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企業内公用語は英語にすべき?

 先頃相次いで、ユニクロを展開するファーストリティリングとネット通販大手、楽天が、社内の公用語を英語とする、と発表した。それに対し、ホンダの伊東社長は、そんな馬鹿なことはない、と一蹴した。
 
 《》内は引用。 

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社内で英語公用語「バカな話」ホンダ社長

 「日本国内(の業務)で全部、英語なんてバカな話はない」――。ホンダの伊東孝紳社長は20日の記者会見で、社内共通語を英語にする考えに否定的な考えを示した。


 国内企業では、インターネットサービス大手の楽天が先月、2012年中に社内で英語を公用語とする方針を打ち出した。

 ユニクロを展開するファーストリテイリングも、外国人社員を交えた会議や海外店への文書を原則、2012年3月から英語に統一する予定だ。

 自動車業界では、仏ルノーと資本・業務提携している日産自動車が役員会などで英語を使用し、書類の日英併記などを進めている。

 これに対して、98年から米国の研究所の副社長を務めるなど海外経験もある伊東社長は、「グローバル展開する中で、必要な時は英語を使うのは当然で、(日本語と)使い分ければいい」と述べた。

(2010年7月20日20時09分 読売新聞)

 ちなみに代々ホンダの社長は流ちょうな英語を話し、初代の本田宗一郎社長も独学ながら十分に通用する英語を話していたと聞いている。そして、私はこの伊東社長の意見を100%支持する。

 もし英語を使いこなすことがグローバリズムであり企業の必須条件なら、いっそのこと日本の公用語も英語にすればよいと言うことに行き着くだろう。日本人が使う言語は日本語であり、これはたんなる意思の伝達のツールではない。人間の思考は、脳の中で文章を組み立てることで成り立っている。したがって、まともな言葉も使えない、語彙もまともにない人間は、まともに物を考えることが出来ない。ただし、例外的に、イメージで物を考えるイメージシンカーという人たちも存在するが、あくまで少数派に過ぎず、大半の人間は、論理思考を脳の中で組み立てる文章で行う。
 
 日本人の価値観は日本人特有の思考方法と強固に結びついているが、その意味で、日本人にとって日本語は思考の道具であり、価値観を形成する要素であると言って良い。只の意思伝達ツールではないのだ。
 
 具体例を挙げよう。
 
 私は仕事上英語を使わなくてはならなかったので若い頃から英語を使ってきた。今では、特殊な専門分野などでは駄目だが、つまり日本語でも理解できない分野では駄目だが、自分の専門分野や日常生活では、英語で別に不自由しない。映画でも字幕は観ないし、ラジオでもAFN (American Forces Network) を聞き流しているが、きちんと聞き取れる。別に注意していなくても、興味のあるニュースなどは注意を引きつけられるだけの聞き取りが出来る。つまり日本語とあまり変わらない。
 
 アメリカで生活していたときも、まったく不自由を感じなかった。当然、英語で話しているときは、英語で物を考えていた。
 
 すると面白い現象に気が付いた。英語では表現でき、考えられるのに、日本語だと表現できずその概念をうまく日本語で考えられない場合があるのだ。むろん、その逆もある。つまり、言語を入れ替えてしまうと、思考内容が変わり、極端に言うと価値観が変わるのだ。一番大きな違いは、英語の場合、白黒がはっきりし、曖昧な状態で納得できず、また他に向かっては自己主張が強くなる傾向が絶対にある。
 
 さて、長々と書いたが、だからこそ、日本人にとって、日本語を日常的に使うことは日本人の価値観を保つために必要なのだ言いたいのだ。
 
 社内での意志の疎通も、日本の会社で日本人同士が行う場合、互いに日本人の価値観であうんの呼吸で行わなければならないとき、英語で意志の疎通など出来ない。むろん、外国人相手なら英語でやるのも良かろうしフランス語でもドイツ語でもかまわない。それなら、日本語でもかまわないはずなのだ。
 
 海外との文書のやりとり、国際会議で日本人が同等に渡り合うなら、もちろん、ネーティブ並の言語能力が必要になるだろうし、なにより、彼らの思考方法を身につけなければならない。日本人同士のあうんの呼吸など通じない。それなら、むしろ、自分の英語能力の限界をきちんとわきまえ、専門スタッフを通して行った方がよい。その方が間違いがない。それは私の経験からはっきり言える。
 
