忠告するのも自虐史観

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下記は、最近在韓日本大使館に勤務することになった大使館員の、韓国に対する忠告という形で書かれているが、その前提が極めて歪んでいるような気がしてならない。韓国に限らないが、日本からの大使館員ともなれば、一般の日本人とはまた訳が違う。むろん、韓国との友好は大切なのだろうし、そのためにこのような言葉を発するのだろうが、これが中央日報で紹介されるとは、すなわち、日本の公式名コメントとして受け取られても仕方がない。そこが一般の日本人とは違うところだが、この人はその認識がないのか、或いは心底そう思っているのだろう。

たんなる一大使館員の言葉ではなく、日本の外交官の共通した意識なのではないかとの器具がある。

赤文字は引用

【コラム】韓国「もう学ぶことはない」、自信はよいが…

「サランハダ(愛する)」は、英語表現と顧客尊重の日本式の礼儀が結びついたものだろうか。 以前、韓国の友人と一緒に西洋映画を見て、「愛しているという言葉は、私たちには照れくさくて…」と言って笑い合ったことがある。 ところが今ではドラマや生活でも「愛する」という言葉を時々使うようだ。 やはり韓国は日本よりも変化が速い。

韓国語のサランハダがニュアンスとしてどうなのかは知らないが、英語でのloveは日本人がとかく考えるような恋愛だけではなく、親近感や親しみも含まれている。したがって、韓国語のサランハダを韓国人がどのような場合にどう使おうと、日本人がとやかく言うことではない。それに、英語圏では客に対しI love youとは言わない。Thank you と言うだけだ。

フランスでも、ジュブゼムと客には言わないし、ドイツでも客にイッヒリーベズィーと言うのを聞いたことがない。だからといって、韓国人が韓国語でサランハダと言おうがサランヘヨと言おうが、ケンチャナヨと言おうが客に感謝するようになったのなら結構なことだが、外国人、特に日本人客からボッタくる店が多いと先日話題になっていたくらいだから、本質はなかなか変わる物ではない。なにが変化が早いのか。

別に日本では顧客係が客に対しありがとうございますとは言うが、愛していますとは言わない。この記事を書いた人物は、韓国語が堪能なのかも知れないが、何を勘違いしているのかと思う。まあ、小さいことかも知れない。韓国の変化が早かろうが、日本では、担当者がこれからも客に対して愛しています等と言うことはないだろう。

ただ、顧客に対する感謝と、思いやりが日本では深いお辞儀と敬語と、笑顔という形で現れているのであり、これをかつて拒否していた韓国が遅れていたと言うだけだ。愛していますと言うようになったことが韓国の変化なのだとしたら、まあ、それだけか、と思うのだが。

07年から2年間、私は北京で勤務した。 五輪を挟んだその時期、大国の中国が各種矛盾でふらつきながらも発展する非常に高い機運が感じられた。

あれを高い気運と感じたなら、なぜ、日本の経済発展を高い気運と認めないのか。後述で戦争時代のことを書いているが、日本の高い気運、気概とは、あの敗戦から四半世紀も経たずに戦前以上の復興を遂げ、それ以上に世界のトップクラスの経済大国、技術大国になったことではないのか。中国がかつてよりも経済発展したことは認める。が、それに至る残酷な裏の歴史をこの記事を書いた道上氏はどう考えるのか。

中国の高い気運の陰にどれだけの犠牲が強いられ、どれだけの腐敗がはびこり、どれだけの戦争が行われたのか。

「19世紀末から20世紀初めのドイツ、そして日本がそうだった。 軍事力による覇権とナショナリズムで駆け上がった戦前の日本の愚かな失敗を、中国は繰り返さないことを願う」。世界各国の中国に対する懸念を説教するより、自国の日本の過去を反面教師として伝えたのは効果的なメッセージだったと思う。

