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ななお問題

 ちょっと目先を変えて、自然保護について考えてみた。私たちは自然保護という言葉や主張に対し、ほぼ自動的に受け入れてしまう所がある。それはあたかも民主党の美辞麗句、友愛、福祉、命を守る、善隣、平和、非戦などと同じような響きがあり、人間の理性を介さずに本能に直接働きかける呪文のようになっているらしい。
 
 ところで、私も自然保護は大切だし、必要だと思っている。かつて日本は急速な工業化のために環境破壊が進み、回復しきれない公害を抱え、悲惨な公害病を経験した。したがって、今日本が世界でも有数の環境意識大国であり、日本の環境基準が厳しく日本人に自然保護意識が高まっているのは非常に喜ばしいと思っている。
 
 しかし、自然保護の意識を全く理解しないままにそれに傾倒し、無批判に自然との協調、自然への回帰がすべてに優先する、国土開発はすべて悪であると信じている人間が非常に多いような気がするのだが、どうだろうか。かつて自然破壊に苦しんだ日本人の反動なのだろうか。まるで自然保護が宗教のように広がっているような気が、最近してならないのだが。
 
 先日、テレビでチラと観た番組でナナオサカキという詩人を採り上げていた。生涯放浪に明け暮れ、自然との調和を訴え続けた人だそうで、その同調者というより、彼をメシアと仰ぐ人間がきわめて多いような気がしたのだ。私自身は、その番組で観るまで彼のこと等知らなかったが、改めてネットで少し検索してみた結果、このエントリーを書く気になった。
 
 最初に断って置くが、私は別にナナオサカキ氏に格別の反感も持っているわけではない。人にはそれぞれの生き方があり、彼は彼の生き方を貫きそして人に自分の思いを訴えたのだろう。ある意味それは良いのではないか。
 
 たとえば彼の詩にこんなのがある。
 
 「これで十分」



 足に土

 手に斧

 目に花

 耳に鳥

 鼻に茸

 口にほほえみ

 胸に歌

 肌に汗

 心に風

 これで十分

 これは先日のテレビ番組でも紹介されており、また少しネットをググると出てくる。いかに多くの人たちがこれに傾倒しているかも分かる。宮沢賢治の「アメニモマケズ」を彷彿とさせる良い詩だと思うが、私自身はこれで十分だとは思っていないので、傾倒はしない。
 
 なお、ナナオ氏については、彼のホームページがあるので、興味があるならのぞいてごらんになってはいかがだろうか。
 
 ナナオサカキ

 
 しかし、私が気になったのは、同じ番組で採り上げていた彼の言葉のうち、公共事業は地球を削ってもうける。こんな必要はない、という部分であり、それにまた拍手喝采が寄せられ、テレビもなんとすばらしい言葉ではありませんか調の採り上げ方をしているのだ。
 
 公共事業が一部の人間の利権に結びつき、また不必要な自然破壊をしている場合があるのは事実であり、むろん、それは私も糾弾する。しかし、公共事業や地球を削る行為がすべて悪であると主張し、それに同調する人間が多く、テレビなどで礼賛するのだとすれば、これはもはやすばらしいとか、彼の生き方であるなどと言っては居られないだろう。
 
 何度も書いているが、公共事業とは国民の共有財産を作る事業であり、慎重に計算された地球改造は人間の生存に必要欠かさざる行為だ。それは、場合によっては公共事業により自然を管理しないと、自然破壊が進むとの事実からも言える。
 
 そもそも、我々が自然、と聞いて思い浮かべるのは日本の田舎の代表的な風景、たとえば里山だろうが、この里山はきわめて人工的に長年の間管理されてきた結果なのであり、現実に田舎の人口が減って管理されなくなった里山がどうしようもなく荒れ果てているケースが多い。そのような里山では人間はまともに生活できなくなっている。管理されなくなった鳩山と同じようなことが起きているわけだ。
 
 ハエや蚊、ノミ、ダニ、シラミ、南京虫、ゴキブリ、蛇ネズミなどなど、すべて自然の一部であり、氾濫する川もまた自然の一部、荒涼たる砂漠、厳寒の氷原、猛獣の徘徊する密林もまた自然そのままなのだ。このような環境では人間は生きてゆけず、結局密林を切り開き害虫を駆除し、家畜を飼い、森から木を切り出し家を建てることで人間は生活圏を広げてきた。氾濫する川に堤防やダムを造って水を管理し、それによって農業を営んできた。これもまた人間が生きてゆくためにしなければならない自然改造なのであり、ナナオ氏が不必要だと切り捨てる公共事業もまたこのための事業なのだ。
 
 人間の自然改造が悪なら、人間は生産活動を営めず最小限の採集経済で生きてゆかなくてはならない。ナナオ氏は生涯を放浪に明け暮れ、多くの人の好意で生きてきたわけだが、それも人間が生産活動を営んでいるからこそ、その余剰でナナオ氏の世話ができただけのこと。
 
