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だから中国は駄目なのだ

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中国人に理論的な論争が出来ないのは、事実よりも面子が優先し、面子を守るためには嘘を付くのが当たり前であり、そして人前でその嘘を暴くことはその人間の面子を失わせることになるので、よほどのことがない限り嘘だと分かっていても公にその嘘を指摘することは、中国人ならやらない。

日本人だけではないが、普通の先進国の人間は、明らかな嘘であればそれを必要に応じて指摘することも辞さないし、また本人が間違った認識で事実と違う主張をしているときも、必要に応じてそれを指摘する。

もし知っていて嘘を言っていたのなら別だが、そしてその嘘が状況によっては必要な場合は、日本でもわざわざその嘘を暴くことはしない。瀕死の病人に家族が明日はきっとよくなるからと言っているとき、側から医者が、もう駄目だと言ったじゃないですか、嘘はいけません、と普通は言わないが、中国では常にこのような状態と言えるのではないのか。

しかし言っている本人が事実誤認をしていることが明らかな場合は、必要に応じてそれを指摘することはある。そうしなければ仕事に差し支えるとか、後々支障が出る場合だが、そのようなとき指摘された本人は、指摘に感謝し正しい情報を得るだろう。が、中国においては、それは公に指摘してはならず、あとで人の居ないときに指摘しなければならない。それで差し支えのない時はそれでもよいだろうが、公で論争をする場合はそれでは成り立たない。面子とは無関係なのだが、中国人はそれでも面子をつぶされたと思い、怒り狂い、指摘した人間を憎む。

まず、中国社会で論争がまともに出来ないのはそれであり、論争になれば次に怒鳴り合い、罵倒合戦、そして暴力沙汰になる。したがって、真実の追究をしてはならないことが間々ある。どうせ真実では腹はふくれず、面子では飯が食えるのだ。

それを端的に表す記事があった。

赤文字は引用

ここが違う日本と中国(13)―よく勉強しているのは誰?

ただし、そうはいっても、全体的に見て、中国の子どもが日本の子どもより勉強しているのは事実だと筆者も認めている。

 もちろん、話はここで終わるわけにはいかない。もう少し広く、深く観察しないと、一番大切なところを見落としてしまう恐れがある。子どもに限って見れば、日本は中国に引けを取っているといえるかもしれないが、国民全体でいうと、むしろ日本人の圧勝である。

 
 ここで子供が習うのは知識であり、知恵ではない。知識だけなら記憶力の旺盛な子供なら誰でも得られる。大人が到底覚えきれない怪獣の名前や、AKB48メンバーの名前と顔を覚えるなど、子供には造作もない。
 
 が、知恵は、知識を元に自分で組み立てるものだ。それが日本人にはあるから生涯教育の意味が理解されているのだ。
 
 一方の中国では、大人への賛辞として使われないようなケースが少なくない。下手すると、「勉強しか知らない、人間関係が希薄、出世術も分からない」ようなニュアンスで理解されてしまうからだ。要するに、大人の世界では、勉強や知識は確かに生きるうえでの重要な条件ではあるが、出世や、肝心な場面での勝負を決定するための欠かせない武器ではない。じゃあ、それは一体何なんだろうかと聞いたら、恐らく圧倒的多数の中国人は「人間関係だ」「コネだ」と答えることになるだろう。
 
 知恵が必要とされない社会。想像も出来ないが、言われてみれば納得する。知恵があったら、こんなコネや賄賂が優先される、面子が真実よりも重要視される社会など出来ることはないだろう。真実を追究する姿勢がない社会が進歩するなどあり得ない。確かに、中国は千年前に袋小路に入り、全く進化していなかったのだ。


 勉強を一生涯のことと考えている日本人は非常に多く、日本では生涯学習が非常に盛んである。知人の中には、70代、80代になっても外国語の勉強に打ち込んでいる人がいる。それは趣味や教養のためやっている部分が大きいが、それだけではない。例えば、ボランティア活動でお年寄りが大きな割合を果たしている。中では、海外へ行ってボランティア活動に従事している高齢者も大勢いる。中国で日本語教育に携わる高齢の日本人ボランティアがいることは広く知られている。

(執筆者:王文亮 金城学院大学教授 編集担当:サーチナ・メディア事業部)
 
 中国がとにかくコネ社会であり、コネが最優先されるのは、日本企業が中国に行ってよくぶつかる問題であり、どこそこの有力者の会社だから付き合ってくれとか、誰それの息子だから雇ってくれ等という話は日常茶飯事だと聞く。むろん、コネで雇った連中は実力など無いから仕事をさせられなくとも、やはりコネのおかげで有利な注文が来たりするので、結果としてコネを無視するわけには行かないのだそうだ。なにしろ、其れを無視するとどのような嫌がらせが来るか分かった物ではない。
 
 商売をしたければコネを作るか賄賂を贈る、これが中国社会のルールなのだ。勉強、研究開発、品質向上など全く意味がない。そんな努力をするくらいならコネを作る努力をする方がよほど効果が上がる。
 
 中国社会はそれで成り立つから、大人が自己研鑽をする必要がないと言うことなのだろう。とすれば、民主化など成立するわけがない。民主化とは、国民が責任を分担し主権を採ることだが、自己研鑽をせずコネと賄賂が優先するような社会が民主化を実現できるはずがないのだ。
 
 民主化には事実を知るための情報が自由に得られる必要があるが、それらが得られてもそれを自分で理解し理論を組み立てるためには自分自身の知的能力が必要になる。それは自己研鑽でしか得られないが、その前提が中国では成り立たないのだ。
 
 翻って日本を考えてみるとき、日本が世界でも突出した教育立国であったことは様々な証拠から事実であり、それは何度もこのブログで触れている。子供のための初等教育機関が江戸時代にすでに現在と変わらない密度で全国に存在し、また大人も様々な本を読んで自己研鑽に努めていた。様々なノウハウ本がベストセラーになり、また数学などは神社に掲げる算額で問題を出し合ったり解答したりを競っていた。
 
 今でもその風潮は全く変わらず、いくら出版不況といえどもやはり様々な自己啓発本が売れており、上記筆者が言っているように各地で大人のための勉強機関が目白押しだ。自治体の役所に問いあわせれば、選択に困るほどの一般人による様々な研究会や勉強会を教えてくれる。
 
 私自身も、未だに勉強中であるし、それが完成することはないと思っている。仕事関係だけではない。私がかつて学んだ知識は、あまりに技術革新が急で、今ではほとんど直接の役には立っていない。むろん、基本的な知識は変わらないが、私はコンピューター、ソフトウェア、プログラミング、デジタルなどの概念は全く正式に学んだことはない。というより、それらがあることは知っていたものの、そんな知識が必要不可欠になる時代が来るとは夢にも思っていなかったからだが、それでは仕事に差し支えるので自分で学んだ。
 
 基礎的な電気一般、電子工学の一般知識は役だったものの、今使っている知識は自分で学んだものだ。むろん、私の年代の人間は皆そうであり、そうしなければおいてゆかれるのだ。中国では違うのだろうか。
 
 また政治、外交、防衛、地政学、歴史は私の仕事には一切関係がないので、知らなくても飯の食い上げにはならないが、様々な問題が見えるのにそれを理解できないのは非常に悔しく、自分で学んだ。
 
 歴史や国際情勢などは、今の時代短期間で大きく変わる。昔間なんだからそれで済むのではなく、再審の知識を学び直す必要があるのは、私が仕事の必要性から今も学んでいる新しい技術と同じではないのか。

 学ぶと言うことは自信につながる。盲目的に人の言葉を信じ操られることがない筈だとの自信だ。むろん、私の持っている知識はまだまだ限られているが、しかし、何かを判断するきっかけにはなるし、分からないことをそのまま盲信することはない。
 
 何かの情報を盲信することなく、自分の責任で判断し、自分の考えの中に組み込むのは、学ぶという行為を通じて以外無い。だから、日本人が生涯学び続ける姿勢を持っている限り、日本では民主主義が機能する。中国で、中国人が中国人である限り、絶対に民主化などあり得ないのはそのためだ。
 
 彼らは井戸の底から上を見上げ、お前らの観ている世界は間違っている、俺のいる井戸の中が世界の全てだと言っている。情報が得られず、自由に情報を発信することも許されず、政府に対する批判が許されないとは、まさに井戸の底にいてそこを世界の全てだと思っているようなものだ。彼らとの歴史論争など出来るわけが無く、領土問題や、世界観などを論ずることなどあり得ない。意味がないし、そして彼らは井戸の中に安住し、それがどれだけ悲惨なことなのかさえ自覚していない。南京事件にしても、当然、それを疑う理由も能力も彼らにはない。真実を明らかにする共同会議などむりに決まっているのだ。
 
 中国人に認めさせるには、核を突きつけ、南京事件はなかったのだ、と言えば”是、我了解”と言わせるしかない。むろん、これは実際にそうすると言うことではないが、説明では彼らが真実を認めるなどあり得ない。それを理解する能力がないのだ。能力を高める必要性も感じていないのだ。
 
 なぜそうなのかが、今回の記事を読んでよく分かった。彼らには知恵は不要だったのだ。知恵が不要であれば、真実も不要であり、生き甲斐はコネと賄賂による金儲けだけだったわけだ。
 
 中国が何故駄目なのか、これが解答になるだろう。
 
 


上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

ここが違う日本と中国(13)―よく勉強しているのは誰?

【コラム】 2012/02/23(木) 12:44



 「中国の子どもはよく勉強するね。日本の子どもはもうちょっと頑張ってほしいな」

 これも最近よく耳にする話である。

 中国の子どもだとか、日本の子どもだとかといっても、必ずしもそれぞれひとくくりで見ることができない。第11回のコラムで紹介した上海の子どもたちは中国の子どものなかでもっとも勉強しているといえるし、兄弟の世話や、家事、農作業の手伝いをさせられ、勉強に専念できない、あるいは学校を中退せざるをえないような子も農村には少なくない。また、日本でも部活や遊びをほとんどせず、毎日学校―塾―家を順繰りにするだけの子がいる。

 ただし、そうはいっても、全体的に見て、中国の子どもが日本の子どもより勉強しているのは事実だと筆者も認めている。

 もちろん、話はここで終わるわけにはいかない。もう少し広く、深く観察しないと、一番大切なところを見落としてしまう恐れがある。子どもに限って見れば、日本は中国に引けを取っているといえるかもしれないが、国民全体でいうと、むしろ日本人の圧勝である。

 ここにも、勉強という営みに対する認識の違いが横たわっている。

 中国では基本的に勉強というのが子どもの義務として強く意識されている。勉強はいい学校に入り、いい仕事に就き、人生のいいスタートを切るための欠かせない手段だということである。だから、子どもを勉強させることは親の責任と位置づけられており、特に都市部では子どもの勉強がまるで家庭生活の最優先事項のように広く考えられている。「中国人は教育熱心だ」という言い伝えはまさにこのようなところから生じてきたのだ。

 しかし、大人の世界になると、勉強の意義や捉え方ががらりと変わってしまう。ずばり言うが、教育熱心な親が大勢いるけれど、勉強熱心な大人は必ずしも比例的に多いというわけではない。子どもに対していつも「勉強しろ」と命令する親自身はほとんど勉強しない、そんなケースは決して稀なことではない。

 「社会でも勉強しなければついていけないじゃないか」と思うのが日本人の常識である。しかし、これは中国人にとって必ずしも常識ではなく、むしろ世間知らずの陳腐なセリフと嘲笑される。日本では、「よく勉強している」というのが子どもに対してだけでなく、大人の世界でもプラス評価であり、人を褒める言葉になる。一方の中国では、大人への賛辞として使われないようなケースが少なくない。下手すると、「勉強しか知らない、人間関係が希薄、出世術も分からない」ようなニュアンスで理解されてしまうからだ。要するに、大人の世界では、勉強や知識は確かに生きるうえでの重要な条件ではあるが、出世や、肝心な場面での勝負を決定するための欠かせない武器ではない。じゃあ、それは一体何なんだろうかと聞いたら、恐らく圧倒的多数の中国人は「人間関係だ」「コネだ」と答えることになるだろう。

