スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

推進論の根拠

下記は、先日の、「根拠を示さない脱原発論者」というエントリーに寄せられたコメントに対する返事だが、どういう訳かコメントが受け付けられないので、新たにエントリーという形で書いた。


推進論の根拠

>成瀬謙三様

>どうも。身辺の状況が第一原発状態。困ったものです。
>(ガサ入れじゃありません。念のため)

なるほど、ではメルトダウンとか、家庭崩壊?まさか。

>根拠を示さない脱原発論。そういう面もありましょう。
>「何だか不安」という意見から、脱原発に傾く人が居るのはその通りと思います。

ふむ、例外なくそうです。根拠のある脱原発論を探して居るんですが見つかりません。もしあるならご紹介を。

>でも、原発推進論側も決して十分に根拠を示しているとは言い難い。根拠を示さない原発推進論、という面もあると思います。

ま、そう言うお歴々もいるでしょうな。でもね、脱原発論者ほど無根拠でわめいて居るとも思えませんね。そりゃ、どんなに理路整然と、意を尽くして説明しても、受け付ける気のないスットコドッコイや、理解する能力のないアホ、理解する気のないお花畑には詮無いこと。原発推進論者が何を言っても、根拠を示していないと言いやがる、もとい、仰るのですよ。
>
>閣下は主に経済論から述べられますが、理学的、工学的考察に乏しく思われます。過日も書かせていただきましたが、リスク管理に関する見解も貧弱過ぎて話になりません。

いえね、批判ならもちろんお受けいたしますが、その見解の貧弱さがなへんにあるか示さずに貧弱とほざいても、もとい、おっしゃってもはんろんにならんでしょう。

前々から言ってますが、原発にも危険はある。でもその発生頻度と、深刻さの積がいわば損失であるとするなら、明らかに化石燃料や水力などに比べ、原発の被害は小さいですよ。

数字で示しているでしょ。反発するなら、数字で示しやがれ、もとい、頂きたいと思う次第です。

>「マネージャーが、とてもエラい人という前提」とか頓珍漢なコメントもいただけません。

失礼、自分の言葉であれば失念していますが、マネージャーが云々、って私どこでどのように言ってましたでしょうか。

>リスクということをご存知ですかと僭越ながら問うてみたわけですが、未だ疑念は払拭されておりません。むしろ深まるばかり。

まあ、僭越至極ですな。リスクとは、何も原発事故のみで起きるわけではなく、原発を停めることで起きる経済的リスクを私は言っとるわけですよ。原発を停めて死ぬ人間が居なくなる(実際は原発で死んだ人間は日本では皆無)かもしれないけれど、経済が破綻して首をくくる人間は数知れませんぜ。
>
>第一原発の事故は、事実として生じているのです(全容は未だ不明です。これも重要な事実)。

はい、それを否定したことはないはず。

>結果、莫大な被害、コストが現に生じていますし、これからも生じます。長期的な被害等はいろいろ考察されているものの不明。予測困難。

ふーん、では化石燃料による煤煙で呼吸器疾患を患い死んだ人間が実際にどのくらい居るか、原油の取り合いで戦争が起きて死んだ人間が実際にどのくらい居るかは全く考えないんですか。わたしはその犠牲者を言っているのであり、おそらく延べ数百万人に及び、今後も増え続けるでしょうよ。

で、確かに福島で事故は起きたけれど、誰が放射線被曝で死んだんですか?

実際に目の前にある被害で判断することさえ出来ませんか?原発が出来てからその事故で死んだ人間はチェルノブイリの29名。化石燃料でその間に死んだ人間は延べ数百万人。どっちのリスクが高いって、何をほざく、もとい、おっしゃるやら。
>
>それを受けて不安を感じる人達がいます。

いますよ。でも根拠を理解していない。

>原発推進を主張する方々は、彼らの不安を取り除くに十分な説得力のある(ここが肝心)説明をする義務があります。

彼らには原発を理解する義務があります。むかし、日本に電気が初めてやってきたとき、伝染を伝わってコレラが伝染するという噂が広まり、電信柱がたくさん切り倒されました。いま、原発というとこれに似た現象が起きています。なにしろ、放射線が人間を殺すと信じ込んでいるために、放射線がなければ生物が生きてゆけない現実まで理解しようとしません。どちらに非があるんですか。無知を自覚しない方じゃないんですかいね。

普通の知性がある人間は、放射線を理解していますよ。原発も理解していますよ。

>もちろん閣下ご自身も大いに、また明快に丁寧にご説明いただくべきと思います(的を射ていない長文では伝わりません。その辺は南堂氏を見倣っても良いのでは)。

いやはや十分に説明してますよ。だけど理解できないのは説明する方が悪いとでもいわんばかりですな。
>
>「危険性の根拠があるなら示せ!さもなくば、安全」ということは成り立ちません。

成り立ちますよ。さもなきゃ車も電気も飛行機もたかおじさんもぜんぶきけんということになってしまいますわな。

>「安全性の根拠があるなら示せ!さもなくば、危険かも」が当然の反応です。

理解も出来ない連中がその恐怖心につけ込まれるのがポピュリズムですな。ヒトラーもアドルフ菅も同じことをやってます。説明しないで、感情につけ込んでいる。

>「絶対安全」などあり得ないのですから、リスクの程度を正確に示し、広く公衆に受け入れられるよう努めなければ、原発推進などできません。

だから、実例を挙げ数字を上げ、また経済減速で生ずるリスクも説明してるでしょ。

------------------------------------------------------------
"http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819591E0E2E2E3E28DE0E2E2E7E0E2E3E39797E3E2E2E2;at=DGXZZO0195164008122009000000
日銀総裁「景気下振れリスク注視」 浜岡原発など不確実性増す


2011/5/20 20:47

 日銀の白川方明総裁は20日の金融政策決定会合後に記者会見し、東日本大震災の影響などから「景気下振れリスクを意識する必要がある」と語った。中部電力の浜岡原子力発電所の全面停止などで、電力供給について「不確実性が増している」と指摘。必要があれば、追加金融緩和を含めた「適切な措置を講じていく」と述べた。

 日銀は同日の会合で政策金利を年0~0.1%とするゼロ金利政策の維持を全員一致で決定。西村清彦副総裁は前回会合で資産買い取りの規模を5兆円拡大する追加緩和策を提案したが、今回は提案を見送った。

 サプライチェーン(供給網)の寸断や電力不足などの供給制約について、白川総裁は「秋口以降、和らぐ」と分析。自動車などの生産再開や夏場の電力不足懸念の後退など「心強い変化」がみられるという。ただ、福島第1原発の事故や浜岡原発の停止がほかの原発の運転再開に影響を及ぼしており、やや長い目でみた電力供給は「楽観できない」と強調。景気への影響を注視する姿勢を示した。

 枝野幸男官房長官が銀行に東京電力向けの債権放棄を求めたことについては、一般論としながら「金融の担い手が取引条件の安定性に不安を抱くようでは円滑な金融取引は難しい」と発言。金融市場の安定につながる「関係者間での適切な対応」を求めた。

 日銀は被災地の金融機関を対象に総枠1兆円の新貸出制度の運用を始めているが、復興が本格化すれば追加措置を検討する考えを示した。

------------------------------------------------------------

立場上口には出来ないだろうけれど、現実に経済原則で真っ先に切り捨てられるのは弱者ですぜ。


>「賢者である吾輩が推進と言うのだから愚者は黙っておれ!」は通用しません。
>推進派だけで択捉島に原発村を構築するのでもない限り。

アホ言っちゃいかんですね。では、原発推進派の上げる数字、根拠、実例を一つ一つ事例を挙げて根拠を挙げて反論すべきでしょう。それもしないで、通用しませんも糞も、もとい、ウンコもありませんよ。
>
>成瀬自身は、「すぐ全廃せよ!」などとは申しませんが、徐々に縮小、最終的に脱原発をすべきと考えます。

そりゃけっこう。でもそのためには代替手段がどのような根拠で実現しうるのかを説明しなければ。

>根拠は単純です。

単純すぎますわ。

>リスクが大きすぎるから。現在の技術ではいろいろなリスクへの対策を十分に取ることができないから。本質的に、万一の際には制御不能の状態になるから。

だから、何と比べたリスクなんですかね。ただリスクが大きいじゃあ、への突っ張りにもならない。

>浜岡のリスクは特に高いと判断しているため、停止、即刻廃止、燃料搬出が妥当と考えています。「津波対策をしたら再稼働」などあり得ない選択肢と思います。存在するリスク1つ1つに十分な対策が取られている根拠を見いだせませんし、それでも想定外の事象が発生した場合にマイナス面が大きすぎるので。

想定外の事象なら、何にでも起きますよ。化石燃料や水力が想定外の事象に見舞われない保証などあり得ないでしょう。それこそ、想定外なんですから。
>
>それに、「原子力発電はコストが安い」なんて、積算根拠はかなり怪しい。不確定要素の多い事象に関するコスト比較はなかなか困難です。閣下が積算された説得力のあるデータでもあれば、ご公表いただけると有り難い。電力会社や経産省も喜ぶと思います。成瀬も餌が増えて嬉しい。

