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太陽エネルギー


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太陽光エネルギーが何故使い物にならないかは何度も書いたが、今回はコスト面でいかに不可能か、なぜそうなるのかを書いてみたい。

まず、太陽光は自然の恵みであり、無尽蔵だからエネルギー源がただであり、枯渇することがないというイメージがある。確かに太陽光は只だ。が、取り出すためのコストが実現不可能にしているのだ。

まず、基礎として、そもそも日本では太陽光エネルギーがどれだけ得られるのかを確認する。

Wiki 太陽光

日本付近では最大約1kW/m2のエネルギーとなる。しかし、これは最大であり、即ち夏至の太陽が南中しているとき、晴天であることが条件であって、毎日この条件が満たされるわけではない。

まず、晴れて太陽光が地上に届く日がどれだけあるかというと、

日照時間

日本各地の年間日照時間は、おおむね1500時間から2000時間程度である。可照時間が長い低緯度地域で日照時間が長くなるのはもとより、季節によって日本各地の日照時間の長短には特徴が見られる。昼間の時間が長い夏至のころは九州 - 東北地方で梅雨に入るためこれらの地域では日照時間が短い。年間日照時間が長い地域として、関東地方、山梨県や長野県中部、東海地方、瀬戸内海地域、九州南東部、南西諸島や小笠原諸島などが挙げられる。ちなみに、日本の日照時間は長いとされる地域でも世界平均にすら届かない地域が大半であり、総じて日本は日照時間が短い国であると言える。


平均1750時間/年

晴天率

年間晴天日数の全国平均は217.6日。これは各県のデータを平均したものであり、気象庁が発表したデータではないので注意いただきたい。1年の60%が晴れで、週に換算すると毎週4日晴れている計算になる。


次に、真夏の太陽が南中している快晴日が規準でも、それは普段の太陽エネルギー量ではない。

受光エネルギーは、受光面の傾きが大きくなれば減る。即ち太陽の南中しているときから45度傾けば、受光エネルギーは70%になる。これは季節や緯度によりまちまちであり、平均として先の1Kw/m2の70%、即ち0.7Kw/m2が日本に於ける太陽光エネルギーの平均と考える。

日照時間が1750時間/年であれば年間、日本で平米当たり降り注いでいる太陽光エネルギーは1225Kwh/年である。

現在実用化されている太陽光パネルの効率は10%である。20%に達する製品もあるが、極めて価格が高く、普及品の価格では10%が最大と考えて良い。

したがって、新品の太陽光パネルが発電できる電力は122Kwh/年となる。ただし、太陽光パネルは年々劣化し、発電効率が下がってくる。限度まで下がったときに寿命となるが、

太陽光発電

経年劣化と寿命 [編集]太陽光発電システムには大部分の製品が稼働できると推測される「期待寿命」と、メーカーが性能を保証する「保証期間」がある。メーカーの製造ミスなどで早期に出力低下などのトラブルが起こることもある。通常の経年劣化による出力低下は20年で1割未満と報告されている。

と言うことであれば、一割/20年の減少として寿命内の平均効率は9.5%であり、寿命内の発電総量は1159Kwh/年となる。

ただし、当然ながら太陽光パネルは常に掃除をしなければならず、ゴミや落ち葉などが乗ることで効率が下がり、また降雪があれば、除雪するまで使い物にならない。日本は世界でも有数の豪雪の国であり、雪の降らない地域は、ほとんど無いが、多少の降雪は良いとしても設置できる場所はおそらく半分程度となる。

原子炉の発電量とは、Kwhで示すので、100万キロワットの原発の発電量は、単純計算では発電量が100万kWということは、年間発電量は、100万kW x 24時間 x 365日 = 87.6億KWh/年となる。

ただし、原発が常時フル能力で使われることはなく、また定期的に停止して点検などをしなければならないので、実際の稼働率は最大でも80%程度と考えられる。なお、日本では現時点で40%を割っているが、現在の状況が特殊であり、たとえば韓国などでは93%を記録したと言われている。が、それだけ同国には余裕がないと言うことを示している。いずれにせよ、原発の稼働率は、常であれば80%程度と見て良い。したがって、100万Kw原発の最大発電能力は87.6億Kwhx0.8=70億Kwh/年となる。

