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プロパガンダ戦

 プロパガンダとは本来通常宣伝のこと一般を言うが、特に一定の思想へ導くための宣伝を言う。これは一般商品の宣伝でも、自社の商品を買えばこれだけの有利な点があると強調しているプロパガンダであり、また時にはライバル商品の欠点を強調してさらに自社製品を購入させるネガティブキャンペーンと呼ばれる物もそれに分類されるだろう。
 
 つまり、中立的な情報ではなく、特定の対象を選択させるための情報を宣伝と言っていいのではないか。これは一般的に行われているし、国家としても行われるのが普通だ。
 
 問題は中立ではない宣伝としての特徴として、
 
 1.自社製品の長所をねつ造する
 2.自社製品の長所をことさら誇張する。
 3.自社製品の短所を告げない。
 4.ライバル製品との比較を正確に行わない
 5.ライバル製品の長所を無視する
 6.ライバル製品の短所を誇張する
 7.ライバル製品の短所をねつ造する
 
 等があるが、特に悪質なのは、1と7だ。通常これらは何処の国でも禁止されており、行えば詐欺罪も適用されかねない。
 
 国家も宣伝をするが、世界でも1と2をもっぱら用いるのは特亜だといえる。中国、半島にはこのプロパガンダにおいて、タブーという物がない。嘘をつくことを当然のこととし、歴史から思想信条まで嘘で固めているのが、これら特亜諸国のプロパガンダと言っていい。かつては、このようなプロパガンダは、世界中で行われていた。あるいは日本にもあったようだが、今から見れば世界の欺瞞に満ちたプロパガンダに比べれば、無邪気な物でしかない。
 
 アメリカなども正義の国などと馬鹿なことを言っているが、戦争当時のプロパガンダは目に余る物がある。国内で対日戦の世論を喚起するために、国家を挙げて日本人は獣だ、虫けらだ、卑怯者だとの一大キャンペーンを繰り広げた。このあたりは、ジョン・ダワーの「War without Mercy」などに詳しい。
 
 さて、かつての戦争時代などは各国が敵国をおとしめるプロパガンダを盛んに行っていたが、現在戦争でもないのに特定の国をおとしめるプロパガンダを大々的に繰り広げているのは、おそらく特亜だけだ。
 
 そのプロパガンダは、国内向けの教育から始まる。
 
 下記はサーチナにある中国人のブログだが、この手の話は数限りなくあり、たとえば最近読んだ石平氏の「中国大虐殺史」等にも詳しく書いてある。
 
《》内は引用。
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【今日のブログ】中国の学校、授業で教え【国の学校、授業で教える日本の姿とは?

2009/02/26(木) 10:28

一部抜粋

 ここ数日の歴史の授業の内容は第二次世界大戦中の日本に関するものであった。先生は「日本人はとても残忍で、良心のかけらもない」と言っていたが、当時の日本人の行為は明治天皇が強制したものだとも言っていた。

 ー 略 ー
 
 歴史の先生は「皆はこれでも哈日(日本に親しみをもつ、親日の意)になるのか?」と私達に迫ったが、まるで日本に親しみを持ってはいけないと迫られているかのようであり、教師がこのように迫ってはいけないと思う。

  過去の日本についての授業が終了し、先生は現在の日本について語りだした。先生が言うところによると、現在の日本は第三次世界大戦を引き起こす可能性があるという。日本の敵はイスラムと中国だそうである。

 中国には反日政策など無いと、口を開けば言う。しかし、実態はとんでもない。たとえば、2,3年前だったか、中国が国家の肝いりで南京虐殺映画を何本も作り、世界中で上映した事もあった。この南京虐殺映画は、制作者の説明によれば、反日映画ではなく、日本人も又戦争の犠牲者であることを描き、戦争の悲惨さを訴えた作品なのだそうだ。馬鹿も休み休み言えと言いたい。もともと南京虐殺事件なる物の存在自体がまったくのプロパガンダの産物であり、南京虐殺があったかどうかを問うならともかく、南京虐殺事件があったとの前提で作られた映画が、こんな欺瞞に満ちた言葉で説明できる物では無かろう。
 
