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日本のデフレと科学技術

全く異なるテーマを無理矢理くっつけて論ずる。

科学技術

日頃から日本は科学技術立国であり、だからこそ日本は世界でも希有な存在である、と私は日頃から主張しているが、むろん、そうではないという意見も多々ある。たとえば、下記のような記事を見つけたが、このような意見は別に珍しくもない。

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http://news.livedoor.com/article/detail/4465808/

日経は読むな「日本が一番」という幻想
2009年11月24日06時00分

上には上があるし、その順位はいつでも入れかわる。日本もまた世界の中の小さな点にしか過ぎない。

政府の行う「仕分け」の前半が終わった。そのハイライトは、なんといっても文部科学省の推進する「スーパーコンピューター」のプロジェクトへの大幅な予算削減だった。いまだに、文科省はネットでパブリックコメントを求めるなど、悪あがきとも見える動きをしている。これに応え、菅氏直人氏が「復活するかもしれない」とのコメントを発表する場面もあった。

現在、日本のスーパーコンピューターの計算速度は世界22位と、先進国中ではかなり低い順位となっている(アジアのトップは中国の5位)。もっとも、これを世界一にもっていけたとしても、各国ともさまざまなスーパーコンピューターを現在も作っているわけで、一瞬だけ一位になったとしても、その後はわからない。また、今回の予算の無駄使いの疑惑もあちこちで囁(ささや)かれている。

しかも、既にNECや日立製作所などの大手はこのプロジェクトから撤退した(09年5月14日、読売新聞)後であり、富士通一社のみがこのプロジェクトにかかわっている。NECは米インテル社とのスーパーコンピューター開発に向けて走りだしている。

ところで、これらのことをコメントがつけられるニュースサイトなどに書くと「日本の科学技術は優れているのだから……」のような、私から見ればかなり現実とは「ずれて」いる認識が多くのところでされていることがわかる。

簡単に結論を言ってしまうと、日本は既にITとか科学技術ではそんなに大したことがない「二流」の国になりつつある。これが現実である。世界経済フォーラム、いわゆる「ダボス会議」がこの3月に発表したITの国際競争力では日本は17位、という結果が出ていた(08年は19位)。アジアでは韓国などのほうが日本よりも上位にいる。それだけではない。例えば、今回の「仕分け」で予算がそのまま通った、バイオの研究分野である「iPS細胞」についても、日本の研究は世界に冠たるもの、ということになっているが、実際のところ、iPS細胞だけではなく、多くの研究分野があるバイオ研究のトップはやはり米国である。

日本のバイオ専門の研究所である「かずさDNA研究所」は文科省、経済産業省など多くの機関が支えているが、その年間予算はたかだか数十億円。対して、米国のバイオ研究の巨大研究所であるNIH (National Institute of Health)の年間予算は3兆円である。ケタが違うのだ。また、米国には国の援助を求めず、米国の企業や個人の献金などでその予算を賄っている私立の研究所がたくさんある。

「日本の科学技術は大したものだ。世界でも一番だ」という幻想を振りまいたのは、一体誰だろう?
「日本が一番」と言うのならばなぜ、日本のIT技術者は毎日英語の「言語」と格闘しなければならないのだろう?
なぜマイクロソフトやグーグルのように、IT分野でのみ急成長した企業は日本に無いのだろう?

私はこれらの多くのところで根拠の無い「日本は技術で一番幻想」を振りまいたのは、日経新聞をはじめとしたマスコミであろうと考えている。かつては「Japan As No.1」などという書籍もはやったものだし、「これからは日本の時代が来る」と言われたこともあったけれども、逆に言えばそういうことが話題になる、ということは、それだけ珍しいことだったから、ということにほかならない。つまり、そう滅多にあることではないのだ。しかし、日経をはじめとした日本のマスコミは世界を見る日本人の目を、結果として誤らせた、と私は思う。