 そうだ。超コネ社会の中国では、勉強や知識の位置づけが意外と低く、その実際の機能も非常に限られている。

 先日、QQで数年前に日本から帰国した元の中国人留学生と久しぶりに世間話をした。彼女は東京のある名門大学で博士号を取得した後、中国のある大学に就職し、そこの教員になった。

 「もう准教授になりましたか」と尋ねたら、彼女は急に感情が高ぶり、「一所懸命に働いているのに、まだ専任講師だよ。私は学長や学部長と緊密な関係を作りたくないから、なかなか昇格させてもらえない。本当に損したわ」と腹を立てた。

 今の中国では腐敗と汚職が蔓延っており、学問の殿堂とされてきた大学もひどく蝕まれている。大学の責任者や管理層がキャンパス工事のなかで不正に手を染めたり、収賄などで逮捕されたりするようなことは日常茶飯だ。また、教員人事は研究業績を重視するよりも、上層部(書記、学長や学部長)との私的関係によるところが大きい。

 大学ですら、こんな状態に陥ってしまったから、ましてや一般社会、特に政界では、どんなに勉強して専門的な能力を高めても、コネがなければ、出世することが出来ない。

 だから、子どもとは対照的に、大人はそれほど勉強しないのだ。中国の空港、駅、電車の中を覗いてもわかるように、そこで本や雑誌を読んだりする人はほとんどいない。待ち時間、電車に乗る時間がそんなに長いのに、本や雑誌に頼らなかったらどうするんだろうか。でも、絶対多数の人はぼっとしているか、携帯に夢中、連れ合いと世間話する。あるいは、向日葵やカボチャの種などを口にしながら過ごす。やはり本や雑誌で暇をつぶすような習慣がないからだ。

 筆者が中国に帰る度にいつも気になることは麻雀(日本ではマージャン、中国ではスズメ)の隆盛である。中国人はどうしてこんなに麻雀が好きなのかと日本人から聞かれたことがある。正直、これは一言で答えられる問題ではない。ただ、一点だけはっきり言えることがある。麻雀は中国では昔からギャンブルの王者であり、いまもカネをかけてやるのが流儀である。

 中国人はもともとギャンブルが大好きで、毛沢東時代には百パーセントに抹消されていたが、改革開放後は完全復活。現在、いたるところで麻雀に興ずる人々の姿が見られる。住宅地に入ると、家々からその音が聞こえてくるし、「まるで奇妙な合奏のようだね」とある知人が形容した。雨のない日には、道路の脇や、路地でもそのような景色が広がっている。

 そして麻雀三昧の国情を表現するに、「10億人民9億賭」という言葉が1990年代頃に生まれた。「賭」とは賭博で、麻雀を指す。10億の国民中、9億人が麻雀をやっているという意味になる。10億と9億はいずれも概数で、麻雀人口がいかに多いかをやや大げさに言っているのだ。

 ちなみに、1980年代当時の世相を現わす言葉には「10億人民9億商」というのがあった。ここの「商」とは商売のこと、社会主義計画経済の方向転換をいち早く察知した者が商売に身を投じた。中には、政府機関の職員、官僚、大学の教師も多くいた。公務員や教師の仕事と身分を辞めてのことだから、相当勇気が必要、もちろん今は考えられない。

 麻雀は非生産的な行為である。カネが参加者の間で回り、勝者と敗者がいて、勝者がどんなに儲かっても、カネの総額が増えるわけではない。しかも、社会の気風を乱し、犯罪の温床となり、日常生活や家庭生活を破壊する危険性が高い。という理由で、麻雀にカネをかけてはならないというはずだ。ところが、一般庶民は一切構わず普通に楽しんでいるし、麻雀三昧の生活を送っている公務員も少なくない。

 公務員も人間だから、麻雀をやってもよかろう。しかし、問題になっているのは職場で勤務時間中の麻雀だ。

 筆者は、昨年12月に出版した『「仮面の大国」中国の真実』(PHP研究所)のなかで、「公務員、これほど楽な職業はない」という一節を設けて、こう書いてある。

 「中国の公務員がこれほど高い人気を誇るのには訳がある。安定していること、給料と福利厚生がよいこと、権力の中枢に近いこと、灰色収入が多いこと。さらに、仕事がすべての職業・職種のなかもっとも楽であることだ。

 公務員の職場を見ればよくわかる。お茶を飲み、新聞を読み、世間話をしている人はいいほうだ。麻雀、トランプ、将棋、パソコンゲームなどに興じる人もいれば、抜け出して買い物、食事、散歩、賭博(ギャンブル)などをする人もいる。

 こういった公務員のあり様が近年ようやく問題視され、庶民の厳しい視線にさらされるようになった。マスコミからも批判的な記事が続々と登場する。」(288頁)

 しかし、国民からの批判や、マスコミの曝露にもかかわらず、職場での麻雀は一向に減らないようだ。

 今月2日付の「羊城晩報」も深セン市の関連事件を報じた。それによると、同市市場監督管理局のある所長が旧正月明けの初仕事で、なんと部下たちを会議室に集めて麻雀に興じていた。この所長がただちに停職処分を受けたが、同様のことはあちこちで起きているから、取り締まり切れるとは誰も期待していない。

 そんな暇があったら勉強すればいいのにと思われるが、官僚は読書時間が少ないということも最近結構話題になっている。共産党中央はしょっちゅう全国の幹部に向けて「学習にいっそう励もう」と指令するものの、それに耳を傾ける人はどのくらいいるのか、知る由もない。

 ここまで中国のことを長々と書いたが、少し日本に目を転じよう。

 勉強を一生涯のことと考えている日本人は非常に多く、日本では生涯学習が非常に盛んである。知人の中には、70代、80代になっても外国語の勉強に打ち込んでいる人がいる。それは趣味や教養のためやっている部分が大きいが、それだけではない。例えば、ボランティア活動でお年寄りが大きな割合を果たしている。中では、海外へ行ってボランティア活動に従事している高齢者も大勢いる。中国で日本語教育に携わる高齢の日本人ボランティアがいることは広く知られている。

 日本の老人クラブや老年大学も高齢者の学習の場である。中国でも老年大学が多く設立されているが、基本的に都市部の高齢者(特に定年退職した公務員、幹部、教師が圧倒的に多い)が入学しており、農村の高齢者は老年大学とはほとんど無縁である。

 そして少子化の影響で学生の募集に困っている日本の大学は社会人入学に力を入れている。いまどこの大学も社会人を募集しており、社会人がどんどん大学に入るようになった。特に大学院では、社会人学生がすでに欠かせない存在となっている。こういった状況はなにより日本人の勉強好きを物語っている。

 筆者は来日後非常に感心しているのが、勉強会や「○○教室」の多さである。週末になると、学会、研究会、勉強会、教室などはあちこちで開かれる。特に駅周辺の建物には、様々な会場が設けられている。それを目の当たりにした筆者はいつも驚き、感動すら覚える。こんな様子は中国ではあまり見られない。

 中国では基本的に、教室は子ども、学会や研究会は学者・研究者が入るところだと考えられている。しかし、日本はそうではない。教室というのは大人が入って勉強するところでもあるのだ。また、学会に入会しているのは学者・研究者だけではなく、関連領域の人も幅広く含まれる。例えば、現場で仕事している人、行政の人、新聞や出版関係の人、高校の教員も学会の会員になるのだ。また、研究発表も学者・研究者だけでなく、現場の人も積極的に行う。筆者が所属する日本社会福祉学会は会員数5000名以上を擁しており、驚くべきことに、その多くが学者・研究者ではなく現場担当者である。

 一方、中国の学会はほとんどと言っていいほど学者・研究者の世界であって、他の職業や一般の人びとに大変遠い存在である。(執筆者:王文亮 金城学院大学教授 編集担当:サーチナ・メディア事業部)

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コメント

No title

>中国社会はそれで成り立つから、大人が自己研鑽をする必要がないと言うことなのだろう。

 だから、中国で共産党が政権を取れたのでしょうか。なにせ、共産主義は「自己研磨」を否定しているようなものですからね。元々中国に、共産主義が根付きやすい要素はあったのだと考えれば、あの毛沢東が政権を取れたのも必然だったのかも知れません。

 ただ、最近は曲がりなりにも成長しているように見せかけて、数値だけなら世界第2位(どう考えてもそんな訳ないんだが)の経済大国を吹聴するようになった。もっとも、これも「自己研磨」の結果ではなく、日本の政策のパクリの結果なんですが(笑)。中国はよく日本を研究している。今だってバブルのハードランディングを防ぐべく、徹底的に日本の過去の失敗を分析しておりますからね。パクリ、コネ、個人主義、これが中国のすべてです。

 そして、コネによる偽りの社会もいよいよ衰退期に入ったというわけですか。

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20120220-01/1.htm

 衰退期というか、元々こんな民族ですから、本当の意味での愛国心なんぞ持っていないでしょう。せいぜい身内や一族のことしか考えない。国を支える幹部が亡命未遂事件を起こすわ実際に金を持ち出して国外脱出するわでは、中国共産党もまともな最期を迎えるわけがありません。残っている幹部連中は必死でしょうね。まあそれは北朝鮮も同じなんだけど(笑)。

 中国の崩壊は時間の問題と見ているが、そのモデルとなり得るのはおそらくシリア・アサド政権ですね。

 アサド政権は、おそらく自由シリア軍だけでは打倒できないでしょう。離反兵士の数が増えているとはいえ、シリア正規軍はアサドの一族に近い者達で固められた結束力が強い連中ですから、おそらく今のままだと戦闘そのものはアサド側が勝可能性はある。

 ただ、これはシリア人ビジネスマンが語っているシリアの内情ですが、観光業がほとんど壊滅状態だそうです。観光業はシリアのGDPの15%を占めていたらしいですが、これが壊滅状態となるとかなり厳しい。そして、石油輸出もほぼ停止状態にある。さらには、反政府デモ以前には220億ドルあった外貨準備高も、今では半分以下にまで落ち込んでいる。幹部やシリアのビジネスマンはいち早く国外脱出を図っている。当然中国と同じく、そのたびに国外へ金が逃げる(笑)。その上、都市部ではまた1万人規模の反政府デモ、さらには国土の荒廃。

 これでは、仮にアサド側が勝利したとしても、遠からず体制は崩壊するでしょう。今政権側はホムス周辺を包囲しているし、一気に殲滅しようとすれば、可能と言えば可能なはず。だが、殲滅を行えばますます外国からの干渉や圧力を受けるので、それもできない。個人的には、バシャール・アサドそのものはそんな悪党とか独裁者というイメージではないが(おそらくアサド本人は周囲の側近達の操り人形ではないか)、しかしここまで国土を荒廃させてしまった以上、やはり彼は責任をとるべきです。

 そして、今のシリアの姿が遅かれ早かれ将来の中国の姿だと私は見ている。内戦こそ起きていないものの、チベットや東トルキスタンでは暴動が激化し、国の幹部は金を持って逃げ出す。今はまだバブル崩壊がはっきりとした形では見えにくいと言うだけで、とりあえず経済で国の命運をつないではいるものの、もし経済破綻がごまかせない段階にまで来たら、必ずシリアやエジプトのような末路を迎えることでしょう。

No title

>2012-02-24 09:16 | ぽぽ様

>元々中国に、共産主義が根付きやすい要素はあったのだと考えれば、あの毛沢東が政権を取れたのも必然だったのかも知れません。

私もそう思います。毛沢東は農民を支持層にし、農民を使って国をとりましたが、一番犠牲になったのは農民です。何も考えずに毛沢東を支持した結果ですね。

>中国はよく日本を研究している。今だってバブルのハードランディングを防ぐべく、徹底的に日本の過去の失敗を分析しておりますからね。パクリ、コネ、個人主義、これが中国のすべてです。

中国の思想は、ゼロサムであり、どこからか盗ってきてその分相手より大きくなればよいと言うこと。全体を増やして自分が相手に勝るという考え方がありません。すなわち、中国の台頭は、世界の資産を食いつぶす一方と言うことです。

> そして、コネによる偽りの社会もいよいよ衰退期に入ったというわけですか。

取り合うにしてもその取り合うものが無くなってきたと言うことでしょうか。今後内需経済に向かうとのことですが、金も技術もなければ内需のおきようがないのです。唯で働く人間もいないし、インフラは天から降ってきません。他国から盗むしかないんです。


> 衰退期というか、元々こんな民族ですから、本当の意味での愛国心なんぞ持っていないでしょう。せいぜい身内や一族のことしか考えない。

彼らに国家観など有りません。私利私欲の対象が国です。
>
> 中国の崩壊は時間の問題と見ているが、そのモデルとなり得るのはおそらくシリア・アサド政権ですね。

そうでしょうね。

>今はまだバブル崩壊がはっきりとした形では見えにくいと言うだけで、とりあえず経済で国の命運をつないではいるものの、もし経済破綻がごまかせない段階にまで来たら、必ずシリアやエジプトのような末路を迎えることでしょう。

すでにその兆候は大きく見えていますが、隠すのに必死ですね。

中国人とは?