これも無意味。事故が起きればコストは生ずるし、そのリスクの可能性を無視してこんなことを言ってもしょうがない。ここのエントリーにも書いてるでしょ。

「原子力反対運動やチェルノブイリ事故の影響を受け、1987年11月に原子力発電所の建設・運転に関する法律の廃止を求めた国民投票が行われた。その結果、1990年までに全4基および燃料加工やサイクル関連の施設を閉鎖した。
 当初に計画していた火力発電所の建設は進まず、輸入電力の比率が大幅に増大。フランスとスイスへの依存に加え、総発電設備容量の75%が石油と天然ガスに依存していたため、イタリアの電気料金はEU内で最高レベル(EU平均の1.6倍)となった。
 2003年6月、猛暑による需要増、渇水による水力発電供給量の減少で供給不足となり、ついには全国的な輪番停電が発生。2003年9月28日、イタリアとフランス、スイス、オーストリアとを結ぶ高圧送電線の断絶が原因で、ほぼ全土が停電、電力供給体制の脆弱性が露呈した。
 原子力から完全撤退したイタリアは2004年7月、「エネルギー政策再編成法(マルツァーノ法)」が成立。イタリア電力公社(ENEL)はイタリアへの電力供給を目的としたスロバキア、ルーマニアなど諸外国の原子力発電所への投資を選択した。」
 
 原発コストが高いなら、イタリアが何でこんな姑息なことをするんですかね。

>では、核心的お答えは決して頂戴できない過去の事例が覆されることに淡い期待を抱きつつ、冒頭の"身辺状況"に戻ります。

そりゃ、何を答えても、それじゃ俺は納得しないと言う連中にはつうようしないでしょうからね。家庭崩壊は避けた方がよいですよ。手遅れかな・・・相手の言うことを常に俺は納得しない、根拠を示せとわめくんじゃねぇ・・・
スポンサーサイト

コメント

No title

成瀬氏も困ったものですね。なんでそんな優秀な方の考え方がずれていらっしゃるのでしょう。自分も保守系動画の板にアンチさんが湧いていたのでお相手したのですが(自分程度でもお相手できる方々だったので)。
・・これが成瀬氏とは違い、ねつ造、偏向、誇張はするは、やたら「組織」「愛国無罪」「差別」などのキーワードをねじりこんでくるわで。勝手に勝利宣言するのが得意です。成瀬氏の方が(ずれてらっしゃいますが)よほど識者です。
「差別」の既成事実でも作りたいんですかね。
二人いるのですが様子からして一人はプロっぽいです。DQNっぷリを一般の人にさらすつもりがそれ以上にしつこくて。
私の様な小者にじゃれる程度ですが困ったものです。

No title

>名無し侍様

>成瀬氏も困ったものですね。なんでそんな優秀な方の考え方がずれていらっしゃるのでしょう。自分も保守系動画の板にアンチさんが湧いていたのでお相手したのですが(自分程度でもお相手できる方々だったので)。

成瀬氏の問題は、当方の主張がなっていない、間違っていると仰りながら、どこがどう間違っているのかを指摘しないことでしょうね。むろん、ご当人は指摘していて、私がそれを無視している、あるいは理解できていないとお嘆きなのですが。

今回の件でも、原発は危険だという認識は私も持っているけれど、原発を停めることで発生する危険よりは格段に小さいし、化石燃料はそれこそ数百万人の命を実際に奪っており、原発は恐れがあるとされながら実際には誰も死んでいない、そんな事実をご説明しても、それでも原発は危険だからいずれ停めてしまえ、とおっしゃる。このようなかみ合わせの出来ない点が成瀬氏の問題であり、当然ながら悪いのはブログ主であるといつもおしかりです。


>・・これが成瀬氏とは違い、ねつ造、偏向、誇張はするは、やたら「組織」「愛国無罪」「差別」などのキーワードをねじりこんでくるわで。勝手に勝利宣言するのが得意です。成瀬氏の方が(ずれてらっしゃいますが)よほど識者です。

まあ、どういう訳かそのような連中も多いですよ。最後は罵倒や人格攻撃に移行する決まったパターンです。ここにも時々来ますし、他の場でもそうですね。決まって、理論の裏付けがないし、理論らしい物を持ち出してきてもその矛盾をつくと、とたんにお前なんか相手にしている暇がないなどと言い出します。


>「差別」の既成事実でも作りたいんですかね。

彼らは、何かを言えばそれで論争だと思って居るんですよ。


>二人いるのですが様子からして一人はプロっぽいです。DQNっぷリを一般の人にさらすつもりがそれ以上にしつこくて。

どこでもまともに相手にはされていないのですが、そのような連中が居ることを知らない一般人は引きずられる傾向がありますね。一例ですが、卒業式で国歌斉唱の時に起立しないで停職処分を受けた教師やシンパには共通して思想の自由を抑圧するのは悪だと繰り返すばかりです。

それなら教師になるべきではないとの指摘は耳に入らないようですね。自分の主張を繰り返すばかりで、他の意見を聞くとか判断するという思考がないんです。そうなると、犬が吠えているのと同じなんですよ。


>私の様な小者にじゃれる程度ですが困ったものです。

まあ、適当に無視する方が良いみたいですし、ロムしている人たちは、どちらがまともか理解しますよ。

リスク評価

名無し侍さま。

> 成瀬氏も困ったものですね。

困らせてしまったのでしたら、申し訳ない限りです。でも、

> 考え方がずれて

わたくしは、閣下とは違う観点から申し上げているつもりであります。
必ずしもずれているとは思っておりません。
わたくしも電力確保のための原発の有用性を否定するものではありませんし、原発停止による経済への悪影響や経済低迷によって生ずる多くの国民の困難を軽視しているつもりもありません。

しかしながら、少なくとも現在の技術レベルでは地震国である我が国にとってリスクが大きすぎると考えております。安定大陸に国土を持つ諸国に比べて我が国が不利な点であると言えましょう。
原発推進論ではそのリスクをかなり小さく考えておられるようでしたので、コメントさせていただいている次第。
起きないとされていた事故が現に起きている以上、様々な方面・観点から調査し検証し議論しなければならない事項であるにも拘らず、軽々に「リスクが小さい」などと結論付けられるはずがないと思いますが。

つまり、リスク評価の考え方の違いなのだと思っております。

不確定要素の大きな事象であるゆえ、絶対的な評価を下すことはできません。
従っていろいろな意見が生じ、推進論や脱論へと繋がります。

互いに相手をバカだ間抜けだ知識不足だと罵り合っていては、単なるイデオロギー論争に堕してしまって何の解決にもなりゃしません。
なので、「考え方が『ずれて』」というご指摘には違和感を覚えるものであります。


コメント順で後になり申し訳ありませんが、閣下。

我が家では家庭崩壊の事態に至っているわけではございませんので心配ご無用でございます。が、メルトダウンと言えば言えなくもない状況が他にあります。もちろん核燃料など所持しておりませんので比喩的表現になりますが。

さて。仰せの件。

>> 理学的、工学的考察に乏しく思われます。

に尽きます。
それによって、リスクに対する評価も変わってくるものと思われます。
また、死者数によって被害を測るのはひとつの指標ではありますが、そう単純化出来るような内容でもありませんから、かなり乱暴な論法です。化石燃料や飛行機などとの比較も、比較条件を無視したもので意味を成しません。

成瀬> > 「危険性の根拠があるなら示せ!さもなくば、安全」ということは成り立ちません。
閣下 > 成り立ちますよ。

安全管理、リスク管理の面では、「成り立つ」と言ってはならないのです。リスクマネジメントの基礎であるゆえ、それを無視した上に構築した「推進論」は説得力を持つことができません。

逆に、こういうトンでも無いことを言いながら「リスクは小さい」などとほざく、もとい、仰る「推進論」は、無根拠と言って差し支えありません。そこを踏まえないと、脱論者(気分的感情的に流されてるだけの人を除く)ときちっとした議論はできません。一番肝心な部分をすっ飛ばしているのですから、原理的にダメ。

> これも無意味。事故が起きればコストは生ずるし

安全コストの意味を取り違えています。
重大な結果をもたらす施設ほど、システム的に安全を希求する中で大きなコストが発生します。事故が起きないようにするコスト、事故が起きたときの被害やコストを最小化するために要するコスト。そういうものが単に算入されていなかっただけのことです。だから見かけ上安い。本来かけるべきコストを省略しているから安いだけなのです。陰に日向に国費の投入もありますし、電力会社が負担しているコストがリスクに見合っていないわけです。
環境破壊を無視した中国製造業のコストが安くとも、それが良いことではないのと同じです。

> 何を答えても、それじゃ俺は納得しないと言う連中

核心については何のお答えも頂戴しておりません。
納得するに足るだけの材料を可能ならご提示下さいませ、ということです。特に、理学的、工学的に。

No title

>成瀬様
>
>コメント順で後になり申し訳ありませんが、閣下。

いえいえ、左様なことでとやかく申す私ではありません。
>
>我が家では家庭崩壊の事態に至っているわけではございませんので心配ご無用でございます。が、メルトダウンと言えば言えなくもない状況が他にあります。もちろん核燃料など所持しておりませんので比喩的表現になりますが。

あ、家庭崩壊はしておらぬとのこと。ほうかい。じゃあ、人格崩壊?


