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放射線被曝 3

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最初に小ネタ。

赤文字は引用

 先日解任された松本内閣参与のインタビュー記事が泣かせる。恨み節に充ち満ちているが、その内容はたんなる愚痴ではなく、実際に起こった時系列に沿った物事にきちんと符合している。松本氏の思いは別として、やはり菅総理の異常性は特別なものらしい。あの仙石由人までが正常で良い人に思えてくる。

首相に「復興ビジョン握りつぶされた」

 「原発を止めろ」というのは思いつきなんだけど、その先の電力の手当てをどうするか。人を使うならその人に任せて「オレが責任をとる」と言わなければならないのに、すべて「自分が自分が」となってしまうんだな…。
 
 菅総理の人となりは松本氏が言わなくても誰でも知っている。ただし、それをブラスとして評価しているのは菅総理とご妻女のみのようで、党内でもとにかくあいつはとんでもない奴だ、あんなに酷いとは思わなかった、とんでもない奴を総理にしちゃったよ(渡部恒三談)とか、ペテン師だとか嘘つきだとか破廉恥だとか、とにかく評判はさんざんだ。
 
 誰が言ったか、癌総理等という声すらある。

 「脱原発」を表明した時も、太陽光パネルを1千万戸に展開すると言った時も、菅さんは官邸の誰にも相談していない。自国では原発をやめちゃうけど、外国には輸出すると閣議決定するなんて論理矛盾も甚だしいことです。
 
 菅総理に論理など無い。自分が生き延びるためには国の命運もヘチマもあったものではない。太陽光パネルを1000万戸に展開した場合、それによる環境汚染、経済的負担、不公平など全く念頭にないし、そもそもそれが実現可能かどうかさえ考えないのが菅総理の菅総理たるゆえんなのだ。
 
  そして1週間後には「復興構想会議をつくるから復興はそこでやっていく」と言い出した。そのころ復興は「チーム仙谷」で動いていたから菅さんは「脚光をこいつらが浴びるのはちょっと…」と思った。自分がやりたくなる。それが菅さん。国民の方を基本的に向いてこなかった。
  
 あの復興構想会議は、菅総理が個人的に人気のありそうな文化人を適当に選んだだけで、法的根拠など例によって全くないから、ここから出てくる提言も別に取り入れる必要もない。大体が、会議の始まる前から、復興は税で行うべきだ等と議長が言うようでは、そもそもお里が知れる。あれは復興構想会議ではなく増税構想会議だ。
 
 菅さんには自分が脚光を浴び、「よくやった」と喝采をされたいというところがある。そういう意味ではポピュリストなんです。戦時中の東条英機元首相なんかもそうだったよね…。(村上智博)

 どうも私自身が菅直人という人物が大嫌いであり軽蔑しているので、ついこのような記事を見つけると調子に乗って書いてしまうが、まあ個人のブログの欠点かもしれない。

 さて、今回も本題。
 
福島の子ども、半数近くが甲状腺被曝 政府調査で判明

 福島の子供が被曝していると言う記事が何か嬉しそうに各社報道に出ていた。この件については当然のことであり、だからなんだ、という気にしかならないが、一応採り上げてみる。被曝例の一つだからだ。しかも、現在進行中なのだから、それがなんだと無視するよりは採り上げた方がよいだろう。

 検査は3月24~30日、いわき市と川俣町、飯舘村で0~15歳の子どもを対象に実施した。原子力安全委員会が当時、精密検査が必要だと決めた基準は甲状腺被曝線量が毎時0.20マイクロシーベルト以上。1150人のうち、条件が整い測定できた1080人は全員、0.10マイクロシーベルト以下だった。

 そもそも、被曝したと言われると、そこで脳みそが固まってぬかみそ程度の判断力しか発揮できなくなる人がいる。被曝とは曝露を被ると言うことだろうが、放射線に曝されれば曝露と言うことになる。我々が日光や電波や室内灯の光や、暖房機器の遠赤外線に曝露されているのと何ら変わらない。障害とは全く無関係であり、子供達が放射性ヨードで甲状腺が被曝されているのは、彼らが生きている以上極めて正常な状況だ。
 
