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そもそも文化とは


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世界に二百もの国が有り、それ以上の民族があるのは、人種で別れていると言うより文化で別れていると言って良い。人間、同じ文化の基で生まれ育ってしまえば、価値観や判断基準は同じになるから、例え人種が違って見かけが異なっていても同じグループとして生活を共にする。それが国だ。

世界に二百の国があるとは、世界に二百の異なった文化があると言って良いのではないか。その文化とは、文明の中から発生してきた物と私は考えている。

そもそも、文明とは何か、文化とは何かについては極めて規定範囲が曖昧で様々な考え方があるのだが、ざっくり言えば文明とはある集団の共通した価値観であり、文化とはその価値観に基づいて形成される更に細分化された価値観、それによる生活様式と言えるのではないか。

現人類、クロマニヨン人が発生したのはアフリカ大陸だとされている。そこで集団生活をしていた人類は当然集団生活のためのルールがあったろうし同じ様な思考をしていたから集団で居られたろうし、その為には同じ価値観を持つようになっていたはずだ。自分たちではそれを自覚はしていなかったろうが、集団生活をする猿やライオン、シマウマなどなど同じ群れの中では自然発生的なルールが出来ているし、いわばその群れの中での共通した価値観が存在しているかのように見える。価値観とまで言えるかどうかはともかく、そのような物が共通していなければ集団生活は出来なかったはずだ。人間は精神的に極めて進化しているから集団を作ったときに価値観の共有も当然あったと思うわけだ。発生当時の人類はそれなりに小集団に別れて時には争うこともあったろうし、それは未開民族では普通に有る。が、或集団が周囲の集団を吸収し、その為には価値観を共有し、結局更に大きくなって行くとは普通に考えられる。

その後、アフリカからそれらの集団が世界中に別れて行き、別々の集団になって行けば、当然それぞれの集団は異なる価値観、ルールを作り出して行くはずだ。元は同じ環境の中で生活して至ろうが、アフリカを出れば、それぞれ異なった地域で生活をして行かなければならず、アフリカ当時の価値観では生活が成り立たない。と言うことで価値観の異なる集団が別々の地域で生活をするようになる。そうなれば、次第に互いの価値観の違いは極めて大きくならざるを得ない。

食料の豊富な地域に行き着き住み着いた集団と、極北の農業など全く出来ない地域で住み着いた集団は、生活のための価値観やルールを同じにするわけには行かない。

結局それが地域毎に別れる文明の発祥と言うことになる訳だ。

世界には大きく分ければ西欧文明、ラテン文明、イスラム文明、アフリカ文明、中華文明、ヒンズー文明、スラブ文明などなどに別れるだろうし、分け方によってはもっと細かく別れるのだろうが、この分け方に基準があるわけではないから、大きく分けてこんな物だろう。しかし、文化となると、それこそ国の数だけ、あるいはそれ以上に別れる。同じ西欧文明でも、北欧と南欧、オーストラリアなどで異なるし、同じ欧州に有りながら、ドイツ、フランス、英国、イタリアなどなど全く違う。

私が、文化とは国の数だけあるというのはそういうことだ。もし文化が同じなら、別に隣り合ったドイツとフランスが別々の国になっている理由が無い。嘗てドイツは東西に別れていたが、今は統一している。それは文化が同じだからだ。超汚染は南も北も全く同じだ。本来一つの国だったのだから当然だ。しかし、ドイツとフランスが統一する可能性は全くない。せいぜいEUとしてまとまっているだけだ。そもそも、EUとはクーデンホーフ・カレルギーが提唱したパン・ヨーロッパが起源になっているが、ゆくゆくはヨーロッパを一つの国にするという理念だった。がそれは今崩れつつある。文化の異なる集団が利害を一致させるなど不可能なのだ。

毎度の話だが、日本は世界でも単一国家で独立した文明を持っている国との見方には、余り異論は無いようだ。つまり日本人の文化、価値観は他国とは大きく異なっている。それがパン・アジアAU Asian Unionで、中国や超汚染と統一できるはずが無い。嘗て超汚染は日本に併合されていたのだ。その結果を見れば、似たような中国とも一緒にされるなど全くの悪夢だろう。

しかし、どの文明が勝っているか、どの文化が勝っているかなどは一概には言えない。誰が判断するかで正反対の判断になるのが分かっているからだ。よく、西欧の調査機関などが、法の公平性、国民の平等などで、自己満足の為のデータを出してくるが西欧基準のランキングなど○の突っ張りにもならない。文明や文化などをランク付けする意味も無い。超汚染などは自分たちが日本を罵り侮辱できるから自分たちが上だと思っている。

私も日本人だからどうしても日本の価値観で考えるのはやむを得ない。中国人や超汚染人が、日本は落ち目だ、直ぐに滅びて無くなるという思い込みに反論する義務も無いし、どうでも良いが、ただそれでも日本の価値観で、これは駄目だろうというものは無数にある。

折からコメントでもいただいたが、ソフトバンクの社員が国家機密とも言える情報をロシア人に売っていたと言うのだ。

機密情報をロシア通商代表部に提供か 不正取得容疑でソフトバンク元社員逮捕

この様な事件は数限りなく起きているが、日本にはスパイ防止法が無い。上記も機密情報漏洩を問われているだけだし、おそらく微罪扱いだろう。国によってはスパイ罪は死刑になる。

それでなくとも、東芝は嘗て超汚染に半導体技術を只で教え、結局超汚染サムソンが開発費かけずに製品を安くつくって日本の半導体産業をほぼ壊滅させた。現代造船に造船技術を盗ませた、高速鉄道技術を中国に盗ませた、製鉄所を中国や超汚染に建ててやって、日本の製鉄業が大打撃を受けたなど枚挙にいとまが無い。

こうなると結局日本人の馬鹿さ加減としか考えられないだろう。中国に高速鉄道技術を教えたとき、中国だけで使うように念を押したにもかかわらず、中国は自力開発だと称して海外に売り込みを図っている。インドネシアに高速鉄道を売るために様々な調査をしデータをインドネシアに渡したらそれをそっくり中国に渡された。このような文化を持つ国々を信ずるなど、ゴキブリを信ずるようなものなのだが、国際社会では欺す方が悪いのではなく、欺される方が馬鹿なのだ。

日本にスパイ防止法が無く、日本に情報を渡すと直ぐに盗まれることから、米国の対日情報管理は西欧の比ではなく厳しい。人種差別だけが理由ではない。

盗むことは悪いことだというのは日本国内だけで通用する価値観であり文化なのだが、それが国際社会でも同じと考えるのが日本のお花畑であり、彼らの票を得なければならない政治家の感覚なのだ。憲法九条を護れば、武器を持たなければ戦争にならないと信ずるお花畑文化が今後日本を危うくして行くのでないかと気がかりでならない。






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文化は人それぞれ。

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