国家主席(69)派との路線対立があった。

 薄氏と最も深い確執があったのは、胡主席の側近で、共産主義青年団(共青団)出身の汪洋・広東省党委書記(57)だといわれる。汪氏は薄氏の前任の重慶市党委書記だったが、言論の自由などに寛容的で、経済の活性化や新産業育成にも熱心な改革派として知られる。政治路線と手法は、腐敗撲滅や愛国主義教育を積極的に推進する薄氏と大きな違いがあった。薄氏は重慶市に赴任してから、汪氏の重慶での業績をほぼ全否定し、汪氏が重用していた市幹部を次々と「腐敗分子」などの名目で免職し、投獄した。重慶市の司法局長だった文強氏のように死刑が執行された人もいた。

 薄氏のやり方は江沢民氏(85)ら長老の支持を受けたが、胡主席派から猛反発を受けた。薄氏が重慶市党委書記に就任後の約5年間、胡主席は一度も重慶を視察しなかった。改革派の温家宝(ほう)首相(69)もたびたび公開の場で、薄氏を暗に批判した。

 胡主席も温首相も青年期に文革大革命を経験している。薄氏が次期最高指導部入りして主導権を握れば、中国に再び文革期のような大混乱をもたらすのではないかとの強い危機感があったとみられる。

 一大抗争の可能性も

 薄氏が解任されるまで一連の流れの中で、習近平氏はほとんど動かず、中立の立場を貫いているようだ。

 共産党筋によれば、薄氏と習氏は数年前から太子党内で主導権争いを展開していたので、習氏は敢えて助けなかったという。しかし、2人の支持基盤も人脈も重なっている。例えば、同じく太子党で、軍総後勤部政治委員の劉源大将や、ミサイル部隊政治委員の張海陽大将らは2人と良好な関係にある。薄氏が今後、経済事件で刑事責任を問われるような事態に発展すれば、他の関係者に波及する可能性もある。そうなれば、太子党全体の力が弱まり、習氏の求心力も低下する。

 一方、秋に党総書記を退任する予定の胡錦濤国家主席を中心とする共青団派が今回、薄氏を倒したことで、これまでにないほど影響力を拡大した。党大会に向けて、人事や政策決定などにおける主導権を手に入れたといえる。

 今秋、習近平体制が発足後、少なくとも数年の間は、胡錦濤派の強い影響下で政権が運営されるとみられるが、習派が反発すれば、一大抗争に発展する可能性をはらんでいる。(北京 矢板明夫)

薄熙来氏と親交の英男性が不審死、英政府が調査を要請

 【大紀元日本3月28日】重慶市元トップの薄熙来氏が解任された事件は外交問題にまで発展した。薄氏一家と深い親交があったとされるイギリス人男性が昨年、同市で死亡した事件について、英政府は疑問点があるとして、中国当局に調査を要請したという。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版、WSJ)が26日に伝えた。

 死亡したのはビジネスマンで中国に在住していたニール・ヘイウッド氏。昨年11月、重慶のあるホテルで死亡したのが発見された。記事によると重慶市警察は当時、死因は「過度のアルコール摂取」による事故と発表し、検視を行わず火葬したという。ヘイウッド氏が堅く禁酒している人物だと知る知人は、警察の発表に疑問をもち、イギリス大使館に通報した。

 同記事によると、薄熙来氏の腹心で同市の元公安局長だった王立軍氏は、ヘイウッド氏が、薄氏と妻との間でビジネス上のトラブルがあり、毒殺されたことを知った。ヘイウッド氏の死をめぐって、薄氏と王氏は激しく口論し、仲間割れした。王氏が米総領事館に駆け込む際に渡した機密文書の中にも、ヘイウッド氏の死に関する資料も含まれている。

 ヘイウッド氏は英諜報機関に情報提供していたとも報じられている。ヘイウッド氏は、イギリス情報局秘密情報部(MI6)の元幹部が創立した諜報戦略情報会社、ハクルート(Hakluyt)に非常勤として勤めていた。同社はヘイウッド氏の死に「深い悲しみを表す」とコメントしているが、同氏がどのような情報を提供していたかは明かしていない。

 今回の事件についてよく知るヘイウッド氏の知人は、同氏が死亡した当時、中国人の同氏の妻は重慶にいなかったと、WSJの取材に対して答えている。

 ヘイウッド氏は40代~50代の中年男性。戦略的投資アドバイザーや年金運用のコンサルティングを務めており、英自動車会社アストン・マーチンの販売総代理企業顧問でもあった。浙江省ギーリ・ホールディング社のボルボ買収も助言をしたとされ、中国では有力なアドバイザーだったと伝えられている。

