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南京事件

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他のエントリーを予定していたのだが、次の記事を目にし、採り上げることにした。いわゆる、南京虐殺事件についてだが、このような形でメディアが採り上げるのは珍しいと思う。ただし、その内容には大きな疑問があるが、南京虐殺事件をそもそも日本が公式に認めているのかどうかだ。今の所棚上げになっているのが実情であり、敢えて踏み込んでその検証をしようとはしてこなかったようだし、むしろ、村山談話のような馬鹿な物を政府の公式な見解として出すようなことをしている。これでは、拡大解釈を許し、日本が南京大虐殺を認めていると宣伝されかねない。

何度もブログで採り上げているので、ここで南京事件があったかどうかは繰り返さない。私の見解としては、南京大虐殺は全くの捏造であり、そのような物はなかったと考えている。

日本では否定派の中にも、30万名もの犠牲者数はあり得ず、精々数万人だった等という意見があるが、この規模でももし事実なら虐殺だろう。

「虐殺」とは、かなり感覚的な言葉で、残虐な方法で殺すことを言うが、国際法では虐殺が規定されている。時代に不変ではない。 それは、基本的に意図を持ってある程度の人数を不法に殺すように命令されたものであり、個人的な犯罪の集合とは別である。アメリカの原爆投下は、明らかな虐殺の例である。

となれば、数万人はおろか、数百人でも日本軍が組織的に殺戮を命令したのであれば虐殺だろう。その事実は無かったと私は思っている。ただし、戦場の常として、極限状態にあった日本兵や朝鮮兵の中に、個人の犯罪として中国人を殺害したことはあるかも知れない。しかし、その場合でも日本軍の規律は極めて厳しく、その犯人は大概銃殺刑になっている。

これらの事情から、南京虐殺があったと考えるべきではなく、数万人の意図的な集団殺戮もあり得なかった。あとは、可能性として少数の日本兵の犯罪行為があったかも知れないと言うだけだ。

この南京事件は、東京裁判でも採り上げられたが、戦後日中国交が成立してからも一切そのことが中国から持ち出されたことはなかった。初めて南京における集団虐殺事件が語られ始めたのは、1971年の、朝日新聞記者、本多勝一の「中国の旅」からであり、これは彼がその前に書いたベトナム戦争批判記事「戦争と民衆」の続きとして書かれた物である。

「戦争と民衆」により、高い社会は記者としての評価を受けた彼が、その後中国で取材をしてきたというのだが、つまりは彼自身の功名心がこの記事を書かせたと思う。中国で取材してきたことが全て事実であると書いたこと自体に問題があるし、彼がそれをどれだけ検証したのか、物的証拠をどれだけ確認したのかが一切無い。

白髪三千丈の中国人の話をそのまま書けば、どんな大虐殺もできあがる。

そして、それを決定づけたのは、当時社会党の田邊誠であり、それを中国に、対日カードになると持ちかけ、南京大虐殺記念館を中国に作らせた。その資金も出しているし、そしてその後、その虐殺記念館には、元総理の海部俊樹、村山富市、癌物体が献花している。もちろん、田邊誠、野中広務、古賀誠(文中敬称略)も献花をしている。

さて、今回の記事だが

赤文字は引用

「南京事件なかった」 河村市長、日中討論会提案


2012年2月20日 14時11分

 名古屋市の河村たかし市長は20日、市役所を訪れた中国共産党の南京市委員会幹部らに、戦時中の旧日本軍の行為に関し「通常の戦闘行為はあったが、南京での(大量虐殺)事件はなかったのではないか」と述べた。その上で「真実を明らかにするためにも、討論会を南京で開いてほしい」と求めた。
 
 真実を明らかにするのはよい。が、その討論を南京で開催することにどんな意味があるだろうか。南京での討論に誰が参加するのか。当然ながら、中国当局が南京事件を今更否定する結論を認めるわけが無く、結局日本からも南京事件肯定派あるいは、精々被害人数に意義はあるが、虐殺はあったとする人物しかゆけない可能性がある。また、公正な会議が可能であると考えること自体に無理がある。
 
 このような問題は、韓国の売春婦賠償問題でも、日韓の有識者が集まった会議は常に、最終的に韓国側が感情的になりヒステリーを起こして流れるのがお定まりだ。今回南京などで行っても、否定派がどのよう嫌がらせを受けるか分かった物ではない。
 
 河村氏の言葉は一見まともだが、その討論会を南京で開けと提唱する時点で、なにか含みがあるのかと勘ぐってしまう。
 
 中国において真実が明らかにされると河村氏が本当に思っているのであれば、地方自治体といえどもそのトップを勤める判断力はない。結局、却って妨害に負けて南京虐殺があったと日本側が認めたことになってしまう可能性がある。そもそも、否定派がそのような状況で南京に参加するとは思えない。
 
