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ブログの方針

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私が参加しているSNS 「My 日本」に書き込んだ私の記事に対し、あるコメントが来た。なお、このSNSには、この「日本のあり方を考える」にupしたエントリーをそのまま書き込んでいる。このコメントを機会に、私が運営しているこのブログの方針を少し書いてみたい。お盆休みの最中でもあるし、たまにはこういう記事も良いだろう。

問題のコメントは、私の記事「やはり脱し切れぬ風評 8/13」に対するものだが、このSNSは会員にならないと記事を読むことが出来ないので、とりあえずコメント内容を投稿者名以外、内容をそのまま記す。

やはり脱し切れぬ風評 8/13

コメント

1: K


風評じゃなくて実際に汚染されてるんだから言い掛かりはおかしい
技術が進歩しても人なんかそうそう変わらないんだから幾らでも事故は起こります。

信用してないのは日本人で、人間ですが、何か?

私の回答

>>1 Kさん



放射線物質を含まない食品は存在しません。たとえば植物性の食品、及び、装飾た動物性食品、草食動物を食べた肉食動物性の食品には全て放射性物質カリウム40が含まれ、海産物には全て天然ウランが含まれています。問題なのはその濃度であり、濃度を限定せずに拒否するのであれば餓死するしか有りません。どのような濃度が危険なのかを明記しましょう。

>風評じゃなくて実際に汚染されてるんだから言い掛かりはおかしい


はい、食物が放射線汚染されているのは事実です。空気も排ガスや自然放射線源物質であるラドンが含まれています。大理石や花崗岩の建物は常に放射線を出し続けています。空気には常にオゾンやNOX、ダイオキシンなどの人工発癌物質が含まれています。

>技術が進歩しても人なんかそうそう変わらないんだから幾らでも事故は起こります。

はい、事故はゼロにはなりません。分かり切ったことです。毎年日本だけでも数千名が自動車事故で亡くなっています。毎年どこかで数百人が飛行機事故で亡くなっています。

原発で死んだ人は29名のみ。化石燃料関連で死んだ人は数知れず。


>信用してないのは日本人で、人間ですが、何か?

意味不明。

で、上記の反論は実際は全く反論になっておらず、単に、データを挙げて説明する人たちに御用学者とレッテル貼りをする風評を鵜呑みにした感情論ですが、何か?

コメント2

3: K
長文過ぎて何が何だかわかりませんよー^^
ほらほら、落ち着いてー!
自然界の放射線だけなら問題はないけれど、それと事故の汚染を混同しちゃダメだろう?
まるで糞味噌一緒じゃないか?

私の回答

4: たかおじさん
>>3 Kさん

反論できないと、文章が長いから理解できない?要するに理解できないし、論理的な反論が出来ないと正直に書いてはどうかな。

放射線で汚染された食物の汚染源が自然のものか福島由来かの区別はどうつけるのかな。福島が起きてから発生したと言うだけのこと。それが健康被害を及ぼしている、実際例は一件も報告されていない。

コメント3

5: K
たかおじさんの文章は下手なんだと思いますよ。
感情的で、推進派の理屈の通らない言葉をハンコのように繰り返してるもの。

要するに直ちに健康に影響がないから安全なんでしょ?
あなたは年寄でもう十分生きたんだから其れで良いけれど、若者はあまりにも可愛そうですね。

私の回答

>>5 Kさん

>たかおじさんの文章は下手なんだと思いますよ。
感情的で、推進派の理屈の通らない言葉をハンコのように繰り返してるもの。

思うのは自由。君は読解力がゼロだと思うよ。

>要するに直ちに健康に影響がないから安全なんでしょ?

過去のデータに照らし合わせて安全だと要って言うr(ママ)。

>あなたは年寄でもう十分生きたんだから其れで良いけれど、若者はあまりにも可愛そうですね。

まあ、それを君のご両親に言ってごらん。十分生きたからももう何を食べても良いだろうってね。

さて、これからブログのアップだが、君のことを採り上げさせてもらう。読解力がないことがどれだけ思考をむしばんでいるかの見本だ。こういう連中に限って理解できないことを文章力のせいにする。まあ、君だけじゃないので、一般論だ。当然、個人攻撃等はするつもりはない。


以上だが、これはこのK氏に限ったことではない。お花畑の人々1,2でも採り上げたが、反論をする場合、まず典型的なのが相手の文章力に原因を転化し、自分の読解力を省みない。

だから、私の言っていることのどれとどれが事実に反しているのか具体例を挙げてくれと言っても、まずその具体例が返ってきたことはなく、笑ってしまいます、反論をしても無駄だから反論しないで置きますとの言葉がまず返ってくる。