 それに就き、産経の記事がある。
 
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【土・日曜日に書く】政治部・福島香織 “親日風南京映画”への対抗策

2009.6.21 02:06

そして今年公開の第3作が「南京・南京」。4年の歳月と8000万元(11億5000万円)の制作費をかけたこの大作は、いわずもがな、1937年の旧日本軍による南京攻略戦をテーマにした「南京映画」だ。党中央宣伝部推奨の建国60周年記念映画として、ある程度の観客動員がかけられたとはいえ、国内だけで1億7000万元の売り上げを出した。

 先日、この南京映画のDVDを見た。壮絶な大虐殺シーンと陵辱シーン満載のモノクロ映像は、ドキュメンタリーのように臨場感があった。自分の家族を守るために密告するジョン・ラーベの中国人秘書。売春婦に恋する純情な日本兵士。日本人も人間的に共感をもって描いたいわば“親日風南京映画”だ。

 だが、旧日本軍が南京で無差別虐殺を行い、手当たりしだい女性を陵辱した行為を疑うべくもない事実として描く一方で、唐生智・国民党軍南京防衛軍司令官が自軍に玉砕命令を出しながら自身は逃走したといった史実には触れておらず、あくまで中国側の歴史認識を広報する政治宣伝作品であることは間違いない。


 日本政府は今、日本の潜在的な文化発信力に注目して、特にマンガ、アニメなどのコンテンツ産業推進に乗り出している。その証左が補正予算に117億円が計上されている通称「アニメの殿堂」(国立メディア芸術総合センター)。作品の保存収集が目的という。だが、残念ながら、中国の文化発信力育成戦略に対抗するには発想が貧困ではないか。

 確かに、政府の後押しで日本版の南京映画を北野武監督に撮ってもらったとしても、秀作ができるとはかぎらない。国家が文化・芸術に影響を与えるのはなかなか加減が難しい。だが、中国の宣伝する対日歴史認識を凌駕(りょうが)するような日本イメージを世界に発信できる若いクリエーターの大量育成に同じ額の予算を投じたら、リターンはもっと大きい気がする。(ふくしま かおり)
 
 ついでだが、この映画に日本人軍人役として出演した俳優の香川照之氏の愚かな発言も物議を醸したが、

Wikiによれば

南京大虐殺を題材にした、中国・ドイツ・フランス合作の映画『ジョン・ラーベ』に出演した際には、「この映画を見て、本当に日本人は残忍なことを多くしたのだということを知りました」などと発言して、右派の物議を醸した[3]。

 香川氏がおろかなのは、今まで南京虐殺の事を知らなかったが映画で初めて真実を知ったとは、その映画の内容が事実であると思いこんで疑っていないところにある。役者は芝居をしてなんぼの商売なのだから、ギャラが良かったので出た、と言えばそれでまったく問題はない。役者にその作品の思想信条など問うても意味はないのに、馬鹿なことを言うから、役者とは本当に馬鹿なのか、と他の役者の名誉までおとしめている。
 
 発言の内容としては、次のようなことだったらしい
 
 「この映画を見て、本当に日本人は残忍なことを多くしたのだということを知りました。確かにそれを受け入れることは非常に難しい。難しいですが、現代の人たちにこの歴史を語る必要があります。そういう意味では、私は確かにこのようなテーマの映画が好きです」

 「ガレンベルガー監督は、朝香宮鳩彦親王役を選ぶ際に多くの日本の俳優と会った。しかしほとんどの俳優が出演を断り、最終的に引き受けたのが香川さんだ。「脚本を見た時に、この映画に出るべきだと思いました。その国際的な視点は現代の観客の反省を促すことができるからです。多くの人が、日本人としてどうしてこのような日本人を演じることができるのかと言うかもしれませんが、この役はやはり必ず日本人が演じるべきなのです」
  
