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力による支配が世界では常識

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中韓のそれぞれの意識を端的に表している短い記事があったので採り上げてみた。

赤文字は引用

中国は韓国を見て「嫉妬」している?

【新刊】鄭徳亀(チョン・ドクク)著『韓国を見る中国の本心』(中央ブックス)

 今年、中国紙『環球時報』が、ホームページでインターネットユーザーにアンケート調査を行った。質問は「韓国を力で制圧するか、あるいは説得して中国に引き込むか」。2万3400人余りが回答したが、「力で制圧」という答えが94.5%を占め、「説得」という答えは5.5%にすぎなかった。
 
 まず、韓国を力で制圧するという意見が中国ではほとんどだったというのだが、果たして本当に中国人がそう思っているかどうかはむろん、定かではない。中国のネットユーザーには憤青と呼ばれる連中が多く、中国国内でも最近は軽蔑の対象になっている。すなわち、極めて思いこみが強く、無教養で、たんなる不満を様々な対象にぶつけているだけの未熟な連中との認識が一般的なようだ。
 
 アンケートに答えた人間達が全て憤青ではないにしろ、日本でもネットによるアンケートが極めて偏っているのは、たとえば先の総選挙で民主支持が非常に少なかったにも拘わらず実際は民主が大勝したことでも分かる。事実、一般メディアでは事前に民主の大勝が予想されていたのだ。
 
 一般メディアとネットのアンケート結果が非常に大きく、結果として一般メディアの予想があったっていたわけだ。むろん、一般メディアが民主支持をアンケート結果の捏造で誘導したのだとの声もあるが、それでもこの結果は極めて明かであり、メディアの誘導でそれほど簡単にひっくり返る物でもあるまい。
 
 今も、ネットでは内閣支持は2%台の場合があるが、実際メディアに拠れば内閣支持率は30%半ばであり、まあ、こちらの方が近いだろう。とはいえ、本当に30%以上もあるのかとの疑いはあるが、選挙結果が結局一番正しい数字だと言える。
 
 ところで、冒頭のアンケートだが、ここでほとんどが力による韓国支配を認めているのが中国人全体の意見ではないだろうというのはそのためだが、一方中国のネットが100%政府により管理され、このような意見がネットにかくも大量に現れてくること自体が、政府の意向だとも言える。
 
 これにより政府に対する不満の矛先を向けさせるなどは中国の常套手段であり、日本が憤青達の標的になっているなどはそのためだ。いわばガス抜きであり、政府には日本や韓国相手に憤青が何を言おうと別にかまわないと言う意識があると言うことだ。
 
 これとは別に、面白いのは韓国を話し合いにしろ中国に引き込むかとの設問であり、韓国とは適切な関係を持ってつきあってゆくかとの設問がない。力に依るか話し合いに依るかはともかく、韓国を中国に引きずり込んでしまうという前提なのだ。
 
 中国の古来からの考え方で、全ての周辺国、民族が中国に従い逆らいさえしなければ武力による弾圧も必要が無く、野蛮な民族の偉大な中国の恩恵を受け繁栄できるのだからこれが理想の平和だ、との考えかたがある。事実、一度内部に取りこむと、歴代の中国王朝はかなり柔軟に他民族出身の人間も重要な地位につけているし、恭順下民族に対しては比較的穏やかに接している。
 
 中華による平和とは、全てが中華に恭順して成り立つのであり、それによって世界も平和になるのだから、その過程では力も用いなければならないと言うわけだ。
 
 ここに、違う価値観との共存という発想が全くない。違う価値観を持つ強大な力があると、中国人は極めて不安を抱くものらしく、とにかく力によっても謀略によっても相手を取りこむことに全力を尽くす。
 
 それこそ、三十六計には現代中国が駆使しているありとあらゆる方法、即ち、プロパガンダ、買収、美人局、盗み、そそのかし、裏切りなどが中国中心の平和実現のためには許され、それによって、戦わずに相手が中国に従うなら、無駄な血が流れず極めて平和的な方法ではないかというわけだ。
 