 記事によると、同氏の中国人の妻は大連出身で、薄氏が大連市長在任中、妻との繋がりで薄一家と付き合うようになった。薄氏は3月15日、市党委書記の職から解任された。理由は公表されていない。



北京市、警戒レベルを引き上げ 不安定な情勢への備えか

 【大紀元日本3月27日】香港の政論雑誌 『動向』3月最新号によると、胡錦涛中央軍事委員会主席は2月23日、北京軍区及び北京の警備・守備に当たる北京衛成区部隊に対し、2月27日0時から今秋10月31日深夜0時までの間、警戒レベルを2級に引き上げるよう指示したという。

 同時に、2月24日、北京の公安と警察当局に対しても、北京全域の警備レベルを1級に引き上げるとの命令が出されたという。さらに、国務院と中央軍委は北京市周辺6省市で「環京護城河」(首都防衛)計画の実施を発表した。

 中国軍の警戒レベルは1級を最高レベルとし4段階に分けられ、「情勢が悪化し、中国大陸に軍事的な脅威をなす際」に2級に引き上げると定められている。公安と警察による警備レベルは3段階に分けられ、1級とは「治安情勢が著しく悪化し、局地で騒乱・暴動・テロ事件が発生した際」の高度な警備レベルだという。

 今回の警戒令は両会開始直前から中共第18回全国代表大会(18大)が終わるまで、計248日間に達している。期間の長さや規模の大きさは、例年の全人代期間中と北京五輪時をも超えている。

 このごろ、重慶市元公安局長の亡命未遂事件を発端に、中央指導部内で内紛が勃発したとの噂が飛び交っている。海外の華字ニュースサイトや香港紙東方日報は22日からネット情報として、中国の政治中枢である中南海から銃声が聞こえ、軍と武装警察が衝突し、クーデターが発生したのではないかとの憶測を伝えた。その数日後、武装警察を管轄する中央政法委のトップである周永康氏の失脚が英紙・フィナンシャルタイムズによって伝えられた。いずれも政府が公式発表した情報ではないが、大規模の警戒レベルの引き上げはこういった不安定な情勢と関連しているとの見方もある。



「胡・温・習」主導で解任=重慶前書記「毛沢東化」に反発―一枚岩でない中国指導部

時事通信 3月31日(土)2時37分配信

 【北京時事】中国重慶市トップだった薄熙来前重慶市共産党委員会書記の解任事件は、胡錦濤国家主席や温家宝首相とともに、次期最高指導者の座を確実にしている習近平国家副主席が主導していたことが分かった。複数の共産党関係者が30日までに明らかにした。
 党関係者によると、胡、温、習氏は以前から、法を無視した暴力団一掃捜査や、大衆を動員した革命歌熱唱運動など、薄氏の「文化大革命(1966~76年)」式政治手法に反対してきた。そこに2月6日、薄氏の元側近・王立軍前副市長による米総領事館駆け込み事件が発生し、胡主席らは薄氏だけでなく政治局常務委員の機密情報も米側に渡ったと危機感を強めた。
 直後の9日、最高意思決定機関・政治局常務委会議で、駆け込み事件を契機に薄氏の「指導責任」を問い、解任する方向性が固まったという。 


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コメント

チョッと...。

> たかおじさん様、

お久し振りです。

さて、中国の崩壊が間近との御意見ですが、小生の意見はチョッと違いますので簡単に申し述べさせてください。そして、もし、気になる部分が有りましたら、更なる調査や分析をどうぞ。

小生は今回の政治闘争が直接あるいは間接的に中国の崩壊を招くとは見ておりません。但し、「終わり」の始まりの予兆である可能性は高いものと考えます。

先ず、このレベルの政治闘争は「トウ小平」時代以後も幾度か起きており、それぞれの勢力間での妥協が図られ、党指導部の分裂には至っておりません。

例えば、江沢民の政敵、陳希同(北京市書記)の失脚...その際、腹心の王実森は自殺...また、胡錦涛の政敵だった陳良宇(上海市書記)の失脚...江沢民が胡錦涛の後継として目論んでいたのを更迭...の例を見れば今回のが特別とは考え難いでしょう。

また、王立軍の事件が起きる直前まで、薄熙来は汪洋と政治局常務委員のイスを争っているとの見方が報道され太子党の有力メンバーとして見られてきました。特に、習近平との関係からそう見られてきた訳ですが、重慶市で進められた「打黒唱紅」については、党幹部(中央委員他)の中の色々な勢力から嫌悪や批判を受けていたとの事です。主なものとしては、

