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田原氏のお言葉

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昨日のエントリー「知識人とは白痴のことか 朝生を見て」の続編のような物だが、当の番組の司会者、田原聡一郎氏のコメントが有ったので、ちょっと採り上げてみた。

なお、同番組に出席したメンバーは

橋下徹(大阪市長)         圧勝
東浩紀(批評家、早稲田大学教授)  まとも、理解しようとしている



山下芳生(日本共産党・参議院議員) 共産党議員、言うこと全て嘘だとわかりやすい
池田知隆(元大阪市教育委員長、ジャーナリスト) 教師が服務規程を破ってもかまわないとのこと。
香山リカ(精神科医)              自己弁護と個人攻撃のみ
薬師院仁志(帝塚山学院大学教授者)       揚げ足取りに失敗、反撃され沈没
柳本顕(自民党・大阪市会議員)         なぜその場にいたのか意味無し
吉富有治(ジャーナリスト)           一応出ていただけ

であり、各人に対しての評価は、私の独断である。

なお、司会の田原氏については多言を要しないだろうが、番組作りにはかなりえげつなく、討論会と言いながら自分のシナリオにしたがって発言を遮ったり、発言者を侮辱したり、揶揄したりなどが、以前から指摘されている。

むろん、番組を作っていたテレビディレクターの前歴があるので、自分の看板番組の視聴率を稼ぐことはプロとしての当然の行為であろうが、そのために真実がどうであるかはあまり問題としていない。ようするに台本が出来ていて、悪役と善玉が決まっており、結論も決まっているわけだ。

彼自身、話題作りのためには公衆面前セックスもいとわない人物であり、恥の概念を余り持っていないから、臆面もなくこのような台本にしたがった討論番組をつくり、しかも生放送と謳いながら、今回は録画放送だったことも、”放送事故”を恐れていたのだろうと思う。

さて、それを念頭に置いて、彼の言葉を聞いてみると、確かに直接討論者達と向き合っていたのだし、番組内容とそれほどの矛盾はない。要するに、彼自身が番組に出てくる文化人を頭から馬鹿にしているから、上記のような番組作りになるのだと考えればそれも納得行く。好きなようにしゃべらせていたら内容がつまらなく視聴率が取れないからだ。芸人に上手く芸をさせるのは番組ディレクターの手腕ではないか。

赤文字は引用

なぜ有識者は橋下市長に議論で負けるのか

「大阪のコミュニティーは失われない」と橋下氏
 しかし議論の結果は、有識者が橋下さんを困惑させるどころか、橋下さんのほうがはるかに優勢だった。これまでも多くの文化人や学者が議論を挑んできたが、いずれも橋下さんが楽勝という印象である。

 
 田原氏は番組の中で、今はメディアが橋下さんにすり寄っているではないかと指摘していたが、その先駆けが田原氏であり、だからこそ、舌鋒鋭く若き風雲児、橋下大阪市長VS無能6人衆という台本を書いたのだろう。発言者に対する煽り方、発言の遮断の仕方などを観るとその意図がよく見える。

 橋下さんは大阪都構想を進めようとしている。大阪府と大阪市の二重行政には無駄が多い。たとえば水道事業一つとっても府と市の両方が管理している。こうした二重行政を一本化して無駄を省くのが大阪都構想だ。
 
 これについてはよく分かった。自治の確率など、大阪が抱えている問題は地元にいない人間にはよく見えていなかったが、ここで示されている実態が事実だとすれば、確かに大規模な変革は必要であり、今までのように誰が実権を持ち誰が責任を取るのかはっきりしない状態が続けば大阪の地盤沈下は停まらないだろう。いずれにせよ、今までの為政者が何もしなかったのは事実のようだし、公務員が好き放題をやっていたのも事実のようだ。なにより、橋下氏に挑んだ自称文化人、その実芸人達は、資料を何も用意していなく、橋下氏に資料を突きつけられると反論が出来ず、揚げ足取り重箱の隅をつつくしかなくなっているのがよく分かる。山下氏や薬師院氏など、その典型だ。

 現在の大阪市の24区を解消し、8~9の特別区(自治区)にして区長公選を行うという。そして、大阪市をなくす。これに対して反対する人たちの意見は、大阪都構想によって大阪市がばらばらになり、コミュニティーが失われると主張する。

