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あの戦争について

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あの戦争とは、第二次世界大戦であり、特に日本について言えば日米戦争をさす。むろん、日中戦争も切り離せないのだが、今回は特に日米戦争について採り上げてみたい。この件については、当ブログのエントリー「あの戦争は間違っていたのか」でも採り上げているが、結論を言えば、あの開戦は唯一の選択であったと思っている。

ただ、戦争自体が極めて悲惨な物であり、避けるべき物であり、絶対的な大義名分など存在しないことは言うまでもない。その上で、あの戦争は(に限ったことではないのだが)日本が唯一生き残るための選択であったと確信している。

人道主義者、平和主義者は何があっても戦争をすべきではなかった、負ける戦争をしたのは愚かだ、アメリカの挑発に乗ったのが悪い、戦争で失うくらいなら、何もしないで失う方が良かった、戦争になったら抵抗せずに黙って死んでゆくべきだ、といろいろな意見が出る。特に、抵抗せずに黙って死んでゆくべきだと言う連中が最近増えてきたようだ。むろん、自分たちだけが死んでゆくならご自由にどうぞ、と言うだけだが、その巻き添えで日本という国が存在を止めることなど到底受け容れられる物ではない。

戦争は正義と正義のぶつかり合いであり、悪いと知りながら戦争を仕掛ける国など無い。自分の正義を通すために他国を武力で制圧するのだ。特に、七十余年前はそうだったのだ。戦争はしたくないので、攻めてこないでくださいと相手にお願いして済む時代ではなかったし、実際に戦争をしなかったためにというより、戦争をする能力を有していなかったために歴史から消えていった国や文明、民族は多い。

あの戦争の折りは、まさに日本がそうなる可能性があった。今の感覚で考えても意味はない。今の感覚なら、たとえばアメリカがイラクを攻めても、アフガニスタンで戦争をしても、ベトナム戦争であろうとも、喩え勝ったとしてアメリカがイラクやアフガニスタンを自国に編入し、植民地化し全てを収奪するなどはあり得ない。が、当時はその可能性があったのだ。

まず、

赤文字は引用

当ブログエントリー「腑抜けの領土」

よりの抜粋として、
 
またスターリン自身の言葉として

「「一つだけ明確なことは、なぜソ連が日本を敵として参戦するのか。その理由をソ連国民に説明するのに困難を極めるだろうということです。なぜ大きな紛争を抱えてもいない日本を敵として、ソ連が戦争しなければならないか、国民は理解できないでしょう。(中略)これらの条件(日露戦争で失った領土・権益の回復のこと)が満たされるならば、国民は対日戦争を国家利益に関わることなのだと納得し、我々が参戦の理由を説明することもずっとたやすくなります。」(「ボーレン覚書」より)」

というのがある。

つまり、あの時期日本とは紛争がなかったにもかかわらず、日露戦争で失った領土を取り戻す必要から参戦したと言っているのだが、むろん、日露戦争はポーツマス条約により完全に講和しており両国間にいっさいの領土的未解決事案がないことを確信している。さらに日ソ不可侵条約をもって、両国は互いの領土の不可侵を確認している。


結局、戦争とは一方の国が他方をどのように裏切ろうと、それを正当化する物なのだと理解すればわかりやすい。ソ連が日本の敗色が決定的になった時点で戦後のアメリカに対する発言を確保するために、一方的に不可侵条約を無視して満州になだれ込み、数百万人もの日本人を戦火にさらした。民間人と兵隊六十万名を(一説には二百万名以上)捕虜としてシベリアに送り、厳寒の中まともな食事も与えず、数万名以上を死なせた。

これは戦後武装解除をした日本軍と民間人に対して行われた行為であり、明らかに国際法に違反しているのだが、ソ連は何ら責任をとらず、一度かつてのエリツィン氏が来日した際、非人間的行為だったと謝罪しているのみだ。