>>> 理学的、工学的考察に乏しく思われます。
>
>に尽きます。
>それによって、リスクに対する評価も変わってくるものと思われます。
>また、死者数によって被害を測るのはひとつの指標ではありますが、そう単純化出来るような内容でもありませんから、かなり乱暴な論法です。化石燃料や飛行機などとの比較も、比較条件を無視したもので意味を成しません。

尽きちゃっちゃあしょうがないです。原発も火力もヘチャムクレも違う技術であり、そんなことを言っていたら比較の基準が同等であるはずもありませんな。人命の損傷がはっきりとしたデータの一つであり、また大気汚染による健康被害も明確な事実であります。

>成瀬> > 「危険性の根拠があるなら示せ!さもなくば、安全」ということは成り立ちません。
>閣下 > 成り立ちますよ。
>
>安全管理、リスク管理の面では、「成り立つ」と言ってはならないのです。リスクマネジメントの基礎であるゆえ、それを無視した上に構築した「推進論」は説得力を持つことができません。

ならないのはあくまで建前。日本では新幹線による事故で死んだ人間は居ないから安全です、と言って良いんですよ。未来永劫に死者が出ないとの結論には結びつかないけれど、”十分に”安全である事実は変わらんでしょう。ヨーロッパでは大事故が起きて多数死んでいる一方、後発の中国や韓国ではまだ出てません。でも、技術水準から日本の物よりは安全ではないでしょうな。

安全だというのは、絶対安全なのではなく、許容できるほどリスクが小さいと言うことですよ。

こういう屁理屈を持ち出し、俺は専門家だがその目から見ればお前など格下、いや閣下だとの声が聞こえそうですな。

いか、同様の戯言、もとい、ご意見と拝し、却下。具体性がちぃーっとも無いんですよ。

No title

>>成瀬 様
すいません。自分、馬鹿正直なものですからつい本音がぽろりと。

成瀬様の相手に敬意を持たれる姿勢も好感を持ちますし、言われていることも漠然と判るのですが・・。
自分はたかおじさん様の方がしっくりきまして。

論議されるのはよろしいと思います。自分が相手をしているDQNさんに成瀬様の姿勢を学んでほしいものです。

お花畑

だから結局のところ、リスク評価をどう捉えるかの問題なのだと思います。

> 許容できるほどリスクが小さい

そう言えるだけの根拠がない、と申しております。
「許容できる」という評価も難しいものがあります。人によって違うわけですから。
現在の第一原発の状況を「許容できる範囲」と捉える方もいるし、そう受け取れない方もいるわけで。

認識の違いがどこにあるかが良くわかったので、これはこれで良しとするしかありませんね。


> 具体性がちぃーっとも無いんですよ。

申し訳ないのですが、それは閣下の方でございます。
技術的信頼性に関し、理学的工学的考察抜きで結論を出していらっしゃいますから。そういう姿勢を閣下は「お花畑」と称していつもご批判なさっていたのではないかと存じますが……。

閣下がこの分野を苦手としておいでである事はわかりましたのでこれ以上突っ込まないようにしておきますが、閣下のご認識がかなり甘いというご指摘だけ最後に申し上げておきます。毎度、お付き合いをありがとうございました。

議論ではなく……

名無し侍さま。

> 論議されるのはよろしいと思います。

閣下は議論を好まれないので、たいていは議論の遥か手前で門前払いを食らいます。戯言、却下、とお書きのように、今回もまた……。

flower garden

>成瀬謙三様

>だから結局のところ、リスク評価をどう捉えるかの問題なのだと思います。

いいや、それだと主観の問題と言うことになってしまいますな。実際に出た被害規模で語らなければ、どうとでもへりくつをつけられるでしょう。で、このケースの被害規模とは、事実として表れている死傷者数。これを基準として何が間違いなんでしょうか。

>> 許容できるほどリスクが小さい
>
>そう言えるだけの根拠がない、と申しております。

申しておるのは、そうとしか申せない輩です。

>「許容できる」という評価も難しいものがあります。人によって違うわけですから。

いや、人が死ぬか死なないかは、人によって違う評価基準じゃないですな。それとも、人が死ぬなんざ、どうでも良いと仰るなら話は別ですがね。

>現在の第一原発の状況を「許容できる範囲」と捉える方もいるし、そう受け取れない方もいるわけで。

だから、主観にゆだねず、現実に数字として出ている被害を比べるわけですよ。主観で者を言っていては、結局は感情論につけ込む宣伝屋の方が有利と言うことになります。

>
>認識の違いがどこにあるかが良くわかったので、これはこれで良しとするしかありませんね。

つまりは、数字に表れている人命の損失は、単に主観の問題としてしまうわけですな。それで良しとするとは、いやはや・・・いつでもどこでもこの手で逃げるんでしょうなぁ。
>
>> 具体性がちぃーっとも無いんですよ。
>
>申し訳ないのですが、それは閣下の方でございます。
>技術的信頼性に関し、理学的工学的考察抜きで結論を出していらっしゃいますから。そういう姿勢を閣下は「お花畑」と称していつもご批判なさっていたのではないかと存じますが……。


はい、これもあなたの評価であり、客観性ゼロ。何とでも言えますよ。

あなたはイケメンだ、憎いね、とよくあたしは言われるけれど、これも限られた人間の主観による評価であり、これを真に受けるわけには行かない。ま、あなたの評価もこんなたぐいですな。

>閣下がこの分野を苦手としておいでである事はわかりましたのでこれ以上突っ込まないようにしておきますが、閣下のご認識がかなり甘いというご指摘だけ最後に申し上げておきます。毎度、お付き合いをありがとうございました。

何を指摘されてもご自由ですが、まあ却下ですな。閣下は却下する、まさに隔靴掻痒の思いでしょうな。

逃げてるのは閣下

「いつでもどこでもこの手で逃げる」などと仰るのでしたら、もう少し。


【1.閣下も主観でモノを言っておられる】

> 主観にゆだねず、現実に数字として出ている被害を比べるわけですよ。

「死者数を被害の指標とする」という判断に思い切り主観が入っています。
また数字をどう解釈するかというのも主観であって、数字そのものが不動の説得力を持つものではありません。
数字そのものも、サンプリング手法によってかなり異なったものが得られます。

「被害」イコール「死者数」という考え方は、被害をあまりに単純化し過ぎています。ひとつの指標ではありますが、それがすべてではありません。
被害の定義を思い切り狭めておいて、その(誤った)定義に基づいて結論を出すのは誤りです。その単純化は、閣下の主観以外の何物でもありません。

【2.数字だけが根拠たり得るのではない】

数字で表される定量的判断とは別に、定性的判断も極めて重要です。世の理についてはむしろ定性的判断に基づいて量的計測を行うようにしなければ、的を外した数字(無意味な数字)を元に誤った結論を出すことになりかねません。

即死者は居ません(とされている)。しかし、放射線障害による遠隔期の死者数は不明です。東海村臨界事故も、「2ヶ月以内」という恣意的区切りを設ければ死者ゼロです。他の方々の追跡調査がどの範囲で行われているか不明です。調べられていない被害は数字に出てきませんが、だからといって被害が無いとは言えないのです。

遠隔期の死亡の場合因果関係の証明がし難いのですが、当然「無関係」との証明もできません。だからOK、という筋合いのものでもありません。内部被曝の影響についても諸説ありますが、理学的に有意な確定的結論を出せる性質のものではありません。遺伝的影響(特に隔世遺伝とか長期的要素)については更に不明点が多く、確たることが言えません。しかしそれをもって「問題ない」というのは乱暴です。比較検証に足る定量的計測が行えない事象に関しては、定性的判断により論を進めるのは至極真っ当なことです。判断すなわち「主観」ですが、これは排除すべきようなものではありません。

【3.被害は死者数だけでは表せない】

たとい死に至らなくとも、それがQOLを著しく悪化させるものだとしたら「被害がない」などと言うことはできません。数万人が避難を強いられ現地社会も産業も自治体も無に帰した第一原発周辺には、紛れもなく大きな被害が生じております。飛行機事故や炭鉱事故とは性質の異なる被害ですから、死者数だけをもって単純な比較を行うべき事象ではありません。

今回の事故を受けて、広範囲で健康被害に関する追跡調査を行うとのこと。健康面でも全く問題がないかどうか断定できないから、実際に調べてみなければわからないから、調べるのです。思い切り良心的に考えても、大丈夫だと断定できる確定的根拠を示せないから、調査結果を受けて将来事後的に「大丈夫だったでしょう?」と言うしかないのです。そして、そう言える保証はどこにもありません。

【4.理学的工学的考察なき主張はお花畑論でしかない】

理学的工学的考察を、と申し上げたわけをもう少々。

原子力発電プラントは、その扱う対象の特殊性ゆえに、かなり高度な理学的工学的措置を要するものであります。現代の高度に発達した科学技術をもってしても完全に制御できている事象とは言えません。何らかのトラブルは頻繁に生じ、都度対処しなければならない赤ん坊のような存在です。
よしんば外部には無影響で運用を続けられたとしても、地震・津波といった大災害時でも全く問題が無いと言えるほど成熟した技術にはなっておりません。そういう意味で、地震国であるわが国における原子力発電所はもともと原理的に大きなリスクを内包したものとなっています。

福島で現実に事故が起きそのリスクが顕在化した以上、様々な要因について調査・分析・検証を行って、現時点で妥当と思われる措置を講じていく必要があります。事態が未だ収束を見ない現時点では、調査すら満足に始められない始末。調査によって今まで知られていなかった新事実や事故の真相が出てくる可能性もあります。にもかかわらず「推進しても大丈夫」とは、無根拠としか言えないわけです。
理学的工学的要素の塊である施設の安全性について述べているのです。それなのに、それらに関する言及を一切行われず「安全」を言い募っても、根拠に乏しいとしか言えないのです。

社会経済的要素も、もちろん重要なものでして、無視して良いとは申しません。経済活動が停滞することによって経済的社会的弱者の被る不利益も考慮すべきことです。しかし、「技術的にどのくらい安全なのか」という要素だって決して無視してはならない事です。「これだけ技術の発達した日本で製造・運用している原発なんだし、今まで大きな事故も起こしてこなかったし、今回はたまたま東電や政府がダメだったからこうなっただけなんだから、他は大丈夫」という安易な姿勢で推進するとしたら、それは『お花畑』以外の何物でもありません。

今回の福島第一も、もんじゅも、JCOも、更に言うならスリーマイルもチェルノブイリもこの『お花畑思考』から生じています。そういう思考のまま推進してしまっては、また事故は繰り返されます。「リスク評価」という「主観」を総結集してお花畑を脱しなければなりません。推進論にはその辺のところが欠けていると思い、このように書き連ねております。閣下にもそれが欠けているように見えます。