 これについて、日本ではそんな馬鹿な、と言うのが大多数の見方らしいが、たとえば遙洋子氏のように、証拠がたくさんあるから、南京虐殺は事実だと思う、と公言する信じられないメンタリティの持ち主が、いっぱしのコメンテーターとしてテレビなので発言している。つまり、嘘も100回言えば本当になると言う中国人のプロパガンダは有効なのだ。デーブスペクター氏も、事実を伝えるためには誇張もやむを得ない等と言っていたが、誇張が入れば事実ではないのだ。自称ジャーナリストだという彼の本質をかいま見た気がした。
 
 知らない間に、次のような事態が起きていた。

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国際組織「日本は自国解釈のみ反映」 歴史教科書“一方的”勧告

7月25日7時55分配信 産経新聞

 国際組織「児童の権利委員会」が、日本の歴史教科書について「日本の解釈のみを反映している」などと批判し、日本側に是正を勧告していたことが24日、分かった。具体的な問題点や教科書名には触れていないが、日韓が対立する歴史認識の問題をめぐって、一方的に日本に“譲歩”を求めているようにも受け取れる内容で、外務省などは勧告に困惑気味だ。

 同委員会は、18歳未満の権利についての国際条約「児童の権利条約」が、締約国で履行されているか審査する組織。

 6月に採択した日本に対する文書で「歴史教科書が、歴史的事件に関して日本の解釈のみを反映しているため、地域の他国の児童との相互理解を強化していないとの情報を懸念する」と批判。そのうえで、「アジア太平洋地域の歴史的事件に関して、バランスのとれた視点を反映することを確保するよう勧告する」としている。

 歴史教科書は中学だけで9種類(平成22年度用)あるが、教科書名は特定せず、具体的にどういう情報を基に何を問題視しているかも明示していない。

 ただ、委員会の審査段階では、日韓併合や「従軍慰安婦」という言葉の是非などについて議論を行った日韓歴史共同研究が取り上げられ、ドイツ人委員が日本側に質問したことがあった。

 委員から質問を受けたという文部科学省の担当者は「教科書の記述について具体的な質問もなかったし、韓国のことを単に『コリア』と呼んでおり、北朝鮮との違いも明確ではなかった」と首をひねる。

 韓国と歴史認識が異なることを理由に日本の教科書是正を勧告しているとすれば、重大な問題だ。

 勧告には法的拘束力はないが、外務省の担当者は「適切に対処する、としかいえない」と困惑している。

 外務省によると、同委員会委員は条約締約国の選挙で選ばれ、学識経験者や「人権の専門家」ら18人で構成されている。政府関係者によると、非政府組織(NGO)や日弁連などの見解の影響を受けることはしばしばあるという。

 教科書問題に取り組む「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)は「教科書をどのように書くかは、その国の教育の根幹にかかわる。不当な内政干渉で、断固拒否すべきだ」とする要請書を外務省に提出した。
 
 国連関連の機関がかなりゆがんでおり、腐敗も進んでいることは近年知られている。たとえば、先代の事務総長コフィー・アナン氏は、子息のイラク石油がらみでの利権問題で大規模な汚職を指摘されている。また現事務総長の潘基文氏は、歴代で最も無能で有害な事務総長であると非難を浴び国連の公的会議で独島は韓国領だと書いたパンフレットを配ったり、国連内のテレビなどをサムソン製にしたり、紛争地で使うバスを現代の物にしたり、そして身内を多く国連に採用したりでその姿勢が激しく問われているが、蛙の面にション○ンのようだ。そして今回勧告をしたという機関も、たぶんに金で買われている団体の一つであり、以前にも日本が人身売買をしているなどと馬鹿なことを言った団体と似たような物だろう。
 
 国に宣伝は付き物だが、日本を宣伝する場合、中国や半島に対するネガティブキャンペーンなどしてはいない。だが、世界はやはり嘘を繰り返すプロパガンダ、および金で買われる輩が多いことは、シーシェパードなどにも見られることだ。
 
 嘘はやがてばれる。それは事実であり、世界では中国や韓国が嘘つきであることが広く知られ、彼らが躍起となっておとしめている日本の印象はあがる一方だが、それでもますます落ち込んでゆく特亜が必死になって日本にしがみつく状態を放置しておく事は良くないのではないか。
 
