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自然エネルギーへの幻想

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現実に原発がゼロになる日が近づき、ますます化石燃料の輸入が加速し、世界中で原油高騰の悲鳴が聞こえる。オバマ大統領などはガソリン価格の急騰がせっかく上向いているアメリカ経済の足を引っ張ると毎日ガソリン価格の安定の必要性を言っているが、現実にはイラン情勢がどうなるか分からず、化石燃料の価格が下がる要素がない。

いまカナダからパイプラインでガスを引いてくる計画も、環境の悪化を懸念してストップしており、事実上は化石燃料の価格についてはお手上げ状態だ。オバマ大統領は今の所口にしてはいないが、現実にエネルギー輸入大国の日本が急速に化石燃料輸入を増加させたためスポット価格を中心に化石燃料価格を押し上げている。

国際的に化石燃料が高騰すれば、当然ながら途上国経済を中心に大打撃になるし、また中国のようにエネルギーをがぶ飲みしている国にとって化石燃料の確保は急務となり、それはそのまま中国の周辺国との領土問題が切迫してくることを意味する。つまり、原油価格が上がることは世界情勢を緊迫させる。その引き金の一つを日本が引いたわけだ。

政府では今になって慌てて原発の再稼働を画策しているが、なにしろまともな説明しないで、今になって原発は必要だと言っても国民は信用しない。すべて、政府がまいた種だ。

原発ゼロは5月5日に 北海電力が泊3号の定検入り日程を発表

5月5日こどもの日に原発が全て停まるのだが、すでにガソリン価格などは市場最高値に近づきつつあり、これから暖房用灯油の需要は減るだろうが、産業用のエネルギーは非常に心許なく、すでに多くの企業が海外のエネルギーを求めて脱出している。

国内のお花畑は未だに自然エネルギーを開発すれば全てが解決するかのように、原発停止の合唱に余念がないが、本当に無責任きわまりない。

無責任と言えば次のような記事があった。

赤文字は引用

英紙:中国が世界一の「環境大国」になる可能性


イギリス紙「ガーディアン」はこの頃、2012年に中国で消費される石炭の消費量は世界の50%に上ると予測した。一方中国では、西部地域でクリーンエネルギー産業がまさに勃興しており、政府は2020年までに全エネルギーの15%をクリーンエネルギーでまかなう計画である。「ガーディアン」紙は、クリーンエネルギー産業への大規模投資によって、中国が世界一の「環境大国」になる可能性を指摘する。

確かに、中国の環境汚染はすさまじく、都市部の大気汚染も生活上の限界を超えている。石炭は確かに安いエネルギー源だろうが、環境対策をとらずに使うとおそらく最大の汚染源となる。そして、中国の環境対策は極めてお粗末であり、当局が取締をしても役人に金を握らせればどうにでもなるお国柄では全く効果が上がっていない。何故中国では環境汚染がすさまじいのかという根本原因を理解せずに、中国が自然再生エネルギーを大量に使えば環境汚染が無くなるとの記事など書いても無責任だろう。

また、中国の環境汚染は化石燃料による物だけではなく、中国人の意識の低さに主因がある。だから、川や湖、沿岸の海などが極限まで汚染され、渤海などは衛星写真で見るとまるで汚水溜めの様になっている。このところ中国の漁船が日本や朝鮮の領海にまで来て違法操業をするのは、中国の水産資源が壊滅状態にあるからだ。そして、中国の海洋汚染は、日本にまで影響を与えている。このような問題が、自然再生エネルギーで変わるわけがない。中国人の根性が変わらない限り、汚染など無くならない。

中国は2020年までに、全エネルギーの15%を再生可能エネルギーでまかなうことを計画している。その大部分を原子力と水力としているが、砂漠や山岳地帯、高原、海上などで太陽光と風力による発電を行おうとしている。

原子力は、再生可能エネルギーではない。再生可能エネルギーとは、いわば無限に存在するエネルギーであり、太陽光、風力、潮力、波力、水力、地熱、バイオエネルギーなどであって、原子力はそれには含まれない。ただし、考えようによっては自然再生エネルギーに近いともいえる。

原発の燃料はウラニウムだが、現在採掘されているウラニウムは限りがあり、大まかに言って数十年分とされている。これをプルサーマルや、仮に高速増力炉が実用化されば何倍かに伸びる。さらに、日本は技術的には確立しているが、海水中のウラニウムを回収出来れば、事実上資源量は無限と言えるが、当然ながら回収コストが発電で得られる利益をはるかに超えるので、今は実用化が出来ない。ただし、将来回収技術が改良され、エネルギーコストが上がれば、海水からの回収ウランがコスト的に合うかも知れない。

これは実は今の自然再生エネルギーにも言えることであり、風力や太陽光など確かに無限に存在するのだが、その回収コストは決して安くはなく、海水中のウランが実用化出来ないのと同じ問題を抱えている。が、脱原発を主張する人々や自然再生エネルギーが環境に優しい、無限にあるから安く上がると信じている。あるいは、無視をしているとしか思えない。

