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高野論文 脱原発論者の一例

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 私は脱原発論者を恐怖を煽られ感情につけ込まれている集団パニックだと言ってきたが、もちろん理論的に事態を理解して、その上で脱原発を主張する人を無視するつもりはない。だから、もしそのような人がいるならぜひその主張を聞いてみたいといつも思っている。
 
 しかし、私が探してみた限りではそのような人が居ないのだ。いまも引き続き探しているが、もしそのような方の主張を見かけた人が居たら是非お知らせいただきたい。
 
 ところで、高野孟氏と言えば論客として広く知られているし、私がよくおじゃまをさせていただいているThe JOURNAL というSNSの主幹だが、元々は日本共産党党員で、今は菅内閣の支持者のようだ。そして、現在あまりに癌政権の評判が悪く、露骨に擁護も出来なくなったためか、今度は脱原発に力を入れておられるようだ。まあ、左翼さん達の主張は何か国家の方針に反対することが生き甲斐のようなので、その一環だとは思うが、有名な論客にしてはその主張があまりに根拠を欠いているような気がする。なにより、昨日の私が挙げたような、要するに脱原発論者に求められている疑問に全く答えていない。
 
 別に高野氏の主張が脱原発論者の主張を代表と受け取っているわけではないが、日頃高野氏は広い情報収集力を活かし、それなりの論点を持っているはずだし、それに民主政権支持者で左翼さんであることから、採り上げた。
 
 もっとも、高野氏以外の反原発を採り上げているが、とにかく次稿の「魔女裁判」でも採り上げてみたい。今回は高野論文だが、何しろ膨大なので、例によって論文の抜粋を採り上げるが、全文は巻末に有るので、必要な方は、確認のためにお読みいただくのがよいとは思う。
 
 さて、高野氏の主張の要点は、日本では火力発電能力が高く、今は稼働率を下げているだけなので、原発が停止しても電力不足は起きない、また天然ガスによる発電所はCO2排出も少なく、原発より安く、工事も短縮できるので原発の代替になりうるという主張だ。
 
 私はむしろ高野氏の主張を評価できると思っている。だから、採り上げる気になったのだが、やはり賛成はしかねる。ただ、政府の責任、東電の責任についてはむろん私も問題にしているので、これを理由に高野氏が主張している部分は採り上げていない。
 
 念のためだが、赤文字で引用されている部分は、高野氏の言葉である。
 
 ただ目先の電力不足が怖いからと再開を頼んで回るなどということがどうして出来るのか。
 
 実際に電力不足が先走りし、企業の海外脱出などが報告されている。節電は無論大切だが、節電しなければ需要が賄えないこと自体が、電力不足なのだ。
 
 家庭でエアコン温度を一度下げることで影響がなければ問題はないが、高齢者など温度に対する感受性が鈍っている人たちは、体温調節が出来ず、自分で気づかない内に熱中症になることが報告されている。実際去年の猛暑でも節電が呼びかけられ、未曾有の大人数が日射病で亡くなった。
 
 店などが看板を消すことで顧客が見逃したり、店内が暗くて商品が映えず顧客が手に取らない等、また家電製品の需要にかげりが出るなど、数字ではなかなか出てこない社会活動の低下がある。
 
 また全国の交通機関が電車の本数を減らす方向へ動いているが、最初から無駄に電車を走らせていたわけではない。それを必要としていた人たちの活動を妨げている。
 
 クールビズやサマータイムが本当に労働の質を下げなければよいが、工場で働く人たちは事実上深刻な影響を受ける。
 
 つまり節電は悪いことではなく誰もが表立って反対はしないが、もともと節電を前提とした電力需要は目に見えない無理を発生させている。

そうすれば、例えばの話、今後10年がかりで、こういうテンポで原発依存が減っていくので、その分を火力の増強や自然エネルギーの拡大でどういうテンポで補っていくかの見通しも立てられるだろう。ドイツはそういうやり方である。

ドイツはかつてそれが出来なかったから、原発推進へ方向転換をしたのだ。今回、福島の事故を受けてもともと基盤の弱い政権が、脱原発の声に抗しきれずにまた脱原発に舵を切ったが、ドイツの場合フランスから電力を買える事情がある。それを無視してはならない。

これからどんな破滅的な事態が起きるか分からないし、周辺の放射能被害がどれほど深刻化するかも分からない中で、どうして「安全対策が完了した」などと言えるのか、

安全対策が100%完全に出来るはずがないのは当然のことであり、どこまでリスクを下げたかが問われている。もし、100%の安全が保証されない限り使ってはならないと言うのであれば、車も飛行機も列車も船も、火力も水力も使えない。フグも食えない。

原発の安全確保とはどういうことか。現実に同じ地震、津波に襲われながら女川原発はほぼ無傷であった。また福島第二原発も無傷であった。すなわち、今回の事故は、震災が原因なのではなく(きっかけではあったが)全て、高野氏が後述しているように政府と東電による人災なのだ。

