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捨てられた空き缶

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 最近、どのメディアも菅総理の無能さ、無責任さを口を極めてあげつらうようになった。これもまた見苦しいというか世論に阿る連中の常だが、実際に空き缶総理がもうほとんど露出せず、枝野氏に丸投げし、最近では他の大臣達が何かを言ってはひんしゅくを買っている始末。
 
 空き缶は事実上捨てられているのだろうと推測するが、実権を握っているのはおそらく枝野氏の親分、あの極道仙石氏だろう。
 
 震災が起きてから各省事務次官会議が二日毎に開かれており、各省庁の意見交換の場になっているが、これは政治主導を理由に、民主政権発足時から廃止されていた会合だ。そこでも、結局は政府が役人に責任を押しつけているだけであり、今までのいきさつからおいそれと役人が言うことを聞くわけがない。
 
 実際、無能な民主政権の下、前にもまして天下りが激増し、財務官僚の言うがままに増税論が台頭してくるなど、官僚抜きで政治が出来るはずがない民主党の無知ぶり、無能ぶりがまた際だってきており、しかも単に無能では済まない末期的な危険性を帯びてきている。
 
 次のような論評があるが、正鵠を射ている。
 
 《》は引用
 
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「独善」「場当たり」の首相 大震災に現れたヒトラーの亡霊

2011.3.27 13:08

 赤文字は私の注釈
 
 北澤俊美・防衛相(73)の好きな言葉に「文民統制=シビリアン・コントロール」があるが、生半可に理解している節がある。アドルフ・ヒトラー(1889~1945年)は第二次世界大戦においてドイツ国防軍や親衛隊を指揮・統率したが、ヒトラーは「文民」であるからして、独軍は「文民統制」されていたことになる。そのヒトラーの指揮・統率ぶりはつとに知られる「独善的」に加え、意外にも「場当たり的」面も少なくなかった。
 
 ヒトラーは占星術によって戦略を決めていたと言われている。
 
 「独善的」「場当たり的」といえば、東日本大震災における最高指揮官・菅直人首相(64)の“指揮・統率ぶり”そのもの。国家危急を前に、とんでもない指導者が現れる歴史の悲劇は、世紀をまたいで繰り返される。
 
 もともと無能で、単にパフォーマンスだけで目立っていた人間は、追いつめられるとこうなる。能力的には、空き缶はヒトラーの足元にも及ばない

 ヒトラーによる「場当たり的」指揮・統率の背景に、自身が持つコンプレクスがある-という分析は興味深い。
 
 空き缶は自分能力に自信がないから、虚勢を張ってきた。そして、パフォーマンスと責任逃れ、その場限りでしのいできた。
 
 ヒトラーはドイツが誇る軍参謀本部に陣取る参謀からの戦略・戦術・作戦について進言を折々に、意識的に退けた。将校は原則として、士官学校を皮切りに、昇進する度に各学校・教育課程に入校を繰り返す軍事のプロ。中でも参謀本部の参謀はえり抜きのエリート集団である。その情報収集・分析力はヒトラーの及ぶところではない。しかし、ヒトラーはあくまで我を貫いた。第一次世界大戦(1914~18年)では、大日本帝國陸軍でいえば兵卒最上位の兵長か、次位の伍長勤務上等兵に過ぎなかったヒトラーの、エリート将校への反発は、尋常ではなかったとも言われる。
 
 これは国家の主流になれなかった民主党の連中の、役人やベテラン政治家に対するひがみと共通する。彼らの目的は、単に自分たちの力を誇示することであり、そのために自分たちを長い間排除してきた官僚や保守系政治家を無視する

 例えば第二次大戦(39~45年)で、参謀本部はフランス東部の独国境沿いに構築した堅牢な仏軍マジノ要塞群(線)の突破は不可能と判断し、仏攻略に消極的だった。ただし、消極的ながらも参謀本部は、第一次大戦前にドイツ陸軍元帥アルフレート・フォン・シュリーフェン伯爵(1833~1913年)立案の「シュリーフェン・プラン」を応用した作戦を、ヒトラーに進言した。原案は、ロシアをにらむ東部戦線には最小限の寡兵で警戒し、西部戦線右翼の主力はベルギーの中立を侵犯、旋回を強行し、北仏に回り込んで、仏軍などをマジノ線背後で殲滅する-流れを基本としていた。
 
