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THE Journal への投稿

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昨日、野田政権の、脱原発前提方針の過ちについて書いたが、丁度良い材料があったので、これを使って書いてみたい。私は高野孟氏が主催しているTHE Journalという報道サイトに時々おじゃまし、記事を寄せたりコメントを寄せたりしているが、基本的には民主党支持の高野氏とは反対の立場だ。

そして今大きく異なっているのが原発推進問題であり、最近もここに寄稿した金平氏の意見は全く駄目だと書いたばかりだが、今度は(今度も)高野氏は脱原発論を主張している。

むろん、脱原発を主張するのは個人の思いからだろうからそれはそれでよいのだが、高野氏の欠点として、誰かがそれらしいことを言うとそれを鵜呑みにしている傾向が見られることだ。自分で確認した形跡がない。そこでつい今回も反論を書き込んだ。

このTHE Journalに集う人々は多かれ少なかれ民主支持であり、そのためなのか民主が脱原発を打ち出すと、それをそのまま支持する人が多いようだ。しかし、政治のイデオロギーと原発は別次元の話であり、なぜ民主支持だと脱原発になるのか、その辺りが非常に興味深く、覗かせていただいている理由だ。そして分かったのが、ここに集う人々の脱原発意識とは、高野氏同様誰かの受け売りであって自分自身が様々な要素を比較検討したためではないと言うことだ。だから、私が少し上から目線で(まあ反省はしているが)脱原発を否定し、原発は推進しなければならないと、高野氏に真っ向から反対して書くと様々な反論が来る。しかし、その反論がまた何も根拠を自分で確認していない、ただの誰かの受け売りに過ぎない物ばかりだ。

中には以前、このブログでお花畑の見本や、全く理論思考の出来ない脱原発派の見本として引きあいに出させていただいた面々が、相も変わらず同じ反論を繰り返すばかりだ。

しかし、一部の人はきちんと自分なりに考え、高野氏にも疑問を呈している古くからの常連さんもいることはあらかじめ述べておく。THE Jouanalに集う人全てがお花畑なのではなく、高野氏が言うから自分もその気になった底の浅いお花畑の人々が多いと言うことだ。

とりあえず、その高野氏の言い分を見ると、

赤文字は引用


野田・鉢呂はなぜ原発再稼働を急ぐのか?火力発電増強で原発はすぐにでも止められる

 まず第1に、そもそもストレステストの内容はどういうものであるべきか、それを実施するのが電力会社であってはお手盛りの結果にならない保証はあるのか。東電の柏崎刈羽原発1・7号機で9日から始まったストレステストは、地震や津波が原因となって燃料が損傷するケースを約60通り想定して、安全上重要な設備にどれほどの余裕があるかをコンピューターでシミュレートするのだそうだが、
 
 原発に限らず、それなりの施設や技術は設計段階から様々な異常事態にどのような状況が起きるかを想定したシミュレーションを行う。車だって今では設計段階からコンピュータ上であらゆる方向、あらゆる速度、あらゆる角度での、実際にはあり得ないような力を加えて衝突実験を繰り返す。コンピューターによるシミュレーションが出来なかった時代は、実際に車を作り、実際に衝突させ、中に乗せたダミーに与えられる衝撃や破損状況を繰り返し計測しし、最終的に量産体制に入ってからも衝突実験は繰り返される。
 
 これは車にかぎらず飛行機でもダムでも建物でも道路でもおよそありとあらゆる物が実際に作られ実用に供せられる前に様々なシミュレーションを繰り返すのは当然のことであり、原子炉も例外ではない。ストレステストと名前は付いているが、別に今始まったことではないのだ。
 
 ただし、車についての安全基準があるような原子炉に対する安全基準がきちんと定まっておらず、各電力会社や原発メーカーに任されていたのが問題なのだろうが、ただし今回の津波でも事前にそれを想定できていなかった東電の規準が問題なのであって(もちろん建設を許可し操業を許可していた政府の責任も大きいが)原発自体は最初の地震できちんと停止している。その意味では、従来行われていたストレステストは間違っていなかったのだ。
 
 今回の事故は、ひとえに津波対策の過ちが原因なのであり、原発自体の構造上の欠点ではない。思えば、過去の原発事故、即ちチェルノブイリやスリーマイルは、人間の操作ミスが原因であって、原子炉自体の構造や原理的欠陥による事故ではないのだ。つまり、福島も含めて、全て人間サイドに原因があるのであって、原発自体の根本的欠陥による事故はただの一度も起きていない。
 