> たかおじさん様、

お久し振りです。 安全保障のテーマに対するコメントを終えてから、原発問題や死刑制度などの御主張に対しても少々コメントしようかなと思いながら、チョッと忙しくしていて出来ませんでした。

それで、中国論になりましたので、もう少しバックボーンを深める機会でもあるかな? と思い小生も少し述べさせていただこうかと考えた次第です。

さて、たかおじさん様が中国の方々と付き合う機会がどの程度お持ちなのか分かりませんが、面子の問題で苦労されたのではとお察し致します。 小生もビジネスや普段の生活での付き合いを多少経験しましたので面子の厄介さは知っております。

...一般に中国人は議論好き(日本人比、私の感覚では)に思え、自分と違った意見に対する論争についてフランクな態度を取るように思いますし、昔の時代と違って、普段のやり取りでは、そう面子の問題に至るケースは少ないように思います。但し、中国人との付き合い方(中国人同士がそうであるように)を心得、中国の役人や企業の幹部が態度を変える際に何を考えるかを理解して付き合った場合ですが。

ですので、自説への固執を単純に面子の問題とするのではなく日本人からは見え難い裏側にある理由、つまり単なる体面を越える何らかの利害が絡む状況をキチンと捉えた上で論ずるべきと考えます。

先ず、最初に想定するケースは、役人や国営企業の幹部は党の指導、個人商店や私企業の場合は公安の指導のためです。ですので、大勢の前では明らかに間違っていても自説を訂正しないと。

次に想定されるケースは、当人の対人影響力に係わる場合です。この場合も、大勢の前では自説の訂正をしません。...これを避ける方法のひとつとして、相手が自説を述べきる前にチョッと水を差し、断定する前に色々な考えを比較して論ずる方向に追いやるとか...。

で、その次が「自説の訂正をする・しない」ではなく、ホントの面子の問題です。一番、大事なのが当人の信用に係わる場合で、例えば紹介された人を裏切るとか、紹介した人が役に立たないとか、つまり中国で生き抜く上で大事な コネ を毀損してしまう場合です。

最後に日本人が一般的に思う面子、つまり直接の利害ではなく体面を保つに近いのは 避諱 という概念でしょうか。 下記の RETI の研究員の考察が参考になるかと思います。

http://toueironsetsu.web.fc2.com/Column/2005/c20050328.htm

しかし、この 避諱 についても薄れつつあると見られます。特に、小平氏が「実事求是」を掲げ華国鋒氏の「二つのすべて」を打ち負かしてから、文化大革命の批判への道が開けて今に至っていると。

そして、今だに天安門事件の見直しが行われないのは、小平氏批判につながる為ではなく、現行の寡頭制政治(集団指導体制)を維持するためと見られ、個人崇拝からは抜け出しつつあると考えて良いでしょう。

ですので、中国人は面子を大事にする為、社会体制が進歩しないというのは、見くびりではないかと考える次第です。中国社会は遅れており庶民も国を進歩させる程の啓蒙がなされていないとしても、中国の指導層は面子などには拘らず、狡猾に外交政策を進めて来ると見るべきでしょう。

つまり、日本は中国政府の言う面子の裏側をしっかりと見据え、それを上回る戦略を立てて臨むべきと。

中国人とは?

> 2012-02-26 03:10 | ムフフ様、


>それで、中国論になりましたので、もう少しバックボーンを深める機会でもあるかな? と思い小生も少し述べさせていただこうかと考えた次第です。

>ですので、大勢の前では明らかに間違っていても自説を訂正しないと。


>相手が自説を述べきる前にチョッと水を差し、断定する前に色々な考えを比較して論ずる方向に追いやるとか...。
>
>例えば紹介された人を裏切るとか、紹介した人が役に立たないとか、つまり中国で生き抜く上で大事な コネ を毀損してしまう場合です。
>
>最後に日本人が一般的に思う面子、つまり直接の利害ではなく体面を保つに近いのは 避諱 という概念でしょうか。 下記の RETI の研究員の考察が参考になるかと思います。
>
>http://toueironsetsu.web.fc2.com/Column/2005/c20050328.htm

林思雲氏の論文は、以前日本語と中国語の交流について紹介したことがありますが、極めてわかりやすいきちんとした説明をする人だと思っております。今回の考察も同様ですが、結局は自分のためだけではない嘘を付く、国家を守るため、誰かを守るために嘘を付く、真実に重きを置かないというのは、私も認識しております。医者が患者に嘘を言う家族に真実を指摘しないようなものです。

また、彼らにとって真実では腹はふくれず、面子で即ちこの場合はコネを守ることで腹をふくらませるわけです。

面子とはこのようなことも全て含んでいます。

日本でも同じようなことはありますが、基本的に真実を明らかにすることが結果として利益になるとの考え方に立っています。日本でも面子はありますし、どうでも良いことで、或いは真実を告げることで状況が悪いときは中国人と同じことをするでしょう。西欧にもそれはあります。英語でもloose faceと言うフレーズはちゃんとありますしね。

ただ、中国人の面子の最大の特徴は、真実のためではなく利益のために嘘を付くことです。その場で損をしても、真実を明らかにした方が後々利益になると言う考え方がないようです。

したがって、中国人に間違いを指摘する場合は、人のいないところで本人に気づかせる方法で指摘するのがよく、正面からあれは間違っているというより、このやり方を検討してみてはどうか、の様な言い方をしますね。是、我要研究去、回見と言うことになるのでしょう。

>ですので、中国人は面子を大事にする為、社会体制が進歩しないというのは、見くびりではないかと考える次第です。

なぜ、千年前から変わらなかったのでしょう。この30年で急に変わったでしょうか。

>中国の指導層は面子などには拘らず、狡猾に外交政策を進めて来ると見るべきでしょう。

そうでしょうか。中国の外交は極めて稚拙であり、方々で行き詰まっているからこそ、力に頼るしかない面があるのではないですか?

>つまり、日本は中国政府の言う面子の裏側をしっかりと見据え、それを上回る戦略を立てて臨むべきと。

いずれにせよ、今の日本では全く無理です。国民がそれを求めないので政治家が必要を感じないからでしょう。

ただ、一つ不思議なことは、日本が極めて長期間の間に結果として勝ち残っていることが非常に多いことです。それはアメリカに支配されているかのように思えても、アメリカのような混乱も不正も日本には無いという事実があります。

日本を見くびっていたのではないかとの記事を先日紹介しましたが、日本の失われた20年の間に、実は日本は大変な進歩を遂げているという内容でしたね。

http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=53909
日本問題専門家が語る、「誰も知らない1.8個分の日本」―中国紙

本当にずるがしこいのは日本ではないかと思うこともありますが、まさかねぇ・・・

そうですが...

> たかおじさん様、

レスポンス、ありがとうございました。 

で、林思雲氏に注目なさっていたとの事、何よりです。私は、RIETI(独立行政法人・経済産業研究所)での色々なペーパーを読みまして、いわゆる中華思想のバイアスがあまり掛かっていない方と見ておりました。それで、

> なぜ、千年前から変わらなかったのでしょう。この30年で急に変わったでしょうか。

との反語形の御意見、ご尤もとは思いますが、ここ30年で少しずつ変わりつつ有る中国の姿は認めても良いのではないでしょうか? もちろん、中国社会の進歩に充分資するほどの変化と云う意味ではありませんが。

それと、私が書いた「...見くびりではないか」については、チョッと拙い表現だったようで、もう一度キチンと書く事とします。

現代の中国人は、面子の為に事実を認めず誤りを押し通すという態度を全ての場面で通す程に愚かではないと見ます。(=その様に見くびってはイケナイ。社会体制が進歩しないのは別な所に原因が有る) 極論にて表現しますと、愚かではないが小賢しいと

社会や物事に対する真摯な考えや姿勢が薄い為、進歩や発展の方向に向わないと。

例えば、自由貿易や市場経済を維持する役割責任は殆ど考えておらず、世界の主要国が中国の様な振る舞いをしたら、自由貿易および市場経済とも直ぐ破綻してしまうことを知りながら当面の国益に走っている。...破綻? そうなったらそうで、それに対して自国の利益を得る新しい対応をすれば良いと考えている。

これは、将に今の中国共産党指導部(既得権益者の代表?)の国民に対する姿勢でしょう。

また、ロシアと比較してみますと、その特徴が良く把握できるかと考えます。 ロシアも社会体制の進歩に難を抱え、しかも国民が必ずしもその進歩を望んでいないと。

それから、

> そうでしょうか。中国の外交は極めて稚拙であり、方々で行き詰まっているからこそ、力に頼るしかない面があるのではないですか?

との御指摘、確かに昨今の周辺国に対する対応等の稚拙としか言えない部分もありますが、国連から台湾を追い出して天安門事件からWTOに加盟するまでの外交政策の成果は認められるものと考えます。 もちろん、アングロサクソンの狡猾さとは較べるべくも有りませんが。

日本に接近して経済発展の糸口を掴み、ロシアとの領土問題に一段落を付け、北朝鮮を利用しながら極東のヘゲモニーを狙い、経済発展の成果を既得権益者で分けるだけではなく次のステップを狙い、忘れず軍備増強に振り向けると。(その間、日本は)

社会的不正が法律ではなく既得権益者の利害で決まり、その既得権者の代表による寡頭制政治が太子党のような世襲制になって行く中国社会、これは面子などではなく、もっと本質的部分の腐敗が蔓延していると見るべきでしょう。

そうですが...

>2012-02-27 17:57 | ムフフ様、


>で、林思雲氏に注目なさっていたとの事、何よりです。私は、RIETI(独立行政法人・経済産業研究所)での色々なペーパーを読みまして、いわゆる中華思想のバイアスがあまり掛かっていない方と見ておりました。

私もそう思います。

>との反語形の御意見、ご尤もとは思いますが、ここ30年で少しずつ変わりつつ有る中国の姿は認めても良いのではないでしょうか? 

