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海外支援に対して

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 今回の大震災に対し、海外から寄せられた有形無形の支援は非常に膨大な物で、正直言って感激と同時に驚いてもいる。
 
 当初、情報が錯綜していたため、日本の救援活動は途上国よりひどいとの報道もあった。なにしろ、途上国では4日も有れば被災者に救助の手がさしのべられるのに、日本では10日経っても被災者が水も食料もない状況に放って置かれている。先進国なのに信じられないと言うわけだ。
 
 阪神淡路大震災の折は、周辺から被災地に歩いてゆけたし、周囲に物資が豊富にあった、そして何より範囲が狭かったので交通インフラの回復もきわめて早くできたから、2日目には救援物資が被災地に届いた。
 
 しかし、今回の場合は津波で交通路がずたずたにされ、細かく方々に散在している避難所の把握も被災者の存在もつかむこと自体が困難であった。それだけ未曾有の災害であり被害が広範囲に渡っていたのと、なにしろ津波による破壊がそれだけすさまじかったと言うことだ。
 
 阪神ではライフラインが早急に復旧したが、今回の場合はそれもままならず、とにかく幹線から復旧しそこから枝葉に復旧を拡大してゆくしかなかったため、被災地によってはなかなか救援の手が届かなかったのもやむを得ない面があった。そのようなことが海外には伝わっていなかったのだ。交通インフラが寸断されていたため、ガソリンの供給がままならず、それが日頃車に頼っていた地域の復旧を妨げた面もある。
 
 特に、震災発生後3週間経ってもまだ物流が滞っている大きな原因は、ガソリンスタンドの半分近くが被災して機能せず、油槽所が被災し、そして、他地域からの供給も距離の問題があって思うようにならないなど、ガソリンに頼る交通の弱点が出てしまったということだ。
 
 ただし、民主党政権のきわめて稚拙で不手際な行動が、混乱を広げ、救援を遅らせた面が膨大にある。これは海外でもすぐに知られ、高貴な国民と愚昧な政府という対比で盛んに報道されている。
 
 また当初の情報が十分でなかったために、とんでもないデマ報道が海外では多数あったし、なにより、世界第二位の経済大国で技術大国の日本にそれほどを支援は要らないのではないかとの思いもあったようだ。
 
 だが被害の実態が明らかになって来るに連れ、これは本当に未曾有の大災害で、日本は本当に助けを必要としていると理解され始め、それと同時に非常に多くの国から支援が集まってきた。
 
 これは本当に意外なほどだが、ハイチの災害やアメリカのカトリーナサイクロン被害の時よりもずうっと支援の幅が大きい。いろいろな理由はあるだろうが、
 
 1)災害発生と同時に海外に衝撃を以て伝えられた日本人の精神性の高さが、このような国は助けなければならない、という意識を呼び起こしたのではないか。日本人は当たり前だと思っているが、災害に乗じた略奪や犯罪の蔓延が無く、人々は譲り合いいたわり合い、乏しい物もじっと並んで待ち、少しもあわてた様子がない、便乗値上げもないというのが世界では衝撃を受けるほどすごいことなのだ。
 
 むろん、私たちから見れば、パニックに陥って買いだめをする人たちも多かったし、火事場泥棒を働く輩もいた。だが、それでも海外からすれば取るに足らないことであり、日本人の精神性、市民意識は人類の進歩の目的ではないのか、と言わしめている。
 
 今まで日本というと欧米とは全く違う文化圏であり、非西欧国家でありながら世界屈指の先進国であり、経済大国であり、最近は様々な文化面でも知られるようになった。だが、このような災害が起きて、真の日本の精神文化の完成度が認識されたと見て良いのではないか。
 
 これは私たちが誇りにして良いことだと思う。決しておごり高ぶることなく、日本人が世界の目標になりうる精神文化を有している事を誇りに思って良いと思う。尤も、私は以前から、日本が世界で突出して先進国であると主張はしていたから、全く意外ではない。
 
 とにかく、このような日本を助けなければならないと言う意識を世界の人たちが持ったのだとすれば、本当にありがたくうれしいことだ。
 
 2)今まで世界で災害が起きるたびに、日本はいち早く行動を起こし、経済的支援や現場での救援作業のための人員を派遣し、そして他国が引き上げたあとも現地に残って復興を助けるなど行動をしてきた。また海外に派遣される自衛隊などのスタッフの規律、能率、作業性の高さは常に他国からの救援部隊の手本になっていたという。
 