ガーディアン紙がそのことを本当に理解していればこんな記事は書かないはずだと思うのだが。

記事では研究者のコメントも掲載されている。環境破壊も計算に入れるならば、中国の経済生産効率は半減する。中国環境保護総局の副局長である王玉慶氏は、2011年における中国の環境破壊による損失は2兆5000億元で、GDPの5~6%を占める。汚染をコントロールし、緑化や水利工事に努めるなど、政府は様々な方法でこれを解決したいと考えている。

環境破壊で中国が被っている損失がGDPの5-6%と言う低い数字とは到底信じられないが、仮にこれが事実であっても、風力や水力、太陽光に切り替えれば無くなる物ではない。却って増える可能性が高い。

さらにエネルギーの重心を石炭から再生可能エネルギーに移そうとしている。この目的を達成するためには、経済面と技術面で大きな困難を乗り越える必要がある。石炭と天然ガスは現在、最も安く豊富な資源である。これは、中国が真にCO2の削減をするためにまだ数年の時間を要することを意味する。

太陽光でも風力でも発電施設を作るには膨大な金がかかり、しかも、有限の寿命であるため常にその寿命内で利用出来る電力とその設備を作り維持し、廃棄し終わるまでの電力および、環境保全のコストを考えると、決してこれらの自然再生エネルギーが経済的に成り立つ物ではない。が、どう考えてもガーディアン紙は自然再生エネルギー発電で得られる電力しか念頭にない。

これについては過去に何度も触れているので繰り返さないが、なぜここでわざわざ書くかというと、中国がまさかそれを計算もせずに単に自然再生エネルギーに切り替えれば環境問題が解決し、エネルギー不足が解決すると計算しているとは思えないからだ。ガーディアン紙がそれをどう考えて書いているのか。というより、日本のメディアもまったく何を規準に書いているのかが不明なのだ。

海水中からウランを回収出来れば事実上ウラン資源は無限だと書いた。なにしろ、海水中だけで45億トンのウランがとけ込んでいる。1%回収出来ても無限の資源だと言って良いだろう。とうてい、石炭や石油、ガスどころの話ではない。が、それが実現しないのは当然回収コストが高すぎるからだ。

自然再生エネルギーも、回収コストが高すぎるのだ。もうひとつ、大きな問題は、回収コストの中に環境保全コストも当然はいるが、電力の安定性を考えたとき、この環境保全コストは目処が全く立っていない状況だと言える。

原発も火力発電も需要に合わせて増減出来るし、その気になれば24時間フル稼働も出来る。しかし、多くの自然再生エネルギーはお日様任せ風任せであり、欲しいときに必要な電力が採れるわけではない。要らないときには、せっかく発電しても捨てるしかないのだ。

その無駄を無くするためのエネルギー蓄積システムがない以上、これらのエネルギー源が実用化出来ないのは当然であり、いくら規模を拡大しても駄目なのだ。太陽光は今の規模を1000倍にしても夜に太陽が出ない限り意味がない。

昼間に作った電気を夜使うためには電気を貯める装置が要る。一番簡単なのは蓄電池だが、発電所一つ分の電気を貯める蓄電池など到底無理であり、今一番効率の良いリチウム電池でも寿命は精々五年。コストは発電設備の何倍もかかるだろうし、第一それだけの電池を作る資源がない。環境破壊もすさまじい物になるだろう。事故でも起こせば原発の比ではない。

蓄電池が駄目だとすれば揚水発電があるが、それだと現在の問題が解決するわけではない。残りは水素やメタノールをつくって発電機を回すなどがあるが、その建設コストは結局は火力発電と変わらない。燃料も、そうやって作るくらいならそれ以上に有利なほど天然ガスもあるし、ハイドロメタンの実用化の方が安上がりだろう。

自然再生エネルギーのコストが安いなどは大嘘であり、中国がまともに計算すれば今の所一番安いとされている石炭やガスから転換など無理なのだ。

環境保全の研究者は、環境状況が改善される未来への希望を酒泉に託している。しかし環境改善の足取りは遅く、現在注目されているのは砂漠に建設中の新エネルギー施設ぐらいのものだ。都市住民に関しても、環境保護のための消費習慣が徹底して身に付いているとは言えない。

ヨーロッパでは風力発電が全エネルギーの20%だ等と良くメディアにあるが注意しないと次のような数字の勘違いがあるのと、風任せ日照任せの自然再生エネルギーのために莫大な数の火力発電所がバックアップとして建設されている事実が何故か無視されている。

自然再生エネルギーと言いながら、実は火力発電所が増えただけのことがある。

自然再生エネルギーについての認識不足については何度も書いたが、どうして日本のメディアは、というより世界のメディアは基本的な問題を無視するのか。なぜ、30年も自然再生エネルギーに取り組んできたヨーロッパでそれが進まないのかを考えないのだろう。

風力が全く採算が採れず、日本では各地方自治体が軒並み赤字であり、辛うじて黒字の所も補助金と電力を高値で売っているという、いわば他力本願で黒字なのであって、自立出来る状態の風力発電は一カ所もない。むろん、部分的な小型発電であれば実用化されている。

私が使っている電卓はソーラー電池で動いているが、これも実用化と言える。結局、自然再生エネルギーの実用性は、この程度のレベルだと考えるべきで、そのための実用化なら大いに進めればよい。が、原発に取って代わるなど到底無理だ。

