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韓国 倫理崩壊

 これは呉善花女史の著作そのままのタイトルだが、そもそも彼の国に論理などと言う物があるのか、論理を元に思考する習慣があるのかを私も常々疑問に思っているから、この本を、元韓国人の呉善花女史が書いたそのままをタイトルとさせていただいた。
 
 呉善花著(ご ぜんか、オソンファ)『韓国 倫理崩壊』(三交社)は、もしかしたら読んだ方もいらっしゃると思う。これを読むと、つくづく韓国とは呪われた国だと思わざるを得ない。国際社会が自分たちをどう見ているかを見ようとせず、まして笑い物になっている事実を認めたくないばかりにますます馬鹿な虚勢を張る、そんな国に見える。
 
 つまり、呪われた国とは言いながら、呪っているのは他ならぬ韓国自身なのだ。もちろん、そんな自国に嫌気がさし、機会があれば韓国を抜け出して二度と戻りたくない韓国人は沢山いるし、また自国にいる同胞達に、もっと目を見開くように話しかけている韓国人(元韓国人)も大勢いる。呉善花女史もその一人だ。
 
 韓国は、実力もないのに昔から中華秩序の中で中国の一の子分を自称し、その中で日本は自分たちの下に観ていたから、現実には日本がアジアでもいち早く近代化し、押しも押されもせぬ近代先進国になったことを認めたくない。普通なら、どうして日本がそうなったのかを学ぶと言うのが当たり前と思うだろうが、韓国はそうではなかった。
 
 だから、中国の属国でしかなかった自国の歴史を好きなだけ改ざんし、常に自分たちは日本より勝れていて、ただ野蛮な日本に武力で侵略され、すべての文化的資産を奪われたとのおとぎ話を作って、自らそれを信ずることで己の惨めさを観なくても済むようにしてきた、とは何度も書いた。事実を認めることは、彼ら自身の存在意義を失うことだと思っているのだろう。
 
 象徴的な画像がネットにあったので、ちょっとお借りする。
 
現実と妄想
 
 
 これは単なるドラマではないかと言うなかれ、韓国が主張する自国の文化、歴史はすべてこのように脚色されており、この画像が彼らの言う半万年の歴史なのだ。
 
 たとえば彼らの脚色の中では、強制連行で、朝鮮人が日本に連れてこられて強制的に働かされた、と言うのだが、事実は経済的理由、および本国での差別から逃れるために自ら日本へやってきた。
 
 創始改名は日本による強制であり、朝鮮人から名前を奪ったという。だが、事実は殆ど韓国人から改名を希望したのであり、実際に大勢の朝鮮名のままの日本軍人が、靖国にまつられている。
 
 戦後、日本が韓国になした経済援助によって地下鉄もできた。製鉄所もできたが、それを知る韓国人は殆どいない。呉女史自身が日本に留学にくる前まで、あれは韓国自らの努力で建設したと思っていたという。
 
 日本文化の輸入が厳しく制限されていた時期、映画、テレビドラマ、音楽、文学、漫画、お菓子などなどありとあらゆる日本製のものが韓国では韓国発祥として売り出された。ドラえもんが日本の漫画であることを知らないで子供時代を過ごした韓国人が裏切られたような気がした、とどこかに書いていた。
 
 今でも韓国のヒット商品であるセウカンはかっぱえびせんそのままであり、ポッキー、キットカットなどなど様々な日本製の有名なお菓子が、そのまま韓国発祥としてパッケージから中身までまったく同じ物がそのまま売られており、ほとんどの韓国人はそれらが韓国製のお菓子だと思っているし、中には日本がパクッタと信じている場合もあるとか。
 
 巨大ロボットテコンVがマジンガーZそのままのパクリであることは、だいぶ知られているが、それでもパクッた本人は韓国オリジナルだと主張している。ただ、日本のこの分野は強力で影響を受けてしまったそうだ。普通、それをパクリというのだが。
 
