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男女平等


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機会の平等、結果の平等

差別があって当たり前、正しいとか間違っているなどの基準とは無関係に人間社会には差別が存在するのが当然。

女性に能力があるなら全てが女性になっても一向に構わない。総理大臣でも防衛大臣でも代議士でも適任で能力のある女性なら勿論なっても全く問題は無い筈。女性だから男性だからなるものではないあくまで能力のある者がなれば良い。

人間は平等であるべき筈だが、現実にはそうではない。貧しい家に生まれればまともな教育も受けられず良い学校にも行けず、結局社会に出てから貧しい状況になる。そうすれば、その子供達もまたまともな教育を受けられない。誰の責任でなくとも貧困は代々続く。むろん、運や飛び抜けた能力でそこから抜け出し豊かな生活を築くものは居る。が、あくまでそれだけの運や能力が無ければ出来ず、これも全ての人間が平等であるなどとは全く異なる現実を表している。

犯罪者の子供は、普通の家庭の子供よりも犯罪者になる可能性は高い。そして犯罪を犯せばやはりその償いをしなければならず、生まれた環境は決して本人には責任がないのに、その責任を取らされることになる。是が現実であり、是を無視するのは、女性だから一定の割合男性と同じ仕事をさせるのと同様のことになる。

北欧などで、議員の一定割合を女性にする事が決まっているそうだが、もしそれが事実なら自慢できることなどではない。それは全くのナンセンスであり、あくまで能力によって議員になるべきだ。だから、冒頭のように、能力があるなら議員の全てが女性でも全く構わない。

昔、西部劇にはアフリカ系やアジア系は一切出なかった。出るとしても奴隷や使用人などの役でしか無かった。今ではアフリカ系のガンマンが普通に出てくる。が、現実にはアフリカ系のガンマンは存在しなかった。

確かに娯楽作品である映画に誰がガンマンになろうと保安官になろうと構わないとは言える。所詮作り事の映画なのだから。しかし、能力が伴わないのに女性だから一定の割合で議員になるなどは(議員に限らないが)本来の能力があるから支持されるという基本を踏みにじっていることになる。

性別で権利を割り当てるなどは愚の骨頂であり、あくまで能力に応じて権利を割り当てるべきだ。

ただし、現実の世界で同じ能力がありながら女性の収入が低いとか、最近の医学系の大学で女性受験生を意図的に合格率を下げていたなどは言語道断であり、責任者には厳しい償いをさせるべきだろう。それまで不当に落とされていた女性受験生にせめて相応の金銭による償いや謝罪をさせるべきでは無いのか。

また、性別による権利に相違があってはならないが、あくまで能力というなら男女では明らかに異なる。体力一つとっても全く違うから女性がついてはならない職業などもある。これは差別ではあるまい。逆に保育園幼稚園の職員などには女性が男性よりも適任だから多く就業するだろう。それを男女同権として男性に同率割り当てるなどしたら被害は子供が一番受ける。

職業の選択はあくまで適性に因るべきであり、男女の比率云々などは関係が無いはずだ。これを男女同権の問題と混同する輩が多すぎる。

権利と適性は全く違う。権利を尊重するなら最も適した職業に就けるようにすべきだし、性別による適性もあるだろうがあくまで個人個人の適性が優先されるべきではないのか。

それを踏まえて、女性だから家に居て子供を育てて家事に専念すべきだというならそれは間違っている。概ね女性の方が適任だからそうなるだろうが、女性だからそうすべきだというのとは全く違う。

言うまでも無いが、収入はその能力に応じて支払われるべきであり、女性だから安くて当たり前、女性だから結婚してやめるのは当たり前などという概念は持ってはならない。が、女性が子供を産む事実は否定するわけには行かず女性が子育てをするのも自然の法則に則っているだろう。ただ、子育てが他に委ねられるなら、あるいは子育てが終わって本人にその意志があるなら職業の復帰や選択は十分に支援されなければならず、それは別に女性に限ったことではなくて男性でも同じなのではないか。

男女同権平等は当然だが、男女同質ではない事も当然とすべきなのだ。



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