「えー、ぼくちゃんって、そんなに評価されてるんだ!」と有頂天になった日本の凋落(ちょうらく)は、それからかなり早かったのはご覧の通りだ。「技術立国」とは資源やお金のもともと無い国にとっての希望だったかも知れないが、逆に言えば日本の実力とはその程度のものでしかなかった、ともいえる。

かつて世界一の携帯電話会社と言われたNTTドコモは、気がつけばアッという間に契約数、売上高、利益ともに中国のチャイナモバイルに抜かれた。なにせ13億人の人口を持つ中国である。同社の契約数は5億。まさに、日本人全部が老人から赤ちゃんまで動員しても追いつかない数。当たり前といえば当たり前な話である。

かつて、首都大学東京の学長の西澤潤一氏は日本がその絶頂期にあったとき「日本はやがて、上からは知財でタガをはめられ、下からは安い中国などの製品で攻勢を受けるだろう。このままでは日本の製造業は危ない」と先を見通していた。そして、何もしてこなかった日本の政府と企業は結局なるようにしかならず、今日を迎えた。

いま、日本では多くの優れた研究者や技術者人材が、仕事がなく余っている。一方で子供たちは勉強をしなくなっている。勉強して自分の能力を高くしても将来が知れている、と認識されているからだ。

うぬぼれでもなく、あきらめでもなく、努力して獲得した能力をもとに生きていくことができ、たとえ「一番」ではなくとも、誰でも毎日を生き生きと生きていける日本は、やはり遠い未来にしか見ることができないのだろうか?【了】

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しかし、私はこの記事は何か意図的なのでなければ余りに皮相的というか、自虐的に思えて仕方がない。

世界の先進技術でかなり多くを占めているのはアメリカであり、おそらくその次が日本、そしてEUと続く。この傾向はこの十年、二十年変わっていないようだ。ただし、アメリカの先端技術の多くは軍事産業、航空産業、宇宙産業などであり、民生分野では製造業が一つ二つを除いて世界的な競争力を持った物がない。その理由として、極端な訴訟社会であるために製造業が訴訟に巻き込まれつぶされてしまうことが指摘されている。なにしろ、弁護士が駄目元でユーザーを組織し製造業者から金をゆすり取るのがビジネスになっている国なのだからそれも仕方がない。

また、上記の記事でも言われているように、ITなどでは日本は韓国にも抜かれていると言うが、それは事実ではない。韓国が日本に勝っているのはネットの普及率などと言われていたが、今では日本は世界一と言っていい。携帯電話や薄型テレビなどで韓国製品が日本よりもシェアが断然大きいと言われているが、その中身は日本から買っており、したがって、韓国が売れば売るほど対日赤字が増えている事実をみると、決して韓国の技術が日本を抜いているわけではない。

上記の記事の勘違いは、シェアが大きければ技術が進んでいると単純に決めつけていることであり、単にシェアだけで言えば中国製品の多くは世界で一番売れているだろう。なにしろ、手元のパソコンを開けてみても中の部品から外側までmade in china のオンパレードだ。だが、これで中国の科学技術が世界を席巻しているなどとは誰も言わない。

日本製品のシェアが少ないのは、とにかく日本国内でしか需要のない高機能製品に偏るからだ。良い例が携帯で、日本の携帯電話の機能は、外国人が知ると一様に驚く。おそらく、車でも家電でも、日本人の要求が厳しく、またメーカーが多いために嫌でも製品の機能が高まり、それが価格を押し上げているからだと言って良い。

したがって、日本のメーカーが他国に輸出するときは単純化しとにかく価格を下げることで競争力を保とうとするが、それにも限度がある。なにしろ、印度のタタモーターはナノという30万を切る車を作っているが、日本では到底無理だろう。

売れる物を創らないから技術が劣ると言うことではない。日本の特に民生品では十分に技術力が高いと言って間違いはない。

また、上記で言っているスパコンだが、これも皮相的と思う。スパコンは確かに今ではグリッドコンピューティング等という技術が主流となり、つまり多数のコンピューターをネットでつないであたかも一台の巨大なコンピューターのようにする技術が主流になっている。今の世界のスパコンのほとんどはこの技術を使っていて、日本の次世代スパコンも例外ではない。