 ネガティブキャンペーンで、特亜についてのねつ造ネガティブプロパガンダをする必要はないし、すべきではないが、放置しているから香川氏のような愚か者が出てくる。きちんと正しい歴史を教育に盛り込み、香川氏や遙氏のような情けない人間が出てこないようにする教育くらいはきちんとすべきではないのか。
 
 また、世界的に、南京虐殺事件が本当にあったのかなかったのかの大キャンペーンを繰り広げるべきではないのか。そうすれば、特亜はますます嘘をつかなくてはならなくなり、その本質を世界にさらすことになる。
 
 南京虐殺事件があったか無かったかについてはここでは省く。無かったからだが、折があればまとめてみたいとも思うし、大きなテーマなので様々な検証が行われている。ネットや各種の本などでもあるので、もし知らない方がいらっしゃったら、ご自分で調べ、ご自分で納得されることをおすすめする。
 
 また従軍慰安婦なども、南京と双璧を為すでたらめであり、これについては当ブログでも何度か書いているので繰り返さない。
 
 参考として、文末に小野田寛夫氏の見た従軍慰安婦という記事を紹介するので、興味のある方は、ご覧いただきたい。ちょっと長いけれど、実際に軍の内部から見た慰安婦の実態が分かる。
 
 
 
 ちょっとサービス

暑さ対策にヨーグルト

 連日の猛暑のため、食欲不振に悩んでいますが、この暑さを逆手にとって栄養摂取と水分摂取一挙両得の秘伝を一つご紹介します。
 
 ヨーグルトは、各種栄養とくにカルシウム摂取に最適であり、また夏に弱りがちな消化吸収に非常に役立つ乳酸菌の接種のためにも是非大量に摂りたいですが、私は牛乳と市販のヨーグルトから自分でヨーグルトを作っています。
 
 牛乳の1リットルパックの上を開け、同じく市販のヨーグルトを大さじ2,3杯入れてからまた上部を密閉してクリップで留め、エアコンの効いていない場所に放置します。今なら34,5℃にはなるでしょうから、丸一日でちょうど良い発酵具合になります。
 
 冬は湯たんぽを抱かせて発酵させていますが、夏はそのまま出来るので重宝します。是非おためしください。

 
 
 
 






小野田寛郎「私が見た従軍慰安婦の正体」


私が見た従軍慰安婦の正体

「正論」一月号より
 首相の靖国神社参拝や従軍慰安婦の問題は、全く理由のない他国からの言いがかりで、多くの方々が論じているところだ。南京大虐殺と同様多言を弄することもあるまいと感じていたのだが、未だに妄言・暴言が消え去らない馬鹿さ加減に呆れている。

 戦後六十年、大東亜戦争に出征し戦場に生きた者たちが少なくなりつつある現今、私は証言として、「慰安婦」は完全な「商行為」であったことを書き残そうと考えた。

 外地に出動して駐屯する部隊にとって、治安維持と宣撫工作上最も障害になる問題は、兵士による強姦と略奪・放火である。そのためにどこの国もそれなりの対策を講じていることは周知の通りである。大東亜戦争時、戦場には「慰安婦」は確かに存在した。当時は公娼が認められている時代だったのだから至極当然である。

 野戦に出征した将兵でなくとも、一般に誰でも「従軍看護婦」と言う言葉は常識として知っていたが、「従軍慰安婦」と言う言葉は聞いた者も、また、使った者もいまい。それは日本を貶める為に後日作った造語であることは確かだ。

 淫らな言葉だが、中国戦線では「ツンコ・ピー」「チョウセン・ピー」と呼んでいた筈であるが、他の人の見ている所でする筈のないことだけに、「慰安所」のことも「慰安婦」のことも、公の場で自己の見聞を正確に発表する人が少ない。あまり詳しいと「よく知ってるね」と冷笑されるのが落ちだろう。
 では何故、君は、と私に聞かれるだろうが、幸い私はその実態を外から観察出来る立場にあったから、何も臆することなく、世の誤解を解くために発表することが出来るのだ。

