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南京事件3

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この問題はさらに日本側の馬鹿さ加減が明らかになり、全く嫌気がさしてくるが問題も本質を突き止めるためにもエントリーとした。

昨日の民主党官房長官、藤村氏の馬鹿な言葉に続き、今度は愛知県知事の大村氏がよけいなことを言っている。

ちなみに愛知県知事大村秀章氏とはいろいろないわくの有る人物で以前から問題視されているが、とにかく現役自民党国会議員の時に、河村名古屋市長に誘われ、愛知県知事選に出た人物。当時、自民党に無届けで立候補を表明したため、党則に反するとのことで除名処分を受けた。

普段からテレビなどの露出が多く、とにかく一方的にしゃべりまくり、またすぐ感情的になってまともな議論が出来ず、人の話を聴かないことがおもしろキャラとして露出したのではないのか。

その大村氏だが、

赤文字は引用


京事件発言、河村市長を大村知事が批判

 名古屋市の河村たかし市長の南京事件(1937年)を否定する発言に関し、愛知県の大村秀章知事は22日、都内で記者団に「自分で言うのはいいが、向こうからお客さんが来た時に言えば、相手の立場がない」と批判。
 
 これは一見正しいようで間違っている。そもそも相手の立場と言うが、相手が最初から政策として南京事件を捏造している国であり、その国との交渉で相手の立場を相手の希望道理にすることが正しい交流とは言えない。すくなくとも、南京事件は事実無根だとの見方があることを相手に伝えることはむしろこのような場合に必要なのではないのか。

 そのうえで「外交問題になってしまった。このままでは(河村市長の)政治的立場も危うくなる。何らかのことは言わないといけない」と、発言の撤回や修正などを含め、河村市長自身が早期の関係修復に努力すべきだと述べた。
 
 外交問題となったら、全力を挙げて河村氏を擁護すべき立場が政府であり知事だろう。中国を怒らせることが外交問題なら、何が日本の国益なのか。外交とは国益と国益のぶつかり合いであり、全て相手の面子を立てることが外交ではない。
 
 発言の撤回や修正なら、大村知事が自らの不明を恥じて行うべきだ。むろん、民主党政権もだが、あれは屑だからおろすより仕方がない。

一方、中国では政府の意向としては確かにこの問題を大きくはしたくなかったのかも知れない。しかし、世論に押されて方針を切り替えるしかなかったようだ。


河村市長の南京発言、中国ネット世論過熱 新聞も大展開


 名古屋市の河村たかし市長が旧日本軍による南京虐殺を否定する発言をしたことについて、中国各紙が22日朝刊の1面トップで報じ、特集記事の掲載も始めた。初報となった前日の紙面では慎重な扱いだったが「ネット世論の圧力に押された」(中国紙幹部)ことが影響したようだ。
 
 中国では国民の政府に対する不満が拡大してきており、政府がそれを一方的に押さえつけることが難しくなっている。それでなくとも各地での暴動が増える一方なのだ。独裁国家ではこのようなことはあたりまえにあり、リビアやシリア、エジプトが最終的に民衆によって政府が倒され、或いは倒されつつあるようなことが中国でも起こりつつある。中国は過去に何度も政府が民衆の蜂起によってひっくり返っている。最終的には他の独裁者が立つのだが初めは民衆の暴動がきっかけになるケースが多い。
 
 民衆の怒りを抑えきれない場合、政府は保たないから、結局国民の圧力に抗しきれなかったのが、現在の中国の報道の変化なのだ。
 
 これはよく認識して置いた方がよい。日中戦争は起きないだろう、そんなことをしても中国にとって得にはならないからと言う人間が非常に多いし、現実に今中国政府が日本と戦争をしたいわけではないだろう。が、国民の圧力に抗しきれないことがあるのだ。
 
 いままで、対日憎悪政策を採ってきた中共が、それによって日本に対する国民の憎しみが今まで以上に何かをきっかけにわき上がる状況を抑えきれないのだ。

 ある中国紙の国際ニュース責任者は「河村市長の持論は知られていたし、中日国交正常化40周年に歴史問題を取り上げるのは敏感なので、21日朝刊の扱いは小さくした」と話す。しかし、「ネットの民意が収まらず、政府への圧力が高まっていった」ことから22日は1面に見出しを載せ、中面で大きく展開した。

 抑え切れなければ、喩え政府が望まなくとも暴発はあり得る。そのことを日本の政治家は国家防衛、安全保障の要素の中に入れなければならないが、到底そうしているとは思えない。
 