しかし、同じつなぐなら高速のユニットをつなぐことで全体も高速になる。また、スパコン技術は周辺に波及し、新しいチップなどを生み出すので、高速スパコンを作ることは決して無駄にはならない。また、高速スパコンがあるから出来ることは非常にたくさんある。スパコン競争は無駄と切り捨てて済む問題ではない。

ただし、確かにかつて80年代、日本ではICOTプロジェクトが立ち上げられ、当時の第五世代コンピューター、すなわちAIの先進化をめざしたが、結果としてほとんど成果を上げられなかったと言われている。目に見える成果がなかったのは事実だが、目に見えない成果もなかったのかどうかは分からない。しかし、その時点から確かに日本のコンピューターが一時的だったが世界のトップクラスにあったのは事実だ。

日本の鉄道技術、自動車技術、工作機械、産業資源などなど、世界の最先端にある技術は少なくない。それらは決して単独では存在せず様々に関係しあって高まった物だ。その競争力にスパコンが多大な貢献をしているのも見逃せない。単にスパコンの順位競争の話ではない。そもそも、いま日本が必要としているスパコンを開発すると、自然に世界一となると言うことであり、順位争いとは違う。

さらに、日本企業は他国で発明された物を生産技術で高めるのが得意だと言われている。しかし、近年特に言われているのは、日本国内で要求される製品は余りに完成度が高く、他国では需要がないというのだ。

たとえば、日本の車は燃費に勝れ、丈夫で壊れにくいから人気がある。しかし、当然高い。現在経済成長の著しい発展途上国では、車の需要は非常に高まっているが、とにかく走ればよい、壊れても直す人件費はいくらでもある、第一ドアがとれたくらいなら別に気にしないで乗ると言う感覚。また欧米では、大衆車とは単に脚代わりであり、これもまたなおして乗るまでもないということになる。アメリカではガソリンはまだまだ安いから、別に燃費も気にすることはないとうことだし、また欧米では全く別の需要として数千万から億単位の値段の車が売れる。ヨーロッパのメーカーは、日本や韓国中国印度などとの価格競争は最初から避けて、超高級車の分野で生き残りを図っている。

つまり日本の車は中途半端に高く、中途半端に安い。

家電製品も性能の良さは誰もが認めても、高い。もっと単機能で安い家電に需要がある。

典型的なのは携帯電話で、日本の携帯電話の高機能性は初めて接した外国人が驚くが、なにしろ日本でしかつかえない。海外には日本の携帯電話のような機能の需要がないのだ。

したがって、日本の製品のレベルは非常に高く、もちろん技術的にも世界に並ぶものなしだが、高額なので売れない。良すぎるのだ。ほどほどの性能さえあれば安い方が良いという需要が世界では非常に多い。

上記の記事の筆者が勘違いしているのは、日本製が売れないから技術も二流だとしていることだ。

一流技術があれば、二流製品も作れるが、その逆はない。日本の科学技術が実際の所世界のトップクラスかどうかは分からないし、しゃにむにそれを目指すことだけが正しいとも確かに思わないが、上記の記事のように日本はすでに2流科学しかないのだからスパコンなどにとらわれるなと言う記事、これは無知なのか嘘をついている。

次に、日本はデフレであると菅氏が言う。菅氏が言わなくても、物価が下がり続けていれば、おそらくこれはデフレであろうと誰でも思う。

デフレとは物が余るか、需要が減るか、通貨の価値が上がるときに発生し、インフレはその逆であって、どのよう場合でもインフレかデフレ状態なのであって、物価が全く変化しない、つまりインフレでもデフレでもない状態というのはほとんど無い。

経済状態としては年率2%程度のインフレが望ましいと良く言われているが、それだと金を借りても返すときに実質返す金の価値が減っているから、すなわち金が動く。金が動くとは、つまり経済活動が活発になるから、景気が良くなると言う仕掛けだ。ちなみに、年率2%のインフレでは、借りた金の価値が年率2%下がるので、つまりは利子がかからないのと同じ事になる。

