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左翼政権誕生の理由


 長年の自民政権の腐敗や沈滞に嫌気がさした有権者が民主党に票を入れ、結局民主党が政権を執って一年三ヶ月ほどたつが流石に国民も自分たちが騙されたことに来たついてきたようだ。ただし、自民が相変わらずだらしがないので、先日かろうじて自民が民主よりも支持率が高くはなったが、別に積極的な自民支持が増えたわけではない。相変わらず特定の政党を支持しない層が大きいが、民主の支持率が下がったので自民が民主よりも支持率が高くなったように見えるだけであって、自民自体の支持率は別に増えてはいない。
 
 しかし、どうしてここまで民主党は国民を騙し、政権を盗むことが出来たのだろうか。正確には、民主と言えども一般選挙で国民の支持を受けて政権党になったのだから、盗んだという表現が正しくないことはむろん知っている。あくまで民主党が正当な法的手続きを踏んで政権についたのだから、法的には民主は正当な政権政党であることを否定はしない。そのうえで、投票をしてもらうために様々挙げた公約がすべて嘘だった、裏付けがなかった、方法がなかった、責任がなかったから、結局民主党は国民を騙し、政権を盗み取ったと言っているのだ。
 
 ところで、なぜ民主党が国民をだませたのかを考えたとき、すぐに思いつくのが、民主党は嘘つきだからと言うことだ。彼らの目的は、権力の座に着くことであり、権力を握ることであり、その権力を国益のため、国民のために使うなどと言う発想がないから、つまりはどんな嘘でもつけるわけだ。
 
 自民なども確かに嘘はさんざんついてきたが、しかし、すぐばれる嘘、またあとで責任を追及されるような嘘は流石についてはいなかった。絶対つかなかったと言うより、基本として嘘をついてもあとから言い逃れが出来る、あるいは結果として嘘にはなったがそれが最初から予見はされなかったなど、ニュアンスとして民主党の嘘とは次元が違った。
 
 政治家に嘘は付き物とはよく言われるが、まさか嘘しかつかない政治家が存在するとの発想が国民の側にはなかった。しかし、まさに権力を得るためにはどんな嘘でもつく政治家が実際に存在し、そして政権まで盗み取ってしまったわけだ。
 
 ここまで読んで、そう言えばそのような政権が世界には沢山存在するではないかと思ったかも知れない。そうだ。まさに特亜が嘘をつき事実をねじ曲げて政権を維持している。しかし、それがまさかこの日本に誕生するとは思いも寄らなかった。
 
 特亜は、日本について嘘をつき事実をねじ曲げ歴史をねつ造している。そして、民主も又同じ事をしているのだ。まさに日本をおとしめ、歴史をねつ造し、日本を侮辱し政権を執った。政権についてみて、これほどまでに民主党が嘘つきだったことを国民は知ったのだが、実は政権を執る前から、民主党の中には歴史をねじ曲げ嘘をつき日本をおとしめていたのに、まんまと日本人が騙されたところに、問題がある。
 
 ただし、確かに多数の日本人が民主党を政権につけたが、私は絶対にそんなことはしていないし、終始一貫してすべきではないと思っていた。むろん、多くの人たちがそのように民主党の危険性を挙げて警鐘を鳴らしていたのだが、それでもなお多くの人たちが民主党を政権につけた。
 
 その責任は正確には民主に投票した人たちが負うべきだろうが、現実には国民は一蓮托生であり、結果として民主党に反対だった私も、そして同じ主張をしていた人たちも責任をとらされる。
 
