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どうしても韓国を嫌いになる

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高雄爺「おや、留瀬じゃないか。珍しいね、こんなところで」
留瀬「いや、私だってたまにはこんな処にも来ますよ。でも高雄爺さんはどうして」
高「猫の餌を買いに来てね」
留「でも、ここは本屋ですよ」
高「猫の餌はもう買ったよ。帰りにちょっとここに立ち寄ったんだ」
留「ああそうですか。で、今手に取っているのは?ええと、」

高「赤文字は引用だよ」

『日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか』黄文雄著

2011.7.10 07:25


 トインビーからフロイス、ペリー、シドウチらが日本の印象を語り、武士道をほめた。『魏志倭人伝』にさえ(日本の)「婦人淫せず、妬忌せず、盗窃せず、諍訴すくなし」とある。

 このたぐいの日本礼賛が延々と一覧できる本書は日本人の自尊心をくすぐる。

 黄さんの執筆動機は「東日本大震災」直後から発揮された、日本人の静粛な団結ぶりだった。これらを実際に目撃すれば嘗(かつ)て同様の体験をし、その日本人の公共の精神と耐える作法に感動し、羨望を交えて本国に報告した外国人が夥しくいた事実は現代人を鼓舞してあまりある。

 しかし日本の反応はかならずしも海外に正確には伝わっていない。

 地震がおこると中国に限らず諸外国では暴動が起きる。先進国アメリカでもロス暴動では強盗、掠奪(りゃくだつ)、暴行が起きた。

 
留「なるほど、これはこそばゆいですね。でもあまり自画自賛が過ぎると嫌みですよ」
高「たしかにね。だが、これが単なる日本に対する過剰なお世辞とは言えないのは、去年の震災の時、日本人が非常に冷静に、そして勇気を以て災害にあたり、ほとんど社会に混乱が起きず、整然と災害に耐え、そして復興に立ち向かった姿が世界中に報道され、そして世界がその日本人の在り方に驚嘆したという事実がある」
留「ああ、そうでした。あの時は、どうして外国の人がそんなに驚くのか、あたし等が驚きましたよ。

 あんな災害の時、助け合いをするのは当たり前だし、譲り合うのが当たり前でしょ。我先に奪い合ったり争ったりしても震災からの復興が遅れるばかりじゃないですか。誰も世界の人に見せるつもりで協力した訳じゃないのに、日本以外の国じゃ、そうじゃないのかって驚きましたね」
高「そうだったねぇ。世界ではあんな時、暴動が起きたり略奪が起きたりでまず治安の確保が大変なんだ。災害時だけじゃないよ、アメリカ、イギリスのような国でさえ暴動が全国的に広がって、逮捕者が何人も出るし、略奪も珍しくはない。それが普通だと世界中の人は思っていたのに、日本はそうじゃなかった」
留「まあ、それはあの時初めて知りました。でも10年前の阪神淡路大震災の時だって同じだったでしょ?別に東北大震災だけじゃなく、日本はたびたび大災害に襲われるけれど、決して暴動や略奪なんか起きないじゃないですか」
高「そう思うよ。まあ、10年前と違うと言えば、ネットが世界中に広がって、日本の災害の様子がリアルタイムで知られるようになったということじゃないのかね」
留「そうなんですねぇ。だからこそ、あたし等も外国では暴動や略奪があたり前だと初めて知ったようなわけですね」

高「あたしは戦後の混乱期が済んでから生まれたから、戦後の様子は親父なんかに聞いただけだが、その後いろいろ調べてみても、日本社会は極めて整然と復興していたようだよ。たとえば、戦後アメリカが日本を占領し、大量の支援物資が世界中から日本に送られてきたそうだが、進駐軍がとにかく警戒していたのは、支援物資がどこかに不正に横流しされたり、奪い合いが起きたりをどうやって防ぐかだったんだそうだ。実際に支援物資が来てみると、極めて整然と、公平に分配され、横流しや奪い合いなどほとんど無かったと言うんだね。これはきちんと記録に残っている。

 なにより、進駐軍が警戒していたのは、戦後の混乱に乗じての犯罪の増加で、それは何処の国でも戦後は警察力が衰え、治安が悪化するのだが、日本ではそのようなことがほとんど無かったという。

