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愛国心、民族教育

 この二,三日、民主政権の売国振り、隣の半島の異常とも言えるつけあがり方を書いていて、なぜ日本はこういう国になったのかを考えてみた。もちろん、答えははっきりしている。民族教育、愛国教育がまったく為されていないからだ。世界のどこに、自分の国をおとしめる教育が為されている国があるだろうか。世界のどこに、自国の国旗、国家などを嫌う人間達が教育を司っている国があるだろうか。
 
 どこの国に、自国を仮想敵国とし、歴史をねつ造し、自国の国旗を毀損し元首の肖像を焼き、口汚く日本をののしる国に対し友好を唱え、融和を勧め、門戸を開いている国があるだろうか。
 
 もちろん、日本の歴史がすべて何から何まで正義に満ちていて理想通りに移行してきたわけではない。また日本の価値観が完全無欠で、日本文化が世界で一番優れている等と言うはずが無く、もしそう主張する日本人がいたら、あまり近づかない方がよい。
 
 しかし、価値観や文化、そして歴史の解釈は、それぞれに民族国家により基準が違うのだから、どこの文化、価値観が正しいと答えを求めること自体が無意味なのだ。だから、私はこのブログでも、日本が唯一正しいと言う言い方をしたことはない。
 
 ただ、世界基準という物がある場合があるから、日本国外で日本流を通そうとしてもそれは無理だろう。ひんしゅくを買う場合がある。小さな事だが、欧米式のスープを飲むとき、皿を持ち上げて口を付けて音を立てて啜ろうものなら、レストラン中のひんしゅくの視線を集めるだろう。だが、海外でも日本食の料亭に行ってそばを食べるときは、威勢良く音を立ててそばを啜って、喩え周りの非日本人達の視線を集めようと、まったく気にする必要はないと思っている。
 
 まあ、たかが食事の作法であって、仮に不慣れなことから周りのひんしゅくを買ったとしても、それほど大勢に影響はない。現実に日本人旅行者は最も歓迎される旅行者として、欧米のホテル関係者の評判を得ている。単にかね払いがよいからではなく、礼儀正しく、無理を言わず、威張らず、正直でごまかさず、部屋の備品を盗まず、部屋をきれいに使い、威張り散らさないからだ。
 
 単に礼儀だけではなく、国として信頼されているから、日本のパスポートを持っていると、ノービザで世界の130ヶ国以上に入国できるが、たとえば中国や韓国のビザでは、入国に制限のある国が多くある。だから、張景子女史などは、そのパスポートが便利だから、日本国籍を取ったと言っているくらいだ。
 
 何度も書いているが、資源もなく国土も狭いこの日本が、世界第二位の経済大国になり、世界トップクラスの科学技術大国になり、教育レベルでもトップクラスであり、世界トップクラスの平均寿命、健康寿命を誇り、世界でも際だった犯罪発生率の低さなどなど、客観的に言って世界でも日本が勝れている面がたくさんある。
 
 国土の広さとか資源の豊富さなどは人間の資質とは関係がないが、日本が誇るべき世界有数の勝れた面は人間の資質、民度による物だ。
 
 だからといって威張る必要もないし、まして他国を侮辱する必要など全くない。だが、現実に価値観の違い、文化の違い、歴史の認識の違いなどという曖昧で基準のない物ではなく結果として、客観的な基準で勝れている面がたくさんあるのに、どうして多くの日本人がそれを理解しないのだろうか。理解し無いどころか、日本をおとしめることがまるでクールだとさえ思いこんでいる馬鹿も大勢いる。
 
 無理もない。教育の中身を見ると、そのように思いこませるような教科書があふれているし、NHKなどのマスコミの論調も、そのような方向を向いている。NHKの放送内容が変更している、と一昨日書いたとき、少しだけ歴史教科書の中身に触れたが、日本が一方的にアジア諸国に苦痛を与えた、だからアジアでも孤立し、世界で嫌われている国だと言うような印象を生徒に植え付けているとしか思えない。
 
 そして、極めつけが日本解体政権であり、泥棒におい銭の謝罪をし、補償をしようと言う内閣だ。そんな政権が誕生したのも、日本人が選んだからであり、元はと言えば日本の有権者に責任がある。
 