その人災を防止する改善は行ったというのであれば、それは間違いではない。ただし、確かに今の政府が不信の固まりであり、単に安全になったから再稼働してくれと言っても、信用できるかと思われるのは当然だろう。だが、それは原発の危険性が有るからではなく、こんな政府に原発の管理を任せられないと言う不信なのだ。

こうした無茶を押し通すために政府が懸命に取り組んでいるのが、「原発がなければたちまち停電だぞ」という恫喝的な情報操作で、その先頭に立っているのは、経産省主管の日本エネルギー経済研究所である。

 これについても、東電による計画停電が引き起こした混乱や生産の落ち込み、不安はもちろん糾弾され責任を問われなければならない。が、このような決断を東電に押しつけ責任を押しつけた政府に最大の責任がある。結果からすればあの計画停電は不要であった可能性が高いが、あれだけ社会に影響を与える決断に政府が責任をとらなかったから今の不信があるのだ。
 
 政府には高野氏の言うような恫喝もあるかもしれない。だから、拒否すれば何が起きるかは別の問題だ。4月と5月は大幅な輸出赤字だった。これは、自動車業界などが部品の供給を絶たれ大幅に輸出が減ったなどが理由だが、そのためにも急速な生産力の回復がいる。すなわち


第1に、来年夏の「最大電力」は電力各社の2005?2010年度の月間最大電力の最大値を単純合計して算出しているが、これにどういう合理性があるのかよく分からない。それを、原発分がゼロとなり火力を目一杯稼働させた場合の発電能力と比べると7.8%の発電能力不足になると主張している訳だが、大震災の後でも、産業界も一般家庭も以前と同じマインドで電気を使い続けるという前提に立ってはいないか。

 この高野氏の言葉は間違っている。今、大車輪で増産しなければ経済を回復できない時期、震災前以上に電力が必要なのだ。震災までは稼働率50%だった工場がいま昼夜兼行で大増産を図っているが、そのためには最大限の節電をしても、従来より150%位の電力が欲しいと言っている。実際そのような工場がレポートされているが、電気が足りないので機械を動かせないと言っているその声を、高野氏は聞いたことがあるのだろうか。


どうして東電と東北電管内以外は節電に参加しないのか。大震災とその後の計画停電の出鱈目を体験した関東・東北の企業や一般家庭は節電は当たり前というマインドになっているのに対し、関西以西ではそのマインドが薄いのは事実だが、産業界ではどこどこ管内ということとは関係なしに全国の事業所で節電対策を実施しつつあるし、一般家庭でもそのマインドはいずれ全国に波及するだろう。どうして全国的に15%の節電が実現した場合、さらにはもっと頑張って20%の節電が実現した場合のシミュレーションを避けているのか。

 まず基本的には、関東と関西では周波数が異なるため自由に融通が出来ない。そして、浜岡原発の停止のために中部電力は、関東に送るはずだった電気を送れないと言っている。結局ドミノ倒しで日本中が電力不足に陥っているのだ。
 
 一方EUは全域が電力網でつながっており、今回脱原発を決めた国も他国から電力を回してもらえるのだ。日本とは全く事情がちがう。


白熱灯をLEDに置き換えるだけなら交換費用は8500億円で、3.4%=273億kWh=原発4基分の省エネとなって、政府がその気になって、一般家庭に対するエコポイント、企業に対する省エネ投資への税制優遇や補助金制度を整備すれば、出来ないことではない。やればいいのではないか。

8500億円で原発が何基作れるのだろうか。このような比較はあまり意味がないと思えるが。むろん、LEDに置き換えることは良いだろう。だが、それを当てにして原発は要らないと言うのとは別の問題ではないのか。

たとえば照明は主として夜に使われる。しかし、電力が足りなくなるのは昼間なのだ。昼間の電力を節減するために夜に使われる照明電力を節約することで原発何基分との計算がどうして成り立つのか理解できない。


逆に、来年夏までに全原発が止まることを覚悟した上で、火力の中で最も効率がよく、相対的に燃料費が安く、CO2排出量も多くない天然ガス火力を思い切って拡充するという方針を採用すれば、また話は大きく違ってくるのではないか。


燃料の天然ガスは、原油と異なり、世界的には供給量が増えており、長期的には安定供給が見込まれる。天然ガスを液化する段階で硫黄・窒素分などの有害物質は除去され、環境負荷は極めて小さい。


 確かに技術的には可能だろうと思うし、それを否定するものではない。だが、それは原発が絶対に許容できないほど危険な存在であるとの前提での話であり、原発の安全性についてまともに議論がなされていない今、議論もされないのだから天然ガスに切り替えるというのは間違っていないか。
 