 まあ、とはいえ今より犯罪が多かったのは事実だが、むしろ日本で犯罪発生率のピークを迎えたのは、戦争が終わって数年経った昭和26年頃で、それから急激に犯罪発生率が下がり、今も下がり続けている。当時、進駐軍が最も頭を悩ませたのは、在日朝鮮人の凶悪犯罪と、進駐軍兵士による犯罪だった。犯罪発生率のピークもそんな関係があるんじゃないのかね」
留「酷い話ですね。でも関東大震災の時なんか、朝鮮人がたくさん殺されたって話がありましたね。あれは結局嘘で、朝鮮人死亡231名というのが正式記録であり、暴動によって6600名の朝鮮人が殺されたなど、本当のデマだったんでしょ」
高「おや、あたしのブログの”NHKの偏向教育番組”を見たね」
留「というより、先日高雄爺さんが言ってましたよ」
高「ああ、そうだった。でも話をまた元に戻そう

 この本に書いているように、日本については昔から大勢の外国人が来ては観察し、そして本国に書き送っている。その大半は、日本がすばらしいと言う物のようだよ。日本について一番最初に書かれた記録と言えば・・・」
留「そりゃ常識です。魏志倭人伝ですね」
高「うん。正式には中国の三国史の中の、第三十巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条というのだがね、その中にもこんな一説がある。

”其俗國大人皆四五婦、下戸或二三婦、婦人不淫、不忌、不盜竊、少諍訟、其犯法、輕者沒其妻子、重者滅其門戸及宗族、尊卑各有差序、足相臣服、收租賦、有邸閣、國國有市、交易有無、使大倭監之”」
留「こんなの、読めませんよ」
高「要するに女性は貞淑だし、泥棒もいないし嘘もつかない、高雄爺さんがいる云々と言っている。日本についての一番最初の記述からして、日本って良い国だ、と書いてあるわけだ。三世紀の話だよ。そのころから、日本は中国人が見て驚くほど秩序だった場所だったわけだ」
留「はぁ・・高雄爺さんが居る、ねぇ・・。でも、今では、韓国や中国じゃ日本についてくそみそですね」
高「そこだ。あたしが韓国という国や、概念上の韓国人を虫ずが走るくらい大嫌いだという理由だね」
留「でも、それも連中が日本に植民地支配された、略奪されたって歴史を捏造して反日政策を採っているからでしょう」
高「それだけじゃないよ。昔から朝鮮はそうだったんだ。有名な朝鮮人による日本の描写と言えば、日東壮遊歌と言うのがあって、江戸時代の1764年(明和元年)に第11次朝鮮通信使の書記として来日した金仁謙が書いた記録だが、とにかく日本がどこもかしこもきらびやかで美しくすばらしいと書いている」
留「じゃ、良いんじゃないですか」
高「その書き方だよ。これほどすばらしい王城楽土が野蛮人のものであることが悔しい。全部を朝鮮王に献じさせたいと書いている。こんなのを韓国では朝鮮通信使が日本に文化を伝えたと大嘘を教えているんだ。けしからん」
留「ちょっとちょっと、人が見てます。ここは本屋ですよ。大きな声を出さないで。

 でも韓国人が全部そうだって訳じゃないでしょ」
高「もちろんそうだよ。だから、あたしが、虫ずの走るほど嫌っているのは、韓国という国の在り方と、概念上の韓国人であって、韓国人にもそれを憂いている人は大勢いる。前にも書いたことがあるが、李栄薫ソウル大教授や呉善花さんなどがそうだろうし、もっともっとたくさん居る。が、李栄薫教授などは、命の危険にさらされるほど国内では攻撃の対象になっている。だから、大勢の韓国人がそんな自国を嫌って非常にたくさん海外に移住しているし、また海外から見てさらに韓国の置かれた立場を理解した人も大勢居る。

 まあ、韓国人から人類になった人々は大勢いるよ」
留「ああ、韓国人って、人類じゃないんですか」
高「たとえだよ。日本人だって、国籍を有していても人類じゃないのが大勢居るし、中には総理大臣になった物体だっているじゃないか」