 ここに一つの記事がある。むろん、主観に基づいた記事だが、その内容はおおむね同意出来ると思うので、紹介する。
 
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理想を失った「全共闘の亡霊」が日本を迷走させる


2010年11月4日(木)0時55分配信 日本ビジネスプレス 

 中国やロシアが領土問題で、日本に対してにわかに強硬な姿勢を見せ始めたが、これに対する民主党政権の対応が定まらない。

 尖閣諸島の問題を巡っては、政府の対応が迷走し、中国に首脳会談をドタキャンされ、衝突のビデオは一般に非公開で見せる始末だ。

 特に目立つのが菅直人首相の指導力のなさである。「友愛」とか「東アジア共同体」とか、意味不明ながらも理念のあった鳩山由紀夫前首相に比べても、菅氏が何をやりたいのかが見えない。

 他方、今や菅首相より存在感を増している仙谷由人官房長官の姿勢は、よくも悪くも、まだ明確だ。尖閣諸島を巡る検察の「外交的配慮」を擁護し、日本の対応を「弱腰」ではなく「柳腰」だと弁護する。

 この2人に見られる共通点は、学生運動の影響である。民主党には、この他にも元活動家が多く、千葉景子前法相は中央大学全共闘(ブント系)、赤松広隆前農水相は早稲田大学の社青同解放派の活動家だったと言われている。

 これは当時としては、それほど珍しいことではなかった。1960年代には、まったく学生運動に関わりを持たなかった学生の方が少ない。

 彼らは「全共闘世代」と言われるが、正確に言うと菅氏は全共闘ではなく、東京工業大学で「全学改革推進会議」という組織を設立し、穏健派の学生運動のリーダーだった。他方、仙谷氏の所属したのは東大のフロント(社会主義同盟)で、こちらも議会を通じて「構造改革」を進めようとする穏健派だった。

 今では想像もつかないだろうが、当時の学生運動の主流は「三派全学連」と呼ばれた社学同(ブント)、社青同、中核派などの暴力革命によって権力を掌握しようとするマルクス・レーニン主義であり、菅氏や仙谷氏のような議会主義は少数派だったのである。

左翼の失われた理想
 しかし全共闘運動の命は短かった。69年1月の安田講堂の攻防戦をピークとして、主流派の活動家は逮捕され、分裂した組織は連合赤軍のように武装闘争に走り、内ゲバで自滅した。

 全共闘の活動家も、多くは就職して企業戦士に転身した。荒井由実(現・松任谷由美)の「『いちご白書』をもう一度」の世界である。

 他方、何万人という活動家が、逮捕歴などの「前科」のために就職できず、自営業・弁護士・フリーライターなどの仕事に就いた。テレビの制作プロダクションや編集プロダクションを創立したのも、元全共闘の闘士たちだった。

 それに対して菅氏や仙谷氏のような穏健派は、社会党などの政党に入って議会によって社会を変える道を選んだ。

 70年代は共産党が躍進して「民主連合政府」構想を提唱し、各地で社共共闘による「革新自治体」が生まれた時代だった。しかし、東京都の美濃部亮吉知事に代表される革新自治体は、バラマキ福祉で財政が破綻し、消えていった。

 80年代には、日本は世界最強の経済大国として賞賛され、バブル景気に沸いた。就職の時に「転向」した企業戦士たちは、企業の中枢で資本主義の先頭に立っていた。ある時までは彼らも後ろめたかったかもしれないが、80年代に社会主義が崩壊し、学生時代の理想がもともと幻想だったことに気づいただろう。

 90年代のバブル崩壊で失われたのは、日本経済だけではない。社会党は自民党などと野合して連立政権をつくり、安保や自衛隊を丸呑みして自滅した。極左勢力は、内ゲバで殺し合って壊滅した。かつて社会主義に至る路線論争で闘っていた左翼の目標そのものが失われてしまったのだ。

沈黙してしまった若者
 そんな中で、96年に民主党が結成された。これは崩壊した自社さ連立政権の一部だった新党さきがけに社民党の一部が合流したもので、菅氏は創立メンバーだった。これに解党した新進党グループが合流し、さらに2003年に自由党が合流したため、民主党は統一した理念のない雑然とした政党になってしまった。