【5.総合的リスクマネジメントを】

だから、ちゃんとリスクを評価し、対処すべきと思います。

(1) 理学工学的要素の再抽出と再構成

 ・地球惑星科学、核物理学、原子力化学、物性、材料などの基礎分野
 ・地盤、基礎、建屋といった土木建築的要素
 ・圧力容器、格納容器といった核燃料周辺の要素
 ・高圧電路、配管システム、熱交換、搬送機器などのプラント設備要素
 ・各領域における緊急事態を想定、措置の確実化と多重化

(2) 総合的マネジメント体制の再構築

 ・理学的工学的リスク対策
 ・政治的経済的リスク対策
 ・運転管理リスク対策
 ・ヒューマンエラー対策
 ・各要素を統合した体制の再構築(今までのは不十分であった)

(3) リスクとメリットの正当な評価

 ・各界各位の意見や批判を広範囲に収集(原子力村の内輪だけではダメ)
 ・享受できるメリットを勘案して広く一般に許容可能なリスク管理条件を構築
 ・「正当な評価」という主観的要素でコンセンサスを得る

(4) 核廃棄物処理体制の確立

 ・原理的に処理できない廃棄物を何とかしなければ推進は無理
  (実験実証炉が関の山)

--------------------

なぜ、東京湾岸に原発を造らないか。
なぜ、過疎地になら原発をたくさん造って構わないのか。

推進派の方々は、双方の問いに対して矛盾しない説明ができるのでしょうか。

逃げてるのは閣下

>成瀬謙三様

>【1.閣下も主観でモノを言っておられる】
>
>> 主観にゆだねず、現実に数字として出ている被害を比べるわけですよ。
>
>「死者数を被害の指標とする」という判断に思い切り主観が入っています。

死者数は現実の数字です。私の主観でどうこうなるものではありません。また、人間が一番恐れるのは命を失うことであり、結局一人の命のために、数千万、数億の金を費やしても、表だって反対することが出来ないのが人間社会です。これを不合理だと考える人もいるだろうし、そのような価値観で動いている国などがあることも否定はしませんが、今は日本や同様の価値観の国々を対象としています。

死者数のみを被害の指標にするとは言っておりませんよ。しかし、現実に数字として表れ、主観を交えずに比較できるのは死傷者数である、と書いたはず。主観ではなく実際の被害を表す指標があるならどうぞお示しくだされと申し上げて居るのに、一切それは無視される方が、上記の批判など片腹痛い。

>また数字をどう解釈するかというのも主観であって、数字そのものが不動の説得力を持つものではありません。

たしかに数字をもてあそぶ結果、統計は意図的に作られた場合信用が出来ないのは定説ですがね、それは意図的に作られた場合。現実に、原発事故で死んだ人間は、原発50年の歴史で、チェルノブイリの29人だけです。これは不動の数字であり説得力以前の話ですよ。これが事実ではないと仰るなら、JOC臨界事故の2名を加えても良いけれど、そのあと放射線により死亡したと認定された公式な数字があるなら加えていただいてもけっこうです。

>数字そのものも、サンプリング手法によってかなり異なったものが得られます。

それは上記で指摘した、意図的にサンプリングをした統計などの場合です。このケースでは当てはまりません。なにを持って、原発による死者数が異なるサンプリングのケースになるのか、ご説明いただきたい。単に数字のごまかしが一般的であるから、これもそうだ、というのは事実の意図的な曲解ですね。

>「被害」イコール「死者数」という考え方は、被害をあまりに単純化し過ぎています。ひとつの指標ではありますが、それがすべてではありません。

だから、それが全てなどといったことはありませんよ。しかし、他に明確な数字がないのであれば、明確な数字としてこれを持ち出す意味があると本文にも書いたはず。また私のコメント2011-05-22 18:04 でも

「尽きちゃっちゃあしょうがないです。原発も火力もヘチャムクレも違う技術であり、そんなことを言っていたら比較の基準が同等であるはずもありませんな。人命の損傷がはっきりとしたデータの一つであり、また大気汚染による健康被害も明確な事実であります。 」と再度説明しているはず。それなにの、未だに死者数だけを被害と主張しているなどと難癖をつけるのはwhy?理解できないからですか?それとも、無視してる?


>被害の定義を思い切り狭めておいて、その(誤った)定義に基づいて結論を出すのは誤りです。その単純化は、閣下の主観以外の何物でもありません。

ゆえに、私の主張を主観と決めつける前提が間違っています。いつものことですが。

>【2.数字だけが根拠たり得るのではない】

故にこれに関する戯言、もとい御高見は成り立ちませんな。前提が間違っているんですから。

>だからといって被害が無いとは言えないのです。

これが前提を無視するための屁理屈。被害がないとは言えない、でも被害があるとはなおさら言えない。チェルノブイリで疎開した十人の誰かが30年後に癌で死んだのは放射線のためだと言えるのか、それとも多くの人間が癌で死ぬその一人なのかが明確に判別できない以上、被害がないとは言えないのです、等というのは単なる言葉の遊びですよ。


>
>【3.被害は死者数だけでは表せない】

これも意味がないですね。
>
>たとい死に至らなくとも、それがQOLを著しく悪化させるものだとしたら「被害がない」などと言うことはできません。数万人が避難を強いられ現地社会も産業も自治体も無に帰した第一原発周辺には、紛れもなく大きな被害が生じております。飛行機事故や炭鉱事故とは性質の異なる被害ですから、死者数だけをもって単純な比較を行うべき事象ではありません。

はい、この意味では被害が出てますね。そして、無理な避難生活で体調を崩した人も多数居るようです。亡くなった病院の入院患者もいるようです。しかし、これは避難を強いたことによる人為的な災害であり、本当に避難が必要であったかどうかはきわめて曖昧です。つまり、明らかな人災を、直接の原発事故によるものに組み入れるなら、風評被害で自殺したキャベツ農家もそれに入りますよ。

原発事故による直接の放射線被害と、人為的な強制避難や風評被害による死傷者を同じにすること自体きわめて恣意的な数字のごまかしですね。その意味で、原発事故による直接の死者数は動かしようのない数字ですがね、あなたのように数字をもてあそびごまかす人間にとっては、死者数など持ち出してほしくないのでしょうね。

>今回の事故を受けて、広範囲で健康被害に関する追跡調査を行うとのこと。健康面でも全く問題がないかどうか断定できないから、実際に調べてみなければわからないから、調べるのです。思い切り良心的に考えても、大丈夫だと断定できる確定的根拠を示せないから、調査結果を受けて将来事後的に「大丈夫だったでしょう?」と言うしかないのです。そして、そう言える保証はどこにもありません。

保証はないけれど、では放射線で明らかな健康被害があったと認定できるケースが今回のみならず、50-40年前の大気圏核実験が年間数百回もされた時期を通しても、確認されていますか?第五福竜丸は直接死の灰を体内に取り入れた例外です。

当時の世界では今の数千倍とも言われる放射線汚染が観測され、当時放射能雨にあたると頭がはげるとか、水爆マグロを食べると癌になるなど言われていました。が、じっさいにそれが原因で死んだ人間は確認されてないんですよ。それなのに、当時の放射線レベルの数千分の一の福島原発事故で、これから健康被害が表れると仰るその根拠は何なんですか。

日本の広島長崎のデータは、爆心地から同心円で爆風や熱線以外の原因、すなわち放射線でなくなった人たちを数十年に渡って追跡調査をしたものであり、もちろん放射線の影響を確認し現在の基準を作った大元になっています。

それらの貴重なデータから二桁三桁小さな安全基準を作ったのであり、チェルノブイリの場合も今回も、その基準で食品の出荷規制や避難地域が決められています。それで、どのような被害が出るとの確信がおありなのですか?

実際には、広島長崎以前、放射線の効果があまり理解されていなかったころ、かなり放射線物質を粗雑に扱い、そのために白血病などで死んだ研究者はたくさんいます。キュリー夫人など有名です。またアメリカでも大勢の研究者が不用意な実験で白血病などになったり、あるいは23,4シーベルトの放射線を浴びて数日後に死んだ記録もあります。なにしろ、プルトニウムの固まりを目の前で臨界状態にしたそうですから。

しかし、広島長崎のデータなどから、放射線の脅威が理解され、その結果どう転んでも危険のない放射線許容レベルが作られました。今回の避難命令や出荷制限はその、ミリシーベルト単位の基準をもとにしているんです。もちろん、低い方が良いに決まってますから、普段はそれでかまわないのでしょうが、現実に被害が出るかと言えばとうていその許容レベルでは出ないことが確実に分かっています。そのための広島長崎データですから。

>【4.理学的工学的考察なき主張はお花畑論でしかない】
>
>理学的工学的考察を、と申し上げたわけをもう少々。
>
>原子力発電プラントは、その扱う対象の特殊性ゆえに、かなり高度な理学的工学的措置を要するものであります。現代の高度に発達した科学技術をもってしても完全に制御できている事象とは言えません。何らかのトラブルは頻繁に生じ、都度対処しなければならない赤ん坊のような存在です。

はい、それは私も承知しております。絶対安全だとは言っていません。ですが、仮に暴走してもその結果の被害が、その効果からすれば容認できる範囲の物だと言ってるんですよ。それも無視ですか?

新幹線でも飛行機でも、100パーセント人間が管理できるなら事故など起きるはずがありません。幸い日本で新幹線事故は死者を出していませんが、ヨーロッパでは大事故を起こしています。飛行機も、100パーセント人間が管理できないからこそ事故が起きて一時に数百人が死ぬんですよ。それとも、人間が100パーセント管理できるとでも思ってましたか。事故は起きるけれど、それでも新幹線や飛行機の有益性は其のリスクを容認する価値があるということです。

将来健康被害が起きるかもしれない原発のリスクと、電力不足で停電になったり猛暑の時に熱射病で死ぬ人間の発生を比べるですか。実際に去年の夏、どれだけの人間が熱射病で死んだか記憶してますか?