 いや、これらを挙げていてはきりがない。何から何まですべてそうであり、今でも日本の楽曲をパクって、それがばれても開き直る似非韓国アーティストはあとを絶たないし、日本のテレビ番組をそのまま焼き直して作るのが韓国テレビ界の病根だとは、韓国でも言われている。だが、それは今でも変わらず続いている。
 
 なぜ、項も嘘が普通にまかり通るのか、なぜ嘘をつくことを恥とは思わないのか。結局、嘘をついても平気、だまされる方が悪いという風土があるから、嘘がまかり通る、これにつきるのだろう。そして、自分の嘘をまったく矛盾無く信ずるのが韓国方式であり、結果のためには手段を選ばない。
 
 何度か書いたが、Wiki 鄭周永(チョン・ジュヨン)によれば
 
 《》内は引用。
 
 「「1万5000トン級の経験しかないのに30万トン級の船を受注した。それから日本のK造船に研修員を送り込み設計図から道具まで盗んだ。盗んだ総量はコンテナ2台分になった」[1]という、不法もいとわない強引な手法で成長。韓国経済の躍進とともに1980年代には造船が隆盛を迎え、現代重工業の造船所がある蔚山は現代グループの城下町となった。」と言うことであり、しかも鄭周永氏自身、それを手柄であるかのようにとくとくと語っている。
 
 つまり、彼らにとって、このような手段はまったく当然であり、悪事であるとの認識がまるで無い。それは、近年の韓国スポーツ界について回って離れない八百長、不正の事実、倫理を欠いた日本批判、欺瞞に過ぎたの歴史に洗脳された韓国人の、奇妙な振る舞いにもいえる。各種世界規模のスポーツ大会での振る舞いは常軌を逸しており、日本のみならず、各国の激しい非難を浴びている事実は否定しようがない。
 
 韓国では、じつに詐欺が多い。世界ランキングも韓国の詐欺発生件数はトップクラス、しかも偽証罪で起訴された件数を人口比で比較すると、韓国は日本の671倍、法廷での誣告罪は日本の4151倍、つまり法廷も「嘘の競演場」だと呉女史はこの本で書いている(本書120p)。
 
 売春は金額に直すと、韓国GDPの5%にも及び、「専業女性」は全韓国女性の4%にもあたる(本書198p)。その韓国が、従軍慰安婦の被害を訴えている。
 
 だからエリート高麗大学で『来世は韓国人に生まれたくない』とアンケートに答える若者が51・4%もあるという。(本書157P)実に過半数以上である。現実に、韓国を抜け出し海外に移った韓国人の多くが、外から欺瞞に満ちた自国の有様、世界での韓国人の嫌われ様をしり、国に戻りたくないと考えているのだ。
 
 グローバリズムと言えば格好が良いが、現実に韓国の留学生がアメリカなどでは急増している。大学によっては、留学生の大半が韓国人である場合もあるが、彼らがアメリカに学びの場を求めているのではなく、自国の大学に望みがないからだし、そしてアメリカ側でも韓国からの留学生にだけ規制を設けているケースが増えてきた。

 呉善花さんは次のように言っている。
 
 「いくら嘘がばれても責任を問われたり職を辞さなくてはならないといった心配がないので(日本では偽メールを流した国会議員は辞職に追い込まれ、大分県教育委員会は不正合格を取り消したが)、誰もが平気で嘘をつくのである」。
 
 なぜこうなったかと言えば、回答はこうだ。

 「韓国人の倫理道徳観は一般に、内面からの自己自身を律するものではなく、外面での形式的なモラリズムの『外貌至上主義』に過ぎないからである。ここのところは、大きく『誤読』している日本人が少なくない」とのことだ。
 
 外貌至上主義、なるほど、韓国が整形大国であることは周知の事実だ。
 
 日本ではそろそろ色あせてきているが、韓流ブームとやらで、最近も韓国人タレントが自殺し、日本からも沢山のファンが言って大泣きしているニュースが一事韓国メディアに連日流れていたが、むろん、ドラマなど個人の好き嫌いだからどうでも良い。しかし、日本のテレビ局は何か意図的に寒流ドラマを垂れ流しているし、NHK教育テレビでも偏向教育番組を垂れ流している。
 