 砂漠の狐と恐れられたドイツのロンメル将軍は、同盟国もが恐れ賞賛するほどの優れた軍人であったが、ヒトラーとの確執で主戦場であるヨーロッパ戦線から遠ざけられた。そして、最後はヒトラー暗殺を企て、部下の裏切りで自殺に追い込まれる。ヒトラーはロンメルの側にスパイを置いていたのだ。


コンプレクスが自信に


 一方、参謀本部へのコンプレクスに加え、第一次大戦で悲惨極まりない塹壕(ざんごう)戦を経験したトラウマも手伝い、ヒトラーは参謀らの上申を極めて不快に感じ、参謀本部が却下した「マンシュタイン・プラン」を、あえて採用する。「マンシュタイン・プラン」とは、エーリッヒ・フォン・マンシュタイン陸軍元帥(1887~1973年)策定の作戦で“売り”は本来、戦車・重砲の迅速・大量通過が困難とされる森林地帯を突破・越境するという点にあった。参謀本部案が連合軍側に漏洩していた可能性を危惧した面もあろうが、作戦の持つ華麗さも、ヒトラーの気を引いたようだ。

 結果は、作戦の意外性に加え、連合軍側の下策や仏軍の旧態依然の軍事思想、指揮命令系統の乱れなどにも助けられ、マジノ線は破られ、連合軍にダンケルク撤退を強い、パリは短期間で陥落する。参謀本部も予想外と驚く「ほぼ完勝」を呼び込んだ。

 ヒトラーのコンプレクスは自信に変わり、自らを「軍事的天才」と思い込み(否定できない部分もある)、周りもプロパガンダとして流布させた。以後、参謀本部の作戦計画をますます退け、退けては悦に入った。かくして、ドイツは滅亡への速度を加速させていく。


重なる菅首相の脅え顔


 菅首相も大震災以前から「政治/官邸主導」と称して、文民参謀=官僚らの才を無視。政策の落ち度は官僚のせいにした。原発建屋爆発や放射能漏れが現実となるや東京電力も恫喝した。大震災と東電福島第1原発事故の渦中に行った自民党総裁への大連立構想打診にあたっては、盟友の仙谷由人・官房副長官(65)にさえ知らせぬ「独裁者」(民主党ベテラン)ぶりを発揮した。

 軽視され、秘密裏に軍事作戦を立案され続け、恫喝された揚げ句、負け戦の責任を転嫁された参謀本部参謀や一部将軍と、ヒトラーとの関係を彷彿させる。ヒトラーはマンシュタイン元帥の作戦を大きな感銘を持って聴いた後、元帥を下がらせてから側近に語った。

 「ずば抜けて賢明で、見事な作戦立案の才を持っている。だが、私は彼を信用しない」

 信じる者を持たず、孤独で神経質なヒトラーの陰鬱な表情が、わが国宰相の虚ろな脅え顔と重なる。

 ところで、第1次大戦敗戦に伴うGNP(国民総生産)の20年分の賠償金や、世界恐慌によりドイツが大量の失業にあえぐ中、ヒトラー率いる国家社会主義独労働者(ナチス)党は「年金支給額」や「失業保険」を大幅に増大・強化する“公約”を掲げ急成長する。
 
 実力のない政治家は、ばらまきで国民をだます。一度権力を握れば、絶対に離さない。

 衆愚は、いつの世にも「独裁者」の、耳に心地よいだけの、派手さだけが取り柄のパフォーマンスに幻惑させられる。(九州総局長 野口裕之)

 私の推測だが、各メディアの空き缶に対する報道の豹変ぶりからも、空き缶が棚上げされ、何も言うな、何も考えるな、と周辺に押さえつけられているのだろうと思われる。
 
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孤立する菅首相…会見は枝野官房長官に一任、復旧は仙谷副長官が掌握

日本の菅直人首相が東日本大地震の収拾局面で存在感を喪失し孤立していると日本経済新聞が27日に報道した すべての発表を枝野幸男官房長官に一任したまま裏手に退いているところに災害復旧担当に任命された仙谷由人官房副長官が首相官邸を掌握し始めたという。