 ところで、むろん、日本の中にも河村発言を批判する人々はいる。しかし、その発言は一様に一方的であり、しかも論理が非常に飛躍しているのだ。
 
 一例として、以前も脱原発問題で到底理論的とは言えない主張を繰り広げた谷川茂氏の発言を採り上げる。

【河村市長】国際社会では笑いものになるかもしれない「南京発言」

 この事件に関して、筆者は大学時代から関心を持ってきた。虐殺の肯定派の本も否定派の本も数多く読んできたが、あくまでも個人的には「少なくとも万人単位の虐殺はあったのではないか」と考えている。
 
 むろん、南京虐殺が中国の言うとおりだとか、一億人は殺したとか、数万人だろうとか規模はともかく、虐殺があったと信ずる人間がいてもそれはかまわない。谷川氏は、様々研究して、数万人規模の虐殺があったと思うようになったいう。それはかまわないのだが、その後の理論にまるで一貫性とつながりがないのだ。この人は理論的に筋道立てて考える能力がないのではないのか。
 
 他国の例で恐縮だが、1975年4月からの3年8カ月に100万人以上の市民が政府によって殺されたとされるカンボジアのポルポト時代の事例をあげておう。当時、鎖国政策をとっていたポルポト政権の実態を知る外国人はほとんどいなかった。しかし政権末期になると、タイ国境に脱出した難民ら証言により、国内でとんでもないことが起きていることがわかってきた。そんなとき、日本の社民連という政党の議員たち(江田五月、田英夫、楢崎弥之助、そして菅直人など)は、「カンボジアで虐殺はなかった」と言い続けていたのである。

 詳しい話は別の機会にゆずるが、ようはカンボジア国内の実状を知らぬまま、ただただ自分らが「ポルポト政権を支持する」という政治的な主義主張を通すがために、社民連は「虐殺はなかった」などという間抜けなことを言っていたのであった。

 
 これは事実だ。彼らは、北朝鮮による日本人拉致はないと言い続け、ポルポトの虐殺は捏造だと言い続け、今も南京虐殺が事実だと言い続けている。世界で盛んに核実験が行われていたとき、アメリカの核は汚いが、社会主義国の核は綺麗だと言ったのもこの連中かそのお仲間だ。この社民連の批判をしながら、谷川氏は
 
 ひるがえって南京事件を見てみると、否定派の主張には日本軍を美化するような部分が垣間見られ、まずは「虐殺はなかった」という主張があり、それを示すための根拠を無理矢理に提示しているようにも感じられる。
 
 という。確かに検証もせずに南京事件はなかったとだけ言う人間はいるだろう。が、多くの否定論者は、史実を調べ、証拠を検証し、なにより歴史の事実と虐殺の矛盾、たとえば、当時精々10万人の日本軍が、25万人しか居なかった南京市民を30万人殺せたのか、という単純なものから、それだけの労力や銃器を割ける余裕があったのか、そもそもそのような虐殺をする理由があったのかなど、南京虐殺が成り立つはずのない前提が現実にある。
 
 だが、数万人なら殺せるだろうと言っても、現実に逃げまどい反抗する南京市民を閉じこめ逮捕し殺すことなど不可能だ。10万人居るから二人で一人殺せば出来るという計算は成り立たない。
 
 しかしここでまた延々と否定論を繰り広げることもない。問題は別なのだ。いろいろな主張があるだろうが、否定論のほとんどは事実の検証に基づいている。谷川氏の問題は
は、その検証もせずに、自分がそう思うことを事実としていることだ。

  国際交流の基本は、お互いが異なる人びとだと認識した上で、お互いの意見に耳を傾け、できる範囲での相互理解を図ることである。そう考えてみると、日本国内では劣勢(というか、ほとんど支持されていない?)である南京事件否定派に肩入れするような、言いかえれば南京市訪問団の歴史観を無視するような発言をしてしまう河村市長の「国際感覚」に疑問を持たざるをえない。
 
 日本国内で南京虐殺がほとんど否定されているとは思わないし、政府がそれを正式に認めているわけでもない。いつから、否定論がほとんど省みられていないことになったのだろう。そして、万が一そうだとしても、否定論がそれで間違いだと決め付ける理由になるわけではない。あくまで事実は一つであり、多数決で決められることではないのだ。
 
 500年前、ほとんどの人間は太陽が地球の周りを回っていると考えていたし、キリスト教会がそう言うからそれが正しいと信じていた。地動説自体はコペルニクス以前、多分ギリシャ時代から一部では言われていたことだ。プラトンなども今の地動説とは違うが、地球が世界の中心ではないと考えていた。
 