 特亜の反日、毀日政策は、愛国教育とか民族教育などというより、単なる劣等国家のひがみでしかないと思うが、世界では自分の国の勝れた点を強調して子供に教育する国ならたくさんある、というより、それが当たり前なのだ。特亜のような嘘までは教育に入れないとしても、都合の悪い歴史を都合良く省き、または都合良く教える場合ならたくさんある。
 
 ヨーロッパがどれだけアジアアフリカに苦痛を与えていたかを正直に教えている欧米諸国は無いだろうし、自国が歴史の長い誇りある国だと教えている国も大半だろう。
 
 なぜ、日本ではそうではないのか。
 
 民族教育、愛国教育とは決して嘘を教え他国をおとしめる教育ではない。自国に誇りを持ち、愛情をもてるように教育することで、他国をも尊重できるのではないか。そう書いたのが、四月の私の記事「愛国精神とは」平成22年04月22日だ。
 
 ところで、ちょっと話がずれるが、私が特亜の批判を書いていると、それは差別だと指摘してくださる方がいる。今回もコメントで又指摘されているが、私は特亜国家の在り方、そして擦り込まれて反日に染まる特亜人を非難し、糾弾しているのであって、個々の中国人韓国人を差別しているのではない。
 
 私のエントリー「在日差別」平成22年04月01日等でも書いているように、個々の中国人韓国人に対する差別は持っていないのだが、それでもその指摘をしてくれた御仁は、それでも無意識に差別をしている、あるいは差別意識を持っていないことと差別をしていないことは違う、とのお言葉をくださった。
 
 私としてはああそうですか、としか言いようがないが、このように差別をしていると決めつける人に対し、いや差別はしていないと説明しても絶対に認めはしないことを知っているので、ああそうですか、としか言えないのだ。
 
 わたしは、アンチ民主だから、民主についてもくそみそに書く。内閣も、閣僚達も批判する。ただし、自民にしても他の党にしても批判はするが、その人は、民主党に対する差別をしているとは言ったことがない。しかし、特亜批判をすると、差別だというのだ。誰が差別意識を持っているのか、お訊きしたいものだが、もちろんまともな答えなどあるわけがない。
 
 毎回のエントリーはほとんどが特亜と民主に対する批判であり嫌悪感丸出しだが、そのたびに、私は個々の中国人、韓国人に対する差別意識は持っていませんと、書きはしない。そんなことは文面から分かるはずだ。特亜の国策、在り方、反日行為、嘘、卑劣さは言うが、一度も中国人はとか韓国人はという言い方をしたことはない。
 
 それでも気付かない内に差別をしていると言うような人に、差別していないなどと説明しても意味がないし、その人を説得しなければならない義務も私にはない。なにしろ、どこのどの部分が、中韓人一般に対する差別なのかを指摘したことがないのだから。
 
 閑話休題
 
 とにかく、日本の教育に絶対的に足りないのが、史実に基づいた歴史教育、日本という国に対する正しい認識、民族的価値観の教育だ。
 
 日本人の大半は日本で生まれ、日本人に育てられ、日本的価値観に浸かってそだつ。いわばそのように脳が出来てしまう。これはさけようがないのであり、大人になって自分の判断で外国に住むことになっても、所詮そこでは外国人なのであり、生まれ育った日本の価値観から出ることは出来ないのだ。だからこそ、その価値観によって生きてゆく日本人のための教育が必要であり、日本人の心のよりどころとしての愛国心を持たせることが、結局世界のどこでも生きてゆける人間を作るのではないのか。
 
 愛国教育とは決して排他教育ではない。国際化の時代と言われ、国際化の時代だからこそ、日本人としての愛国心は必要不可欠なのではないだろうか。
 
 四月に書いたエントリーを下記に再掲する。
 
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愛国精神とは

愛国教育、憂国、民族意識、日章旗、君が代、天皇というような言葉に、異常な拒否反応を示す方々がいる。単なる生理的な反応らしく、これらのキーワードが鼓膜をふるわせたその瞬間思考が停止するらしいのだ。

