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反省の仕方

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前回のエントリーは反省のあり方だったが、今回は反省の仕方、ちょっと違う。

がその前に、ちょっとおもしろネタ。

赤文字は引用

【中国ブログ】日本人は「中国の歴史の長さ」を羨んでいる

  ブロガーは大学で授業を受けている際に、教授から興味深い話を聞いたという。それは「日本では多くの大学教授や民間団体が、古い化石や土器を発掘して日本の歴史の始まりをより古いものにしようとしている。歴史に関する研究は、宇宙探索と同じぐらい世論が盛り上がる」という内容だった。

  ブロガーによれば、歴史の始まりをより古くしようという試みは「心理学的に言えば劣等感から来るもの」という。「中国の歴史に比べれば日本の歴史は大したものではないので、日本人は内心強い劣等感を抱いている。より長い歴史を根拠とすることで、日本人は独立心と穏やかな心を保てるのだ」と指摘した。

  
 この発想は実におもしろい。中国人ならではの発想なのだろう。
 
 中国の歴史が日本より長いことは誰でも認めるだろう。人類がアフリカで発生し、ヨーロッパづたいにアジアに移動し、さらに日本列島に至った経緯からすれば、当然日本に人間が住み着き文化を形成し始めたのは中国よりも遅いはずだ。
 
 だが、歴史の長さなら、アフリカが一番長く、エジプトやメソポタミアは当然中国よりも古い。
 
 また文明があるときからいきなり始まったわけではなく、エジプトやメソポタミアで始まったと言っているのも西欧で歴史学が形成されたからに過ぎない。文明の定義はいろいろあるが、非常におおざっぱに言って農業が始まった頃を文明の始まりととらえることが多いようだ。なぜなら、狩猟なら他の動物でもするが、農業は人間独自の営みだからだ。
 
 一方世界4大文明として主にアジアで広まっていた考えでは、文明とは都市への定住、専業の人間による作業の分業、広域な地域にまたがる居住、広範囲な貿易、文字による歴史の記録などが条件とされている。が、現代でさえ独自の文字を持たなかったり、極めて狭い地域での居住者による文明社会がある。
 
 文明の定義は極めて曖昧であり、特にこの4大文明と言う概念は今では廃れている。
 
 したがって、中国の歴史が長いのは認めるが、中国の歴史が中国の地で始まったわけではない。人類はアフリカから出る前にすでに文明期に入っており、移動先で農業をし狩りをしながら世界に拡散していったのだと考えられるから、中国独自の文明以外は別に中国人が作ったわけではないのだ。
 
 中国独自の文明も確かにある。漢字文明や儒教等がそれに当たるだろう。がそれは中国の文明と言うことであって、それなら日本にも縄文弥生文明があったのも事実だ。それもおそらく7千年前にはさかのぼる。古代の尺度で言えば、中国独自の文明とさほど変わらない。
 
 古代の尺度とは、古代においては文明の進化は極めてゆっくりだったと言うことだ。私たちが生きている今、現代でさえ、最近の10年間の進歩は、100年前の100年分くらいの進化ではないのか。言い換えれば、数千年前の千年間の違いは、今の10年くらいの違いでしかないと言う意味だ。
 
 最近は文明の定義が変わったから、日本の古代文明が存在したと証明されているだけのことであって、半島のように文明を捏造しているわけではない。半島の場合は文明を捏造しているので、これは心理学的に言えば明らかに劣等感からだろうが、日本の場合は文明の定義が変わって、日本は数千年前から分明と言える物があったとの見直しがあっただけだ。事実に基づいての見直しであり、別に中国に対抗しているわけではない。
 
 このように、日本が劣等感から歴史を捏造しているに違いないと思いこむのは、自国の歴史がインチキであることからくる劣等感故ではないのか。たしかに、中国の歴史捏造はすさまじい。なにしろ、本当の歴史を国民に教えたら、自分たちが、井崗山(せいこうざん)の山賊上がりに支配されていることを知り、到底劣等感にいたたまれなくなるだろう。
 
 自国の歴史が、虐殺に次ぐ虐殺の連続であり、時には人口の三分の一が死ぬような歴史ばかりであり、人食いであり、そして誇るべき歴史がかつて何度も他民族に断ち切られ支配されたことも知るべきだ。
 
 日本が中国に劣等感を持つ理由などあり得ない。少なくとも今の日本人で中国人がうらやましいと思う人間がいたら、(おそらくいるだろう。大江健三郎氏等そうかもしれないが)まあまともとも思えないが。
 
 文明が長いのは単にその土地の条件であり、別に住んでいる人間の資質による物ではない。長いだけならエジプトやイラクははるかに長いし、アフリカ諸国は古代には今まで考えられていたよりも豊かな文化が存在したことが最近は分かっている。
 