高「とにかく、記録に初めて日本が現れたときから、外国人の評価に日本は優れた国だとの記述が非常に多いのは事実だ。一方、韓国は知られている限り、本当に酷いという描写しかない。まあ、今の自画自賛は別としてもね」
留「ええ、知ってますよ。イザベラ・バードなんて人は、韓国のことを本当にゴミタメで人間は屑だと書いてますね。その代わり日本はすばらしいなんて」
高「一般にはそう言われているがね、そうとばかりは限らない。あたしのブログの「差別意識」で、イザベラ・バードに就いて書いているけれど

 (日本人は)見るも痛々しいのは、疥癬、しらくも頭、たむし、ただれ目、不健康そうな発疹など嫌な病気が蔓延していることである。村人達の三〇パーセントは、天然痘のひどい跡を残している。(87頁) 
 
 なんてことも書いている」
留「うわぁ、そりゃ酷い」
高「こんなのはごく一部だよ。とにかく体格から顔つきまで酷い書き方だ。が、あたしのブログでは

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 
 このような見方もキリスト教的価値観で判断しているに過ぎず、精神的な高尚性は認めていても外観では遠慮無くこき下ろしている。彼女の母国がその少し前まで、窓から道路におまるの排泄物をばらまき、たとえば14世紀のペストの大流行でヨーロッパの人口が3分の一になっていらい、その後も何回か大流行を繰り返している。
 
 日本ではこのような大流行は、強いて言えば1899年に流行したが比較的早く終焉しそのご、目立った大流行はなく、1926年以降、国内では発生していない。それだけ日本は清潔な社会であったと言うことだが、イザベラ・バード女史に理解できることではなかった。
 
 また、彼女以前にも大勢の宣教師達が日本人についてその優秀さを本国に書き送っているが、ただし、非キリスト教徒としては優秀だと言っているに過ぎない。つまり、ヨーロッパの差別意識には、キリスト教が頑強に絡んでおり、本来中東発生のキリスト教の神やキリストが白人として描かれているように、彼らがキリスト教を変質させ、キリスト教が彼らに差別の理論付けをさせていたと言える。
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

と論じている。要するに彼女も当時ごく当たり前の、キリスト教徒、白人優越主義でしかアジアを見ていないし、野蛮人の中でも日本人はましだと言っているだけだ。彼女の知性など、そんなものだよ。当時としては普通の西欧人だ。別に日本を褒めているから偉い人だということじゃない」
留「たしかにねぇ。当時は世界が白人のものであり、有色人種は白人に支配される存在というのが彼らに当たり前の考え方でたからね。でもそれにしても、彼女の朝鮮についての描写は、前に読んだけれど酷いもんですねぇ」
高「まあ、朝鮮についての描写はいろいろな外国人が書いているし、朝鮮人自身も醒めた目で書いている。

 たとえば、

1.イザベラ・バード著、時岡敬子訳『朝鮮紀行』講談社学術文庫1998年
は今言った本だが、
2.F・A・マッケンジー著、渡辺学訳『朝鮮の悲劇』平凡社東洋文庫1973年
とか
3.シャルル・ダレ著、金容権訳『朝鮮事情』平凡社東洋文庫1979年
など、そして
4.『韓国誌』龍渓書舎復刻1996年
などは、日韓併合についての資料だね」
留「へぇ、凄いですねぇ。全部読んだんですか」
高「残念ながら一部しか読んでいない。でもネットで内容は分かるよ。ググってご覧」
留「なるほど、これは韓国人が読んだら卒倒しかねないほど酷い書き方ですね」
高「でも最近もこんな本について韓国人が書いている。

http://news.hankooki.com/lpage/culture/201202/h2012021021195084210.htm
ソース:韓国日報(韓国語) 韓国人ら殺したくて 彼の背筋が寒くなった視線

「白人旅行者が初めて韓国に滞留する場合、最初の何週間かは気持ち良いこととはまったく縁遠い。もし繊細な人なら二種類の強力な欲求の間で葛藤しながら大部分の時間を過ごすだろう。一つは韓国人たちを殺したい欲求であり、もう一つは自殺したい欲求だ。個人的に私なら最初の選択をしただろう。」

とにかく、朝鮮人がずるくて卑怯で嘘つきで、強者にははいつくばり、弱者にはかさにかかって襲いかかる、とされているが、実は上の四冊の本にもほぼ同じことが書かれている。それに対し、この本の著者は、