70億Kwhの電力を太陽光パネルで発電するには、600万m2のソーラーパネルを必要とするが、むろん、敷き詰めるわけには行かず、保全や搬入撤去、付帯設備などの余地がいる。20%の面積をそれに充てるとして、750万m2 の土地がいる。

これは7.5Km2と言うことになる。そこで、以前書いた計算と桁が違うことに気がついて確認してみた。

エントリー「脱原発論の欠陥」では

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

メインエネルギー源の5-10%が太陽光パネルになった場合、必ずそれと同等の蓄電システムまたはバックアップ電源が要る。そうでなければ、メイン電源として信用できないからだ。いきなり電車が止まったり、病院の電源が落ちたり、金属精製工場の電気炉の電源を落とすわけには行かない。そんなことをすれば、その工場全体が二度と使用できなくなる。

日本での太陽光パネルの発電効率から原発に匹敵する能力を求めるとすると、8.6倍の発電量が要るが、上記のように劣化率を入れるなら9.46倍の発電量が要る。さらに、寿命が20年であれば、40年とされている原発の寿命に匹敵するには2回の設置、すなわち、18.5倍の設置回数が要るわけだ。

面積は同じ場所を使うとしても100キロワット当たり、60Km2、しかし、隙間無く貼り付けるわけには行かず、メンテ用の隙間が要るからおそらく30%増しの面積はいるのではないか。すると、76Km2の面積が要るが、この分のパネルを一度に張り替えるわけには行かないから、毎年10%ずつ張り替えるとして、その分の予備が要る。すなわち、86Km2の面積が要ることになり、また太陽光パネルの上に埃がついたり枯れ葉でも飛んできたら取り除かなければならない。これをどうするのだろう。86Km2といえば、大田区と品川区を合わせたより少し大きい。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

当時の計算基礎が見つからず、消してしまったと思われるが、うろ覚えでは、発電した太陽光エネルギーを安定化し、蓄電する際の効率も入れていたと思う。つまり、上記に示しているように太陽電池から出てきた電気がそのまま家庭で使えるわけではなく、十分な量を蓄えなければならない。なにしろ太陽は晴れた日の昼間しか出ていないのだ。夜にも電気を使うためには一日中使えるための電気、及び最低限1週間や十日の間電気を貯めなければならない。と言うことは、一日で10日分の電気を貯める発電量がなければ安心してベース電力とは使えないわけだ。

梅雨時など、一月くらいまともに太陽が出ない日が続いたりするから、本当は10日分の発電量でも心許ないが、まあ、緊急用の火力発電や水力発電があるし、真っ暗闇でなければ幾分かの発電量はあるとして、10日分と計算した。100万Kwh能力の原発の稼働率を80%とすれば、10日分だと800Kwhの発電能力を必要とする。

つまり、100万キロワットの原発に匹敵する太陽光パネルは、原発の稼働率を考えても800万キロワットの発電量がないと安心して使えないことになる。理不尽と思うかもしれないが、太陽が出るか出ないかは全く人知の及ばないところだ。

で、今回の計算ではそのための太陽光パネル設置のためには75Km2(前回よりも少なくなっている。まあ係数がいろいろあるのであくまで概算でしかない)の土地がいる。

次にコストとを考えてみる。

非常におおざっぱだが、家庭用の太陽光パネルは10万円/Kw位する。むろん大規模になれば単位当たりの価格は安くなるとして、思い切って5万円/Kwとしよう。800万キロワット分の太陽光パネルは、もし調達できたとして、(8x10^8)x(5x10^4)=40x10^13 40兆円?

土地代、人件費をプラスし、付帯設備(支持架、電線、制御設備)をプラスしさらに難題である、蓄電設備を作らなければならない。むろん、今でも二次電池はあるが、最も効率の良いリチウム電池は、車用の80Kwの物が250万円位する。これもわかりやすいように大量生産で80万円に大幅値下げをするとして、便宜上1万円/Kwhとすると、原発の10日分の発電能力に匹敵する電力とは、8x10^9 x 24時間なので、1億9千2百万Kwhの電力を貯められなければならない。電池を安くしたからこちらも計算を簡単にするために2億Kwhとしよう。すると電池代で2兆円(?)思ったより安いが、電池の寿命は5年でありその間劣化してゆく。と言うことは電池の効率も80%平均と考えて、5年ごとに2兆5千万円かけて電池交換をする。