 橋下さんは東京都を例に出して反論する。東京都も以前は東京府と東京市に分かれていて、東京市が解消され23区ができたが、コミュニティーは失われずに残っていると言う。

 
 芸人達の認識不足というか理解不足は、コミュニティと行政区分の違いさえ理解していないことだ。大阪都と言う言葉は不適切だとは思う。都とはみやこであり、文字通り日本には一つしかない。適切な名前はいずれ正式に付けるとして、行政区分が東京都を同じになれば大阪もやり易くと言うのは分かるが、細かいところはこれから当たってゆかなくてはならないのだろう。やはり様子見しかない。が、今まで通りでは駄目だとはよく分かる。
 
 橋下さんは特別区ごとに教育委員会を置き、区長や知事が関与できるようにするとも言っているが、これに対しても「ファシズムだ」、あるいはそれをもじって「ハシズムだ」と橋下さんは批判される。
 
 教育は中立でなければならない。子供は日本の何処に住むかを自分では決められず、住む場所によって、異なった国家観を植え付けられるのは絶対に避けなければならないだろう。教育には絶対に中立性が確保されなければならない。その意味で、誰が責任を持ってその教育の中立性を保つのかが今まで曖昧だったをはっきりさせようとするのはよいが、しかし教育内容がたとえば校長に決定権が大きく移るような改革はどんな物だろうか。校長といえども人間であり、様々な問題を抱えた校長が多数居る。
 
 権限を持たせるのは、同時に大きな責任を負わせることだ。したがって、国が定める教育方針から校長が大きく逸脱するときは、それに応じた重大な責任を負わせることが重要だと思う。つまり、いままでは権限と責任がバラバラだったのだ。この二つは必ず組でなければならない。将来、行政地区の決定によっては、卒業式で国歌斉唱、国旗掲揚が廃止されもかまわないと言う橋下氏には危惧を感ずる。
 
 他にも橋下氏には様々な危惧を感じており、双手をあげて支持するつもりにはなれないが、しかしいまはドブ掃除が必要なのだ。独裁的手法で解決してゆかなければならないと言う言葉は納得する。話し合いを続けて結果が出ないなら、それは議事録を残さない政府会議だ。仮に出した結果が間違っていたら改めるしかない。何もしなければ現在の間違いがそのまま続いてゆくことになる。私は保守系を自認しているが、何が何でも温存するのは腐れ保守だと思っている。
 
 反対するだけで、対案を出せない弱さ
 橋下さんに批判的な多くの文化人や学者は議論すると負けてしまう。なぜだろうか。私は番組を通じてこのことを考えてみた。

 
 結局彼らに共通なのは、反対するがではどうするのかと対案を求められると何もないことだ。彼らでなくとも、一般にもいる。反対はするが、ではどうするのかと聞けば答がない。反対するだけが目的なのだ。
 
 反対すれば自分の存在感を示せるのだろう。が、反対するからには対案を示す責任があるが、彼らにはそれが全くないし、共産党などは、理論的に成立しない対案を出すから、彼らの言葉など全てくず箱行きなのだ。
 
 大企業を常に敵視しているが、では大企業をつぶしてしまってこの国の経済がどうなるのか、大企業に内部留保を認めないとすれば、不況時に企業がつぶれ多数の失業が生まれることに対してはどのようにすべきなのかと言う質問に対し大企業に雇用の確保を義務づけるなどと言っている。だから、連中は馬鹿なのだ。只で人を雇えるならそれでも良いが、それが雇用対策になるのか。
 
 戦争は話し合いで避けるべきだという。それが歴史上成立したことがあるのか、なぜ戦争が起きるのかについては口をつぐんでいる。
 
 また話がずれたが、空想世界の左翼共産党が棲息していること自体が矛盾と思えて仕方がない。
 
 ところで、

 リーダーの意識が失われている日本の政治の世界で、橋下さんは「新しい権力をつくろう」「新しい体制をつくろう」と考えているのだと思う。

 日本のインテリの欠陥は、話し合いを重ねても、その後の決断と実行がないことだ。橋下さんは、話し合いをしたうえで決断、実行すると言っている。

 
 なぜ対案を出さないのか。責任を取りたくないからだ。何故日本の政治、特に今の民主党政治では結論が出ないのか。政権を担う意味を理解していないからだ。前総理やその前の物体、物質達は、権力の乱用には熱心だったが、それに伴う責任感は皆無だった。
 