>よしんば外部には無影響で運用を続けられたとしても、地震・津波といった大災害時でも全く問題が無いと言えるほど成熟した技術にはなっておりません。

もちろんそうです。で、その頻度は?

>そういう意味で、地震国であるわが国における原子力発電所はもともと原理的に大きなリスクを内包したものとなっています。

だから、それに対応した安全策は当然採らなければならないと私も言っておりますがね。地震国である日本で、あの震度6の最中に走行中を含め300本の新幹線が走っていましたが、事故は一件も起きていません。阪神の時もそうでした。中越の時は直下地震で一本脱線しただけです。死傷者は出ていません。

同じような基準を日本では原発に当てはめるべき所、後から分かった公表内容によれば津波もろくに想定していないお粗末な物であったことが判明しました。つまり、技術的に防ぐことが出来た事故を、人災として発生させてしまったわけで、現存の原発も将来の原発も当然厳しい安全基準を当てはめるべきでしょうね。それでも事故がゼロになるとの断言は出来ませんが、それによる廃止か存続かの決定を下すのは、飛行機を廃止するかそれとも安全性を高める技術開発をしながら使い続けるかの選択と同じですよ。事故が起きれば大変だけれど、その可能性は低いというだけ。日本で40年間原発を使っていて今回が最初なんですよ。

>福島で現実に事故が起きそのリスクが顕在化した以上、様々な要因について調査・分析・検証を行って、現時点で妥当と思われる措置を講じていく必要があります。事態が未だ収束を見ない現時点では、調査すら満足に始められない始末。調査によって今まで知られていなかった新事実や事故の真相が出てくる可能性もあります。にもかかわらず「推進しても大丈夫」とは、無根拠としか言えないわけです。

それはすでに私も書いているはず。原因を深く究明し、対策を講ずるべきだと。だから、現在実用化している原発の安全性を高める技術開発は、実用化していない自然再生エネルギー開発や環境汚染により確実に多くの人間を殺している化石燃料の改善よりも優先すべきだと言っているんですよ。読みませんでした?読んだけれど理解できなかったとか、無視したとか。

>理学的工学的要素の塊である施設の安全性について述べているのです。それなのに、それらに関する言及を一切行われず「安全」を言い募っても、根拠に乏しいとしか言えないのです。

故にこれは言いがかりですね。もう一度私の主張を一年以上前からさかのぼって読んでみてはいかがですか。

>社会経済的要素も、もちろん重要なものでして、無視して良いとは申しません。経済活動が停滞することによって経済的社会的弱者の被る不利益も考慮すべきことです。しかし、「技術的にどのくらい安全なのか」という要素だって決して無視してはならない事です。

いつ私が無視したのか、そんなものはどうでも良いと言ったのか、ご指摘いただければ幸いです。私自身は記憶にありませんので。 私はリスクと利益のバランスを考えるべきと言っているはずですがね。

>「これだけ技術の発達した日本で製造・運用している原発なんだし、今まで大きな事故も起こしてこなかったし、今回はたまたま東電や政府がダメだったからこうなっただけなんだから、他は大丈夫」という安易な姿勢で推進するとしたら、それは『お花畑』以外の何物でもありません。

ええ、でも現実に東電や政府の引き起こした事故という側面は否定できませんが、否定しますか。


>今回の福島第一も、もんじゅも、JCOも、更に言うならスリーマイルもチェルノブイリもこの『お花畑思考』から生じています。そういう思考のまま推進してしまっては、また事故は繰り返されます。「リスク評価」という「主観」を総結集してお花畑を脱しなければなりません。推進論にはその辺のところが欠けていると思い、このように書き連ねております。閣下にもそれが欠けているように見えます。

それを言うなら、化石燃料がどれだけ環境を汚染し、資源獲得競争が国際社会の安定性を脅かし、健康被害をもたらしているか、直接の死者や発ガン物質による癌発症、呼吸器疾患、化石燃料採掘による事故などなどの明らかでありながらあえて伏せてきた被害はどうなんでしょうか。ひとえに、石油産業の強力な政治力による物ですよ。また確かに化石燃料は原子力が出てくるまでは唯一のメインエネルギーだったし、それ以前の水力はその余力もなくさらに危険であることが判明した事実があります。

だからこそ、水力、火力、そして原子力に推移してきたわけで、別に原子力だけが全ての止みを隠蔽して発展してきた訳じゃないんですよ。エネルギー密度の高さが、それだけ管理しやすいからであり、その管理のしやすさが事故の少なさ、犠牲者の少なさという結果に表れているわけです。 それを無視して、今すぐでなくとも将来は原発を止めろと言うのはどんな花が脳みそに咲いているんでしょうかね。

たしかに今福島原発は大変な状況であり、世界的に原発忌避感情が強まっているのも、それに乗じて石油産業が巻き返しているのも事実です。しかし、飛行機が落ちても、それで飛行機を止めてしまえと言う気運が高まらないのは、飛行機が理解されているからであり、いま原発が忌避されているのは十分に理解されていないからです。

>
>【5.総合的リスクマネジメントを】
>
>だから、ちゃんとリスクを評価し、対処すべきと思います。

そりゃそのとおり。
>
>(1) 理学工学的要素の再抽出と再構成
>
> ・地球惑星科学、核物理学、原子力化学、物性、材料などの基礎分野
> ・地盤、基礎、建屋といった土木建築的要素
> ・圧力容器、格納容器といった核燃料周辺の要素
> ・高圧電路、配管システム、熱交換、搬送機器などのプラント設備要素
> ・各領域における緊急事態を想定、措置の確実化と多重化
>
>(2) 総合的マネジメント体制の再構築
>
> ・理学的工学的リスク対策
> ・政治的経済的リスク対策
> ・運転管理リスク対策
> ・ヒューマンエラー対策
> ・各要素を統合した体制の再構築(今までのは不十分であった)
>
>(3) リスクとメリットの正当な評価
>
> ・各界各位の意見や批判を広範囲に収集(原子力村の内輪だけではダメ)
> ・享受できるメリットを勘案して広く一般に許容可能なリスク管理条件を構築
> ・「正当な評価」という主観的要素でコンセンサスを得る

ここまではべつに反対もしませんよ。原発によらず全ての巨大技術に欠かせない物です。さらに原発について言うのであれば、リスクはあるが十分に採算の取れる範囲のリスクであり、放射線も政府基準なら自然の放射線レベルと大差のないレベルだから、実際は十数年間繰り返された核実験によるその数千倍のレベルの放射線でも健康被害は起きていない事実があると知らせるべきなんですよ。 自然には事実上存在しないプルトニウムが、核実験以降、全人類の体内に10ピコキュリーほど取り込まれていて、常に循環している事実、海水には天然ウランが45億トン含まれていて、福島原発をそのまま海に放り込んでも全く影響がないこと、地殻には銅や亜鉛、錫などよりもたくさんのウランが含まれていて、ブラジルなどのウラン鉱山地域では自然放射線が日本の安全基準の数倍から十数倍あること等々きちんと教えるべきなんです。人間が毎日取る食物には必ずカリウム40などの放射性物質が含まれていて、これはカリウムの同素体であるから除去不能であり、このカリウム40が自然放射線の最大の発生源である事実も知らせるべきでしょうね。

放射線とは電磁波も含まれるため、電磁波は常に空間に満ちており、それがなければ今の生活は出来ないこともついでに知らせるべきでしょう。

>
>(4) 核廃棄物処理体制の確立
>
> ・原理的に処理できない廃棄物を何とかしなければ推進は無理
>  (実験実証炉が関の山)

これは単なる法的な物が障害になっているだけであり、実際は廃棄物はまとめて日本海溝にでも沈めてしまえば問題はないですね。いずれ大陸プレートの下に巻き込まれてしまいますから。ただし、国際法上許されないと言うだけのこと。現実にはあれだけ海洋核実験を行っていながら、海洋投棄はまかりならんと言う方が勝手なんです。

まあガラスに密閉して地下深く保管などでもかまいませんね。なにしろ、地殻以下には数千億トン以上の放射性物質が存在していて、其の崩壊熱が地熱を生み出しているんですから。逆に、この自然放射性物質が存在しなければ今頃地球は死の星になっていますよ。地球誕生時のどろどろに熔けていた熱は、2000万年ほどで冷え切ってしまう計算だそうです。それが、45億年地熱を発生し続け生物が存在できるんですから。

>--------------------
>
>なぜ、東京湾岸に原発を造らないか。

これは前に書きましたよね。また意図的にスルーですか。それとも記憶できなかったか理解できなかったんですか。

>なぜ、過疎地になら原発をたくさん造って構わないのか。

同上。

>推進派の方々は、双方の問いに対して矛盾しない説明ができるのでしょうか。

いくら説明しても、あなたのように前提を取り違え、事実を曲解し、数字を操作し、説明が悪い、理解できていない、アホだ無能だというのでは、そりゃ無理ですよ。したがって、このコメントは第三者向けです。あしからず。

「サルでもわかる推進論」は無いでしょうか

> 現実に数字として表れ、主観を交えずに比較できるのは死傷者数である

年間約100万人が、日本人の死者数。致死率100%です。
しかしその死因については、明確なこともあるがそうでないこともあります。
物理的な肢体の損傷とか生体反応物質への干渉とか因果関係を明確にしやすい性格のものもありますが、放射線障害の場合にはDNA損壊というレベル。その影響が直後に出てこないこともあり、従来の統計的手法だけで因果関係を明確に述べることができません。DNAの働き自体に多くの未解明要素があるため、安全性の程度を示すことの出来る根拠を作成できません。