次に多いのは、私の主張に反論するなら私の挙げている根拠、データ、資料を否定しなければならないだろうが、このk氏のように、要するに私が微弱な放射線は安全だと言うことだろう、年寄りはそれでかまわないと、具体的に私の挙げたデータを否定しない。

自分の感想は結構だし、誰でも感想を持つのはかまわないがそれを根拠に客観的なデータを無視するのでは反論になるまい。まして、第三者の私への感想が否定的だからと、私の文章が否定されるべき根拠としてあげてきた御仁が居た。

そして、最後の反論が、文章が長すぎて分からない、下手なのだと批評を下さるが、自分の読解力は万全だとの前提らしい。

もし本当に文章が理解できないなら、それはどういう意味だと訊けば済むこと、あるいは、自分はこのように理解したがこれでよいのかと確認し、その上で反論すればよい。それが出来ないとは、つまり理解できないのであり、その責任を一方的に書き手のせいにしているだけのことだ。

むろん、文章の書き手と読み手の意思の疎通などなかなか出来ないことは当然であり、だからこそ、客観的な資料を添付することがこのようなブログには欠かせないと思うし、その資料が信頼できるかは複数の資料に当たりつきあわせて自分の結論を出すしかない。それでもむろん、間違いは起こりうるだろうが、自分の主張はあくまで客観的な資料の収集、検証、理解を基本とするようにしている。

その基となっているデータへの反論もなしに私の文章が下手だ、無駄だから反論しない、笑うと言われても、要するに理解できないだけのことだろうとの結論に至る。

むろん、私の文章が人に誤解を与えない十分に明快な文章だとの確信など無い。文章力の不足は自覚しているが、それにしても今出版業界の異常な不況は、主として若い人間が本を読まなくなったと言われていることに無関係ではあるまい。

売れているのは漫画、絵本、形態小説など短いセンテンスの羅列ばかりの本であり、少し小難しい本はさっぱり売れていないとのことだ。とにかく、今の人間がまとまった文章を読めなくなり、世界的古典などダイジェストか漫画で読んだ気になることが多いとはさる出版業の人間に聞いた話だ。

まとまった文章を最後まで読み切るのは確かに読書習慣のない人間にとっては至難の業でありかなりの訓練を要する。そして、大人になってから読書の習慣をつけようとしてもなかなか上手く行かない。

漫画や絵本、携帯落書き小説が悪いとは言わない。一つの分野だろう。しかし、それが出版業の主流となってしまうとすれば確かに日本の出版業の未来は無い。

本を読むのは技術であり、訓練を要する。日本語だから読めて当然と思っている人が多すぎるような気がする。今、高校生でまともな本を月に一冊でも読む割合極端に下がっている。

不読率


画像 不読率

それに対する危機感から、今学校では積極的に子供に本を読ませる運動をして、実際小さな子供ほど読書率は高いが、年齢が上がるに従って矢張り読まなくなるようだ。結局、本を読まなくてもテレビやネット、携帯電話などが普及すれば本を読む必要性が減じてくると言うことだ。

しかし、本を読むとには、十分に時間をかけて、分からなければ読み直し、年月が経ってから再度読んで深い理解を得るなどの特徴がある。私たちの年齢では、子供の頃情報源の大半は本だったから、知的好奇心を満足させる手段も本だった。分からない部分は大人に訊いたり、他の本と比べたりして理解することに喜びを感じていた。そのように本に親しみ、そのまま大人になっても読書を習慣としている人が多い。

今は私もネットから情報を得ることが多くなりネットの利便性を大いに利用しているが、本も読む。以前は毎月2,30冊は読んでいたし別にそれで苦労した覚えもない。が、子供の頃から読書習慣を持ち続けていない人は、まともな本を一冊読みきれないと言う。

それをふまえ、私がブログを始めた頃、その方針をいろいろ考えた。むろん、多くの同系統のブログも参考にしたが、良く読まれているブログは確かにしっかりと資料を用意し、信憑性を複数の資料との突き合わせで検証し、その上でブログ主の主張を組み立てている。
むろん、おもしろおかしく新聞記事などの丸写しで、簡単に読み飛ばせることを方針としてアクセス数を挙げているブログも多い。