 メディアの内部にそのような集団が潜り込んでいるのではないかと、誰もが思うのではないのか。メディアばかりではなく、政権にも潜り込んでいるのだが。
 
 ところで、今日、こんな記事を見つけた。
 
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【コラム】日本の謝罪談話、ブラントを参考にせよ

 日本が韓国を強制的に併合してから100年となる8月29日に合わせ、日本の首相が韓国への植民地支配について謝罪する談話の発表を検討しているという。日本政府はこの談話に最大限の誠意を込める方針だというが、具体的な内容や形式については、さらに検討が行われるという。


 日本が第2次大戦で敗戦してから65年が過ぎたが、過去の侵略や蛮行に対して心から反省したと考える国はないだろう。周辺諸国が、「日本は本当に心から謝罪を行った」と信じるようになるまで、謝罪は繰り返されるしかない。

ー 略 ー
 
  8月に発表される談話がいわゆる「村山談話」のレベルを超えるかどうかに注目が集まっている。社会党出身の村山元首相は、1995年8月15日に日本の終戦50周年を迎えた際、「(過去の侵略に)痛切な反省の意を表し、心からのおわびの気持ちを表明する」という内容の談話を発表した。
  
ー 略 ー

  ドイツはポーランドに対してそれを行った。1970年12月、ポーランドとの関係正常化条約を締結するためポーランドを訪問した西ドイツのブラント首相(当時)は、予告なくワルシャワのユダヤ人犠牲者慰霊碑を訪れ、ひざをついた。欧米でひざをつくという行為は降伏を意味する。進歩雑誌の「シュピーゲル」さえも非難する中、ブラント首相は「これは自分とドイツにとって恥ではない。自分はドイツ現代史のくびきを思い、誰もが言葉では表現できないときにやることをやったまでだ」と述べた。冬の冷たい雨が降る慰霊碑の前で、傘もささずに濡れたセメントにひざをつきながら、涙を流してドイツの過去を謝罪するブラント首相の姿は、テレビを通じて生中継され、ポーランド国民の心を動かした。ポーランド首相は移動する車の中で、何も言わずにブラント首相を抱きしめ、涙を流した。1944年にナチスに抗議してワルシャワ蜂起を起こしたエデルマン氏も、ブラント首相がひざをついたことに対して「偉大な行為」と評価した。ブラント首相の謝罪後、ドイツは完全に生まれ変わった。ポーランド国民はワルシャワに「ブラント広場」を作り、ドイツのざんげに応えた。


 ブラント首相のようにひざを屈せというのではない。今年8月に、「これで最後」といえるだけの日本の真実の謝罪が見たいということだ。


金泰翼(キム・テイク)論説委員 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

 又か、と思うが、このような妄論は何度も出てきた。むろん特亜に共通している嘘だが、ブラント首相はドイツの戦争犯罪を謝罪したことなど無い。たんに、ナチスのホロコーストに対して、ユダヤ人団体に対して謝罪したに過ぎない。
 
 ちなみにブラント首相の謝罪については、Wikiには次のようにある。
 
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ウィリー・ブラント Wiki

一部抜粋
 
「連邦首相として東ドイツやソ連を始めとする共産主義諸国との関係改善を推し進める「東方外交」を展開した。1970年には訪問先のポーランドの首都ワルシャワで、ユダヤ人ゲットー跡地で跪いて献花し、ナチス・ドイツ時代のユダヤ人虐殺について謝罪の意を表した[2]。同年、エアフルトで東ドイツのヴィリー・シュトフ首相・国家評議会副議長と会談し、初の東西ドイツ首脳会談を実現した。これらの功績により1971年にはノーベル平和賞を受賞。1972年には東ドイツと東西ドイツ基本条約を結び、お互いを国家として承認した。こんにち政治学者や歴史学者の一部は、東方外交がのちの東欧革命やドイツ再統一の基礎となったと評価しているが、当時は保守派の政治家から激しく攻撃された。なお1973年にはドイツの首相として初めてユダヤ人国家イスラエルを訪問した。」