 何とも都合の良い話だし、実際中国が今の、漢民族主体の国になる過程で、どれだけの民族が血を流し滅ぼされたかは言うまでもないし、中国人の56%が漢民族だと言うがそれは漢民族に取りこまれただけのことであって、実際には多種多様な民族の集合体なのだ。漢民族とは、かつて劉邦が前漢をうち立てたとき、劉邦の出身部族であり非常に小さな集団でしかなかった。他民族が全て滅び、漢民族が今の状態になるまで広がったというわけではないし、事実今の中国が建国される前の清は満州族の国であって、今の中国には満州族の作り上げた物が非常にたくさん残っている。満州族(女真族)が中国化(漢民族化)された結果、大量の満州族や満州の文化が漢民族および漢民族の文化とされているだけのことだ。
 
 結局、中国人には他民族との共存共栄という意識はない。今は経済的な問題や国内の問題、国際社会による包囲網などで少しはおとなしくしているが、根本的な彼らの平和論、すなわち、全世界が中国になり全世界が漢民族とならない限り平和は訪れないと信じていることを私たちは理解する必要がある。彼らがそうしないとすれば、単に力による支配が出来ない間妥協しているだけのことだ。
 
 で、それに対する韓国側の反応も実に面白い。
 
 とはいえ実際のところ、両国は決して互いを敵対視できない間柄だ。著者は「中国は次の経済成長の段階で、金融危機を克服し新たなシステムを定着させた韓国モデルに注目せざるを得ないだろう。両国は、現在だけでなく未来のパートナーとして、東アジアに属する運命共同体」と主張している。互いを知らなければならない理由が、ここにある。340ページ、1万5000ウォン(約1000円)。
 
 表題にあるように中国は韓国に嫉妬しているというわけだ。そして、アジアの安定のためには中韓は敵対してはならず共に協調せざるを得ないそうだ。鳩の友愛を思い出すが、自分を飲み込むつもりの中国が自分たちに嫉妬していると考え、その相手とも協調しなければならないと主張する韓国人とは極めて幸せな連中なのだろう。本当に韓国が中国に取りこまれてしまえば、いっそのこと平和になると思いがちだが、汚い手が余計に伸びてくるだけのことだ。
 
 ところで、中国の力による支配、平和論は、別に珍しい物ではなく形を変えて世界中に普遍的な考え方なのであり、アメリカなどはそれで存在しているような物だ。マニフェストデスティニー、つまりアメリカ的価値観が世界全体に定着すれば世界は平和になるということであり、逆らう奴はぶっ飛ばすことを実際にやってきているのだ。
 
 むろん日本が同盟国でも同じことだ。

日本の「軽」規格廃止を…TPPで米自動車3社

 
 農業、製造業などから100件を超える意見が集まった。米自動車大手3社(ビッグスリー)で組織する米自動車政策会議(AAPC)は、日本の自動車市場の閉鎖性を理由に「現時点では反対」と表明し、参入障壁となっている軽自動車規格については、「廃止すべきだ」と主張した。
 
 むろん、こんな馬鹿な要求はないはずだが、とりあえず希望だというのだから好きなことを言うのだろう。日本の軽自動車規準は、日本人のために作られた物であり、狭い日本の道路、小さなガレージしか持てない住宅事情、平均的にアメリカ人より小さめの体格、そしてアメリカの2倍弱というガソリン価格がその理由だ。
 
 アメリカが日本に車を売りたければ、日本人の要求する仕様の車を作れば良いだけのことであり、日本人にその車の規制を変えろと言うのがどれだけ無茶で自分勝手なのかを彼らは理解していない。なにしろ、アメリカの規準に世界が合わせるべきとしか考えないからだ。
 
 ただ、このような馬鹿な要求を突きつけられてもかつて日本はそれを飲んだことが何度もある。最近もHVで出遅れたアメリカがトヨタ叩きをやった。このような国に対し、日本が正論でそれは無茶だと主張しはねのけることが出来るのか。とうぜん、ドジョウ総理には無理な話であり、まともな協議が出来る期待などもてない。
 
 だからといって、ではTPPを頭から拒否してしまえばよいのかと言えば、むしろ逆効果だろう。相手は力によってねじ伏せるのが常套手段なのだ。最終的にはTPPがなくとも同じ要求を突きつけ、トヨタもホンダも叩き、日本メーカー全てを目の敵にする。それに日本が対抗できるのか。
 
