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共産党フィルター

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私自身は日本共産党を部分的に評価している面がある。なんと言っても政治を勉強しているのは、民主など到底足元にも及ばず、自民でも共産党ほど研究しているのかと疑わしい。が、それほど政治を勉強しているはずの共産党の思考回路がどうしてこれほど狂っているのかが不思議でならない。

政治を勉強し考え、現実を分析するなら、共産党のような思考はまず出来ないだろうと思うが、彼らの場合知識と判断力規準が全く一致しないのが最大の特徴なのだろう。

さて、彼らも最近は退潮が著しく、それは喜ばしい限りだが、全く議席を失ってしまっては政権政党にとっても良いことではないと思える。やはり、批判者は常に必要なのだ。特に民主主義国家では必然であり、そのためにも共産党には存在し続けて欲しい。そうすれば、共産党の異常さがよく分かるし、このようなことを言い出す人間達に政権をとらせてはならないとの国民に対する教訓にもなるだろう。全く共産党が存在しないと、免疫が無くなる恐れがあるからだ。

かつて、中国というものを知らなかったために文革を日本国内で礼賛する連中が大勢居た。ソ連が嘘と暴力で成り立っている国だと知らなかったために、日ソ不可侵条約を締結しそれを信用するという過ちを犯したこともある。

今の共産党は、いわば世界でも珍しい純粋培養の共産主義政党だと言えるので、共産主義がいかに人間を破壊するかの見本として、常に一桁くらいの議席は持っていた方がよいのではないだろうか。それに、彼らの機関紙「赤旗」も最近値上げをしなければならないほど国民は相手にしなくなっている。まあ、同情はしないが。

で、彼らの思考フィルターがどのようなものかを示すニュースが最近赤旗にあった。

赤文字は引用

「土人女を集め慰安所開設」・中曽根元首相関与示す資料・高知の団体発表


 資料には班の編成や装備、活動内容とともにバリクパパン(インドネシア・ボルネオ島)で飛行場整備が終わり、「氣荒くなり日本人同志けんか等起る」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設氣持の緩和に非常に効果ありたり」(原文のママ)と書いています。バリクパパン上陸前の地図と上陸後、民家を接収し垣やトイレをつくり慰安所にした地図もあります。

 もし中曽根氏が当時本当に「土人女を集め慰安所を開設氣持の緩和に非常に効果あり」と言ったのだとしたら、確かに感心できる言葉ではない。ただ、飛行場整備が終わった後の雑談で口にしたのだとしたら、それが正式な当時の軍部の声明とは到底言い難いのではないか。中曽根氏が日頃、現時の人間を”土人”と言っていたかどうかは不明だが、その場の雰囲気で、当時の日本人が口にすることはままあったのではないかと思える。
 
 なにしろ、日本の正式な法律名に”北海道旧土人保護法”というのが有ったくらいだ。同法は1899年に廃止されていが、これは日本人に差別され悲惨な状況に置かれていた当時のアイヌの人々を保護するための法律だった。ということは、土人という言葉に確かに差別意識があったのは事実だろうが、当時の世界は結局このような意識が普通だったと言える。
 
 私が子供の頃にも南洋の土人等という言葉は普通に聞かれた。日本から見て南洋とは南アジアのことであり、アフリカ系のことではない。
 
 したがって、仮に飛行場整備の労働を終えてほっとした若い下士官達が冗談半分に上記のような言葉を発したとしても別に当時としては問題ではなかったはずだ。

 研究員は資料で(1)中曽根氏が慰安所建設に積極的にかかわった(2)インドネシア人女性を集めて慰安所をつくった(3)42年3月11日に海軍基地内に慰安所が開設されたなど具体的な記述がある(4)慰安所内の配置図が明らかになった―と説明。「防衛省の所蔵文書で確証は高い。中曽根氏が慰安所設置に能動的に動いたことが分かる。中曽根氏自ら真実を明らかにするとともに、政府はさらなる調査をすべきだ」とのべました。
 
 ところで、当時慰安所はあったが従軍慰安所は無かったとする主張が多いが、私は有ったと思う。従軍とは、本来は軍属や医療関係者、報道記者など、民間人の身分のまま軍と行動を共にすることを言うが、当時日本軍が直接慰安婦を集めた事実はないとしても、地元の業者に委託して慰安婦を集めた事実はあるからだ。