◇団派(前任者が汪洋)に対して、打黒を推進し汚職やの摘発にて内政上の無能さをPR、その上、関係者を更迭したり処分したり...濡れ衣 or 政治闘争との話有り...また、前々任者・賀国強の関係者も打黒で処分されたとか。

◇江派に対しては、唱紅を打ち出し市場経済への傾斜(上海他の発展)に対するブレーキとなる運動を推進していた。...一部の政治局常務委員の支持有り

◇党中央の全般に対し、唱紅運動を民衆に展開するプロセスやそのうねりが、文化大革命を想起させてしまっている。

が挙げられます。 これらが伏線となって薄熙来の周辺に対する内偵が進んでいたとの事です。

薄熙来に拠る王立軍の切捨てがその内偵によるものか、薄熙来の更なる暗部を知ってしまった為か、またはその両方に因るものかが確定しませんが、成都・米領事館駆込み事件を招き、今回の失脚のキッカケになったと言われております。

また、後任の人事や中央規律検査委員会書記が賀国強(江派)である事から、団派が一方的に薄熙来の失脚を主導した訳ではなく、両派と太子党・有力メンバーの同意が有って進められたものと推定されます。

で、上記が派閥に関係する流れとすると、薄熙来の個人的な流れとしては文化大革命と天安門事件が絡んで来ます。 先ず、当人については文化大革命時(劉少奇他失脚)の遺恨(太子党に多く存在)、次に父親の薄一波に対しては天安門事件時(胡耀邦の総書記解任他)の遺恨が有ると見られております。

特に唱紅は、薄熙来自身が紅衛兵として聯動という派閥に属して暴れた過去を想起させ、文化大革命の再来を忌避するメンバーに危険視され、温家宝からの公式の強い非難を浴びるに至ったと見られます。

ですから、警戒レベルの引上げは法輪功事件も踏まえ、唱紅の動きが広がらないようにする為の先手と見られております。もちろん、ネットの検閲強化もその一環です。

まぁ、詳細情報に触れて言えば、薄熙来を擁護した常務委員は周永康だけとか、第六世代の太子党・胡徳平(胡耀邦の息子)の薄熙来批判とか色々と有るようです。

また、解放軍に関しては、江沢民と胡錦涛の対立と妥協が繰り返され、章泌生大将(団派、解放軍の国軍化を主張)の停職から谷俊山中将(江派、総後勤部で調達を握る)の更迭まで、色々と動きが有るようです。 しかし、薄熙来には軍を動かせる力は全く無いといって良いでしょう。

以上、著名なチャイナウォッチャーのほぼ受け売りみたいなものですが、ざっと書いてみました。

チョッと...。

>2012-04-02 17:45 | ムフフ様、

>お久し振りです。

お久しぶりです。年度末ですからね、みなさんお忙しいようです。

>小生は今回の政治闘争が直接あるいは間接的に中国の崩壊を招くとは見ておりません。但し、「終わり」の始まりの予兆である可能性は高いものと考えます。

はい、今回の出来事が必ずしも中国の崩壊に必ず結びつくかどうかは私も断言しません。おっしゃるように終わりの始まりだとも言えますね。とりあえず、押さえ込んではいるようですが、ただ、このような事件が起きたと言うことは特筆に値します。
>
>先ず、このレベルの政治闘争は「トウ小平」時代以後も幾度か起きており、それぞれの勢力間での妥協が図られ、党指導部の分裂には至っておりません。

それもその通りでですが、今の中国は当時とも変質しています。ようするに集団指導体制が更に進み、互いに利害を調整しながら妥協点を見いだして党全体をまとめている様な状態ですね。誰かが号令をかけて全体がそれに従うような状況ではないようです。ということは、極めて微妙なバランスの上に成り立った統一であり、多くに人間が不満を鬱積させている状態とも言えます。小平時代なら諦めていたであろう不満です。
>
>例えば、江沢民の政敵、陳希同(北京市書記)の失脚...その際、腹心の王実森は自殺...また、胡錦涛の政敵だった陳良宇(上海市書記)の失脚...江沢民が胡錦涛の後継として目論んでいたのを更迭...の例を見れば今回のが特別とは考え難いでしょう。
ただ、このようなことがまた起きた、と言うことですよ。実際に表面上はともかく、中国が国際的に極めてまずい状態にあり、経済的にも陰りが出て、国民は以前よりも情報を得るようになっているし、国民の不満も更に高まっているとおもいます。それも以前なら我慢していた不満が今では同じ状態でも我慢が出来なくなっていると言うことです。