私は、当然前者の形を採ることにした。自分の思いこみだけではなく、単なるエンターテインメントでなく、何故自分がこう主張するに至ったかの経緯を示す客観的な資料を添付することは絶対条件であり、しかもそれに対する検証も可能な限り加えることにしている。そのため数千の記事をアーカイブしている。資料の展示だけではなく、自分の分析やそこから得られた主張が最も大切だと考え、その趣旨に添ってブログを組み立てることにした。したがって、私のブログには必ずもと資料を添付している。

次に文章が長すぎるとの指摘はかなり受けている。それに対しては、むろん、私も気にしているが、一度のエントリーでは誤解を受けると考えれば、以前に書いた内容も当然繰り返す。何度も繰り返すのはそのためであり、決して老人性のくどさ故ではない(?)なにしろ、老人という年ではない。

文章を短くまとめると1000文字の文章でもおそらく20分かからない。ここまでこの文章を書いて文字数は4000文字を優に超すが、時間は一時間半程度だ。書きっぱなしは別に難しくはない。縮めるのが大変なのだ。100文字の内容の充実した文章を書くのはおそらく一日以上かかる。

そのようなブログを毎日書くわけには行かないので、結局長いままの文章を載せるのはそのためであり、それでも読んでくださる方が何名かいらっしゃるので、申し訳ないがこの方針で行くつもりで居る。長い文章を読めない人は、まあ、来ていただかなくても仕方がないと思っているわけだ。

それでも、読んでいてこの部分が分からないと訊かれればもちろん可能な限り説明する。自分はこのように解釈したがそれは、それなら主張は間違っているというコメントはうれしい。それだけ自分で考えながら読んでくださるから。また、挙げた資料が間違っている、これが正しいと指摘してくださる方は大切な存在と感謝している。

そうやって、私の知識もふくらんでくると思うからだ。読めもしない癖に読んだ振りをして挙げ句の果てに文章が下手だという連中は、別に読んでいただく理由はないと開き直るのも私の方針で、ここは幼稚園ではないと言うことだ。

幸いコメントを寄せてくださる方々は、そのような長文でもきちんと読んでくださるようで、たとえ反論でもきちんとしている。非常にありがたい存在だと感謝している。

したがって、自分が理解できないのに理解しようとしないコメントは、適当にあしらうことにしているが、それもこのブログの方針とご理解いただきたい。
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コメント

このスタイルで

長文については、たかおじさんの負担が心配ですし、申し訳なくもありますが、私は是非このままのスタイルでお願いしたいと思っています。

同じような主張を何度か繰り返されるとしても、それだけ重要で多くの人に知って欲しいことだと、私は毎回「そうだ、そうだ」と思って読ませていただいてます。
一人でも多くの人の目にとまって欲しいですね。

風評被害については、最近、福島の桃の件でも痛感しました。
いくら特売とはいえ、例年ならあり得ない値段を見て、胸が痛みました。
この値段では、桃を作っている農家はどうなるのでしょう。

ひどい言葉がネット上、特に2chで飛び交っています。

『安全基準を満たした桃』『暫定基準値を大きく下回っている桃』をピーチ娘がPRしていることを罵倒し、「もう子供を産めないピーチ娘」「売りつけるな」「岡山と山梨の桃を食べるから、福島は要らない」「風評被害でなく、事実汚染されているんだから原発被害だろ」「贈答に送ってきた人の神経を疑う。捨てた」などなど。

「食べたい」「買いたい」と思っている人まで傷つける有様。
これ本当にどうすればいいのでしょう。

このスタイルで

>2011-08-15 08:07 | 麻美様

コメントを頂き、ありがとうございます。

>長文については、たかおじさんの負担が心配ですし、申し訳なくもありますが、私は是非このままのスタイルでお願いしたいと思っています。

長文自体はそれほど負担ではありません。負担なのは、それに推敲を重ね、内容を減らさずに短くすることです。

単に読み飛ばすなら短い文章の方が書き手にとっても読み手にとっても簡単でしょうが、内容を詰め込んだ短い文章は、読み手にとっても負担になります。短いだけに、内容を読みとれない場合が多いからです。

>同じような主張を何度か繰り返されるとしても、それだけ重要で多くの人に知って欲しいことだと、私は毎回「そうだ、そうだ」と思って読ませていただいてます。

ありがとうございます。私は、様々なことを様々なエントリーで言っていますが、一つのエントリーだけを読んだ方にとって、なぜそのような主張をするのか私の背景を理解しない限り、読みとれない場合があるでしょう。私も、他のブログでブログ主の主張の背景を知るためには、可能な限り過去のエントリーをさかのぼって読むようにしていますし、コメントを書くときは、それなりに読み続け、ブログ主の背景をそれなりに理解してからにしています。

