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自然崇拝者達

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 今世界中でヒステリー状態になっている脱原発論者の潜在意識には、自然の物は清浄であり、人工物は汚れているとのすり込みが有るのではないか。だから、自然再生エネルギーと聞くと、そこで思考停止して全く疑問無く受け入れてしまっている節がある。もうこれは宗教とさえ言える状態のようだ。そうでなければ、自然再生エネルギーがいかに自然を破壊するか、それ以前に補助的なエネルギーとしての実用化以上の物ではなく、決して原発の代替にはならないという事実さえ理解しようとしない。
 
 なぜ、自然再生エネルギーが原発の代替にならないかは何度も繰り返しているので、なぜ自然再生エネルギーが危険で環境汚染を引き起こすのかを述べてみたい。
 
 まず近年まるで流行のように言われている言葉が、無農薬栽培、有機農法というおまじないなのだが、まるで合成殺虫剤、合成肥料が人間を殺しかねない位に信じ込まされている人々の妄想が言葉となって出てくるのだろう。
 
 昔、油かすや乾し鰯、堆肥、糞尿を肥料とし、殺虫剤は事実上存在しなかった頃の農業の生産性はきわめて低く、明治以前のおおよそ3000万の人口も養いきれずに、飢饉の年などは大勢の餓死者が出たし、豊年の年もやはり行き倒れた餓死者などは珍しくもなかった。
 
 今日本の食料自給率はカロリーベースで40%とされているが、本当にそれほど食料が足りないなら、なぜ日本は多額の食料を輸出する余力があるのか。なぜ、カロリーのとりすぎで肥満に悩む人間がかくも多いのか。なぜ、毎年1000万トンもの食料を無駄に廃棄しているのか。その気になれば日本には十分に100%を越す食糧自給率がある。なにより、これほど豊富に食料があるのは、合成殺虫剤、合成肥料があって食料の生産高が昔に比べ飛躍的に上がったからだ。また保存料があるおかげで、多くの食料が無駄にならず国民を養っている。すなわち、天然の物しか使わないのであれば日本農業などとうの昔に破綻しているのだ。昔は国民の70%が農業に従事して、やっと今の4分の一の人口を養っていた。今、日本の農業人口は毎年減り続けているが、一昨年で300万人であり、しかも大半は兼業農家だ。園芸農家などもあるが、とにかく3%よりはるかに少ない。
 
 それでも昔に比べて圧倒的に大量の食料を国内で生産しているのだ。もちろん、品種改良や様々なインフラ整備等があるが、一番大きい要因は合成殺虫剤、合成肥料の使用によるものだ。
 
 もちろん、これら化学薬品の健康被害はゼロではないだろうが、ではこれらの化学薬品の使用を止めて食料品が暴騰し、大量の餓死者が出る危険性とくらべて、化学肥料や殺虫剤の危険性は受け入れられる範囲なのではないか。
 
 自分の趣味の家庭菜園で無農薬、有機農法で安全な野菜を作るのはけっこうだが、それが一般の農業に当てはまるはずがない。化学肥料や殺虫剤は犯罪だ、悪だと叫ぶ人たちのおつむには、何が人間にとって危険なのかが全く理解できていない。
 
 かつて当ブログのエントリー「ななお問題」で、ナナオサカキという詩人の話題を採り上げた。彼は自然に帰れといろいろな詩を作った。ネットで検索すればいろいろ出てくるが、彼の作品の一つが下記のような物だ。

「これで十分


 足に土

 手に斧

 目に花

 耳に鳥

 鼻に茸

 口にほほえみ

 胸に歌

 肌に汗

 心に風

 これで十分」

 これは先日のテレビ番組でも紹介されており、いかに多くの人たちがこれに傾倒しているかも分かる。宮沢賢治の「アメニモマケズ」を彷彿とさせる良い詩だと思うが、私自身はこれで十分だとは思っていないので、傾倒はしない。たんなる言葉の遊びだと思っている。なぜなら、ナナオ氏がこのような詩を書きながら全国を放浪できたのも、様々な人工物に支えられた日本社会が豊かだからだ。自分がその恵みを受けていながら、それを否定する人間が何を理解しているのか、と考えるからだ。
 