> 主観ではなく実際の被害を表す指標があるならどうぞお示しくだされ

指標の一つとして使用できる要素はいろいろあり、死者数もそのうちのひとつです。しかし、『客観的に』実際の被害を余すところ無く表現できるような指標など原理的にあり得ません。「被害」の定義をどう設定するかという問題もあります。そんな中で、「死者数」を特に重要視して安全性を議論しようとすることに妥当性を見いだせません。「公式の数字」は、その正確性を意図して「確実な」ものに限って作成される傾向があります。その傾向が、却って数字の不正確性を高めてしまっています。

> 原発事故で死んだ人間は、原発50年の歴史で、チェルノブイリの29人だけです。これは不動の数字であり説得力以前の話ですよ。

「明らかに因果関係が証明できた例は」という注釈がつきます。この29人以外は原発によって全く健康被害は無いと断言できるわけではありません。疑わしい例が多くあっても、放射線障害を定量的に測定できないために証明は困難なのです。DNA損傷という事象から、定性的に危険性を述べることは出来ますが、計量が難しいために定量的判断が難しい。それゆえ、何mSvという基準値が上がったり下がったりするわけで。定量的力学的に算出できる構造耐力のような数値でさえ、内包する「不確定要素」に対応すべく安全率を乗じた基準を設けます。定性的危険性については基準設定自体に困難性を伴います。

> 意図的にサンプリングをした統計

サンプリング自体に意図が内包されます。純粋に客観的で意図性が排除されたサンプリングは不可能です。この件で言えば、「原発で死んだ人間」をどのように定義するか、調査範囲をどうするか、調査期間はどのくらい取るか、調査の方法をどうするか、ということを決めなければなりません。被害を多く見せようとか少なく見せようとか特定の恣意的態度を持たなくとも、サンプリングにとりかかる前提段階で何らかの「意図」が入らなければ、調査そのものができないのです。

> 被害がないとは言えない、でも被害があるとはなおさら言えない。

それは仰るとおりでして。その場合、どちらに着目して対策を取るか、ということです。「危険かもしれないし、大丈夫かも知れない」という場合、「危険かも」という前提で物事を考え、必要な対策とコストを吟味し、十分に管理可能なリスクならばその管理を考えるし、管理不能と判断すれば廃棄するしかないわけです。
閣下は、原子力発電技術は管理可能であると判断されているのでしょうし、成瀬は理学的工学的観点から「管理が極めて難しい」と判断しているわけです。だから、閣下が「管理可能」と考える理学的工学的根拠をお尋ねしている次第。「今まで大丈夫だった」「死者は居ない」くらいしか説明が無いもので。

> 明らかな人災を、直接の原発事故によるものに組み入れるなら

ヒューマンエラーの要素は、必ず組み入れなくてはなりません。リスク管理の基礎です。安全工学上、人間は間違えるもの、危急の際に最悪の判断をしかねないもの、という前提でシステムを構築します。総理や東電幹部や保安院のダメさ加減がひきこ起こした事象も、すべて「原発技術が未熟であった」要素の一つなのです。

> これは避難を強いたことによる人為的な災害であり、本当に避難が必要であったかどうかはきわめて曖昧です。つまり、明らかな人災を、直接の原発事故によるものに組み入れるなら、風評被害で自殺したキャベツ農家もそれに入りますよ。

知人の関係者が、何名も体調を崩して亡くなりました。知人は葬儀ラッシュに参っておられます。
「原発による死者数の定義」によって、その数字は変わります。その定義設定を「恣意的」とは言いません。「直接の死者数」という定義自体、とても難しい定義なのです。お答え可能なら閣下の定義を伺ってみたい。

> 当時の放射線レベルの数千分の一の福島原発事故で、これから健康被害が表れると仰るその根拠は何なんですか。

「被害が表れる」という断定はしておりません。「表われない」という断定も原理的に不能です。ただ、濃度の他に量の問題があると思います。核実験で放出された量と、原発で放出されている量とをどう評価されますか。広島長崎で使用されたウランの量と、未だ放出され続けている多種の放射性核種の量とをどう比較されますか。
即死するような状況ではないし、来年再来年死ぬようなことはないでしょう(JCOの大内氏だって、83日はご存命だったのです)。大量の物質は概ね拡散されるとは言え、量が多いだけに局所的危険性は低くないと思いますが。大丈夫大丈夫と言われる方々の根拠も、「今まで大丈夫だったじゃない」くらいのものしか無いのです。原理的にどう大丈夫かを生物学的に説明されたお話は耳にしておりません。

> どのような被害が出るとの確信がおありなのですか?

「被害が出る確信がない限り、被害がない」という考え方で安全を語るべきではありません。閣下は、たといそれで被害が出たとしても問題ないレベル、と判断されているのだと思います。でも現政府判断の20mSv/yは、かなり冒険的人体実験的基準ではないかとわたくしは思っています。枝野氏岡田氏の重装備現地訪問には失笑を禁じえませんでした。閣下は既に何度も現地入りして安全性を公衆に説いておられることと思いますが、軽装で皆さんを安心させてあげて下さい。できればご家族で現地の温泉でも訪い、100億円くらい払ってきてくださいませ。どこかの人は未入金だとのことですが……。

> 現実に被害が出るかと言えばとうていその許容レベルでは出ないことが確実に分かっています。

確実にはわかっていませんって。断定できる性格のものではないのです。
「統計的に被害が極めて少ないと考えられる」としか言えません。「確実に」という表現は不正確、というより誤りです。「統計的に」というのは、個別事象を保証するものではありません。「言葉の遊び」などではなく、重要なことです。この違いはとてつもなく大きいのですから。

> で、その頻度は?(地震、津波の)

頻度と、それが起きた場合の被害の程度と、双方を検討しなければなりません。今回の311震災に関して「頻度で言えば少ないものだから仕方ない」と言ってしまえばそれまでです。盛んに「想定外」が喧伝されていたように。でも、それでいいのですか。東海~東南海の頻度は、今回311よりもずっと高いものと言われています。今までも起こったことはないしこれからも起こる予測は立てられない、という安定大陸とは違い、有史以来かなり頻繁に起こってきているのですから。

> 事故が起きれば大変だけれど、その可能性は低いというだけ。日本で40年間原発を使っていて今回が最初なんですよ。

「今まで大丈夫だったから、今後も大丈夫」……大事故が起きる前の典型的姿勢です。第一原発でさえ、今回このような事態になりました。首都圏の西南西200kmに位置する浜岡で事が起こった場合、「大変」では済まされない事態が予想されます。だから、第一原発が収束して実況見分が詳細に行われ、今回事象の原因(ハード、ソフト共に)が明確にされてその対策が万全に行われるまでは、少なくとも浜岡はマズイんじゃないか、危険過ぎる、と思います。原発の圧力容器が損傷しているとの報道もありますが、それこそ致命的事態なのですから。

> 現在実用化している原発の安全性を高める技術開発は、実用化していない自然再生エネルギー開発や環境汚染により確実に多くの人間を殺している化石燃料の改善よりも優先すべきだ

それは人によって判断の分かれる事かと思います。わたくしは両方一所懸命にやるべきだと思います。わたくし自身は、地震国日本における原発はまだ実証試験段階でしかないのだと思います。大いに研究を続けなくてはなりませんが、少なくとも現在のような「原子力村」社会に閉ざされた状態で進めるくらいなら、止めたほうが良いとも思います。安全で安定した技術ではないので(実際、稼働率がものすごく悪い)、こんなものに我が国経済の先行きを委ねるのは危険であるとすら思います。

> エネルギー密度の高さが、それだけ管理しやすいからであり

逆です。エネルギー密度の高さゆえ、少量で大きなエネルギーを取り出すことができ便利で効率も良いのですが、反面で扱いに困る廃棄物を産出しひとたび事故が起きれば原因究明も応急処置すら極めて困難な状況に陥ってしまう、大変扱い困難なエネルギー源です。そういう意味では、わが国においては多くの営業炉を壊滅的事故無く今日まで運用してきたのであって、優秀で世界に誇れる技術であると思います。けれども、優秀であるがゆえの落とし穴というものも明らかになったのではないかと思います。
もんじゅ、常陽も予断を許さない事態に陥っているようですし(しかもあまり大きく報道されない)、技術以外の運用システムの面でもかなり不備が多いように思います。

> いま原発が忌避されているのは十分に理解されていないからです。

我が国に導入してから50年も立っているのに「十分に理解されていない」ということは、説明が余程下手なのでしょうか。国民が余程愚かなのでしょうか。前者だとすれば、万一の事態にもちゃんとした説明ができないので、そういう方たちに任せるべきではありませんし、後者であれば、そういう愚かな国に導入するには危険過ぎる技術ということになります。

> リスクはあるが十分に採算の取れる範囲のリスク

その「リスク」を低く見積もっているがゆえに、「採算が取れる」という判断に繋がるのだと思います。東海東南海連動自身でも浜岡は十分に持ちこたえられるし、圧力容器が破損しても首都圏には全く悪影響はないし、短期間に収束可能と考えておいでなのではないでしょうか。それとも、菅氏のいる首都圏など滅びてしまえ、とか?