過日、日教組の委員長が、次のように発言したとのことだ。これは、かつて鳩山総理が、日本列島は日本人だけの物ではない、とのたまったのと似ている。

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  ―― ところで、先ほど委員長がおっしゃるように、どうして
  日教組のイメージは良くないんでしょう。

  不徳のいたすところです。それは冗談としても、カタカナで
  「ニッキョウソ」ってなると良くないよね、印象が。愛国心などを
  巡る過去の色んなことも無関係ではないかもしれない。ただ、
  この愛国心を強制するなって言いたいですね。この組織だって、
  「日本教職員組合」と「日本」が付いているんですよ。
  しかし付いているからって、日本に固執することとは別だから。

  ―― 自分の国を大切に思うのは、よくないことですか?

  なんで日本だけを愛さなきゃいけないの。今はグローバルな時代だって。
  日経新聞だって、いつもそう書いてるじゃない。そうした時代の中で、
  じゃあなぜ日本だけを大切にするの。大相撲で、朝青龍や把瑠都(バルト)は
  土俵に上がるな、ということ。

  ―― もちろん上がっていいと考える方が多いでしょう。
  がんばって、実績を残したわけですから。むしろ、彼らに勝てない
  不甲斐なさを感じ、「もっと、がんばれ」と応援する気持ちを持つ人が
  いてもおかしくない。

  日本が大事だと言うなら、中国とか東南アジアなんかに日本企業は
  工場を作らずに、日本に作りなさいよ。理屈の上ではそうなってくる。

  (後略)


http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100420/214084/?P=4

他にも日教組には日章旗掲揚で何故起立を強制するのか、国歌斉唱をなぜ強制するのかなどの発言もあるし、とにかく日本が戦争で悪いことをした、アジアから恨まれているなどなどの所謂自虐史教育など、どう考えても異常な行動が多い。しかもこの種の輩は、自分の思考方法に問題があるなど夢想もしていないようだ。

「日本が大事だと言うなら、中国とか東南アジアなんかに日本企業は工場を作らずに、日本に作りなさいよ。理屈の上ではそうなってくる」

単にビジネスで残すと意識の問題であり、外国に工場を造るのは国家意識とは無関係だが、それを理解出来ない人間が教育の中枢にいるのだ。

教育は次世代の人間を育てる事業であり、この事業に携わる者がもしその思考に偏向した部分があるなら、結果として国家の将来に関わる。日教組を支持母体としている民主党の興石東氏は、教育に政治的中立などあり得ないと言っているが、日本が今どんな危機に瀕しているか理解出来ないだろうか。

さて、国を愛する愛国精神のどこが危険なのか。すぐ右翼だ、暴力だと切り返す方がよほど危険ではないのか。


愛国教育で正しく日本という国を理解させ、日本を愛する様にするからこそ、他国の愛国心をも理解出来るのではないのか。もし、国に問題があったら、それをどう解決するかは、その国の人間以外に誰がするのか。憂国、とは国を憂うことだが、どんな国にもその時その時の問題が生ずるだろう。無関心であって良いはずがない。

民族意識、これも日本国を意識する場合、欠かせない要素だが。世界では他民族が共存するなり反目仕合ながら存在している国が多い。と言うより大半の国がそうだが、日本は世界でも希有な単一民族国家だ。ここで、アイヌ民族がいる、在日がいる、沖縄があるなどと言っても意味がない。日本文化に基づいた価値観によって統一され、日本語が唯一の使用言語であり、日本文化を共有していると言う意味だ。だからこそ、日本という国、日本人という自覚を持つことが出来、正しく国を愛し、正しく国を憂う事が出来る。その意識がなければ、仮に日本に危機が訪れたときさっさと国を捨てれば良いという人間が増えるだけであり、結果として国家が崩壊する。

日章旗、君が代、天皇はその意識の象徴であり、単なる布きれ、単なる歌、単なる一人の人間ではない。これら象徴を尊重することがなぜ出来ないのか。むろん、日本は思想言論の自由が保障されているから個人として日本は嫌いだと言うのもやむを得ないだろう。しかし、自分が教育する子供達に自分の価値観を吹き込むのであればそれは感化出来ない罪ではないのか。