当然ながら1000年間変わっていないとは言いながら、むろん生活様式や西欧からの影響もあるのですから少しずつは変わっているでしょう。ですが、本質が変わっていないと言うことです。確かに、30年間で中国人も中国も少しは変わったのでしょうが、本質が1000年間変わっていないと言うことです。

>現代の中国人は、面子の為に事実を認めず誤りを押し通すという態度を全ての場面で通す程に愚かではないと見ます。(=その様に見くびってはイケナイ。社会体制が進歩しないのは別な所に原因が有る) 極論にて表現しますと、愚かではないが小賢しいと

おそらく、愚かの定義が違うのだと思いますが、愚か故に小賢しいと考えています。愚か故に、目先の利益しか観ることが出来ない、愚か故に、不正も不正義も今の自分の利益に反しないなら気にしない、と考えています。
>
>との御指摘、確かに昨今の周辺国に対する対応等の稚拙としか言えない部分もありますが、国連から台湾を追い出して天安門事件からWTOに加盟するまでの外交政策の成果は認められるものと考えます。 もちろん、アングロサクソンの狡猾さとは較べるべくも有りませんが。

すべて、力によるものですよ。それはやはり力の信奉者であるアメリカが、後先を考えず、巨大な国土に巨大な人口を有する中国人が世界中に進出している現状を無視は出来ず、一方、台湾は世界から除外しても影響がないと考えたからです。

>日本に接近して経済発展の糸口を掴み、ロシアとの領土問題に一段落を付け、北朝鮮を利用しながら極東のヘゲモニーを狙い、経済発展の成果を既得権益者で分けるだけではなく次のステップを狙い、忘れず軍備増強に振り向けると。(その間、日本は)

これもまた力の論理そのものではないですか。ロシアやアメリカと戦争は出来ない、でも日本はどうにでもなる。
>
>社会的不正が法律ではなく既得権益者の利害で決まり、その既得権者の代表による寡頭制政治が太子党のような世襲制になって行く中国社会、これは面子などではなく、もっと本質的部分の腐敗が蔓延していると見るべきでしょう。

最終的にこの腐敗が中国を倒すと見ています。それに手をこまねいている中国を愚かと表するのは私には他に言葉がないからです。あえていうなら、見くびってはならないのは、この中国の愚かさです。愚か故の暴発を見くびるべきではなく、愚か者を押さえつけるのは論理ではなく理性でもなく、力のみだとの理解を日本人が持つべきだと考えるのはそのためです。

No title

 おそらく対外的なものだとは思うが、多分シリア・アサド政権の「憲法改正(表向き)」を参考にしたアピールではないかと思います。今までもたびたび政治改革の話が出てきたが、実行された試しはありません。したくてもできないというのが本音でしょうが。

http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=59069

 シリア・アサド政権も形の上では「複数政党制を容認し、大統領職を2期に限定する」と憲法改正しておりますので、これに便乗したような形での体外アピールである可能性が高いですね。もっとも、シリアはこの憲法改正を機に民主化をアピールする一方で、反体制派に対してはテロリスト殲滅の名目の元攻撃を激化することでしょうから、状況はほとんど変化がなく膠着状態と言ったところでしょう。

No title

>2012-02-28 12:50 | ぽぽ様

> おそらく対外的なものだとは思うが、多分シリア・アサド政権の「憲法改正(表向き)」を参考にしたアピールではないかと思います。今までもたびたび政治改革の話が出てきたが、実行された試しはありません。したくてもできないというのが本音でしょうが。

中国はアドバルーンだけです。したくても、と言うよりしたいなどと思ってないと思いますよ。下手にいじると元も子もなくなります。

> シリア・アサド政権も形の上では「複数政党制を容認し、大統領職を2期に限定する」と憲法改正しておりますので、これに便乗したような形での体外アピールである可能性が高いですね。

基本的に、独裁政権には選択肢がありません。それは改革が始まった途端に、政権がひっくり返りかねず、政権がひっくり返ればそれまで政権についていた人間が無事では済みません。また、独裁しか知らない国民は、独裁者を取り除いても次の独裁者を迎えます。

ロシアが良い例ですよ。独裁は、国民の側にもその受け容れ体質があるのであり、中国も全くそのままです。見かけだけは変えますが、本質は中国人が中国人である限り絶対に変わりません。政府も国民もです。

アラブの春で政体が変わった国が幾つか有りますが、おそらく元の木阿弥になると思います。民主化は国民が作る物。しかし、国民は民主主義を知りません。かつてのイランがそうでしたね。パーレビ体制を倒して、作り上げたのは宗教による独裁でした。

とりあえず、このテーマの最後に

> たかおじさん様、

再度のレスポンス、ありがとうございました。

まぁ、たかおじさん様と小生との間には、そう大きい違いが無く、どの方向から光を当てて表現しているかの差違が大半とは思います。 それでも、差違が有りそうな所について色々と御考えを伺う事はプラスになると考えまして、暫し続けたいかなと。

それで、差異がない部分につきまして記しますと

> おそらく、愚かの定義が違うのだと思いますが...

との事、確かにそうですね。私が使う「愚か」は 暗愚 に近い意味ですね。もちろん、たかおじさん様が使う 本質を解さない者、それに向わない者 として「愚か」もその通りです。で、他には

> 最終的にこの腐敗が中国を倒すと見ています。...
> ...力のみだとの理解を日本人が持つべきだと考える...

は、私もその通り考えます。 但し、「力のみだと」の部分は中国に限らず、国際社会の現実と解すべきと考えます。

ですから、中国の狡猾さも力を背景としているのも当然ですし、朝鮮戦争から核保有と軍事力を強化しベトナム戦争のチャンスに乗じて国連の常任理事国に至ったのは、軍備援助を受けていたソ連の属国化を避けたのは、なかなかの舵取りと見るべきでしょう。
...ソ連にも米国にもメリットが有る事に付け込んでうまく立ち回った?

それで、主要国といわれる国々は軍事力・経済力を背景に国際交渉をしており、そうでない国々は資源や地政学上の位置を利用しながら交渉すると。 そして、何も持たない第三世界の国々、バングラデシュ等の国々は、ただ国際援助を期待するのみと。

中国について言えば、軍事力を背景としない人口や過去の歴史を資源としての国際交渉もしたたかに行っています。... トウ小平氏が近代化の手本として日本を選び歴史的経緯を利用してノウハウの開示を得て来料加工から進料加工への開放路線を進め、次に天安門事件の後は天皇訪中を利用して国内市場規模の 可能性 or 期待 にて海外からの投資を募ると。

その上で、

> 確かに、30年間で中国人も中国も少しは変わったのでしょうが、本質が1000年間変わっていないと言うことです。

は、一つの真実ではありますが、トウ小平氏、胡耀邦氏、朱鎔基氏他と自己と一族の利害を優先させず中国全体を考える指導者が出て来ている事実にも目を向けるべきです。

但し、後継者選びと集団指導体制の確立に失敗し、江沢民と上海派閥の台頭を招いた為、ここ十数年は中国衰退の基礎を作っている様なものと見ますが。

→ イデオロギーの代りに「反日」を正統性の拠りどころにし、権力闘争による分裂の回避の為に民主化ではなく既得権益に拠る経済的利得の共有を進めてしまったと。 これが、文化大革命によって社会の絆を 破壊してしまった事と相まって、深刻な社会の腐敗を招いてしまったと見ております。 それこそ、一世紀前に必要とされた 階級闘争 がまた必要になったと。

一方、日本の方もうまくやって来たと手放しで喜べる状態ではないと見ます。 多田彰矢氏の述べる 総括 が必要となっていると私も感じる次第です。

[宮崎正弘氏のニュース]
http://melma.com/backnumber_45206_5499469/
 
お手数ですが、多田氏の論は上記を参照いただければと。

追伸です

> たかおじさん様、ぽぽ殿

追伸ですが、「政治改革」の件、党機関紙から人民日報までが記事にする場合は、極めて強い政治的意図が有る場合に限られます。

で、この報道?を管轄する李長春(政治局常務委員・宣伝・イデオロギー担当)の意志、或いは同意によるものと考えられ、温家宝首相の唱える政治改革がそっぽを向かれている状況と合わせて考えると、政治闘争の前触れと見るのが妥当な見方でしょう。

そして、李長春が江派で温家宝首相が団派の取巻きで、王立軍の事件から薄煕来の処遇が取り沙汰されている現況からは、単に当人の失脚に止まらず、江派と団派による太子党の棚上げまでもが可能性として考えられます。

もちろん、単に団派が太子党を押切って薄煕来を閑職に追いやって汪洋を常務委員に据えるだけの場合も有り得ます。

まぁ、薄煕来は習近平と近いですが、必ずしも助け合うとは限らず、その父の薄一波は胡耀邦氏失脚の事件にて胡錦濤と温家宝から恨みを買っていますし、打黒はともかく唱紅で上海一派から煙たがられていましたから。

いずれにせよ、江派や団派や太子党までもが既得権益の擁護者で、党や政府の腐敗に対して強い姿勢を取れないところが、トウ小平氏や朱鎔基氏や胡耀邦氏と決定的に違います。

とりあえず、このテーマの最後に

>2012-02-28 16:23 | ムフフ様、


>との事、確かにそうですね。
で、他には

>は、私もその通り考えます。 但し、「力のみだと」の部分は中国に限らず、国際社会の現実と解すべきと考えます。

それは常識であり、私も常にそのように言っておりますが、中国やロシアにおいては、それしかないと言うことです。

>乗じて国連の常任理事国に至ったのは、軍備援助を受けていたソ連の属国化を避けたのは、なかなかの舵取りと見るべきでしょう。

>...ソ連にも米国にもメリットが有る事に付け込んでうまく立ち回った?

たしかに。しかし、当時中国がそのように出来たのは、歴史上でも希な倫理観を全く欠いたニクソン、キッシンジャーの存在があったからです。彼らの計算は単にソ連に対する牽制として中国を使っただけであり、中国がいずれアメリカに挑戦するなどとは思っていなかった、中国などアメリカの手駒に過ぎないと思っていたことによると思います。

アメリカは歴史上何度もこのような失敗を繰り返しています。タリバンを生み出し、アルカイダを生み出し、イランの今の体制を作り上げたのも元はと言えばアメリカのやったことです。

今の中国を育てたのもアメリカです。アメリカもまた長期的視野を持てない力の大国ということですね。中国は意図してもしなくても、結局アメリカに利用される形で今の形になったと言うことですね。
>
>それで、主要国といわれる国々は軍事力・経済力を背景に国際交渉をしており、そうでない国々は資源や地政学上の位置を利用しながら交渉すると。 そして、何も持たない第三世界の国々、バングラデシュ等の国々は、ただ国際援助を期待するのみと。
>
>中国について言えば、軍事力を背景としない人口や過去の歴史を資源としての国際交渉もしたたかに行っています。... トウ小平氏が近代化の手本として日本を選び歴史的経緯を利用してノウハウの開示を得て来料加工から進料加工への開放路線を進め、次に天安門事件の後は天皇訪中を利用して国内市場規模の 可能性 or 期待 にて海外からの投資を募ると。

>は、一つの真実ではありますが、トウ小平氏、胡耀邦氏、朱鎔基氏他と自己と一族の利害を優先させず中国全体を考える指導者が出て来ている事実にも目を向けるべきです。

いえ、それなら、古代から国のために一身を捨てた忠臣とされる人々は過去にも大勢いますよ。どうして、たとえば孫文は残れなかったのですか?
>
>但し、後継者選びと集団指導体制の確立に失敗し、江沢民と上海派閥の台頭を招いた為、ここ十数年は中国衰退の基礎を作っている様なものと見ますが。

結局、太子党が江沢民を押しているからですよ。

>→ イデオロギーの代りに「反日」を正統性の拠りどころにし、権力闘争による分裂の回避の為に民主化ではなく既得権益に拠る経済的利得の共有を進めてしまったと。

これを愚かと評します。結局、自分でコントロールできない体制を作りだしてしまったと言うことです。

>一方、日本の方もうまくやって来たと手放しで喜べる状態ではないと見ます。 多田彰矢氏の述べる 総括 が必要となっていると私も感じる次第です。

むろん、日本が上手くやってきた、との私の言葉に?がついているのはご覧になったでしょうね。

追伸です

>2012-02-28 17:22 | ムフフ様

>で、この報道?を管轄する李長春(政治局常務委員・宣伝・イデオロギー担当)の意志、或いは同意によるものと考えられ、温家宝首相の唱える政治改革がそっぽを向かれている状況と合わせて考えると、政治闘争の前触れと見るのが妥当な見方でしょう。

それはあり得るでしょうね。

>いずれにせよ、江派や団派や太子党までもが既得権益の擁護者で、党や政府の腐敗に対して強い姿勢を取れないところが、トウ小平氏や朱鎔基氏や胡耀邦氏と決定的に違います。
要は、中国は血を流さないと政治一つできず、そしてその際にまた暴発の危険が増すと言うことですよ。

またまた、追記を

> たかおじさん様、

レスポンス、ありがとうございます。 たぶん、そんな事にはならないのではと思うのですが、相互理解を進める為のフォローUPの追記を致します。 それで、

> それは常識であり、私も常にそのように言っておりますが、中国やロシアにおいては、それしかないと言うことです。

これは、米国においてもそうですよね。 英国や仏国なんかは軍事力に頼れないから、狡猾に仕掛けますが。

> アメリカは歴史上何度もこのような失敗を繰り返しています。

これは、将にその通りで、倫理観を全く欠いたニクソン、キッシンジャーとならび、純朴で愚かなブッシュJr と狡猾で愚かなチェイニーも米国の敵を作り出した言えるでしょう。
但し、これらの米国外交政策の裏に、英米中心主義者と多極主義者の主導権争いが有るとの見方(田中宇氏)に留意すべきでしょう。

それと、

> ...私の言葉に?がついているのはご覧になったでしょうね。

につきましては、すみません、「?」は見落としておりましたが、小生が記しましたような「手放しで喜べる状態ではない」と同様の是々非々の見方をお持ちである事は理解しております。

さて、最後となりますが、次の疑問形で水を向けられた点について小生の考えを述べる事と致します。

> ...古代から国のために一身を捨てた忠臣とされる人々は過去にも大勢いますよ。どうして、たとえば孫文は残れなかったのですか?