 それでも、500年前は地動説はほとんど無視される少数意見だった。が、事実として地動説が今は誰もが信ずる事実となっている。
 
 谷川氏の理論が正しければ、日本では南京虐殺事件を否定する人間は少数だから、南京事件はあったと言うことか。ここで、彼の理論自体がすでにとんでもない方向に向かっている。
 
 しかし、歴史上で起きた事実は事実として認識しておく必要と責任がある。
 
 そう言いながら、谷川氏は、南京事件を事実として断定している。だから、
 
 私たちは歴史を背負って生きているのだから。また、その事実に他国がからむ場合は、他国が自国をどう見ているのかを知っておく必要もある。そういった作業を怠けていると、国際社会では「そんなことも知らないのか」と笑いものになってしまう。
 
 他国がどう見ていようと、真実は一つなのであり、もし国際社会が南京事件を事実だというのであれば、否定派は事実を検証した結果を以て反論しなければならない。これが日本という国の尊厳を守る国民の義務ではないのか。むろん、検証した結果、南京事件が事実なら、それを認めるのもやむをえまい。だが、その検証などされていないのだ。
 
 検証もされていないことを、国際社会で笑われるから主張するなと、この谷川氏は言う。その前提として彼が信ずるところの数万人規模の南京虐殺があるのだろうが、それは彼がそう思っているだけであって、事実と確認されているわけではない。
 
 事実は一つなのだ。南京虐殺事件が、何十万であろうと、何千人であろうと、有ったか無かったかだけが問題なのであり、国際社会で笑いものになるから事実ではないと言うことではない。

 おそらく、河村市長は国内の一部の人びとに「よく言った」などと称えられているのかもしれない。だが、国際的には笑いものになっていることが予想される。彼は大都市の市長なのに、歴史を背負わず無責任なことを言っている、と
 
 南京事件に限ったことではないが、いかにも理論的に言っているように聞こえるが(私には駄論にしか聞こえないが、そう聞こえる人もいるのだろう。お花畑という人々だ)その実、全く一貫性が無く飛躍しており、筋立てが出来ていない。そして、この種の人のほとんどは言いっぱなしであり、絶対に反論も批判も受け付けない。自分はこう思う、と言うだけなのだ。
 
 この種の主張を受け容れるべきではない。少なくとも批判や反論に堪えられる主張以外、プロパガンダか、人の受け売りに過ぎない。藤村氏と言い、大村氏と言い、谷川氏と言い、反論を受け付けず言いっぱなしであるところは共通している。

 この谷川氏の記事に対して、次のようなコメントがあった。今はもっと増えているかも知れないが、私が記事を読んだときは下記が全てだった。

遺体等で事実が確認できるカンボジアと同じように語るには無理があると思う。

当然だろう。ポルポトの虐殺は客観的に確認され、ポルポト自身が認めている事実だが、ここで谷川氏が事実だと言っているのはあくまで彼がそう信じているだけに過ぎない。

話の持って行きかたが強引すぎますね
このような反応が普通の思考力を持った人間のものだろう。飛躍とこじつけだけなのだ。

当時の南京市の人口は約20万人で、日本軍の南京占領後1ヶ月後の人口は約25万人と推定されています(南京国際安全区委員長を務めていたジョン・ラーベが日本に対して25万人分の食料供与を求めている)。
あとは常識的に考えればわかると思いますがね。

これは否定論の一つの根拠だが、谷川氏が研究したという資料はどんなものでそれをどうやって整合させた結果が数万人の虐殺になったのか。

もしアメリカの退役軍人が原爆投下の正当性を日本のパーティーで持ち出したら座が不快になるように、わざわざ南京の団体の歓迎会で触れる話題ではないと思う。

原爆投下は米国も認める事実。問題が違う。それにあくまで国家の威信を守るのが国益であり、そのような機会で述べたのは間違いではない。

キジも鳴かずば撃たれまい!(河村市長の南京発言)

キミも鳴かずば撃たれまい!正論を述べたまで。

愛知県へ、大村発言批判のメールを送ったが、コピーしておくのを忘れた。


名古屋市へのメールは下記の通り。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

このたびは、河村市長の正論に接し、極めて当然の発言であり、喝采を送りたいと思っております。

南京事件についてはその事実があったか無かったかを日中間はもとより日本国内でも論争が続いており、このこと自体は普通のことでしょう。私自身は南京事件はなかったと確信しておりますがそれが理由で市長の発言を正論としているわけではなく、この件を反日政策の一環として用いている中国に対して正面切って発言したことを評価するものです。

