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原爆体験を聴く

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今年も8月6日、9日、戦後66年目の原爆犠牲者慰霊祭が広島、長崎で行われた。そして、両慰霊祭がまるで核廃絶どころか脱原発のプロパガンダの場になってしまったことに非常に違和感を感ずるのだが、それと同じく残念に思っていることがある。

被爆体験者が年々高齢化し、当時小学生で鮮烈な記憶を持っている人たちまでが70代を越え、急速に人数が減っている。それは高齢化するのだから人数が減るのはやむを得ないが、自らの被爆体験を語らないまま亡くなる被爆者がかなり居ると聞く。

それは、今回図らずも問題を引きおこした岩手県陸前高田市の松を使用して、京都の大文字送り火で燃やす計画が中止になった件が同じ例として考えられる。

全く放射線など検出されてもいない松の木を燃やすことに、京都市民の中から放射線を心配する声が寄せられ、それに従って京都五山送り火連合会が、その計画を一方的に中止した、まさに同じ故無き差別が浴びせられるので、被爆者が口をつぐんでいるのだという。

確かに今回の福島原発事故に関連し、福島県民が他県で診療を断られたとか、宿泊を断られた、福島県産の農産物が規制もされていないのに受け取りを拒否されたなどの、いわゆる故無き差別が多数報道されている。元はと言えば無策無能な政府が引きおこしたのだが、一方放射線や放射能と聞くとその時点で恐怖に固まってしまい、大声でわめく人間が多い。まともに理性を働かせることの出来る人間はあまり声に出して騒ぎはしないが、無知で無責任な人間ほど大声でわめく。

そして、京都五山送り火連合会は、その少数の無責任な声を取り入れてしまったわけだ。その時点で京都五山送り火連合会の責任は免れず、あまりの抗議の多さに驚いて急遽、新たに越前高田市から松の薪を500本取り寄せ、大文字送り火に使うそうだ。それでも責任は逃れない。せっかく被災者達が一本一本願いを込めた言葉を書き付けた薪は、すでに越前高田市で送り火に使われてしまっている。

抗議に驚いて、中止を取り消したから良いだろうと言うものではない。これは京都の大文字送り火の長年の歴史に取り返しのつかない汚点を残したろうし、歴史有る京都の名も大きく汚した。

むろん、寄せられた抗議の中には京都市民のものも多数有ったとされているから、京都市民も当たり前に良識のある人が大多数であり、無責任に騒ぐ連中は単に声が大きいと言うことだろう。その声のみに影響された京都五山送り火連合会は、十分に謝罪し、責任の所在を明らかにし、場合によっては代表者、関連観光業界、京都市市長なども責任を取るべきではないのか。

これほど、無責任な差別を京都市も京都五山送り火連合会もしたのだ。

ついまた話がそれてしまったが、故無き被爆差別は極めて根強く、同じ広島長崎市民でさえ、たまたま被爆をしなかっただけで被爆者を差別する風潮が耐えないから、被爆者は口をつぐんだまま亡くなってしまうのだ。

私が原爆のことを知ったのは、おそらく小学生の頃、学校で観た映画がきっかけだった。白黒映画だったが、中には体中にボロをまとい、皮膚が垂れ下がった人たちの群れや、焼けこげて転がっている子供の遺体などすさまじい衝撃を受けた記憶がある。一緒に観た同級生達も同じ様子だった。

それまでも親から原爆のことは聞いていたのだが、理解できていなかったのだ。第一、日本が戦争をして、負けたことも聞いてはいたがそれがどんなことなのかも理解していなかったのだから、やはり映像で観る原爆の衝撃はすさまじかった。

むろん、その映画に出てくる人たちは役者であり、特殊メークをしていたのだとは分かっていたが、遺体の写真や、人の影が焼き付いた壁面などは実物であり、それから親に聞いたり、自分で本を読んだりしてみたのが、原爆についての知識を持つ始まりだった。

当時は、被爆者達も当然若く、私の両親よりも若い世代の人たちが大勢居たのだが、私が知ったのは時々新聞などで、原爆乙女や被爆者がケロイドを見せながら生活をしているという報道にたまに接するくらいだった。当時から、被爆者達は口をつぐんでいたのだろう。すくなくとも子供の頃の私の目には触れなかった。

実は、事情は今もあまり変わっていない。精々原爆投下の日が近づくとその前後、被爆者達の声が漏れ聞こえる程度であり、あとは慰霊祭に於ける核廃絶の訴えや、今年など脱原発の宣伝に使われる始末だ。

大人になってから仕事で訪れた広島、及び長崎で原爆ドームや資料館を観、改めて原爆の悲惨さを身にしみて感じた。一度、アメリカから来ていた仕事関連のエンジニアと広島で仕事をした折、ずいぶん長くつきあっていたので、(何しろたびたびの帰国はあったが延べ半年は日本にいて、また私が渡米したときもかなりの時間を彼と過ごした)時には一緒に酒を飲みながら戦争を語ったこともあった。矢張り、彼も原爆は戦争を早く終わらせる手段であり、あれによって多くの日本人も救われたのだという、アメリカの論理をそのまま口にしていた。

原爆資料館を観る勇気はあるか、とあらかじめ言っていたのだが、彼は観ると言っていたのでその折り、連れて行ったのだ。彼は言葉のないまま、ずうっと資料館を見て回っていたが、出てきてからはほぼ無口になった。私もあえて感想は聞かなかった。