戦争でもないのに(戦争は終わっており、日本が降伏した後)このような行為をした国がその正当性として、日本が当時ファシストであるナチスと同盟を組んでいたからだと、ロシアではわざわざ議会でそのように決議している。このような国が隣にあるのに、戦争は悪だから黙って無抵抗でいようとするのが日本の一部の平和主義者達だ。

なお、余談だが、当時樺太にいた朝鮮人も一緒にシベリアに抑留され、その補償を今日本に求めている。なぜロシアに求めないのか。つまり取れるところから取る、強請れる相手を強請る強請るという、韓国の面目躍如たる物がある。

幸いと言えば幸いだが、韓国には今は日本に侵攻し攻略する能力はない。が、もし彼らが強大であれば、迷わずそうするだろう。彼ら自身が日本に対して侵攻しなくとも、もしロシアや中国がそうすればおそらく迷わず彼らのさきがけとなるだろう。

アメリカが当時紳士的であったとは到底言い難い。今のロシアや中国と余り変わりはなかった。だからこそ、戦争が始まった途端に日系人を強制キャンプに送り込んだ。そのため、多くの日系人が生活を破壊され、財産を失った。

レーガン大統領の時代になってやっと一人あたり二万ドル程度の補償をしたが、戦争当時日系人が失った物は、当時の価格で二万ドルで済むわけではなく、さらに金では償えない物を失ったのだ。それでもロシアよりはましだと言うより仕方がない。それに、なにより日系人差別がアメリカによる過ちだったとの声がアメリカ内部から起きたことも、いかにもアメリカらしいと言える。過ちを自ら認めることは評価できる。問題は、同じ過ちを何度でも繰り返す学習能力の無さだが。

日系人の強制収容は、ブラジル、ペルーなどの南米諸国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどでも行われた。カナダなどは一部賠償をしたが、すでに強制収容された大半の日系人が亡くなっていた。

戦争をしなかった場合、日本が存続し得たろうか。当時起きたことを考えると、到底それはあり得ないと考えるのが当然ではないのか。

確かに戦争は悲惨であり避けるべき物だ。が、当時戦争をしなかったら今の日本はなかったのだ。戦争の遂行にも様々な間違いはあり、また日本の行動の全てが正しかったとは言わない。だが、日本もまた今の日本ではない。当時の日本だったのだ。貧しく工業輸出などは皆無であり、資源のほとんどを輸入に頼らなければならない状態だったところへ、アメリカによる資源封鎖が行われた。となれば、乾坤一擲、戦う以外の選択などあり得なかったし、アメリカに屈服することが日本という国の存在を失わせることは当時のアメリカによる強烈なアジア人蔑視対日敵視政策から疑いもなかった。

先のスターリンの言葉で分かるように、ソ連には日露戦争の敗北の復讐という、戦後判明した理由があった。日中戦争では、中国側に日清戦争による敗北が大きな理由として存在し、それは未だに尾を引いている。韓国は日本に近代化させて貰った事実に対し逆恨みをしている。アメリカとはそれまで戦争をしたことはなかったはずだが、それでも日清日露戦争で日本がアジアを制してしまったために、西欧に続いてアジアで権益を得ようとしていた出鼻をくじかれたという思いがあった。

なにより、強烈な人種差別が当時は世界を支配していたのだ。帝国主義が当然の時代であり、優れた強い白人が劣る弱い有色人種を支配するのが当然と思われていた時代、日本はアメリカから見て極めて目障りだったのだ。

改めてそれを思い起こさせる記事が最近公表された。

「ルーズベルトは狂気の男」 フーバー元大統領が批判

 【ワシントン=佐々木類】ハーバート・フーバー第31代米大統領(1874~1964年)が、日本軍が1941年12月8日、米ハワイの真珠湾を攻撃した際の大統領だったフランクリン・ルーズベルト(第32代、1882~1945年)について、「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込む陰謀を図った『狂気の男』」と批判していたことが分かった。
 