それについて個人のブログだが、私が日頃書いていることとほぼ同じことを書いている記事があったので紹介する。しかしそれでも甘い。だから、採り上げたのだが。

自然エネルギーへの幻想を助長する「原発何基分」という表現

「日経よ、おまえもか」である。
一応は「最大出力年内に原発6基分」という小見出しがあり、出力ベースの換算であることを断ってはいるが、記事を読んだ人の大半は、「国内にある太陽光発電が原発6基と同じだけの働きをするまでになった」という印象を持ったに違いない。


おそらく日経も理解しないで書いたのだろう。記者などその程度の認識しかないと最近では思っている。しかし、現実には、原発一基どころか、多分十分の一基分にも届いていないはずで、それまでにかかったトータルコストは原発一基分では到底納まっていないと思える。


日本の場合、各地によって日照差はあるが、平均すると、スタンダードな固定式の太陽光パネルは、年間に出力の約1千時間分を発電することができる。これは年間稼働率にすると約12%である。太陽追尾式だと、この稼働率をさらに5%前後、上げることもできるが、その分、パネル間の間隔をとる必要があるので、土地代の高い日本ではジレンマが生じる。ちなみに、陸上風力だと、この倍の2千時間前後と考えればよい。

これは、最大限であり、実際には日本の日照時間の平均からすればこの3分の1が良い所だ。詳細は省く。何度も書いているから。

さて、日経の記事によると、国内の太陽光発電の出力は、本年度末で600万kWだそうだ。これは年間発電量に換算すると、約60億kWhである。対して、100万kW級の原発の場合、稼働率が8割とすると、年間発電量は約70億kWhだ。原発6基分だと約420億kWhである。

さらに、追い討ちをかけるようだが、量的な供給能力だけでなく、質的なそれでも等しいとは言い難い。なぜなら、火力や原発ならば人為で定格出力にもっていくことが可能だが、600万kWの太陽光発電設備が本当に600万kWの出力を発揮するためには、全国の太陽光パネルに一斉に直射日光が差す、という神の奇跡が必要だからである。


日本全国が毎日ピーカン照りなどあり得ず、つまり、600万KWがいかに馬鹿げているかがわかるし、第一夜になると日本では(日本に限らないが)お天道様は地平線の下に入ってしまうので、太陽光パネルなど何の意味もない。原発は夜でも昼でも動く。つまり、太陽光パネルに仮に昼間余力があっても蓄電システムがなければ一日の半分以上は無駄な設備ということだ。

このように、年間発電量ではなく、出力ベースで「原発×基分」と表してしまう行為は、聞く側にあまりに現実と乖離した期待を持たせてしまう。以後、メディアの方々には自重をお願いしたい。

とはいえ、メディアが本当に理解して記事を書くとは思えない。今まで一度でもメディアが本当に理解して読者に知らせるなどをしたことがあったとは思えないからだ。

そして、自然エネルギーにまったく望みがないというのも、事実に反する。現に、大型水力は大きな役割を果たしている。地熱はそれ以上に有望だ。また、太陽光や風力も、欠点を補正し、技術的に改善していくことによって、その経済性を向上させることができる。自然エネルギーの、「クリーン・持続可能・国産エネルギー」という三拍子のメリットを考えれば、その経済性に少々のゲタをはかせても構わない。逆に、火力や原発などは、表面の経済性には現れてこない「外部コスト」を厳しくチェックする必要がある。

これがこのブログの甘いところだ。大型水力は大きな役割を果たしているが、近年になってダムの危険性、自然破壊が明らかになってきた。ダムを造ればよいと言う物ではない。中国など欠陥ダムが多すぎで住民はその事実を知らされず何時決壊しても不思議ではないダムの下流で生きている。これだけ地震の大い日本で、現に大規模山崩れなどが起きているのにどうして安心してダムを造ることが出来るのか。その認識がなかった時代に造ってしまったダムが多数有るが、新規のダムはほとんどが中止になっている。

地熱の可能性は分からないが、世界では日本ほど規制の厳しくない火山国などもあり、日本から地熱発電設備などが輸出されているが、今の所メインにはならない。当たりはずれが大きく不安定だというのが主な理由だ。

洋上発電は可能性は高いだろうが、已然風任せの不安定なエネルギー源であることと、製造設備のコスト高が問題になる。メインになるにはまだ先の話だ。というより、蓄電システムが完成しない限り実用化は不可能だ。

いずれにしても、大事なのは、自然エネルギーの長所も欠点も含めて、事実をありのままに受け入れるマインドである。過大評価も過小評価も一切してはならない。当然、この「日本中の太陽光発電を合わせても原発1基に届かない」という現実も、直視しなければならない。それによって、自然エネルギーをメイン化していくことが非常に困難な道のりであることが分かるし、その厳しい自覚から真の自然エネルギー普及戦略も生まれてくるからである。

激しい現実を見つめ理解すると、自然再生エネルギーの実用化とは、海水中のウラン回収の実用化よりも不可能だと分かる。なにしろ、ウランなら蓄電設備云々や、環境汚染について極めて軽微な負担で済むが、それでもコストが合わない。自然再生エネルギーが合うわけがない。