 言論思想弾圧の現状がある国での公正な討論が可能かどうか、河村氏は思い至らないのか。どうしても討論をしたいのであれば、ネットを介して南京と日本でやればよい。ネット会議を公開し、何度でも時間を尽くし、限られた参加者でやればよい。ネットに対する妨害を防ぐために、あらかじめ募集した人数のみに会議の途中でも参考意見などを募集すればよい。その過程は全て記録し、配信すればよいのではないか。
 
 また実際に中国側は信じられないような謀略を行う。実際、日本側でも否定論者に対し身体的な暴力も想定される。まともな論争の概念のない中国に対し、万全の整えとして、匿名参加を希望する発言者は徹底してその個人情報を秘匿する努力をすべきだ。会場の所在も明かしてはならない。
 
 討論だと軽く考えるべきではない。理論が通らなければ暴力を使うのが中国のやり方であり、国防総動員法が存在する今、日本にいる中国人から参加者を守る方法は採っておかなければならないだろう。長野における聖火リレーの際、中国人達が集団で何をしたかをしっかりと認識しておく必要がある。
 
 もし討論をするのであれば、そのような状況以外、結論は出ない。が、それをするとなれば国家としての介入がどうしても必要になるだろうが、いまの売国政権にそれを望むことは到底出来ない。
 
 いずれにせよ、南京での討論会などすべきではない。

 名古屋市と南京市は1978年に姉妹都市となり、交流を続けている。南京市側の劉志偉・常務委員は8人の訪問団を代表して「教育の中で歴史を強調するのは憎しみからではなく、平和を大切にしたいからだ」と述べ、河村さんの発言に対する明確な返答はなかった。
 
 教育の中で歴史を強調するのは平和を大切にするためだとは、まさに白々しい。歴史を捏造し、感情的に日本を憎むように教育することが平和のためなのか。歴史を政策のための道具として使う中韓の教育自体が平和とはほど遠い物であることは言うまでもない。
 
 日中両国の有識者が2010年にまとめた日中歴史共同研究では、日本側は死者数を「20万人が上限。4万人や2万人とする推計もある」と指摘。中国側は「30万人以上」との見解を示した。
 
 これが問題なのであり、4万人や2万人でも軍が関与した集団殺戮なら虐殺だが、そのような事実は無い。むろん、中国の便衣兵や犯罪者を処刑したことは当然あるだろう。なにしろ、当時国民党は南京に多数の兵を残したまま、指揮官が真っ先に逃亡した事実がある。当時、国民党軍の南京防衛軍の動員兵力は約10万人に達したと言われる。それだけの兵が居ながら、日本軍の砲撃が始まると、指揮官が真っ先に逃げ出したのだ。
 
 残された兵は、市民に紛れ便衣兵として処刑されたことはあるだろうが、当然それは虐殺とは全く無関係だ。
 
 国民党兵の略奪から守ってもらうために、日本軍が駐屯する南京に人が集まり、日本軍が駐屯してから南京の人口が増えたという客観的なデータがある。
 
 そもそも、当時南京に駐屯していた日本軍の数は、最大で10万程度とされている。10万の兵士が2ヶ月間で30万人を殺すことなど物理的に不可能であり、数字から言えば一人が三人殺せば可能だろうというのは馬鹿げている。
 
 それだけの人間を逮捕し拘束し、殺害し、死体の処理しなければならない。その間、南京市民は無抵抗で見ていたのか。当然ながら暴動が起きるだろうし、大量の残された国民党兵士が居るのだ。大体において、当時最大でも南京の人口は25万人であったとされている。それも日本軍の保護を求めて集まり増えた結果だ。
 
 それらに対処しながら、2ヶ月で30万人を殺害するのは実際には不可能だ。

「動かぬ証拠ある」と中国反発 河村氏の南京事件発言関連トピックス河村たかし


 河村たかし名古屋市長が「南京事件というのはなかったのではないか」と発言したことについて、中国外務省の洪磊・副報道局長は20日の会見で、「そのような見方には賛成できず、南京大虐殺には動かぬ証拠がある」と反論した。その上で洪氏は「日本側の関係者には、歴史の教訓から学んで、両国関係の健全な発展を進めてほしい」と求めた。
 
 とうぜん中国はいつもそう言い続けてきた。が、その動かぬ証拠も、近年の科学的検証が出来るようになり、多くの写真が捏造であることが判明している。遺体だという人骨も、科学的な、たとえば放射性炭素年代鑑定などを行えば、捏造だと分かるだろうが、中国がその鑑定を日本にさせるわけがない。
 
 これらをふまえ、河村氏が、南京事件はなかったと言ったのは評価できるとしても、その討論を南京で行おうというのでは全くの逆効果だろう。息をするように嘘を付く中国で何が明らかになると言うのだろうか。
 
 
 南京虐殺事件については、むろん、日中はおろか、世界中でも論争を生んでいるが、その内容はネット上にも様々ある。比較的中率な描写としては、やはりWikiが便利と思うので、URLを紹介するが、確認されたい方は各自ご覧になっていただきたい。


南京大虐殺紀念館


南京事件 (1937年)

南京大虐殺論争

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