孫文が辿った道は御存知と思いますので詳細は省きますが、既に外国からの干渉を強く受けていた当時の中国では愛国心のみでは残れず有力な後継者を得ることができなかったためと考えます。

それは、色々な勢力を共存させてしまい統一には長い時間が掛かる中国の国土の広さ(全土を統一した王朝は僅か)、政治的・軍事的に弱体な段階で近代国家となった強国の強い干渉(侵略?)を受けてしまった事が原因と考えます。

孫文=特定のイデオロギーを持たず明治維新を手本に親日、但し後に距離を置くと 蒋介石=反共で米国がバックに 毛沢東=共産主義でソ連がバックに

結局、満州を背景とした日本と南京政府を傀儡と狙う米国と共産党を支援するソ連とが三つ巴になり、地方軍閥(最大は東北王?)との内戦状態に至って、謀略・諜略と戦闘を繰り返した後に今に至ったと。

日本でも明治維新に至るまで、吉田松陰や坂本龍馬のように残れなかった多くの愛国者、内戦に至った榎本武揚、西郷隆盛らの人物、大久保利通、山県有朋、伊藤博文、井上馨、板垣退助他、数多くの一級(特級?)の人物が輩出し、協力と対立を越えて国家の近代化への転換ができたものと考えます。

中国も同様に、曽国藩から李鴻章を始めとして外国からの干渉を受けて立ち、国の近代化へ向けて立ち上がった人物が多く出たが、なかなか思う通りに進まなかったと見るべきでしょう。 それでも国共合作により日本を追い出しながら、米国やソ連属国にならなかったのは、立派なものと考えます。

その頃の人物は、今の江沢民や胡錦濤と違って、大物だったと。例えば、日本軍への感謝を公式の席上で表明した毛沢東、日本人記者のインタビューで南京事件を否定した蒋介石、侵略(中国にとっては)国に頭を下げて手本とした孫文やトウ小平はどうでしょうか。もちろん、国家の統一を最優先とした為、国民の生活から啓蒙までもが犠牲や後回しされた強権政治の責任は逃れられませんが。

先の大戦で豪国シドニー港を攻撃した松尾中佐の勇気を顕彰した豪国グールド司令官、その記念碑を立てた豪国海軍と同じように、我々日本人も真っ当に国に尽くした中国人は評価すべきと考えます。

文化大革命や天安門事件で躓かなければ、たかおじさん様の指摘する中国人の性質も変わって行くチャンスが有ったかと想像致しますし、それを嘆いている中国人の存在も下記の通り居ますことを御記憶下さい。

「朱鎔基の慨嘆」 by 矢吹晋 をどうぞ。 この中で、狼は元国務委員の陳希同、虎はそれよりも大物ですから江沢民?

http://www.21ccs.jp/china_watching/DirectorsWatching_YABUKI/Directors_watching_10.html

そうそう、南京事件にしろ従軍慰安婦にしろ、中国が仕掛けて来るのは反日・日本人が有ってこそと。尤も、そこに付けこもうとする江沢民や胡錦濤は目先しか考えない小物と言えますが。

またまた、追記を

>2012-02-29 12:21 | ムフフ 様、

>これは、米国においてもそうですよね。 英国や仏国なんかは軍事力に頼れないから、狡猾に仕掛けますが。

世界は力の論理で動いている、これは常識であり、日本人が知らないだけです。当然、米国も英仏もそうですよ。どれだけ、露骨にそれを表に出すかですが。その点において、中ロは米国よりも露骨だと言うこと、それしかないと言うことです。


>につきましては、すみません、「?」は見落としておりましたが、小生が記しましたような「手放しで喜べる状態ではない」と同様の是々非々の見方をお持ちである事は理解しております。

国家の興亡が記されるようになっておよそ2000年ですが、その間に世界の覇者は頻繁に変わっており、アメリカが覇者になったのは精々70年間、西欧は精々200年。それぞれ、すでに衰亡の兆しが顕著です。中国は、古代から前近代にかけて、まさしく覇者だったと思います。匹敵するのはもっと寿命の短かったローマやペルシャくらいでしょうか。ただし、当時の世界の範囲は現在ほど広大ではなかったし、時の経過もゆっくりだったのですが。

とすると、現代の広大な世界で、時の巡りもめまぐるしいこの時代、戦前から戦後にかけて、一時期を除いて確かに日本は覇者ではなかったものの常に覇者グループにいましたよ。そして、今も問題を抱えていながらそれでも近い将来日本がどうこうなる兆しはありません。

むろん、世界の軍事バランスの大きな乱れや中ロの暴発などの危険はありますが、それは特に日本だけの問題ではありませんし。ただ、この面で日本が脆弱であるのは否定できませんね。

このように見ると、日本の政治が三流でも、結果は日本が?付きながら、勝ち組であり続けているのではないかとも見えるわけです。?付きなのは、どうしてそうなのかがよく分からん、という点にあります。

>孫文が辿った道は御存知と思いますので詳細は省きますが、既に外国からの干渉を強く受けていた当時の中国では愛国心のみでは残れず有力な後継者を得ることができなかったためと考えます。
>
>それは、色々な勢力を共存させてしまい統一には長い時間が掛かる中国の国土の広さ(全土を統一した王朝は僅か)、政治的・軍事的に弱体な段階で近代国家となった強国の強い干渉(侵略?)を受けてしまった事が原因と考えます。

孫文の最大の敗因は、彼が中国人を理解していなかったことでしょうね。毛沢東はそれを知悉していたわけで、本当のところ共産主義でも何でもなかったのです。

また孫文自身が、自分で共産党を引き入れ、内部から食い破られるているにも拘わらず、自身が共産党を引き入れた過ちを面子にこだわり認めなかったことが主因でしょうね。つまり孫文の敗因は、中国人であり、そして所詮書生に過ぎなかったと言うことでしょうね。理想は理想、しかし、中国人を知らなかったことが致命傷だったと思っています。

>中国も同様に、曽国藩から李鴻章を始めとして外国からの干渉を受けて立ち、国の近代化へ向けて立ち上がった人物が多く出たが、なかなか思う通りに進まなかったと見るべきでしょう。 それでも国共合作により日本を追い出しながら、米国やソ連属国にならなかったのは、立派なものと考えます。

その代わり、最も悲惨な解放軍の隷属国家になりましたが。

>その頃の人物は、今の江沢民や胡錦濤と違って、大物だったと。

毛沢東も蒋介石も、戦後は共に日本融和策を模索していたと思います。その方が中国にとっては実質どれだけ有益だったかは推測ですが、少なくとも中国の発展はもっと自然で豊かなものになったはず。やはり中国人故の中華思想や共産党政権の維持のためには、反日憎悪思想が一番執りやすい方法だったのでしょうね。そこが彼らの一番の愚かしさだと思いますね。彼らは結局日本人を全く理解していなかったし、理解しようともしなかった。それは孫文でさえそうだと思いますよ。

>先の大戦で豪国シドニー港を攻撃した松尾中佐の勇気を顕彰した豪国グールド司令官、その記念碑を立てた豪国海軍と同じように、我々日本人も真っ当に国に尽くした中国人は評価すべきと考えます。

それは当然そうです。オーストラリアが長きに渡って白豪主義に毒されていたにしても、未だにその影響をぬぐいきれずに国家が停滞していることも併せて、オーストラリアの自ら変わろうとする姿勢は評価できます。←話がずれてます。

むろん、まっとうな中国人は評価しますよ。誰も彼も掘原も曹操も評価はするけれど、中国という国家に対する批判は批判です。それに、歴史上の人物の評価は難しいもので、周恩来なども日本では人気がありますが、本当にそれにふさわしい人物だったかどうかなどは分かりません。
>
>文化大革命や天安門事件で躓かなければ、たかおじさん様の指摘する中国人の性質も変わって行くチャンスが有ったかと想像致しますし、それを嘆いている中国人の存在も下記の通り居ますことを御記憶下さい。

むろんそれを嘆いている中国人の存在も存じています。でも結果は結果です。チャンスを生かせなかったのです。またあれで中国が変わったとしても、望ましく変わっただろうとは思えません。原爆投下を嘆いているアメリカ人と同じですよ。

シロアリじゃあるまいし、いろいろな人間が何処にもいます。しかし、国家として、概念としてその国民はと言っているわけでして。

>そうそう、南京事件にしろ従軍慰安婦にしろ、中国が仕掛けて来るのは反日・日本人が有ってこそと。尤も、そこに付けこもうとする江沢民や胡錦濤は目先しか考えない小物と言えますが。

ただ、どうしてかくも多くの反日日本人が居るのか。まあ、日本社会が寛容だからでしょうね。反中中国人は発言できませんし、親日韓国人も同じです。そもそも存在が知られたら生きてゆけませんから。日本だと、反日日本人で飯が食えるんです。結構な国じゃないですか。反中や反韓では飯が食えません。私も反中、反韓で飯を食えればいいのですが。

No title

 うーん、なかなか痛いところをついていますが、それでも言っていることは事実でしょうね。確かに、我々は中国を表面でしか判断していない。

http://www.aisf.or.jp/sgra/active/sgra2012/post_429.php

 以下、引用

>日本の世論における中国に関する論評の中で、「共産党独裁」や「民主化」に対する見解、「民族問題」や「ネット世論」に対する見解などを見ると、どれ一つとっても本質からほど遠い傍論が多い。「中国共産党」やその統治能力に関してどれくらい知っているのか。ほとんど無知に等しいと言わざるを得ない。たとえば、「旧ソ連やリビアなど独裁国家が崩壊したから、中国の独裁も崩壊するだろう」という推論は全く中国の内部の実態を知らない議論に過ぎない。

筆者も「共産党独裁」はいずれ崩壊するか変質するだろうと推測している。しかし、中国の頭脳陣はソ連崩壊の歴史や原因を分析し尽くしている。1989年の「天安門事件」以来、または旧ソ連崩壊以来の中国の対外・対内政策は旧ソ連の教訓を深く認識した上でのものであることを、日本の「中国研究者」はどれくらい知っているだろうか。中国のトップ・リーダーたちは、もしかしたら世界で最も「民主化」していると言えるかもしれない。9人の政治局常務委員のなかでは序列はあっても絶対的なトップはいないのである。中国は独裁者がいない「独裁国家」であり、重大な国策は9人の認識が揃った時に初めて決定されるのである。

 引用終わり

 確かに、中国では国家主席ですら国のすべてを掌握しているわけではないと聞いたことがあります。また、集団指導体制であり、実質完全な個人独裁という形ではないことも知っております。この点では、確かに旧ソ連のスターリン体制やリビアのカダフィ政権とは異なるようです。ある意味シリア・アサド体制とも違いがあるかも知れません。そして、ある意味中国のトップクラスだけが「民主的なやり方を実践している」という(かなり皮肉が入っているが)話も聞いたことがあるます。