 確かに高野氏が後述しているように天然ガスの値段は安定しているかもしれない、CO2派生も少ないかもしれない。だが、化石燃料であり、国内には産出(将来のハイドロメタンや国内の天然ガスはまだ実用化されていない)、供給を政情不安地域に仰いでいる状況に変わりはない。いつ状況が変わるかは和ならないし、実際ヨーロッパが一時原発回帰をしたのは、ロシアが一方的にウクライナへのガス供給を停め、その影響をもろに受けたことが大きな原因だ。むろん、自然再生エネルギーが全く使い物にならないことがわかったことも、大きな理由だ。
 
 このようなことが日本に起きない保証がどれだけあるのか。また、CO2排出が少ないとして、ゼロではない。


既存の火力発電設備だけでも電気は余るし、昨年の原子力発電実績を新型発電設備のガスタービン・コジェネレーション(熱電併給)に置き換えても、必要な新規投資額は8000億円程度で済む。この新規設備能力に30%増しの余裕をみても1兆円程度だ。

補助的な発電方式、すなわちコジェネには有効であろうし、ゴミ発電や小型水力発電などが脚光を浴びている。その意味では太陽光も風力も波力も使えるだろうが、メインにはならないと言う話をしている。

「太陽光発電で原発分をカバーしようなんて夢物語。原発1基分の電力を得るには山手線の内側全部に太陽光パネルを敷き詰めなければならない」というのがあり、それを聞くと、確かに再生可能な自然エネルギーは結構ではあるけれどもそれで電力を賄えるようになるのは何十年も先の話で、それまでは原発を続けるのもしかたないんだろうな、と誰もが思い込む。これも一種の情報操作で、実際には別に山手線分の更地が必要な訳ではなく、すべての屋根や屋上にパネルを取り付ければいいだけの話だし、最近ではどんな建物の屋根や壁や窓、あるいは自動車の屋根やボンネットにも貼り付けられるプラスチックフィルム型の太陽光パネルの技術も開発が進んでいて、制度的な制約を外せば太陽光は想像を超えた勢いで広がりうる。

広がりうるのと実際に広がっているのとにはずいぶんギャップがある。それは土地の問題だけではなく、あくまでコストの問題と、稼働率の低さから高野氏の言う面積では足りないと言うことだ。ただし面積なら、海上にフロートを浮かべて敷き詰めるなどをすれば確保できる。ただ、蓄電システムの目処も立たないのに実用化は今の段階ではあり得ない。

したがって、将来の技術開発のための投資ならするべきだろうが、孫氏や癌総理のようにいきなり法律で決めた事業としてしまうのは全く意味が無いどころか、国家経済を破壊する。


原発の場合は、核爆発でとてつもないエネルギーを引き出しながら、それで何をしているのかと言えば、要するにお湯を沸かしてその蒸気でタービンを回して電気を起こしているだけのことで、その時生じる熱は急いで冷却して海に吐き出してしまうから、全く無駄になる。そのため原発の発電効率は30%程度で、火力よりも低い。それに対して最新のガス火力は、ガスを燃やした高温燃焼ガスでガスタービンを回した後に、その排熱をボイラーで回収して再利用する。

原発では核爆発などしていない。基本的な知識を欠いているか、印象操作でない限り、高野氏は口をつぐんだ方がよいのではないか。ちなみに、原子炉は核兵器とは全くちがうから、一部の脱原発論者が二者を同列に論ずることは根本的に間違っている。

原子炉内に起きているのは臨界状態に於ける核物質の崩壊熱の発生だ。


また企業の自家発電や地域共同発電などの場合は、《コジェネレーション(熱電併給)方式》と言って、回収した熱で給湯したり、蒸気を作って蒸気使用施設や蒸気吸収冷凍機を動かしたり、地域冷暖房に使ったりするので、やはり熱が無駄にならず、総合効率は最大85%にも達する。

 これを言っても意味がない。原発が有利なのは、発生するエネルギー密度が化石燃料に比べ極端に高いからだ。つまり単純に言うなら石炭236万トンと21トンの濃縮ウランは同じエネルギーを発生させることが出来るのであり、ウランのエネルギー量は石炭の10万倍を優に超す。このような圧倒的なエネルギー密度の差がある場合熱効率はあまり問題にならない。
 
 自然再生可能エネルギーが実用化できない主な理由は、そのエネルギー密度があまりに低いからだ。
 
 さて、高野氏の論文にいちいち反論してきたが、氏の姿勢を頭から批判する気にはならない。原発はもう駄目であり、代替技術はガスタービンとの結論は相当無理があるということだ。
 
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以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