 ちなみに今回検出された最大数値の20マイクロSVとは、1日1.5箱のタバコを吸う喫煙者と同居する人が、副流煙から受ける年間の線量1.2 mmSVの60分の1であり、自然に存在する放射性物質とほとんど区別が付かない。
 
 この、子供の被曝のニュースを聞いた親父がタバコの煙を吐き出しながら、「こんな被曝させられちゃってよ、ひでぇ災難だったなぁ。今度補償金を取ってやらなくちゃな、ぼうず」と言っている図が目に浮かぶ。

 8月20日追記
 
 この件に就き、次のようなご指摘を頂いた。

>20μSv/hour  は1.2mSv/year の146倍ではないですか???

確かに、積算量ではそう言うことになる。24x365/60=146 しかし、放射性ヨウ素は半減期8日であり、それなら、事故発生時、つまり5ヶ月前は7百万倍高かったことになるのでこれでは即死状態ということになる。半減期8日とは一日で1割減少。一日前は1.1111111倍だった。 1.11111^150=7300000 20μx7300000=146SV/h

そうでないとすれば、新しく放射性ヨウ素が生成し続けていることになるが、すると、原発からの放射性物質飛散は停まっているので、(これほどの汚染が広がっていて隠蔽はむりではないのかと思う次第。海への放水も今はないとされている)自然の放射性ヨウ素と言うことになる。自然のものとの区別がかろうじて付く程度とはこういうことかとも思い、このような微量では積算量は意味がないとのことで単なるかけ算をした。

とはいえ、確かにご指摘の矛盾もある。その説明が足りなかったのでここで補足させていただく。

このようなご指摘は、私のエントリーの質向上のためにもありがたく、改めてご指摘下さった方に感謝したい。

追記分ここまで

 人間の甲状腺はそのホルモンを造るために常にヨードを外部から取り込む。特に成長期にある子供はこの働きが活発だからよけいに取り込むのが当たり前であり、甲状腺が取り込むヨードは安定同位素であろうと、放射性同位素であろうと科学的性質は変わりないから分け隔て無く取り込む。子供の被曝が言われるのは大人に比べ取り込む量が多いからだが、むろん、大人も取り込んでいるはずだ。
 
 しかし、その量は極めて微量であり、今回も果たして
  
 3月の検査時に、その場で「健康に影響はない」とする結果が保護者らに伝えられた。ただし数値は通知されず、説明を求める声が上がっていた。

 他の報道によると、自然の放射性ヨードとの区別がかろうじて付く程度の量だとしている。健康には全く影響がない。もともと、日本人は海に囲まれ世界でも有数のヨード生産国であり、数少ない輸出鉱物資源がヨードであって、世界1,2位の供給量を誇るくらいだから、環境にヨードが豊富にある。また海藻をよく食べる日本人は、常に甲状腺がヨードで満杯になっており、新しく取り込むことが少ないとされているから、急激な放射性ヨードの増加があってもそれを甲状腺に取り込んで障害を受ける割合は少ないとされている。

 ちなみに、今回甲状腺障害を避けるためにヨード製剤を飲むことが検討されたのは、ヨードを多量に飲んで、甲状腺をヨードで満たしてしまえば(文字通り満たすのではなく、必要量を満たすということ、極めて微量である)あとからくる放射性ヨードを取り込まないと言うことだ。
 
 後述するが、チェルノブイリでは放射性ヨードを取りこんだ子供に甲状腺癌の発生が多く見られたというのが放射線恐怖患者達の発症理由の一つだが、実際にはそれは確認されていない。確認されていないが発症したのは確かだと言う人に、どうすれば否定できるのか、私には分からない。過去の実績で発症が認められたことがないと言うしかない。
 