 震災だから事故が起きたのではない。実際に、女川原発、福島第二原発、東海原発は事故に至っていない。人間の管理のまずさによる事故なのであって、その意味では原発は極めて安全な物だと言える。
 
 過去の火力発電がらみの事故は、海洋汚染にしても炭坑落盤事故にしても、人間の力では制御できない要因で膨大な汚染や悲惨な事故が起き、そして、回収しようのない膨大な汚染物質が環境を汚染し続け、延べ数百万人もの命を奪い健康をむしばんでいる。なぜ、この事実を無視するのか。
 
 ストレステストは必要だろうし、その規準も必要だろう。だが、それを課すからには、それを通った原発は安全だとの認識を持つべきだろう。高野氏は、それでも原発は危険だと言う。が、ご本人は実際に起きた事象を本当に理解しながらチェックし確認したとはとうてい思えない。

 第2に、ストレステストの結果を評価するのがその「3段階プラス政治判断」でいいのか。保安院は完全に信頼を失って来年3月一杯で解体される運命にあり、チェック機関としての資格をすでに失っているし、原子力安全委員会の無能は天下周知である。IAEAも、保安院と同様、原発推進と検査の両方を受け持つ、というより推進のためには厳しく検査せざるを得ないという性格の、基本的に米国が主導権を握った組織であって、何の安心にもならない。ましてや日本の大臣の政治判断など全く当てにならない。
 
 したがって、このような言葉になるのだろうが、では誰が審査をすれば良いのか。専門家に頼らざるを得ない。今後は、気象学者、地震学者、海洋学者など、原子力関係以外の専門家の意見も採り入れ、より完全な規準を作るだけのことであり、誰が評価してもあてに出来ないとは、すなわち、原発は何をやっても駄目だと言っているに過ぎない。過去の事故の分析すら、高野氏はしていない。
 
 次に高野氏は老朽化した原発は廃炉にしなければならないと言っているが、それは新規の原発が滞っているからだ。寿命が来たら廃炉にする、それは当たり前だが、新規を作らせないで古い物を廃炉にすると言っていたら、つまりは脱原発に他ならない。その代替手段がなければ、早晩日本は深刻な電力不足に陥る。
 
 それをふまえて、高野氏は言う。

 第4に、そうすると、再稼働の検討対象となるのは全54基中で9基だけとなるが、それらを廃炉時期が来るまで10年か20年か30年稼働し続けるとして、そのどれかで"第2のフクシマ"が起きないという保証はどこにあるのか。
 
 そんな保証を誰に求めるのか。明日巨大隕石が落ち来て人類が滅びることはないと誰に保証を求めるのか。あくまでゼロではない可能性だろう。それを言いだしていたら、高野氏は飛行機にも新幹線にも乗っていないはずだ。この飛行機が絶対に落ちないと誰かが保証し、それを高野氏が信頼しない限り高野氏は飛行機に乗っていないのだろうと推察する。新幹線だって、日本の新幹線は乗客の死亡事故を起こしたことがないが、明日も起こさないと、高野氏は予約をするときにJRから念書を取っているのだろうが、一度見せてもらいたいものだ。
 
 
 第1のイデオロギーは、経済の維持・発展のためには電力供給の確保が至上命題だというもので、これは言い換えれば人間の命よりも経済が大事だということである。何万人もの人々を放射能による死の恐怖に陥れ、あるいは故郷を喪失して多くは恐らく2度と自分の家に帰ることが出来ないような状況に追い込んで、それで繁栄する経済とは一体何なのか。命あって、人々の生活があっての経済ではないのか。
 
 偏ったイデオロギーに縛られているのは高野氏のような人々であり、人間の命より経済が大切だと彼ら特有の反発だが、現代では経済活動が停滞することにより人間が生きてゆけない状況が世界中で起きている。今の日本で電気が無くなればどれだけの人間が死ぬだろうか。経済が破たんした場合、どれだけ多くの人間が生きてゆけなくなるだろうか。それを高野氏のような思考をする人間は想像も出来ていない。
 
 経済が人間の命より大切なのではなく、経済が破たんすれば人間の命が保てないことをなぜ理解できないのだろうか。何より大切な人間の命を保つためにも、経済活動は必要であり、そして電気は必要なのだ。もし、高野氏が電気の無かった状態で生きてゆけるというなら、一人で無人島暮らしでもすればよい。そこから同じような主張を紙に書いて瓶に入れて海岸から流し続ければ誰かの目に留まるかもしれない。