 ◆漢口の「慰安所」を見学

 商社員として十七歳の春、中国揚子江中流の漢口(現武漢)に渡った私は、日本軍が占領してまだ五カ月しか経っていない、言わば硝煙のにおいが残っている様な街に住むことになった。当時、漢口の街は難民区・中華区・日華区・フランス租界・日本租界・旧ドイツ租界・旧ロシア租界・旧英国租界に分かれていて地区ごとにそれぞれ事情に合った警備体制が敷かれていた。

 日華区とは日本人と中国人とが混じって住んでいる地区で、そこに住む中国人は中華区に住む者と同様「良民証」を携帯しており、そうでない者は警備上難民区に住まされていた。

 難民区は日本兵も出入りを禁止されていて、私たち在留邦人は届け出て許可を得なければ出入り出来なかった。それだけ危険な場所だった。
 私は、仕事が貿易商だから、難民区以外はよく歩いた。ある日、汚れた軍服を着た兵士に「慰安所はどこか知りませんか」と路上で尋ねられ、一瞬思い当たらず戸惑った。しかし看板に黒々と「漢口特殊慰安所」と書いて壁に掲げていて、その前に歩哨と「憲兵」の腕章をつけた兵隊が立っている場所を思い出したのでその通り教えてあげた。映画館と同様に日華区にあった。汚れた軍服から推測して、作戦から帰ってきた兵士に間違いない。街を警備している兵士は、そんな汚れた軍服で外出してないからだ。

 私は「特殊慰安所」か、なるほど作戦から帰った兵士には慰安が必要だろう、小遣い銭もないだろうから無料で餅・饅頭・うどん他がサービスされるのだろうと早合点していた。

 ところが、私の知人が営む商社は日用品雑貨の他に畳の輸入もしていて、それを「慰安所」にコンドームなどと一緒に納入していたので「慰安所」の出入りが自由であった。彼に誘われて一般在留邦人が入れない場所だから、これ幸いと見学に行った。

 私たちは、憲兵に集金の用件を話してまず仕事を済ませた。日が暮れていたので「お茶っぴき」(客の無い遊女)が大勢出てきて、経営者と私たちの雑談に入ろうとしてきたが追い払われた。そこには内地人も鮮人も中国人もいた(現在、鮮人は差別用語とみなされ、使われない。しかし朝鮮半島が日本統治だった当時は「日本人、朝鮮人」などと言おうものなら彼らに猛烈に反駁された。彼らも日本人なのだからと言う理由である)。
 群がってきた彼女たちは商売熱心に私たちに媚びてきた。憲兵は特別な事情の時以外は、部屋の中まで調べに来ないからである。料金は女性の出身地によって上中下がある。また、利用時間も兵士は外出の門限が日没までだから日中に限られるが、下士官は門限が長く、将校になれば終夜利用出来る。料金も階級の上の方が割高で、女性たちは当然、同じ時間で多く稼げることになる。

 半島出身者に「コチョ(伍長─下士官)かと思ったらヘイチョウ(兵長─兵士)か」、「精
神決めてトットと上がれネタン(値段)は寝間でペンキョウ(勉強)する」とか、笑うどころではない涙ぐましいまでの努力をしているのも聞いた。内地人のある娼妓は「内地ではなかなか足を洗えないが、ここで働けば半年か一年で洗える」といい、中には「一日に二十七人の客の相手をした」と豪語するつわものもいた。


 ◆どこにもいなかった「性的奴隷」
 ここで親しくなった経営者の話を紹介しよう。「体力的に大差がない筈なのに、内地人は兵士たちと言葉が通じるために情が通うのか、本気でサービスして商売を忘れ健康を害してしまう。そのために送り返さねぱならず、経営者にとって利益が少ない。兵隊さんには内地人ばかりで営業するのが本当だが」と本音を漏らしていた。

 私の育った街には花柳界があったので、芸妓と酌婦をよく眼にしたが、当時は玄人女と呼ばれた彼女たちの外出姿でも一般の女性と見分けることが出来た。その目で見れば漢口の街でも同様だったが、特に朝鮮人の女たちは特色があった。というのは彼女たちは数人で外出してくるのだが、民族衣装ではなく、着慣れないツーピースの洋装のせいで着こなしが悪く、また歩き方にも特徴があって一目で見分けられた。