 とにかく子供達が被曝したと言いながら、現実には健康障害には全く結びついていない。しかし、最初に被曝というと脳みそがぬかみそになる人が、きゃー、怖いぃ~とパニックに陥るのだ。
 
 ところで、原発事故での強烈な被曝により死亡が確認されているのはチェルノブイリの29名のみだが、むろん各種の事故では桁違いに強力な放射線を浴びるケースがあり、そのいくつかを紹介したい。そして本当の放射線被曝による恐怖とはどういうことなのかをイメージしてもらいたい。

大量被曝による事故例

 ブラジルで廃墟になった病院から治療用の放射性セシウムが入った容器が盗まれ、そこから重大な放射線被曝が起きたと言う事件。第一、病院が廃墟になった時点で、放射性物質をそのままに残しておくこと自体が異常なずさん管理なのだが、それはともかく盗んだ連中は:

・癌治療線源盗難事例1:ゴイアニア事故


業者は暗いガレージの中で線源の粉末が光っているのに気付き,家の中に運び込み,その後数日にわたって家族,親類,隣人が,これを眺め,手で触れ,体に塗ったりしました。

なにしろ、闇の中で青白く光る粉に魔法の力があると思いこんで体に塗ったり飲んだりしたとも言われている。それほど大量の放射性セシウムを体に塗ったり飲んだりすれば、それは強烈な被曝量であり、実際に

6才の少女,38才の女性,22才,18才の男性,計4人が4週間以内に出血や敗血症などの急性障害で死亡しましたが,その線量は4.5~6Gyと推定されました。同程度の被ばく線量で2人が生き残りました。また1名は腕を切除されました。周辺の放射能の測定も行われ,特に汚染の著しい7軒の家屋は解体し撤去され,高汚染区域の表土が入れかえられました。

という悲劇になった。ここで私が言いたいのは、一つは、これほどの強烈な被曝を受けながら助かった人間が大勢いると言うことだ。被曝と言っても条件によって結果は大きく異なるが、なにしろ数SVの被曝をし、放射性物質を直接肌に塗ったり口に入れながら助かった人がなお大勢いるという事実は、致死量と見られる被曝でさえ死ぬとは限らないと言うこと。

日本で今放射性セシウムによる汚染が問題になっている。しかし、実際に夜の空から青白く光るセシウムが降ってくるのを見た人がいるのだろうか。地面に光るセシウムがつもっているのを見た人がいるのだろうか。野菜を切ったり牛肉を切ったら中が光っていたと言う話も聞いたことがない。要するに、目に見えるほどの大量を飲んだり塗ったりしても助かる人間が居るのでは、全く目にも見えないし、やっと感度の高い計器で検出できるくらいの放射性セシウムでは猫に引っかかれるほどの危険もないのだ。

むろん目に見えなければ安全だと言っているのではない。計測器で危険な値が検出されたらとにかく退避しなければならないが、今のレベルでは絶対に安全だと言っているだけのことだ。

もうひとつ言いたいのは、無知は人を殺すと言うことだ。この事故の犠牲者達は放射性物質の恐ろしさに対して無知だったから命を落とした。おなじく今の日本人の多くは、放射線の安全レベルについて無知であるために、よけいなストレスを引きおこし中には命に関わる状況になっている。ブラジルの犠牲者達のことは、人ごとではない。

 同じような事故は、タイでも起きている。
 
(出典:IAEA Publication on Accident Response, The Radiological Accident in Goiania, IAEA, 1988)

・癌治療線源盗難事例2:タイ被ばく事故


2000年2月,タイで,コバルト(Co-60)を装着した遠隔放射線治療装置が線源交換を行わずに使用不能になった後,線源を収納した治療器のヘッドが持ち出され,解体されました。解体に引き続いて金属片を含むスクラップは,別のスクラップ業者が所有するスクラップ処理場に持ち込まれ処理されましたが,関係者が次々と指のはれや複数の症状(激しい頭痛,嘔気,嘔吐など)を訴え,病院に運ばれました。