 かつて「反体制」に生涯を捧げる決意をし、資本主義を打倒して労働者の理想社会をつくるはずだった彼らの目的は、とっくに失われた。かといって自民党のように、あからさまに資本主義を擁護する政党にはなれない。ただ集票基盤が労働組合であるため、かろうじてその既得権を守るという利害関係だけでつながっている。

 だから菅氏の行動が定まらないのは、もう目指すべき理念がないからなのだ。他方、仙谷氏は人権派弁護士として「アジアへの戦争責任」を追及した頃の行動様式が抜けない。

 どちらも社会主義的な思考様式が残っているため、「雇用を守る」と称して派遣労働を規制するなど、市場経済のロジックが身についていない。

 60年代に世界的に盛り上がった学生運動にどういう意味があったのかは、繰り返し問われるテーマである。米国では、クリントン元大統領のようにベトナム反戦運動に参加した「団塊世代」が政権を取り、かつての左翼の影響はほぼ一掃された。

 しかし、日本では左翼が長く政権を取れなかったため、政治的に未成熟のまま年を取り、今頃政権を取って戸惑っている。

 社会主義の代わりに「福祉国家」を掲げても、財政危機でバラマキ福祉はままならない。かつての「怒れる若者たち」は、今や労働組合と老人の既得権を守る側に回っている。

 全共闘運動には何の意味もなかったが、若者が老人に対して異議を申し立てることは、どの社会でも必要だ。しかし日本では、学生運動のあまりにも無残な失敗によって、若者の抗議活動が絶滅してしまった。

 大学新卒者の「無業率」が2割を超えるような状況では、暴動が起こっても不思議ではないが、若者の怒りの声は聞こえてこない。かつての全共闘のような騒ぎはごめんだが、若者がここまで「老成」してしまった社会というのも心配だ。

彼らがデモを繰り返していたのはなんと言っても60年の日米安保条約締結の時がもっとも激しかったと思うが、私のかなり上の年代であり、当時の私は何を騒いでいるのか理解出来なかった。しかし、親たちは、馬鹿者共、と言っていたのを覚えている。だから、私も、彼らを馬鹿者共だと思っていたが、今になってみればその認識は正しかった。

 彼らの大半は、後にヒヨって普通の社会人になっていったのだろうが、中には落ちこぼれた者たちも大勢居た。もちろん、彼らも当初は彼らなりに未熟な社会観から形成した正義に基づいて居たのだろうが、それが現実には通用しない事を知り、路線変更をして正常な社会人になったのだろう。が、落ちこぼれ達はあくまで自分の視点以外で物を考えることが出来ず、しかし、自分の主張は受け入れられないので、それは社会が悪いと考えるに至った。結果として、自分を排除する社会、ひいては権力の中枢にいる者たちに憎悪を向け、彼らを攻撃することで自分たちの存在意義を保とうとするようになった。
 
 それが一般的に左翼と言われる連中の姿だと観て良いだろう。旧社会党などに観られるが、日本社会が安定し左翼達を見限るようになって、社会党は衰亡の一途をたどった。ここにも、社会党が権力のためには嘘を平気でつき、党是さえ簡単に変えるその姿が、国民に見透かされたのだ。
 
 一つの例としては、かつて自民党が支持を失い単独多数を保てなくなったとき、社会党と連立を組み、そして社会党党首、村山富市氏を総理大臣にした。社会党は、与党の座に着くために、それまで党是として自衛隊は違憲だとの立場をとっていたが、村山氏が総理大臣になったとたんに、自衛隊は合憲だとの立場に切り替えた。その切り替えの早さは、誰もが唖然としたほどだ。
 