さて、太陽電池の寿命は20年くらいだが、ちょうど原発の寿命40年の半分に匹敵する。

原発一基が寿命を終える間に太陽光パネル代が40兆円の二倍、蓄電池は8倍かかる。

合計丁度100兆円。


実はこのような計算はあまり意味がない。なぜなら、係数の取り方がいくらでも変わり得るし、技術革新で価格が下がるかもしれないが、世界中で同じことをやれば資源の枯渇から価格が高騰するかもしれない。多分高騰する可能性の方が大きい。太陽光パネルのシリコンは無尽蔵にあるが、精製するための電力は無尽蔵ではない。

蓄電技術は、上記ではリチウム電池を例にとったが、現実には他の方法も考えられているし、現状では揚水発電が一番大規模な蓄電システムと言える。が、開発の余地は少なくとも日本にはない。

つまりはこれほどの電力に使える蓄電技術は無いのだ。実現していない技術での費用計算自体が意味がないし、今確立している技術では、とてつもなく巨大な金がかかると言うイメージさえつかめればよい。

そして、金さえかければ出来るわけでもない。それだけ膨大な数の太陽光パネルや蓄電池を作る際の環境汚染は想像を絶する。それらを保全するためのコストは、製造コストの何倍もかかるのではないか。さらに寿命の過ぎたパネルや電池は回収し、リサイクルに回すことになる。そのためのコストは上記に上乗せされなければならない。土地代、人件費、電力の安定化設備、あたらしい送電設備などがさらに上乗せされる。


現実に日本だけでも、全ての原発の代替として太陽光パネルを使うとすれば、仮に50基分して年間125兆円。国家予算を遙かに超す。

重ねて言うが、この計算はあくまでイメージするための物であり、正確とは言い難いが、太陽光パネルがいかに荒唐無稽であるかが分かるのではないか。

いくら将来画期的な技術が開発されても基本の日照時間やエネルギー密度は人間の技術では変えられない。資源の絶対量も変えられない。本当に遠い将来のことは私も分からないが、現実に欧米が30年間かけて研究しあきらめた理由が分かるのではないだろうか。

現在、世界のエネルギーの最も大きな燃料は化石燃料であり、それも石炭が多い。石炭石油は、太古の生物が数千万年の時間をかけて地中で変成した物でだ。ただし、ガスや石油については無機合成説や石油バクテリアによる成中説も有力視されて来ている。全てが古代生物由来ではないと言うことだ。

古代生物由来説(少なくとも石炭はそれに当たる)の化石燃料については、結局、生物を媒体にして、太陽エネルギーが数千万年に渡って凝縮されたエネルギーを現在人間が高々1,2百年で使っているわけだ。この数千年の時間をかけて凝縮するコストを人間が換算できる物ではない。つまり金をかけて同じ凝縮を人間は出来ないと言うことだ。

わかりやすく言えば少なくても数十年に渡って太陽光パネルによる電気を巨大な蓄電池にため、それを一年で使うというイメージだから、人間が文明の存続する限り限り使い続けるには数千万年発電し、それを蓄えると言うことだ。

あくまでイメージなので現実性はないが、少なくともリあるタイムで、1:1の発電と消費は成り立たないことが理解できないだろうか。

化石燃料の生成についてはWikiにある。が同じ項目で、化石燃料のマイナス面が載っていたので、挙げておく。

化石燃料 Wiki

一部抜粋

化石燃料の使用が引き起こす公害・環境問題 [編集]化石燃料を使用する際、エネルギーを取り出した後に残る二酸化炭素や、不純物として含まれる窒素酸化物 (NOx)・硫黄酸化物 (SOx) などが、いずれも気体や粒子状物質として排出されるが、それらが大気中に放出されることにより、次のような様々な環境問題を引き起こす要因となっている。

酸性雨 [編集]

酸性雨の影響で枯れた丹沢山地のブナ[3] [4] 1940年代の北欧では、窒素肥料を施さずとも作物の育ちがよくなる現象が見られるようになった。当初は農家も「天の恵み」だと喜んでいたようだが、じきに湖や川から魚が姿を消し、千年雨に打たれても平気であった遺跡の石塀や、教会のブロンズ像などがボロボロになっていったという。


呼吸器疾患 [編集]