その先へどう進むのかを考え始めよう

 前稿で、日本の原発体制はすでに半壊状態で、このままでは次々に"頓死"に陥るしかなく、政府・電力会社がそれを避けようとして頑張ったとしても、せいぜい順を追った"安楽死"のシナリオを描くのが精一杯ではないか、という趣旨を述べた。が、その後の情報を総合すると、事態はより切迫的で、6月 12日付朝日のまとめによると、現在営業運転中の17基のうち5基が今年8月までに新たに定期検査に入るため、今夏の電力需要ピーク時には14基しか稼働していない上、残りの12基も秋から来年夏にかけて順次、定期検査入りする。そのため、6月9日付読売によると、「いったん止まった原発の再稼働は地元の了解がなければ困難な状況」であるので「再稼働しなければ来年夏までには全部が停止」し、「原発が作りだしていた全電力喪失の事態を迎える」。

●現状の再整理

 これについて考える前に、もう一度、原発の運転状況について整理しておこう。前稿で私は、『週刊東洋経済』6月11日号の特集「暴走する国策エネルギー=原子力」の原発一覧表をベースに独自の解釈を加えて、現役の全原発54基ののうち「運転中」は17基、今回大震災で「緊急停止中」は15基、以前の震災や事故で「停止中」が4基、「定期検査で停止中」が18基と分類していた。

 第1に、「現役の全原発54基」と言い慣わしてきたが、事故収束作業中の福島第一の1?4号機はすでに「廃炉」が決まっているので、本当のところ現役は「50基」とするのが正しいのだろうが、便宜上「緊急停止中」に含めておく。ちなみに、すでに廃炉となって処理を待っているのは、東海(日本原電)の国内初の商業炉、浜岡の1?2号機、商業炉以外では失敗作=新型転換炉「ふげん」(原研機構)の計4基で、これらも廃炉処理が終わらないうちは災害などに弱いことに変わりはない。

 第2に、「運転中」を19基としている場合が多いが(例えば読売)、そのうち泊3号機と大飯1号機は定期検査の仕上げ段階で調整運転に入っているもので、運転しているからには一定の出力があるには違いないが、本格的な営業運転ではない。そのため、「運転中」を17基とし、残り2基を「調整運転中」として区別する場合もあるが(例えば朝日)、私はこの2基も「定期検査中」に含めている。

 第3に、東通1号機、女川2号機、福島第一5、6号機は「定期検査中」だったものだが、検査が終わっても大震災の影響で再開の見通しが立たないので、「緊急停止中」に分類する。

 第4に、浜岡の3?5号機は、単に「停止中」とされる場合もあるが(朝日)、4号機と5号機は今回大震災との関連で政府の要請で停止されたもので、東北地方太平洋岸の13基と同様、「震災緊急停止中」に入れる方が分かりやすい。浜岡3号機は定期検査中だったものだが、検査が終わっても4、5号機が動かないのに3号機だけ動くことは考えられないので、これも含め浜岡の3基全部を「災害緊急停止中」に分類する。

 第5に、過去の震災、事故、不具合で停止中のものは、余計に再開同意を取り付けるのが難しいだろうから、普通の定期検査中とは区別した方がいいので、その分類を設ける。前稿では4基を挙げていたが、志賀1号機もこれに該当することが分かったので、計5基となる。

 第6に、建設中、計画中のものも分類を設けてリストする。

 ----以上の考慮に基づいて、前稿で掲げた一覧表を次のように修正する。さらに、前稿で掲げた《老朽化ランキング》に従って運転開始から30年を過ぎたものには●、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル調査などで地震にも津波にも脆弱と判断された特に危険度の高いものに◎を冠した。

《現在運転中の原発》・・・17基


《現在停止中の原発》
(1)今回大震災で緊急停止中・・・18基


(2)以前の震災や事故で停止中・・・5基


(3)定検停止中・・・14基


(4)建設中・計画中・・・12基

※資料はクリックすると拡大します

●政府無策のまま全原発停止?

 海江田万里経産相が官僚や電力の手先となって、定期検査が終わったものについては「何としても運転再開を」などと各知事に要請に歩いているのは、滑稽極まりない。日本のすべての原発が地震多発地帯にあるのは仕方がないとして、その上、津波の危険を著しく軽視してきた経緯を(浜岡を別にして)個別に精査して厳格な対策を講じることを抜きにして、さらにまた、故高木仁三郎などが早くから警鐘乱打してきた運転開始から30年を超えた原発の「老朽化」の危険を無視して、これからも30年どころか40年を超えても使い続けるかの無茶な方針を再検討しないまま、ただ目先の電力不足が怖いからと再開を頼んで回るなどということがどうして出来るのか。

 それよりも政府がやるべきことは、上の一覧表で言えば、●と◎の両方が付いたもの、すなわち30年を超えた老朽原発で、しかも津波対策がろくになされていないものを最優先するといった基準を立てて、危険度の高いものから順次「廃炉」を進めて行く"安楽死"のプログラムを公表することではないのか。ということは逆に、比較的危険度の低いものについては、これこれの条件を満たすならば運転再開を認めてもいいという基準を示すことにもなる。そうすれば、例えばの話、今後10年がかりで、こういうテンポで原発依存が減っていくので、その分を火力の増強や自然エネルギーの拡大でどういうテンポで補っていくかの見通しも立てられるだろう。ドイツはそういうやり方である。

