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あの戦争を考える 3


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ポール・ケネディの代表的な著書に「大国の興亡」がある。1500年から2000年に至る世界の大国の推移を書いたものだが、結局世界は大国の覇権争いとその地位の交代によって歴史が創られてきたということだ。かつてはスペインポルトガル、そして英国フランス、更に米国と最大の力を持った地域国家が入れ替わり、今は中国日本が台頭してきていると言う大雑把な内容だが、それを読んだ感想としては結果を書いているものの何故世界がそのように覇権国の地位が入れ替わってきたのかが書かれていない様な気がする。

なぜ世界の覇権国家は入れ替わってきたのか。少なくとも日本が戦わなければ、今の世界は未だに西欧支配であり、中国を含むアジアアフリカは未だに彼らに隷属していたろう。世界の歴史が始まった頃、世界は小さかった。それぞれの地域に文明の中心がありそれぞれは確かに交流はあったが大規模な接触も無く、結果として互いの覇権争いも無かった。領土を取り合うだけの大規模な戦争をする能力がまだ無かったという理由だ。

世界の文明の発祥地としてあげられる4大文明、即ちエジプト、メソポタミア、インディア、中華(但し近年ではこの概念は用いられていない)だが、その当時ヨーロッパは単なる蛮族の生息地であり、世界の片隅だった。ヨーロッパが台頭し始めたのは、アレキサンダー大王のメソポタミア征服以後、ギリシャローマ時代からだろうから、現実には有史時代の大半をヨーロッパが世界最大の覇権を持っていたことになる。

なぜ後発地域のヨーロッパにそれが出来たのか。

ヨーロッパは気候的にも食料が乏しく、土地も狭く結局はそれを巡って相互に争いが絶えなかった。つまり戦争に明け暮れていたのだが、戦争は科学技術を発展させる。これは厳然たる事実であり、現代でも原則的に通用する。ただし、現代の日本はほとんど唯一の例外と言って良いが、それはさておき、互いに狭い地域で戦争に明け暮れれば嫌でも科学技術が発展し、ごく短期間の内にヨーロッパ地域は世界最先端の科学技術を持つに至った。当然ながら、軍事力も飛躍的に増大し、結果としてアジアアフリカ中南米、豪州を侵し、全てを強奪し更に豊かになった。むろんキリスト教がそれに大きな力を与えていたのは言うまでも無い。

その過程で、侵略された地域ではそれなりに抵抗をしたが到底刃の立つヨーロッパでは無く、長い間には自分たちがヨーロッパに抵抗しても無駄であって、それならおとなしく差し出し、少なくとも存在だけでも許して貰える方がましだと考えるようになったとしてもある面当然だったろう。

ところで、日本はアジアに有りヨーロッパとは全く離れた地域であって、古代のどの文明にも属していないとみられていた。一つはヨーロッパから離れていたし大陸からも孤立した島国であったために侵略を受けることがそれまで無かったという幸運もあった。ただ、それでも侵略されるのは時間の問題とみられていたろうが、現実には日本は侵略されなかった。

それだけではない、まず日本は開国して以来まずアジアの大国、眠れる獅子の清国と戦い、そして勝った。それまでアジアをほとんど従えていた清国が一時より衰弱していたとは言え、日本との戦いに敗れたことはアジアばかりではなく西欧にとっても驚嘆すべき事態だったはずだ。

しかしいずれアジア地域内での戦争であり、有色人種が白色人種に勝てるわけが無いので、日本が西欧の植民地になるのは時間の問題と見られていたろう。そして案の定、当時世界最大の軍事国家とされていたロシアとの戦争が始まった。当時、ニコライ二世は、勇気の無い野蛮な黄色い猿が自ら戦争を始めるわけが無く、自分が決めない限り日本との戦争になるはずが無い、と語っていたと伝えれている。

当時ロシアは朝鮮に対し手を伸ばしており、朝鮮を植民地化すれば極東に橋頭堡を築けるので、いずれ中国日本を植民地化すれば更にロシアは強大になると考えていた。ロシアが朝鮮に進出しても日本が逆らうなどあり得ないと考えていたのだ。

が、現実には日本はロシアに勝った。なお、朝鮮は初めからロシアに恭順することしか考えていなかったのは、日本が朝鮮を併合した理由でもあり、朝鮮が自らロシアと戦うなどありうることではなかった。それは今でも北朝鮮がロシアの支援で朝鮮半島を二分したことにもつながっている。

ー 続く





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