 その「決める政治」に対して、日本の文化人たちは「ハシズム」と批判する。橋下さんとインテリの間にズレが生じているのである。
 
 田原氏は長くメディアに関わり、多くの文化人、知識人と称する人たちと会ってきた。そろそろ、責任を取らずに大衆に迎合した発言しかしない彼らが、決してインテリではなく、芸人なのだと明らかにしてはどうだろうか。それとも、それを明らかにしてしまうと、自分が飯の食い上げになるからしないのか。

橋下氏は石原慎太郎氏と本当に組むのか?
 さて政治の世界では、橋下さんを中心にして政界再編を図る動きが見られる。問題は橋下さんが今後組もうとしている相手で、それは東京都知事の石原慎太郎氏だと思う。

 
 可能性はあると思うが、橋下氏が今の所石原氏を当てにしているとは余り見えない。政治に身を置き経験を積んだのはやはり石原氏の方が上だ。組むか組まないかはともかく、協調することは考えて良いのではないか。ただし、石原氏は原発推進主義者であり、今の所橋下氏とは合わないが、そのくらいの食い違いは、今の所脇に置いても良いだろう。すなわち、別々に主張すればよいと言うことだ。

大阪と名古屋だけでは日本は変わらない。ここに東京が組むことで日本は変わるかもしれないのだ。

ここまで維新の会が伸びたのも、むろん民主の馬鹿さ加減の故であり、今になって民主党は大阪都構想を研究し始めたそうだ。維新の会に取り入る魂胆があまりにも賤しい。(後述)

だが石原さんは「憲法を改正して軍隊を持ち、日本は核武装すべき」という考えの持ち主である。そんな石原さんと橋下さんはどう組んでいくのか。とても興味深いところである。

これについては、橋下氏は個人的に核武装論者だそうだが、今の時点ではそれを明らかにはしないしする必要もないだろう。それは国政レベルの話だ。

さて、姑息民主党だが、

民主が「大阪都」構想を本格検討

統一地方選で議席を大幅に減らし、また市長選に敗れた現職市長を応援した事情もある。加えて、任期中の都構想実現を目指し、維新の会の意をくむみんなの党提出の地方自治法改正案に反対する政党や国会議員の選挙区に候補を擁立するという攻撃的な橋下、松井両氏の言動に対し、党府連には「都構想はネタだ。(ほかにも政策的に)できていないネタを探して勢力を拡大しようとしている」(参院議員)との警戒感も生じている。

民主としては支持率降下が停まらず、すがりつきたい物には何が何でもすがりつきたいと言うことでしかない。政治専門家のいない民主党が、かつて批判していた大阪都構想を、維新の会人気にあやかって今から同調しても、どうせまた嘘だろうと言うことでしかない。民主は目的のためには手段を選ばず、散々嘘を言ってきた。

 維新の会と民主双方の溝は深く、このまま推移すれば、国政選挙の激突は必至だが、そうなれば、地域主権を掲げた民主は分が悪い。筋を通す意味でも、民主は都構想に反対してきた理由をあらためて整理した上で、維新の会と真摯に向き合うべきだろう。
 
 それはおそらくしたくても出来ない。民主は他の左翼同様、自分の過ちを認めることなどできない。結局民主党は消滅し、バラバラになった議員達が他の政党に潜り込んだり、新しい似非中道政党を立ち上げたり、無所属に成りすまして出てくるのだろう。旧社会党がやったことをまた繰り返すだけだ。けっして騙されてはならない。

 

上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

なぜ有識者は橋下市長に議論で負けるのか

2012年02月01日 

 橋下徹大阪市長を大阪のスタジオに迎え、1月29日深夜に『朝まで生テレビ』(テレビ朝日系)を行った。橋下さんが目指す大阪とは何か、大阪都構想にはどんな問題があるかなどについて、6人の有識者に鋭く切り込んでもらうのが番組の狙いだった。

「大阪のコミュニティーは失われない」と橋下氏
 しかし議論の結果は、有識者が橋下さんを困惑させるどころか、橋下さんのほうがはるかに優勢だった。これまでも多くの文化人や学者が議論を挑んできたが、いずれも橋下さんが楽勝という印象である。