第3は、原発が減る分を自然エネルギーと節電で賄うのは無理だというイデオロギーである。7日付読売新聞の大社説「展望なき"脱原発"と決別を」は言う。「自然エネルギーの拡大は望ましいが、水力を除けば(現在の)全発電量の1%に過ぎない。現状では発電コストも高い。過大に期待するのは禁物である」と。これはどうにもならない衰弱思考で、電力の地域独占体制を守ろうとするばかりの過去の経産行政こそが自然エネの急速な拡大を抑えてきたのであって、菅直人前首相の置き土産である自然エネ法を突破口としていかにしてそれを反転させてドイツ並みの自然エネ比率を実現するかが課題である。

高野氏はほんとにドイツがどうなっているか知った上でこのようなことを言っているのか。自然再生エネルギーは使い物にならないことが30年かけて証明されている。むろん、環境保全のためのドイツの在り方を見習うのにはやぶさかではないが、日本は決して劣る物ではない。それはさておき、ドイツが自然エネルギー大国だという思いこみを、自分だけならともかくそれで人を惑わせるのは罪ではないのか。これについては後述する。

 第4に、それでも自然エネの普及に時間がかかるのは事実で、そこで当面の繋ぎとして火力発電の増強で補うことが出来るという考え方がジワジワと広まっているが、それに対してはまた別の経産省発のイデオロギーが振り撒かれていて、「不足分を火力発電で補うために必要な燃料費は3兆円を超え、料金に転嫁すると家庭で約2割、産業では4割近く値上がりするとの試算もある。

これに対し高野氏は延々と反論をしているが、要するに化石燃料は効率がよい、クリーンだと言いたいらしい。が、効率を改善し、確かに日本の火力発電のクリーン度は世界トップクラスだが、所詮原発とは比べ物にならない。事故さえ起こさなければ原発からはほとんど環境汚染物質を垂れ流さないし、廃棄物処理も全く問題がない。これは後述するが、最大限に改良しても、石炭、天然ガス、シェールガスを使っても、大量のCO2による温室効果、NOXによる環境汚染、化石燃料から排出される放射性物質(これは原発から排出される量よりも多い)は已然環境を汚染し続け、コストは上昇し続けて日本経済を圧迫し、さらに国家の安全保証問題を悪化させてゆく。

 
 かくして、原発を急いで再稼働させて電力不足に陥らないようにして、かつ原発輸出の方針も変えないという野田内閣=鉢呂経産相の路線は没官僚的で間違っている。ガス・石炭火力を強力に拡充して、原発ではなくクリーンコール技術を輸出することに発想を転換するのが脱官僚的である。▲
 
 これも本末転倒であり、次の私の投稿で答える。

下記は上記の高野氏の主張に対する私のコメントだが、今読むと、かなり上から目線で申し訳ないとは思うが、高野氏がこれに反論することはかつて無かったことであり、私が知りたかったのは、冒頭に挙げたここに集う人々の反論であった。もちろん期待はしていなかったが、今に至るまで期待はずれのままだ。

私のコメント

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高野氏が主張される脱原発をするからには、その結果がどうなるかをきちんと示さない限り、無責任ではないのか。

一つ一つへの反論はすでに語り尽くされている議論の焼き直しであり、ここでは不必要と思われるが、私は過去に何度も反論している。

1)イデオロギー論争とは別に、現実に日本は電力が必要であり、そのための手段として原子力、しぜん再生エネルギー、火力のどれが技術的、経済的、安全性の面で有効かという話だろう。原発行政については十分に論議すればよい。

2)自然再生エネルギーの実用化は時間がかかるのではなく、不可能であることが30年かけて実用化を目指した欧米の結論だ。したがって、このような物に期待をかけるのは時間と金の無駄だ。補助手段としての実用化などは研究開発を続ければよい。

3)日本の火力発電技術は世界最高の効率を誇り環境汚染も少ないのは事実だが、原子力と比較し、エネルギー密度の低さ故の物理的に越えられない効率、安全性、コスト面での不利がある。いくらクリーン化に努めても効率を上げても、天然ガスに切り替えても所詮原子力の足下にも及ばない。

4)現在は幸い円高により資源高騰の悪影響は目立たないが、世界的に化石燃料は高騰を続け、それが世界経済の足を引っ張り回復を遅らせている。また日本でも、円高によるメリットを相殺してなお化石燃料コストの高さが各電力会社の経営を悪化させ赤字を増大している。それはいずれ電力料金に上乗せされる。

5)ただでさえ円高による製造業の海外脱出が加速しているのに、民主がやろうとしている増税に加え、円高への無策、高騰する電力料金はさらに製造業の海外移転を進めさせている。その結果産業の空洞化、雇用の悪化、不況が目に見えている。いまなすべきことは、電力料金を下げることだろう。そのためには原子力以外の選択肢はない。