 上記の氏の紹介に続けて、私は次のように書いている。
 
 「 そもそも、我々が自然、と聞いて思い浮かべるのは日本の田舎の代表的な風景、たとえば里山だろうが、この里山はきわめて人工的に長年の間管理されてきた結果なのであり、現実に田舎の人口が減って管理されなくなった里山がどうしようもなく荒れ果てているケースが多い。そのような里山では人間はまともに生活できなくなっている。管理されなくなった鳩山と同じようなことが起きているわけだ。
 
 ハエや蚊、ノミ、ダニ、シラミ、南京虫、ゴキブリ、蛇ネズミなどなど、すべて自然の一部であり、氾濫する川もまた自然の一部、荒涼たる砂漠、厳寒の氷原、猛獣の徘徊する密林もまた自然そのままなのだ。このような環境では人間は生きてゆけず、結局密林を切り開き害虫を駆除し、家畜を飼い、森から木を切り出し家を建てることで人間は生活圏を広げてきた。氾濫する川に堤防やダムを造って水を管理し、それによって農業を営んできた。これもまた人間が生きてゆくためにしなければならない自然改造なのであり、ナナオ氏が不必要だと切り捨てる公共事業もまたこのための事業なのだ。
 
 人間の自然改造が悪なら、人間は生産活動を営めず最小限の採集経済で生きてゆかなくてはならない。ナナオ氏は生涯を放浪に明け暮れ、多くの人の好意で生きてきたわけだが、それも人間が生産活動を営んでいるからこそ、その余剰でナナオ氏の世話ができただけのこと。
 
 結局、他の動物と違い知能が生きる手段である人間にとって、自然改造はまた人間に属した自然の行為であるといえる。人間が自然の一部であると納得するなら、人間のこの活動も納得しなければならないだろう。
 
 それを否定すると何が起きるかをある極端な例で考えてみる。」と言うところからヤノマミ族の紹介をしている。興味がある方はこのエントリー「ななお問題」で検索してみていただきたい。
 
要するに、人工物を悪と考えるなら、極論すればヤノマミ族の生活以外に選択肢はない。

 そもそも、今問題になっている放射線レベルよりも、カビ毒の発ガン性は非常に高いし、微生物が様々引き起こす病気も、今の放射線レベルより格段に発ガンの危険性が高い。発ガンだけではなく毎年多くの人が犠牲になる食中毒も微生物という自然物のどくによるものであり、火山からはき出される自然の亜硫酸ガス、炭酸ガスはどれだけ自然を破壊しているだろうか。赤潮青潮などの被害は甚大であり、中国からは莫大な黄砂が飛んでくる。これらの自然物による自然破壊は日本列島誕生の時から続いているのだ。

 昨今の原発反対論者の言い分を聞いていると、自然再生エネルギーはただであり、自然を破壊せず安全であり、原発は非常に危険だから廃すすべきだとの結論に至っているとしか思えない。
 
 太陽光パネルやそれに必要不可欠な蓄電システム送電システムがいかに自然を破壊するかは何度も書いたので繰り返さない。また唯一大規模に実用化されている自然再生エネルギー源である水力が、いかに自然を破壊するか、一度ダムが決壊したらどれほどの被害を生むかは原発の比ではない。風力発電も同じことが言える。
 
 まず、自然は清浄で、人工物は邪悪であるかのような決めつけを捨てることからまともに考えてはどうか、と脱原発を叫ぶ人たちに言いたい。
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コメント

No title

まったくその通りですね。
水道水を例にあげると、塩素を除去するために高額な浄水器などを取り付ける人もいるようですが、まず塩素のおかげでコレラや大腸菌などの感染症の予防ができていると理解したうえで上手く利用すべきだと思います。ただの恐怖症では思考停止ですね。

No title

>花岡 鉄様

そのうえ、浄水器は手入れを怠るとカビや微生物が繁殖し、却って水を汚染すると指摘されています。

思考停止している人たちは、その辺りの危険性も理解できないようですよ。

無機物質

無農薬とか有機とかを尊重するのは理解出来ます。私達と同じく、自然のプロセスの中で無理なく生成される訳ですから、体への親和性も高いでしょう。
しかし、それが無機物質、合成物、薬品を一方的に悪と決めつける事とは次元が異なります。単純な話が、鎮痛剤や胃腸薬等は、生薬系以外は全て合成物質で、誰もが抵抗なく使用しているではないですか。
大体、浄水器のフィルターでさえ合成高分子物質です。
原発の問題でも同じですが、どうして白か黒かの両極端へ走るのか、理性があるなら折り合いを見極める事こそが肝要である筈です。
何故なら、必要とされる背景があっての産物であり、それに紛れ込む邪道の排除こそが為されねばならないからです。
邪道が求める側にも与える側にも潜む事は云う迄もありません。