>が挙げられます。 これらが伏線となって薄熙来の周辺に対する内偵が進んでいたとの事です。

結局薄煕来氏の黒社会撲滅も、中国共産党の成り立ちからして可能であったはずが無く、それくらいは彼も知っていたでしょうから、実態は目障りな連中にえん罪を着せ粛正したと観られるのも仕方がないでしょうね。それについては、あくまで江沢民氏のお墨付きがあっと思いますが、そのお墨付きの威力が思ったより無かったから、

>薄熙来に拠る王立軍の切捨てがその内偵によるものか、薄熙来の更なる暗部を知ってしまった為か、またはその両方に因るものかが確定しませんが、成都・米領事館駆込み事件を招き、今回の失脚のキッカケになったと言われております。

と言う事態に至ったわけでしょう。薄煕来氏がさらなる暗部を知ったなど、今更なにをということで、つまりはやりすぎたのだと思いますよ。まあ、本当に事実は分かりませんが。
>
>また、後任の人事や中央規律検査委員会書記が賀国強(江派)である事から、団派が一方的に薄熙来の失脚を主導した訳ではなく、両派と太子党・有力メンバーの同意が有って進められたものと推定されます。

ただ、あの国では裏切りが当たり前だし、江沢民氏が薄煕来氏を二階に上げて梯子を外すくらいのことはいくらでもあるでしょう。トカゲの尻尾を切って己の安全を図るという奴です。

>特に唱紅は、薄熙来自身が紅衛兵として聯動という派閥に属して暴れた過去を想起させ、文化大革命の再来を忌避するメンバーに危険視され、温家宝からの公式の強い非難を浴びるに至ったと見られます。

まあ、胡錦濤・温家宝サイドから見れば文革の再来など、悪夢以外の何者でもないでしょうし。

>ですから、警戒レベルの引上げは法輪功事件も踏まえ、唱紅の動きが広がらないようにする為の先手と見られております。もちろん、ネットの検閲強化もその一環です。

当然でしょうね。しかし一方、天安門というキーワードを解禁したなどの懐柔策も採っていますが、中国人に対する情報統制も限界があるでしょうし。なにより、他国からの印象悪化は今の中国では避けたいでしょう。尖閣問題が中国で問題になったとか、今回の河村発言が問題になったと言ってますが、以前に比べればずいぶん中国国内では抑えていると思いますよ。

>しかし、薄熙来には軍を動かせる力は全く無いといって良いでしょう。

そりゃ当然でしょう。

>以上、著名なチャイナウォッチャーのほぼ受け売りみたいなものですが、ざっと書いてみました。

つまりは江沢民派と胡錦濤派が手打ちをしてトカゲの尻尾切りで収まるとは思いますが、ただ、彼等の把握していないところで何がおきるかはわからないから、彼等も十分注意しているのだろうし、警戒態勢を戒厳令まで上げて居るのではないですか?それも北京で。

全てが丸く収まったとはちょっと思えない節もありましてね。習近平氏って、本当に江沢民氏の手札なんですかね。チャイナ魚ちゃんに訊いてみたいです。

そうですね、

> たかおじさん様、

早速のレスポンス、ありがとうございます。 それでは、たかおじさん様の見方への所感と私なりの分析ともう少し述べてみたいと思います。

先ず、たかおじさん様の

> ...中国は当時とも変質しています。ようするに...ような状況ではないようです。ということは、極めて微妙なバランスの上に成り立った統一であり、多くに人間が不満を鬱積させている状態とも言えます。...

につきましては、「慧眼」と思うほどの着眼点ではないかと思います。...小生なぞが慧眼と述べても何の意味も無いのですが。

さて、私が「終わりの始まり」とした大きな理由は、党指導部の第一世代 ~ 第四世代までは特別な出自を持たず、建国から天安門までの激動の時代を乗り切って来たメンバーであるのに対し、第五世代からは太子党の面々が中心になろうとしている事に因ります。

つまり、単なる寡頭制政治から世襲制の色が濃い政治への変容が始まったと。それにより、次の二つが想起されます。

1.今までは、保守派と改革派の様な政治路線の対立と江派(上海閥)と団派の様な人の背景 or 出自に関する派閥を織り込んだ政治闘争だったのが、太子党が中心を占める事に因り個人的関係までもが織り込まれた、より複雑な政治闘争になってしまい、解決や妥協が更に困難になってしまった。