 アメリカでは戦争に突入した大統領は常に支持率が高いが、ルーズベルトも未だにアメリカを偉大な勝利に導いた大統領として、実際に終戦時の大統領であったトルーマンよりも人気がある。なお、トルーマンについては機会があったら書いてみたいが、前任者のルーズベルトの死により、選挙を経ずに大統領になった男で、功を焦る余り、日本が講和を望んでいることを知りながらソ連の参戦を許し、ソ連を牽制するために日本に原爆を落とした男として知られている。そのやり方に対し、アメリカ国内でもトルーマンの評価は低いとのことだが、対照的にルーズベルトの人気が高い面もあるだろう。だが、所詮当時のアメリカは人種差別が国を覆っていた時代であって、その当時の閉塞したアメリカを対日参戦させるべく、世論に訴えるために敢えて日本に事実上の宣戦布告であるハルノートを突きつけ、戦争に引っ張り出したとの見方が未だに強い。
 
 それに対し、アメリカ人はいつもパールハーバー、だまし討ちと反論するし、私が毎日聴いているAFNでも、真珠湾攻撃70年特集として繰り返し取り上げている。確かにあの日本のやり方は在米日本大使館の不手際と無責任が有ったとされるが、また当時の日本外務相もその責任の大きな一端を担っていたはずだ。が、一番の責任は、そのように日本を追い込む周到な罠を仕掛けたルーズベルトにあるだろう。当時、アメリカにはソ連ボルシェビキの手が深く入り込んでおり、ルーズベルトはそれに操られたという見方さえ有るのだ。
 
 アメリカ人はあれがファシストを下す正義の戦争であったと教育されているが、ファシスト張本人のドイツではなく、日系人のみを強制収容した事実一つ見てもそれが欺瞞であることは明らかだ。アジアでの権益を取り損ねたアメリカの、日本に対する制裁であったという解釈の方がよほど整合性があり、そしてアメリカは今も同じことを繰り返している。

  ナッシュ氏は「この著書が、今でも米国の英雄とされているルーズベルト大統領への歴史評価を見直すきっかけになってほしい」と話している。


したがって、アメリカが自省することはない。ナッシュ氏の願いはむなしい物に終わる。常にアメリカの戦争は国民の熱狂的な支持で始まり、泥沼化するにしたがって国内から批判がわき起こって、それを理由に戦争から手を引く。いつまでも関わっていては財政負担が大きくなるからだ。次の戦争はまた同じ過程で戦争を始め、戦争から手を引く。アメリカがナッシュ氏の言うような歴史を受け容れる理由はない。

歴史観異なる教科書で学ばせよ

 第二次世界大戦について、歴史教科書の大半は日本がアジア諸国に与えた甚大な損害に焦点を当てている。日本が日米開戦を何とか回避しようとした外交交渉などまったく無視した教科書もある。それでも孫が公立中学で使った清水書院『日本の歴史と世界』には戦争突入の経緯が出ていた。
 
 これこそが、日本の自虐史観の最たる物の一つだが、当然ながら戦争当事国でもそれぞれの国により評価は変わる。大半は、相手が悪く自分は被害者乃至正当な行為を行ったと教育する。しかし、私の知る限り日本だけが、日本に責任があると教育している。
 
 戦争の責任は双方にある。どちらが正しいなどあり得ない。双方が自分が正しいと主張するのが当然なのだが、日本は自分が間違っていると教育する。これでは、日本人が国に対し誇りなど持てるはずがない。戦争は悲惨な物であり、なぜ戦争になったのか、それを避けるためには当事国がどのような努力をしなければならなかったのかを学ばせなければならないはずだ。そうでなければまた戦争の危険が増してくる。
 
 これは、次の記述でも分かるが、

 興味深いのは育鵬社教科書にはキッシンジャーの『外交』から「ルーズベルトは、日本がハル・ノートを受諾する可能性はないと知っていたにちがいない。アメリカの参戦は、ルーズベルトという偉大で勇気のある指導者の並々ならぬ外交努力なしでは達成できない偉大な成果だった。彼は、孤立主義的なアメリカ国民を大規模な戦争に導いた。もし日本が米国を攻撃せず、東南アジアだけにその攻撃を集中していたならば、アメリカ国民を、何とか戦争に導かなければならないというルーズベルトの仕事は、もっと複雑困難になっていたであろうが、結局は彼が必要と考えた戦争を実現したのである」と引用されていることだ。
 