 すなわち、今まで文明の定義をしてきたのは、歴史学を体系化した西欧人の見方による物であり、文明は西欧から始まったという彼らの思いこみが作り上げてきた。
 
 西欧が世界の文明でトップに立ったのは精々この2,300年であり、それ以前は世界の辺境であって、中国の方がはるかに文明国家だったし、またイスラム圏がはるかにヨーロッパよりも進んでいた。
 
 その中国だが、古代においては確かに偉大な文明国だったろう。それは古代の尺度においてであり、問題は今の中国が全く進化していないと言うことなのだ。特に独裁、人命軽視、暴力による支配などはそれこそ1000年間全く変わっていない。
 
 文明の長さは人間の資質による物ではない、と書いた。が、文明の質はそれこそ人間の資質による物なのだ。
 
 現代において中国と日本のどちらが先進国なのか、どちらが人間を大切にしているのか、どちらが世界に貢献しているのかを考えたとき、中国の、長いだけの文明がいかに惨めに見えることか。別に蔑むつもりもない。中国は中国なのだ。日本ではないのだから、中国式にやればいいだろうが、間違っても日本がうらやむような文明国家ではない。
 
 かつては世界が暴力と独裁と専横で成り立っていたときは中国は文明大国だった。そして、今は古代のままの野蛮国家だ。中国の文明の長さをうらやむくらいならエジプトやイラクの文明をうらやむ。アフリカ諸国をうらやむ。イランの文明をうらやむ。が、あいにくこれらの地域はすでに古代の輝きもない。
 
 一時輝いた西欧も今は寄り集まってやっと支え合っている状態だ。しばらくは過去の遺産で先進国を名乗っていられるだろう。が、よほど努力をしなければ、世界の片隅に追いやられてしまう。
 
 ドイツとフランス併せて日本よりも経済規模が小さくなると、30年前に誰が想像したろう。イギリスがブラジルに追い抜かれると、誰が想像していたろう。なお、中国が日本を抜いたというのは極めて疑わしいが、とりあえずそう言うことにしておこう。その中国をかつて踏みにじったヨーロッパの大国が次々とGDPで中国に抜かれたとしても、それでも誰もがヨーロッパ諸国を中国以下の非文明国などとは思わないだろう。
 
   また、ブログ内では日本の書店に中国関係の本が大量に並んでいることについても触れ、「中国にある中国関係の本より多いぐらいだ。日本の書店はそれぞれ特色があり、中国の書店は日本の書店に比べればまだまだと感じる」とも綴っていた。(編集担当:西谷格)
   
 だから、このブログ主の考え方がいかにも中国人だという次第だ。これでは、中国が己を改革して先進国になるなど永遠にあり得ない。中国の歴史書が日本に多いのは、中国が自国の歴史を徹底的に破壊したからであり、今中国で文化とされている、たとえば京劇などは完全に途絶えてしまった物を復活したに過ぎない。中国料理なども、今では台湾や東京の方がよほど本格的な物を伝えている。なにしろ、中国の一流料理人は文革の折に一掃され、日本や台湾に渡ってしまった。
 
 彼らが長いと自慢する中国の歴史は何度も断ち切られ、文字文化さえめちゃくちゃに破壊されている。中国の歴史は長くなどない。過去の文明は何度も息の根を止められ、今はそのまねごとを復活しているに過ぎないからだ。それも、日本や台湾から再移入しての話だ。つまり、中国の歴史はやっと70年だ。
 
 で、本題。
 
 前回は各々国の反省のあり方を書いたが、むろん、日本にも多々反省するべき点はある。それは日本がすればよいことであり、今回書きたいのは、日本が世界に対して謝罪すべきことがあるかと言う点だ。
 
 これは実に難しい。日本国内で反省点なら日本人が判断することだが、対外的な行動については相手により評価が違うからだ。
 
 西欧の反省については前回述べたが、たとえばロシアは未だにあの日ソ不可侵条約の一方的破棄、および終戦一週間前の参戦はファシズムに与した日本に対して当然の行為であり、条約の破棄は正当な物であり、また北方領土も政党にソ連が勝ち取った物であるとの主張をしている。
 
 しかし、スターリンはあれが日露戦争敗北の復讐であると明言しており、またスターリン自体が当時ファシスト以上の殺戮を繰り返していた独裁者であった。北方領土については終戦後明確に日本領であると確認されているにも拘わらずソ連が一方的に侵略した物であり、全く正当性はない。そのほか、戦争が終わった後での捕虜をシベリアに送り奴隷使役したことも明確な国際法違反であり、そのような行為をソ連は常に繰り返している。
 