 彼女たちは実に明るく楽しそうだった。その姿からは今どきおおげさに騒がれている「性的奴隷」に該当する様な影はどこにも見いだせなかった。確かに、昔からの言葉に、「高利貸しと女郎屋の亭主は畳の上で往生出来ぬ」というのがあった。明治時代になって人身売買が禁止され「前借」と形は変わったが、娘にとっては売り飛ばされた」ことに変わりはなかった。

 先述の「足を洗う」とは前借の完済を終えて自由の身になることを言うのだが、半島ではあくどく詐欺的な手段で女を集めた者がいると言う話はしばしば聞いた。騙された女性は本当に気の毒だが、中にはこんな話もある。「『従軍看護婦募集』と騙されて慰安婦にされた。私は高等女学校出身なのに」と兵士や下士官を涙で騙して規定の料金以外に金をせしめているしたたかな女もいた。またそれを信じ込んでいた純な兵士もいたことも事実である。日本統治で日本語が通じた故の笑えない喜劇でもある。
 ところで、その「慰安所」にどれだけの金が流れたのだろうか。これが「慰安婦」が「商行為」であった確かな事実である。私の次兄が主計将校で、漢口にある軍司令部に直接関係ある野戦衣糧廠にいたので「慰安所」について次のような統計があると教えてくれた。

 当時、漢口周辺には約三十三万人という兵力が駐屯していたが、ある理由で全軍の兵士の金銭出納帖を調べた。三分の一が飲食費、三分の一が郵便貯金、三分の一が「慰安所」への支出だった。貯金は給料の僅かな兵士たちにとって嬉しいことではなかったが、上司から躾として教えられている手前せざるを得なかったのが実情だった。私も初年兵として一ケ年、江西省南昌にいたが、食べたいのを我慢して貯金した。

 一人の兵士がそれぞれ三等分して使った訳ではないだろうが、人間の三大欲は食欲、睡眠欲と性欲と言われるだけに、貯金を睡眠に置き換えると全く物差しで測った様な数字である。ちなみに当時の給料は兵は一カ月平均十三円程で、その三分の一を約四円として計算すると三十三万人で総額約百三十二万円になる。「零戦」など戦闘機一機の価格は三万円と言われたが、実に四十四機分にも相当する。
 サラリーマンの初任給が四十円そこそこの頃だったのだから、経理部の驚くのも無理のない話である。

 以上が、私が商社員として約三年半の間、外部から眺め、また聞き得た「慰安所」と「慰安婦」の実態である。

 私が漢口を去った昭和十七年夏以降に、漢口兵站(作戦軍の後方にあって車両・軍需品の前送・補給・修理・後方連絡線の確保などに任ずる機関)の副官で「慰安所」等を監督した将校の著した『漢口兵站』と照合してみたが、地名・位置等について多少の相違点は見いだしたが、本題の「慰安所」について相違はなく、より内情が詳しく記されていた。これでは誰がどう考えても「商行為」であるとしか言いようがないだろう。

「商行為」ではない、軍による「性的奴隷」であるとそれでも強弁するとすれば、知らな過ぎるのか、愚かで騙されているのか、そうでなければ関西人が冗談めかして言う「いくらか貰うてんの?」なのかもしれないが、あまりにも馬鹿げた話である。
 ◆問題にして騒ぎ出す者たちの狙い

 次に、軍関与の暴論について証言する。 私は二十歳で現役兵として入隊、直ちに中支の江西省南昌の部隊に出征した。初年兵教育が終わって作戦参加、次いで幹部候補生教育、途中また作戦と、一ケ年一度の外出も貰えずに久留米の予備士官学校に入校してしまったから、外出して「慰安所」の門を潜る機会に恵まれなかった。

 だが初年兵教育中、古い兵士には外出がある。外出の度にお土産をくれる四年兵の上等兵に「外出でありますか」と挨拶したら「オー、金が溜ったから朝鮮銀行に預金に行くんだ」と笑って返事をしてくれた。周りは周知の隠語だからクスリと笑うだけだった。