 戦争の原因は、実際には当時のアメリカが日本を攻撃する必要があったと考えたからだ。そして、日本にはアメリカと戦う理由はなかった。つまり、あの戦争は一方的にアメリカが日本に仕掛けた物なのだが、しかし、戦争の常として、どちらに責任があると言っても仕方がない。が、少なくとも多くの教科書が教えているような、日本に責任があったという教育は明らかに間違っている。

 実は日本の同盟国イタリアのチアノ外相も同じ見方をしていた。日米開戦目前の12月3日のこと。三国同盟の関連条項に照らし、日本の開戦に際してはイタリアも米国に対し宣戦布告するよう要請した日本大使との面会後、チアノは日記にこうコメントした。「この新事態は何を意味するか。米国国民を直接この世界大戦に引き込むことのできなかったルーズベルトは、間接的な操作で、すなわち日本が米国を攻撃せざるを得ない事態に追い込むことによって、大戦参加に成功した」。そんな操作をやりとげたところがルーズベルト大統領の天晴れな辣腕(らつわん)で、そんな挑発にのったところが軍国日本の愚かしさだったと私は思う。
 
 そして、アメリカは今でも同じことを繰り返している。ただ、以前よりも露骨に人種差別を理由にしなくなっただけだし、確かに以前よりは慎重になったろう。が、本質は変わっていない。
 
 それを良く理解しているのが中国やロシアだ。

中国は武力行使を辞さない


 ≪武力の脅しかけた中国の大使≫

 その時、同じく会議に出席していた中国の大使が、拳で大きな音がするぐらい机をたたきながら、中国の我慢は無限ではなく、挑発を受ければ、中国はその政策目標を達成するために武力を行使することもいとわないだろうと、私に向かって2回も説教した。私はそれに対し、日本が冷戦後も米軍基地を維持したいと願 うのは、まさしく中国によるそうした類いの発言や行動のせいであると思う、と反論した。

 
 中国が国際社会の懸念を余所に軍拡に狂奔するのは二つの理由がある。一つは軍事国家である中国で、軍の強化が国家の強化そのものだからだ。国民を従えるために強大な軍事力が要る。もうひとつは、西欧列強とは全く価値観の違う中国の主張が受け容れられることはない。したがって、力で要求をのませなければ中国はいつも押さえつけられるとの思いがあるからだ。
 
  96年に台湾で初めて民主的に行われた総統選を前にして、中国政府は台湾近海に向けて、ミサイルを発射する対抗措置に出た。米国は、母港である横須賀か らインデペンデンスを、地中海からスエズ運河経由でニミッツをと、空母2隻を派遣して、これに応じた。中国は怒りの反応を示したが、ミサイル発射は終わ り、台湾住民が李登輝氏を総統にした選挙は円滑に進んだ。中国は力を尊重するのである。
 
 この当時は中国の力はアメリカに対し対抗できるレベルではなかった。したがって、理論的な主張などせずに、いずれアメリカに対し力で対抗することを内心誓って引き下がった。

 とりわけ、EEZに関する中国の法律は11条で、いかなる国も中国EEZの航行とその上空通過の自由を享受するとうたう一方、14条では、この法律の規 定は「中華人民共和国によって享受される歴史的権利」に影響を及ぼしてはならないと明言している。そして、そうした「歴史的権利」は南シナ海の80%に適 用される、と主張しているのである。
 
 中国の価値観とは、中国の国内法が国際法に優先するという原則に基づいている。すなわち、世界は中国の思い通りにしていれば平和だということであって、実際過去中国王朝は抵抗する勢力は徹底的に弾圧したが、恭順を示す相手に対しては比較的穏やかに接し、人材がいれば政府で重用したりしている。それが、ギリシャローマなどの、敵国の人材を奴隷として扱ったのとは違う。当時としては中国の方がよほど理性的だったわけだ。
 