「^ ブラントはあくまでもホロコーストについて謝罪の意を示したのであって、戦争やポーランドへの侵略について謝罪したわけではなく、帰国後にはポーランドが戦後行った旧東部ドイツ領からのドイツ人追放を「いかなる理由があろうと正当化されることはない」と非難している。またこの跪いての献花については当時のポーランド国内で公表されなかったため、ポーランドの一般人には殆ど知られていなかった。日本ではしばしば「ブラントの跪きがポーランドの対独世論を変えた」という趣旨で論じられる事があるが、そのような事実はない」

 ドイツが謝罪したように日本も謝罪しろと言うのは、彼らの例によってでっち上げられた屁理屈、妄論に過ぎない。これと一緒によく引き合いに出されるのが、ワイゼッカー元ドイツ大統領の謝罪と称する物だが、これは私の記事にも書いてあるので、再掲する。

「人種差別を考える」

 よく引き合いに出されるが、ワイゼッカー大統領の次の言葉が戦争に対するドイツの謝罪と言われるが、全く違う。ナチスの行為について遺憾であったと言っているだけ。ナチスはドイツ人が普通選挙で選んだ政権であり、ナチスを熱狂的に支持していたのも当時のドイツ人だ。しかし、戦後は、全ての責任をナチスに押しつけ、自分たちも被害者であるかのように言いのけている。

さて、ワイゼッカー発言;

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5月8日は心に刻むための日であります。心に刻むというのは、ある出来事が自らの内面の一部となるよう、これを信誠かつ純粋に思い浮かべることであります。そのためには、われわれが真実を求めることが大いに必要とされます。

われわれは今日、戦いと暴力支配とのなかで斃れたすべての人びとを哀しみのうちに思い浮かべておりす。
ことにドイツの強制収容所で命を奪われた 600万のユダヤ人を思い浮かべます。
戦いに苦しんだすべての民族、なかんずくソ連・ポーランドの無数の死者を思い浮かべます。

ドイツ人としては、兵士として斃れた同胞、そして故郷の空襲で捕われの最中に、あるいは故郷を追われる途中で命を失った同胞を哀しみのうちに思い浮かべます。

虐殺されたジィンティ・ロマ(ジプシー)、殺された同性愛の人びと、殺害された精神病患者、宗教もしくは政治上の信念のゆえに死なねばならなかった人びとを思い浮かべます。

銃殺された人質を思い浮かべます。
ドイツに占領されたすべての国のレジスタンスの犠牲者に思いをはせます。

ドイツ人としては、市民としての、軍人としての、そして信仰にもとづいてのドイツのレジスタンス、労働者や労働組合のレジスタンス、共産主義者のレジスタンス??これらのレジスタンスの犠牲者を思い浮かべ、敬意を表します。

積極的にレジスタンスに加わることはなかったものの、良心をまげるよりはむしろ死を選んだ人びとを思い浮かべます。

はかり知れないほどの死者のかたわらに、人間の悲嘆の山並みがつづいております。

死者への悲嘆、
傷つき、障害を負った悲嘆、
非人間的な強制的不妊手術による悲嘆、
空襲の夜の悲嘆、
故郷を追われ、暴行・掠奪され、強制労働につかされ、不正と拷問、飢えと貧窮に悩まされた悲嘆、
捕われ殺されはしないかという不安による悲嘆、迷いつつも信じ、働く目標であったものを全て失ったことの悲嘆??こうした悲嘆の山並みです。

今日われわれはこうした人間の悲嘆を心に刻み、悲悼の念とともに思い浮かべているのであります。
人びとが負わされた重荷のうち、最大の部分をになったのは多分、各民族の女性たちだったでしょう。