> 福島原発をそのまま海に放り込んでも全く影響がないこと

即座に全世界に拡散するなら濃度的には大丈夫なんでしょうが……。海洋のことも海洋生物のことも、そんなに詳しく判っているわけじゃないんですから、軽々に断定できるような事ではありません。地殻やブラジルやカリウム40などの件は、もちろん常々周知が必要ですね。自然放射線の各地の推移や、核実験で拡散された核種の影響、半減期や内部被曝、ベクレルやシーベルト、その他、ともすれば「詳しいことはともかくとにかく安全だよ」という説明になりがちだった「説得材料」としてではなく、事実・理論を提示して、それぞれが自分の知識と考え方の中で安全性・危険性について判断していく(「正しく」というのは難しい。何が正しいのかは判らないから)ことが必要であろうと思います。推進論にしても、削減論にしても、こういう観点はずっと必要ですね。

> >なぜ、東京湾岸に原発を造らないか。
> いくら説明しても

大したご説明は頂戴しておりませんが。
可能性は極めて小さいが、万一事故が起きたときに人口密集地では被害が大きくなりすぎるから。僻地ならば万一の際にも影響を受ける人が少なくて済むし、お金を投入することによって地元も経済的に潤うから良い。

そういうことですよね。
いわゆる「迷惑施設」一般に言えることですが、結局「札束でリスクを受け入れさせる」という事なんです。それ自体は、必ずしも悪いとも言えない。しかし原発の場合、そのリスクが明らかにされていない。圧力容器や格納容器が損傷するなど、「絶対にあり得ないこと」と説明してきていた事象が現に起きている(らしい)。
今後の立地には、リスクもメリットもすべて包み隠さずしっかり公開して、その上で進めていかなくてはなりません。従来のやり方から、大転換が必要です。
とにかく「バカヤロウ、大丈夫って言ったら大丈夫なんだよぉ。不安ならちゃんと自分でしらべろぉ。調べてわかんなかったらバカだから知らん」というのは、態度として間違っています。

小出裕章氏のご発言が推進論者のご発言よりも説得力を有しているように、わたくしには感じられます。それを覆すような懇切丁寧でわかりやすく説得力のある説明をされる推進論者がいらっしゃったら、ご紹介下さい。WEBなり書籍なり。一所懸命読んでみたいと思います(できれば日本語がよい)ので。納得出来るかどうかは別ですが。

「サルでもわかる推進論」は無いでしょうか

>成瀬謙三様

仮にサルに分かったとしてもあなたにはおわかりにならないでしょうな。なぜなら、あなたは否定するための理由探しのみが目的の主張をされており、相手の言葉に同意できる点があるかないかを全く検討していないから。

それはブログ主でも同じではないかとの反論はご無用に。だからこそ、私は主観や確定できない事象を根拠とするのではなく、現実に数字として確認されている事実を根拠とすべきだと何度も申しているのに、言を左右して~ではないと断定は出来ない、と繰り返しておられる。サルならもう少し目の前の事実を認識すると思いますよ。
>
>> 現実に数字として表れ、主観を交えずに比較できるのは死傷者数である

>放射線障害の場合にはDNA損壊というレベル。その影響が直後に出てこないこともあり、従来の統計的手法だけで因果関係を明確に述べることができません。DNAの働き自体に多くの未解明要素があるため、安全性の程度を示すことの出来る根拠を作成できません。

だから、可能性のあることは全て事実として根拠にするのが脱原発論者の代わらぬ論調ですな。
>
>> 主観ではなく実際の被害を表す指標があるならどうぞお示しくだされ
>
>指標の一つとして使用できる要素はいろいろあり、死者数もそのうちのひとつです。しかし、『客観的に』実際の被害を余すところ無く表現できるような指標など原理的にあり得ません。「被害」の定義をどう設定するかという問題もあります。

さよう、被害の定義が出来ないんですよ。チェルノブイリのとき、周辺住民は大勢が癌で死ぬだろう、障害児が生まれるだろうと言われ、実際に当時妊娠中絶が急造したとのデータがありますが、実際の所、その後30年に渡っての追跡調査で、自然発生率を超えた癌の発症、障害児の誕生は認められていません。また、当時の新生児に甲状腺癌の発生が増えたとのデータがありますが、そもそも新生児の甲状腺癌発生は3000人に一人であり、それを明確に超えた発症率が認められているわけではないようです。

つまりあなたのおっしゃる、可能性は否定できない、という立派な根拠は証明されていないんですよ。

ただし、長崎広島被爆者達の肝臓障害や癌発症率、またはかつてアメリカがやった核実験に無防備で参加させられた兵士達に癌発症率が増えたとのデータもあり、政府に対する訴訟になっていますが、明確な因果関係が証明されたわけでは無いようです。ただし、広島長崎などでは明らかに殺傷を目的とした放射線レベルであり、影響があったことはデータとして残っています。

>> 原発事故で死んだ人間は、原発50年の歴史で、チェルノブイリの29人だけです。これは不動の数字であり説得力以前の話ですよ。
>
>「明らかに因果関係が証明できた例は」という注釈がつきます。この29人以外は原発によって全く健康被害は無いと断言できるわけではありません。

中略

定性的危険性については基準設定自体に困難性を伴います。

もちろん、何度も言っていますが放射線が人間の健康に無関係だなどと言ってませんよ。しかし、原発事故では確認されていないと言うことです。しかし、癌発症の人が、原発事故による可能性があるから、または否定できないからそれが根拠だというなら、なぜ喫煙や飲酒、ストレス、大気汚染、紫外線、成瀬様のイチャモンが原因かもしれないとの根拠は排除されるのですかね。
>
>> 意図的にサンプリングをした統計
>
>サンプリング自体に意図が内包されます。純粋に客観的で意図性が排除されたサンプリングは不可能です。この件で言えば、「原発で死んだ人間」をどのように定義するか、調査範囲をどうするか、調査期間はどのくらい取るか、調査の方法をどうするか、ということを決めなければなりません。

ところが、その基準を決める根拠がない。

>被害を多く見せようとか少なく見せようとか特定の恣意的態度を持たなくとも、サンプリングにとりかかる前提段階で何らかの「意図」が入らなければ、調査そのものができないのです。

だから、このような統計は根拠とならないと言っているんですよ。

>> 被害がないとは言えない、でも被害があるとはなおさら言えない。
>
>それは仰るとおりでして。その場合、どちらに着目して対策を取るか、ということです。「危険かもしれないし、大丈夫かも知れない」という場合、「危険かも」という前提で物事を考え、必要な対策とコストを吟味し、十分に管理可能なリスクならばその管理を考えるし、管理不能と判断すれば廃棄するしかないわけです。

はい、フェイルセーフは必ず必要です。だから、私も通常時なら、今の放射線安全基準はかまわないと言っているんですよ。有ってはならない物が検出されること自体異常事態ですから。前にも書きましたがね、食品に1ppmの青酸カリが検出されたら、本来そんな物が含まれてはならない物なので、即座に全量廃棄処分が適切でしょう。しかし、実際は1ppmの青酸カリを含む食品を食べて死ぬためには、平均致死量300mgとして、300キロの食料を一時時期に食べなくてはなりません。おそらく、食べ過ぎで死ぬと思いますがね。

しかし、飢餓状態の時に、それを理由に政府が食料出荷制限をしたらそれは政府の殺人行為ですね。あなたのいう危険かもしれないとの判断からその対策を採るのはこれに等しいですよ。

全く健康被害のない放射線レベルの水道水を摂取制限したことでペットボトルの水の奪い合いになり、乳幼児や高齢者が脱水症になる危険性を政府は冒したんですよ。なぜなら、あの汗かき無能長官は、ペットボトルの水が入手できない場合は水道水を乳幼児に飲ませてもかまわないと言っていたんですから。

あなたのいう万が一の安全策を採るのは平時です。緊急時には、基準を変えるのが当然であり、それでも健康被害は起きないという二重基準があるんですよ。

ですから、仮に原発事故が起きたら、この緊急時基準を用いることが前提となっていれば全く問題はないので、先のコメントにもあった、強制避難命令で健康を害したり亡くなった病人、高齢者、財産を失った住民の現実のリスクと、実際に広島長崎、チェルノブイリのデータから健康被害が認められない基準を用いて避難命令を出さない場合の、可能性のあるだけのリスクとどちらを採るかの判断を、あなたはどう考えるのか、一切ご説明がない。

サルなら、現実のリスクを避けるでしょうね。
>
>> 明らかな人災を、直接の原発事故によるものに組み入れるなら
>
>ヒューマンエラーの要素は、必ず組み入れなくてはなりません。リスク管理の基礎です。安全工学上、人間は間違えるもの、危急の際に最悪の判断をしかねないもの、という前提でシステムを構築します。総理や東電幹部や保安院のダメさ加減がひきこ起こした事象も、すべて「原発技術が未熟であった」要素の一つなのです。

私もそれを否定はしませんよ。だからそれを含めて許容できるリスクと言っているんです。新幹線や飛行機のリスクにはヒューマンエラーも当然含まれていますよ。しかし、ヒューマンエラーだからコントロールできると言うことであり、だからこそ、新幹線は日本では死者を出して居らず、飛行機事故も減ってきています。ただし、飛行機が大きくなった分、一度の事故での犠牲者数は増えていますが、そのリスクを人間は受け入れているんです。

ヒューマンエラーという意味を理解しましたか?