 しかし、それは1000年も前のことであり、ギリシャローマの後裔達は戦争を繰り返しながら話し合いで戦いを避けることを学んだ。力の一方的な行使がいずれ相手の反撃を呼び起こし次の世代には復讐されることを理解したからだ。一方、中国は全くそれを学んでいない。
 
  中国が南シナ海の海域や海底を支配すれば、最も控えめにみても、ASEAN(東南アジア諸国連合)の事実上すべての加盟国と同じように、日本の国家安全 保障上の利益や中東の産油国も、重大な影響を受けるだろう。もし、日米両国が中国の発言や攻撃的な行動に対して、弱すぎる対応をした場合、日米両国政府 は、見て見ぬふりをすることによって南シナ海に対する中国の主権を既成事実として受け入れたのだ、と将来、中国に主張されるというリスクを負うことになる だろう。
  
  故に、中国と利害を分け合うには、力の背景が絶対に必要になる。中国と平和裏に話し合うためには軍事力が必要不可欠なのであり、それこそが無用な戦争を避ける最大限の効果を有する手段なのだ。何も中国だけではない。本質的にはロシアはもとより、アメリカもそうなのだ。

 ただし、日米両国は、中国が言葉だけでは相手を尊重しないということをわきまえるべきである。そして、航行の自由の権利を確実なものにするために、頻繁 かつ定期的な南シナ海の通行を実施するとともに、日本の石油の生命線が通っているのをはじめ、世界の貿易の3分の1が経由している地域が、中国によって支 配されるのを阻止するに当たり、東南アジアの国々と結束すべきである。
 
 中国は、言葉だけの相手は尊重しない。それどころか無視する。それが次の戦争の危険を増大させている。中国を話し合いの席に着かせ、妥協の道を探るためには力がいるのだ。日本が相応の軍事力を持つことがアジアの、ひいては世界の平和のためには絶対に必要なのだとの認識を持ち、どうすれば次の戦争を防ぐことが出来るのかをきちんと教科書で。過去の歴史を分析しながら教えるべきではないのか。

上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

「ルーズベルトは狂気の男」 フーバー元大統領が批判

【真珠湾攻撃70年】



2011.12.7 22:41 (1/2ページ)[歴史問題・昭和史]

日本軍による米ハワイ・真珠湾攻撃で、黒煙を上げる米海軍の戦艦アリゾナ(ロイター)
 【ワシントン=佐々木類】ハーバート・フーバー第31代米大統領(1874~1964年)が、日本軍が1941年12月8日、米ハワイの真珠湾を攻撃した際の大統領だったフランクリン・ルーズベルト(第32代、1882~1945年)について、「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込む陰謀を図った『狂気の男』」と批判していたことが分かった。

 米歴史家のジョージ・ナッシュ氏が、これまで非公開だったフーバーのメモなどを基に著した「FREEDOM BETRAYED(裏切られた自由)」で明らかにした。

 真珠湾攻撃に関しては、ルーズベルトが対独戦に参戦する口実を作るため、攻撃を事前に察知しながら放置。ドイツと同盟国だった日本を対米戦に引きずり込もうとした-などとする“陰謀説”が日米の研究者の間で浮かんでは消えてきたが、米大統領経験者が“陰謀説”に言及していたことが判明したのは初めて。

 ナッシュ氏の著書によると、フーバーは第33代大統領のトルーマンの指示で戦後の日本などを視察。46年に訪日し、東京で連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥と会談した。

 その際、フーバーはマッカーサーに対し、日本との戦争は「対独戦に参戦する口実を欲しがっていた『狂気の男』の願望だった」と指摘。在米日本資産の凍結など41年7月の経済制裁は「対独戦に参戦するため、日本を破滅的な戦争に引きずり込もうとしたものだ」と語ったという。

 マッカーサーも、「ルーズベルトは41年夏に日本側が模索した近衛文麿首相との日米首脳会談を行い、戦争回避の努力をすべきだった」と批判していた。

 著書ではフーバーが「米国から日本への食糧供給がなければ、ナチスの強制収容所並みかそれ以下になるだろう」とマッカーサーに食糧支援の必要性を説いていたことも詳細につづられており、フーバーの対日関与の功績に光を当てるものにもなっている。