不快症状を訴えて来院した複数の患者の容態から,急性放射線症の疑いを抱いた医師により事態が発覚しました。 10名の重度の被ばく者が発生し,4名は6Gy以上でした。その内の3名が被ばく後,2か月以内に死亡しました。


これも同様だろう。私は繰り返すが放射性物質は無条件で安全だ等とは言っていない。正しく理解し、恐れるべきは恐れなければならないが、この事故の犠牲者達も、正しい知識を持たなかったので命を落とした。

むろん日本でもこのような治療用や工業用の放射性物質は存在する。以前私が訪れた工場は原子炉本体の部品を造っていたが、その検査のために放射性物質を使用しており、むろん厳重な隔離を行っていて、喩え火災や地震で建物がつぶれても絶対に放射性物質は安全を保つ状態が確保されていてこそ、保管許可が下りるのだと言っていた。

製紙工場でも似たような状況だった。それは彼らが放射性物質を正しく理解し、正しく恐れているからこそ、正しく管理できているのだ。知らないだけで、案外身近に放射性物質はある。大きな病院にはまずあると考えて良い。が、誰も問題にしない。

ところが、その日本で、肝心な放射線物質そのものを扱う専門の工場が、ずさんな管理から重大な事故を起こした。12年前の東海村JCO臨界事故だ。

東海村JCO臨界事故 Wiki

一部抜粋

概要1999年9月30日、JCOの核燃料加工施設内で核燃料を加工中に、ウラン溶液が臨界状態に達し核分裂連鎖反応が発生、この状態が約20時間持続した。これにより、至近距離で中性子線を浴びた作業員3名中、2名が死亡、1名が重症となった他、667名の被曝者を出した。

このとき初めて臨界と言う言葉を聞いた人も多いだろうし、またこんな簡単なことで臨界量に達するのだと驚いた人も多いだろう。私もその一人だ。ウランやプルトニウムを大量に集めれば臨界に達し強烈な放射線を一気に発生する。それは知っていた。が、それを専門工場の技師達が知らなかったことに信じられない思いをしたのだ。

今回の福島原発事故でも、しきりに再臨界の危険性が指摘されていた。私も当初は事故の状況が曖昧だったために心配した。もし、再臨界が起きたら、現場に近づくことが出来ず、それこそ原発自体を巨大なコンクリート詰めにして封じ込めなければならないと思ったし、大勢の犠牲者が出るだろうと思った。ちょうどチェルノブイリの再来か、と思ったのだ。

しかし、事故の状況が明らかになるに連れ、再臨界はあり得ないと確信したが、それでも多くの人たちが再臨界を口にした。

再臨界や核燃料の爆発さえ起きなければ、発生する放射性物質は極めて限定的であり、初期の水素爆発や瓦礫の粉塵、水蒸気などから漏出した放射性物質がばらまかれただけであり、それは極めて、極めて微量なのだ。

今しきりに方々で放射性セシウムやプルトニウム、ストロンチウムが検出されているが、事故の初期にばらまかれたものが拡散しているに過ぎず、今後それが危険レベルに達するほど増えるなどあり得ない。つまり、その意味で、福島原発の放射線汚染は収束している。

話を戻そう。

事故原因本事故の原因は、旧動燃が発注した高速増殖炉の研究炉「常陽」用核燃料を加工[3]を担うJCOのずさんな作業工程管理にあった。

JCOは燃料加工の工程において、国の管理規定に沿った正規マニュアルではなく「裏マニュアル」を運用していた。一例をあげると、原料であるウラン化合物の粉末を溶解する工程では正規マニュアルでは「溶解塔」という装置を使用するという手順だったが、裏マニュアルではステンレス製バケツを用いた手順に改変されていた。事故当日はこの裏マニュアルをも改悪した手順で作業がなされていた。具体的には、最終工程である製品の均質化作業で、臨界状態に至らないよう形状制限がなされた容器(貯塔)を使用するところを、作業の効率化を図るため、別の、背丈が低く内径の広い、冷却水のジャケットに包まれた容器(沈殿槽)に変更していた。