おなじ言葉でも、読み手の判断によっては真逆の意味に採られます。そのためにも、おなじ主張を何度でも繰り返すのは、特にブログなのでは必要だと考えています。会話なら、相手の誤解にすぐ気がついて訂正できますから。

>一人でも多くの人の目にとまって欲しいですね。

私も書くからにはそうあって欲しいと思います。おかげさまで、読んでくださる方も増えてきているようです。ブログランキングでもあがってきているのでこの方針で良いだろうと思っています。むろん、改良点は常にあるのでしょうが。

>風評被害については、最近、福島の桃の件でも痛感しました。
>いくら特売とはいえ、例年ならあり得ない値段を見て、胸が痛みました。
>この値段では、桃を作っている農家はどうなるのでしょう。
>
>ひどい言葉がネット上、特に2chで飛び交っています。
>
>『安全基準を満たした桃』『暫定基準値を大きく下回っている桃』をピーチ娘がPRしていることを罵倒し、「もう子供を産めないピーチ娘」「売りつけるな」「岡山と山梨の桃を食べるから、福島は要らない」「風評被害でなく、事実汚染されているんだから原発被害だろ」「贈答に送ってきた人の神経を疑う。捨てた」などなど。

それは酷いですね。2chは玉石混淆で全てが低レベルではありませんが、確かにそのような無責任な発言に満ちているスレッドはあるようです。

私は脱原発派としてひとくくりにしていますが、何度も書いているように、脱原発がたんに感情的なものだとは断定はしていません。そのためにも理性的に、科学的根拠を持って即座または長期的を問わず原発廃止をすべきだとの主張を探しておりますが、見つかりません。まして、明かな嘘を事実のように喧伝し、科学的根拠を持って反論する専門家に御用学者のレッテルを貼る自称専門家達をみると、中世暗黒時代のヨーロッパに於ける魔女裁判の宗教裁判所を思い出します。明らかな嘘とは、たとえば世界の趨勢は脱原発、原発の事故は最悪だ、原発事故で数十万人が死んでいる、福島の事故では何人もが被曝による健康被害を起こしているが隠蔽されている(これについては長靴を履かないまま汚染水に入って被曝した例がきちんと報告されているが、あくまで不注意による事故であり、しかもほとんど健康被害には至っていない)などなど。

明らかな嘘に扇動されて放射線被害の風評を広げている彼らの様相は異常です。その大元は政府なのですが。放射線による汚染が無条件で安全だとは誰も言っていません。今の規準では、全く問題がないことが、数十年の医学的検証で確認されていると言っているのです。しかし、児玉氏などは、危険だとは確認されていないが、危険である恐れがあるから政府は規準を厳しくしろとあおり立てています。

>「食べたい」「買いたい」と思っている人まで傷つける有様。
>これ本当にどうすればいいのでしょう。

無視するしかないですね。中には値段が下がってありがたいという人もいるようですが、その直後品薄になって暴騰するでしょう。生産しても売れないのであれば生産を止めるのは当然ですから。中には絶望して自ら命を絶った人も居ます。

無責任に風評被害を広げている人たちの責任は重大です。

妥当な長さ

長文といっても、この程度の量は訴えておられる内容からみて読むのに特段の負担は感じません。数値を示して具体的かつ可能な限り定量的にものを言おうとしておられる以上、必要な文章量だと考えます。感情や気分だけが伝わればよいなら表現に気を配って文章を短くしたほうが効果的だろうと思います。しかし、原発問題のように科学的根拠を明示して論じる必要のある文章であれば当然の説明です。強いて苦言を呈するならば、
1.『ここで一旦文章を切るべき、2センテンスに分けたほうが読みやすいのだが』と時折感じる。
2.誤変換の修正漏れがやや目立つ。
この程度です。これまでどおりの『書きっぷり』を修正する必要はないと考えます。
私個人としては、一旦プリントしてそれを読んでいます。年齢なのでしょうか、画面上の文字は少々目が疲れますので。

妥当な長さ

>2011-08-15 14:17 | akunin様

ご意見ありがとうございました。

>長文といっても、この程度の量は訴えておられる内容からみて読むのに特段の負担は感じません。数値を示して具体的かつ可能な限り定量的にものを言おうとしておられる以上、必要な文章量だと考えます。

私も、必要な情報を伝えるには必要な文章量だと考えています。むろん、常にそれが正しいとは思っていませんが。

>感情や気分だけが伝わればよいなら表現に気を配って文章を短くしたほうが効果的だろうと思います。しかし、原発問題のように科学的根拠を明示して論じる必要のある文章であれば当然の説明です。