 おそらく中国共産党独裁は必ず崩壊するだろうが、単に経済や民族問題の観点だけから語られる中国崩壊論が果たして正しいのかどうか、一度精査する必要はあるかも知れません。

No title

>2012-03-01 12:14 | ぽぽ様

> うーん、なかなか痛いところをついていますが、それでも言っていることは事実でしょうね。確かに、我々は中国を表面でしか判断していない。

その我々とは誰を含むのかは分かりませんが、中国を心底理解している人間は、中国人を含めて居ないと思いますよ。日本という国をあなたは理解していますか?私には未だに不可解なことが非常にあります。

日本人の知的水準は決して低くはない、民度も高い、国家自体は安定し、経済でも技術でも各種文化でも歴史でも一流と言えるのに、どうして三流政権しか生まれないのか。どうして、あれだけ悲惨な目にあったアメリカに対し憎悪を持たないのか(嫌いな人間は多数居ますが)、どうして日教組が存続できたのか、どうして民主政権や党を未だに支持する人間が二桁もいるのか・・・

アメリカもヨーロッパも、実態をきちんと理解している人間など何処にもいません。私たちは全て自分というフィルターを通して相手を見ます。日本の立場で中国を見た場合、彼らの存在が日本にとって有益か有害かが、結局判断基準なのであり、彼らの国内状態が今後どうなるかはさしたる問題ではありません。

中国共産党の指導者が個人的に能力が高いのは事実でしょうが、(例外もたくさんあります)彼らの判断力、価値観が日本にとって、世界にとってどうかという視点は常に必要です。完全に理解してから判断するのでは間に合わないし、完全に理解など不可能です。

今、彼らが何をしているか、どうしようとしているかを見ることが最優先ではないのでしょうか。

彼らが旧ソ連や、シリア、リビアの轍を踏まないだろうことは当然でしょう。ではなめらかに民主化し、正常な国際メンバーに変容するのか。それは不可能です。理由は繰り返しませんが、私たちが判断すべきはそれではないのでしょうか。
>
> おそらく中国共産党独裁は必ず崩壊するだろうが、単に経済や民族問題の観点だけから語られる中国崩壊論が果たして正しいのかどうか、一度精査する必要はあるかも知れません。

しかし、いずれ崩壊するし、そしてその混乱に乗じて暴発がある可能性が高いのであれば、同じことですね。そして、経済や民族問題だけで崩壊するのではないでしょう。それらはきっかけであり、もともと中国の構造は最初から崩壊する要因無しでは成立し得なかった、つまり、人民を政府が支配する構造そのものに崩壊要因が内包されていたと言うことです。

むろん中国を理解するのは必要だとは思いますよ。

ゆるりと...。

> たかおじさん様

中国に関しまして、現状をどう見るか?はそうでもないのですが、歴史的な経緯については たかおじさん様と小生の間では、ものの見方の差異が大きいことが解りました。
まぁ、歴史観はその方その方の個性の反映なので差異が有るのは当然で、真実を捻じ曲げる様なこと(例:南京事件とか)がなければ、お互い参考にして差を埋める様な必要はないと考える次第です。

先ず、中国の近代国家建設について、

> その代わり、最も悲惨な解放軍の隷属国家になりましたが。

とは、手厳しい評ですね。 まぁ、これは中国特有のものではなく、集団農奴制とノーメンクラツーラのソ連と同様の道を辿ったとの見方が一般的ではないでしょうか。 また、東欧諸国のように属国化しなかった大きな要因としては地政学上の違いも有りますしね。...もし、ソ連コミンテルンが、当初、中国指導者として選んだ蒋介石に固執していたらどうなった事か...。

さて、孫文につきましても、

> 中国人であり、そして所詮書生に過ぎなかったと言うことでしょうね。理想は理想、しかし、中国人を知らなかったことが致命傷だったと思っています。

と手厳しい評ですね。しかしながら、私の方は孫文が嘆いて記した有名な一節、「外国の傍観者は、中国人をばらまかれた砂だという。その理由はどこにあるのか。中国の一般人民には、家族主義と宗族主義があるだけで、国族主義がないからであります。」を採用し、同胞?に対する理解はそれなりに有ったものと考えます。

それで、書生と切り捨てるお気持ちは理解しますが、理念(三民主義、但し一貫性は?)を拠りどころとして武力を持たない孫文は、軍事力持つ勢力のバランスの上に乗る立場であり、理念の実現に向けたしっかりした戦略や政策を持ち得える訳もなく、その場の情勢に流されていってしまったと。

確かに引き入れた共産党に中を食い荒らされ、軍人である蒋介石が党を握るに至ったのは、袁世凱との角逐により軍事力の必要性を強く認識していた為でしょう。...片腕の廖仲も亡くなってしまったし。

もっとも、明治維新と比較してみますと、孫文の役割は佐久間象山や吉田松陰みたいなものとなるのが妥当と思われ、孫文の意志を継いで近代国家建設に注力する指導者は老猫翁(トウ小平)まで待たなければならなかったのが中国の悲劇でしょう。 その前提となる国家統一に注力した蒋介石や毛沢東が中国独自発展?路線を取って近代化を遅らせたのは、孫文の影響力の無さといわゆる中華思想のせいではないかと見ます。

国を統一しても社会の近代化を行わなかった為、家族・宗族中心でコネ依存の社会にて市場経済に移行しようとした結果、この様な汚職・腐敗に満ちてしまったと見ます。 もちろん、人と人の絆を破壊した文化大革命がそれを加速させたのですが。

尤も、ソ連やロシアのノーメンクラツーラの非効率さと汚職・腐敗を見ますと、共産主義や社会主義のようなイデオロギーでは社会の近代化は困難と見るべきなのでしょうが。...暗愚の憲法学者?はともかく、頭の良いミズホたん何かは、とっくに気付いているのでしょうが。もちろん、代々木のメンバーは権力への挑戦が稼業と割り切っているでしょう。

その点、日本は戊辰戦争も早々に終わり、軍事力を持って核となった若いメンバー(武士)は世界情勢をよく捉え、近代化に注力したと。
やはり、天皇を軸とした国家観の存在、維新を進めたメンバーを庇護した先見の明がある旧勢力の中の存在(知識水準の高さ...中国で群雄割拠した軍閥との違い)、それと優れていると認識したものを速やかに取り入れる柔軟性と、日本の良い点が明治維新の成功を生んだと再認識させるものです。

その当時の中国は、54運動に示される一部民衆の愛国運動までは来たものの、国の近代化に強い意志を持つ指導者が得られなかったのは、ベースとなる民衆の教育水準の違いだったのでしょうか。 その次の世代の張学良、蒋経国、トウ小平に至ると近代国家建設の使命を認識するようになると。但し、国家が最優先で国民の生活までを思う所までにならないのは、ひと昔前の指導者ですね。

トウ小平以降、近代国家建設の指導者が出ない(消えてしまった)中国の将来的な低迷は避けられないだろうという一方、日本も日本人の特性が裏目に出ているマイナス面をどう乗り越えるのか、瀬戸際に来ていると思います。

幕末と同様に「事なかれ主義」が跋扈する社会、更に内向きな姿勢が自虐的な反日を生み、無条件でお上に頼るムラ社会が、反日日本人を許し官僚依存で公務員天国の行き過ぎを招いていると。

ゆるりと...。

>2012-03-01 15:10 | ムフフ様


>歴史的な経緯については たかおじさん様と小生の間では、ものの見方の差異が大きいことが解りました。

>まぁ、歴史観はその方その方の個性の反映なので差異が有るのは当然で、真実を捻じ曲げる様なこと(例:南京事件とか)がなければ、お互い参考にして差を埋める様な必要はないと考える次第です。

そう思います。過去のエントリーでも近代の中国の成立に就き5回ほどの連載で書いたことがありますが、その時点でかなりの史料を調べ直し、自分でイメージを作り上げた観があります。ただ、中国そのものについては、私は父親の影響もあり、幼い頃からかなり親しみは持っていましたので、その反動があるのかも知れませんね。かわいさ余って憎さ百倍、おのれ裏切り女が、って、経験、有りません?

>> その代わり、最も悲惨な解放軍の隷属国家になりましたが。
>
>とは、手厳しい評ですね。 まぁ、これは中国特有のものではなく、集団農奴制とノーメンクラツーラのソ連と同様の道を辿ったとの見方が一般的ではないでしょうか。

現在の世界の在り方、そして中国の在り方やアメリカや日本にさえ、ソ連の大きな影響があります。ただ、それぞれの影響の効果が、国毎の本来の資質や条件で大きく変わったのは当然です。ソ連が中国を手の内に入れたかったのは当然でしょうが、毛沢東がソ連を利用した結果になったのと、毛沢東自身は本当に共産主義者ではなかったと思っています。

というより、ソ連にも共産主義者なんか居なかったろうと思ってますが。

ロシアの成り立ちは、かつてのキプチャクハン国と版図がほとんど一致していますが、最初モスクワ公国として本当に小さな領主国家が、内部からキプチャクハン国を食い荒らして乗っ取った国です。ロシア人の本質は、毛沢東と変わりませんが、西欧との関わりが長いので価値観には中国と大きな違いがあります。つまり、ソ連では毛沢東を扱いきれなかったと言うことでしょうね。

蒋介石だったら・・似たような結果になると思いますよ。ただ、彼には人心を操る能力がなかったので、毛沢東の代わりにはならなかったでしょうね。

>さて、孫文につきましても、

>と手厳しい評ですね。しかしながら、私の方は孫文が嘆いて記した有名な一節、「外国の傍観者は、中国人をばらまかれた砂だという。その理由はどこにあるのか。中国の一般人民には、家族主義と宗族主義があるだけで、国族主義がないからであります。」を採用し、同胞?に対する理解はそれなりに有ったものと考えます。

はい、孫文については彼の思いは評価しますが、彼が評した砂粒を毛沢東は利用できたのです。孫文にはそれが出来なかったという結果は動かしがたいですよ。

>それで、書生と切り捨てるお気持ちは理解しますが、理念(三民主義、但し一貫性は?)を拠りどころとして武力を持たない孫文は、軍事力持つ勢力のバランスの上に乗る立場であり、理念の実現に向けたしっかりした戦略や政策を持ち得える訳もなく、その場の情勢に流されていってしまったと。

はい、書生ですね。中国をまとめるには力を把握しなければならない、力の前には中国人はひれ伏す、砂粒もまとまる。これは古代からの中国における鉄則です。ただ、砂粒だからまとまらないと嘆くのは彼が書生だったからです。中国人を知らなかったとしか言えませんね。

>確かに引き入れた共産党に中を食い荒らされ、軍人である蒋介石が党を握るに至ったのは、袁世凱との角逐により軍事力の必要性を強く認識していた為でしょう。...片腕の廖仲も亡くなってしまったし。

自分で軍事力を作り上げなければ、結局軍人に裏切られます。それも中国のみならず世界の歴史ではなかったでしょうか。例外は、軍事力を持たない朝廷が常に国家の中心に存在し続けている日本くらいのものと思っております。まあ、幕府は朝廷の軍事部門なんですが、その幕府が形はともかく常に朝廷の臣下であることを強調していたのは、世界では希有ですよ。ヨーロッパで辛うじてそのような例は見られますが。

>もっとも、明治維新と比較してみますと、孫文の役割は佐久間象山や吉田松陰みたいなものとなるのが妥当と思われ、孫文の意志を継いで近代国家建設に注力する指導者は老猫翁(トウ小平)まで待たなければならなかったのが中国の悲劇でしょう。

小平がどれだけ孫文を評価していたかは知りませんが、彼が中共の権力の私物化に器具を持っていたのはそう思います。やはり小平は優れた政治家でしたが、天安門を引きおこさざるを得なかったのは、理想では国はまとめられない、やはり力を把握しなければならないと痛感したからでしょう。