 ナッシュ氏は「この著書が、今でも米国の英雄とされているルーズベルト大統領への歴史評価を見直すきっかけになってほしい」と話している。


歴史観異なる教科書で学ばせよ


2011.9.23 03:04 (1/3ページ)[教科書]
 日本が対米英戦に突入した3年後の1944年秋から米国機が東京へ飛来した。敵味方の飛行機が撃墜されるのを何機も見た。B29爆撃機に体当たりした隼戦闘機が渋谷区大山に不時着し、中学生の私も駆けつけた。そんな時代を生きただけに日本がなぜ戦争に突入したのか、また教科書にどう記述されているのか気になる。

 第二次世界大戦について、歴史教科書の大半は日本がアジア諸国に与えた甚大な損害に焦点を当てている。日本が日米開戦を何とか回避しようとした外交交渉などまったく無視した教科書もある。それでも孫が公立中学で使った清水書院『日本の歴史と世界』には戦争突入の経緯が出ていた。


開戦責任は日米いずれに?


 「日本はインドシナ南部にも軍をすすめた。ドイツとむすんだ日本のうごきに強い警戒心をいだいていたアメリカは、これに対抗して、日本への石油の輸出を禁止して、日本が戦争をつづけるための資源を断とうとした。この圧力に対し、日本の軍部では、東南アジアに勢力をのばすためにアメリカ・イギリスと開戦しようとの考えが有力になった。しかし、開戦しても確実に目的を達する見通しはなく、政府はアメリカとの外交交渉で事態の解決をはかろうとしたが、失敗した。こうして軍部の発言力がさらに強くなり、1941年10月には、陸軍軍人の東条英機が内閣をつくった。12月8日、日本海軍は真珠湾を奇襲し、太平洋戦争(アジア・太平洋戦争ともいう)がはじまった」

 いま採択をめぐり対立が生じた育鵬社『新しい日本の歴史』も買って読んでみた。日本の南部仏印進駐、米国の石油輸出禁止、そして「中国やインドシナからの日本軍の無条件即時撤退、蒋介石政権以外の中国政権の否認、三国同盟の事実上の破棄」という要求を日本に突き付けた11月26日のハル・ノートに言及し、「東条英機内閣は、これをアメリカ側の最後通告と受け止め、交渉を断念し、開戦を決断しました」とある。

辣腕FDRの挑発に乗った


 興味深いのは育鵬社教科書にはキッシンジャーの『外交』から「ルーズベルトは、日本がハル・ノートを受諾する可能性はないと知っていたにちがいない。アメリカの参戦は、ルーズベルトという偉大で勇気のある指導者の並々ならぬ外交努力なしでは達成できない偉大な成果だった。彼は、孤立主義的なアメリカ国民を大規模な戦争に導いた。もし日本が米国を攻撃せず、東南アジアだけにその攻撃を集中していたならば、アメリカ国民を、何とか戦争に導かなければならないというルーズベルトの仕事は、もっと複雑困難になっていたであろうが、結局は彼が必要と考えた戦争を実現したのである」と引用されていることだ。

 実は日本の同盟国イタリアのチアノ外相も同じ見方をしていた。日米開戦目前の12月3日のこと。三国同盟の関連条項に照らし、日本の開戦に際してはイタリアも米国に対し宣戦布告するよう要請した日本大使との面会後、チアノは日記にこうコメントした。「この新事態は何を意味するか。米国国民を直接この世界大戦に引き込むことのできなかったルーズベルトは、間接的な操作で、すなわち日本が米国を攻撃せざるを得ない事態に追い込むことによって、大戦参加に成功した」。そんな操作をやりとげたところがルーズベルト大統領の天晴れな辣腕(らつわん)で、そんな挑発にのったところが軍国日本の愚かしさだったと私は思う。