工場から排出される煤煙、日本など先進国では対策が進んでいるが、途上国では深刻な問題を生じさせている。
自動車排気ガスによる大気汚染、2005年 8月。現在もなお続く深刻な環境問題のひとつである。


日本だけでも気管支喘息による死亡者が年間3千人を超え、200万人以上が苦しめられている。 自動車などにより引き起こされた新たな外部不経済が一般住民の健康や税金を蝕んでいる問題には、解決の兆しすら見えない状況が今も続いている。

地球温暖化 [編集]

ホッキョクグマ、温暖化により北極の氷が解けることで影響を受けると考えられている。
炭素ガス発生源とその量の推移。発生源とその影響を受けると想定される地域は必ずしも一致していないことや、後世に遺る長期的な問題であることが、当事者の危機意識を薄れさせている。


拡散性・非帰属性 [編集]
化石燃料の消費によって起こる大気汚染には、発生者・地域と被害者・地域が一致しないという問題もある。大気は地球全体でつながっているため汚染は広範に拡がり、しかも地形や気流などにより特定の地域に被害が集中しやすい。

以上Wiki引用終わり

それ以外にも化石燃料が投機対象になることで価格が暴騰し、一部の巨大海外企業に国家の根幹であるエネルギー源を握られることになる。なにしろ、日本の石油産業には国際間ではほとんど発言権がない。いま原発関連の企業の利権や政治力が攻撃の的になっているが、世界の石油産業がどれだけ世界情勢を動かし、何度も戦争を引きおこしたか、少し歴史を調べてみるとよく分かる。日本の原子力産業や原発村など、庇うつもりはないがコップの中の嵐でしかない。

また、現実にエネルギー源不足に悩む中国は、なりふり構わず周辺国と軍事的衝突を拡大させながら資源獲得に乗り出し、また政情不安定な産油国の独裁政権に取り入って安定した資源獲得をねらっている。それは大きく世界情勢の不安定かを加速させている。

海洋覇権を目指している中国は第二列島線を視野に入れ、日本が大量に購入しなければならない化石燃料の輸入航路を脅かし、またロシアもサハリン沖ガスの供給を日本に約束しながらそれを反古にするなど、資源外交に使っているし、ガスパイプラインのバルブを閉めることで脅迫に使うなど、他国の安全を脅かしている。このようなロシアからガスを買う危険性をもうすこし認識しても良いのではないか。

かつて、日本はイランで大型油田の開発を手がけ、膨大な資本を投下したが、結局イラン革命のあおりを食って全てどぶに捨てることになった。海外の化石燃料には常にこのような危険がつきまとい、そして海外の産油国、ガス産出国はほとんどがこのような政情不安地域なのだ。

ガスの大半をロシアに頼っているヨーロッパは、そのためにも自然エネルギーを研究し、駄目だと見極めて原発ルネッサンスに舵を切ったのだ。世界の趨勢が脱原発だと信じているのは日本の脱原発派くらいのものだ。とにかく、化石燃料に依存することは、国家の命運を大きく他国に脅かされることを意味する。

古来、戦争の多くが資源獲得戦争であることを思い起こせば、日本が多量の化石燃料に依存し続けることの危険性を理解できるのではないか。

化石燃料は駄目、自然再生エネルギーは不可能と分かったら、選択肢は原子力以外にあり得ないのは、普通の思考力があれば理解できそうなものだが。今の政権を担う連中にはその程度の思考力もないが、それにだまされるダボハゼも多すぎる。

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以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

化石燃料 Wiki

化石燃料の使用が引き起こす公害・環境問題 [編集]化石燃料を使用する際、エネルギーを取り出した後に残る二酸化炭素や、不純物として含まれる窒素酸化物 (NOx)・硫黄酸化物 (SOx) などが、いずれも気体や粒子状物質として排出されるが、それらが大気中に放出されることにより、次のような様々な環境問題を引き起こす要因となっている。

酸性雨 [編集]
酸性雨の影響で枯れた丹沢山地のブナ[3] [4] 1940年代の北欧では、窒素肥料を施さずとも作物の育ちがよくなる現象が見られるようになった。当初は農家も「天の恵み」だと喜んでいたようだが、じきに湖や川から魚が姿を消し、千年雨に打たれても平気であった遺跡の石塀や、教会のブロンズ像などがボロボロになっていったという。