社民党などは国家の解体が理想のようで、国家があるから戦争が起きる、だから国家を無くすれば戦争もなくなる、国家の構成分子とも言える家族も解体すべきであり、夫婦は別姓であるべきであり、子供は社会が育てるとのことだ。

世界の全ての土地が同じ条件で同じ生産力が有れば、世界が一つの国家になることは理屈の上では有るかも知れないが、現実には世界の富は偏っているのだ。無理に一つにしても内戦が起きるだけのこと。

国家としてまとまり、その上で他国をも理解して協調する方法が結果として世界を平和にまとめることが出来る唯一の方法だ。ただし、これも理想論であり、現実は国益のぶつかり合いを外交で妥協しあいながら紛争を最低限にする努力を続けるしかない。

世界を愛するならまず日本を愛し、日本に責任を持てる国民を育てるべきではないのか。


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コメント

歴史と修身でしょうか?

毎回、力のこもったエントリありがとうございます。
我が国を貶めるような教育及び世の雰囲気には、当方も非常に違和感を憶えておりますので、拙宅及び勤務先等では事ある毎に対抗措置を講じております。

しかしながら、斯様な風潮は半世紀以上をかけて醸成されてきただけあり、また、一方的に多数の人へ情報を吹き込むマスコミが先導していることもあり、なかなか根深いものがあります。
拙宅の長女は小学校一年目ですが、担任の教師はもちろん、校長すらも真っ当な国家と歴史の認識を持ち合わせていないようで、幻滅すること頻りです。その副産物だと思いますが、全国唯一の「日本語教育特区」のクセにまともな敬語も使えないですし、「日本語」の教科書に万葉集(ほぼ全て大和言葉で書かれている)が入っていない(なのに漢詩が入っている)始末です。
GHQの焚書・検閲、それに教育改悪によって禁じられた歴史と修身を、小学校の授業科目として復活させることが必要ではないかと感じています(英語なんぞを必修化してる場合じゃない、と思います)。

それに、『教育勅語』の復活でしょうか。
またぞろ、教育勅語を読んだこともないか、サヨクのアホ解釈から入ったような輩が発狂しそうですが、あれほど教育の意義・目的を簡潔かつ明確に示したものはないような気がします。それに、暗誦しても気持ちの良い名調子ですしね。


> ヨーロッパがどれだけアジアアフリカに苦痛を与えていたかを正直に教えている欧米諸国は無いだろうし・・・

この点について、又聞きで正確なところは把握していないのですが、英国では過去の侵略と植民地政策の所業を「反省」する教育を行っていた時期があり、それによって学力低下と暗黒史観の横行を招き、ひいては英国の没落と「英国病」の蔓延の要因となったらしいです(「1988年教育改革法」により是正されたそうです)。
「日本会議」とはどのような団体か、正直、微妙に感じるところもあるのですが、我が国にも参考になりそうな事例かと思います。

※ご参考(「つくる会」のHPで申し訳ありませんが・・・)
「教育荒廃と闘うイギリス -英国教育調査報告- 」
http://www.tsukurukai.com/03_pr_corner/pr_kyouikukouhai.html

No title

歴史と修身でしょうか?

>海獺様

>毎回、力のこもったエントリありがとうございます。

恐れ入ります。このようなお言葉をいただけると、非常な励みになります。

>我が国を貶めるような教育及び世の雰囲気には、当方も非常に違和感を憶えておりますので、拙宅及び勤務先等では事ある毎に対抗措置を講じております。

私は自営業であり、仕事上接する相手はやはり政治的な思想信条とは無関係な形でつきあわざるを得ません。しかし、選挙のことについては、やはり民主にはがっかりしたと言う声が多いような気がします。

>しかしながら、斯様な風潮は半世紀以上をかけて醸成されてきただけあり、また、一方的に多数の人へ情報を吹き込むマスコミが先導していることもあり、なかなか根深いものがあります。

なぜそうなったかを本当に真剣に考えなければならないと思います。実は今回、やはり日本人は心の奥底で保つべき物を保ち、観るべき物を観ているのだろうと思うようにはなっています。安心は出来ませんが。ただ、マスコミが偏向しているのはその登場時からそうであり、かつての戦争をあおり立てたのもマスコミなら、戦後180°態度を変えたのもマスコミです。