 出来ないのであれば、交渉の口実となるTPPを頭から拒否するのは得ではないと言うことになる。TPPを通して、すこしでも有利な妥協点を模索できる可能性はある。
 
 ただし、民主政権ではいずれにせよ駄目だ。いかなる外交能力もない、そして国家を守る意識のない連中にいかなる交渉もさせられない。
 
 だから、彼らを政権から引きずり降ろすのが何よりも優先されるのだ。
 
 今年秋の大統領選を控え、大きな雇用を生んでいるビッグスリーの政治に対する影響力は大きい。月内にも始まるとみられる日米の事前協議で自動車分野は大きな焦点で、交渉は難航が予想される。
 
 アメリカもポピュリズムでしか政治が動かない国であり、大統領の容姿が選挙の勝敗を決定するような国であり、少数のエリートが大多数の無教養な国民を丸め込んで政治を動かす国だ。
 
 大量の雇用を抱えているアメリカ自動車業界に、再選が難しいとされているオバマ大統領が正論で、そんな要求は筋違いだと言うわけがない。

上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。



中国は韓国を見て「嫉妬」している?

【新刊】鄭徳亀(チョン・ドクク)著『韓国を見る中国の本心』(中央ブックス)


 今年、中国紙『環球時報』が、ホームページでインターネットユーザーにアンケート調査を行った。質問は「韓国を力で制圧するか、あるいは説得して中国に引き込むか」。2万3400人余りが回答したが、「力で制圧」という答えが94.5%を占め、「説得」という答えは5.5%にすぎなかった。


 本書の著者は、産業資源部(省に相当)長官、中国・北京大学の招聘(しょうへい)教授を歴任した中国の専門家だ。著者は「韓国の国民性が“負けてはならないという勝負根性”だとすると、中国の国民性は“猜疑(さいぎ)と嫉妬(しっと)”だ」と語った。韓中関係の発展のために努力してきた豊富な経験と資料調査を基に、韓国に対する中国人の胸の内を解説している。例え話が多いのが特徴だ。


 中国人の民族的優越感が高揚していたころは、韓国に対してむしろ友好的だった。しかし、韓流ブームが拡大し、スポーツや経済などで韓国の立場が高まると、雰囲気は急変した。


 とはいえ実際のところ、両国は決して互いを敵対視できない間柄だ。著者は「中国は次の経済成長の段階で、金融危機を克服し新たなシステムを定着させた韓国モデルに注目せざるを得ないだろう。両国は、現在だけでなく未来のパートナーとして、東アジアに属する運命共同体」と主張している。互いを知らなければならない理由が、ここにある。340ページ、1万5000ウォン(約1000円)。


李泰勲(イ・テフン)記者


日本の「軽」規格廃止を…TPPで米自動車3社

 【ワシントン=岡田章裕】米通商代表部(USTR)は13日、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に日本が参加することに対する意見公募を締め切った。

 農業、製造業などから100件を超える意見が集まった。米自動車大手3社(ビッグスリー)で組織する米自動車政策会議(AAPC)は、日本の自動車市場の閉鎖性を理由に「現時点では反対」と表明し、参入障壁となっている軽自動車規格については、「廃止すべきだ」と主張した。

 今年秋の大統領選を控え、大きな雇用を生んでいるビッグスリーの政治に対する影響力は大きい。月内にも始まるとみられる日米の事前協議で自動車分野は大きな焦点で、交渉は難航が予想される。

 AAPCは、日本独自の軽自動車規格について、「市場の30%を占めているが、もはや合理的な政策ではない」と批判した。日本の技術基準や、認証制度などの規制も参入の障害になっており、透明性が必要としている。1990年代後半からの日本政府の円安誘導政策も、米国車に不利になっていると指摘した。

(2012年1月14日21時38分 読売新聞)