 村山政権の間、日本がどれだけ損なわれたかは詳しくは書かないが、村山談話ひとつとっても、時の自民党、そして社会党が如何に腐っていたかが分かる。ちなみに、最近になって、社民党(旧社会党)は自衛隊はやはり違憲だと言い出したが、誰も驚きもしない。いずれ、社民党は消滅するだけの存在になったからだが、社会党が消滅してゆく過程で、難波船から逃げ出すネズミのように大勢の社会党議員達が抜け出し、紆余曲折を経て今の民主党の中枢に居座る状況となった。
 
 過去の社会党のあり方を知っていれば、民主党の実際の姿が嘘つきだとは分かったはずだが、分からなかった国民が票を入れてしまった。
 
 今民主党の中枢に座っている連中はかつて権力者達を敵視した連中であり、その理由はただ一つ、自分たちを受け入れないからであって、理念の違いなどはそのためにとってつけた屁理屈でしかない。
 
 それは今ももちろんまったく変わっていないので、彼らの目的はとにかく権力を握り、そこにしがみつくことであって、国民のためとか国益を守るなどの意識を持ったことがない。だから、今になって無責任だ、素人だ、破廉恥だと言われてもどうしようもないのだ。なにしろ、権力を握るためにはどんな嘘でもつくが、権力を何に使うかは考えたことがないだから。
 
 左翼の特徴とは、自分が正しいと主張するためにどんな嘘でもつく。しかし、その嘘を指摘されてもまったく意に介さないところにある。
 
 また、自分たちを受け入れない日本という国を敵視してきたために、特亜の主張するねつ造された日本の罪悪を何の検証もないまま主張する。それが菅談話であり、日韓基本条約で完全に解決済みの補償をしなければならないと言い出したり、全くの作り話である従軍慰安婦、強制連行、植民地支配の補償まで言い出す始末だ。
 
 これらが事実かねつ造かの検証は必要ない。自分が憎悪する日本なのだから、事実に決まっているという思考以外もてないのだ。このような思考回路の持ち主達が国家の中枢にいて、政権を握っているのだ。この恐ろしさが想像出来ないだろうか。
 
 ちなみに現在の閣僚名簿を挙げる。 

▼内閣総理大臣

氏名 菅 直人(カン ナオト)
生年月日 1946年10月10日
所属院 衆議院
選挙区 東京都18区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 10回
政党 民主党

▼総務大臣
▼内閣府特命担当大臣 (地域主権推進)
▼地域活性化担当

氏名 片山 善博(カタヤマ ヨシヒロ)
生年月日 1951年7月29日
所属院 -
選挙区 -
当選回数 -
政党 -


▼法務大臣
▼拉致問題担当

氏名 柳田 稔(ヤナギダ ミノル)
生年月日 1954年11月6日
所属院 参議院
選挙区 広島県
当選回数 5回
政党 民主党

▼外務大臣

氏名 前原 誠司(マエハラ セイジ)
生年月日 1962年4月30日
所属院 衆議院
選挙区 京都府2区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 6回
政党 民主党


▼財務大臣

氏名 野田 佳彦(ノダ ヨシヒコ)(留任)
生年月日 1957年5月20日
所属院 衆議院
選挙区 千葉県4区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 5回
政党 民主党

▼文部科学大臣

氏名 高木 義明(タカキ ヨシアキ)
生年月日 1945年12月22日
所属院 衆議院
選挙区 長崎県1区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 7回
政党 民主党


▼厚生労働大臣

氏名 細川 律夫(ホソカワ リツオ)
生年月日 1943年8月8日
所属院 衆議院
選挙区 埼玉県3区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 7回
政党 民主党

▼農林水産大臣

氏名 鹿野 道彦(カノ ミチヒコ)
生年月日 1942年1月24日
所属院 衆議院
選挙区 山形県1区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 11回
政党 民主党


▼経済産業大臣

氏名 大畠 章宏(オオハタ アキヒロ)
生年月日 1947年10月5日
所属院 衆議院
選挙区 茨城県5区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 7回
政党 民主党