ロンドンの露日戦争従軍記を紹介したチョ・ヒョングン奎章閣韓国学研究院客員研究員はロンドンの韓国と韓国人に対する印象が「不正確な観察と偏見でぎっしり埋まっている」と批判した。当時最も批判的な知識人に属し、それまで'西欧中心主義'と'社会進化論'という理論の監獄から抜け出せなかったという指摘もまた、十分に共感できる。

たしかにロンドンもまた当時の西欧中心主義、白人優越主義に凝り固まっていたろうが、それは彼だけではない。全ての西欧人がそうだったのだ。その彼らが、日本については偏見を前提としてもさらに日本は優れていると書き、朝鮮については最低だと書いている。単に西欧の偏見や西欧中心主義によるものとは言えないだろう」
留「つまり大昔から朝鮮は嫌われていたんですね」
高「だから正面から向き合うと、居ても立ってもいられないほどの劣等感にさいなまれるから歴史を捏造し、ウリナラ半万年、日本にいろいろ教えてやったのに、日本は朝鮮を植民地化し、全てを奪った。それさえなければ、韓国は自力で近代化できたはずだとのおとぎ話を歴史にして国民に教えてきた」
留「まあ、何度も聞きましたが、そうとしか思えないです」
高「他国から蹂躙されてきた小国など世界中にたくさんある。だが、韓国と北朝鮮ほど、姑息で汚らしい国はない。今に始まったことではない。大昔からそうだったのだ。高麗の忠烈王など・・・」
留「あ、それはまたの機会に」

高「折からこんな記事があった

南京大虐殺記念館を訪れた韓国の教師たち

 夕食会の会場では、韓中両国の教師の間で、率直な対話が交わされた。「特定の国や歴史を有利に見たくなるのは当然だ。日本がひどく歴史を歪曲(わいきょく)して問題になっているが、自分たちは、恥ずかしい部分があればむしろ何も教えない。すると生徒たちは、まさにその部分について尋ねてくる。そんなときは“自分で調べてみなさい”と言うしかない」(中国の教師)、「韓国では、多くの人が習近平(国家副主席)を知っているように、中国のニュースがかなりの比重を持って扱われているが、中国はどうか」(韓国の教師)、「率直に言って、中国人が大きな関心を持っているのは米国、日本、欧州くらいだ。韓国だからということではなく、残りの国は皆同じ」(中国の教師)。

日本に関する歴史を捏造し、それで国民を洗脳し反日憎悪政策を採っている中韓が単にその点だけで共感しただけであり、中国人が一番嫌いなのは韓国人だ。蛆虫と屁ひり虫が固まってごそごそ言っているだけだ」
留「その形容が凄いですね。でも、その蛆虫が日本にも居るんですよねぇ」
高「獅子身中の蛆虫だね。まあ、連中がまともになってまともな国を作るときなど絶対にない。大昔から両方とも全く同じだったのだ。今になって変わるなどあり得ない。だからこそ、それに絶望した韓国人達が国外脱出をするんじゃないか。そして、韓国人であることを止めることが出来た人間だけが人類になれる。そうでなければ、世界中何処にいても韓国人だ。身に付いた民族性は、簡単に変えられない。だから、韓国人である限り、そして韓国である限り、まともにはなれない。高麗の忠烈王・・・」
留「あ、女房からメールだ。ずっと待っているのに、どうして来ないのか、わたしのことが嫌いになったのかって・・・いけねぇ、女房と外で食事をする約束してるんです。失礼します」
高「おまいさんも、留瀬である限り変わらないね。

あ、買ってきた猫の餌、どっかにおいてきてしまった・・・」
留「高雄爺さんそんなところも変わりませんね」
高「早くかみさんの所に行きなさい。あたしはもう一度猫の餌を買いに行く」


上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

『日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか』黄文雄著

2011.7.10 07:25

「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」

礼賛をまとめ上げた“教典”


 日本を賞賛した外国人は夥(おびただ)しい数にのぼる。これらを一度にまとめあげた教典のような一冊が黄文雄節で貫かれた。

 トインビーからフロイス、ペリー、シドウチらが日本の印象を語り、武士道をほめた。『魏志倭人伝』にさえ(日本の)「婦人淫せず、妬忌せず、盗窃せず、諍訴すくなし」とある。

魏志倭人伝原文

「其俗國大人皆四五婦、下戸或二三婦、婦人不淫、不忌、不盜竊、少諍訟、其犯法、輕者沒其妻子、重者滅其門戸及宗族、尊卑各有差序、足相臣服、收租賦、有邸閣、國國有市、交易有無、使大倭監之。」