自然エネルギー論者ほど、科学的現実的でなければならないのである。

全くだ。科学的現実的に考えてもらいたいものだ。そうすれば、自然再生エネルギーがどうして世界中であれだけ騒がれているのに普及しないのかが分かる。



上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

原発ゼロは5月5日に 北海電力が泊3号の定検入り日程を発表

2012.3.26 11:55

北海道電力泊原発3号機(右端)=2009年2月、北海道泊村
 北海道電力は26日、泊原子力発電所3号機(北海道泊村、91万2千キロワット)の定期検査を5月5日から始める、と発表した。経済産業省原子力安全・保安院に申請書を提出する。東京電力の柏崎刈羽原子力発電所6号機の定期検査入りで、国内で稼働しているのは泊原発3号のみとなっている。関西電力大飯原発3、4号機の再稼働が遅れれば、5月5日には、国内全54基が停止し、稼働原発がゼロとなる事態が現実となる。

 泊3号機は前回の定期検査手続き終了後、昨年4月6日から営業運転を開始する予定だった。だが、東電福島第1原発事故を受け、「試運転」による発電を継続。北海道の高橋はるみ知事が8月17日に、正式に営業運転への移行に同意した経緯がある。

 北海道電力は、本来の営業運転開始予定日だった4月6日を基準に、13カ月ごとに義務づけられている次回定期検査を始めるとしてきた。これまでは、「4月下旬」としていたが、定期検査を終了した他の原発の再稼働ができない状況などから、法定期限ぎりぎりの5月5日まで定期検査を入りを先送りすることにした。

英紙:中国が世界一の「環境大国」になる可能性


英紙:中国が世界一の「環境大国」になる可能性。 イギリス紙はこの頃、2012年に中国で消費される石炭の消費量は世界の50%に上ると予測した。一方中国では、西部地域でクリーンエネルギー産業がまさに勃興しており、政府は2020年までに全エネルギーの15%をクリーンエネルギーでまかなう計画である…

イギリス紙「ガーディアン」はこの頃、2012年に中国で消費される石炭の消費量は世界の50%に上ると予測した。一方中国では、西部地域でクリーンエネルギー産業がまさに勃興しており、政府は2020年までに全エネルギーの15%をクリーンエネルギーでまかなう計画である。「ガーディアン」紙は、クリーンエネルギー産業への大規模投資によって、中国が世界一の「環境大国」になる可能性を指摘する。

甘粛省には中国で最も早い時期に造られた油田があり、また炭鉱と製鋼所がある。これらは汚染を垂れ流し、すさまじい環境破壊をもたらした。しかしこの数年、政府が再生エネルギーに莫大な予算を費やしたことと、経済モデルの変更を行ってきた努力が実り、

甘粛省にも大きな変化が見られるようになった。酒泉市はエネルギー産業企業が50社に上る。5年前には見られなかった風力発電機は山々のいたるところで見られる。酒泉市だけでも60億キロワットを発電することができる。これはイギリスの総発電量に等しい。政府は2015年までに現在の発電量の3倍にすることを目指している。その頃には、酒泉市は世界最大の風力発電所となっているはずだ。

中国は2020年までに、全エネルギーの15%を再生可能エネルギーでまかなうことを計画している。その大部分を原子力と水力としているが、砂漠や山岳地帯、高原、海上などで太陽光と風力による発電を行おうとしている。

記事では研究者のコメントも掲載されている。環境破壊も計算に入れるならば、中国の経済生産効率は半減する。中国環境保護総局の副局長である王玉慶氏は、2011年における中国の環境破壊による損失は2兆5000億元で、GDPの5~6%を占める。汚染をコントロールし、緑化や水利工事に努めるなど、政府は様々な方法でこれを解決したいと考えている。

さらにエネルギーの重心を石炭から再生可能エネルギーに移そうとしている。この目的を達成するためには、経済面と技術面で大きな困難を乗り越える必要がある。石炭と天然ガスは現在、最も安く豊富な資源である。これは、中国が真にCO2の削減をするためにまだ数年の時間を要することを意味する。

酒泉玉門県の油田の開発が始まった1939年から1980年代までに、すでに3分の2の資源が消費されてしまった。石油燃料が底をつき、新たなエネルギーを探し当てなければならなかった。そのような経緯のある酒泉は、再生可能エネルギーに主軸を転換しようとする中国においてはパイオニア的な存在である。

中国政府は酒泉地域の再生可能エネルギー産業に対し、毎年400億元を投資している。一方、石油や石炭のそれに対してはわずか10億元に過ぎない。

環境保全の研究者は、環境状況が改善される未来への希望を酒泉に託している。しかし環境改善の足取りは遅く、現在注目されているのは砂漠に建設中の新エネルギー施設ぐらいのものだ。都市住民に関しても、環境保護のための消費習慣が徹底して身に付いているとは言えない。

世界資源研究所の研究者、楊富強氏は、人々のクリーンエネルギープロジェクトに対する意識はまだ高くないと指摘する。加えて同氏は、政府が価格を上げることで石油燃料の需要を減少させ、クリーンエネルギーこそが正しい投資の方向性であると、投資家たちにシグナルを送るべきだとの見解も示した。



「中国網日本語版(チャイナネット)」2012年3月25日



自然エネルギーへの幻想を助長する「原発何基分」という表現

先日、日本経済新聞を見たら、一面に「太陽光発電、原発6基分に」というインデックスがあり、そんな馬鹿なと思いながら他面の本記事のほうを開いてみたら、こんなことが書いてあった。