軍部による従軍慰安婦募集

 
 画像 軍部による従軍慰安婦募集
 
 朝鮮日本総督府機関紙掲載
 
 つまり、軍を対象とした慰安婦を、軍が公認して認めていたのであれば、従軍慰安所と言うべきだろう。ただし、だからといって、当時としては全く問題はない。
 
 売春が当時はれっきとした女性の職業として合法であり、各国軍隊は兵士による性犯罪に手を焼いていたのだから、日本軍がその対策として従軍慰安所を作ったのは全く問題がない。なんら非難される筋合いのものではないし、事実彼女たちが非常な高給で募集されたとの資料も数多く存在する。ただし、朝鮮人の場合、仲介業者が大幅にピンハネしたり、親が娘を売って大金を手にするようなことは多くあったようだ。なにしろ、自称朝鮮慰安婦達の証言がそれを示している。
 
 当時は自らの意思で海外の慰安所に行った日本人の慰安婦も大勢居たのだ。
 
 したがって、当時中曽根氏がかりに積極的に慰安所を作ったとしても何ら問題はない。それが共産党のおつむを通ると、当時日本軍が大変な犯罪を犯したことになるらしい。まして、それが現地女性を強制的に連行し、性奴隷にした話に発展する(韓国ではそうなっているが)ことが、日本共産党の思考フィルターを通るとできあがる危険性がある。
 

上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてください。但し、内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

「土人女を集め慰安所開設」・中曽根元首相関与示す資料・高知の団体発表


2011年10月28日09時44分

提供:しんぶん赤旗

(写真)中曽根氏が慰安所建設に積極的に動いたと発表する「草の家」の岡村館長(右端)ら=27日、高知市 中曽根康弘元首相が、戦時中に慰安所設置に積極的に関わっていた資料が防衛省の公開している文書の中から見つかったと、高知市の平和団体が27日、高知市内で発表しました。

 明らかにしたのは、高知県内の戦争遺跡の調査や保存に取り組んでいる民間団体「平和資料館・草の家」の岡村正弘館長や馴田正満研究員(63)ら。

 今回見つけたのは「海軍航空基地第2設営班資料」。当時の第2施設隊(矢部部隊)工営長の宮地米三氏(海軍技師)の自筆を含めた資料をもとに1962年に防衛省(当時庁)がまとめたものです(26ページ)。第2設営班の主計長が中曽根氏です。

 資料には班の編成や装備、活動内容とともにバリクパパン(インドネシア・ボルネオ島)で飛行場整備が終わり、「氣荒くなり日本人同志けんか等起る」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設氣持の緩和に非常に効果ありたり」(原文のママ)と書いています。バリクパパン上陸前の地図と上陸後、民家を接収し垣やトイレをつくり慰安所にした地図もあります。

 中曽根氏は『終りなき海軍』の本で「私は苦心して、慰安所をつくってやった」と書くなど慰安所建設は認めていました。しかし、外国特派員協会の記者会見でも「慰安所は軍人らが碁を打つなど休息所の目的で設置した」と、いわゆる「慰安婦」を置く慰安所設置は否定していました。

 研究員は資料で(1)中曽根氏が慰安所建設に積極的にかかわった(2)インドネシア人女性を集めて慰安所をつくった(3)42年3月11日に海軍基地内に慰安所が開設されたなど具体的な記述がある(4)慰安所内の配置図が明らかになった―と説明。「防衛省の所蔵文書で確証は高い。中曽根氏が慰安所設置に能動的に動いたことが分かる。中曽根氏自ら真実を明らかにするとともに、政府はさらなる調査をすべきだ」とのべました。