 そうでないと、前稿でも書いたように、次々に不慮の"頓死"が起きて、意図せずして来年夏までに全部の原発が止まる。それはそれで構わないし、むしろ望ましいこととも言えるのだが、政府無策のまま野放し状態で全原発停止の事態に突入するのではパニックを引き起こしかねない。それならそれで、全原発が止まっても、既存火力の稼働率アップや天然ガス火力を中心とした新規増設、企業の自家発電のフル活用などの過渡的対策で電力確保が十分に可能であるという、"脱原発"のプログラムをしっかりと示してその方向に迅速に行動を起こさなければならない。実際、原発がなくても日本は大丈夫であり、そのことは次稿でもっと詳しく論じることとする。▲





原発がないと停電だぞという恫喝に屈するな!

 繰り返すが、政府=経産省が「短期的な原発安全対策は完了した」(6月18日付日経1面トップ)として停止中の原発の早期再稼働を自治体に求めているのは愚の骨頂で、 このやり方では地元の不安を解消できずに、かえって全原発の"頓死"を招くことになる。日経の同記事が解説で書いているように、原発立地を持つ自治体は「(1)福島原発の事故原因が十分に解明されていない、(2)政府が唐突に中部電力浜岡原発の停止を要請した、(3)稼働から30?40年たつ古い原子炉の安全性----などに多くの自治体が疑問を持って」おり、「こうした問題に答えや対策が示されないうちは、住民の理解を得るのは難しい」からである。

 何よりも福島の事故がまだ収束しておらず、これからどんな破滅的な事態が起きるか分からないし、周辺の放射能被害がどれほど深刻化するかも分からない中で、どうして「安全対策が完了した」などと言えるのか、全く理解不能な無神経の極みで、「はい、そうですか」と再稼働に応じる自治体などある訳がない。浜岡ストップの唐突性というのもその通りで、立地や設備や性能や老朽度が1つ1つ異なるすべての原発を一定の指標を設けて精査した上で、短期の対策でしのげるかもしれないもの、堤防建設など中期的な対策が必須なもの、そんなことをするよりも老朽度からしてすぐにでも廃炉にした方がいいもの等々に区分けをして(私の言う"安楽死"シナリオ)、その中でも大地震の切迫性、堤防の不在、フクシマ級事故が起きた場合に放射能被害が首都壊滅をもたらす危険性などからして浜岡は特に優先度が高いということを位置づけてみせるのでなければ、他の自治体は納得しないだろう。

●「電力不足」で国民を恫喝!

 こうした無茶を押し通すために政府が懸命に取り組んでいるのが、「原発がなければたちまち停電だぞ」という恫喝的な情報操作で、その先頭に立っているのは、経産省主管の日本エネルギー経済研究所である。

 同研究所が6月13日発表したレポート「原子力発電の再稼働の有無に冠する2012年度までの電力需給分析」は、来年夏までに全原発が停止した場合、「発電能力が最大消費電力を7.8%下回り、全国規模の電力不足に陥る可能性」があり、また「火力発電所を高い稼働率で運転させるため、燃料の石炭・液化天然ガス・石油の消費が増え、3.5兆円の燃料コスト追加が必要」となって、「2012年度の標準家庭の電気料金が月1049円アップ」が避けられないという。

★エネ経研:http://eneken.ieej.or.jp/ →6月13日特別速報

 これを真に受けて、新聞各紙には「電気料金1000円アップへ」などの見出しが躍るが、果たして本当にそうなのか。全文を読むと、ただちにいくつかの疑問が湧く。

 第1に、来年夏の「最大電力」は電力各社の2005?2010年度の月間最大電力の最大値を単純合計して算出しているが、これにどういう合理性があるのかよく分からない。それを、原発分がゼロとなり火力を目一杯稼働させた場合の発電能力と比べると7.8%の発電能力不足になると主張している訳だが、大震災の後でも、産業界も一般家庭も以前と同じマインドで電気を使い続けるという前提に立ってはいないか。

 もちろん、同レポートも「節電」の可能性を見込んではいるものの、第2の疑問は、その節電は東京電力と東北電力の管内で15%行われるだけとしていることである。東京電力の夏季最大電力6000万kWを15%節電して5100kW、東北電力で同じく1480kWが1258kWになり、その結果、節電時最大電力を上記(原発ゼロ・火力目一杯)発電能力と比べると、それでも全国的に1.7%の発電能力不足となり、さらに「電力安定供給のためには5%程度の余力が必要なのでさらなる節電が必要となって、「特に産業活動に甚大な影響が出る可能性がある」と言うのだが、ちょっと待って貰いたい、どうして東電と東北電管内以外は節電に参加しないのか。大震災とその後の計画停電の出鱈目を体験した関東・東北の企業や一般家庭は節電は当たり前というマインドになっているのに対し、関西以西ではそのマインドが薄いのは事実だが、産業界ではどこどこ管内ということとは関係なしに全国の事業所で節電対策を実施しつつあるし、一般家庭でもそのマインドはいずれ全国に波及するだろう。どうして全国的に15%の節電が実現した場合、さらにはもっと頑張って20%の節電が実現した場合のシミュレーションを避けているのか。