この記事のキモのつもりかも知れないが、これこそ自虐史観の自虐史観たる部分だ。20世紀初頭の日独を挙げているが、ではその前のイギリス、フランス等の西欧はどうだったのか。互いに戦争でしのぎを削り、域内にもう分け合う物がないとなると、その力をアジアアフリカに向け、あれだけの植民地を作り上げたのではないのか。その前はスペインやオランダ、ポルトガルがそうしなかったか。バイキングはヨーロッパを蹂躙しなかったか。

戦争の歴史は20世紀に始まったのではない。以前からそうだったように、20世紀もそうだったのだ。ドイツはドイツであり、日本は世界に遅れてデビューしたから、当時の列強が行ってきたことをやったまでのことであり、日本が罪を犯したわけではない。日本がそうしなければ、列強に踏みつぶされていたのだ。

日本が力を蓄え、戦いをしたことで今の日本がある。それが罪だという。間違いだというこの道上氏の根本的な自国への歪んだ視点が、そのまま大使館員という存在なら、確かに日本の外交自体が腐りきるところまで腐っている。

日本の行為により、中国や韓国、アジアで被害を受けた人間がいるというなら、それは事実だ。が、そう言う時代であり、それなら欧米の行為は正当化出来るのか。

罪は戦争を行ったことにある。が、その罪は世界中にあるのであり、中国にもそれ以上の最大の罪がある。なにしろ、対外戦争以上の犠牲を自国民に強いてきたのだ。そして、韓国にも別の最大の罪がある。国を守るために戦おうとせず、国を破綻させたのだ。

日本の戦争だけが罪である理由をこの道上氏は考えることなど有るのだろうか。

これに対し、日本の元老文化人が「自信はよいが、外国から学ぶ姿勢がどの世の中でも必要ではないだろうか」と問い返したが、返事は変わらなかった。 文化以外の分野でも時々「もう学ぶことはない」という雰囲気が見える。

それは韓国が愚かなだけのことであり、別に外からお節介を焼くようなことではない。日本が発展したのは、自国の文化をしっかりと確保しながら他文化を取り入れ、日本向けに改良し、日本文化に付け加えてきたからだ。それが出来ない韓国が、日本から学ぶことはないと言いながら、技術や知的財産のパクリを止めず、劣等日流似非文化を韓流と称して他国にばらまく。所詮そう言う国なのだ。

80年代の日本は実にうまくいった時期だった。 自動車と金融、そして科学技術で、世界のトップに迫り、米国の不動産や文化産業を買収した。 90年代初めは開発途上国への支援額が米国を超えて世界1位になった。 米国の知識人は「冷戦でソ連に勝った。 しかし本当の勝者は日本ではないか」と語った。 広い米国全体の地価より日本の地価が高いと自慢げに話し、教育も米国式は間違っていると軽視した時期があった。

別に当時でも日本が他国から学ぶ必要がないとは思っていなかったろうし、むしろ積極的に海外からさまざまな生活様式を取り入れた時期ではなかったのか。私の記憶では、今の日本の生活様式が大きく変わったのは当時だと思うが。

また、当時日本が世界のさまざまな財産を買ったと言うが、円高の続いている今も日本は海外に資産を積み上げつつある。金融面では、円が独歩高になるほどの力を持っている。自動車は、震災や円高がなければGMをとうに追い抜いているし、実際車の品質などではもう世界一と言っていい。アメリカの自動車産業が政府に泣きつきトヨタ叩きをしなければならない状況なのだが、この道上氏は、80年代だけが最もうまく行っていた時期だと思いこんでいる。

あくまで相対的な物だが、今の日本も決して衰えているわけではないのだ。

「私たちが一番だ。 外国から学ぶことはない」ということは、道徳的にも功利的にも良い処世術ではない。 その当時の日本の愚かさを韓国が繰り返すことはないだろう。 中国が日本を他山の石とするかはともかく、韓国に対しては楽観している。

その時の日本の愚かさ。なるほど、何が愚かだったろう。具体的に、日本がどのような愚かさを当時持っていたか、当時の日本が愚かだったからバブルがはじけたというなら、別にそれは外国を馬鹿にしたからではない。土地以外の投資先がなかったからだ。これは外国を学べば避けられた問題ではないし、現にサブプライムローン破綻も中国の土地バブル破綻も、日本の轍を踏んでいるだけではないか。どちらが他国に学ばないのか。どちらが愚かなのか。