 このような日本の日頃の姿勢が、多くの国から今返ってきているのだと思う。これもまたありがたくうれしいことだ。


《》は引用

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中国、震災「日本応援コール」の背後に「道徳崩壊寸前」への深刻な反省

2011.3.31 10:30

一部抜粋

 未曽有の大震災がわが国を襲って以来、隣の中国では、かつて見たことのない「日本応援コール」が巻き起こっている。

 震災直後、ネットとマスメディアで上がってきたのはまず、日本人に対する称賛の声だ。災難に際しての日本国民の冷静沈着さと秩序感覚、非常事態の中でも他人様(ひとさま)に迷惑をかけない心構え、さらには「震災後の品不足の中でも便乗値上げが見られない」という「不思議な」現象など、日本では「当たり前」とされる事柄のすべてが、多くの中国人に多大な衝撃を与えて、彼らを大いに感心させたようである。

 そのことの持つ意味は非常に大きい。日本国民が自らの行いをもって、江沢民政権以来の反日教育が中国国民に植え付けた「悪魔的な日本人像」の一角を崩したことになるのと同時に、中国人自身の意識変革の発端ともなりうるからだ。

 というのも、震災に際しての日本人の諸々の美徳に対する称賛の背後にあるのは、まさに中国社会の「美徳の喪失」への深刻な反省なのである。そう、多くの中国人は、まさに日本国民の行いを鏡にして、「道徳崩壊寸前」といわれる中国社会自身の醜さを照らしてみて、「われわれは一体どうなっているのか」と自問しているのである。

 その一方、「日本支援」を主張する一部の有識者やマスメディアの論調の中には、たとえば次のようなものもある。曰(いわ)く、「わが中国は文明度の高い大国であるから、懐の深さと包容力の大きさを持っている。したがってわれわれは、日本民族の犯した罪を傍らにおいても、今の日本人民に救いの手を差し伸べるべきだ」と。

 このような論調は明らかに、「歴史」の視点から日本への一方的な断罪を求めながら、「日本人に懐の深さを見せてやろう」というものだが、その背後にあるのはやはり、中国人自身の「屈折した被害者意識」と、近隣国を上から見下ろすような相変わらずの「中華思想」であろう。

石平氏記事

また、次のような事も確かに中国での変化の一つとして受け取っても良いのではないか。

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日本から遠く離れた雲南省昆明で開かれた中国メディアも報じない涙の震災追悼式

一部抜粋

 そうしたなか、中国の各地で民間レベルの募金運動が盛んになっている。各都市の繁華街、学校、ショッピングモールなど至る所に募金箱があった四川大地震(2008年5月12日)の後ほどではないが、上海や北京などの大都市では街中で募金活動が行われている。日本人留学生や知日派の中国人大学生などが中心となって追悼式を行う動きもある。

 こうした募金活動や追悼式が行われていることは中国メディアによって国民にも伝わっているが、すべてが報じられているわけではない。

 中国の他省と比較して相対的に日本とのつながりが薄い中国西南部の雲南省。震災前日の3月10日に同省西南部にある盈江県で25人の死者を出したマグニチュード5.8の地震「盈江地震」が発生したばかりだ。そんな同省の省都である昆明でも、語学学校の主催で「311日本地震愛心活動」という追悼式が行われ、中国でも最少規模の日本人ビジネスマンコミュニティである雲南日本商工会の会員も招待された。今回は、中国の大手メディアが報じていないこの追悼式の一部始終を紹介したい。

 76人の地元の社会人や学生らが集った会場には、蝋燭の灯りでハートと地震発生日の311を描いた空間があり、日本式生け花が生けてあり、プロジェクターで震災直後の映像が流れていた。式が始まると、司会者が日本の被害状況を伝えた。「同じアジア人だからこそ、中国と日本は一衣帯水であり協力しなければいけない。四川大地震の時には、日本人は真っ先に救援に来てくれた」等、中国と日本との関係を語り、それに続いて式に参加した人たちの紹介が行われた。

 まずひとりの中国人女性とその母親が紹介された。東京に1年半留学し昆明に戻ってきたばかりという留学生とその母親だ。母親が涙ながらに「日本人に助けられた。娘は帰ってきてからも日本のいいことばかりしか話さなかった」と語った後、「震災で両親が心配しているのでやむなく帰国の途についた」と娘が語り始めた。