ただ、それだけではなく、複合汚染が半世紀の間深く浸透していた事もあまりに軽く考えていたのではないかと思っています。気が付いたら教育は異常な偏向をしており、しかもその判断基準まで教育にゆだねられていたために、教育の偏向に気付くことがなかなか出来ませんでした。

私は自民支持ではありません。むしろアンチ自民とでも言いたい方ですが、その理由の大きな一つが、日本社会をここまで蝕ませた一方の張本人であることです。それでもなお、民主よりはましで、結局、保守系の小党連立くらいの政権が良いのかも知れないと最近思っています。


>拙宅の長女は小学校一年目ですが、担任の教師はもちろん、校長すらも真っ当な国家と歴史の認識を持ち合わせていないようで、幻滅すること頻りです。

まったくそうですね。私の時代の教師達もそうでしたし、あからさまに共産主義礼賛を熱心に説いていた教師もいました。さすがに、あれはおかしい、と私たちも感じていましたが。

>その副産物だと思いますが、全国唯一の「日本語教育特区」のクセにまともな敬語も使えないですし、「日本語」の教科書に万葉集(ほぼ全て大和言葉で書かれている)が入っていない(なのに漢詩が入っている)始末です。

なるほど、それはおかしいですね。ご指摘を受け、気が付きました。

>GHQの焚書・検閲、それに教育改悪によって禁じられた歴史と修身を、小学校の授業科目として復活させることが必要ではないかと感じています(英語なんぞを必修化してる場合じゃない、と思います)。

これはアメリカの政策による物であり、当時アメリカは共産主義を理解しておらず、アメリカの政権の中にコミュンテルンの手が深く入り込んでいたことが、今になって分かっています。結局、日本はアメリカを通して、コミュンテルンの支配を受けたと言うことでしょうか。
>
>それに、『教育勅語』の復活でしょうか。
>またぞろ、教育勅語を読んだこともないか、サヨクのアホ解釈から入ったような輩が発狂しそうですが、あれほど教育の意義・目的を簡潔かつ明確に示したものはないような気がします。それに、暗誦しても気持ちの良い名調子ですしね。

ただ、今の教育界では、まるで悪魔の書扱いですね。
>
>
>> ヨーロッパがどれだけアジアアフリカに苦痛を与えていたかを正直に教えている欧米諸国は無いだろうし・・・
>
>この点について、又聞きで正確なところは把握していないのですが、英国では過去の侵略と植民地政策の所業を「反省」する教育を行っていた時期があり、それによって学力低下と暗黒史観の横行を招き、ひいては英国の没落と「英国病」の蔓延の要因となったらしいです(「1988年教育改革法」により是正されたそうです)。
>「日本会議」とはどのような団体か、正直、微妙に感じるところもあるのですが、我が国にも参考になりそうな事例かと思います。

なるほど、それは存じませんでした。ただ、その正直な反省がいかなる物であったかが分かりません。このような場合、たぶんに行き過ぎのあるのが彼らの常ですので。たとえば、ドイツでは、ホロコーストの罪はすべてナチスの犯罪であり、自分たちも被害者だとのスタンスを貫いているようです。しかし、ナチスも民主選挙で選ばれた政権であり、当時のドイツ人が熱狂的に支持したのも事実です。かれらは、ナチスがドイツとは無関係な存在であるかのような態度を取っていますが、彼らにしてみればドイツ自身の罪を背負うにはあまりに重すぎると言うことでしょうか。現在、ナチスを礼賛する物は無条件で逮捕されますが、このあたりにドイツが歴史を背負い切れていない現状を感じます。

まあ、歴史をまるっきり作り替える何処ぞの特亜よりはましでしょうが。



>※ご参考(「つくる会」のHPで申し訳ありませんが・・・)
>「教育荒廃と闘うイギリス -英国教育調査報告- 」
>http://www.tsukurukai.com/03_pr_corner/pr_kyouikukouhai.html

ありがとうございました。サイトは参照してみましたが、機会があればこの本を読んでみたいと思います。


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