東日本大震災から1年。 多くの韓国国民の温かい支援に改めて深い感謝の気持ちを伝えたい。 そのおかげで復旧および復興が進展している。 観光、留学を含めて、多くの方々が日本に来ていただければ何よりも大きな力になるだろう。 その点を合わせてお願いしたい。

実際韓国からどの程度の支援があったかは知らない。謙虚な彼らのことだから、台湾の10倍位も義捐金をくれたのに黙っているのだろうし、その金を独島運動に回すなど決してしなかったろう。インドネシア地震の時のような義捐金詐欺など無かったのだろう。

まあ、この記事は韓国人向けに書いたのだから、口先だけの外交辞令かも知れないが、それにしても忠告と言いながらこれだけ自虐史観を宣伝すれば、当然韓国に対して誤った言質を与えることになるのではないか。つまり、日本はアジアを侵略した愚かな歴史を持っているということだ。

ちなみに、この記事を書いた道上尚史氏は駐韓日本大使館参事官を経て、07-09年に駐中日本大使館公使を務めた後、今回また韓国に赴任したとのこと。さもありなんと思うのだが。

外交館の嘘を責めてはならないとの言葉があるが、この人物の言葉の何が本当なのか、全て嘘なのか、或いは外交辞令なのか、いずれにせよ、中央日報が載せるのだから良いように利用されているのではないかと思える。



上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

【コラム】韓国「もう学ぶことはない」、自信はよいが…


2012年03月19日17時24分
[? 中央日報/中央日報日本語版] comment3mixihatena0 . 私の最初のソウル生活は1980年代半ばで、その次は90年代末、今回が3度目となる。 政治も街の風景も韓国の変化と発展は著しく、言葉さえもやや変わったようだ。 「サランハムニダ(愛してます)、お客様」--電話案内女性のこの言葉を聞く度に、50歳代の私は戸惑ってしまう。

80年代にはこういう表現を聞くことはなかった。 当時、あるデパートの女性職員が日本のように笑顔で深く頭を下げてあいさつすると、「違和感がある」と批判報道が出たほどだ。 今では男性職員もほとんどがこうしたあいさつをしていて、隔世の感がある。

「サランハダ(愛する)」は、英語表現と顧客尊重の日本式の礼儀が結びついたものだろうか。 以前、韓国の友人と一緒に西洋映画を見て、「愛しているという言葉は、私たちには照れくさくて…」と言って笑い合ったことがある。 ところが今ではドラマや生活でも「愛する」という言葉を時々使うようだ。 やはり韓国は日本よりも変化が速い。

07年から2年間、私は北京で勤務した。 五輪を挟んだその時期、大国の中国が各種矛盾でふらつきながらも発展する非常に高い機運が感じられた。

日本の有名な政治学者が北京で講演をした。 「近代の世界史を見ると、戦争を起こすのは気勢があがった新興国が多い。 20年前は遅れていたが、著しく発展して世界最強国に挑戦すると意気揚々で、自負心も高い。 しかし世界の体制に対する不満とコンプレックスも強く、不安定な面がある」と。 その次の言葉は私の予想通りだった。

「19世紀末から20世紀初めのドイツ、そして日本がそうだった。 軍事力による覇権とナショナリズムで駆け上がった戦前の日本の愚かな失敗を、中国は繰り返さないことを願う」。世界各国の中国に対する懸念を説教するより、自国の日本の過去を反面教師として伝えたのは効果的なメッセージだったと思う。

今回、韓国に来てから文化関係者によく会う。 芸能、音楽、美術など世界的に韓国は良い成績を出している。 「かつてはフランスや日本から本を購入し、熱心に勉強した。 しかし最近の若い世代はそうではない。 自国のものが一番という自信がある」と話す韓国の文化界の幹部。 これに対し、日本の元老文化人が「自信はよいが、外国から学ぶ姿勢がどの世の中でも必要ではないだろうか」と問い返したが、返事は変わらなかった。 文化以外の分野でも時々「もう学ぶことはない」という雰囲気が見える。