 このたぐいの日本礼賛が延々と一覧できる本書は日本人の自尊心をくすぐる。

 アンドレ・マルローは武士道を賞賛し、晩年は伊勢神宮に参拝し五十鈴川で禊(みそ)ぎを受けて「このバイブレーションは何だ」と叫んだ。三島由紀夫にあこがれ、切腹という名誉を重んじる儀式を賛美したが、マルローの対極にいた左翼知識人のサルトルさえ三島についてこういった。「ぼくは彼の手を握った。握ったあの手で彼が切腹したと思うと感慨が深い。切腹するには勇気がいる」

 黄さんの執筆動機は「東日本大震災」直後から発揮された、日本人の静粛な団結ぶりだった。これらを実際に目撃すれば嘗(かつ)て同様の体験をし、その日本人の公共の精神と耐える作法に感動し、羨望を交えて本国に報告した外国人が夥しくいた事実は現代人を鼓舞してあまりある。

 しかし日本の反応はかならずしも海外に正確には伝わっていない。

 地震がおこると中国に限らず諸外国では暴動が起きる。先進国アメリカでもロス暴動では強盗、掠奪(りゃくだつ)、暴行が起きた。

 中国人が日本に初めてきて驚き、且(か)つ呆(あき)れるのはどこでも設置されている自動販売機の夥しさ。「あれは囮(おとり)か」という。日本は何故(なぜ)かくも安全なのか! 中国でATMは人通りの少ない箇所(かしょ)には設置されておらず、また引き出し額は上限がある。それでも真っ昼間ATMから出たところを襲われる女性が頻出し、ニュースでは対策がないものかとコメントが集中する。ことほど左様な社会だから鉄道切符は駅で並んで買う。自動販売機の前は人がいない。こうした文化の差も顕著に理解できる貴重な一冊である。(徳間書店・1000円)

 評・宮崎正弘(評論家)
 
 
 
日東壮遊歌(にっとうそうゆうか)とは、江戸時代の1764年(明和元年)に第11次朝鮮通信使の書記として来日した金仁謙が書いた記録。
 


上記イザベラバード 当ブログエントリー 「差別意識」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 よく東洋近代史で引用されるイザベラ・バード女史の旅行記には日本人が清潔であり、日本は平和でありと書いてあると言うが、同時にこのようなことも書いている
 

 上陸して最初に私の受けた印象は、浮浪者がひとりもいないことであった。街頭には、小柄で、醜くしなびて、がにまたで、猫背で、胸は凹み、貧相だが優しそうな顔をした連中がいたが、いずれもみな自分の仕事をもっていた。(6-7頁) 

 日本人は、西洋の服装をすると、とても小さく見える。どの服も合わない。日本人のみじめな体格、凹んだ胸部、がにまた足という国民的欠陥をいっそうひどくさせるだけである。(14頁) 

 私はそれから奥地や北海道を一二〇〇マイルにわたって旅をしたが、まったく安全で、しかも心配もなかった。世界中で日本ほど、婦人が危険にも無作法な目にもあわず、まったく安全に旅行できる国はないと私は信じている。(48頁) 

 私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときには手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり、参加したり、いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭りに連れて行き、子どもがいないといつもつまらなそうである。(86頁) 

 いくつかの理由から、彼らは男の子の方を好むが、それと同じほど女の子もかわいがり愛していることは確かである。子どもたちは、私たちの考えからすれば、あまりにもおとなしく、儀礼的にすぎるが、その顔つきや振舞いは、人に大きな好感をいだかせる。(86頁) 

 見るも痛々しいのは、疥癬、しらくも頭、たむし、ただれ目、不健康そうな発疹など嫌な病気が蔓延していることである。村人達の三〇パーセントは、天然痘のひどい跡を残している。(87頁) 」
 
 このような見方もキリスト教的価値観で判断しているに過ぎず、精神的な高尚性は認めていても外観では遠慮無くこき下ろしている。彼女の母国がその少し前まで、窓から道路におまるの排泄物をばらまき、たとえば14世紀のペストの大流行でヨーロッパの人口が3分の一になっていらい、その後も何回か大流行を繰り返している。
 