6)近年中国の海軍力は増強され明確に第二列島線の実現および、インド洋の支配を目指している。大量の化石燃料を遠路運ばなければならない日本にとってそれは大変な安全保障上の脅威だが、原子力燃料であればそのような問題は発生しない。

7)中国は新規に60基の原発建設を計画し、すでに一部稼働を始めているし、世界中も原発推進が趨勢なのだ。日本のクリーンコール技術輸出も結構だが、それ以上に安全な原発輸出こそ世界全体の原発事故防止や広汎な裾野産業を活性化することにつながるのではないか。

なお、福島原発が事故を起こしたから云々についてはすでに反論し尽くしているので、ここでは触れない。

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これに対したくさんの反論があったが、採り上げる価値のある物は全くなかった。もしそれでも知りたい方は、上記のURLでアクセスされてみてはいかがだろうか。

さて、本日になり、かつて別の問題で意見を交換した方が書き込みを入れてくれたので紹介したいが、原文をそのまま引用するのはご本人の了解も得ていないので無理だろう。したがって要点を書くに留めるが、ご本人の投稿をごらんになりたい方はやはり上記のURLで、投稿者: 小倉摯門 | 2011年9月14日 12:54 氏の投稿をごらんなっていただきたい。

小倉氏のコメント 要点

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仮説:世界の原子力人は、今後も実用に耐える核廃棄物最終処理方法を実現できないのではないか。

核技術も関連産業も長期的な未来に「出口」を予定することが賢明だということになる。
今俄かに几帳面な脱原発を唱えて日本の経済産業に一層ストレスを与えて仕舞うのは愚だと思うけれど、福島に何事も学ばず核発電を推進するのは間違いではないかと。

核が生まれて凡そ70年、人類はオッペンハイマーさんの慙愧も涙の断罪にも未だに救いを与えていない。

過去3回程度核に関する国際会議を傍聴して得た仮説「世界の原子力人は本気になって核技術の限界を突破しようとしていない!」、厖大な英知と巨額のカネを長期に亘って投入してきた挙句に、この態多楽(国語的には「為体」)にのうのうとしている。

中国は核発電も増強するが自然エネルギー発電に舵を切っているという一部中国当局者の話もある。

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これに対し私が書いたコメントは下記の通りである。ただし今時点9/14 22:45ではまだ投稿は公開されていない。

>仮説:世界の原子力人は、今後も実用に耐える核廃棄物最終処理方法を実現できないのではないか。
>この仮説が正しければ‥:

残念ながら、その仮説は正しくないと申し上げざるを得ません。当然この問題を理解しているからこその、積極的原発推進論ですので。

しかしながら、それでは味も素っ気もないので、おつきあいさせていただきます。

>核技術も関連産業も長期的な未来に「出口」を予定することが賢明だということになる。
>今俄かに几帳面な脱原発を唱えて日本の経済産業に一層ストレスを与えて仕舞うのは愚だと思うけれど、福島に何事も学ばず核発電を推進するのは間違いではないかと。

むろん、大いに学ばなければなりません。それは、一般に対する原子力についての知識の普及、100%安全などあり得ないが、容認可能レベルよりさらに大幅に小さなリスクで収まること、原子力を決して甘く見ておろそかな管理をしないこと等でしょうね。

原子力村云々や、利権などなどは巨大産業には必ず付き物であり、世界規模で言えば石油産業の政治力、利権などに比べれば、日本の原子力にまつわる利権やなれ合いなど子供のままごとですよ。でも、もちろん、それを野放しにして良いと言うことではなく、今回の事故を機会に、それらも改善すべきなのは言うまでもありません。

もうひとつ、緊急時に、平時の規準を用いるのは混乱を深め、被害を拡大するだけなので、緊急時の規準をあらかじめ決め、その正当性をきちんと説明しておく必要があったことなどは反省点ですね。大いに学ぶべきですよ。無能な政府は責任逃れだけに終始するのでそのような政府は緊急時には存在させてはならないなども、今回の事故の貴重な教訓ですね。

>核が生まれて凡そ70年、此の間核周辺技術は進化してきたが、人類は未だに核廃棄物を地中に埋めるという19世紀的手段しか持ち合わせていない。また此の間、人類はオッペンハイマーさんの慙愧も涙の断罪にも未だに救いを与えていない。