「太陽光発電の国内導入量が年内に500万キロワットを超え、600万キロワット近くまで伸びる見通しになった。原子力発電所6基分に相当する」(2012 3 20)

「日経よ、おまえもか」である。
一応は「最大出力年内に原発6基分」という小見出しがあり、出力ベースの換算であることを断ってはいるが、記事を読んだ人の大半は、「国内にある太陽光発電が原発6基と同じだけの働きをするまでになった」という印象を持ったに違いない。

この、電源の出力だけを比較して「原発×基分」と表現する行為は、マスメディアでは以前から横行している。前々から気になっていたが、これは本当に注意してもらいたい。というのも、少なくとも年間発電量ベースで見ないと、公正な比較にはならないからだ。

年間発電量は「出力×稼働率」で表すことができる。火力は燃料供給によって稼働率を高めることができるし、原発はいったん燃料棒を装てんしたら年中放熱するので高稼働率を維持することができる。対して、太陽光の稼働率は、お天道様まかせだ。自然現象をそのまま利用するタイプの自然エネルギー発電(*つまりバイオマス火力を除くもの)の場合、稼働率はあくまで設置場所の自然環境が決める。

日本の場合、各地によって日照差はあるが、平均すると、スタンダードな固定式の太陽光パネルは、年間に出力の約1千時間分を発電することができる。これは年間稼働率にすると約12%である。太陽追尾式だと、この稼働率をさらに5%前後、上げることもできるが、その分、パネル間の間隔をとる必要があるので、土地代の高い日本ではジレンマが生じる。ちなみに、陸上風力だと、この倍の2千時間前後と考えればよい。

一方、原発の稼働率は、今は見る影もないが、2000年ごろは平均で8割をキープしていた。アメリカや韓国などは、ここ十年間の平均でも稼働率9割である。つまり、順調であれば、年に7千から8千時間も稼動することができる。

要は、年間発電量ベースの比較とは、パートタイマーの年収の比較だと思えばいい。その年収は「時給×年間労働時間」で表される。年間にどれだけ労働したかを勘案せずに、AさんとBさんの時給だけ比較して「同じだ、違う」と論じても意味がない。

さて、日経の記事によると、国内の太陽光発電の出力は、本年度末で600万kWだそうだ。これは年間発電量に換算すると、約60億kWhである。対して、100万kW級の原発の場合、稼働率が8割とすると、年間発電量は約70億kWhだ。原発6基分だと約420億kWhである。

つまり、本当は、日本がこれまで延々と導入してきたすべての太陽光発電設備――それこそ住宅用からメガソーラーまで――を合計しても、原発1基分の発電能力に届いていなかった、というのが事実なのだ。これは例えるなら、孫悟空が「みんな、オラに元気を分けてくれ!」と、世界中から元気玉を集めてみたが、結局、フリーザ一人に敵わなかった、という情けないオチと同じだ。しかも、新鋭基は出力150万kW前後が主流化しているので、今では「原発1基=100万kW」という前提すら怪しくなりつつある。

さらに、追い討ちをかけるようだが、量的な供給能力だけでなく、質的なそれでも等しいとは言い難い。なぜなら、火力や原発ならば人為で定格出力にもっていくことが可能だが、600万kWの太陽光発電設備が本当に600万kWの出力を発揮するためには、全国の太陽光パネルに一斉に直射日光が差す、という神の奇跡が必要だからである。

一般に、ある商用電源の発電能力を測る場合、第一に「年間発電量(出力×稼働率)」、第二に「供給安定性および自在性」、という二つの基準が不可欠だ。なぜなら、刻々と変化する電力需要に応じた供給を行う必要があるため、「一定出力の発電を持続する」とか、「スイッチングが利き、発電量の調整ができる」などの性能がどうしても求められるからである。だから、以前「孫正義氏の「電田プロジェクト」は本当に駄目なのか?(後半・批判編)」でも述べたことだが、気まぐれ発電をする太陽光・風力は、そもそも蓄電池とセットにしない限り、商用としてはノーマル電源とは言い難いのである。

ちなみにだが、同じ記事によると、その孫社長のソフトバンクは、とりあえず20万kWのメガソーラーを全国各地に立ち上げるそうだ。これは火力・原発でいえば、3万kW程度の存在感である。孫氏は、かの「電田プロジェクト」発表の際、「全国の休耕田や耕作放棄地の2割(10万ha)に太陽光パネルを設置すると、原発50基分の発電が可能だ」という意味のことを、全国に向けて力説してしまった。これもまた5千万kWの出力が「原発50基分に相当する」と信じてしまった気の毒な例である(もっとも、その素人ぶりゆえに、私は逆に大変好感を持った。彼は「なんとかして50基の原発の代替方法を模索しなければ」という強い危機感をもって行動した国士であると思う)。

このように、年間発電量ではなく、出力ベースで「原発×基分」と表してしまう行為は、聞く側にあまりに現実と乖離した期待を持たせてしまう。以後、メディアの方々には自重をお願いしたい。