彼女たちの苦難、忍従、そして人知れぬ力を世界史は、余りにもあっさりと忘れてしまうものです(拍手)。彼女たちは不安に脅えながら働き、人間の生命を支え護ってきました。戦場で斃れた父や息子、夫、兄弟、友人たちを悼んできました。この上なく暗い日々にあって、人間性の光が消えないよう守りつづけたのは彼女たちでした。

暴力支配が始まるにあたって、ユダヤ系の同胞に対するヒトラーの底知れぬ憎悪がありました。ヒトラーは公けの場でもこれを隠しだてしたことはなく、全ドイツ民族をその憎悪の道具としたのです。ヒトラーは1945年 4月30日の(自殺による)死の前日、いわゆる遺書の結びに「指導者と国民に対し、ことに人種法を厳密に遵守し、かつまた世界のあらゆる民族を毒する国際ユダヤ主義に対し仮借のない抵抗をするよう義務づける」と書いております。

歴史の中で戦いと暴力とにまき込まれるという罪??これと無縁だった国が、ほとんどないことは事実であります。しかしながら、ユダヤ人を人種としてことごとく抹殺する、というのは歴史に前例を見ません。

この犯罪に手を下したのは少数です。公けの目にはふれないようになっていたのであります。しかしながら、ユダヤ系の同国民たちは、冷淡に知らぬ顔をされたり、底意のある非寛容な態度をみせつけられたり、さらには公然と憎悪を投げつけられる、といった辛酸を嘗めねばならなかったのですが、これはどのドイツ人でも見聞きすることができました。

シナゴーグの放火、掠奪、ユダヤの星のマークの強制着用、法の保護の剥奪、人間の尊厳に対するとどまることを知らない冒涜があったあとで、悪い事態を予想しないでいられた人はいたでありましょうか。

目を閉じず、耳をふさがずにいた人びと、調べる気のある人たちなら、(ユダヤ人を強制的に)移送する列車に気づかないはずはありませんでした。人びとの想像力は、ユダヤ人絶滅の方法と規模には思い及ばなかったかもしれません。しかし現実には、犯罪そのものに加えて、余りにも多くの人たちが実際に起こっていたことを知らないでおこうと努めていたのであります。当時まだ幼く、ことの計画・実施に加わっていなかった私の世代も例外ではありません。

良心を麻痺させ、それは自分の権限外だとし、目を背け、沈黙するには多くの形がありました。戦いが終り、筆舌に尽しがたいホロコースト(大虐殺)の全貌が明らかになったとき、一切何も知らなかった、気配も感じなかった、と言い張った人は余りにも多かったのであります。

一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことはありません。罪といい無実といい、集団的ではなく個人的なものであります。

人間の罪には、露見したものもあれば隠しおおせたものもあります。告白した罪もあれば否認し通した罪もあります。充分に自覚してあの時代を生きてきた方がた、その人たちは今日、一人ひとり自分がどう関り合っていたかを静かに自問していただきたいのであります。

今日の人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれてもいませんでした。この人たちは自分が手を下してはいない行為に対して自らの罪を告白することはできません。

ドイツ人であるというだけの理由で、彼らが悔い改めの時に着る荒布の質素な服を身にまとうのを期待することは、感情をもった人間にできることではありません。しかしながら先人は彼らに容易ならざる遺産を残したのであります。

罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関り合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。

心に刻みつづけることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老幼たがいに助け合わねばなりません。また助け合えるのであります。

問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。

ユダヤ民族は今も心に刻み、これからも常に心に刻みつづけるでありましょう。われわれは人間として心からの和解を求めております。

まさしくこのためにこそ、心に刻むことなしに和解はありえない、という一事を理解せねばならぬのです。

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以下、長くなるので省略。全文はネットを検索すれば幾つも出てくる。いずれにせよ、彼が具体的に触れているのはホロコーストでありあとは戦争の悲惨さを一般論で訴えているだけである。具体的に、ドイツ軍が悪意を以て他国を侵略した、などとはどこにも書いていない。戦争は悲惨だから止めましょうと言っているだけ。それならば、日本の総理達も言っている。