オッペンハイマーさんの悔恨も慚愧も、核兵器、特に日本に対する原爆投下に対する物だと記憶していましたが、違いましたっけ。

>過去3回程度ですが核に関する国際会議を傍聴して得た小仮説は、「世界の原子力人は本気になって核技術の限界を突破しようとしていない!」、厖大な英知と巨額のカネを長期に亘って投入してきた挙句に、この態多楽(国語的には「為体」)にのうのうとしている。
>日本の原子力村程には崩れていないのは間違いないが、程度の問題でしかないのではないかと。

なるほど、それについては私には判断は付きません。立場の違いや、解釈の違いが大きいですし、それと原子力がどうしても核武装兵力と切り離せない思考などが絡んでいるのかもしれません。今脱原発をわめく、もとい主張されている方々の潜在意識に、どうしても原発=原爆のイメージが潜んでいるとしか思えません。


>中国は核発電も増強するが自然エネルギー発電に舵を切っているという一部中国当局者の話もある。(私は「あの中国でさえ」とは言わない(笑)。)

むしろ、中国であれば日本よりも自然エネルギーの可能性は多少はあるかもしれません。なにしろ広大な砂漠があり、人件費も安く公害に無頓着で、人命に対する意識も低ければ、そのような無謀も冒せるのかもしれませんが、ご存知の通り、欧米ではすでに自然再生エネルギーには見切りを付けています。

ドイツなどは鳴り物入りで太陽光パネルに金を注ぎ込み、結果として高騰し続ける電気料などに耐えかねて太陽光パネルを捨てました。かつての推進策のおかげでドイツは太陽光パネルの世界最大生産国になりましたが、今では中国に譲り膨大な赤字に苦しんでいます。

風力発電も物にならないのは証明済みであり、かつての推進策で欧米には大手メーカーがありますが、風力発電事業自体は伸び悩んでいます。

つまり、欧米はチェルノブイリ以後自然再生エネルギーに舵を切り、最先端の技術と巨大な資金を投入して、結局自然再生エネルギーが実用化できないことを証明しただけでした。ですから、今年辺りになって、一斉に原発の新規建設に舵を切ったわけです。

福島事故で基盤の弱いメルケル政権や、ベルルスコーニに愛想を尽かしていたイタリアなどは脱原発に再度舵を切りましたがあれはフランスから原発による電気を買えば良いというまことに身勝手な買原発です。

ここでも世界は脱原発に向かっていると信じているおめでたい人が居ますが、世界は原発推進に向かっていることは無国籍のあなたでしたらご存知ではないのでしょうか。

さて、最後になりましたが、核廃棄物の処理について。

それを妨げているのは国際法を始め全て人間が決めた規準です。あれだけ核実験をやり放題にして大気や水に放射線物質を放出した国々の身勝手な後発国規制ですよ。

むろん、野放図に核廃棄物をそこいら辺に投棄して良いはずはなく、きちんと管理して地中深く埋める、海溝の底に沈めるなどで全く問題はありません。核エネルギーの最大の長所はエネルギー密度が低いことであり、廃棄物も濃縮すれば極めて少量です。

あとは、注意深く人間の生活圏から遠ざけるだけで問題はありません。

そもそも放射性物質とは自然界にありふれており、極めて膨大な量が存在します。私もよく引きあいに出しますが、海水中には45億トンのウラニウムがとけ込んでおり、実際に日本などでは海水中から特殊な触媒を用いてウラニウムの回収を試み、技術的には完成しています。ただし、コストが合いませんが。

その海水中に、喩え福島原発をそのまま放り込んだところで何ほどの汚染が起きるのでしょうか。福島原発からの汚染水放出が問題になっていますが、希釈しながらどんどん放出すればよろしい。それを阻んでいるのはあくまで人間の決めた規制ですよ。

かつての大気圏、海洋核実験でどれだけの汚染物質が放出されたかを考えてみると、福島の汚染水がとやかく言われるのは理不尽ではないでしょうか。あくまで人間の決めた規準があるためであり、汚染をするから非難されるのではなく規準を破るから非難されているのです。

地中に埋めるのも同じ。地下核実験で地中深くで生じた大量の汚染物質は、その後掘り出して処理しているのですか?そのままでしょ?それが出来るのに、そして今の所それが問題になっていないのに、なぜ地中深く濃縮した原発廃棄物を投棄してはならないんですか?単に、人間がそう決めたからと言うだけですよ。

もともと、地殻やその下のマントル層さらにコアにはこの地熱を生み出し、マグマをどろどろにとかし、噴火を起こし、大陸を浮かべて漂流させるだけのエネルギーの元があります。膨大な放射性物質の崩壊熱がそれです。それに比べて、人間の作り出す核廃棄物など、夢の島の紙くず一つですよ。