およそ、言論思想の自由が無く、情報が極めて制限されており、歴史を民族教育に用いさらに自国の政権を正当化するために反日政策で国内をまとめる中国とのまともな歴史論争など成り立ちません。市長の過ちと言えば、両国で検証をする共同会議を提案したことであり、中国がそれを仮に認めても結果は中国の主張を日本が飲まなければ日本の歴史認識が間違っているとさらに主張を強化させるだけだからです。

しかし、南京事件はなかったと、正式に述べたことは間違っておらず、それに水を差す大村県知事や、政権の藤村長官こそ、中国に媚びているとしか思えません。

国家間の信頼や親善とは互いの主張を聞き入れ協議し、喩え意見が食い違っても互いを尊重する姿勢が根底にあるべきもの。中国の親善とは、全て中国の言い分を日本が受け容れて成り立つものでしかない、いわば中華思想です。

政府も県知事も極めて卑屈であり、発言を撤回しない市長の姿勢こそ見習うべきです。絶対に発言を翻すようなことはしないでいただきたい。

私も自分のブログで市長の発言を高く評価しております。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。 


京事件発言、河村市長を大村知事が批判

 名古屋市の河村たかし市長の南京事件(1937年)を否定する発言に関し、愛知県の大村秀章知事は22日、都内で記者団に「自分で言うのはいいが、向こうからお客さんが来た時に言えば、相手の立場がない」と批判。

 そのうえで「外交問題になってしまった。このままでは(河村市長の)政治的立場も危うくなる。何らかのことは言わないといけない」と、発言の撤回や修正などを含め、河村市長自身が早期の関係修復に努力すべきだと述べた。

 両市は1978年に友好都市提携を結んで以降、親善使節団や経済代表団が相互訪問したり、両市の図書館が本を寄贈し合ったりといった交流を続けており、昨年秋の名古屋まつりのパレードにも南京市幹部らが訪れていた。

 子供同士のスポーツ・文化交流も盛んで、毎年夏には卓球などのジュニア代表団を相互派遣して交流試合を実施。名古屋市での児童・生徒の書画展では毎年秋、200点近くの作品が南京市側から出展されている。

(2012年2月23日09時49分 読売新聞)


河村市長の南京発言、中国ネット世論過熱 新聞も大展開


 名古屋市の河村たかし市長が旧日本軍による南京虐殺を否定する発言をしたことについて、中国各紙が22日朝刊の1面トップで報じ、特集記事の掲載も始めた。初報となった前日の紙面では慎重な扱いだったが「ネット世論の圧力に押された」(中国紙幹部)ことが影響したようだ。

 河村市長の発言があったのは20日午前。中国共産党南京市委の劉志偉常務委員ら訪日代表団に「一般的な戦闘行為はあったが、南京事件というのはなかったのではないか」と語った。

 中国外務省は同日午後、「南京大虐殺には動かぬ証拠がある」などと表明。中国各紙の21日朝刊はこの反論を淡々と報じた。南京の党機関紙・南京日報こそ1面で扱ったが、外務省と代表団の見解を約280字のみ。「歴史の教訓をくみ取り、中日友好につなげることを希望する」と抑制気味だった。

 潮目が変わったのは21日午後。中国版ツイッター「微博」の南京市政府公式アカウントに「訪日団は弱腰だ」などの批判が殺到。発言のあとに訪問団が河村市長とプレゼントを交換している写真が出回り「反論もしないでほほえんでいる」と書き込まれた。

 ある中国紙の国際ニュース責任者は「河村市長の持論は知られていたし、中日国交正常化40周年に歴史問題を取り上げるのは敏感なので、21日朝刊の扱いは小さくした」と話す。しかし、「ネットの民意が収まらず、政府への圧力が高まっていった」ことから22日は1面に見出しを載せ、中面で大きく展開した。

 北京の新京報、京華時報は22日、1面トップの扱い。南京の現代快報の1面には「名古屋にノーを」との大見出しが躍り、発言を撤回しない河村市長を「頑固者」と断じた。南京では3月に日本政府が主催する南京ジャパンウイークが予定され、名古屋の女性アイドルグループ・SKE48の公演の準備も進むが、「問題の処理を誤れば影響が出かねない」(中国紙記者)との見方も出ている。(上海=奥寺淳)