実は私もアメリカでスミソニアン博物館を観たことがある。日本に原爆を落としたエノラゲイの展示で大騒ぎになっていた頃で、私が行ったときはエノラゲイは展示されていなかった。ようするに、日本に与えた悲惨な原爆の被害を説明するべきではなく、アメリカの正当な行為だったとの声が大きかったことからそのように展示されたのだったと言うことだ。

あるいみ、これは当然のことであり、アメリカは自国民に人類初の核兵器使用の事実を正当化しなければならない。アメリカだけではない。今の核保有国は全て同じだと言っていい。

だからこそ、私は広島長崎の被爆者達が生きている内にもっと積極的に証言をまとめ、集め整理し、そして英語フランス語ロシア語中国語と各国語に翻訳して、外務省のホームページに大々的に載せるべきだと思う。

そしてなにより、日本人に原爆とはいかに残酷な物なのかをしっかりと教育すべきだと思う。

幸い、今はネットで昔よりは原爆についての資料が見やすくなってはいるがまだまとまっているとは言い難く、そして、必ずと言っていいほど核廃絶、日本の核非武装と結びついているのが実情だ。

核保有国の国民のみならず、他の外国にも原爆の悲惨さを知らせるのは、日本の義務だとさえ思える。先日も書いたが、アメリカの罪を糾弾するより、原爆の非人間性、残酷さを知らせることが絶対に必要だと私は思っている。

ところで、私は核武装論理者であり、日頃の主張と、原爆の実態をもっと内外に知らせるべきだという主張は矛盾するではないかと思うかもしれない。と言うより、実際そう言われたこともある。

だが、私はこれほど悲惨な核を二度と使わせないために、日本は、いや被爆国の日本だからこそ強力な核武装をす権利があり、むしろ義務があるとさえ思っているのだ。

核は二度と使われてはならない。核は世界から無くならなければならない。しかし、実際のその手段がないのならば、最も有効な、核を使わせない方法を採らなければならず、それが強力な核武装なのだ。日本は国土も狭く人口が密集している。したがって、外からの集中攻撃には極めて弱い。中国やロシアのような広大な国を相手に通常の戦争で先制攻撃を受けても同等の方法防衛が出来ない。一つ、核だけが、それを可能にするからこそ、相互確証破壊(MAD)が成り立つ核武装が必要なのだ。

足の長い多段頭ミサイルを多数積んだ原潜が数隻有れば事足りる。それ以外、最も確実に(100%はいずれあり得ない)相手国に核を使わせない手段はないし、そして通常兵器よりも桁違いに低予算でそれが可能になる。

私が核武装を必要だというのは、核を使わせない最も有効な手段であり、これより有効な手段が存在しないからだ。

核廃絶を日本がいくら訴えても世界は聞く耳持たない。しかし、日本が核を持てば確実に世界は日本の言葉に耳を傾ける。

犯罪を廃絶するのは万人の望みだろうが、それを訴えるだけでは悪人は居なくならない。むしろつけ込んでくる。それが、現実なのだ。

では現実を観て行動しなければならず、そのためには原爆の悲惨さを世界に知らしめ、日本を核攻撃すればこのようなことになるぞと知らしめるのが一番有効ではないのか。

話し合いで解決しようとか、日本が核を持たなければ世界から核が無くなるとの理屈(理想論ですらない、ただの妄想)では核は無くならないし、増大しつつある中国の核の脅威は減らない。

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コメント

演説はどうでもよい

人気取りの演説に就いては、今更語る迄もありません。

昔、核実験が盛んに行われていた当時、スウェーデンは一言も言う事なく地震検知能力を上げ、地下核実験があると即座に世界にアピールしていました。
ここにその主張を明確に感じ取れました。

下らぬ大衆迎合演説に代えて、我が国が為すべき事の一例としては、世界の青少年を招き、広島や長崎の展示を見せて啓蒙するとか、各国の首脳来日の折にも日程の都合が許す限り案内するとかではないかと思っています。
地道な行動の継続がやがて結実(核廃絶とはいかないまでも)する訳で、任期の限られた個人の意志では到底及ばぬ国家の意志が大切ではないでしょうか。

演説はどうでもよい

>2011-08-11 00:12 | あづまもぐら様

>昔、核実験が盛んに行われていた当時、スウェーデンは一言も言う事なく地震検知能力を上げ、地下核実験があると即座に世界にアピールしていました。
>ここにその主張を明確に感じ取れました。

そうでしたね。チェルノブイリを最初に公表したのもスウェーデンだったと記憶しています。
>
>下らぬ大衆迎合演説に代えて、我が国が為すべき事の一例としては、世界の青少年を招き、広島や長崎の展示を見せて啓蒙するとか、各国の首脳来日の折にも日程の都合が許す限り案内するとかではないかと思っています。

私も本当にそう思います。世界の、特に核保有国の青少年達は原爆の実態を知らされておらず、単に大型の爆弾くらいにしか思っていないようです。


>地道な行動の継続がやがて結実(核廃絶とはいかないまでも)する訳で、任期の限られた個人の意志では到底及ばぬ国家の意志が大切ではないでしょうか。

その点では、おそらくアメリカに遠慮した自民政権に責任があるのでしょうね。そこを左翼に利用されたのが昨今の原爆慰霊祭の原水禁、原水協などの体たらく、菅総理のパフォーマンスの場まで堕ちた理由だと考えています。

次に仮に自民が政権を奪取しても、性根を入れ替えて原爆の悲惨さを色抜きでまとめて内外に発信するくらいのことはして欲しいですね。

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