 そもそも節電には、需要者の自覚任せではなく政府として思い切ったイニシアティブが必要だろう。例えば、同研究所の別のレポート「LED照明による省電力ポテンシャルと費用対効果の試算」では、現在使用されている白熱灯及び蛍光灯をすべてLED照明に代替した場合、日本の年間早電力消費量の9%=922億kWh=原発13基分の省エネとなる。これを一遍にやろうとすると16兆円の初期費用が必要だが、白熱灯をLEDに置き換えるだけなら交換費用は8500億円で、3.4%=273億kWh=原発4基分の省エネとなって、政府がその気になって、一般家庭に対するエコポイント、企業に対する省エネ投資への税制優遇や補助金制度を整備すれば、出来ないことではない。やればいいのではないか。

★エネ経研:http://eneken.ieej.or.jp/ →6月16日研究レポート

●決め手は天然ガス火力では?

 疑問の第3は、原発がゼロになる場合の火力発電の増強について、その運転優先度を「石炭→天然ガス→石油」とし、それらの稼働率を石炭85%、ガス70%、それで足らざるところを石油としているのは、「過去の実績、燃料受け入れ能力の実態、業界ヒアリング等を通じて年間平均の最大値を想定」したものだそうだから、それなりに根拠があるように見える。しかしこれは、既存の火力発電能力が大震災前までは50%程度の稼働率に据え置かれていたのを、どこまで掘り起こせるかということを言っているだけで、逆に、来年夏までに全原発が止まることを覚悟した上で、火力の中で最も効率がよく、相対的に燃料費が安く、CO2排出量も多くない天然ガス火力を思い切って拡充するという方針を採用すれば、また話は大きく違ってくるのではないか。

 国際エコノミストの齋藤進は6月11日付朝日のコラムで「原発を全部止めれば、電気が足りなくなるし、電気代も上げざるを得ない----。これが現在のところ、大方の日本人が抱いている『常識』かもしれないが、私の解答は『否』である」として、次のように述べている。

▼既存の火力発電設備だけでも電気は余るし、昨年の原子力発電実績を新型発電設備のガスタービン・コジェネレーション(熱電併給)に置き換えても、必要な新規投資額は8000億円程度で済む。この新規設備能力に30%増しの余裕をみても1兆円程度だ。

▼燃料の天然ガスは、原油と異なり、世界的には供給量が増えており、長期的には安定供給が見込まれる。天然ガスを液化する段階で硫黄・窒素分などの有害物質は除去され、環境負荷は極めて小さい。

▼しかも、日本の大手重工業メーカーには上記の設備を短期に製造・設営する能力がすでに備わっている。

▼日本が得意とする国家総動員態勢で当たれば、早ければ1年、遅くても2年以内にすべての原発に代わる新規発電設備ができる。

 賛成である。これを裏付けるように、今週発売の週刊エコノミスト6月21日号は「脱原発の本命/ガス復権」の大特集を組んでいる。そこでも、「発電効率の高い最新型のガスタービン(コンバインドサイクル)を110万kW級原発と比べれば、建設コストは原発の数千億円に対して数百億円。工期も最短ならば1年程度で済む」と言われている。来年夏に原発がゼロになると腹をくくりさえすれば、(1)まずは省エネの徹底、(2)既存火力のフル稼働、(3)それでも足りないと見込まれるなら、1?2年のうちに最新型ガスタービンの増設----で難なく乗り切って"脱原発"を達成できるのではないか。

 まずは人々が、原発がなければ日本はお終いみたいな支配的イデオロギーの恫喝から自らを解放しなければならない。ガスタービンがなぜ脱原発の決め手なのかについて詳しくは次回に譲る。▲





脱原発"の主役はガス火力

 電力側がよく持ち出す理屈に、「太陽光発電で原発分をカバーしようなんて夢物語。原発1基分の電力を得るには山手線の内側全部に太陽光パネルを敷き詰めなければならない」というのがあり、それを聞くと、確かに再生可能な自然エネルギーは結構ではあるけれどもそれで電力を賄えるようになるのは何十年も先の話で、それまでは原発を続けるのもしかたないんだろうな、と誰もが思い込む。これも一種の情報操作で、実際には別に山手線分の更地が必要な訳ではなく、すべての屋根や屋上にパネルを取り付ければいいだけの話だし、最近ではどんな建物の屋根や壁や窓、あるいは自動車の屋根やボンネットにも貼り付けられるプラスチックフィルム型の太陽光パネルの技術も開発が進んでいて、制度的な制約を外せば太陽光は想像を超えた勢いで広がりうる。