無機物質

>あづまもぐら様

>無農薬とか有機とかを尊重するのは理解出来ます。私達と同じく、自然のプロセスの中で無理なく生成される訳ですから、体への親和性も高いでしょう。

それは私も理解しています。

>しかし、それが無機物質、合成物、薬品を一方的に悪と決めつける事とは次元が異なります。単純な話が、鎮痛剤や胃腸薬等は、生薬系以外は全て合成物質で、誰もが抵抗なく使用しているではないですか。

そうですね。人間は全くの自然の中では生きてゆけないように進化してきています。だから、人間は常に自然を変えることで存在してきたわけで、其の営み自体が人間に備わった特質であり、それを拒否しては人間として存在できません。

>大体、浄水器のフィルターでさえ合成高分子物質です。

仮に水を木炭や砂、シュロの繊維で濾過するにしても、少し手入れを怠ると細菌の繁殖の巣になります。結局は塩素消毒の水道水そのままが一番信頼できます。

>原発の問題でも同じですが、どうして白か黒かの両極端へ走るのか、理性があるなら折り合いを見極める事こそが肝要である筈です。

つまりは、どちらのリスクを受け入れるかですね。

>何故なら、必要とされる背景があっての産物であり、それに紛れ込む邪道の排除こそが為されねばならないからです。

その通りです。だから、自動車が普及しても排気ガス問題は改善され、交通事故死も減りつつあります。つまり、自動車のマイナス面を排除してきた結果です。

>邪道が求める側にも与える側にも潜む事は云う迄もありません。

しかし脱原発を叫ぶ人たちは、原発のみに邪道が存在すると主張してやみません。

No title

こんばんわ
経済の基本は電力ではないでしょうか?(ただの高卒の兄ちゃんですが)

太陽光や地熱などの自然エネルギーの開発はもちろん大切ですが、現在の状況で原発を廃止するのはいかに危険かですよね。

ただでさえ、バ菅の浜岡原発停止要請が、日本経済に与える影響は計り知れない状況なのに、エネルギー問題で日本から出て行く企業が大幅に増えれば、結局将来の雇用に大きな影響を与えることには気付かないのかな?

今後も原発は必要不可欠なのですから、放射線による影響について、義務教育での必須科目にして、きちんと教育すべきだと思います。

No title

>工事様


>経済の基本は電力ではないでしょうか?(ただの高卒の兄ちゃんですが)

そうとも言えますね。

>太陽光や地熱などの自然エネルギーの開発はもちろん大切ですが、現在の状況で原発を廃止するのはいかに危険かですよね。

そう言うことです。
>
>ただでさえ、バ菅の浜岡原発停止要請が、日本経済に与える影響は計り知れない状況なのに、エネルギー問題で日本から出て行く企業が大幅に増えれば、結局将来の雇用に大きな影響を与えることには気付かないのかな?

癌総理はそんなことはどうでも良いし、パニックを起こしている人たちはそんなことは思いつかないのだと思います。

>今後も原発は必要不可欠なのですから、放射線による影響について、義務教育での必須科目にして、きちんと教育すべきだと思います。

国民に知識を周知することは大切なのですが、日本には核アレルギーがあって、感情的に受け付けない状況があります。なかなかむずかしいですね。

まあ、かつて自衛隊は悪だという見方が結構ありましたが、今は自衛隊は必要不可欠という人死にも国民の大部分が持つようになりました。原発もそうであればいいのですが、ただ、今からそんな議論をしている時間は無いでしょう。まあ、一度うんと痛い目に遭ってみるしか分からないのかもしれません。

左翼に煽られるとどうなるか、今までも痛い目に遭い、結局左翼は衰退していったわけですから。とはいえ、未だに形を変えてしぶとく残っていますが、その最たる物が左翼政権ですね。原発潰しは民主の悲願じゃないですか?そうは見せないように装っていますが。

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