 その前提となる国家統一に注力した蒋介石や毛沢東が中国独自発展?路線を取って近代化を遅らせたのは、孫文の影響力の無さといわゆる中華思想のせいではないかと見ます。
当然そうですね。

>国を統一しても社会の近代化を行わなかった為、家族・宗族中心でコネ依存の社会にて市場経済に移行しようとした結果、この様な汚職・腐敗に満ちてしまったと見ます。 もちろん、人と人の絆を破壊した文化大革命がそれを加速させたのですが。

それもその通りですが、その根本原因は、権力を私物化すること以外の方法があると理解していなかったためでしょうね。今の中国も、たびたび私が言っているのは、平和とは中国が世界を全ての見込んでしまえば成立するので、謀略で取りこむあるいは力で排除すると言うだけの思考しかできないところに限界があります。異なる価値観との共存が出来ないのです。

>尤も、ソ連やロシアのノーメンクラツーラの非効率さと汚職・腐敗を見ますと、共産主義や社会主義のようなイデオロギーでは社会の近代化は困難と見るべきなのでしょうが。...暗愚の憲法学者?はともかく、頭の良いミズホたん何かは、とっくに気付いているのでしょうが。もちろん、代々木のメンバーは権力への挑戦が稼業と割り切っているでしょう。

ソ連やロシアも、権力は私物化が前提です。社会主義はそのために利用されただけであり、彼らが本当の共産主義者、社会主義者であったとは思えません。なにより、平等を破戒した連中です。

日本の左翼?単に馬鹿です。その馬鹿に踊らされる大馬鹿も文化人にはたくさん居ますが、権力の私物化路線はしっかりと持っていますね。

>日本の良い点が明治維新の成功を生んだと再認識させるものです。

結局は彼らは滅私奉公が出来たんですよ。ロシアや中国には到底理解の出来ない概念で、せっかく苦労して手に入れた権力を自分のために使わないなど、日本人はアホだろうと表居るんじゃないでしょうか。

>その当時の中国は、54運動に示される一部民衆の愛国運動までは来たものの、国の近代化に強い意志を持つ指導者が得られなかったのは、ベースとなる民衆の教育水準の違いだったのでしょうか。

それは当然そうです。日本の明治維新が成功したのは、日本人の教育レベルが世界でも突出していたからですね。事態を国民が理解していたのであり、中ロのように、どっかで戦争が始まって、いつの間にか御領主様が入れ替わったというのとは世界が違います。これは中世ヨーロッパでもそうですが。

 >その次の世代の張学良、蒋経国、トウ小平に至ると近代国家建設の使命を認識するようになると。但し、国家が最優先で国民の生活までを思う所までにならないのは、ひと昔前の指導者ですね。
 
 本当にそうだったかは分かりません。何しろそれが継承できていないし、現実に小平が禁止しようがどうしようが、太子党は着実に中国を私物化しつつあります。
>
>トウ小平以降、近代国家建設の指導者が出ない(消えてしまった)中国の将来的な低迷は避けられないだろうという一方、日本も日本人の特性が裏目に出ているマイナス面をどう乗り越えるのか、瀬戸際に来ていると思います。

その懸念はありますね。なにしろ、国防や地政学が政治の中に組み込まれないで、全く出鱈目な平和教育が票になるんですから。

>幕末と同様に「事なかれ主義」が跋扈する社会、更に内向きな姿勢が自虐的な反日を生み、無条件でお上に頼るムラ社会が、反日日本人を許し官僚依存で公務員天国の行き過ぎを招いていると。


ただ、60年の頃などは、社会党が大勢力で左翼が跳梁跋扈した時代です。現代はそこから見れば非常にまともになっています。振り子は常に左右に揺れていますので、日本がこのままポシャルとは思いませんが。

No title

>日本人の知的水準は決して低くはない、民度も高い、国家自体は安定し、経済でも技術でも各種文化でも歴史でも一流と言えるのに、どうして三流政権しか生まれないのか。どうして、あれだけ悲惨な目にあったアメリカに対し憎悪を持たないのか(嫌いな人間は多数居ますが)、どうして日教組が存続できたのか、どうして民主政権や党を未だに支持する人間が二桁もいるのか・・・

 指摘されてみればそうですねって、まだ民主党の支持者がそんなにいるのか(笑)。やることなすこと他の国では暴動どころかクーデター騒ぎになるようなことばかりですが……。

>もともと中国の構造は最初から崩壊する要因無しでは成立し得なかった、つまり、人民を政府が支配する構造そのものに崩壊要因が内包されていた

 持続可能性なんか全くないでしょうね。最初から周囲とつながれない砂粒の個人の集まりみたいな国ですから、とりあえず強権が必要というくらいのものだろうし。これが永続する道理はありません。最近では流石に胡錦濤ですら、中国共産党の指導は不変ではないし、永遠でもないと語っているとか。ただ今崩壊するのだけは勘弁してくれというのが本音でしょうか。

 さらに気になるニュース。これだと、さらなる民族浄化が進むことになる。

http://kinbricksnow.com/archives/51776476.html

 中国全土の漢民族化を行うってことでしょうか。ますます暴動やデモが多発するでしょうね。いずれ民族問題で瓦解するであろう中国。それぞれの自治区の暴動に、さらに火に油を注ぐようなものです。
 
 貧困地域擁護などと言っているが、体のいい文化破壊ですね。大体、貧困地域を発展させられるほどのキャパシティが現在の中国にあるのでしょうか。あのばかばかしい空っぽマンションなどただの粗大ゴミで、売るにも売れず、住むにも住めず、さらには壊すにも金がかかるので、壊すこともできないと、粗大ゴミみたいなものでしょうし。格差は広げることはできても、それを縮めることはできないでしょうね。

 問題のバブルは、見えにくいというだけでもはや崩壊しているとしか思えないし、経済成長率だって今年は下方修正される見通しでしょう。これで貧困地域発展だの擁護だのありえません。

No title

>2012-03-01 20:05 | ぽぽ様


>最近では流石に胡錦濤ですら、中国共産党の指導は不変ではないし、永遠でもないと語っているとか。ただ今崩壊するのだけは勘弁してくれというのが本音でしょうか。

以前から胡錦濤氏は、なんとか中国のソフトランディングを願っていると伝えれていますが、それが本当かどうかはむろん分かりません。ただ、彼の地位にいれば、中国の行く末くらいは分かるはずだし、彼にはそのくらいの洞察力はあるでしょう。が、彼の思いででははどうにもならないのが現実だと言うことでしょうかね。

今から思えば、フルシチョフはソ連のソフトランディングを願っていた節があります。結局それは挫折し、ゴルバチョフまで待たなければならなかったのですが、その前のブレジネフも実情は理解し、なんとか軟着陸を画策した節があります。しかし、ソ連のような体制では、軍部や党の既得権保持者がこれを許さず、思うに任せなかったのがなんとか、ゴルバチョフ、エリツィンの時代になって、形ばかりは実現した。が、結局それではロシア人をまとめることが出来ず、結局プーチンが必要になったと言うことでしょうね。ただ、プーチンがかつてのソ連に戻るかと言えば、それは願っていないでしょう。新しいロシア、そして強大なロシアを目指しているのでしょうが、いかんせんロシア人という素材に限界があると言うことですね。

中国もまさにそれと同じだと思います。

> さらに気になるニュース。これだと、さらなる民族浄化が進むことになる。

もっとも彼らは浄化ではなく同化と言いますが。結局全てが漢民族の元に統一されなければ中国の統一はあり得ないと言うことでしょう。今の五十六民族、漢民族が95%等というのがとんでもないまやかしですから。
>
> 中国全土の漢民族化を行うってことでしょうか。ますます暴動やデモが多発するでしょうね。いずれ民族問題で瓦解するであろう中国。それぞれの自治区の暴動に、さらに火に油を注ぐようなものです。

そうでしょうね。他民族並立よりも大きな癌は、不公平という点にあります。不公平が民族によるものだと彼らが思えば、不満はさらに増幅されるでしょう。同化とは自らの意思がなければ出来ないことですが、同化しても差別があるとなれば、なおさらです。
> 
> 貧困地域擁護などと言っているが、体のいい文化破壊ですね。大体、貧困地域を発展させられるほどのキャパシティが現在の中国にあるのでしょうか。

無いですね。中国はあくまで貿易と外資で経済を動かしていました。それらが引き揚げつつある今、内需に経済を振り向けると言っていますが、その経済を支える金がありません。だれも只では働きませんから、金は輪転機を回して刷るしかありませんが、中国は、公表されている通貨流通量と実際の流通量が大きく違い、また偽札の横行などで、中国人自身が元に対して不信感を持っていると言われています。GDPに迫る不良債権とも相まって、中国が内需に経済を振り向けることは事実上無理だと思われます。現に、あの強力な鉄道省が資金繰りに行き詰まり各種の計画が頓挫しているとも言われていますので、内需アドバルーンを上げて外資を募るやり方ももう通用しないのではないですか。
>
> 問題のバブルは、見えにくいというだけでもはや崩壊しているとしか思えないし、経済成長率だって今年は下方修正される見通しでしょう。これで貧困地域発展だの擁護だのありえません。

そうです。インフレと成長率をくらべると、政府の公表している数字でさえ実質マイナス成長です。本当はもっと酷いのではないかと思っています。

長くなりましたが...

> たかおじさん様、

レスポンス、ありがとうございます。

そうでしたか、御父上の影響で親しみを持っていたのが...逆作用へとは...。

私は第二次天安門事件後に初めて中国を訪問(出張)し、通訳の大学生と議論したりしたのが中国と係わるキッカケとなりました。
その時、訪問先の会社の書記は広東省で5本の指に入る実力者、社内の書記室は董事長(会長)室よりも立派で豪華!副首相がその会社を見学していた際は、休憩時間に5台目のベンツについてアレコレと話していたとか。

その時代は、まだ権力闘争が物騒だった時代の名残が有って、ある朝、突然に副首相の来訪が(⇒その書記のコネで)、知らされました。 何と、来社の30分前の通告! 握手はしませんでしたが、私も副首相に挨拶しました(目礼とお辞儀だけ)

で、何故こんな準備もろくにしていない中で...と通訳(大学生)に、ブチブチ言いました。 その大学生が解説して言うには...日本や米国では、首相や大統領を狙ったりするのは、何処かのキチガイがやる事。

中 国 で は、そ の 人 の 隣 り に (党 中 央 で!) 座 っ て い る人が 狙 う ん で す !

だから、行動スケジュールは、絶対に事前発表はしない! 小平が4人組に取って代わった時もそう(クチ込みで伝わっていた?) ...と驚きの話しでした。まぁ、米国でもケネディ暗殺の黒幕は副大統領と言う説が出て来てはいますが。

その後、短いながら中国で暮らした時代は、江沢民は実権を持っていない反日政策以前の時代だったので、市井の方々(庶民)と話した際に日中戦争で祖父母が殺されたとの話に飛んだ事も有りましたが、声をひそめて怨嗟の思いを話すのは文化大革命で被った災いの話でした。中国人は全てウソツキと単純に決め付ける日本人が多いですが、その時代の密告や裏切り、身内を救う手立ての無い無念さは中国人にへの深い傷跡になっている事を理解すべきと思います。

さて、長々とした序段となってしまいましたが、中国の権力構造と権力の私物化について、小生は たかおじさん様とチョッと違うかもしれない見方をしております。

先ず、中国は独裁制ではなく寡頭制であり、毛沢東といえども第一人者(プリンケプスとはチョッと言えないが)であって、他の党幹部の賛同を得なければ重要政策の決定は出来なかったと言うことです。もちろん、毛沢東は第一世代ですので同世代の同志の同意が主ですが。それが為に、廬山会議での巻き返しが有って文化大革命が始まってしまったと云うのが通説です。

トウ小平にしても、自ら後任に据えた胡耀邦を庇いきれず解任に同意(但し、据えた責任はかわした)し、第一次天安門事件での失脚のトラウマを抱えながら保守派の陳雲と対峙しての党と国の分裂を恐れ、もっとも強行な姿勢を取ったと。
それは、後継者の故耀邦氏を切り捨ててまで国を守ろうとしたのに、たぶん何時の日か「人民に銃口を向けた指導者」としてその汚名を負わなければならなくなる、小平氏の思い...氏自身はそれを避けたがったが、保守派の策謀でそれを選択せざるを得なかったとして...。

ですから、党が指導する中国、つまり国そのものは党であることを序段の実感として感じる訳です。

それで、党の中での権力は人脈(他の権力者の支持、コネとカネが重要)で決まり、その連衡によって指導部の方針が決まって行く実態からは、権力の私物化ではなく元々権力は個人個人のもので、公権力など存在しないのが中国の本当の姿でしょう。

それは、法律と党の要綱という原則論はあるが、司法や党規律委員会での適用は、国や党の統治に影響が及ぼす程度に権力を振り回した者は処罰するが、それ以外は其々の権力者の裁量に委ねるという体制からも解るでしょう。

つまり、最終的には国民の支持が公権力のバックボーンとなる日本や米国他の国々とは異質な世界です。

多くの中国国民が、この権力構造を理解し、公権力のバックボーンとなる自覚とそれに伴う責任を理解する程に成長しなければ、これ以上の中国社会の進歩は無いでしょう。 もちろん、それらをもてあまし気味の日本は他山の石となりますが。

小平秘録とかマオとか色々と読み、実体験とも重ねてみましたが、本当に中国は難しい国ですね。

長くなりましたが...