 橋下さんは大阪都構想を進めようとしている。大阪府と大阪市の二重行政には無駄が多い。たとえば水道事業一つとっても府と市の両方が管理している。こうした二重行政を一本化して無駄を省くのが大阪都構想だ。

 現在の大阪市の24区を解消し、8~9の特別区(自治区)にして区長公選を行うという。そして、大阪市をなくす。これに対して反対する人たちの意見は、大阪都構想によって大阪市がばらばらになり、コミュニティーが失われると主張する。

 橋下さんは東京都を例に出して反論する。東京都も以前は東京府と東京市に分かれていて、東京市が解消され23区ができたが、コミュニティーは失われずに残っていると言う。
さまざまな改革を行う橋下氏を「ハシズム」と批判
 橋下さんはまた、公務員を「身分」から「職業」に変えようとしている。一般企業では不況だとリストラがあり、従業員の数が減らされる。失敗すれば降職や減俸もあるが、公務員の場合はそうではない。定年まで身分が保障され、定年後は天下りもある。公務員は「職業」ではなくひとつの「身分」になっているというのだ。橋下さんはこれを「職業」に変えようとしている。

 三つめは教育の問題である。今、公立教育の権限を持っているのは教育委員会である。大阪市で言えば市の教育委員会だが、教育委員は一種の名誉職であって機能していない。実際には教育委員会の事務局が強い権限を握っている。

 私は以前、長崎市の教育委員会に招かれて講演で行ったことがある。そのとき佐世保市にも行った。その頃、長崎では女の子が幼児を突き落として死亡させるという事件が起きた。その後、佐世保では小学6年の女子児童が同級生をカッターナイフで切りつけて死亡させる事件があった。

 私はこの二つの事件について、長崎市と佐世保市の教育委員会が話し合いをしないのかと聞いたが、「そんなことは考えていない」という返事だった。この一件で、教育委員とは単なる名誉職であることを強く実感した。

 橋下さんは特別区ごとに教育委員会を置き、区長や知事が関与できるようにするとも言っているが、これに対しても「ファシズムだ」、あるいはそれをもじって「ハシズムだ」と橋下さんは批判される。

反対するだけで、対案を出せない弱さ
 橋下さんに批判的な多くの文化人や学者は議論すると負けてしまう。なぜだろうか。私は番組を通じてこのことを考えてみた。

 日本のインテリは基本的にまだ「左派」の影響が強い。インテリほど選挙では野党に投票する。昔なら社会党、共産党に票を入れるか、あるいは選挙に行かない。要するに体制が嫌いなのだ。そしてメディアも、体制をウオッチして批判することがジャーナリズムだと思い込んでいる。ここまではよい。

 しかし討論の際、相手の批判を受けて橋下さんが「では、あなたならどうしますか」と問うと、対案が出てこないのである。日本の与党を批判する野党が、与党から「では、あなたならどうするか」と問われると対案が出てこないのと同じ構造だ。

 いま民主党が消費税増税をしようとしているが、社民党や共産党は反対する。国の借金が1000兆円にもなり、「これ以上増やしてよいのか」と問うと、社民党や共産党は「予算を削ればよい」と答える。「福祉や医療などの予算を削ることにつながるが、それでもよいのか」と問うと、それにも反対する。なんと野党になった自民党までが反対している。

 こうしたことが日本のインテリに共通する弱さである。「では、どうするのか」に対する答えを用意していないのである。

日本の本当の権力者は中曽根康弘首相まで
 私も長い間、権力者を批判すれば新しいアイデアは出てくるものとばかり思っていた。しかし今の日本の権力者からは、批判してもアイデアは出てこない。しっかりとした体制というものがなくなったからだと最近になって気がついた。

 日本の最後の「体制」とは、中曽根康弘氏だった。中曽根さんまでの歴代首相は本当の権力者であり、こちらがいくら批判してもそれに対する答えが出てきた。

 アメリカであれば、オバマ大統領が登場したとき、彼は明確なメッセージと政策を打ち出した。アメリカは力で世界を抑え、「世界の警察」としてイラク戦争やアフガン戦争を戦ってきたが、軍事力で世界を抑えるのはもはや無理だとして、これからは「対話」が必要だと訴えた。