もっとも、他方で、年間発電量の巨大さがそのまま経済的であることを意味しない点にも注意を払う必要がある。なぜなら、電源の経済性は、そのライフサイクルにおける「総コスト÷総発電量」によって算出されるからだ。たしかに、原発は高出力・高稼働率ゆえ、総発電量が凄まじい。電力をより多く販売できるので、それだけ収益を上げられる。だが、今の原発のように総コスト部分がどんどん膨らんでいっては、そのメリットが相殺されていくのもまた事実だ。昨今、福一事故費が追加されたこともあり、日本における原発の経済性は悪化の一途をたどっている。

そして、自然エネルギーにまったく望みがないというのも、事実に反する。現に、大型水力は大きな役割を果たしている。地熱はそれ以上に有望だ。また、太陽光や風力も、欠点を補正し、技術的に改善していくことによって、その経済性を向上させることができる。自然エネルギーの、「クリーン・持続可能・国産エネルギー」という三拍子のメリットを考えれば、その経済性に少々のゲタをはかせても構わない。逆に、火力や原発などは、表面の経済性には現れてこない「外部コスト」を厳しくチェックする必要がある。

いずれにしても、大事なのは、自然エネルギーの長所も欠点も含めて、事実をありのままに受け入れるマインドである。過大評価も過小評価も一切してはならない。当然、この「日本中の太陽光発電を合わせても原発1基に届かない」という現実も、直視しなければならない。それによって、自然エネルギーをメイン化していくことが非常に困難な道のりであることが分かるし、その厳しい自覚から真の自然エネルギー普及戦略も生まれてくるからである。

自然エネルギー論者ほど、科学的現実的でなければならないのである。




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コメント

関電メール

先の彼岸の中日に、関電から冬季需要期の節電協力に対するお礼のメールが来ました。
意見があればそのまま返信出来るとの事で、以下の返信をしました。

=====

「羹に懲りて膾を吹く」
正にそう表現するに相応しい反原発の風潮ですが、一日も早い再稼働に向けてご努力為されます様、要望致します。

償却も終わらぬ巨大設備を使わず、老朽設備に再投資した上でスポット価格で高値となった燃料を使うならば、電力値上げは必然の成り行きです。
他方で、原発なしでも需要は賄えるとか、コストとは無関係な言い訳を捏ね回す始末です。
そもそも原子崩壊と単なる燃焼とでは、エネルギー密度に決定的な差があります。
又、貴重な化石燃焼を将来世代に残す事なく燃してよいものではありません。同世代に対しても、その価格押し上げは、貧しい国々の人々から電気の恩恵を奪う事にも等しく、極めて利己的な行動でもあります。
自然エネルギーの利用は、それ自体はよいものの、技術面、コスト面で敵うものでない事は、買取価格の逆ザヤが証明しており、現時点では大規模需要に対して現実的でなく、引き続き技術開発の余地があります。

以上の観点から、注意深いオペレーションの下で原発を稼働する事が、現時点では社会的要請に敵うものと考えるものです。

=====

全てを書ききれてはいません(特にエネルギー安全保障など)が、簡潔に纏めたものです。

昨夜もTBSのニュースで、あの飯田氏が登場して、ピークはたったの年間数十時間だとやっていました。「お前も年間たった数十分でよいから呼吸を止めてみろ!」と。その数十の意味を理解出来ていないのか、言わないのか。又、連中の思考の最たる誤りは、ダイナミズムのない点で、今の基準でしか考えない、将来的発展を考えない左翼的保守性です。

G紙の砂漠に太陽光発電施設をとは全く知識のないのを露呈していますね。パネルが高温になれば発電効率が低下する点など考えていません。
それを保水性セラミックスで冷却する事で効率アップを図る工夫も考案されているとは、今朝のNHKのニュースネタです。

今になって原発再稼働を唱え出した政府や経団連のオヤジですが、尻から煙が上がって気がつくレベル、他方で火の手が上がるまで分からぬ更なる愚か者が未だに幅を利かしている中で、一緒に火だるまにされては堪ったものではありません。
ついでに一言、瓦礫の放射線を恐れる愚か者は、自分自身の体内放射性物質(カリウム60など)を綺麗に始末してから出歩けと。

関電メール

>2012-03-27 05:53 | あづまもぐら様

>「羹に懲りて膾を吹く」


>以上の観点から、注意深いオペレーションの下で原発を稼働する事が、現時点では社会的要請に敵うものと考えるものです。

>=====

まさにその通りで、ヒステリックに原発停めろと騒ぐ声ばかりがメディアに出てきますが、このように原発の再稼働を求める声が多いのではないかという気がしないでもありません。メディアが叩く割に電力会社が落ち着いているように思えるし、ネットでも落ち着いて電力事情を考えるサイトが増えているような気がします。希望的観測かも知れませんが、一時期のような原発停めろ運動が最近は余り伝えられないようですし。

しかし、本当にそうなのかどうかは分かりませんし、政府がアホなのは已然として変わりませんしね。


>昨夜もTBSのニュースで、あの飯田氏が登場して、ピークはたったの年間数十時間だとやっていました。「お前も年間たった数十分でよいから呼吸を止めてみろ!」と。その数十の意味を理解出来ていないのか、言わないのか。又、連中の思考の最たる誤りは、ダイナミズムのない点で、今の基準でしか考えない、将来的発展を考えない左翼的保守性です。
また、ピークは、総電力料が落ちれば当然増えます。今まで仮に年間数十時間でも、そう発電能力が落ちればすぐに数百時間になるでしょうね。