 結局、他の動物と違い知能が生きる手段である人間にとって、自然改造はまた人間に属した自然の行為であるといえる。人間が自然の一部であると納得するなら、人間のこの活動も納得しなければならないだろう。
 
 それを否定すると何が起きるかをある極端な例で考えてみる。
 
 南米ベネズエラにヤノマミ族という原始種族が居る。彼らは採集経済の段階で生活をしており、ナナオ氏のいうこれで十分な生き方をしているわけだ。
 
 とりあえずWikiに因れば次のようだが、一部抜粋で紹介する。
 
 ヤノマミ族(-ぞく)はアマゾンの熱帯雨林からオリノコ川にかけてひろく居住している南米の原住民族の一部族。狩猟と採集を主な生活手段にしている。「ヤノマミ」とはヤノマミ語で「人間」という意味である[1]。


生活習慣 [編集]
以下は彼らの伝統的生活習慣である。彼らの住居は、シャボノと呼ばれる巨大な木と藁葺きの家である。シャボノは円形で、中央の広場をぐるっと囲む形になっており、多くの家族がその中でそれぞれのスペースを割り当てられていっしょに暮らしている。

衣服はほとんど着ていない(特に女性はまったくといっていいほど着ない)。

主な食物は、動物の肉、魚、昆虫、キャッサバなど。その特徴として、調味料としての塩が存在せず、極端に塩分が少ないことがあげられる。彼らはもっとも低血圧な部族として有名(最高血圧100mmHg前後、最低血圧60mmHg)だが、それはこのことと密接な関係があるものと思われる。


シャボノ集落 社会 [編集]
ヤノマミ族は現在のところ、民族内部での戦争状態が断続的に続いている。彼らの社会は100以上の部族、氏族に村ごとに別れて暮らしているが、他の村との間の同盟は安定することはまれで、同盟が破棄され戦争が勃発することが絶えない。このような状況におかれた人間社会の常として、ヤノマミ族では男性優位がより強調される傾向がある。肉体的な喧嘩を頻繁に行い、いったん始まると周囲の人間は止めたりせず、どちらかが戦意を喪失するまで戦わせるといったマッチョな気風にもそれが現れている。 また、近年、ヤノマミ族の居住地域で金が発見され、鉱夫の流入は疾病、アルコール中毒、暴力をもたらした[2]。ヤノマミ族の文化は厳しく危険にさらされ、第一世界からの寄付金によるブラジルとベネズエラの国立公園サービスによって保護されており、ナイフや服などが時折支給される。

出産 [編集]
女子は平均14歳で妊娠・出産する。出産は森の中で行われ、へその緒がついたままの状態(=精霊)のまま返すか、人間の子供として育てるかの選択を迫られる。精霊のまま返すときは、へその緒がついた状態でバナナの葉にくるみ、白アリのアリ塚に放り込む。その後、白アリが食べつくすのを見計らい、そのアリ塚を焼いて精霊になったことを神に報告する。 また、寿命や病気などで民族が亡くなった場合も精霊に戻すため、同じことが行われる。

いわゆる価値相対主義をとらずに、先進国(近代社会)の観点から記述すれば、ヤノマミ族は技術的に人工妊娠中絶ができないため、資源的・社会的に親にとってその存在が「不必要」である子供は、森の中で白蟻に食べさせる形での嬰児殺しによって殺害される。嬰児殺しの権利は形式上は母親にあるが、男尊女卑である以上、実際は子供の遺伝的父親や、母親の父親・男性庇護者の意思、村の意思が強く反映する。ヤノマミの間では、これを「子供を精霊にする」と表現する。これは近代社会における「中絶」と、不必要な子供を始末する点では一致するが、超自然的な位置づけがされている点が異なる。

 ヤノマミ族の生活は、おそらく数万年前までの我々の祖先の生活だったと想像されるが、自然を管理しない生活とはこのようなことを言う。このような世界で、ナナオ氏が放浪できたと思えるだろうか。
 
 自然保護は良い。日本が世界でもトップクラスの自然保護を実践しているのは喜ばしいが、それは自然を管理しているのであって、自然を放置しているのではないことを、ナナオ氏の傾倒者達は理解してほしい。
 
 あたかも平和は、強力に平和を管理することで維持できるのと同じなのだ。友愛も、管理できて初めて達成できる。隣国との友好も、それを管理できなければ実現などあり得ない。福祉も、裏付けがなければ経済を破綻させる。
 
 空き缶総理や前任者の主張が、ナナオ氏の主張にだぶって聞こえるのは、気のせいだろうか。自分たちの主張通りになれば結果がどうなるかを、支持者や傾倒者達は理解しているのだろうか。
 
 
 
 
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