もちろん太子党は、小さい頃に同じ境遇で育ったとか、お互いに良く知っている(親同士が行き来していたので)とかはふ結束力のある集団ではなく、メンバーの政治姿勢も薄熙来から胡徳平(胡耀邦の息子)の通り様々です。

尤も太子党の中は、胡徳平をはじめとする政治改革論者が多いとの模様。 例えば、民主派の最右翼とされる馬暁力(陝西省書記・馬文瑞の息子)においては、政治集会で「われわれは蒋介石の二代目、蒋経国に学ばなければならない」と発言したとのこと。...台湾民主化は蒋経国が改革派の李登輝を後継と決断したところから始まったとして、政治改革のポイントを示唆したもの。

また、この個人的関係の複雑さについては、薄熙来を例に取り上げますと、

先ず、江沢民が北京閥の陳希同を差し置いてトウ小平の後継となった経緯の中で、薄熙来の父、薄一波(元党中央顧問委員会副主任、主任はトウ小平で党の人事に強い影響力を持つ)の推薦が有って候補に上ったという関係が重要です。
その薄一波が息子の後見を江沢民に頼んだとされるのが薄熙来の出世と数々のやり過ぎが容認された理由との見方が一般的です。
それは、遼寧省副書記、同省長、商務部部長(大臣)、そして重慶市書記の異例の出世 と 膨真(元北京市書記)の息子を拘束した事件から喬石(元全人代・常務委員長)らが胡錦涛に要望書が出されるまでに至ったが処分はされなかった事を見れば分かるとされております。

次に、幼少の頃から習近平の兄貴分として振舞っていて、頼りになる存在であると共に先輩格の煙たい存在。それと同時に、厄介事に巻き込まれる恐れを持つ危険な存在でもあると。...その表に出されている野心からは、何時かは切り捨なければならない潜在的ライバル?。

更に、朱鎔基や温家宝の実務者ラインからはスタンドプレーが問題視され、呉儀(元副首相)の引退に際して有名になった「裸退」で名指しされる程、嫌われたと。...呉儀は、「私は次の位は何もいらない。裸退(次の官位なしに引退)するので、その代わりに薄熙来を私の後釜にしてはならない」と言い残したとか。

2.既得権益集団(トップは上海閥)と特権階層の子弟集団である太子党が党指導層の二大勢力となった場合、所属集団の実利と机上の理念の妥協が政治決定の原理となって庶民の声は益々反映されなくなり、更に党の結束を最優先とする団派がその庶民の声を抑え付けると。

以前にも増して、メディアの統制が厳しくなり、ネットでの声まで抑圧する政策を主導しているのは胡錦涛であり、団派の面々です。

また、解放軍の改革を訴える章泌生大将(団派)が切り捨てられたのは、党の結束を立てに江派に寄り切られたものと見られております。同じ改革派でも劉源中将(総後勤部・政治委員)は胡錦涛の抜擢は受けているものの太子党(劉少奇の息子)です。

まあ、党指導部について言えば、その家族までを含めて、叩いても埃が出ないのは 朱鎔基 唯一人と言われております。それ以外は既得権益のしがらみに絡め取られていると。...温家宝も例外では有りません。元妻や息子は億万長者です。

最後に、たかおじさん様の疑問、

> 習近平氏って、本当に江沢民氏の手札なんですかね。

つきまして、一般的(チャイナ・ウオッチャーの間で)な話を記しますと、本来の手札は失脚した陳良宇(上海市書記)で、その失脚で重要な役割を果たした曽慶紅(江派?、元国家副主席)が後釜として習近平を推し、江沢民が了承したとの事。

で、この曽慶紅が太子党の後見人(自身もほぼ太子党?)で、党序列の実質上のNo.2 で江派の代貸しと言われているとか。
胡錦涛の院政になるか、曽慶紅の院政になるかが注目の的となっている模様です。

そうですね、

>2012-04-03 17:38 | ムフフ様、

>につきましては、「慧眼」と思うほどの着眼点ではないかと思います。...小生なぞが慧眼と述べても何の意味も無いのですが。

いえいえ、恐れ入ります。
>
>さて、私が「終わりの始まり」とした大きな理由は、党指導部の第一世代 ~ 第四世代までは特別な出自を持たず、建国から天安門までの激動の時代を乗り切って来たメンバーであるのに対し、第五世代からは太子党の面々が中心になろうとしている事に因ります。
いか、さまざまな人間関係についての資料を頂き、まことに参考になりますが、私は全体像で判断する方です。結局、現在では建国当時の、血で血を洗う世代の影響が薄れ、権力を私物化した結果富と力を蓄えた太子党が政治の表舞台に出てきています。