これらの現象が調査されるうち、雨水の変質に原因を見ることとなった。当地域では、通常よりも遙かに酸性度の高い、pH 4~5 もの酸性雨が降っていたことが明らかになったのである。スウェーデンの土壌科学者 S・オーデン (Svante Oden) 博士がその影響を広範囲に調べたところ、大気中の亜硫酸ガスや窒素酸化物が硫酸や硝酸に変化し、それが溶け込んで強酸性の雨や雪が降ったことを突きとめ、1967年に発表した。その変化の過程は極めて複雑かつ多岐にわたるものと想定されており、その詳細な過程は今なお明らかになっていない。

現在では、一般に pH 5.6 以下で酸性雨と定義されているが、たとえば日本では東京など南関東の自動車交通過密地帯で排出される自動車排気ガスからの窒素酸化物・硫黄酸化物が丹沢山地や奥多摩に酸性雨を降らせて樹木の立ち枯れを進めていると考えられており、森林破壊や土壌汚染の一因になっている。

呼吸器疾患 [編集]
工場から排出される煤煙、日本など先進国では対策が進んでいるが、途上国では深刻な問題を生じさせている。
自動車排気ガスによる大気汚染、2005年 8月。現在もなお続く深刻な環境問題のひとつである。

化石燃料に含まれる硫黄酸化物および窒素酸化物の残渣である粒子状物質は、気管支喘息の最たる原因物質と考えられており、工業地帯からの排煙が四日市ぜんそくをはじめ各地で深刻な公害を引き起こすこととなった。これは水俣病など他の公害と同様、排出者が因果関係を認めなかったことや経済発展を優先する政策の煽りを受けて、公害認定まで数年間を要することとなり、四日市市では被害者に対し独自に医療費補填を実施するなどの対策を行うこととなったが、ようやく国が動きだした頃には自治体が対応しきれない程の被害者数になっていた。

その反省を受けて大気汚染防止法が施行され、工場排煙については脱硫装置の設置が義務づけられるなどの対策が進んだことにより、日本国内の工場排煙に限っては新たな被害が発生しなくなっているが、発展途上国などではそのような規制が整備されていない地域も多くあり、同じ問題が各地で繰り返されている。

一方、自動車燃料として大量に使われ続けているガソリンや軽油などについては、費用がかかるという理由で脱硫が完全に行われない状況が今なお続いている。 かつて京浜工業地帯からの排煙により深刻な喘息公害に見舞われた川崎市では、以前は臨海部(公害病第一種指定地域、昭和63年度に解除)で喘息被害者が多かったものの、近頃では北部地域で「小児ぜん息医療費支給制度」適用者が急増するという現象が見られるようになった[5]。また、その分布が主要幹線道路周辺に多いことも判明する。これは、かつては工場からの排気が主因であった喘息公害の原因が、現在は自動車からの排気ガスに替わっていることを示している。かつての四日市喘息の時などと同様、「証明されていない」という理由で国や産業界では具体的な対策が取られない状況が続いているが、事態のますますの悪化を受けて市では喘息医療費の助成制度の対象地域を市内全域に拡大し、小児ばかりでなく成人も対象にするなどの対策に追われることとなった。川崎市では地勢的に通過交通が多いなどの要因はあるものの、もちろん大気汚染の問題は当市に限って起きている問題ではなく、全国の都市部で深刻な問題になっており、日本だけでも気管支喘息による死亡者が年間3千人を超え、200万人以上が苦しめられている。 自動車などにより引き起こされた新たな外部不経済が一般住民の健康や税金を蝕んでいる問題には、解決の兆しすら見えない状況が今も続いている。

地球温暖化 [編集]
ホッキョクグマ、温暖化により北極の氷が解けることで影響を受けると考えられている。
炭素ガス発生源とその量の推移。発生源とその影響を受けると想定される地域は必ずしも一致していないことや、後世に遺る長期的な問題であることが、当事者の危機意識を薄れさせている。

[6] 化石燃料を使う工場や火力発電所などからの排煙や、自動車・航空機など輸送用機器の排気中には必ず二酸化炭素が含まれるが、硫黄酸化物などより取り除くことが難しく、また硫黄は抽出すれば売却できるが二酸化炭素は売れないという事情もあって、工場などにも除去義務は課されておらず、ほとんどが除去されずに大気中に放出されている。