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コメント

心技体

今、大相撲を見ていました。
神事に由来する点で、観戦側からは他のスポーツには見られぬ所作とコスチュームに様式美をも見て取れる一方で、競技者にあっては「心・技・体」を究極の目標としての研鑽が求められます。
本来横綱は、「心・技・体」の或るレベルを極めて与えられる地位といえます。横綱に限らず大関も含めて、その昇進には審議会の推挙を要し、数値的評価即ち勝敗数に馴染まぬ点である「心」を合議に依って判定しています。
単純に数で割り切れぬ別の切り口からの評価を要する点は、前コメントの国民投票に馴染まぬ問題にもある面で通じます。
横綱白鵬を見るとき、私はその相撲内容よりも、彼の相撲を相撲道としてその精神を理解し、追究実践する姿勢に感銘を受けます。それと同時に、異文化に育った者にさえもその精神性が普遍的である点を示してくれています。
ところで、この「心・技・体」は、少なくとも日本人の世界観としては、国家の在り方に於いても云える事です。
一つの喩えとすれば
心=精神文化、科学技術
技=ソフト/政治、経済
体=ハード/軍事
こんな感じでしょうか。
豊かな精神性自体は大切なものであり、何も我が国の専売ではありませんが、「技」や「体」の点で優れた国には生憎見出だせぬのが現状です。国によっては「心」に相当する概念自体が無く、それらの国々に対して、「心」を以って当たる事自体にすら無理があります。
犬が耳を後ろに反らせれば恭順の意志を示していても、猫がそれをすれば怒りと警戒の意志であり、それらの特性を理解した上で、こちらの言葉は理解する能力がないとの前提で、猛獣使いの調教よろしく、いざという場合は射殺はしないまでも麻酔銃くらいは構えて対峙せねばなりません。

心技体

>2012-01-17 18:24 | あづまもぐら様

>本来横綱は、「心・技・体」の或るレベルを極めて与えられる地位といえます。横綱に限らず大関も含めて、その昇進には審議会の推挙を要し、数値的評価即ち勝敗数に馴染まぬ点である「心」を合議に依って判定しています。
>単純に数で割り切れぬ別の切り口からの評価を要する点は、前コメントの国民投票に馴染まぬ問題にもある面で通じます。
>横綱白鵬を見るとき、私はその相撲内容よりも、彼の相撲を相撲道としてその精神を理解し、追究実践する姿勢に感銘を受けます。それと同時に、異文化に育った者にさえもその精神性が普遍的である点を示してくれています。

世界の他にもあるのかもしれませんが、神事がスポーツとして伝えられている例は、相撲以外には見受けられません。そこには、勝ち負けよりも心が重要視されていると思っております。言い換えれば、相撲で強い力士は心も優れているはずだとの前提が有るはずで、それが相撲道という人の道を究める物との意識が常に働いていると考えます。韓国などが相撲は韓国発祥だのシムルが元だのとふざけたことを言っていますが、根本的な思想が違います。

日本の武道には大方この基本姿勢があるようで、新興武道である筈の柔道でも、十段は強さではなく達人に与えられるそうで、達人とは極めた人であり、聞いた話では実際に一番強いのは、5,6段辺りの段位だとか。その上は、名誉段だと聞いていますが、どうも試合などのでてくる選手層を見ると、そのようですね。

それと、日本の格闘技には重量によるクラス分けがありません。先日も相撲で体重差190キロの取り組みがあり、小さい方が勝ったとのことですが、外国では体重差を考慮しないのはアンフェアだと考えるようです。しかし、体重差を取り入れない日本武道の真の精神はなかなか理解されないから、オリンピック柔道などでは体重制が取り入れられたのでしょう。

私個人としては、体重制を取り入れるくらいなら柔道は国際化しなくても良かったくらいに思ってますが。或いは、国際柔道は、もう日本柔道ではないと言うことでしょうか。

閑話休題。

>豊かな精神性自体は大切なものであり、何も我が国の専売ではありませんが、「技」や「体」の点で優れた国には生憎見出だせぬのが現状です。国によっては「心」に相当する概念自体が無く、それらの国々に対して、「心」を以って当たる事自体にすら無理があります。

全くです。心がない相手に対し心で接するのは無理です。

>犬が耳を後ろに反らせれば恭順の意志を示していても、猫がそれをすれば怒りと警戒の意志であり、それらの特性を理解した上で、こちらの言葉は理解する能力がないとの前提で、猛獣使いの調教よろしく、いざという場合は射殺はしないまでも麻酔銃くらいは構えて対峙せねばなりません。

ところが、話し合いをすれば戦争はなくなると思っている、そしてそう主張する連中が日本にいるんですねぇ。むろん、話し合いは良いでしょうけれど、絶対に通じない相手が居るとの認識は最低限持つべきなのですが。話し合いで戦争が無くなるなら、人類の歴史から戦争など数千年前に無くなってますよ。それより、人類が言語を使用し始めたときに争いなど無くなっているはずです。

話が通じない相手は力で意思を示すしかない。これは良い悪いではなく要不要の話なんですが。

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