核廃棄物は自然に戻せば問題なし。そこが、自然再生エネルギーや化石燃料で引きおこされる膨大な回収不能な汚染と違うところです。全てエネルギー密度の差から来ていることであり、技術の改良では克服できない差です。つまり、火力をやめて、原発にすべきという所以です。



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以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

野田・鉢呂はなぜ原発再稼働を急ぐのか?火力発電増強で原発はすぐにでも止められる


野田・鉢呂はなぜ原発再稼働を急ぐのか? ── 火力発電増強で原発はすぐにでも止められる
 鉢呂吉雄経産相は就任早々から「原発再稼働」に前のめりになっていて、「ストレステストの結果を経産省原子力安全保安院、原子力安全委員会、国際原子力機関(IAEA)の3段階で評価し、さらに最終的に政治が判断して、国民や地元の理解を得たい」との趣旨の発言を繰り返している。また原発輸出についても、「認めていくのが前政権からの考え方であり、私も踏襲したい」と述べている。

 もちろん彼も、本論説の前回で要約した野田佳彦首相の考え方、すなわち(1)原発の新設はしない、(2)寿命が来たものは廃炉とする、(3)将来的に「脱原発依存」を果たす----をほぼそのまま復唱していて、最も広い意味での"脱原発"の立場であることでは変わりはない。野田は「現体制の保安院が安全性のチェックをするのでは国民の信頼感を得られないと思うので、不安をなくすにはどうするか、議論したい」と言っていたが、それへの鉢呂の答えが「3段階の評価プラス政治判断」ということなのだろう。野田が触れていないことで鉢呂が明言したのは、原発輸出は続けるということである。

●安全の新定義が必要

 まず第1に、そもそもストレステストの内容はどういうものであるべきか、それを実施するのが電力会社であってはお手盛りの結果にならない保証はあるのか。東電の柏崎刈羽原発1・7号機で9日から始まったストレステストは、地震や津波が原因となって燃料が損傷するケースを約60通り想定して、安全上重要な設備にどれほどの余裕があるかをコンピューターでシミュレートするのだそうだが、実際には、07年7月の中越沖地震の際の柏崎刈羽では緊急対策室のドアが歪んで開かないとか、フクシマではやっと到着した緊急電源車のプラグが合わなくて使えなかったとか、まあありとあらゆるバカバカしいほどの想定外の事態が次から次へと起こってどんどん対応が遅れていく訳で、そういったことのすべてをシミュレーションにかけることは不可能である。また、柏崎刈羽では、中越沖地震後、地下の活断層の長さが以前に考えられていたより3倍近いことが明らかにされており、シミュレーションの前提となる基礎データが正しいのかどうかも疑問がある。フクシマの現実に照らして、ストレステストの内容について、原発自体に批判的な専門家を含めた徹底的な検討が必要なはずだが、そのようなことが行われた形跡は皆無である。

 第2に、ストレステストの結果を評価するのがその「3段階プラス政治判断」でいいのか。保安院は完全に信頼を失って来年3月一杯で解体される運命にあり、チェック機関としての資格をすでに失っているし、原子力安全委員会の無能は天下周知である。IAEAも、保安院と同様、原発推進と検査の両方を受け持つ、というより推進のためには厳しく検査せざるを得ないという性格の、基本的に米国が主導権を握った組織であって、何の安心にもならない。ましてや日本の大臣の政治判断など全く当てにならない。

 第3に、再稼働に必要な安心材料とは、ストレステストだけなのか。前稿の繰り返しになるが、「寿命が来たものは廃炉」は当然として、その寿命をどう定めるのかは新しい安全基準の重要な1項目のはずである。エコノミストの大御所=伊東光晴は辻井喬との対談で「老朽化してもろくなった原発を使い続けるのは日本だけです。完成から30年をめどに廃炉すべきです」と言っている(9月7日付毎日新聞)。こんなことは世の中ではほとんど常識で、前にも触れたように、反原発の理論的主柱だった故高木仁三郎以来、30年を過ぎたものはすべて「老朽化原発」と考えてさしつかえない。とすると、最初から20基は再稼働の検討対象とならない。また、これも繰り返しだが、WSジャーナル調査で特に「地震にも津波にも脆弱」と評価されたものは24基あり、このうち老朽化原発に含まれるものを除くと15基で、老朽化と合わせると45基(もんじゅを加えれば46基)である。