>G紙の砂漠に太陽光発電施設をとは全く知識のないのを露呈していますね。パネルが高温になれば発電効率が低下する点など考えていません。

それに、砂漠に付き物の定期的な砂嵐で埋まるとか、パネルの表面に砂がつもるとか等の対策はどうするつもりでしょうか。風により、巨大な砂山が移動する場所などでは、何一つ建てられないのが決まりなんですが。

>それを保水性セラミックスで冷却する事で効率アップを図る工夫も考案されているとは、今朝のNHKのニュースネタです。

なるほど。それくらい保水出来るなら木でも植えた方がよほど現実的だし、日本は保水剤などを使って実際に砂漠緑化を海外でやってますしね。

>今になって原発再稼働を唱え出した政府や経団連のオヤジですが、尻から煙が上がって気がつくレベル、他方で火の手が上がるまで分からぬ更なる愚か者が未だに幅を利かしている中で、一緒に火だるまにされては堪ったものではありません。

本当に、何で今さらというのが多すぎます。損社長の口車に乗ってみたけれど、やってみたらそんなことは無理だと今になって分かった自治体の首長さん達、本当に周りには狸系しか居ないんでしょうね。風力発電だって、莫大な金を使って赤字の垂れ流しをやるなど、飛行機の来ない空港を作るような物。将来の見通しなど全くなく、詐欺師に貢ぐことの連続です。

その大元が1+1も満足に計算出来ない民主政権ですし。彼らだけで沈没するなら好きにすればいいのですが。

>ついでに一言、瓦礫の放射線を恐れる愚か者は、自分自身の体内放射性物質(カリウム60など)を綺麗に始末してから出歩けと。

それと、空気を吸わない体質になってからですね。ラドンなど火山国の日本では普通に存在してますから。水も飲んでは駄目でしょう。トリチウムが含まれてます。あ、地面の上を歩いてもとんでもないことです。自然放射線が怖いし、花崗岩の建物など近づいてはならんです。死んだら花崗岩の墓石は使うな、地面に埋めるなと遺言書に書かなくちゃ。そうしない限り、安心してこの人達は死ぬことも出来ません。

まあ、少なくとも生きてちゃ駄目ですね、こういう人たちは。死なない限り安心出来ないと思いますよ。

No title

飯田氏ですか。維新の会のエネルギー政策ブレインですね。維新のエネルギー政策のダメさの指標になります。

No title

>2012-03-27 12:28 | 花岡 鉄様

>飯田氏ですか。維新の会のエネルギー政策ブレインですね。

そうのようですね。エネルギーだけではなく、君が代問題でもかなりずれています。もともと、君が代問題で橋本市長は支持を受けているようですが、基本的概念は間違っています。自治体が決めるなら、起立しなくても良いとのこと。

これは自治体が決めることではなく、国家の規範です。


>維新のエネルギー政策のダメさの指標になります。

維新の会の実態が明らかになるに連れ、到底支持出来なくなってきています。まあ、腐った大阪改革や組合に対する姿勢などは必要でしょうが。

理詰めで考える

こんばんは。立て続けにすみません。
橋下氏の記事(2012/04/02)からの続きとして、コメントさせてください。:

やはり、以下の3段階で考える方式で。:
   (1) いま、何が問題なのか?
   (2) では、何がどうなれば良いのか?
   (3) そのためには、何をどうすれば良いのか?


これで、脱原発の問題を考えてみます。

(1)について。
要するに、我が国の世論も、政治の世界も、NHK含めメディア報道も、すべてが理性的に、理詰めでこの問題を考え、然るべき結論に到達できていない、ということですね。

だからこそ、一部の国民が放射能を過剰に怖がったり、理性を欠いて感情論で脱原発を叫び、瓦礫受け入れの拒否や福島県の人物の差別などが一部で起こる。

政治の世界も混迷する。メディアも、視聴率を稼げる報道しかしないため、悪い意味での大衆迎合的な報道になる。
挙句の果てには、確信犯と言えるほどに非科学的な物言いをメディアを通じてする人たちも現れる。


逆に、皆が理性的に考えられていれば、脱原発の問題は起こり得ず、今挙げたようなことも何ら問題にならないはずです。
これが、(2)。


では、(3)、どうするか。

一部のカルト的?な脱原発信者は、敢えて無視で良いと思います。
まともな、理性的な議論にならないので。
(とはいえ、できるだけ、感情的な熱を冷ます呼びかけを続けることは必要かなと思います。)

大多数の、ある程度は理性的な国民を相手にする。
その人たちに、正しい情報と、正しい考察を、きちんと伝える。
理解してもらう。

マスコミに期待できないなら、権威ある学者、いや何より、たかおじさんのような、鋭い見識を持った方々が、広く情報発信していく。
それが、まず自分たちにも出来ることかなと。


具体的には、理詰めで、脱原発が不適切であることを、きちんと明確に丁寧に、分かりやすく説明して示す。
脱原発の問題点などとともに。

特に、脱原発を選ぶ場合、どのような問題があり、どのような対策が打てるのか、現実性はあるのか、等々。
電気代がどれだけ跳ね上がるか、など、庶民の暮らしに直結する情報も交えると、皆考えるようになるのではないでしょうか。