 また、ブッシュ大統領が推し進めた新自由主義の経済政策により、米金融界は歯止めなき自由を得た。世界大恐慌の際にできたグラス・スティーガル法は銀行業務と証券業務の分離を定めたものだが、これが1999年に廃止されたのを契機に、金融の自由化が一気に進められた。その行き着いた先は米金融界の強欲な経営で、それがリーマンショックへとつながる。このため、オバマ氏は金融規制改革に乗り出した。

 さらに貧富の格差もなくそうとした。アメリカでは1980年頃までは経営者と社員の所得格差が30倍くらいだったが、その後約300倍にも拡大している。オバマ氏はこうした格差をなくすと訴えた。

橋下氏は新しい権力と体制をつくろうとしている
 では日本はどうか。菅直人氏にしても野田佳彦氏にしても、自分ならどうするといった具体策がない。結局のところ、自分が日本を改革していくためのリーダー、権力者であるという意識が希薄なのだ。

 リーダーの意識が失われている日本の政治の世界で、橋下さんは「新しい権力をつくろう」「新しい体制をつくろう」と考えているのだと思う。

 日本のインテリの欠陥は、話し合いを重ねても、その後の決断と実行がないことだ。橋下さんは、話し合いをしたうえで決断、実行すると言っている。

 その「決める政治」に対して、日本の文化人たちは「ハシズム」と批判する。橋下さんとインテリの間にズレが生じているのである。

橋下氏は石原慎太郎氏と本当に組むのか?
 さて政治の世界では、橋下さんを中心にして政界再編を図る動きが見られる。問題は橋下さんが今後組もうとしている相手で、それは東京都知事の石原慎太郎氏だと思う。

 すでに大阪と名古屋の間では、名古屋市長の河村たかし氏、愛知県知事の大村秀章氏と組むことになっているのを私は両者から聞いている。だが、大阪と名古屋だけでは日本は変わらない。ここに東京が組むことで日本は変わるかもしれないのだ。

 だが石原さんは「憲法を改正して軍隊を持ち、日本は核武装すべき」という考えの持ち主である。そんな石原さんと橋下さんはどう組んでいくのか。とても興味深いところである。


 


民主が「大阪都」構想を本格検討

2012年2月1日虚心坦懐な対応を

 問われる地域主権

大阪都構想を念頭に置いた府市統合本部で意見を交わす橋下市長(右)と松井知事=大阪府咲洲庁舎

「どんな制度が良いのか真摯に行っていく」と大阪都構想について会見で語る岡田副総理=東京・霞が関

大阪都構想の資料に目を通す民主党WTの議員=東京・永田町

 橋下徹大阪市長が代表を務める地域政党「大阪維新の会」が目指す「大阪都」構想の是非について、民主党が本格的に検討を始めた。昨年の統一地方選と大阪ダブル選の連勝を背景に、都構想実現の法整備を国政政党に呼び掛ける維新の会に対し、政権政党としていかなる結論を出すのか。都構想に反発しながら選挙を戦った経緯はあるにせよ、「地域主権」を掲げた民主は、民意を得た維新の会と虚心坦懐(たんかい)に向き合うべきだろう。

■判断尊重
 大都市制度を議論する民主のワーキングチーム(WT)は、東京・永田町に維新の会の政調、総務両会長を招いた1月19日のヒアリングを受けた後、都構想について「国家としての整合性と統一性が必要」(逢坂誠二WT座長)との認識を示した。

 具体例として住民の生命、安全に関わる消防や警察の在り方をめぐる丁寧な議論の必要性を挙げたが、その指摘は、市町村ごとではなく大阪都で一つの指揮系統を有する「大阪消防庁」を設置する都構想の広域行政強化策を意識したとみられる。

 これに対し、維新の会幹事長の松井一郎大阪府知事は「組み合わせだけの問題だ」と反論。橋下氏は「法体系に照らした整合性は国がすべきだが、制度設計は地方でやると地域主権戦略大綱に入っている」と主張している。

 民主党政権が2010年6月に閣議決定した地域主権戦略大綱は、広域自治体の在り方について「地域の自主的判断を尊重」と明記してあり、「それを前面に出すかどうかだ」と訴える橋下氏の論法は、選挙結果を踏まえると説得力がある。