彼等は、結局古代国家における建国者達の子孫であると言うだけであって、国を作ると言うより自らの既得権を守ることが優先します。しかし、先代達のような実力も人望もありません。結局、自らの周囲に人を集め金と力を分け与えることで勢力を作り、他の同じような連中との派閥争いを始めます。当然周囲に人間には佞臣が増えます。人間としての実力がないからです。

最終的にそれが国家を弱体化し、滅ぶことになりますが、ほとんどの先進国はそれを経験しながらそこから脱することで民主制を築き上げ国家として脱皮することが出来ました。中国は1000年前から同じことを繰り返しているというのはそのためです。

中国のような国は、集団統治は無理です。必ず強力なカリスマが必要です。さもなければ衰退し崩壊します。その繰り返しと言うことですよ。そして今の中国はその最終段階に入ったと言うことですね。終わりの始まりとは、私の解釈ではそう言うことです。

>つきまして、一般的(チャイナ・ウオッチャーの間で)な話を記しますと、本来の手札は失脚した陳良宇(上海市書記)で、その失脚で重要な役割を果たした曽慶紅(江派?、元国家副主席)が後釜として習近平を推し、江沢民が了承したとの事。

と言うことは、子飼いじゃないと言うことですね。まあ、いつ親分に見切りを付けても不思議ではないですね。

>胡錦涛の院政になるか、曽慶紅の院政になるかが注目の的となっている模様です。

胡錦濤派がどれだけ軍部を把握しているかに依るでしょうが、富を蓄えまた軍部に金を回している様子からすれば、軍部が江沢民氏に肩入れする理由はないと思いますが。

更に続きです

> たかおじさん様、

レスポンス、ありがとうございました。 それで、確かに長いスパン、或いはマクロで観れば、

> ...私は全体像で判断する方です。結局、...中国は1000年前から同じことを繰り返しているというのはそのためです。

との事でしょう。 しかしながら、全く同じ出来事が繰り返される訳でもなく、その出来事に日本が大きな影響を受けますので、隣国の状況について放っておくのは適切ではないと考えます。

それで、習近平につきまして、たかおじさん様の

> ...子飼いじゃないと言うことですね。まあ、いつ親分に見切りを付けても不思議ではないですね。

とのコメントを補足しながら、近い将来の注意すべき事態の予測を述べてみたいと思います。

先ず、習近平の親分は江沢民ではありません。彼を上海市書記に引き上げ自身の引退と引換えに政治局員に押し込んだ曽慶紅が当人の親分になります。

で、当人は周りから調整役とか八方美人とか評されております(文革時の下放の際に学んだ?処世術の結果)。また、太子党においては人脈的対立構造を持ちながら最大公約数的合意である「特権維持」に向けて当人を支えるコンセンサスが有ると見られております。
ですので、当人の「維持会長」というニックネームがあるとの話も当然かと。 結果、思想的および政策的小異を捨てて大同となるもののみを打ち出すと。

それで、注意すべき事態が考えられるのは、ポスト習近平の時代にひと波乱あるだろうと予測される事なのです。

今まで、前任者の路線を明確に否定したのはトウ小平のみで、江沢民も胡錦涛も基本路線は変えずにチョッとした修正を独自の路線として打ち出したにしか過ぎません。

...トウ小平は、毛沢東路線の「二つの全て = 両个凡是」つまり、「毛主席の決定した事はすべて支持し、毛主席の指示はすべて変えない」を否定し、「実事求是 = 毛沢東の一語一句が真理という訳ではない」を主張し、これを党の指導方針とした。

団派からは胡春華がトップで改革志向、で問題の中心人物となりそうなのが解放軍の劉源と政治協商会議の胡徳平です。特に胡徳平は父親の名前によるカリスマ性を纏っているので、この三者の改革の方向性が違う事から生じる政治闘争が発生すると。

恐らく、胡錦涛や習近平の路線を否定する動きが明確になっての闘争となり、大きな事件を引起す可能性が有ると見るものです。

つまり、団派の考える改革(元は胡錦涛)、解放軍の考える改革(元は劉少奇の)、太子党民主派の考える改革(元は胡耀邦)の激突です。

更に続きです

>2012-04-04 17:34 | ムフフ様、

>
>との事でしょう。 しかしながら、全く同じ出来事が繰り返される訳でもなく、その出来事に日本が大きな影響を受けますので、隣国の状況について放っておくのは適切ではないと考えます。