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コメント

No title

朝鮮人の仲買人や女衒が貧しかった農村から攫ったり、人身売買された女性を慰安所に斡旋しただけのことと思います。このようにして従軍慰安所に集められた女性達から大事な兵隊を性病から守るために軍が衛生管理をしただけのことと思います。この様な対策の結果現地において日本人による現地人に対する強姦事件は非常に少なかった。
その後に起こったベトナム戦争において韓国軍はその対策を省いた為に韓国兵がベトナム人女性に対する強姦、暴行の方が問題になると思います。ベトナム戦に参戦した兵隊はその後米国の永住権を優先的に取得し米国へ移住した後、米国内にてどのような行動を取ったのかはロス地震時に多くの韓国人や韓国人経営の店舗が襲撃された事でも明確になると思います。

No title

>2011-10-31 17:36 | ダジャ様

>朝鮮人の仲買人や女衒が貧しかった農村から攫ったり、人身売買された女性を慰安所に斡旋しただけのことと思います。

それだけではなく、親に売られた、朝鮮人に騙されたと証言している自称慰安婦が居ます。あとから、その矛盾をつかれて引っ込めてしまいましたが。

>このようにして従軍慰安所に集められた女性達から大事な兵隊を性病から守るために軍が衛生管理をしただけのことと思います。この様な対策の結果現地において日本人による現地人に対する強姦事件は非常に少なかった。

それは事実ですね。日本の軍規は非常に厳しく、強姦事件などでは死刑も含む厳罰がありました。

>その後に起こったベトナム戦争において韓国軍はその対策を省いた為に韓国兵がベトナム人女性に対する強姦、暴行の方が問題になると思います。

未だにベトナムではガオライバンズが来るよと言って泣く子を黙らせるという話がありますが、それが事実かどうかはともかく、当時の韓国兵の行状は酷かったみたいですね。

>ベトナム戦に参戦した兵隊はその後米国の永住権を優先的に取得し米国へ移住した後、米国内にてどのような行動を取ったのかはロス地震時に多くの韓国人や韓国人経営の店舗が襲撃された事でも明確になると思います。

まあ、それが原因かどうかは知りませんが、韓国人の黒人差別はアメリカでも憎悪の対象になっているとは言われていますね。本国でも、最近そんな差別事件が話題になっています。世界各国で韓国人は嫌われているみたいですね。メキシコなどでは協調できない民族だとまで言われていますし。

問題は

慰安婦を「他所から娼婦を招いた」ではなく「土人女を集めた」という点にあり。

占領地で現地女性を拉致して強制売春をさせた件で、実行犯がBC級戦犯で処罰された事例が多数有る事を考えると、これは些か拙くないか?

(ボルネオはイスラム教徒が大多数だから、こういう職業に就く女性は決して多くない筈)

問題は

>2011-12-25 14:14 | はむさん

何を言いたいのかな?


>慰安婦を「他所から娼婦を招いた」ではなく「土人女を集めた」という点にあり。

だから、「土人女と言う言葉は感心した話ではないと」書いているが。現在の認識と当時の認識が違うとも書いた。

>占領地で現地女性を拉致して強制売春をさせた件で、実行犯がBC級戦犯で処罰された事例が多数有る事を考えると、これは些か拙くないか?

おやおや、今では世界中が全く正当性を認めていない東京裁判を持ち出したか。日曜日に出てくる点も併せていかにもあの保守革命、アホチャイルドくさいな。

>(ボルネオはイスラム教徒が大多数だから、こういう職業に就く女性は決して多くない筈)

厳格なイスラム社会では女性は教育を受けられず、また職業に就くことも許されていないので、体を売るしかない女性は大勢いるが、むろん、彼らの社会ではそのような事実は認めない。そもそも、イスラムでは、女性は男性の付属物であり所有物であり、性犯罪自体の概念が希薄だ。売春の概念も希薄だな。

むろん、インドネシアは今では世俗国家だが、当時は今とは違うし、それに当時は世界がほとんど売春合法だった。遠く日本から連れてくるより、現地で集めるのが簡単と考えるのは当然だが。

筈ねぇ・・確かめたのかね。まるで高木健一だな。彼は、それを確かめにインドネシアに行って、手ぶらで帰ってきたが、同行したのかね。それでも高木は売春婦を補償しろと今でも言い続けている。お仲間か?

ところで、常識があるなら、このような場でのコメントは、最初から言葉遣いに気を付けるべきだな。たとえ反論でもね。そうでないと、仮に正論でも、常識のない奴と思われ、まともに相手にされないよ。

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