■温度差
 昨年4月の統一地方選で府議会の過半数を占め、大阪、堺両市議会の第1党になった維新の会は、橋下氏が大阪府知事を辞職してくら替え出馬した11月の市長選で、都構想に反対する現職市長との一騎打ちを制した。同時実施の知事選は橋下氏とタッグを組んだ同府議の松井氏が信を得、連戦連勝の維新旋風を巻き起こした。

 大阪で示された民意に対し、「(大阪市を)分割して権限を府に持っていく印象を受ける」と都構想に否定的だった前民主党幹事長の岡田克也副総理は「真摯(しんし)」に対応する意向を表明。さらに前出のWTで都構想の検討に着手した事実を加味すると、維新の会との距離を縮めるムードが民主に漂うが、地元の大阪にあっては必ずしも一枚岩ではない。

 統一地方選で議席を大幅に減らし、また市長選に敗れた現職市長を応援した事情もある。加えて、任期中の都構想実現を目指し、維新の会の意をくむみんなの党提出の地方自治法改正案に反対する政党や国会議員の選挙区に候補を擁立するという攻撃的な橋下、松井両氏の言動に対し、党府連には「都構想はネタだ。(ほかにも政策的に)できていないネタを探して勢力を拡大しようとしている」(参院議員)との警戒感も生じている。

■激突必至
 一方、維新の会は、法改正に前向きな意向を示す公明、自民両党と比較した民主の現状について、支持団体が自治労であることを念頭に、都構想に盛り込んだ大阪市の区長公選制導入による市職員の不安感を背景に了解は得にくいとみている。

 維新の会と民主双方の溝は深く、このまま推移すれば、国政選挙の激突は必至だが、そうなれば、地域主権を掲げた民主は分が悪い。筋を通す意味でも、民主は都構想に反対してきた理由をあらためて整理した上で、維新の会と真摯に向き合うべきだろう。

 併せて、法整備に反対すれば“刺客”を送るという維新の会にも冷静な対応を求めたい。前出の民主党参院議員が指摘するように、度が過ぎれば維新の会の目的が「大阪再生」ではなく“戦”にある、と有権者の目に映ってしまう。

「地域主権の老舗」
自負心のぞかせる樽床氏

 「地域主権改革は民主党政権にとって大変重要な課題」とは1月26日の民主党代表質問に対する野田佳彦首相の国会答弁。質問に立ったのは昨年4月の統一地方選まで党大阪府連代表を務めた樽床伸二党幹事長代行だった。
 「結党以来の一丁目一番地の政策」と地域主権改革を形容した樽床氏は、成熟期の日本にあって地域の産業構造に適した政策をそれぞれの地域が責任と権限を持って推進する必要性を訴えて首相の見解をただし、一方で「20年間、地域主権改革を訴えてきた私個人としてもこれからが本番との思いを強く抱いている」と自負心をのぞかせた。
 地域主権改革をめぐって地元大阪で話題に上る「大阪都」構想に関する言及はなく、樽床氏の周囲は「地域主権の老舗は俺なんだという思いがある」と同氏の胸中を察している。
  樽床氏は、統一地方選で民主党が惨敗した責任を取って党府連代表を辞任。現在は党本部の幹事長代行として選挙制度改革にまい進するなど野田政権の要職を担っている。




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コメント

田原氏の計算

こんばんは。
こちらこそ、わざわざありがとうございます。

田原氏の話題に触れていただいて。
恐縮です。


おっしゃる通り、田原氏こそ、橋下氏に擦り寄る一人ですよね。

でも、せっかく、放送事故に備えて、事前収録にしたのなら尚更、
もっと反対派の論客も、単なる中傷でなく、もっと具体論で踏み
込んで、拮抗するくらいの舌戦をしてほしかったですね。