 しかし、我が菅内閣は、8月にさらなる謝罪をし、すでに決着の付いている日韓基本条約を見直すなどとの戯言を言っている。つまり、民主政権は、嘘で固めた韓国と同様、嘘で固めた利敵政権だと言うことだ。
 
 折から、こんなニュースもあった。
 
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 「トマホーク」水準の国産巡航ミサイル実戦配備

 米軍のトマホーク巡航ミサイルに匹敵する射程距離1500キロ級の国産巡航ミサイル「玄武(ヒョンム)3C」が実戦配備された。

軍関係者は18日、「国防科学研究所が08年から開発した射程距離1500キロの地対地巡航ミサイル玄武3Cの生産に成功した」とし「今年から中部地域に配備していると把握している」と明らかにした。

この関係者は「玄武3Cはすでに海軍艦艇に配備された射程距離1300キロの国産艦対地巡航ミサイルの天竜(チョンリョン)を地対地巡航ミサイルに改造したもの」とし「誤差範囲は3メートル以内で正確だ」と説明した。

米軍のトマホークと国産の天竜はともに艦艇から発射する艦対地巡航ミサイル。玄武3Cには重さ450キロ以下の従来式弾頭が搭載されている。玄武3Cが配備されたことで、韓国軍は韓国型駆逐艦などに搭載された天竜、F-15Kに搭載されたJASSM(370キロ)などで北朝鮮の戦略標的を地上・海上・空中で立体的に打撃できるようになった。
別の関係者は「その間、朝中国境地域に構築されて対応が難しかった北朝鮮のノドンミサイル基地や核施設を効果的に制圧できるだろう」と説明した。

この巡航ミサイルは北海道をのぞく日本全土をほぼカバーしているが、あからさまに日本を仮想敵国として位置づけしている韓国の、この動きに対して、民主政権が何か反応をしたという話を聞いていない。

日本は専守防衛の立場から、他国を攻撃しうるミサイルを一切保有していない。なお、巡航ミサイルとは、通常のミサイルがロケットであるのに対し、ジェットエンジンで航行する無人航空機であることが特徴だ。ジェットエンジンであるため、地面や海面すれすれに水平飛行するので、レーダーによる捕捉が難しく、また長距離飛行が可能で、また大型弾頭の搭載が可能であり、さらに艦船、海中、地表などあらゆるところから発射が可能だ。もちろん、核弾頭の搭載も可能であって、現在の巡航ミサイルは衛星による位置確認システム、つまりGPSで航路を決定しているが、地形を基に、ミサイル自身が地形を判断しながら航路を決定する方式もかつては主流だった。ただ、海洋や砂漠など、地形が単調な場合は制度が狂うので、現在は衛星方式が主になった。

ただし現在は同じ地形を基に飛行するにしても慣性飛行と地形認識を組み合わせ、自分で目標を探して飛ぶ技術も可能だから、必ずしも衛星が必要なわけではない。電波妨害を受けないミサイルも可能であり、日本は比較的短期間に開発可能と言われているが、先述したように専守防衛の建前から所有していない。かつて300キロ射程の物を導入しようとしたが、朝鮮べったりコウモリ党の反対で見送られた経緯がある。

つい、韓国のことに集中してしまった記事が続くが、それほど韓国の悪影響はこの国を蝕んでいると言うことだろう。嘘で固めた相手に理論は通らない。共通した歴史教科書を用いるのが望ましいだの、安全保障で同調すべきだのと戯言を繰り返す売国政権の追い落としが何より急務なのだが。

それにしても梅雨明けしたとたん、暑いですね。私も、日夜問わずエアコンから離れられなくなっていますが、みなさまに於かれても、十分にご自愛の上、体調を崩さないようにお願いいたします。

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