【河村市長】国際社会では笑いものになるかもしれない「南京発言」


【社会ニュース】 2012/02/23(木) 11:35



 名古屋市の河村たかし市長の発言が波紋を呼んでいる。2012年2月22日付の中日新聞によると、中国の南京市からやってきた訪問団との面談の際、日中戦争時に起きたとされる南京事件について、河村市長が「僕はあの、真の中日友好のためにも、南京事件というのはなかったんじゃないかと。通常の戦闘行為はあったけどね。残念だけど」と発言したのである。

 一応、発言の文脈を追っておこう。河村市長の父は南京で終戦を迎えた。その父が所属す部隊は、南京の寺で「温かいもてなし」をうけた。そして、父はそのお礼に、寺へ「サクラの木を1000本プレゼント」した。「いわゆる南京事件は(終戦の)8年前の昭和12年。もしそんなことがあったら、なぜそれほどまでに日本軍に人に優しくできたのか、理解できない」。だから、「南京事件というのはなかったんじゃないか」と河村市長は言うのである。さらに、南京事件をなかったことにすることが、「真の中日友好のため」になるような言い方もしている。

 南京事件とは、日本軍が1937年に中国・南京市を占領した際に、中国軍の便衣兵(軍服を脱いで平服を着た兵士)や一般市民を殺したとされる事件のことだ。南京事件については、その期間からはじまり、残虐行為をした範囲や殺した人数なども含め、学者やジャーナリストによる多くの議論がなされてきた。しかし、日本ではいまだに定説と言えるようなものはなく、大量虐殺を指摘する中国側の見解とのギャップは埋まっていない。

 この事件に関して、筆者は大学時代から関心を持ってきた。虐殺の肯定派の本も否定派の本も数多く読んできたが、あくまでも個人的には「少なくとも万人単位の虐殺はあったのではないか」と考えている。戦争状態の地域における死者の数や死因などを究明することは大変困難な作業である。多くの場合、被害者側は被害を多めに語り、加害者側は加害の事実を隠蔽する。

 だが、最終的には被害者側と加害者側の双方から話を聞き、双方の史料を照らし合わせ、その平均値によって状況を振り返るしかないことも多い。とりわけ被害者側と加害者側が国になると、歴史教育には国の立場が反映され、歴史観とナショナリズムが直結してしまう場合もある。日本の場合は、敗戦国となったことから平和教育が実践され、近現代史に関する教科書の記述は、一部では「自虐史観」と呼ばれるくらいに被害者側(第2次大戦中に日本が占領した国々)に寄り添ったものであった。

 他国の例で恐縮だが、1975年4月からの3年8カ月に100万人以上の市民が政府によって殺されたとされるカンボジアのポルポト時代の事例をあげておう。当時、鎖国政策をとっていたポルポト政権の実態を知る外国人はほとんどいなかった。しかし政権末期になると、タイ国境に脱出した難民ら証言により、国内でとんでもないことが起きていることがわかってきた。 そんなとき、日本の社民連という政党の議員たち(江田五月、田英夫、楢崎弥之助、そして菅直人など)は、「カンボジアで虐殺はなかった」と言い続けていたのである。

 詳しい話は別の機会にゆずるが、ようはカンボジア国内の実状を知らぬまま、ただただ自分らが「ポルポト政権を支持する」という政治的な主義主張を通すがために、社民連は「虐殺はなかった」などという間抜けなことを言っていたのであった。 
 
  ひるがえって南京事件を見てみると、否定派の主張には日本軍を美化するような部分が垣間見られ、まずは「虐殺はなかった」という主張があり、それを示すための根拠を無理矢理に提示しているようにも感じられる。 
 
 南京事件において「少なくとも万人単位の虐殺はあったのではないか」と考えている筆者から見れば、河村市長の「なかったんじゃないか」という発言はちゃんちゃらおかしく思える。ましてや南京市訪問団の前でそれを言うのはあまりにもナンセンスであるように思える。この発言を受けて、南京市は姉妹提携を取りやめ、両市の交流を停止することを決めた。河村市長は「新たな研究成果が出てきている」などと述べているようだが、この件に関して「なかった」ことを実証することは何の解決にもつながらない。

 国際交流の基本は、お互いが異なる人びとだと認識した上で、お互いの意見に耳を傾け、できる範囲での相互理解を図ることである。そう考えてみると、日本国内では劣勢(というか、ほとんど支持されていない?)である南京事件否定派に肩入れするような、言いかえれば南京市訪問団の歴史観を無視するような発言をしてしまう河村市長の「国際感覚」に疑問を持たざるをえない。