しかし、このインフレはときどき爆発する。例えばアフリカジンバブエのインフレは、毎日100%値段が上がると言われ、現実に100兆ジンバブエドル紙幣が発行されているが、紙幣の発行が間に合わず、紙幣が流通し始めた頃はその紙幣の価値が下がりすぎている状況だ。世界記録的なインフレであり、現実には紙幣に価値が無く、貨幣経済が破綻していることになる。

これほどではなくても戦後の日本やドイツが同じようなインフレを経験しているので、日本ではインフレに対する恐怖心が根強くある。

一方、デフレになって助かるのは、年金生活者、利子生活者など、定期収入ではなく決まった金で暮らしている人々で、大体社会的には弱者が多い。

したがって、今のデフレでも困った困ったというのは製造業、販売業、給与所得者であって、社会的弱者にとって見ればデフレ様々なのだ。

インフレもデフレもすぎれば問題だが、立場により程度によりそれが有利になる事も理解しておくべきだろう。

さて、日本はかつて世界でも物価が高く、東京大阪はもっとも生活費がかかる都市としてランクされていたが、今ではロンドンやパリ、NYなどよりも物価が安くなっている。

収入が減ったと言うが、物価が下がっていてつまり金のかからない生活が出来ているのも事実だ。数年前なら手のでなかった品が、今では普通に変える例が多々ある。時計や電卓、ラジオが100円で買えるようになると、10年前は考えられたろうか。ウィスキーのナポレオンブラックなどは垂涎の的だったが、今ではそこいら辺の酒屋で気楽に買える。

昔とんでもなく高かったパソコンは、今では安値競争が盛んだ。

しかしこれについては誰も騒がない。また、日本で進行しているデフレの主因は輸入物資の値下がりによる物であり、輸入物資が値下がりしているのは円が強くなっているからだ。このメリットも、マスコミや経済学者は指摘しない。

もう一つ、世界でも物価が高いとされてきた日本の物価調整の意味もある。

本来デフレの怖さは、物価が下がり、メーカーの収入が減り、従業員の給与が下がり、また物価が下がるというデフレスパイラルに陥るからだ。しかし、日本の場合、物価が下がる主因が円の強さと物価調整なのであればデフレスパイラルとは違う。

しかし、安心もしていられない。民主が緊縮経済を続ければ本当のデフレスパイラルに陥る。

デフレを解消する方法として、

需要を拡大する。一般国民が消費しないのであれば国家が消費する。公共投資はそのために行われるのであり、全てを不要不急の無駄と切り捨てるのは、デフレに拍車をかけていることになる。民主の馬鹿なところはそこにある。

通貨の流通量を増やす。簡単にはお札を沢山刷る。しかし、いくら刷ってもビルの屋上からばらまくのではなく正当な手段で市場に流通させるためには、金を払う理由がいる。それが経済政策であり、たとえばばらまき、経済振興政策であろう。また新しい需要を作り出すために産業育成、また医療、保険、教育、軍事などへの出費がある。これで、一般人の懐にはいる金は増える。しかし、民主はばらまき以外は全て無駄と称して削減する。一般に、通貨の流通量を増やすとインフレになる。しかし、通貨の流通量を増やすとは、日本経済の信用力を薄めることと言える。ラーメンスープが辛すぎたらお湯を入れるのと同じ事だが、もちろん入れすぎてはまずくなるだけで、辛過ぎもせず薄すぎもしない、丁度良い濃さにすることが大切だ。通貨の流通量も、丁度良い程度に増やせばよい。

これは、必要な予算をむやみに削っていては出来ない。必要であれば国債発行も構わない。

流通量を増やしても唯のばらまきは不公平の拡大になるだけであり、それくらいなら国営の宝くじでも盛大にやった方がまだましだ。

結局、通貨の流通量を絞ったままばらまきをする民主が経済政策をやっている間は、日本のデフレは深刻になりそうだ。
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