烙印恐れなかったグルー大使


 では開戦責任は日米いずれにあるか。ここで歴史の正義不正義を測る上でのタイム・スパンの問題が浮上する。日の単位で測るとハワイを奇襲攻撃した日本に非があると世界の目に映った。だが月の単位で測ると、ハル・ノートは明らかに不当な挑発だ。しかし年の単位で測ると、満洲事変、日中戦争、仏印進駐に至る軍国日本の行動がすべて正しかったとはいえない。ルーズベルトやハルとしては軍部が政府に服さぬ日本という国の行動を座視できなかったろう。

 だが東京で日米交渉に当たったグルー駐日大使は当事者の苦衷も知っていた。43年『滞日十年』を刊行し、日本側に身命を賭(と)して平和維持に努める者がいたことも米国読者に知らせようとして、「私はこれらの日本の友人諸氏を敬愛し、尊敬し、立派な人物であるという感嘆の念を惜しまなかった」と再三書いている。親日派の烙印(らくいん)を恐れずにそう書いた勇気に私は感服する。グルーは戦後の日米の平和回復を視野に入れて、そんな回想録をあえて刊行したのだ。

 歴史を学ぶには双方の見方に留意することが大切だ。それで教科書問題についての平川提案はこうである。見方の異なる教科書を二種類とも読ませ、生徒に相違点を拾わせ、どの記述が納得がいくか議論させる。外交や歴史は両面を観察せねばならない。高校入試には「日本が大東亜戦争と呼んだ戦争は米国で何と呼ばれたか」あるいは「太平洋戦争は戦争中の日本で何と呼ばれたか」といった常識的な問題を出すといいだろう。(比較文化史家・東京大学名誉教授、平川祐弘=ひらかわ すけひろ)
 
 
当ブログエントリー「腑抜けの領土」より抜粋
 
またスターリン自身の言葉として

「「一つだけ明確なことは、なぜソ連が日本を敵として参戦するのか。その理由をソ連国民に説明するのに困難を極めるだろうということです。なぜ大きな紛争を抱えてもいない日本を敵として、ソ連が戦争しなければならないか、国民は理解できないでしょう。(中略)これらの条件(日露戦争で失った領土・権益の回復のこと)が満たされるならば、国民は対日戦争を国家利益に関わることなのだと納得し、我々が参戦の理由を説明することもずっとたやすくなります。」(「ボーレン覚書」より)」

というのがある。

つまり、あの時期日本とは紛争がなかったにもかかわらず、日露戦争で失った領土を取り戻す必要から参戦したと言っているのだが、むろん、日露戦争はポーツマス条約により完全に講和しており両国間にいっさいの領土的未解決事案がないことを確信している。さらに日ソ不可侵条約をもって、両国は互いの領土の不可侵を確認している。


中国は武力行使を辞さない

2011/12/07 07:52
中国は自国の軍事力を総合的な対外政策のなかで、どう位置づけているのか。

 アメリカ国防総省の日本部長を長年、務めたジェームズ・アワー氏が自らの体験を踏まえて、興味ある一文を書いています。

 中国との紛争を抱えた日本にとっても有意義な論文だと思います。

                  ========

■【正論】ヴァンダービルト大学 日米研究協力センター ジェームス・E・アワー


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 ■中国の海が既成事実化する危険

 冷戦が終結してから、中国は、ソ連という邪悪な熊は飼いならされたのではないにしても、相当に傷ついたのであり、中国は平和を愛する国なのであるから、米軍はもはや太平洋にいる必要は一切ない、と言い始めた。

 2001年に日本で行われた会議で発表した論文の中で、私は、米軍が撤退できないひとつの理由として、台湾や尖閣諸島に対する中国の武力攻撃が、西太平洋における日本と米国の国家安全保障上の利益に反するからである、と述べた。

 ≪武力の脅しかけた中国の大使≫

 その時、同じく会議に出席していた中国の大使が、拳で大きな音がするぐらい机をたたきながら、中国の我慢は無限ではなく、挑発を受ければ、中国はその政策目標を達成するために武力を行使することもいとわないだろうと、私に向かって2回も説教した。私はそれに対し、日本が冷戦後も米軍基地を維持したいと願 うのは、まさしく中国によるそうした類いの発言や行動のせいであると思う、と反論した。

