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香港のデモ


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香港で反中デモ激化、建国70年控え緊迫 台湾でも集会

香港で大規模なデモが始まってから4ヶ月以上が過ぎ、未だに収まる気配がない。

きっかけは香港での犯罪者を中国に引き渡す用に香港政府が決めたことに対し、香港はあくまで自立しているはずだとの意識から中国の支配下には置かれるべきではないとの思いが、特に若い層を動かしているということだ。

香港は元々は慎重中国の領土であったが英国が中国より99年間租借し、英国支配にあった都市だ。1997年、租借期間が終わり、英国から中国に返還された際、英国系の住民はそのまま英国籍を得て英国に帰還したが、中国系住民は英国籍取得が認められなかったという経緯がある。香港人がカナダやオーストラリアに移住する状況があった。彼らは、自由主義で生活していたのが中国の思想統一独裁に絶えられるはずがなかった。中国の発言権も今ほど大きくはなかったこともあり、一国二制度の形態がとられた。そうしなければ香港自体が崩壊する可能性さえあったろう。即ち中国本土の共産党独裁政権の支配下には置かず、香港独自の政府による統治を認めたことになる。

当時、中国主席は鄧小平だったが、彼は心底西欧式の経済を取り入れない限り中国の国力は増強しないことを毛沢東を通じて骨身にしみていたに違いない。とにかく、富める者から富んで行くのが良いと国民に富国を目指すように号令をかけ、その為にそれまでの多くの規制を外した。その結果、それまで政府や軍でつてを保っていた者が急速に富を蓄えるようになったが、彼らの常それを他に分け与えるなどはせず、全てを自分の富として更にそれを使って富を集めるようになった。富の分配という思想は中国人にはないのだ。

香港はその富を引き入れる窓口として便利な機能を備えていたことも、中国が一国二制度を了承した理由でもあろう。

今、中国は確かに富んだ。が、貧しい頃はいくら中国が歪んでいても世界に対しそれほどの悪影響はなかったし、西欧の資本は中国の安い労働力と市場を当て込んで大きく投資をしたし技術供与もした。その結果が今の中国なのだが、かつての植民地と違い、中国は当初こそ西欧の顔色をうかがっていたかに見えたが、金や技術を得て、確かに西欧にとっては脅威となった。それもこれも欧米が蒔いた種だが、元々彼らは中国人が常に自分たちの言いなりになるとでも思い込んでいたのではないか。

今になって中国に力を与えればどうなるかを欧米は学んだかも知れないが、相対的に欧米の力は衰えているし、せいぜい米国が経済制裁を中国対し発動できるくらいのものだろう。

中国にしても、北朝鮮並みに恫喝外交をすればどうなるかは良く理解している。米国と真っ向から対決すれば、共倒れになるだけだし、真っ向からの衝突を避けても圧倒的に中国が不利だ。だからこそ今日本に過去の軋轢などなかったかのようににじり寄り、安倍総理なども日中関係は完全に正常になったと言っているわけだが、無論外交辞令だとは今の日本の姿勢を見ればよく分かる。ただ、日本は中国がいずれ裏切るにしても今にじり寄ってきているのを利用しているだけのことだ。

それはさておき、一国二制度であろうと香港が中国の一部である事実は変わらない。それなりに中国が香港に対し支配力を保つというのは中国にしてみれば当然であり、香港にしてみれば中国から距離を置かなければ今までの香港では居られなくなる、だから抵抗すると言うことになる。

中国はここで折れるわけにはいかない。が、本当に力で香港を押さえつければ唯でさえ欧米が冷めた目で見ているのに、現実に中国の経済のメッキが剥がれる様なことも出来ない。下手をすればウィグルやチベットなどが同調しかねない。

本当にどうなるかは分からないが、結局うやむやにしようとするのではないか。なれば、だが。



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