▼国土交通大臣
▼内閣府特命担当大臣 (沖縄及び北方対策)
▼海洋政策担当

氏名 馬淵 澄夫(マブチ スミオ)
生年月日 1960年8月23日
所属院 衆議院
選挙区 奈良県1区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 3回
政党 民主党


▼環境大臣
▼内閣府特命担当大臣 (防災)

氏名 松本 龍(マツモト リュウ)
生年月日 1951年5月17日
所属院 衆議院
選挙区 福岡県1区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 7回
政党 民主党

▼防衛大臣

氏名 北澤 俊美(キタザワ トシミ)(留任)
生年月日 1938年3月6日
所属院 参議院
選挙区 長野県
当選回数 4回
政党 民主党


▼内閣官房長官

氏名 仙谷 由人(センゴク ヨシト)(留任)
生年月日 1946年1月15日
所属院 衆議院
選挙区 徳島県1区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 6回
政党 民主党

▼国家公安委員会委員長
▼内閣府特命担当大臣 (消費者及び食品安全・少子化対策・男女共同参画)

氏名 岡崎 トミ子(オカザキ トミコ)
生年月日 1944年2月10日
所属院 参議院
選挙区 宮城県
当選回数 5回
政党 民主党


▼郵政改革担当
▼内閣府特命担当大臣 (金融)

氏名 自見 庄三郎(ジミ ショウザブロウ)(留任)
生年月日 1945年11月5日
所属院 参議院
選挙区 比例区
当選回数 8回
政党 国民新党

▼内閣府特命担当大臣 (経済財政・科学技術政策)
▼宇宙開発担当

氏名 海江田 万里(カイエダ バンリ)
生年月日 1949年2月26日
所属院 衆議院
選挙区 東京都1区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 5回
政党 民主党


▼国家戦略担当
▼内閣府特命担当大臣 (「新しい公共」)

氏名 玄葉 光一郎(ゲンバ コウイチロウ)
生年月日 1964年5月20日
所属院 衆議院
選挙区 福島県3区[ 選挙区詳細 ]
当選回数 6回
政党 民主党

▼内閣府特命担当大臣 (行政刷新)
▼公務員制度改革担当

氏名 蓮舫 (レンホウ )(留任)
生年月日 1967年11月28日
所属院 参議院
選挙区 東京都
当選回数 2回
政党 民主党

この中で、上記に挙げられたような全共闘崩れが、菅総理、仙石赤ん坊長官、岡崎トミ子国家公安委員長などが居る。

 
 もう一つ民主党に特徴的なのが、松下政経塾出身者の多さだ。もちろん、他党にもいるが、民主党ではその数が突出している。

松下政経塾出身者

民主

民主党 [編集]
野田佳彦 - 1期生(千葉県第4区選出)
打越明司 - 2期生(比例九州ブロック選出)
松原仁 - 2期生(東京都第3区選出)
笹木竜三 - 3期生(比例北陸信越ブロック選出)
樽床伸二 - 3期生(大阪府第12区選出)
原口一博 - 4期生(佐賀県第1区選出)
三谷光男 - 4期生(広島県第5区選出)
武正公一 - 5期生(埼玉県第1区選出)
吉田治 - 6期生(大阪府第4区選出)
神風英男 - 7期生(埼玉県第4区選出)
谷田川元 - 7期生(千葉県第10区選出)
山井和則 - 7期生(京都府第6区選出)
勝又恒一郎 - 8期生(比例南関東ブロック選出)
玄葉光一郎 - 8期生(福島県第3区選出)
前原誠司 - 8期生(京都府第2区選出)
市村浩一郎 - 9期生(兵庫県第6区選出)
井戸正枝 - 9期生(兵庫県第1区選出)
本多平直 - 9期生(埼玉県第12区選出)
稲富修二 - 17期生(福岡県第2区選出)
城井崇 - 19期生(福岡県第10区選出)
森岡洋一郎 - 20期生(埼玉県第13区選出)
松本大輔 - 22期生(広島県第2区選出)
橘秀徳 - 23期生(神奈川県第13区選出)
三日月大造 - 23期生(滋賀県第3区選出)
神山洋介 - 23期生(神奈川県第17区選出)
小山展弘 - 27期生(静岡県第3区選出。退塾生・塾員ではない)
小原舞 - 28期生(比例近畿ブロック選出。退塾生・塾員ではない)