 最近もアフガニスタン、グルジア、チェチェンへの侵攻、リトアニアなどへのガス供給停止などやりたい放題であり、世界では中国と並んで周辺とのトラブルの絶えない国だ。しかし、反省など全くしていない。
 
 中国についてはもう言うまでもないことであり、彼らが対外的に反省し謝罪したことなどない。韓国もあれだけ嘘を並べ日本を誹謗し日本から金をたかるのに当然反省も謝罪もしない。
 
 では、日本は対外的に反省点はないのか、といえば繰り返すがそれは立場の違いで評価が変わるとしかいえない。ただ、日本がソ連や中国や韓国のような明確な嘘で他国を貶めるようなことはしたことはないし、アメリカのようにマニフェストデスティニーをおしつけ、他国を武力で侵略し続けしかもそれを全く反省しないようなこともない。
 
 なお、戦争をしたことが悪いとおっしゃる方が居るが、日本の場合あの戦争をしなかったら今どうなっていたのか、戦争をしない選択肢はあるが、その選択肢を採った場合はどうなるのかの展望が全くないのでは、結局は戦争は不可避であったと言うしかない。
 
 戦争は犯罪ではない。むろん、戦争により被害を受ける人間は常にいる。確かに日本は中国で戦争をし、東南アジアを戦場として戦ったのだから現地の人間にはそれに巻き込まれて死んだり家族を亡くしたり財産を失った人間は多くいるだろう。中国人の中に実際にそのような人間がいたとしたら日本を恨んでいるかもしれない。それは甘んじて受けなければならないだろうが、戦争とはそのようなものであり、だから戦争は理不尽なのだ。
 
 日本の戦争だけが理不尽なのではない。世界のどの戦争も理不尽であり、罪のない人間が被害を受ける。だが、考えてみれば国民は国家に属しており、国家同士の戦争に巻き込まれるのは国民の運命なのだ。
 
 故に戦争を避けようと言うのは当然だが、戦争をしたから日本が反省すべきと言うことではない。戦争を避けられなかったから日本が悪いと言うことではない。
 
 これからも差し迫った状況になれば戦争をしなければならないかもしれない。戦争は悪いからやらないでおこうと言っていたら国がなくなる。それなら、国民が生き延びるために戦争をするのは、それなりの正義だと言って良い。だから、国際法でも戦争は外交の一手段として認められている。
 
 また、オランダやオーストラリア、イギリスなどは今では親日国になっているが、それでもなお年輩者には反日感情があるという。かつて天皇陛下がオランダに行かれたとき卵をぶつけられた。
 
 その理由は、戦争をしたから、そしてオランダがインドネシアからたたき出されたからだ。イギリスなどにもそのような感情がありかつてBBCは執拗に反日番組を繰り返していた。オーストラリアは、30年ほど前まで南アと同じ完全な人種差別政策を採っていた国だ。太平洋戦争でも日本と戦ったが、ほとんど独力では日本には勝てなかった。かなり多くのオーストラリア兵が日本の捕虜になり虐待されたとか、爆撃を受けたとか言うが、捕虜に関する感覚の違いや、戦争で被害を受けたから恨むと言うのでは筋違いだろう。まして、国際的に認められている捕鯨に関して反日感情をあからさまにするのは、結局は30年前までの白豪主義が国内に残っていると言うことでしかない。
 
 つまり戦争で日本を恨んでいるとしても、オランダやオーストラリア、イギリスなどは完全な筋違いであり、むろん、これらの国々が国策として特亜のような態度を採っているわけではない。
 
 ただし相手国にも正義があり、その正義を踏みにじるのが戦争なのだ。日本が戦争をしたから反省すべきだ言う問題ではない。総理大臣が靖国参拝をしたからと言ってとやかく言われるような問題ではない。
 
 まして、日本と戦争もしたことのない半島の言いがかりなど、最初からはねつけるべきなのにあの国売り総理村山氏はとんでもない談話を出し、そして自民政権はそれを継承してきた。つまり自民の罪も大きい。条約で決着が付いたらそれで良いというのは当たらないと言いのけた仙石氏は、一方的な戦争の罪なる物を日本に押しつける売国奴であり、個別に売春婦補償を持ちかけている口先前原氏も同罪だ。やりたいなら、自分のポケットマネーで好きなだけやればいいだろう。
 
 私の認識だが、日本が世界に対し謝罪し反省すべき点はあるだろうか。どう考えてもないと思うのだが。あれだけアジアアフリカを蹂躙した帝国主義の人種差別主義者である西欧が責任を問われず、アメリカの価値観で相手を裁き攻撃するアメリカが反省せず、泥棒国家であるロシアが反省せず、自国の政策として日本を貶める特亜が反省しない今、日本には対外的に毛筋ほどの謝罪も反省すべき点など無いと思うのだがどうだろうか。
 
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