 自国の歴史に対して自虐的になりすぎる必要はない。過去の過ちに関する責任は、その過ちをおかした人びとにあるのだから。 しかし、歴史上で起きた事実は事実として認識しておく必要と責任がある。 
 
 
 私たちは歴史を背負って生きているのだから。また、その事実に他国がからむ場合は、他国が自国をどう見ているのかを知っておく必要もある。そういった作業を怠けていると、国際社会では「そんなことも知らないのか」と笑いものになってしまう。

 おそらく、河村市長は国内の一部の人びとに「よく言った」などと称えられているのかもしれない。だが、国際的には笑いものになっていることが予想される。彼は大都市の市長なのに、歴史を背負わず無責任なことを言っている、と。

(谷川茂)(情報提供:夕刊ガジェット通信)


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コメント

No title

こんにちは。私も河村市長さんの発言に賛意を示しております。
数年前元衆議院議員でおられた戸井田氏が中心となって出版した本等や
その他の物を見ても中国の捏造である可能性が高いと思われます。

実際に指摘を受け記念館から提示を撤去した写真もあります。

またどこかのブログで目にした文章で旧日本軍の兵士だった方が捏造写真の見分けとして軍装についての事をお話していました。

別スレで中韓北とは付き合わないのが一番と申しました、それは今もそうできればそれにこした事はないと思います。

できなければ最小限度の付き合いに止めるべきと思います。

教育の問題も大きいでしょう。人材を育てねば国際競争に勝ち残れないと思います。特に政治家が一番個人的には酷いと思いますね。

ゆとり教育を推進した寺脇某は朝鮮学校の理事になったと知った時はやられたと思いました。やはり気をつけなくてはなりません。スパイ防止法制定は絶対必要と思います。

No title

>2012-02-24 09:19 | 一有権者様

>こんにちは。私も河村市長さんの発言に賛意を示しております。
>数年前元衆議院議員でおられた戸井田氏が中心となって出版した本等や
>その他の物を見ても中国の捏造である可能性が高いと思われます。

元々は、アメリカによる捏造ですね。

>実際に指摘を受け記念館から提示を撤去した写真もあります。

展示物は全て出鱈目なので、記念館自体を撤去しなければならないのですが。
>
>またどこかのブログで目にした文章で旧日本軍の兵士だった方が捏造写真の見分けとして軍装についての事をお話していました。

軍装、季節による不自然さ(南京事件は真冬だったのに、兵士達が夏の服装をしている)など、様々な捏造があります。アイリス・チャンの「The Rape of Nanjing」は、その資料の全てが捏造だと言われ、再販では写真が差し替えられたりしていますが、本人が捏造を認めそうになったために、中国政府に殺されたと言う見方もあります。
>
>別スレで中韓北とは付き合わないのが一番と申しました、それは今もそうできればそれにこした事はないと思います。

それはその通りですが、実際はそうすることでさらに事態が悪化しますので
>
>できなければ最小限度の付き合いに止めるべきと思います。

決して信じず、最大限の距離をとって行うべきですね。
>
>教育の問題も大きいでしょう。人材を育てねば国際競争に勝ち残れないと思います。特に政治家が一番個人的には酷いと思いますね。

そうなのですが、そのような政治家を支持した国民に責任があります。毛沢東を支持した農民みたいなものですよ。結局は国民が目を醒まさなくては変わらないでしょう。

>ゆとり教育を推進した寺脇某は朝鮮学校の理事になったと知った時はやられたと思いました。やはり気をつけなくてはなりません。スパイ防止法制定は絶対必要と思います。

寺崎氏のその後については知りませんでしたが、そうでしたか。調べてみます。

最低限防諜法は絶対に必要ですね。それでも報道の自由とか個人の自由とか言い出す馬鹿が必ずいます。

はじめまして

大変、説得力のある素晴らしいブログを読ませていただきました。
私も、断固河村市長を応援します。
個人的にでも、この問題に言及している国会議員が少しはいるかなと、ブログやツイッターをチェックしていましたが、まことに少ない ( 片山さつき先生くらい!? ) 事実に落胆しています。私は戦後産まれですが、これから産まれてくる子供達にまで負の遺産を引き継がせるわけにはいかないと思います。
我々の手で決着させるべく一致団結して頑張りましょう。