>2012-03-03 14:47 | ムフフ様、

>そうでしたか、御父上の影響で親しみを持っていたのが...逆作用へとは...。

むろんそれだけではないでしょうが、あたら中国に興味を持っていたために、中国についてかなり早い頃から学んだと言うこともあると思うし、そのころ文革や四人組、天安門などがリアルタイムでおきましたからね、それが焼き付いたのでしょうね。

そのころは父も存命でしたが、改めて近代中国については語ったことがありません。まあ、どのような思いで時代の移り変わりを見ていたんでしょうか。

父は漢文はそ白文で読みこなしていましたが中国語は解しませんでした。そのかわり昔仕事で使っていたロシア語はかなりのものだと自称してました。時々口にするロシア語が正しいのかどうか私に分かる術はありませんでしたが、ロシア語の歌などは幾つか教えてもらいましたよ。

ちなみに父は中国人については何も言いませんでしたが、韓国人は憎悪していましたね。よほど、そのような原因があったのでしょうが具体的な理由は知りません。しかし、私に対して差別意識は吹き込まなかったようです。私が韓国人の所に遊びに行っても何も言いませんでしたしね。

閑話休題。

>私は第二次天安門事件後に初めて中国を訪問(出張)し、通訳の大学生と議論したりしたのが中国と係わるキッカケとなりました。

>声をひそめて怨嗟の思いを話すのは文化大革命で被った災いの話でした。中国人は全てウソツキと単純に決め付ける日本人が多いですが、その時代の密告や裏切り、身内を救う手立ての無い無念さは中国人にへの深い傷跡になっている事を理解すべきと思います。

前にも言ったと思いますが、私は個人的にも仕事でも中国人との関わりを持ったことがありません。ただ、自分で中国語を学んだ関係などで表面上は接したことがあるのと、たまたま取引先に中国人が居て、中国語で話したくらいの物です。お世辞で発音は非常に良い、が何を言っているかよく分からないと褒めて(?)もらいました。私の面子を立ててくれたんでしょうね。

全部の中国人が大躍進、文革、毛沢東、天安門について正しかったと思っては居ないでしょうね。しかしそれを口に出来ないのは、要するに消極的な嘘です。私利私欲で嘘をつくわけではない、と言うのはそうであっても結果として彼らの嘘が世界に緊張をもたらし、日本に大きな脅威を与えているのであれば、やはり彼らの嘘に罪があるのです。そうしなければ生きてゆけない事情は分かりますが、それが分かっても日本が安全になるわけではありません。


>先ず、中国は独裁制ではなく寡頭制であり、
>、保守派の策謀でそれを選択せざるを得なかったとして...。

はい、それは常識であり、個人の独裁だとの認識など誰も持ってはいないと思いますがね。私も普通に共産党独裁、と言っていますし、毛沢東が大躍進の責任を取らされたなどもその現れでしょうね

>それで、党の中での権力は人脈(他の権力者の支持、コネとカネが重要)で決まり、その連衡によって指導部の方針が決まって行く実態からは、権力の私物化ではなく元々権力は個人個人のもので、公権力など存在しないのが中国の本当の姿でしょう。

それは解釈がどうであれ権力を特定の人間のために使うことを権力の私物化です。

>それ以外は其々の権力者の裁量に委ねるという体制からも解るでしょう。

まさにそうですね。法律が個人の利益のために用いられるなど、まさにその通りです。

>つまり、最終的には国民の支持が公権力のバックボーンとなる日本や米国他の国々とは異質な世界です。

とうぜんですね。

>多くの中国国民が、この権力構造を理解し、公権力のバックボーンとなる自覚とそれに伴う責任を理解する程に成長しなければ、これ以上の中国社会の進歩は無いでしょう。 もちろん、それらをもてあまし気味の日本は他山の石となりますが。

だから、中国人には民主主義は不可能だと言っているのですが。

仮に政府を倒しても権力を自分の物に出来る次の機会をねらっているだけのこと。権力は国民から付託された物だとの概念を持てないからです。

>小平秘録とかマオとか色々と読み、実体験とも重ねてみましたが、本当に中国は難しい国ですね。

難しいですね。しかし単に学問的に中国を分析する分にはどう解釈しても良いのですが、日本の安全、日本の国益、地政学という面で考えると、中国を正しく理解しても問題解決になりません。中国の今の在り方に対処しなければならないからです。そして、中国は中国である限り変わらないだろう、ますますゆがみを増大させてゆくだろう、暴発の可能性があるだろうとの想定をしておかなければならないわけです。

もしかして中国がある日突然民主国家平和国家になる期待をするよりは、現実に即した対応が必要だと言うことですよ。

この項は最後に、

> たかおじさん様、

お久し振り? です。

では、この項の最後としまして、小生の思う所について、誤解を避けると共に強調する為、コメントを

> それは解釈がどうであれ権力を特定の人間のために使うことを権力の私物化です。

ハイ、一般命題としては「全くその通り」なんですが、「解釈がどうであれ」というのは日本や米国他の民主主義と言う概念が根付いた国で初めて言えるものと考えます。

小生が、強調したかったことは将にその点で、公(おおやけ)の概念となる根拠がボロボロになっている中国では、権力とは全て私物化されたもので、それ以外(私物化された以外)の権力などは無いと言うことです。

つまり、権力とは私物である(私物化された権力以外は有り得ず)との認知が先であって、その源流を辿って行くと、社会をまとめる正統性を持ち得なかった中国に辿り着くのではないでしょうか?

古くは「天命」とその意を受けた周王から始まって、征服王朝時代の二重基準(征服者の祭事と古来からの礼による中華式統治)を経て、共産党独裁のプロレタリアによる統治の建前まで、国の正統性は権力者の都合によって変遷して来て、今現在、中国社会の存続自体が公権力のバックボーンになろうとしていた段階なのではと見る訳です。

まぁ、それも残念ながら江派と太子党の台頭により、後退して行く気配ですが。

その正統性を国の歴史と理念に置く英国、独国、仏国や歴史と切り離されて理念のみに置く米国と様々ですが、公が確立して初めて私物化が公権力と相容れず対峙するものとの認識が生まれると考えます。
また、残念ながら中近東では公権力の根拠が宗教と結び付いたままになってしまい、更に権力の私物化絡み合って、混沌とした状態です。...しっかりした宗教組織も無いため、社会の発展との折り合いも付けられそうもない。

翻って日本では、公権力とはその時々の「お上」を指し、それへの過依存と支える責任感が薄れて来た事が問題かと考えます。(脱原発からバラマキ福祉や国防まで色々と)

チョッと話がズレましたが、中国の話に戻れば、

> もしかして中国がある日突然民主国家平和国家になる期待をするよりは、現実に即した対応が必要だと言うことですよ。

全くその通りで、中国の民主平和国家へこのまま移行というのは平和憲法の理念の実践で平和が保たれると願うのと同程度の夢想と思います。

この項は最後に、

>2012-03-05 11:23 | ムフフ様

>ハイ、一般命題としては「全くその通り」なんですが、「解釈がどうであれ」というのは日本や米国他の民主主義と言う概念が根付いた国で初めて言えるものと考えます。

しかし、現実に私たちは日本にとって中国の権力の在り方はどうかと論じているのであり、中国人が権力の私物化をどう考えているかは、単なる学術的な考察です。無意味とは言いませんが、日本にとってどうなのかと考えると、あれはペケ、となるわけです。

>それ以外(私物化された)の権力などは無いと言うことです。

民主化、在民主権、国民による責任の共同分担との概念が無いとは、そのことですね。中国に民主化が不可能であると何度も書いています。つまり、中国(には限りません、ロシアなども)権力とは必ず個人か、限られた集団に属します。日本などでは国民という集団に属します。

言い換えれば、中ロなどでは国民に入らない人間の存在があり、しかも中国においてはほとんどがそうだと言うことです。

>つまり、権力とは私物である(私物化された権力以外は有り得ず)との認知が先であって、その源流を辿って行くと、社会をまとめる正統性を持ち得なかった中国に辿り着くのではないでしょうか?

ええ、千年前に中国の進化が停まった所以ですね。
>
>古くは「天命」とその意を受けた周王から始まって公権力のバックボーンになろうとしていた段階なのではと見る訳です。

それは日本などもかつてその道をたどり、ほぼそのまま今の状態に至っているわけですが、中国ではある段階に至ると必ず、元の状態に戻ることを繰り返しています。理由は分かりますが、長くなりますので過去のエントリーなどをご覧になっていただければと存じます。
>まぁ、それも残念ながら江派と太子党の台頭により、後退して行く気配ですが。

そうですね。それが彼らの歴史の繰り返しです。

>その正統性を国の歴史と理念に置く英国、独国、仏国や歴史と切り離されて理念のみに置く米国と様々ですが、公が確立して初めて私物化が公権力と相容れず対峙するものとの認識が生まれると考えます。

そうですね。

>また、残念ながら中近東では公権力の根拠が宗教と結び付いたままになってしまい、更に権力の私物化絡み合って、混沌とした状態です。...しっかりした宗教組織も無いため、社会の発展との折り合いも付けられそうもない。

歴史の長い時間単位では、彼らの混乱も中国やロシアも別に不思議ではなく、それが当たり前であり、むしろ西欧が例外であり、日本は奇跡だと言えばいいでしょうか。

アメリカはついに西欧型階級社会から抜け出すことが出来ず、国家の衰退を招いていると思いますし。

>翻って日本では、公権力とはその時々の「お上」を指し、それへの過依存と支える責任感が薄れて来た事が問題かと考えます。(脱原発からバラマキ福祉や国防まで色々と)

むしろ、日本では、主権在民が浸透しているために、政府に自分たちがさせているとの認識さえ失われているのが問題かと思います。だから、脱原発やばら撒きに対し、批判は起きるものも、現実にそうさせた国民が多数だからそのようになっているわけで。だから、政府に何かをさせるには、世論を喚起しなければならないと常々私は主張しているわけです。

>全くその通りで、中国の民主平和国家へこのまま移行というのは平和憲法の理念の実践で平和が保たれると願うのと同程度の夢想と思います。

結局は中国は崩壊し、日本は平和憲法を益々拡大解釈してゆく物と思われます。アメリカもある時点から急速に衰退の度合いを深め、それに応じて先鋭化してゆくでしょう。アメリカの中東化はありえますね。アメリカ教という宗教国家で、すでにそうなりつつあります。根幹はキリスト教ですが。

ロシアも同じです。ロシア正教を利用し始めた時点で、まっしぐらです。

そのずっと前にホルホル教国家は雲散霧消しているでしょうし。

次の項目でのコメントをお待ちしております。本当に期待してますよ、楽しいですからね。

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