1000年前からの繰り返しとは、1000年も前に、中国は進化の袋小路に入ったと言うことであり、つまりは中国の地に国が出来て以来、何度も同じことを繰り返していると言うことです。精々長くて300年、短ければ数十年で国が滅びています。今の状態は、現代の時間の流れの早さにより、かなり短いスパンだと思いますよ。70年も保ったのは前半に停滞していたからで、おそらくこの30年で中国の変化が始まったと言うことでしょうね。今は最終段階と言うこと。


>先ず、習近平の親分は江沢民ではありません。彼を上海市書記に引き上げ自身の引退と引換えに政治局員に押し込んだ曽慶紅が当人の親分になります。

親分は一人じゃないですよ。江沢民は身元引受人。杯をもらったと考えれば親分じゃないかと言うことです。いずれにせよ、習近平氏にしてみれば仮親分なんでしょうけれど、いつでも杯は返せるだろうと思う次第です。
>
>...トウ小平は、毛沢東路線の「二つの全て = 両个凡是」つまり、「毛主席の決定した事はすべて支持し、毛主席の指示はすべて変えない」を否定し、「実事求是 = 毛沢東の一語一句が真理という訳ではない」を主張し、これを党の指導方針とした。

不倒翁だから出来たこと。今、小平は居ません。

>団派からは胡春華がトップで改革志向、で問題の中心人物となりそうなのが解放軍の劉源と政治協商会議の胡徳平です。特に胡徳平は父親の名前によるカリスマ性を纏っているので、この三者の改革の方向性が違う事から生じる政治闘争が発生すると。

つまり、小物のドングリの背比べですね。

>つまり、団派の考える改革(元は胡錦涛)、解放軍の考える改革(元は劉少奇の)、太子党民主派の考える改革(元は胡耀邦)の激突です。

私は、中国とは軍政国家であり、軍が誰を傀儡にするかだけの話だと思っています。軍に都合の良い人物がトップになるだけで、実際の権力争いは軍内部で起こっていると思うし、それは表には出てこないでしょうね。

彼等の国家組織図通り、解放軍(武装力)が共産党の下部組織であり、中国国防法により「中華人民共和国の武装力は中国共産党の領導を受ける」「武装力の中の共産党組織は、党規約に従って活動する」などと信じているわけではないのでそう言うことになります。

一段落を。

> たかおじさん様、

レスポンス、ありがとうございました。 中国関係、長くなりましたので小生の見方との違いを整理し、新たな情報を紹介して終わりとしましょう。

先ず、上海閥(いわゆる、江派)に対する見方の違いで、

> 親分は一人じゃないですよ。江沢民は身元引受人。杯をもらったと考えれば...いずれにせよ、習近平氏にしてみれば仮親分なんでしょうけれど、...

につきましては、江沢民が後継指名をしようとしていた陳良宇(元上海市書記)の解職について、曽慶紅が胡錦涛に同意した時点で、派閥内における江沢民の影響力は低下し、曽慶紅が上海閥を仕切るようになったと見られております。...江沢民の死亡観測記事が出されてしまう程に低下か? 低下の発端は曽慶紅自身が中央軍事委員会副主席のポストに就けなかった辺りと見られています。

まぁ、中国人の作る派閥のですから日本人の感覚と違う点を考慮しなければならず、派閥のボスの権威よりも、個人と個人の関係、つまり誰が自分を引っ張り挙げたか、誰に貸しと借りが有るかが重要になって来ます。

次に、これからの政治闘争ですが、

> つまり、小物のドングリの背比べですね。

とは、私は見ておりません。少なくても、劉源と胡徳平は大物に化ける可能性を持っていると見ます。しかも従来の保守と改革の対立ではない為、単純な妥協は図れず、深刻な闘争に至る可能性が有ると見る訳です。

...大物と記した意味は、党内序列や肩書きではなく党指導部に対する影響力を持つことです。もちろん、トウ小平と比肩し得る程と見ている訳ではありません。

その次に、

> 私は、中国とは軍政国家であり、軍が誰を傀儡にするかだけの話だと思っています。軍に都合の良い人物がトップになるだけで、実際の権力争いは軍内部で起こっていると思うし、それは表には出てこないでしょうね。

につきましては、私はその様な見方を取りません。党指導部=軍指導部 とは考えません。(トウ小平の時代まではそうでしたが)