 南昌には師団司令部があった。「慰安所」には内地人も朝鮮人も中国人もいて、兵士は懐次第で相手を選んで遊んだのだろう。私は幹部候補生の教育を、南昌から三十キロ以上も離れた田舎の連隊本部で受けた。

「慰安所」は連隊本部の守備陣地の一隅に鉄条網で囲まれて営業していた。教育の末期に候補生だけで本部の衛兵勤務につくことになった。もちろん勤務は二十四時間である。
 私は営舎係だったので歩哨に立たないから何度も歩哨を引率して巡察に出た。巡察区域の中に「慰安所」も含まれていた。前線の歩哨は常時戦闘準備をしている。兵舎内の不寝番でさえ同様だ。鉄帽を被り、銃には弾を装填し夜間はもちろん着剣である。その姿で「慰安所」の周囲だけならまだしも、屋内も巡察し、責任者の差し出す現在の利用者数の記録を確認する。軍規の維持とゲリラの奇襲攻撃を警戒しているからである。

 考えてみるまでもない、そこで遊んでいる兵士は丸腰どころではない。もっと無防備で不用心な姿の筈である。その将兵を守るべき責任は部隊にあるのは当然だ。それに性病予防の問題もある。そんな田舎に医師や病院がある筈がない。性病予防のため軍医や衛生兵が検査を実施するしかない。

 「慰安所」の経営者は中国人だったし、日本では当時公認の娼妓と呼ばれた女たちも中国人だった。彼らも食料やその他の生活用品が必要だ。大人数なのだから、それなりの輸送手段もいる。辺鄙な場所だから部隊に頼る以外方法がない。部隊が移動する時もそうなるだろう。

 私の話す湖北省の言葉もだいたい通じたので、経営者と立ち話をして彼女たちについてそれなりの様子も聞き出せた。今でも「慰安所」の両側に部屋のある中廊下を巡察した不粋な自分の姿を思い出すが、こんな漫画にもならない風景が現実にあったのだ。これは私の部隊だけではないと思う。
 もう六十年も昔のことである。時代が変わり、また平時と戦時の違いもある。したがって娼妓(ここでは慰安婦に相当する)に対する解釈も当然変化している。そうであるにもかかわらず、すでに証拠も不完全になっていることを幸いに、今更これを問題にして騒ぎ出す者たちの狙いは何なのか。言えることはただ一つ、不完全だからこそ喚き散らしていれぱ、何かが得られると狙っているということだ。

 戦場に身を曝し、敵弾の洗礼を受けた者として最後に言っておく。このことだけは確かだ。野戦に出ている軍隊は、誰が守ってくれるのだろうか。周囲がすべて敵、または敵意を抱く住民だから警戒を怠れないのだ。自分以上に強く頼れるものが他に存在するとでも言うのならまた話は別だが、自分で自分を守るしか方法はないのだ。

 軍は「慰安所」に関与したのではなく、自分たちの身を守るための行為で、それから一歩も出ていない。

「異常に多く実を結んだ果樹は枯れる前兆」で「種の保存の摂理の働き」と説明されるが、明日の命も知れぬ殺伐とした戦場の兵士たちにもこの「自然の摂理」の心理が働くと言われる。彼らに聖人君子か、禅宗の悟りを開いた法師の真似をしろと要求することが可能なのだろうか。
 現実は少ない給料の中から、その三分の一を「慰安所」に持って行ったことで証明されている。有り余った金ではなかったのだ。

「兵隊さん」と郷里の人々に旗を振って戦場に送られた名誉の兵士も、やはり若い人間なのだし、一方にはそうまでしてでも金を稼がねばならない貧しい不幸な立場の女性のいる社会が実際に存在していたのだ。買うから売るのか売るから買うのかはともかく、地球上に人が存在する限り、誰も止めることの出来ないこの行為は続くだろう。根源に人間が生存し続けるために必要とする性さがが存在するからだ。

「従軍慰安婦」なるものは存在せず、ただ戦場で「春を売る女性とそれを仕切る業者」が軍の弱みにつけ込んで利益率のいい仕事をしていたと言うだけのことである。こんなことで騒がれては、被害者はむしろ高い料金を払った兵士と軍の方ではないのか。

 「正論」一月号より



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