80年代の日本は実にうまくいった時期だった。 自動車と金融、そして科学技術で、世界のトップに迫り、米国の不動産や文化産業を買収した。 90年代初めは開発途上国への支援額が米国を超えて世界1位になった。 米国の知識人は「冷戦でソ連に勝った。 しかし本当の勝者は日本ではないか」と語った。 広い米国全体の地価より日本の地価が高いと自慢げに話し、教育も米国式は間違っていると軽視した時期があった。

「私たちが一番だ。 外国から学ぶことはない」ということは、道徳的にも功利的にも良い処世術ではない。 その当時の日本の愚かさを韓国が繰り返すことはないだろう。 中国が日本を他山の石とするかはともかく、韓国に対しては楽観している。

東日本大震災から1年。 多くの韓国国民の温かい支援に改めて深い感謝の気持ちを伝えたい。 そのおかげで復旧および復興が進展している。 観光、留学を含めて、多くの方々が日本に来ていただければ何よりも大きな力になるだろう。 その点を合わせてお願いしたい。

◇道上尚史=1958年生まれ。 東京大学法学部卒。駐韓日本大使館参事官を経て、07-09年に駐中日本大使館公使を務めた後、今回また韓国に赴任した。

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コメント

No title

日本国外務省は外務の字を害務に変えるべき。このような人物は日本の最高学府による教育において常に醸成されているのではないのか。?と思います。

最高学府にも反日人物が教授として堂々と日本の学生に講義を行っているでしょうがどのような事をしているのか見えないところが怖いですね。
過日も早大の講義においてもおかしな仕方をしたのが暴露されましたし、法学部の入試問題もおかしな回答が正解とされたものがあります。

国外の敵は比較的判別はしやすいが国内にいる敵の見分けもしっかりしなくてはいけません。教育界はもちろんの事、政界、財界、メディアにもごろごろいます。

No title

>2012-03-21 08:45 | 一有権者様

>日本国外務省は外務の字を害務に変えるべき。このような人物は日本の最高学府による教育において常に醸成されているのではないのか。?と思います。

思いますね。中学校からそうだと思いますよ。他国も似たような物らしいですが、政府に対する批判を持てる人間がインテリとされます。政府を盲信するのが愚かな大衆という意識らしいです。

政府に対する批判なら私も持っていますが、それと国に対する侮辱は全くの別物です。が、彼の連中には、国家を侮辱することがインテリであるかのような錯覚に陥っているのではないでしょうか。確かに日本という国自体にも問題はあります。が、それは貶める理由にはなりません。

隣の芝生は青く見えますが、害務省の連中は他国の、それもエリート階級とのみの親交でその国を見ますから、それに引き替え日頃貶めている日本がなおさら悪く見えるのでしょう。海外に出て視野が広いのではなく、海外に出てみるべき物を見られなくなっているとしか言いようがありません。

>最高学府にも反日人物が教授として堂々と日本の学生に講義を行っているでしょうがどのような事をしているのか見えないところが怖いですね。

いますね。保坂祐二氏などそうでしょうね。病が高じて韓国に帰化してしまいましたが、韓国を理解することが韓国研究に入った動機だったそうです。しかし、その研究があまりに一方的で、最終的に韓国の言い分を正当化することが目的となってしまっています。そのような連中が、外務省にも多いのではないでしょうか。

>過日も早大の講義においてもおかしな仕方をしたのが暴露されましたし、法学部の入試問題もおかしな回答が正解とされたものがあります。

そうですか。それについては知りませんでした。

>国外の敵は比較的判別はしやすいが国内にいる敵の見分けもしっかりしなくてはいけません。教育界はもちろんの事、政界、財界、メディアにもごろごろいます。

先進国では思想統一をしませんから、どのような思想を持っても良いのですが、最低限、国家に対する誇りさえ否定するようでは国家自体を否定しているようなものです。それは自らの出目を否定し、ひいては自分を否定することにもつながるような気がするのですが、日本には何か多いような気がしますね。

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