その女性は、大地震当時は卒業式の場に居て会場が大きく揺れたものの、先生らの適切な案内のおかげで問題は発生せず、その後帰国便に乗ったという。そのあいだ見た日本国内はどこにいっても混乱はなく、日本人に助けられたという。やはり涙ながらに日本の良いところばかりを語った彼女は、本当は多くの日本の友人や恩師らとともにまだ頑張りたかったとし「早く日本に戻れれば嬉しい」と話した。

 彼女が話し終わった後、司会者は昆明の地元新聞で報道された震災関連の記事を朗読した。その記事とは、昆明だけでなく中国各地の新聞で紹介されているもので、宮城県女川町で中国人研修生20人を避難させるために逃げ遅れ津波の犠牲となった日本人男性の話だ。そこでまた多くの参加者が涙した。

 その後参加者から募金を募り、計2万元弱(約25万円)が集まった。参加者数で単純に割れば、ひとりあたり250元強を募金した計算となる。日本円に換算すれば3000円強にすぎないが、所得水準から考えれば日本人感覚で2万5000円ものお金を一度に払ったことになる。加えて、千羽鶴と手紙を「日本の御友人方に渡してください」と雲南日本人商工会会員の日本人らに言って渡し、約1時間にわたる式は終了した。

 以上、日本とは縁の薄い中国の内陸地方都市で民間人が主催した追悼式の様子を紹介した。このイベントは対外向けではないため、中国メディアは取材しておらず、従ってニュースにもなっていない。インターネット上の情報だけを見ると、日本の最新ニュースの単なる追随であったり、時には心ないコメントも散見される。しかし、一方で少数派とはいえ、昆明のような動きがあることも我々日本人は知るべきである。
 
 だからといって、中国の対日姿勢が変わったわけではないが、中国自身がもてあましている行き過ぎた反日政策の修正にはつながるのではないか。結果を見なければ分からないが。
 
 今後の問題として、日本が海外からの支援にどのように応えるかがある。かつてイランがクエイトに侵略した際、国際的な支援が寄せられ、むろん日本は破格の100億ドルの支援を行ったが、事が終わってからクエイトが新聞に掲載した各国へのお礼広告に、日本の名前がなかった。結局彼らは未だにその不手際を謝罪していない。アラビアの誇りという奴だが、今回の日本も様々きわめて非礼な扱いをしていることが散見される。事態が収束してから、民主政府が支援してくれた相手を怒らせるようなことをしなければよいが。
 
 むろん、相手から伝えられた報道には一方的な物もあるだろうし、すべてが日本側の責任とは言えない。もともと、被災地では支援チームを受け入れるにもその人手が足りず、言語の違いが通訳の手配を難しくしているなどの問題があるから、すべて食料や宿泊、移動手段、さらに通訳まで自前でやってくれる支援チームでない限り受け入れられない。
 
 ただし、それでも日本で医師免許を持っていない外国人医師の医療活動が認められなかったり(今は受け入れているのだから、最初から受け入れれば良かった)、被災地まで物資を運んでくれと要求されて困惑した中国の話とか、救援物資をヘリコプターから落とすのは違法だからするなと言われた米軍など、本当ならとんでもないと思える話がいくつもある。そして、電池が役人仕事で現地に届かずメーカーが独自に届けなどの話が有るように、このような杓子定規の応対が有ったとは想像できる。
 
 また、海外に対する情報がきわめて不十分であり、そのために今でも海外では過剰反応が続いている。それは、災害復興の一つの手段であり、政府がきちんと行わなければならないことだが、政府は国内向けのパフォーマンスに明け暮れ、海外に対する情報発信をほとんどしなかった。
 
 また、今回改めて認識したのはアメリカの全面的な支援と、その規模と実力だった。アメリカがこれほど力を入れて他国の支援に当たった事はない。ある面、戦争状況と同じレベルの活動をしてくれたのだが、このアメリカと中国(今回はそれなりに支援はしてくれたが)を等距離だと言っていた民主、アメリカとの関係を徹底的に損ない、このような状況になって丸投げしている民主党の卑劣さが改めて浮き彫りになっている。暴力装置であるはずの自衛隊に丸投げし、今はそれをおくびにも出さない仙石氏が、今の民主党の中核なのだ。
 
 むろん、アメリカのこれほどの支援にはそれなりのアメリカとしての国益が絡んでいる。原子力推進政策に水を差してはならないと言う思いもある。だが、それ以上に、支援をしながら一方で民主政権を信頼していないのは、アメリカにとってもう民主党は交渉相手ではないということだ。
 
 情けないことだが、今回民主党とアメリカのどちらが頼もしく見えたかは、国民にとって嫌でも焼き付いたのではないか。



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