内容を込めた短い文章からその意味をくみ取るのは、読み手にとっても非常に負担になります。しかしそれほどの文章力がないのも理由ではありますが、読み手の万全の読解力を前提とするわけにも行かないのが正直なところです。

>強いて苦言を呈するならば、
>1.『ここで一旦文章を切るべき、2センテンスに分けたほうが読みやすいのだが』と時折感じる。

それはそうでしょうね。私も段落には結構なやみますが、逆にあまりに単文の羅列である場合、理解しにくいのが私の読書傾向です。それでも、段落の適不適は読む側の感覚もありますので、難しいですね。

>2.誤変換の修正漏れがやや目立つ。

これについては私も頭を痛めています。通常何度か読み返し、修正をしたつもりなのですが、アップしてから誤字脱字を見落としていることに気がついたりします。最初の修正時は、頭の中の文章と照らし合わせるので、思いこみで誤字脱字を読んでしまうのでしょう。

以前専門分野ですが本を2冊ほど出したことがあります。何十にも遂行して原稿を渡しましたが、編集側でいくつか誤字脱字を修正され、さらに出版後、私が間違いを見つけました。それは編集側の専門知識の欠落が原因でしたが、結局何人もの目で時間をかけないと完全な修正は不可能と諦め、可能な限りのところで妥協しています。それでもupした後で見つけた場合は、修正しています。いいわけですね。

>この程度です。これまでどおりの『書きっぷり』を修正する必要はないと考えます。
>私個人としては、一旦プリントしてそれを読んでいます。年齢なのでしょうか、画面上の文字は少々目が疲れますので。

お使いのモニターやPCの設定にも拠るのでしょうが、ノートパソコンなどでは確かに文字が小さいかもしれませんね。

私は小さくて読みにくい文字は、[Ctrl] + [+]キーで表示を拡大しています。これはブラウザ依存ですが、Explorer、Opera、Google Chrome等では機能します。

プリントアウトは面倒なので、お手持ちのワープロソフト、たとえばワードなどにコピーして拡大したり、標準装備の(Microsoftの場合)メモ帳やワードパッドなども使えると思います。

いずれにせよ、ご年配とのことですので、読書習慣をお持ちであり、このようなご意見をいただけるのだと拝察します。

今後ともよろしくお願いいたします。

No title

お盆休みが終わりました。数日間まったくネットと無縁の生活もたまにはいいもんです。
ある程度の長さがないと色々主張したいことが書けません。今のままでいいと思います。
2ちゃんねるで3行コメントが主流になり、とうとう1行短文ツィートで情報発信です。長文を読める人がどんどん減っていくでしょう。深く思考するよりも脊髄反射でレスする人ばかりです。

No title

>2011-08-17 14:16 | 花岡 鉄様

>お盆休みが終わりました。数日間まったくネットと無縁の生活もたまにはいいもんです。

それはリフレッシュしましたね。私は家で、今まで作れなかった機械を造っていました。
完成はしていませんが、一応動きます。

>ある程度の長さがないと色々主張したいことが書けません。今のままでいいと思います。

そうですね。コマーシャルのキャッチコピーじゃないんで、印象だけと言うわけには行きませんから。わかりやすくまとめる努力は続けなければなりませんが、長文を読めない人は対象にしないと割り切るより仕方がないと思っています。

>2ちゃんねるで3行コメントが主流になり、とうとう1行短文ツィートで情報発信です。長文を読める人がどんどん減っていくでしょう。深く思考するよりも脊髄反射でレスする人ばかりです。

本当にそうですね。自分たちは気の利いたコメントのつもりなのでしょうが、単なる反射にしか過ぎないようです。むろん、それはそれで必要なのですが、熟慮する習慣が無くなれば、すぐに切れることで発散するケースが増えてきます。

ところで、The JOURNAL では横コメントも差し出がましいとは思いましたが、失礼しました。

今後ともよろしく。

No title

>ところで、The JOURNAL では横コメントも差し出がましいとは思いましたが、失礼しました。

まったく気にしておりません。またフォローをお願いします。私が質問した本人さんからはまったく無しの礫ですが、代わりの方がレスしてくれています。

No title

>2011-08-19 15:30 | 花岡 鉄様

>まったく気にしておりません。またフォローをお願いします。私が質問した本人さんからはまったく無しの礫ですが、代わりの方がレスしてくれています。

そうですか。安心しました。

ええ、あそこだけではないでしょうが、言いっぱなしのコメントが多いですね。質問を受けたら答えるのもコメンテーターの責任だと思いますが。

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