>知人の関係者が、何名も体調を崩して亡くなりました。知人は葬儀ラッシュに参っておられます。

あなたの葬儀が加わらなければよいのですが。

>「原発による死者数の定義」によって、その数字は変わります。その定義設定を「恣意的」とは言いません。「直接の死者数」という定義自体、とても難しい定義なのです。お答え可能なら閣下の定義を伺ってみたい。

地震や津波以外の被害者で、明確に原発の放射線が理由である死者という定義をなさってからどうぞ持ち出してください。避難生活によるストレスは、事故でもヒューマンエラーでもモンキーエラでもありません、人災ですので。これで何度目でしょうかね、同じことを言うのは。

>> 当時の放射線レベルの数千分の一の福島原発事故で、これから健康被害が表れると仰るその根拠は何なんですか。

>「被害が表れる」という断定はしておりません。「表われない」という断定も原理的に不能です。ただ、濃度の他に量の問題があると思います。核実験で放出された量と、原発で放出されている量とをどう評価されますか。広島長崎で使用されたウランの量と、未だ放出され続けている多種の放射性核種の量とをどう比較されますか。

 実際に今出ている放射線レベルで、明確な死者が増えている根拠があるなら意味のある言葉ですな。可能性なら、30年後にニキビが一つ出来てもあの放射線のせいだと考える人は考えるでしょうから。

>即死するような状況ではないし、来年再来年死ぬようなことはないでしょう(JCOの大内氏だって、83日はご存命だったのです)。大量の物質は概ね拡散されるとは言え、量が多いだけに局所的危険性は低くないと思いますが。大丈夫大丈夫と言われる方々の根拠も、「今まで大丈夫だったじゃない」くらいのものしか無いのです。原理的にどう大丈夫かを生物学的に説明されたお話は耳にしておりません。

放射線物質が発見され多くの研究者達がその危険性を認識しないまま取り扱って死んだのは100年前のことです。X線を浴びるのが流行して、多くの人が死んだのは150年も前のことです。しかし、正式に放射線の危険性が認識され、厳密な調査が始まったのは六六年前からです。その間、放射線の人体への危険性が研究され、また大勢の一般人がその対象になりました。その成果から、今の原発の放射線レベルでは、絶対に将来健康被害が表れる可能性はほとんど無いと言えますが、もちろん、誰かが癌になるかもしれず、誰かが白血病になるかもしれません。その原因が明らかではないから、ひとくくりに原発のせいだとしてしまうのがお花畑論理なんですよ。

>> どのような被害が出るとの確信がおありなのですか?

>「被害が出る確信がない限り、被害がない」という考え方で安全を語るべきではありません。

ゆえに、これは無意味

>> 現実に被害が出るかと言えばとうていその許容レベルでは出ないことが確実に分かっています。

>確実にはわかっていませんって。断定できる性格のものではないのです。
>「統計的に被害が極めて少ないと考えられる」としか言えません。「確実に」という表現は不正確、というより誤りです。「統計的に」というのは、個別事象を保証するものではありません。「言葉の遊び」などではなく、重要なことです。この違いはとてつもなく大きいのですから。

地震や津波の可能性を放射線の危険性の可能性と同列に論ずるとはご都合主義にもほどがありますな。

地震や津波は、いつ起きるかいくら予想しても確実ではありませんが、しかし、いつか必ず起きるだろうことは確かです。それに備えるのは、いつ起きるからという時期的な統計とは無関係です。統計もヘチマもなく、確実に起きることが前提です。

放射線の危険性については、これ以上のレベルをこの時間内の浴びれば明らかに被害が出るとのデータが確立しています。平時の基準はそこから安全マージンを三桁くらいってきめている、と何度言ったら分かるんですかね。平時の基準を超えたから、すぐに健康被害がある、可能性があるというのは理論的に破綻していると自覚できませんか?つまり、原発のリスクとは、人間の決めた基準に照らした物であり、いわば人間のさじ加減次第と言うことですよ。

この両者をあなた、一緒くたにして、屁のような理屈を・・

>「今まで大丈夫だったから、今後も大丈夫」……大事故が起きる前の典型的姿勢です。第一原発でさえ、今回このような事態になりました。首都圏の西南西200kmに位置する浜岡で事が起こった場合、「大変」では済まされない事態が予想されます。だから、第一原発が収束して実況見分が詳細に行われ、今回事象の原因(ハード、ソフト共に)が明確にされてその対策が万全に行われるまでは、少なくとも浜岡はマズイんじゃないか、危険過ぎる、と思います。原発の圧力容器が損傷しているとの報道もありますが、それこそ致命的事態なのですから。

どうも人の言葉の理解が足りませんね。事故が起きても、その損失は他のエネルギー源よりも少ない、許容できる範囲だと言ってるんですが。今、事故の真っ最中だからクローズアップされているけれど、今までの五〇年、延べ数百基の原発で起きた事故は三件ですね。それでも何を言わんとしているか理解できませんか。

>それは人によって判断の分かれる事かと思います。わたくしは両方一所懸命にやるべきだと思います。わたくし自身は、地震国日本における原発はまだ実証試験段階でしかないのだと思います。

それは私見として伺っておきましょう。しかし、新幹線でも車でも飛行機でも、絶対に事故を起こさない確証が得られるまでは常に試行錯誤が必要だとは私も思いますがね。ただし、日本の原発が地震大国であるという特殊事情と併せて、今回の認識の甘さなどを盛り込んだ安全対策の強化が必要だとはむろん、日頃から主張しているとおりです。

>大いに研究を続けなくてはなりませんが、少なくとも現在のような「原子力村」社会に閉ざされた状態で進めるくらいなら、止めたほうが良いとも思います。安全で安定した技術ではないので(実際、稼働率がものすごく悪い)、こんなものに我が国経済の先行きを委ねるのは危険であるとすら思います。

どれほどの危険性の大きさを、何と比べておられるかは未だ定かではありませんが、化石燃料の確保がきわめて不安定であり、我が国を取り巻く国際情勢もそれに輪をかけているとの事実は無視されておられるようです。そんな危険性など、原発に比べたら屁のような物だと仰るなら、ここで認識の差ですな、で終わる話です。

>> エネルギー密度の高さが、それだけ管理しやすいからであり
>
>逆です。エネルギー密度の高さゆえ、少量で大きなエネルギーを取り出すことができ便利で効率も良いのですが、反面で扱いに困る廃棄物を産出しひとたび事故が起きれば原因究明も応急処置すら極めて困難な状況に陥ってしまう、大変扱い困難なエネルギー源です。

密度の低いエネルギー源の危険性は、最初から拡散されているために認識しにくいと言うだけのこと。まあ、その説明を繰り返す必要もないのですがね。

エネルギー密度が高いから、事故数も犠牲者数も桁違いに小さいという認識をもてないわけですな。

>我が国に導入してから50年も立っているのに「十分に理解されていない」ということは、説明が余程下手なのでしょうか。国民が余程愚かなのでしょうか。前者だとすれば、万一の事態にもちゃんとした説明ができないので、そういう方たちに任せるべきではありませんし、後者であれば、そういう愚かな国に導入するには危険過ぎる技術ということになります。

両方ですね。しかし、人間は感情の動物です。我が国は特殊でしょ。政府としても国民としても積極的に触れられない状況にあったことはご存知でしょうな。しかし、それが裏目に出ているんですよ。

>
>> リスクはあるが十分に採算の取れる範囲のリスク
>
>その「リスク」を低く見積もっているがゆえに、「採算が取れる」という判断に繋がるのだと思います。東海東南海連動自身でも浜岡は十分に持ちこたえられるし、圧力容器が破損しても首都圏には全く悪影響はないし、短期間に収束可能と考えておいでなのではないでしょうか。それとも、菅氏のいる首都圏など滅びてしまえ、とか?

首都圏の原発といえば東海原発でしょうが、最大最悪の運転継続中の爆発があっても、その被害は、結局チェルノブイリ並でしょうし、そしてチェルノブイリも現実には至近距離以外の避難が必要ではなかったとのデータも出てますよ。しかし、運転継続のままの爆発や再臨界の危険性はきわめて低い、ゼロではないとは事実上ゼロ(by 斑目)

>> 福島原発をそのまま海に放り込んでも全く影響がないこと

>即座に全世界に拡散するなら濃度的には大丈夫なんでしょうが……。海洋のことも海洋生物のことも、そんなに詳しく判っているわけじゃないんですから、軽々に断定できるような事ではありません。地殻やブラジルやカリウム40などの件は、もちろん常々周知が必要ですね。

核実験時代の説明をもう一度読んでください。分からなければ100回くらい。プリントして、煎じて飲むのも良いかもしれません。


>そういうことですよね。
>いわゆる「迷惑施設」一般に言えることですが、結局「札束でリスクを受け入れさせる」という事なんです。それ自体は、必ずしも悪いとも言えない。しかし原発の場合、そのリスクが明らかにされていない。圧力容器や格納容器が損傷するなど、「絶対にあり得ないこと」と説明してきていた事象が現に起きている(らしい)。

まあ、繰り返すように、リスクがゼロではないのだから、そのきわめて低いリスクも軽減すべきだと言うことだし、リスクは金に換算されます。保険に加入されておられれば理解されるかもしれませんが。


>今後の立地には、リスクもメリットもすべて包み隠さずしっかり公開して、その上で進めていかなくてはなりません。従来のやり方から、大転換が必要です。
>とにかく「バカヤロウ、大丈夫って言ったら大丈夫なんだよぉ。不安ならちゃんと自分でしらべろぉ。調べてわかんなかったらバカだから知らん」というのは、態度として間違っています。

とんでもない奴ですな。どこかにいるんですか。私の知っているさるブログ主は、訳の分からないコメントを寄せる訪問者に、懇切丁寧に答えていますよ。政府も電力会社も少しは見習ってほしいものです。


>小出裕章氏のご発言が推進論者のご発言よりも説得力を有しているように、わたくしには感じられます。それを覆すような懇切丁寧でわかりやすく説得力のある説明をされる推進論者がいらっしゃったら、ご紹介下さい

それなら是非「日本のあり方を考える」というブログを参照されることをお奨めします。とくに感情論で根拠をねじ曲げる訪問者のコメントなどにもきちんと答えていることで、日本中で有名です。

まあ、自然再生エネルギーがなぜ駄目なのか(将来は分かりませんがね)、火力発電より原発を優先すべきなのか、きちんと書いているけれど、サルには分かっても理解できない訪問者にいま手を焼いているようです。じっさい、件の問題訪問者は、最近の当該ブログのエントリーなど読んでないんでしょうね。

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。