このJCOの事故は、結局は放射性物質に対する現場の人間の知識不足が引きおこしたものであり、それがせっかく造られているマニュアルを無視させ、そして事故を起こした。現場の人たちの無知を責める以前に、彼らにマニュアルの意味を周知徹底させ、シミュレーション訓練を施し、厳重に管理する体制を怠った事業主に責任はある。

その結果、濃縮度18.8%の硝酸ウラニル水溶液を不当に大量に貯蔵した容器の周りにある冷却水が中性子の反射材となって溶液が臨界状態となり、中性子線等の放射線が大量に放射された。これは制御不能の原子炉が出現したようなものである。ステンレスバケツで溶液を扱っていた作業員の一人は、「約16kgのウラン溶液を溶解槽に移している時に青い光が出た」と語った。JCO職員は事故当初、誰も止める作業をしなかったが、国からの代理人が「あなた達でやらなければ強制作業命令を出した後に、結果的にする事になる[4]」と促された結果、「うちが起こした事故はうちで処理しなければならない」と同社職員らが数回に分けて内部に突入して冷却水を抜く、ホウ酸を投入するなどの作業を行い、連鎖反応を止めることに成功して事故は終息した。中性子線量が検出限界以下になったのが確認されたのは、臨界状態の開始から20時間経った翌10月1日の6時30分頃だった[5]。

ここでも、多くの人たちが決死の覚悟で現場に飛び込み、連鎖反応をくい止め、事故の拡大を抑えた。もし、このときこの処置をしていなければ、この事故はもっと拡大し、誰もが現場に近づけなくなり、それこそ付近一帯の封鎖、強制立ち退きの事態に至っていたかもしれない。このときは自民政権であり、事故の報告を受けいち早く対策を立て処理を命じている。これほどの危険性を含んだ事故だったとは、後になって分かったのだ。

しかし、今回の事故は、政府自体が全く後手後手に回り、そして事故を拡大したことは周知の事実になっている。JCOの管理体制どころではない。原子力を最も強く管理するべき政府が一番無知だったのだ。

16~20グレイ・イクイバレント(推定16-20シーベルト以上[7])の被曝をした作業員A(当時35歳)は大量被曝による染色体破壊により、新しい細胞が生成できない状態となる。まず白血球が生成されなくなったため実妹から提供された造血幹細胞の移植が行われた。移植術自体は成功、白血球も増加の傾向が見られたが、時間経過と共に新細胞の染色体にも異常が発見され、白血球数が再び減少に転じた。59日後の11月27日、心停止。救命処置により蘇生したものの、心肺停止によるダメージから各臓器の機能が著しく低下、最終的に治療手段が無くなり、事故から83日後の12月21日、多臓器不全により死亡した。

6.0~10グレイ・イクイバレント(推定6~10シーベルト[7])の被曝をした作業員B(当時40歳)もAと同様に大量被曝による染色体破壊を受けたが、造血細胞の移植が一定の成果をあげ、一時は警察への証言を行うまでに回復した。しかし放射線障害により徐々に容態が悪化、さらにMRSA感染による肺炎を併発し[8]、事故から211日後の2000年4月27日、多臓器不全により死亡した。


ここでも推定最大20SVもの被曝をした人が亡くなっている。通常、数SVの被曝が完全な致死量とされているのだから、当然手の施しようがなかったろう。この人がこれほどの被曝をしたと言うことは、後から現場に飛び込んだ人たちや周辺の人たちも数百~1SVの被曝はしたはずだが、亡くなったのは2名、重症は1名であり、残りの数百名は回復しているか、そもそも健康上の障害を発しなかった。ただし、どれだけの人たちが後遺症を残したかは公表されていない。