 日本ではこのような大流行は、強いて言えば1899年に流行したが比較的早く終焉しそのご、目立った大流行はなく、1926年以降、国内では発生していない。それだけ日本は清潔な社会であったと言うことだが、イザベラ・バード女史に理解できることではなかった。
 
 また、彼女以前にも大勢の宣教師達が日本人についてその優秀さを本国に書き送っているが、ただし、非キリスト教徒としては優秀だと言っているに過ぎない。つまり、ヨーロッパの差別意識には、キリスト教が頑強に絡んでおり、本来中東発生のキリスト教の神やキリストが白人として描かれているように、彼らがキリスト教を変質させ、キリスト教が彼らに差別の理論付けをさせていたと言える。
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



李栄薫ソウル大教授
呉善花

1.イザベラ・バード著、時岡敬子訳『朝鮮紀行』講談社学術文庫1998年

2.F・A・マッケンジー著、渡辺学訳『朝鮮の悲劇』平凡社東洋文庫1973年

3.シャルル・ダレ著、金容権訳『朝鮮事情』平凡社東洋文庫1979年

4.『韓国誌』龍渓書舎復刻1996年





http://news.hankooki.com/lpage/culture/201202/h2012021021195084210.htm
ソース:韓国日報(韓国語) 韓国人ら殺したくて 彼の背筋が寒くなった視線


『鉄の踵』を書いた米国の作家ジャック・ロンドンは20代後半、露日戦争で従軍記者として活動した。当時、約4カ月間、亡国前夜の戦場朝鮮に留まり、彼が書いて送った文章等は様々な新聞、雑誌に載り、その文をまとめた本も出た。当代の進歩左派であったロンドンはその中である大きな課題で韓国をざっとまとめ、このように描写する。

「白人旅行者が初めて韓国に滞留する場合、最初の何週間かは気持ち良いこととはまったく縁遠い。もし繊細な人なら二種類の強力な欲求の間で葛藤しながら大部分の時間を過ごすだろう。一つは韓国人たちを殺したい欲求であり、もう一つは自殺したい欲求だ。個人的に私なら最初の選択をしただろう。」

当時の米国と比較すれば最低の社会インフラや不足した公共施設、物資などの影響もあったが彼が何より耐えられないとしたのは惰弱で怠惰で盗み上手、弱者に強い韓国人たちの性格だった。自身が動物園の猿のように見せものになるとすぐに韓国人は不必要に好奇心が強いという非難を吐き出す。韓国人がうまくできる事が「ぴったり一つ」あるとし、荷物をひく動物のように黙々と荷物運ぶことだと指摘するほどだった。

奎章閣(キュジャンガク)韓国学研究員教養叢書の一つで出てきた<世界の人の朝鮮旅行>はロンドンを含む朝鮮初期から日帝強制占領期間まで韓半島に立ち寄った異邦人たちの訪韓事情と彼らの韓半島関連記録をまとめて紹介した本だ。

この本には世宗(セジョン)時代の明国使節の朝鮮訪問や壬辰倭乱後、日本への使行など国家間往来からハメルのように漂流者などが残した記録、天主教布教のために永く韓国に留まって韓国語を習い風習に慣れた宣教師らが残した記録、考古学者・生物学者などの博物誌などを多様な地図、絵、写真と一緒に入っている。

(中略:宣教師の見た朝鮮)

ロンドンの露日戦争従軍記を紹介したチョ・ヒョングン奎章閣韓国学研究院客員研究員はロンドンの韓国と韓国人に対する印象が「不正確な観察と偏見でぎっしり埋まっている」と批判した。当時最も批判的な知識人に属し、それまで'西欧中心主義'と'社会進化論'という理論の監獄から抜け出せなかったという指摘もまた、十分に共感できる。

だが、それより重要なのはその時、彼らの目に韓国は日本の支配を受けるほかない国に映ったという事実かもしれない。ジャック・ロンドンの記録は<ジャック・ロンドンの朝鮮人管見>(ハンウル発行)に出ている。

世界の人の朝鮮旅行(奎章閣韓国学研究院編・432ページ・2万3800ウォン)