 たしかに、英語が世界共通語であることは認める。しかし、日本の会社で日本人同士が英語を使って言いたいことが言えない、せっかくの日本語の意志の疎通のやり方を捨てて最終的に意志の疎通が出来ないなど、ばかげているのではないのか。
 
 これについて、企業内では英語を公用語にしなければ国際競争で勝てないと主張する人々がいることは承知しており、たとえばこのような意見がある。
 
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「国際化の必然」?「長いものに巻かれる発想」?社内の「英語公用語化」
【金曜討論】
2010.7.23 08:53

一部抜粋

国際競争力向上には当然

 
 「これまでのように日本語で資料を作って、翻訳して海外に情報発信するという二段構えは、効率的ではない。インターネットの時代、翻訳を通した数分の情報発信の遅れが、不公平な投資障壁として海外投資家から訴訟の対象となる可能性もある。それならば最初から英語で文書を作り、会議をした方が効率がいい」
 
 〇英語で評価の方向

 --国内中心に展開する企業は必要性を感じないかもしれない

 「もちろんそれは各企業の判断だが、そういう選択が許される余地は今後狭くなる。これから間違いなく日本の人口は減少し、日本経済を日本市場だけで回していくというのは無理になっていく。競争力のある会社は、海外で利益の過半を上げていくようになるのは必然だ。大企業のトップの条件に英語力が求められたり、人事評価に英語力が考慮されたりするのは自然な流れだろう」

、日本語に加えて英語もできるという状態になるわけだ。英語を使いこなすことで、世界に日本文化の良さを伝えられるようにもなる」(磨井慎吾)

--英語に苦手意識を持つ人も多く、実行に難航も予想される

 「日本の英語教育の問題は大きい。約2千時間英語と接触すれば、非ネイティブの話者としては十分な運用能力が付くというのが定説だ。ところが日本の英語学習は、週4コマ〇英語で評価の方向


 「そもそも英語とは、近代以降、世界を支配した世界最強国の言語であり、弱小国の言語ではない。英語の公用語化を採用すれば、強国が母語で意見を言えるというアドバンテージを与えることになる。現在の、英語公用語化の発想は長いものに巻かれ、勝者のルールでやっていくというもの」

 ●不公平序列ができる

 --世界企業として生き残るためだと理由付けされている

 「『仕事はできるが英語ができない』人よりも『仕事はできないが英語はできる』という人が社内で高い格付けを得ることになる。TOEICの点数が高くて、発音も良く、アグレッシブに自分の意見を主張することこそがベストだという、アメリカンスタイルのような人間ばかりが企業に集まることになるだろう。日本人同士の会議やトラブルは、日本語で処理した方がスムーズで誤解も少なく、角も立たないのは明らかだ。国際舞台では、英語に秀でた一部の人材や、優秀な通訳を雇えばいい。英語公用語化には企業の思惑も見え隠れする。英語ができる学力優秀な人材は東アジアなどにもたくさんいて、日本人よりもはるかに安い給料で雇える。日本人の就労機会が減り、過酷な労働と賃金の低下につながり、やがては生産性の低下にもなるのではないか」

--現代の英語教育の問題は

 全文だと長くなるので適当にはしょったが、要するに英語が話せれば便利だと言うレベルの話であり、言語が思考の媒体であるという事実を完全に無視している。

 もちろん、私も英語は不要だというのではない。必要な人がやればよろしいと言っているのだ。英語に限らず、外国語を身につければ、もちろん外国の人たちと直接の会話が出来る。これは楽しい。しかし、一般の日本人で、直接外国人と外国語で意志の疎通をしなければならないケースがどれだけあるだろうか。考えてみればよい。ほとんど無いのが実情ではないのか。
 
 英語を話せなければグローバル時代、勝ち残れないと言うが、どうして日本はこんな狭くて資源もないのに世界で第二位の経済大国となり、トップクラスの科学技術、工業生産力を備えた国になったのか。その間、日本人のどれだけが英語を使いこなせたというのか。
 
 上記の記事で内田樹氏(英語を社内公用語にすべきと主張する御仁)は、日本における英語教育のシステムがなっていないと言うが、なぜそんな貴重な時間を英語にかける必要があるのか。2000時間必要だと言うが、それならきちんとした国語教育が先だろう。
 
 仕事で使う人は自分で何千時間でも好きなだけ費やせばよい。また趣味でやりたい人に止めた方がよいなどと言うつもりはない。だが、日本語できちんと思考できず話せない人間がどんな外国語を学んでも絶対に母国語以上の言語能力は身に付かない。
 