はじめまして

>2012-02-27 02:25 | ピロテイ様

>大変、説得力のある素晴らしいブログを読ませていただきました。

恐れ入ります。

>私も、断固河村市長を応援します。

今の所、河村市長は自分の言葉を撤回する様子もなく頼もしいですが、政治家で本当に彼を擁護する人は少ないですね。石原都知事くらいです。といって、それほど反対論が目立つわけでもないのですが、要するに触れたくないと言うことでしょう。

大村知事や藤村官房長官もあれ以上は言ってないようですが、そもそもあんなことを言うこと自体が恥ずべきだと、政府も愛知県も自覚すべきです。

>個人的にでも、この問題に言及している国会議員が少しはいるかなと、ブログやツイッターをチェックしていましたが、まことに少ない ( 片山さつき先生くらい!? ) 事実に落胆しています。私は戦後産まれですが、これから産まれてくる子供達にまで負の遺産を引き継がせるわけにはいかないと思います。

本当に知らないうちに日本は毒されていたのだと愕然とします。

>我々の手で決着させるべく一致団結して頑張りましょう。

とにかく周囲から少しずつ説得してゆくしかないですね。

これからもコメントをお寄せ下さい。

No title

こんばんは。夜分にコメント失礼いたします。

 河村市長は「南京大虐殺はなかった」と主張されたのではありません。「いわゆる南京大虐殺はなかったのではないのか」と問題提起をされただけです。趣旨としては「象徴的に30万人とされるような組織的な大虐殺はなかったのではないか」ということで、「30万人」を「いわゆる」に置き換えてのソフトな発言でした。

 河村市長の目的は両市の友好関係の更なる構築、相互理解と友好親善にあります。大都市上海に比較して在留邦人数の割合が極端に少ない点、名古屋市から南京市への企業進出はわずかに2件という点などをふまえ、過去の大虐殺事件というものに忌憚のない意見交換をして、事実関係を見直してゆき、両市の友好が深まり、人の流れもスムーズにゆくようにしたいという狙いがありました。

 もちろん、それらのベースになっているのは河村市長ご本人のアイデンティティなわけですが、市長はもちろん南京市にたいしては幼少期の思い出より、友好的かつ感謝の念を抱き続けてきています。大虐殺があるとされていながらも、敗戦後は憎悪や反感より、むしろ心温まる交流が築けてきたのではないのか?という思いを実感してこその「いわゆる南京大虐殺はなかったのではないのか」発言なわけです。

 河村市長のこの基本的なスタンスをご理解なされていないと、マスコミが流すステレオタイプな切り口にひっかかってしまい、「南京大虐殺などなかった」と日本の立場の主張をキッパリしたとし、今もしていると安易に受け取ってしまうことになります。河村市長は「いわゆる南京大虐殺はなかった」ことに両国の友好の未来があると信じているからこそ、今でもそれを言っているわけです。

 河村市長は訪問された南京市使節団にたいして今回の責任は一切なく、遺憾に思われ、南京市民のみなさんにも報道は誤解であるとメッセージしています。発言者の趣旨をよく理解してあげ、立場と気持ちを慮ってあげるのが、日本国民としての心ある姿ではないかと思います。

 今回は南京大虐殺に関して進歩的な話し合いがこれから何度かもてるかもしれないチャンスの時でした。そのために河村市長は昨年からタネをまいて芽を育ててきました。河村市長は更なる相互理解と友好親善を目指していました。そこに河村市長が長年描いて来たの政治家としての理想が見えますし、その心と意志を理解し尊重してあげるべきだっとおもいます。今回は失敗してしまったのですが、決して間違えた発想ではなかったとおもうだけに残念です。

No title

>2012-03-21 20:58 | 他所じい様

>こんばんは。夜分にコメント失礼いたします。

コメントはいつでもよろしいですよ。

> 河村市長は「南京大虐殺はなかった」と主張されたのではありません。
>「いわゆる南京大虐殺はなかったのではないのか」発言なわけです。

河村市長が別に南京からの訪問団を詰問したのではないことは、誰の目にも明かであり、そのうえで、どのように解釈しようと「南京虐殺はなかった、父親もそんなことは言っていなかった」と言っているのであり、それまでうやむやにすべきではありません。


>「南京大虐殺などなかった」と日本の立場の主張をキッパリしたとし、今もしていると安易に受け取ってしまうことになります。河村市長は「いわゆる南京大虐殺はなかった」ことに両国の友好の未来があると信じているからこそ、今でもそれを言っているわけです。

南京虐殺は有りませんでした。日本国内でも、30万はないとしても、20万、10万或いは5万人くらいの虐殺があったかも知れないとのさまざまな意見があるようですが、そもそもこの問題が正式に、そして公に討論されたことがあったでしょうか。