治療に関する特記事項短時間のうちに全身への8グレイ以上の被曝をした場合には、最新の医療でもほとんど手の施しようがなく、特にAに対しては当初から回復は絶望視されていた[8]。また致死量は6~7シーベルトとされる[7]。

ここでも、放射線は安全だというのではなく、死に至る被曝量は今騒がれている被曝量の3桁は高い量だと言うことだ。

医学的には、近代医学による被曝者治療の貴重な臨床例となった。特に国内ではこのような大量の放射線被曝をした患者の治療自体が初めてで、治療に当たった医師団も毎日のように発生する新しい症状に試行錯誤をしながらの治療だったと証言している[4]。

放射線の人体に対する実験など出来るはずが無く、従来の臨床試験は図らずも広島長崎の原爆によるもの、核実験によるもの、そしてこのような事故によるものだが、言い換えれば本当の人間の体を使っての結果だと言える。その臨床結果が、目安として危険な被曝量を算出し、そのはるか低い被曝量を、安全基準として定めているのだ。

目安とは被曝の条件が千差万別であり、また個人の条件が千差万別だからだ。それを鑑み、いかなる悪条件が重なっても絶対に安全であるレベルが決められ、そして実際にはそのまた二桁ほど低い基準が設けられている訳だ。

次は被曝とは何かなどを明日にでも(出来れば)
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コメント

No title

『ちなみに今回検出された最大数値の20マイクロSVとは、1日1.5箱のタバコを吸う喫煙者と同居する人が、副流煙から受ける年間の線量1.2 mmSVの60分の1であり、自然に存在する放射性物質とほとんど区別が付かない。

20μSv/hour  は1.2mSv/year の146倍ではないですか???

No title

>2011-08-20 10:17 様

>20μSv/hour  は1.2mSv/year の146倍ではないですか???

ああ、積算量の話ですか?そうですね。でも放射性ヨウ素は半減期8日ですから、それなら、事故発生時、つまり5ヶ月前は7百万倍高かったことになります。即死状態です。

そうでないとすれば、新しく放射性ヨウ素が生成し続けていることになりますね。すると、原発からの放射性物質飛散は停まっているので、自然の放射性ヨウ素と言うことになります。自然のものとの区別がかろうじて付く程度とはこういうことかとも思いましたが、たしかに曖昧です。

結局こういうケースでは積算量はあまり意味がないと思ってましたので単純な数字のかけ算でやりましたが、確かにご指摘の矛盾もあると思います。

早速エントリーに説明を補足しておきます。。ありがとうございました。

No title

『ここでも、放射線は安全だというのではなく、死に至る被曝量は今騒がれている被曝量の3桁は高い量だと言うことだ。』
 20μSv/hour は175mSv/Year で急性致死量LD50の一桁下です。
この先30年被爆し続けたとすれば、175mSv*30年/Ln(2)で7.5Svになりませんか。

 

No title

訂正
175mSv*30年*Ln(2)で3.6Svかも知れない。

No title

訂正
175mSv*30年*Ln(2)で3.6Svかも知れない。

No title

訂正
 セシウムでないから30年ではないですね。

No title

政府の福島の子ども、半数近くが甲状腺被曝調査結果の最大値は0.1μSvですから、計算の基礎データ自体を取り違えています。
しかし、セシウム被爆の20μSv/hourは決して小さな値ではありません。

No title

>deleted 様

矢継ぎ早にありがとうございます。いずれにせよ、被曝そのものについては、今日にでもUPしますので、とりあえずお読み下さい。

なお、人間の新陳代謝からすれば、放射性セシウムが30年間体内にとどまることはあり得なく、さらに、今の放射性セシウムも拡散希釈され続けますので、おなじ濃度で環境にとどまり続けることもないでしょう。

積算量で何年分というのは、あまり意味ないと思いますよ。無視はしませんが。

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