二酸化炭素は現在の濃度であれば人体に直接害をなすものではないが(二酸化炭素#毒性を参照)、大気中に留まると温室効果ガスとして働き、太陽からもたらされるエネルギーを宇宙へ放出する循環経路に支障を来たし、20世紀中に気温を 1.7℃上昇させ地球温暖化問題の一因となっていることが指摘されている[7]。 太古の昔に原始生物が長時間かけて固定し地中深くへ閉じ込められた二酸化炭素を、現代人が 100年あまりのうちに大気中に戻してしまったことになるため、気温上昇幅もさることながら、急激すぎる変化の影響は想定することすら出来ていない。 [8]

二酸化炭素の回収・固定は技術的に困難なため、設備や運用方法の改善や効率化、エネルギー消費量の抑制などで対策が迫られている。

拡散性・非帰属性 [編集]化石燃料の消費によって起こる大気汚染には、発生者・地域と被害者・地域が一致しないという問題もある。大気は地球全体でつながっているため汚染は広範に拡がり、しかも地形や気流などにより特定の地域に被害が集中しやすい。

たとえば前述の北欧での酸性雨も、工業地帯から遠く離れた農村部でまず被害が起こった。 また喘息公害でも、たとえば自動車を使わない選択をしたとしても被害を免れることができない上、喘息の苦しさは目に見えるものではないため、自動車に乗っている者には被害者の痛みが伝わらず被害実態が理解されにくいという矛盾が、事態の悪化が放置される一因となっている。

地球温暖化については、二酸化炭素の排出量は北米などの中緯度地域に偏重しているが(右グラフを参照)、真っ先に影響を受けるのは北極・南極などの極地や太平洋諸島など、ほとんど二酸化炭素を排出していない(つまり化石燃料の消費による利益を得ていない)地域でまず深刻な事態が起こると想定されている。また深刻な影響が出るのは数十年後からと想定されているため、現役世代の生活への支障は限られ、政治的にも危機意識が共有されにくいという問題もある。

近年になりようやく問題を把握することのできた国際社会では、その影響の拡大を食い止め抑制するために気候変動枠組条約を締結、京都議定書により化石燃料から出る廃棄物など温室効果ガスの排出量削減を約束することとなった。西欧諸国ではその目標に向けて行動しているものの、自国の経済発展が最優先と考えるアメリカ合衆国や日本などでは依然として対策が進まない実情がある(京都議定書を参照)。

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コメント

子孫への負の遺産とは

毎度ながらの具体的な数値を論拠としての説明ですが、概念を把握する上で不確定部分の仮定値も何らの障害にはならぬ事と思います。

熱し易く冷め易い国民性とは云え、震災直前迄は温暖化ガスを騒いでいた連中は何処へ行ったのでしょう。恐らく、今は脱原発、反原発を感情的に叫んでいる事との推察は難くありません。一つの事故でかくも容易に主張を曲げるとは、元の主張に確固たる信念はなく、従って新たな主張もまた同類の感情論でしかない事を物語っています。
太陽光や風力に火力でのバックアップの必要性を知るや、燃料は何であれ、火力を平然と肯定する身勝手さは滑稽ですらあります。
実用化の目処のついたシェールガスにしても、たかだか百数十年の埋蔵量であり、他の化石燃料も既にそれ以下となっています。私達の曾孫の代には、きっと身勝手にも何とも愚かな事か先祖は燃やす事に資源を費やしてしまったと嘆くか、代替物質での技術開発を出来たなら嘲笑するでしょう。
更に付け加えるなら、弱い立場にある国々の人々にも配慮してこそ、日本のアイデンティティーは維持される事を忘れるべきではありません。
理想的には全地球人で等しく恩恵を受けるべき資源を、強い経済力を背景に占有すればよいと云うものではありません。
国連への拠出金にせよ、開発援助や災害支援にせよ、日本程真摯に対応している国は少なく、高品質の産品によるのみならず、そうした姿勢も高く評価され、期待されています。
子孫への配慮どころか同時代の弱者への配慮すら出来ないのが自己中の感情論そのものです。
子孫に遺すべき資源を使い果たす事は、負債を遺すに等しい事を認識すべきです。
より完璧に近い型での核エネルギー技術を確立して伝える事は、例え核廃棄物の管理とセットであるにせよ、感謝こそされ、決して非難されるものではありません。