日本政府は26日、馬淵澄夫前国土交通相を原発事故担当首相補佐官に任命した。馬淵前大臣は仙谷前官房長官とともに昨年末に参議院で問責決議を受けた人物だ。彼の再登用は一足先に復権した仙谷官房副長官が主導したという話だ。“問責組”が完全復活したわけだ。

馬淵前大臣が首相補佐官として入り、菅首相の右腕と呼ばれた寺田学補佐官は首相官邸を離れることになった。これに先立ち仙谷前長官が官房副長官となり、官房副長官だった藤井裕久氏が首相補佐官に移ったため菅首相の左腕格である加藤公一補佐官も押し出されていった。

日本経済新聞は民主党の前閣僚の話として、「とうとう菅は1人になった」と伝えた。同紙は、「実質的影響力を行使する仙谷副長官の部屋には政府官僚と与野党の政治家ら詰めかけているのに対し、菅首相を訪ねる人は減っている。菅首相は隠遁中」と付け加えた。孤立した菅首相は与党議員らに電話をかけ、「いつでもきてくれ。時間は作れる」として寂しさを訴えている。



 これが事実かどうかはともかく、菅氏の露出が減ったのは事実。そして、きわめて昨今の政府の動きに合致しているので、事実だろう。それにしても、お友達の韓国紙に書かれるようじゃ立つ瀬がない。自業自得で、別にかばうつもりはないが。
 
 
 
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枝野氏、首相視察が作業妨害の報道を否定


 枝野幸男官房長官は28日午前の記者会見で、11日の東日本大震災発生直後に東京電力福島第1原子力発電所で炉心溶融の可能性があることを把握しながらも、12日早朝の菅直人首相の現地視察で処置が遅れてしまったとする一部報道について「前提の事実が違う」と反論した。その上で、政府の対応に問題はなかったことと、首相の視察が処置を遅らせた原因ではないと強調した。

 また「首相が出発する午前6時になってもベントが始まっていなかったので、『早くベントを行うよう』との指示を東電に繰り返していたが、現場の作業は同9時4分になるまで始まらなかった。ベントがあるのを前提として視察は行われていた」と述べた。

 ベントが遅れた原因については「東電側からその時点では、十分な説明は得られなかった」と述べるにとどめた。

そりゃ、報道の通りだとは言えないだろう。でも、こんな事を書かれるほど、菅氏は嫌われていると言うことだ。災害対策の最中に、その責任者のトップをここまで報道するのは、尋常なことではない。枝野氏もそのあたりを理解した方がよい。そして、下手な言い訳をしないことだ。


それに、こんなじゃ、捨てられても当然だろう。

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首相の官僚不信?地震後急増の内閣官房参与

 東日本巨大地震の発生後、菅首相のブレーン的な役割を担う内閣官房参与が急増している。

 首相は近く田坂広志多摩大教授を参与に任命する方針で、正式決定すれば発生から6人目で、計15人となる。ただ、民間スタッフに傾倒する首相の姿勢には、政府内からも「官僚不信のあらわれ」「指揮系統が不明確になる」などと懸念する声も多い。

 首相は28日も首相官邸で、松本健一参与と被災地の復興計画について、意見交換した。参与は「首相の諮問に答え、意見を述べる」と定められ、首相が任命する非常勤の国家公務員だ。人数に制限はなく、守秘義務が課される一方、勤務すれば日当2万7000円が支給され、首相官邸や内閣府に執務室が用意される。

 首相サイドは「地震や原発事故の非常時で、あらゆる知見を活用すべきだ。参与の肩書があれば、官僚にも説明を求めることができる」と意義を強調する。しかし、首相が参与登用にこだわるのは、東京電力や官僚への強い不信感が根底にあるとの見方が強い。首相は最近、知人から「震災復興も原発対応も、良心的な官僚がいるはずで、彼らを使うべきだ」と助言されたが、「(東京電力や官僚は)情報を隠している」と不満を漏らし、聞く耳を持たなかったという。

(2011年3月28日21時28分 読売新聞)
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コメント

No title

文句ばかりでつまらない。ホメるべきところを探す眼力も身につけてほしい

No title

>文句ばかりでつまらない。ホメるべきところを探す眼力も身につけてほしい

ほめるところがないので、嘘は付きたくない。

別に演芸番組をやっているのではないので、つまらないと言われてもしょうがないけどね。ほめるところがあるというなら、自分でどうぞ。

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