日本政府も南京虐殺は認めていません。戦場での殺戮はあったろうと言っているだけであり、それも戦後の傍証に基づいているだけです。

ここで最初から繰り返すつもりはありませんが、南京虐殺はなかったという日本のメッセージを明確に中国に伝えていないのがこのような問題になっています。それによって、中国が日本との関係を絶つというなら仕方がないではないですか。

>発言者の趣旨をよく理解してあげ、立場と気持ちを慮ってあげるのが、日本国民としての心ある姿ではないかと思います。

河村市長の心情は心情として、これを恰も日本の意思として中国側に妥協することが何を生み出すか、そろそろ理解されてはいかがですか。中国に譲ることで、日本が何か中国から得られた物がありますか?


> 今回は南京大虐殺に関して進歩的な話し合いがこれから何度かもてるかもしれないチャンスの時でした。

そのようなチャンスなどあり得ません。なぜなら、中国における南京虐殺は、反日政策の手段であり、事実などを元にした物ではないからです。中国の専門家の使命は、中国政府の主張に裏付けをするだけのことであり科学的事実など全く問題ではありません。

中国では、南京虐殺を否定することを禁止する法律まで制定しようとしています。そのような国の専門家とまともに検証が出来るわけがありません。仮に中国側の専門家が日本の主張に同意するようなことが有れば、生命財産の危険有ります。

なんとか持てるかも知れないチャンスなど、あり得ないことを考えないで下さい。

中国では毎日反日ドラマをテレビで流し、学校では感情的に日本を憎むような教育をし、南京映画を何本も作って世界中で上映しています。なぜ、そのような国とまともにつきあえると信じているのですか。それとも、あなたは南京虐殺が事実であり、動かしがたい証拠でもご存知なのですか?

>今回は失敗してしまったのですが、決して間違えた発想ではなかったとおもうだけに残念です。

いえ、今回は成功です。日本では河村市長に寄せられるコメントの大半が良くやったと言う物であり、あの臆病藤村長官や、お調子大村知事、芸人橋本市長が、あの直後発言を取り消せと言っていたのが今では黙りです。中国側も問題を大きくしたくないようです。すれば、ますます日本の対中意識を悪化させるからです。

物分かりの良さそうなことで中国に譲るようなことは止めた方が良いですよ。中国のモラルは落ちきるところまで落ちきっています。お読みになったでしょうが、女子高生が暴漢に襲われ倒れているのを警察はホームレスと認定して業者に死体を捨てさせるように指示し、女子高生は瀕死のまま0度近い排水溝の中に2日間放置されていました。2歳の女の子がひき逃げされ、18人が見て見ぬ振りをしていたのも記憶に新しいですね。

このような事件が後を絶たないのは、中国で善意が身を滅ぼすからです。中国に対する日本の善意や思いやりは日本を滅ぼします。もし、日本人として国家を守りたかったら、歴史上の事実を曖昧にして中国とは妥協しないことです。

No title

中国でははっきりものを言う政治家が評価されるみたいです。
ここ最近、総理大臣の中では小泉総理が最も評価が高いようです。
中国に阿った鳩山総理や菅総理はおそらく中国では馬鹿にされているのではないでしょうか。河村発言については今は振り上げた拳を降ろせない状態でしょうが、時が過ぎれば河村氏も中国から評価されるかもしれませんね。

No title

>2012-03-22 12:23 | 花岡 鉄様

>中国でははっきりものを言う政治家が評価されるみたいです。

他国ではおしなべてそうみたいですね。日本独特の曖昧な表現は、彼らには責任をとらないと思われるのでしょう。好き嫌いはともかく、評価はされるのだと思います。

>ここ最近、総理大臣の中では小泉総理が最も評価が高いようです。

そうですか。彼は靖国問題などでは中国ネットで右翼と決め付けられていると思いますが。中国で評価が高いのは、田中角栄氏のみだと思ってました。あとはドングリの背比べかと。

>中国に阿った鳩山総理や菅総理はおそらく中国では馬鹿にされているのではないでしょうか。

あれらを評価する人間は地上には居ないと思います。

河村発言については今は振り上げた拳を降ろせない状態でしょうが、時が過ぎれば河村氏も中国から評価されるかもしれませんね。

彼らの面子上、相手にしないとの態度を採るかも知れませんが、内心は評価するかも知れません。ただ、彼の言い分を認めることは絶対にないでしょうけれど。

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