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人は信じたい事を信じる


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日本のマスコミの質でも書いたが、


太陽が地球の周りを回っている、いわゆる天動説とは人類のほとんどの歴史で信じていたことだ。地球公転説、地動説は人類史で言えばほぼ五百年前、つい最近になって認められたに過ぎない。一部の学者達は紀元前から天動説を主張していたとされるが、ほとんど相手にはされていなかった。

つまり人間は、自分がしっかりと立っているこの大地がふらふらと飛び回っているはずなどない、と信じていたから、それ以外の可能性を最初から受け入れなかったのだ。これは人間の本質を示した一例と言って良い。

誰でもそうだが、自分自身が矛盾を感じない限り人は今信じている事を変えないし、そればかりかそれに反する主張をする者に反発を感ずる。人は人、自分は自分と考えられるならましな方だが、それは成熟した人間にしか出来ないことであり、本来の人間はそれが出来ずに争いをしてきたのが人類の大半の歴史だ。

当然ながら簡単に自分の信じている事を変えられるならそもそもそれは信じているということにならない。それでも自分の信念を客観的に見て、様々な検証を加えて矛盾を発見したらその矛盾を納得させる根拠を求める。それが出来なければ、そもそも自分が信じていたことが間違っているのではないかと疑う。こうやって人間は自分の知識を訂正し理解を深めて行く。が、これも出来る人間は極めて少ない。世界の大半は、自分の信じている事に疑いなど持たない。

全ての人間が同じ事を信じているならおそらく争いは今よりもよほど少なくなるだろうし、全世界が同じ事を信じていれば戦争など無くなる。ただし、全人類が同じ事を信じていたら人類は進化しないので、戦争が出来ない、と言うのが正しいだろう。

卑近な例では、宗教国家は絶対に近代化もしないし自ら発展することが出来ない。全て、例えば豊かな地下資源があるとか、他の国からの補助でしか存在できていないのが明らかだ。

多くの人間が同じようなことを信じているから争いはなくなる。おそらく日本社会が世界でも突出して安定し、安全なのはその為だろう。また日本人は互いの違いを徹底して討論することを嫌う。つまり違うことを考えても曖昧にするのだ。だから、日本の穏やかな安定した社会が出来ていると私は思っている。が、完全にそうならば、日本は宗教国家と同じ、自ら発展できないはずだが、日本の科学技術については今更言うまでも無い。

いつもの通りまた脱線したが、人間が信じたいことを信じるのは人間の本質であり人間が群れで暮らす動物である以上当然なのだが、異論を唱える者をむやみに排除せず、最初は相手にはしないが敵視もしないのが日本人の特徴なのだろうと思うがあくまで私感だ。

ただし、その異論が何らかの形で証明されたり、賛同者が増えてくると、ある日突然それが社会常識になる。日本では度々そのようなことが起きている。今自衛隊を国民の大半が認め、日米安保を当然と考えているが、数十年前は国民の大半が認めていなかったのだ。社会党が自民と二大勢力を張り、共産党も今より勢力があった。

別にクーデターがあったわけでも無いのに、自衛隊も安保も社会党勢力も共産党も大きく扱いが変わったのに大半の日本人はもともと自分がそう信じていたと思い込んでいるかの様だ。

人間は信じたい事を信じる。だから社会は安定する。しかし、自分では信じている事が変化していることさえ気づかないで、相変わらず信じたい事を信じて社会が変化して行く。ただ、その在り方が日本と外国、特に宗教国家や独裁国家とは全く違うのだろう。それらの国では、価値観が変わるためには数百年も掛かるのだろうし、その間に自立できなくなって消滅するしかない。一千年も前なら数百年掛かっても構わなかったろうが、現代では十年かかっても存続に変わる。

欧米の相対的な没落、中国の急激な没落(これについては何度も書いている)、ロシアの没落、南北朝鮮の先行きなどを見るにつけ、日本はましなのだとつくづく思う。



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