キム・ボムス記者




南京大虐殺記念館を訪れた韓国の教師たち

高校での「東アジア史」の授業を前に、教師約30人が中国で現場研修

 息絶えた祖母を背負ってさまよう少年、無残に殺害された母子、静かに目を閉じて祈る僧侶…。中国・南京で韓国の訪問団を出迎えたのは、「その日」の惨状を端的に表現した8体の銅像だった。10メートルを超える大きな人物像も見えた。やつれた女性が、ぐったりした子どもを抱いたまま泣いている「家破人亡」像。話に聞くだけだった南京大虐殺の犠牲者を悼む記念館は、入り口からして陰気だった。


 7万坪(約23万平方メートル)の敷地に建つ船型の建物、黒い花こう岩でできた「災難の壁」の上には12カ国語で「犠牲者300000」と刻まれている。1937年12月から翌38年1月にかけて、大逆殺により犠牲となった死者の数だ。日中戦争当時、日本軍は、2500年の歴史を持つこの古都を流血の地に変えた。事件から75年が過ぎたが、過去史の傷跡は今も癒えていない。最近、名古屋市長が「南京大虐殺はなかった」と発言したことに伴う日中の対立に見られるように、「記憶の戦い」は今もまだ現在進行形だ。


 「中国で出会う東アジア:中国文化と抗日遺跡地を訪ねて」。東北アジア歴史財団(鄭在貞〈チョン・ジェジョン〉理事長)の教員現場研修団約30人は、カメラのシャッターを切りながらため息をついた。今年は現場研修の意味がことのほか高い。新学期から、高校生を対象にした「東アジア史」の授業が始まるからだ。教師たちは、上海の大韓民国臨時政府庁舎や尹奉吉(ユン・ボンギル)による爆弾事件の現場となった虹口公園に続いて、今月16日には「悲劇の聖地」南京を訪れた。


 記念館内はさらに残酷だった。首を切り落とされた遺体や、真っ黒に炭化した遺体の写真、遺骨の山が発見された発掘現場をそのまま残した場所もあった。こうした展示物の合間に、生存者の動画が、各自の「その日」を証言している。記念館の朱成山館長は「韓中日3国は、経済交流は活発だが、互いの歴史を正しく認識することを優先してこそ、平和が可能だ。韓国は東アジア史を教え、このような面で先行しているのは喜ばしい」と語った。

訪問団は記念館訪問に先立ち、南京師範大学付属中学(高校に相当)も訪れた。開校110周年を誇る名門の南京師範大付属中は「平和授業」で有名だ。韓中日3国の研究者や非政府組織(NGO)が2005年に出版した共同歴史教科書を主教材として採択した、唯一の学校でもある。「20世紀の戦争と平和」「東アジア3国近現代史」「国際関係の戦争と平和」なども選択科目に含まれている。生徒たちは、東京裁判やニュルンベルク裁判など戦犯裁判を比較したドキュメンタリーを見て討論し、ドイツ・フランス・ポーランドの歴史的和解を研究する。



 夕食会の会場では、韓中両国の教師の間で、率直な対話が交わされた。「特定の国や歴史を有利に見たくなるのは当然だ。日本がひどく歴史を歪曲(わいきょく)して問題になっているが、自分たちは、恥ずかしい部分があればむしろ何も教えない。すると生徒たちは、まさにその部分について尋ねてくる。そんなときは“自分で調べてみなさい”と言うしかない」(中国の教師)、「韓国では、多くの人が習近平(国家副主席)を知っているように、中国のニュースがかなりの比重を持って扱われているが、中国はどうか」(韓国の教師)、「率直に言って、中国人が大きな関心を持っているのは米国、日本、欧州くらいだ。韓国だからということではなく、残りの国は皆同じ」(中国の教師)。


 今回の現場研修を終えて韓国への帰国途上、デヨン高校のイ・ユンソン教諭は「東アジア史の授業は、生徒・教師にとって初めてのことで、期待半分、心配半分。幸いなことに、今回の現場研修で資料が手に入ったほか、考えも整理できて、役に立った」と語った。


■東アジア史とは


 07年の教育課程改正により、12年から高校の選択科目に導入された。この地域に関する歴史の理解を基盤に、共同発展と平和を追求する識見・姿勢を養うという趣旨で、東アジア各国の中で初めて開設された。先史時代から現代史に至るまで、韓国・中国・日本・ベトナムなど東アジア地域の民族や国家、歴史的事実を対象とする。



南京=全炳根(チョン・ビョングン)記者

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