 話は少し戻るが、日本は最初オランダ語から西欧語に近づいた。それから英語にうつったわけだが、当然ながらまともに使いこなせる人間などごくごく一部に限られていた。にもかかわらず旺盛に海外の情報を取り入れ、専門家が日本語に訳しそして普及させた。その結果が、開国後20年ほどで世界の中の強国の一つになり、またあっという間に近代化を成し遂げ、またWW2後20年ほどで戦前を越す経済大国になった。日本が国際競争で勝てないなど、全くの嘘であり、一時期年率17%と言う成長率を記録した。これは古今東西日本以外に成し遂げたことのない成長であって、この時期でも日本人の大半は英語などまともにはなせなかった。今以上に英語とは縁遠い生活をしていた。
 
 それにもかかわらず科学技術、教育、情報でいささかも遅滞せずやってこれたのは、専門家達が日本語に訳し、普及したためだ。これこそが必要なのであり、もし、日本語に訳すことがなければ、とうぜんこれほどの日本の発展などあり得なかった。それはそうだろう、母国語でもない新聞やテレビの内容を日本人が全員理解するなどあり得ないからだ。
 
 西欧以外で、母国語だけで高度の教育が出来、高度な情報が得られ、出版文化が成り立ち、最先端の科学技術が達成できる国は日本以外ほとんど無い。だから、たとえばインドなどでは高度な教育を受け、技術を身につけ、まともな仕事をするためには英語が必要不可欠であり、またインド国内だけでも100を越す方言が入り交じっていて国内での意志疎通に共通語として英語が必要な状況があるから、教養のあるインド人は例外なく英語を使いこなす。インドばかりでなくフィリピンでもタイでも似たような状況だろう。
 
 一方、日本に働きに来ているアジアの人々の日本語能力は非常に高く、おそらく来日して3ヶ月もすればほとんど日本語の会話に不自由はなくなる例は、多くの韓国や台湾から来ているタレントをみれば分かるだろう。本当に生きるために必要であれば、外国語などすぐに身に付くのだ。
 
 しかし、日本では、すべて日本語で用が足りる。基本的に、英語など知らなくても生活には関係がない。とうぜん、日本人が英語を話せないのだし、その意味でアメリカ人などは英語以外の外国語を話せる人間など、ほとんどいない。
 
 だから、必要な人、あるいは趣味でやりたい人だけが英語を学べばよいのであり、教育を受ける貴重な時間を、使いもしない英語のために費やすなど、大変な無駄なのだ。
 
 もう一つ深刻な問題が起きる。幼児教育で3,4歳から英語を学ばせる親とか、子供をアメリカンスクールに通わせる親がいるが、そうすると子供の価値観が英語で出来てしまい、親との真の意志の疎通が出来なくなっている。もちろん、日本語で会話は出来るが、その元になる価値観が違うので、親子でありながらあうんの呼吸が通用しないのだ。
 
 また、幼い頃に言語中枢に英語を入れてしまったために、まともな日本語能力が生涯身に付かない、日本語を話せても所詮、日本人でありながら日本語が外国語になってしまうのだ。英語が悪いとは言わない。しかし、英語でなければならない、英語でなければ国際競争に勝てないなどと言うのはあまりにばかげている。
 
 最後に、楽天の三木谷社長が記者会見を行い、社内の公用語を英語にすると発表した。よせばいいのに英語でやったのだが、その英語を聞いて驚いた。ひどいレベルで、あれでは社内で意志の疎通などまともに出来ないだろう。社内では、誰も社長に向かって、あなたの英語はひどすぎるからもっと勉強しなさいとは言わないのだろうと想像した。
 
 社長の隣に外国人がいるが、おそらく役員なのか。笑いをこらえているように見えて仕方がなかった。
 
 その動画だがURLを載せようとしたら、すでに削除されていた。誰かに恥をかくなと指摘されたのではないのか。せめて保存していた画像を紹介する。
 
 楽天三木谷社長

 
 英語と言えば、麻生元総理大臣や鳩山由紀夫氏の英語がうまいと聞いていたが、テレビなどで見る限りでは到底御両者とも聞きやすいとは言い難い。うまいか下手かと言えば、うまく話しているように見せかけているだけ、と言うことになろう。あんな英語を話すくらいなら、正式の場所ではきちんと日本語で話し、通訳を使うべきだろう。もちろん、プライベートの場合は何語で話そうが自由だが。
 
 
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