 第4に、そうすると、再稼働の検討対象となるのは全54基中で9基だけとなるが、それらを廃炉時期が来るまで10年か20年か30年稼働し続けるとして、そのどれかで"第2のフクシマ"が起きないという保証はどこにあるのか。付け加えれば、廃炉が決まって停止したからといって安全とは言えず、廃炉作業が完全に終わるまでは現役と同様、地震や津波や作業ミスで爆発する危険は続く。老朽炉を停止し、地震・津波に弱いものも停止し、廃炉作業にも急いで取り組むとしても、「脱原発依存」が達成されるまでの30年間、さらにはその後始末が終わるまでの40年か50年の間は"第2のフクシマ"の危険に直面しながら生きろと国民を説得するのだろうか。これでは"脱原発"は口先だけになってしまう。

●イデオロギー的呪縛

 野田や鉢呂が再稼働に前のめりになるのは、経産省はじめ原子力利権共同体が振り撒くいくつかのイデオロギー的呪縛から逃れられないためである。

 第1のイデオロギーは、経済の維持・発展のためには電力供給の確保が至上命題だというもので、これは言い換えれば人間の命よりも経済が大事だということである。何万人もの人々を放射能による死の恐怖に陥れ、あるいは故郷を喪失して多くは恐らく2度と自分の家に帰ることが出来ないような状況に追い込んで、それで繁栄する経済とは一体何なのか。命あって、人々の生活があっての経済ではないのか。

 第2は、にもかかわらず地元にそれを納得させるために用いられるのは、起きないかも知れない事故の恐怖よりも目先のカネが欲しいんじゃないの?という、人間の尊厳を打ち砕くようなイデオロギーである。これについては説明を要さない。こんなことはもう止めにしたい。

 第3は、原発が減る分を自然エネルギーと節電で賄うのは無理だというイデオロギーである。7日付読売新聞の大社説「展望なき"脱原発"と決別を」は言う。「自然エネルギーの拡大は望ましいが、水力を除けば(現在の)全発電量の1%に過ぎない。現状では発電コストも高い。過大に期待するのは禁物である」と。これはどうにもならない衰弱思考で、電力の地域独占体制を守ろうとするばかりの過去の経産行政こそが自然エネの急速な拡大を抑えてきたのであって、菅直人前首相の置き土産である自然エネ法を突破口としていかにしてそれを反転させてドイツ並みの自然エネ比率を実現するかが課題である。

 第4に、それでも自然エネの普及に時間がかかるのは事実で、そこで当面の繋ぎとして火力発電の増強で補うことが出来るという考え方がジワジワと広まっているが、それに対してはまた別の経産省発のイデオロギーが振り撒かれていて、「不足分を火力発電で補うために必要な燃料費は3兆円を超え、料金に転嫁すると家庭で約2割、産業では4割近く値上がりするとの試算もある。震災と超円高に苦しむ産業界には大打撃となろう」(上記の読売社説)と。しかし前出の伊東光晴は「世界の流れは、液化天然ガス(LNG)発電です。LNGを米国はトンあたり2万円強で買うが、日本は3万8000円程度。国際カルテルの餌食になっている。米国並みの価格で買えれば、脱原発も簡単です。日本がまずやるべきは、このカルテルの打破です」と言い切っている。本論説も前から指摘してきたとおり、元々石油に比べて埋蔵量が多く、しかも温暖化ガス排出量が相対的に少ない天然ガスは、近年のシェールガス開発ブームもあって市場価格が軟化し、多くの国はスポット市場などを通じて有利な価格で調達するのが当たり前になっているのに対し、日本だけは昔ながらの"安定確保"市場主義を捨てられずに、高価格の長期契約による調達方式から抜けられない。その広く知られた問題点に一言も触れることなく、「3兆円の負担増」とか国民を脅迫しているのが経産省であり、それを請け売りで振り撒いているのが読売である。

●ガス・石炭の活用

 8月17日付朝日新聞が7人のエネルギー専門家に脱原発実現のための代替エネルギーの本命は何かと問うたところ、5人が天然ガスを挙げ、その内3人はそれと並んで石炭を挙げた。全員が自然エネルギーを拡大すべきだという立場ではあるが、それが直ちに電力供給の代替基盤となると考える人は少なかった。

 石炭火力の増強は意外に支持者が多い。朝日のその記事では、7人の1人である橘川武郎=一橋大学教授(エネルギー産業論)が「石炭火力の効率化技術では日本は世界一。資源小国として選択肢を残しておくべきだ」と語っている。