 しかし、問題の焦点は実はそこにあるのでなく、広瀬隆も言うように(例えばダイヤモンド・オンライン5月11日特別レポート=http://diamond.jp/articles/-/12199)、原発を止めるのに自然エネルギーの拡大は特に必要でなく、火力発電、とりわけ天然ガス火力の増強で十分なのである。

●自然エネルギーへの過渡期

 週刊エコノミスト6月21日号の大特集「脱原発の本命/ガス復権」は要旨次のように言う。

▼国際エネルギー機関(IEA)は6月6日、世界が「ガス黄金時代」を迎えたとするシナリオを発表、世界の天然ガス需要は2035年に08年比で62%増加し、世界のエネルギー構成で大きな役割を占めると予測した。丸紅経済研究所の猪本有紀チーフアナリストも「次の10年から20年はエネルギーの主力が天然ガスになる」と断言する。

★IEA「ガス黄金時代」:http://www.worldenergyoutlook.org/golden_age_gas.asp

▼電力源として最終的に太陽光や風力といった自然エネルギーへの依存を高めていくのは理想的だが、ただちに原子力の代替とするのは現実的に難しい。このため「過渡的なエネルギーとして天然ガスに頼らざるをえない」というのが環境派も含めてエネルギー関係者の間では共通した見方となっている。

▼実はこれまで日本では天然ガスの位置づけは極めて曖昧だった。燃焼時のCO2排出量は石炭や石油より少ないが、化石燃料であることに変わりはなく、環境性では原子力や自然エネルギーに劣る。また燃料コストでみた場合には安い石炭にはかなわない。そのため日本の1次エネルギー源に占める天然ガスの割合は17%で、主要国平均の24%より低い。それがここに来て、原子力の信頼が失墜し、原油価格が高騰する中、「最も有望な選択肢」として脚光を浴びることになった。

 「ガス黄金時代」の背景には、天然ガスの世界市場の緩みがある。すでに"ピークオイル"を過ぎた石油と比べて天然ガスそのものの埋蔵量が多いことに加えて、近年は米国を中心に「シェールガス」(地中深くの頁岩=シェールの隙間に内蔵されているガスを水圧破砕するなどして取り出したもの。これはこれで環境への悪影響も指摘されているが今はさておく)はじめ非在来型の天然ガスの開発が世界的に盛んになりつつあるため、長期的にも供給超過が続くと考えられている。年間7000万トンの液化天然ガス(LNG)を輸入する世界最大の輸入国である日本としては、これへの依存を増やすことは自然な流れと言えるだろう。

 石油に比べて燃料調達が容易であること、石炭はもちろん石油に比べても相対的にCO2排出量が少ないことに加えて、建設コストが原発に比べて10分の1程度の数百億円で済み、工期も最短なら原発の数十分の1の1年かそれ以下であること、さらに原発や他の火力に比べて遥かに高い発電効率を実現できることが、ガス火力のメリットである。

 原発の場合は、核爆発でとてつもないエネルギーを引き出しながら、それで何をしているのかと言えば、要するにお湯を沸かしてその蒸気でタービンを回して電気を起こしているだけのことで、その時生じる熱は急いで冷却して海に吐き出してしまうから、全く無駄になる。そのため原発の発電効率は30%程度で、火力よりも低い。それに対して最新のガス火力は、ガスを燃やした高温燃焼ガスでガスタービンを回した後に、その排熱をボイラーで回収して再利用する。

 独立した大型発電所の場合は、《コンバインドサイクル方式》と言って、回収した排熱で水を沸かして蒸気を作りもう1つ別の蒸気タービンを回して二重に発電する。このため発電効率は60%前後にも達する。これにさらに燃料電池を組み合わせて、水素発電と合わせて三重に発電する技術も三菱重工などで開発が進んでいる。

★三菱重工:http://www.mhi.co.jp/news/story/0910014859.html

 また企業の自家発電や地域共同発電などの場合は、《コジェネレーション(熱電併給)方式》と言って、回収した熱で給湯したり、蒸気を作って蒸気使用施設や蒸気吸収冷凍機を動かしたり、地域冷暖房に使ったりするので、やはり熱が無駄にならず、総合効率は最大85%にも達する。

 家庭用の燃料電池として商品化されている「エコファーム」もコジェネの一種で、水素で0.7?1kWを発電してその排熱で給湯する、言わば「発電機付きの湯沸かし器」。家庭にまで水素によるコジェネを普及させ始めたのは世界でも初めてで、各国から熱い視線が寄せられている。原発技術など輸出するよりも、これを世界に広めた方が遥かにマシである。