 1989年、穏健派の胡耀邦・中国共産党総書記の葬儀に際し、中国の多くの学生や知識人たちが国内諸都市で抗議を行ったとき、強硬派の李鵬首相率いる中 国政府は、抗議を鎮圧するため戦車を投入することで対応した。抗議者たちは、数は多かったものの、力はほとんどなく、中国政府は彼らを尊重しなかった。今 もなお未公表の数のデモ参加者が殺害され、抗議行動は、当局による弾圧を弱めるどころか、むしろ強める結果となった。

 96年に台湾で初めて民主的に行われた総統選を前にして、中国政府は台湾近海に向けて、ミサイルを発射する対抗措置に出た。米国は、母港である横須賀か らインデペンデンスを、地中海からスエズ運河経由でニミッツをと、空母2隻を派遣して、これに応じた。中国は怒りの反応を示したが、ミサイル発射は終わ り、台湾住民が李登輝氏を総統にした選挙は円滑に進んだ。中国は力を尊重するのである。

 ≪米空母に海自護衛艦随伴せず≫

 米国の対応は効果的だったが、残念なことに、横須賀から台湾沖の海域まで、海上自衛隊の護衛艦は1隻すら空母インデペンデンスに随伴しなかった。そうし た状況が起きていれば、中国はもっと文句を言っていたに違いないが、中国側の尊敬もまた、高まっていたであろう。中国は力を尊重するのである。

 今日、中国は、国際法上の根拠もなしに南シナ海全域が中国のEEZ(排他的経済水域)であるとして、そこでの航行の自由に対する支配権を主張することにより、危機を引き起こしている。

 とりわけ、EEZに関する中国の法律は11条で、いかなる国も中国EEZの航行とその上空通過の自由を享受するとうたう一方、14条では、この法律の規 定は「中華人民共和国によって享受される歴史的権利」に影響を及ぼしてはならないと明言している。そして、そうした「歴史的権利」は南シナ海の80%に適 用される、と主張しているのである。

 中国は、まだ弱体だったころには、自国の「権利」を強制しようと試みはしなかったが、この10年ほどは、次第に支配権を唱える発言をより頻繁に行うよう になり、日本の海底資源への権利を妨害したり、尖閣諸島沖の日本領海で日本の海上保安庁の船に(漁船を)衝突させたりして、日本に敵対する行動を取るよう になっている(そして、いくつかの事件で米国に対しても)。

 ≪力見せずして中国尊重せず≫

 中国が南シナ海の海域や海底を支配すれば、最も控えめにみても、ASEAN(東南アジア諸国連合)の事実上すべての加盟国と同じように、日本の国家安全 保障上の利益や中東の産油国も、重大な影響を受けるだろう。もし、日米両国が中国の発言や攻撃的な行動に対して、弱すぎる対応をした場合、日米両国政府 は、見て見ぬふりをすることによって南シナ海に対する中国の主権を既成事実として受け入れたのだ、と将来、中国に主張されるというリスクを負うことになる だろう。

 日米両国は、地域協力を話し合っているインドネシアとベトナムや、南シナ海全体での捜索、救難活動を可能にする日本のUS-2型飛行艇の購入を考慮して いるブルネイといったASEAN諸国と緊密に協力し、南シナ海において国際法を尊重することと、中国が望むような一方的なやり方によることなく多国間に よって紛争を平和的に解決することを手助けすべきである。

 ただし、日米両国は、中国が言葉だけでは相手を尊重しないということをわきまえるべきである。そして、航行の自由の権利を確実なものにするために、頻繁 かつ定期的な南シナ海の通行を実施するとともに、日本の石油の生命線が通っているのをはじめ、世界の貿易の3分の1が経由している地域が、中国によって支 配されるのを阻止するに当たり、東南アジアの国々と結束すべきである。
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