民主党 [編集]
長浜博行 - 2期生(千葉県選挙区選出)
徳永久志 - 8期生(滋賀県選挙区選出)
福山哲郎 - 11期生(京都府選挙区選出)

じつは、私は松下政経塾についてはあまり知らなかったが、Wikiなどで観ると、かなり極端な思考方法を学ばせるようで、特に力を入れているのが弁舌のようだ。すなわち、アメリカのロースクールなどが力を入れている、ディベート力を磨かせることに力を入れている。

自分の意見を相手にのませる技術と言っていいが、これは真実がどうであるかを重視しない。あくまで相手を説得し、自分の意見を押しつける技術であって、つまりは嘘でも、自分で信じていなくても論争で勝てばよいわけだ。

この技術のみを習得すると、確かに弁舌はさわやかになるだろうが、相手に考えさせず、どんな屁理屈でも通してしまうことが目的となる。たしかに、民主党の若手を観ていると、その薄っぺらな屁理屈を言い通してしまう傾向が多いようだ。

説得は確かに大切だろう。だが、基本は自分がそれを信じているかどうかではないのか。自分が嘘だと思っていても、その嘘を通した方が利益がある場合はその嘘を押し通すのが彼らの弁舌なのだ。

その意味で、一番説得力が商売に必要なのは弁護士だろう。弁護士の任務とは被告の利益を守ることであり、喩え真実でも都合の悪い真実にはふれず、相手の言葉をねじ曲げ、法廷で自分の意見を通すことが一番大切なのであって、真実を見いだすことはまったくその任務にはない。真実を見いだした結果被告が重い処罰を受けることになっては弁護士の任務は果たせないからだ。だから、弁護士のことを三百代言というのだ。金さえ払えば何でも主張するという意味だ。

その弁護士出身が、民主党には多い。赤ん坊長官がそうだし、枝野氏、赤松氏、千葉氏(今は議員ではないが、影響力を持っている)他にも居る。

自分に都合が良ければ真実を隠し、事実をねじ曲げる弁護士が権力の座に着いているのも日本の悲劇ではないのか。もっとも、自民党の谷垣総裁も弁護士だが。



追加記事だが、このような記事がにわかに飛び交っている。

実際に私もその映像を観たが、国会議員に公開されたという7分弱のさらに半分の長さでしかない。しかし、中国漁船が故意に巡視船みずきに体当たりをしてきた様子がはっきりと映っている。現場でとられたオリジナルは2時間以上の記録だと言われているので、公開された物はほんの一部しかなく、残りの部分にもっとひどい現実が映っているとの仄聞も否定しきれない。

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尖閣ビデオ流出か ユーチューブに投稿 「恐らく本物」と海保関係者

2010.11.5 01:23

 ユーチューブで流された、尖閣事件と思われる動画=5日 沖縄県・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、海上保安庁が衝突時に撮影したとみられるビデオ映像が動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)」に投稿されていることが4日、分かった。

 映像は数パターンあり、主に「●晋漁(びんしんりょう)5179」と書かれた漁船が映っている。衝突場面も映っており、「右舷船尾部に衝突した」「止まれ!」といった日本語の声も入っている。

 海保関係者は「恐らく本物だ」としている。映像は1日、衆参両院の予算委員会理事らに国会内で限定公開された。
 
 そして、下記が問題の流出動画とされる映像だ
 
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尖閣ビデオ流出?

この動画は遅かれ早かれ削除される可能性があると思うので、私はダウンロード、保存した。
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