たかおじさん様は、どの様な事実から中国が軍政とされているかは分かりませんが、党から軍は動かせますが軍から党は動かせない現状からはうがち過ぎと思う次第です。 

で、まさかミャンマーのような軍政を想定していないと思いますが、解放軍の組織とその人事の履歴をお知りになれば、軍における総政治部の力を理解され、軍政と云う見方が変わることと思います。

...軍歴を持つ政治局員は王震や劉華清あたりまでで、今の実質上のトップは国防部長、総政治部主任、総参謀長は軍のテクノクラートで、党を動かす政治力はないと見られております。逆に、上将への昇任や引退への人事は党の軍事委員会が握っており、楊尚昆や楊白冰が引退させられたり、王守業(元海軍副司令員)や谷俊山(総後勤部副部長)は汚職を理由に失脚させられたりしています。

最後に、今回、私は考え過ぎと思って採らなかった「薄熙来と周永康が組んだクーデターの未然防止説」が信憑性を増したとして、チャイナウォッチャーの間で取り上げられています。 表に出たキッカケは、昨年秋の成都軍区での軍事演習とか。...

...薄熙来の常任委員入りに向けてのデモンストレーションなんでしょうけど。

それで、公安(周永康がトップ)と解放軍(胡錦涛がトップ)の衝突を畏れての警戒発令だったとか。 まぁ、闘争が現段階でも続いている...

解放軍を中心に「党中央指導部との高度なる政治的一致を保とう」というスローガンの下で胡錦涛指導部への
忠誠を固める運動(「胡錦濤国家主席の偉大なる方針を徹底的に順守しその権威を守ろう」の様な讃辞)が展開されており、
その一方で北京日報に「...わが党は一貫して集団的指導を強調してそれを実行してきている。総書記は党内の最高職務ではあるが、党の最高指導機関ではない」というコメントが載ったりしている情況

...と見られるので、一段落するまでは、確定的な話は出て来ないように思います。

一段落を。

>2012-04-05 17:02 | ムフフ様、


>まぁ、中国人の作る派閥のですから日本人の感覚と違う点を考慮しなければならず、

当然ですね。最初からそう思っております。

>派閥のボスの権威よりも、個人と個人の関係、つまり誰が自分を引っ張り挙げたか、誰に貸しと借りが有るかが重要になって来ます。

そうですか?私は孫文が共産党を引き入れたのにあれだけ裏切られ(まあ孫文が中国人だったから仕方有りませんが)、また自分を支えてくれた周恩来に対して毛沢東が最後にしたことなどを思えば、彼等のそんな関係など屁の突っ張りにもならないと思っていますが。

>とは、私は見ておりません。少なくても、劉源と胡徳平は大物に化ける可能性を持っていると見ます。しかも従来の保守と改革の対立ではない為、単純な妥協は図れず、深刻な闘争に至る可能性が有ると見る訳です。

それもコップの中の嵐です。ドングリとメダカがコップの中で騒いでいるような物ですよ。個人同士の権力争いで政治が決まるような状態を、1000年前に進化の停まった中国の在り方と言っているわけでして。そりゃ誰かが誰かの上に出るでしょう。で、それで中国が変わりますか?中国が国際社会でまともな一員になり、民主化され、真の大国として成立しますか?

>につきましては、私はその様な見方を取りません。党指導部=軍指導部 とは考えません。(トウ小平の時代まではそうでしたが)
>
>たかおじさん様は、どの様な事実から中国が軍政とされているかは分かりませんが、党から軍は動かせますが軍から党は動かせない現状からはうがち過ぎと思う次第です。

軍人が直接政治を動かす等と言っていません。”事実上”軍政とは、見かけ上シビリアンコントロールでありながら、実際は主席でも首相でも軍の意向を無視しては何一つ国策を打ち出せないと言うことですよ。
>
>で、まさかミャンマーのような軍政を想定していないと思いますが、解放軍の組織とその人事の履歴をお知りになれば、軍における総政治部の力を理解され、軍政と云う見方が変わることと思います。

いえ、変わりません。ミャンマーとはむろん違います。中国は、軍(実は暴力を伴った利権団体)が国を利権の道具にしているだけの存在であり、本来の国家とは大きく異なります。たんなる、犯罪集団です。ミャンマーと比べるなど、とんでもない。

正確に言うなら中国は軍政国家ではなく、匪賊国家だと言われている所以です。


>...と見られるので、一段落するまでは、確定的な話は出て来ないように思います。

コップが割れるまで中の嵐は続きますね。しかし、とてつもなくでかいコップなので、割れる際にはとんでもない災厄を周囲にばらまくだろうから、どうでも良いとは思いませんが。

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