 久保田宏=東京工業大学名誉教授(エネルギー工学)は8月17日付東京新聞「談論誘発」欄で、自然エネは理想だが、冷静に考えれば原子力の代わりに経済的に用いることのできるのは「化石燃料、中でも保有エネルギー当たり輸入価格の一番安価な石炭が適当」と語っている。石炭と言えば、直ちに湧き起こるのは二酸化炭素排出量が多いという批判だが、久保田は「地球温暖化の原因をCO2の排出量の増加だと主張する国際機関の報告には異論が多くなってきた。もしそれが正しかったとしても、地球温度の上昇とCO2排出量の関係しか分かっておらず、温暖化による被害金額と、それを防ぐためにどれだけ費用をかけて削減する必要があるかは、科学ではわからない。日本だけが25%削減すると国際的に見栄を切っても物笑いの種」と指摘している。

 さらにJパワー(旧電源開発)の北村雅良社長は、「識者の中にも石炭は良くないイメージがあるようだが、磯子の石炭火力発電所は世界中で最も有害物質の排出が少なく、天然ガスと同じくらい。今後CO2排出をさらに削減し発電効率を上げる」として、石炭をガス化してガスタービンで燃焼させて発電し、廃熱をさらにスチームタービンにつなげて発電する「石炭ガス化複合発電」方式のメリットを強調している(7月15日付毎日)。この方式は同社が中国電力と組んで実証プラントを建設準備中で、17年に稼働予定。北村が別のところで語っていたところでは、この石炭ガス化複合方式では熱効率は50%近くに達し、さらに次世代の石炭ガス化複合に燃料電池を組み合わせる「トリプル複合火力」方式にすれば熱効率が60%程度に達するという(週刊エコノミスト01年11月10日号)。

 世界の電力発電量に占める石炭火力の割合は42%で、国別では多い順に中国80%、インド70%、米国49%、ドイツ49%などで、日本は27%。石炭火力の熱効率は、中国・インドが平均32%、米国37%で、日本は現在でも平均41%、最新鋭の磯子で43%、さらに上述のように複合方式、トリプル方式が完成すれば50?60%に達する。従って、「仮に、米国、中国、インドの既存の石炭火力を日本並みの熱効率に更新していけば、日本1国で排出しているCO2全量を削減することができる計算になる」(北村)。

 一瞬耳を疑うが、「日本1国で排出しているCO2全量」ですよ。この3大石炭火力国に日本のクリーンコール技術を適用したら、日本のCO2排出量は25%どころではない、100%削減できるのですよ。原発などを輸出して他国の将来世代にまで災いを残すなど愚の骨頂で、まずはこの石炭火力技術を輸出すべきではないのか。

 かくして、原発を急いで再稼働させて電力不足に陥らないようにして、かつ原発輸出の方針も変えないという野田内閣=鉢呂経産相の路線は没官僚的で間違っている。ガス・石炭火力を強力に拡充して、原発ではなくクリーンコール技術を輸出することに発想を転換するのが脱官僚的である。▲
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コメント

No title

E=mc^2によれば1円玉ひとつで石炭3000トンに該当するとか。
これに近いことを原子力は行っているわけで、エネルギー密度においてはずば抜けていますね。この点は敢えて見ないようにしてるようですが。

リサイクルを批判してた頃の武田氏はドイツは非効率だと言ってたんですがねぇ。
まぁ宗旨替えですね。

No title

>2011-09-15 11:11 | 花岡 鉄様

>E=mc^2によれば1円玉ひとつで石炭3000トンに該当するとか。
>これに近いことを原子力は行っているわけで、エネルギー密度においてはずば抜けていますね。この点は敢えて見ないようにしてるようですが。

その対極にあるのが、自然再生エネルギーでしょうね。あまりにエネルギー密度が低いために、それをかき集め、凝縮し、安定化し、蓄積し、送電するために消費するエネルギー(設備の製造、設置、管理維持、廃棄、それらに関わる環境保全などなども含め)全てを合計すると、理論寿命内に回収できるエネルギーを大幅に上回るために、実用化できないと言う理屈をどうしても理解できないようです。技術革新によっても克服できない物理的な限界なんですが。

火力もエネルギー密度の低さに於いては自然再生エネルギーと同じで、過去数千万年に渡って蓄積されたエネルギーを高々2,3百年で消費しているから成り立っているだけです。

原子力はその点、現時点に於いてはそれらの制約を受けていない唯一の手段ですね。

>
>リサイクルを批判してた頃の武田氏はドイツは非効率だと言ってたんですがねぇ。
>まぁ宗旨替えですね。

ああ、あの人は、都合が悪くなるとどうでも姿勢を変えますよ。そして元からそうだったように振る舞い、だまされる人は過去の言動など確認しませんからね。リサイクルについての彼の発言が散々叩かれた頃から、トンデモオカルト教祖との認識が確立したわけですが。

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