子孫への負の遺産とは

>2011-09-19 02:56 | あづまもぐら様

毎回コメントを頂き、ありがとうございます。励みになります。

>毎度ながらの具体的な数値を論拠としての説明ですが、概念を把握する上で不確定部分の仮定値も何らの障害にはならぬ事と思います。

イメージをつかむためにもこのような試みは有意義と思います。しかし、武田氏のように計算根拠自体が出鱈目というのも困りますが。

>熱し易く冷め易い国民性とは云え、震災直前迄は温暖化ガスを騒いでいた連中は何処へ行ったのでしょう。

それが不思議ですね。あの直前鳩氏が唐突に国際社会に、25% CO2削減を約束し、鳩の巣をつついたような大騒ぎになったのがまるで嘘のようです。

>太陽光や風力に火力でのバックアップの必要性を知るや、燃料は何であれ、火力を平然と肯定する身勝手さは滑稽ですらあります。

実際に、北欧などではろくに稼働しない風力発電のために、火力発電所が多数作られてしまったという事実があります。

>実用化の目処のついたシェールガスにしても、たかだか百数十年の埋蔵量であり、他の化石燃料も既にそれ以下となっています。私達の曾孫の代には、きっと身勝手にも何とも愚かな事か先祖は燃やす事に資源を費やしてしまったと嘆くか、代替物質での技術開発を出来たなら嘲笑するでしょう。

シェールガスが大量に利用できるとしても結局は他国に国家の命運を左右される事実に変わりはなく、環境汚染が拡大する事実も変わりはありません。

>更に付け加えるなら、弱い立場にある国々の人々にも配慮してこそ、日本のアイデンティティーは維持される事を忘れるべきではありません。

その通りです。これらの国々の政情不安定さが結局世界全体の政情不安定をうみだし、また中国やロシアがそれを利用する要素になります。

>理想的には全地球人で等しく恩恵を受けるべき資源を、強い経済力を背景に占有すればよいと云うものではありません。

まさに、中国やロシアがそれです。

>国連への拠出金にせよ、開発援助や災害支援にせよ、日本程真摯に対応している国は少なく、高品質の産品によるのみならず、そうした姿勢も高く評価され、期待されています。

これが、今回の震災で世界が知るところとなった日本人の民度の高さ同様、国家としての格の高さでしょう。

>子孫への配慮どころか同時代の弱者への配慮すら出来ないのが自己中の感情論そのものです。

しかし、脱原発派はその自覚がありません。目の前に見えること以外、その奥にある物を推察することが出来ていません。

>より完璧に近い型での核エネルギー技術を確立して伝える事は、例え核廃棄物の管理とセットであるにせよ、感謝こそされ、決して非難されるものではありません。

自然再生エネルギーの改良の研究を進めることは私も反対しません。しかし、そのために膨大なコストと時間を費やし、原発の安全性の確保を怠るようなことがあっては本末転倒です。今でも原発は十分に安全ですが、管理が悪ければ事故を起こします。2002年、東電は原発管理の不正を暴かれ社会に改善を約束したはずですが、今回もそれは守られていませんでした。このような事態の再発を防ぐことが何より優先されるべきだと考えています。

No title

たかおじさんもブログでおっしゃられているように,もし,脱原発をするとすれば当面は化石燃料に頼らざるをえないはずです.
世界中で,石油資源が豊富であるという理由で戦争になったり,列強が介入して混乱している地域はいくつもあります.
英国やフランスはリビアで反政府運動が本格化すると,即座に軍事介入しました.その理由は,石油資源をヨーロッパの石油資本の傘下収めるためです.
少々話の飛躍になりますが,反原発の方々は,将来的に日本もそうするべきだと言っているんですかねぇ

No title

>2011-09-21 06:57様


>世界中で,石油資源が豊富であるという理由で戦争になったり,列強が介入して混乱している地域はいくつもあります.
>英国やフランスはリビアで反政府運動が本格化すると,即座に軍事介入しました.その理由は,石油資源をヨーロッパの石油資本の傘下収めるためです.
>少々話の飛躍になりますが,反原発の方々は,将来的に日本もそうするべきだと言っているんですかねぇ

いや、飛躍ではなく、中国はまさにそれをねらっています。そうしないと、中国自体が立ちゆかないからです。日本はもっと真剣にそれを考えるべきです。

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