誰の目にも、脱原発では物事がうまく行かないと分かれば、納得できれば、皆黙ると思います。
(それでなくとも、熱しやすく冷めやすい国民性から、時間が経てば、ある程度は下火になるとも思いますが。)

理詰めで明快に示されれば、逃げ場が無くなれば、大部分の理性ある国民は、脱原発に疑問を抱くようになると思います。
そのための、分かりやすい、明快な説明の仕方は、研究の価値があると思っています。

その取り組みを、今後、どれだけやって、効果を上げるか、ですね。

理詰めで考える

>
>2012-04-03 01:03 | なさ様

>こんばんは。立て続けにすみません。

いえいえ、全くコメントは自由ですから。


>(1)について。
>要するに、我が国の世論も、政治の世界も、NHK含めメディア報道も、すべてが理性的に、理詰めでこの問題を考え、然るべき結論に到達できていない、ということですね。

理詰めに考えて世論誘導をしているとも言えますので、それは必ずしも当てはまらないでしょう。世論を納得させられるかどうかの違いですが、世論とは理性的な物とは限りません。感情に訴えての世論誘導も良くあることです。

>だからこそ、一部の国民が放射能を過剰に怖がったり、理性を欠いて感情論で脱原発を叫び、瓦礫受け入れの拒否や福島県の人物の差別などが一部で起こる。

そうですね。しかし、それらの人々が全て感情的にそうしているのではなく、明らかにそれらの人々を扇動している者達が居ますね。それは明確に区別をしないと。
>
>政治の世界も混迷する。メディアも、視聴率を稼げる報道しかしないため、悪い意味での大衆迎合的な報道になる。

それはそうですね。

>挙句の果てには、確信犯と言えるほどに非科学的な物言いをメディアを通じてする人たちも現れる。

そうですね。本を売るのとおひねりをもらうためでしょうね。
>
>逆に、皆が理性的に考えられていれば、脱原発の問題は起こり得ず、今挙げたようなことも何ら問題にならないはずです。

当然ですが、みんなが理性的に考えるなどはあり得ませんので、それを前提に考えるのは当然です。


>では、(3)、どうするか。
>
>一部のカルト的?な脱原発信者は、敢えて無視で良いと思います。

そうでしょうね。

>大多数の、ある程度は理性的な国民を相手にする。
>その人たちに、正しい情報と、正しい考察を、きちんと伝える。
>理解してもらう。

そうですね。
>
>マスコミに期待できないなら、権威ある学者、いや何より、たかおじさんのような、鋭い見識を持った方々が、広く情報発信していく。
>それが、まず自分たちにも出来ることかなと。

まあ、私がどうかはともかく、身の回りの人たちからの口コミでも良いし、メディアや地方自治体、政治家などにメールを送る等も良いでしょうね。それから、多くのブログのコメント欄などに書き込み、賛同者を集めるなども良いかも知れません。

しかし、最初から都合の良いコメントしか載せないブログは止めた方が良いでしょう。しっかりとしたブログは、よほどの誹謗中傷や屁理屈でない限り、反対意見もきちんと載せています。

ですから、自分と違う趣旨の主張をしているブログでも、きちんと対応している所へは敬意を以てきちんと投稿すべきですが、そこで荒らしになるようなことは止め、また突っかかってくる一部の相手は無視して、ロムを対象に書く積もりでやればいいと思いますよ。必ず理解してくれる人はいますので。
>
>具体的には、理詰めで、脱原発が不適切であることを、きちんと明確に丁寧に、分かりやすく説明して示す。
>脱原発の問題点などとともに。

そうですね。
>
>特に、脱原発を選ぶ場合、どのような問題があり、どのような対策が打てるのか、現実性はあるのか、等々。
>電気代がどれだけ跳ね上がるか、など、庶民の暮らしに直結する情報も交えると、皆考えるようになるのではないでしょうか。

まあ、時間はかかるでしょうが、理論武装は必ず必要です。ですから、自分の主張ばかりではなく、相手の主張も必ずきちんと理解すべきですね。理解しなければ反論も出来ませんから。

>
>誰の目にも、脱原発では物事がうまく行かないと分かれば、納得できれば、皆黙ると思います。

そうとは思いませんが。知っていて煽る連中は都合の悪い相手の言葉は必ず無視していますので。

>(それでなくとも、熱しやすく冷めやすい国民性から、時間が経てば、ある程度は下火になるとも思いますが。)

それはそうかもしれませんが、根本原因が無くならなければ何時までも同じでしょうね。

>理詰めで明快に示されれば、逃げ場が無くなれば、大部分の理性ある国民は、脱原発に疑問を抱くようになると思います。

逃げ場とは言わないでしょうね。正しく知れば、と言うことでしょう。ただ、相手も自分が正しくて、原発推進を主張する方が間違っていると思っていますよ。

>そのための、分かりやすい、明快な説明の仕方は、研究の価値があると思っています。

それはそうですね。

>その取り組みを、今後、どれだけやって、効果を上げるか、ですね。

だから、上に挙げたような、自分で出来ることからでしょうし、ちゃんとした政権を作るために周囲に働きかけることでしょうね。最初から拒否する人もかなり大勢いますよ。

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