●分散型のエネルギー社会へ

 実は日本の企業の自家発電能力は合計で6000万kW、つまり東電1社分、全発電能力の20%強もあり、しかも大震災と計画停電を体験した後では自家発電を導入しようとする企業が急増して、ガスタービンや発電機のメーカーは大忙しになっている。現在でも、いわゆる産業用大口消費者の電力の3割は自家発電で賄われており、その比率は特に電力消費の多い石油・石炭業で8割、紙パ業で7割、化学業で6割にも達していて、こういう業界では、夏の需要ピークに備えての節電など関係がない。話はむしろ逆さまで、仮にこれらの企業が一斉に真夏に操業を休んで自家発電の電力を社会に提供すれば6000万kW分が世の中に溢れ出てくることになり、原発などなくても十分に乗り切れる。

 すでに95年の電気事業法改正で一般事業者が電力会社に電力を卸す「卸電力事業(IPP)」が可能になり、さらに00年には電力小売りを部分的に自由化して「特定規模電気事業者事業(PPS)も始まったが、結局のところ電力会社が送電線使用料を吊り上げて独占体制の防衛を謀っているため大きくは広がっていない。「電力会社が送電線を独占し、高額の送電価格を設定しているため、これらのすぐれた事業者が電力市場から排除され、自由に電気を売れないわけです。日本の国家としては、即刻、送電と発電の事業を完全に分離して、電力の自由化を進め、国民のために送電線を開放させることが、国会と政府の急いで行うべき務めなのです」と広瀬隆が言う通りである。

 東電はまた、東京ガスが発電事業に大きく進出することも妨げてきた。4月28日の記者会見で東京ガスの岡本毅社長は、東京ガス傘下の電力供給会社「扇島パワー」のガスタービン発電所に対し、東京電力から発電設備の増設を要請されていることを明らかにし、今後、東電との協議で増設に合意すれば早期に着工する方針であると述べた。が、これはお笑い種というもので、東京ガス75%、昭和シェル石油25%の共同出資で始まった「扇島パワー」は、当初、天然ガス燃料のガスタービン3基で総出力122万1300kWの発電所を建設する計画だったものの、東ガスの発電事業への本格進出を畏れた東電が政府を動かして「100万kW以上の発電所を作るなと圧力をかけた」ため、2基81万4200kWに縮小せざるを得なかった経緯がある。東ガスにしてみれば、今更どの面下げて頼みに来たんだというところだろう。

★扇島パワー:http://www.tokyo-gas.co.jp/Press/20100712-02.html

 こうして大規模火力発電では東電の壁にぶつかった東ガスは、地域コジェネでは先端的な事業を進めており、東京都庁の新宿副都心移転に伴って71年から始まった「新宿地域冷暖房センター」は世界最大級の地域冷暖房システムとして注目されたし、六本木ヒルズの開設に当たっては森ビルと共同して03年に特定電気事業として大規模コジェネによる電力供給と地域冷暖房を行う「六本木エネルギーサービス」を始めている。同サービスは大震災に伴う電力不足では、東電に対して昼間4000kW、夜間3000kWの電力を融通して話題となった。

★新宿地域冷暖房:http://www.tokyo-gas.co.jp/csr/report_j/4th/4th262.html
★森ビル:http://www.mori.co.jp/morinow/2011/05/20110512160000002184.html

 東電が無惨な有様となって、これまで長年にわたり東ガスを苛め、オール電化でエネファームを抑えつけ、発電事業への自由な参入を妨げ、企業自家発電の拡大にブレーキをかけるなどして、何としても集権型の電力独占体制を守ろうとしてきた醜い努力もすべて無駄に帰して、結局は発送電の分離による電力事業の完全自由化を受け入れざるを得なくなるだろう。企業の自家発電や地域共同コジェネ、それにエネファームなど家庭用も含めて、分散型のエネルギー源が一気に増大して、それが自然エネルギーによる電力などを水素の形で貯蔵する仕組みとも結合して行けば、最終的には、原発はもちろん、送電線も電柱も要らない、エネルギーを地産地消・自給自足する新しい水素ベースのエネルギー社会の実現が見えてくるだろう。ガス火力は実はそこへの導火線となる可能性を秘めているのである。

 自然エネルギーはまだまだだから原発を続けるのも仕方がないという常識の嘘に多くの人々が囚われている限り、この大きな可能性は見えてこない。▲


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コメント

No title

日本で反原発デモが起こるなか、韓国は世界に向けて原子炉の売り込みにがんばってますね。日本というライバルが弱ってる間に儲けようということでしょうが、多くの日本人はこれらのことに気づいてないんでしょうね。しかも韓国の原子力技術は東芝が提供しているようで、福島も一部は東芝でしたよね。お笑い草です。

No title

>花岡 鉄様

全くです。

現在、原発をマレーシアに売り込んでいた日本勢は、入札を降りたようです。

まあ、今後は韓国に売らせて中身は日本製として利益を得る方針などに変えるつもりかもしれませんが、事故が起きた場合韓国は逃げますからね。こんなケンチャナヨに、原発技術など渡すこと自体が間違ってます。

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