自分で責任を取りたくない、ただ反対するだけ。
まぁ、そうであるにしても。

テレビの演出としても、せっかくやるのなら、もっと周到に論客側も
準備できたようにも思います。


周到に反論を用意する余地もないくらい、橋下氏の論述は、非の
打ちどころのないもの、ということなのでしょうか。

個人的には、橋下氏側とて、そこまで完璧でもないような気も
するのですが。。

あるいは。

番組のシナリオとして、橋下氏の論述の圧勝がありきで、
所詮はかなわないが、そこに噛み付いて敗れる論客、
という構図が、一番良い演出だと考えたんでしょうか。

どうせ、そういう流れだったら、論客側は、大して掘り下げた
論述なんてしなくてもよい。手間もかかるし、割に合わない、と。


もしそうなら、それで騙されてしまう、大半の視聴者も、
情けない気がしますね。

田原氏の計算

>2012-02-02 00:30 | なさ 様

>こんばんは。

いらっしゃいませ。

>おっしゃる通り、田原氏こそ、橋下氏に擦り寄る一人ですよね。
>でも、せっかく、放送事故に備えて、事前収録にしたのなら尚更、
>もっと反対派の論客も、単なる中傷でなく、もっと具体論で踏み
>込んで、拮抗するくらいの舌戦をしてほしかったですね。

しかし、現実にそのような能力を持った知識人はいないと言うこと、あるいは、本当の知識人であれば橋下氏に仮に異論があろうと、大方では頷けると考えているのかもしれず、さらに、わざわざあのような芸人出演番組に出る理由など無いと考えているのかも。まあ、まともな論争の出来る知識人を出してしまうと、番組が面白くないと言うことでしょうか。


>周到に反論を用意する余地もないくらい、橋下氏の論述は、非の
>打ちどころのないもの、ということなのでしょうか。

そんなことはありませんね。突っ込みどころはたくさんありましたよ。

>あるいは。
>番組のシナリオとして、橋下氏の論述の圧勝がありきで、
>所詮はかなわないが、そこに噛み付いて敗れる論客、
>という構図が、一番良い演出だと考えたんでしょうか。

田原氏くらいの経験を持っていればそのような予想は十分ついていたと思いますが。

>どうせ、そういう流れだったら、論客側は、大して掘り下げた
>論述なんてしなくてもよい。手間もかかるし、割に合わない、と。

でもわざわざ恥をさらしに出てくるとは思えないので、あれが実力でしょうね。
>
>もしそうなら、それで騙されてしまう、大半の視聴者も、
>情けない気がしますね。

しょうがないですね。民主政権が実現したのもそう言う人が多いからですよ。デジタルデバイドの時に触れましたが、私の周囲で政治、安全保障、外交などに関心を持っている人はほとんど居ません。と言うより、観たことがありません。まあ、一般のつきあいでそのような話などしませんが。親兄弟ともしませんしね。

No title

>将来、行政地区の決定によっては、卒業式で国歌斉唱、国旗掲揚が廃止されもかまわないと言う橋下氏には危惧を感ずる。

昨日も書きましたが、これは本当にその通りですね。条例よりも自治が優先されると解釈できます。選挙権の無い民意によって条例が守られないということになります。真意を糺したいです。

No title

>2012-02-02 17:05 |花岡 鉄様

>昨日も書きましたが、これは本当にその通りですね。条例よりも自治が優先されると解釈できます。選挙権の無い民意によって条例が守られないということになります。真意を糺したいです。

そうですね。石原都知事は、東京よりも国家が大切だと言っていますが当然です。国家あっての大阪ですし、自治体ですから。他にも懸念材料はたくさんあるのですが、今の所、大阪の建て直しが最優先です。

懸念を突きつけつつ、大阪改革については見守るしかないでしょうね。ただ、彼らが国政に乗り出したとき、どのような政策を採るかは真剣に見守らなくてはならないでしょう。とりわけ、国家観をどのように持っているかは、他の全ての認識の基礎になりますから。

No title

私は地方分権や道州制に反対するつもりはないのですが、これらを訴える政治家に限って国家の概念が希薄であるように感じます。橋下氏の場合、議会対策上公明党に配慮しているのかもしれませんが。しばらくは様子見ですね。

No title

>2012-02-02 19:52 | 花岡 鉄様

>私は地方分権や道州制に反対するつもりはないのですが、これらを訴える政治家に限って国家の概念が希薄であるように感じます。橋下氏の場合、議会対策上公明党に配慮しているのかもしれませんが。しばらくは様子見ですね。

地方分権とは、国家があって成り立つもの。地方が外交や防衛を独自に担えるものではありません。すなわち、国家の枠組みの中での地方分権、道州制なので、その点をきちんとふまえた政治家でないと、いずれ地方への利益誘導だけが目的になってしまいますね。自民では散々それを見せつけられました。

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