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日本経済の先行き



都心などを歩くと少し見ないうちに全く印象が変わっていて驚くことがある。例えば渋谷駅周辺など、ほぼ一年ぶりくらいに行ったときには、一瞬どこがどうなっているのかわからなくなった。渋谷駅に一番最初に来たのは多分40年ほど前だと思うが、当時は東口広我がバスの停留場で向かいには東急会館があったかと思う。プラネタリウムがあり、何度か見た記憶があるが、今プラネタリウムも会館も無くなり、バス乗り場の隣にあった歩道橋もすっかり印象が変わっているし、駅の隣、渋谷警察の向かいあたりには新しいビルが出来ていて無論工事をしているのは知っていたが、このあたりはごちゃごちゃした商店街とか小さなビルが群がっていたと記憶している。

とにかく駅周辺には背の高いビルが次々に建ち、そして駅自体ほぼ全集白い囲いに囲われて工事中だ。この駅、完成したらロケット発射場でも併設されかねない。

無論渋谷だけではない。新橋から東京、秋葉原、新宿、池袋、いやそれだけではないありとあらゆるところが常に巨大ビルの新築が続いていて、ぐるりを見回してクレーンの見えないところは無い。

とにかく私が初めて東京を見てからとにかく変わり続け、そして巨大な建物の新築ラッシュが続いている。また東京には緑が少ないなどと散々言われていたが、少なくとも今の東京は繁華街にも緑がたくさんあるし都心のオープンテラスなどもそれこそ昔からそうだったような木立、一抱え以上もある大木が至る所にある。むろん、そんなオープンテラスのある建物自体が新しいのだから、そんな木立も大木も後から移植したのだろうとは思う。

また思いがけないビルとビルの間などに神社や寺があり、都心でも巨大な寺や神社がそれこそ百年以上前からある。

こんな東京を見ていて、本当に東京には緑が少ないのだろうか、と昔から思っていた。ニューヨークのセントラルパークは巨大だが、都市のサイズは東京に及ばない。その東京にも方々に大きな公園は無数と言って良いほどあるし、そもそも新築のビルも周りに緑の空間が豊富にある。

何を基準としているのかわからないが、東京に緑が少ないというのは違うのでは無いかと以前から思っていた。

さて、やっと本題。日本経済が不振だ、三十年以上デフレが続いているなどなど散々言われているが、その経済不振のはずの三十年間にどうして東京がこれほどダイナミックに変化し続けていられるのだろうか。東京だけでは無い。主要都市は似たような物だ。ただし、確かに地方都市は人口減が進行し、それ故に縮小している場所はたくさんある。これは事実として認めざるを得ないのだろうが、単に視覚的な感じで、日本は決して衰退などしていないと思えるのだが。毎日東京の都心に行って仕事などしていれば東京の変化はわからないのかもしれない。が、ほんの十年、いや五年、三年前と比べてみて、東京がどれほど変化したか思い返してみれば良い。大阪や神戸、京都、横浜など似たような物だろうが。

その間に全国の鉄道網、インフラ、防災対策、道路網などなど日本は絶え間なく向上しているのでは無いか。

むろん、日本にも問題はある。が、野党が政府をたたく決まり文句の一つに経済不振があるが、感覚的に日本が経済不振に陥っているなど思えないのが、一つの象徴として東京の変化をあげた。

そして、無論、実際のデータをあげて日本が決して経済不振状態で無いことはすでに何度も書いている。単にデータだけではなくこのような目で見て肌で感じてデータを裏付けることも必要では無いだろうか。町の新築ビルだけではない、かつては大きな被害を被った様々自然災害でも、近年は目立って被害者数が減っている。それでも残念なことに犠牲者はでるが、かつては万単位で出ていた死者が、今では数十名単位まで減っている。ゼロが望ましいが、最近東北を襲ったかなりの大地震では死者が出なかった。

それだけ防災対策にコストがかけられていると言うことだろう。鉄道網の充実も、気がつかないうちにかなり進んでいるし、リニア新幹線がすでに工事に入っている。

世界では、景気が良くなれば無論庶民の暮らしも良くなるだろうが、それよりも際立っているのは一部の富裕層がさらに金を集めていることだ。日本は世界でもまれなほど資産格差の小さな国だ。これもまた国が豊かだからともいえるのだ。政治も安定している。基本的に生活が安定しているからと考えられないだろうか。

欧米の基準で、価値観で日本経済が思わしくないと彼らがレポートするのは、日本は豊かなはずが無いとの決めつけが多分にあるような気がしている。

結局野党の上記の攻撃は単なる印象でしかない。さらに、他国メディアや専門家などが日本経済の不振を言ったり低い順位をつけたりしている。が、それらが単なる思い込みでしか無いと気づいた論調も出ているようだ。そんな統計を出す多くが欧米系だが、その欧米こそ、足下に火がついていると私には思えて仕方が無い。

東京の変化を冒頭に書いたが、見て感じてみれば実態がよくわかると思ったからだ。



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コメント

景気判断

物事の判断には主観と客観がありますね。
個人の尺度と集団の尺度ともいえるでしょうが、長寿社会となり少子化とも相俟って、還暦以上が1/3を占める中、成人に限ればまだ半数が、昭和末期のバブル景気を体験していて、更には昭和40年代の高度成長をも知る者もまだまだ少なくはありません。
それらの体験者の主観は、自ずと青壮年層の主観とは乖離していて当然です。
アンケート等で景気の善し悪しを問うても、回答者の現状以上に、年齢差による基準のズレが大きく、従ってそれを基にしてろんじても意味がありません。
野党は、与党を引き下げたいばかりに、恣意的にそれら有利な結果を殊更声高にしているとも云えますが、それを基にして政策を進めれば誤るのは必定で、現にその例があの"悪夢の民主党政権"の政策でした。勿論、それに加えて各議員の資質由来の政権遂行能力不足もあり、"コンクリートから人へ"等と宣う端から天災害に襲われ、正に天の配剤を見たかの思いです。心技体のバランスが取れてこそ強靭となるのは、個人も国も同じ道理の下に成り立ちます。

一方で、客観的判断にあっては、様々な要素での上下を指標としますが、拾い上げる要素構成の適正さの検証と、それらを基にしての総合評価では重み付けをせねば誤りを犯し兼ねませんし、政権の都合のよい解操作も可能です。単にプラス項目とマイナス項目の差し引きで善し悪しを論ずべきではありません。この辺りに対しては統計解析に秀でた官僚もいる筈ですから、政府はもっと活用し、適正な判断に資すべきと思います。

職人は数値化出来ぬ要素も含めて感覚的に適正な判断をしますが、一般人の感覚的評価は曖昧この上なく、それを集めても信頼性は低く、適正な処理(これが難しい訳ですが)をした数値的評価に頼らざを得ません。

と、くどくどと御託をのべましたが、具体的に単純な話は、都合のよい感覚論を翳す野党の話は宛にすべきでなく、政府は客観指標の数値評価の精度を上げるべく努めろ、その為の人材は官僚にいる筈であるから、つまらぬしがらみで縛る事なく能力を発揮させる体制を整えろとなります。

Re: 景気判断

いつも適切なコメントをありがとうございます。

> 物事の判断には主観と客観がありますね。

そうですね。しかし、客観的な視点を持てない人には、主観だけが全てです。中韓などは意図的に国民をそのように作っています。しかし、日本にもいますね、お花畑と称する人々ですが、野党もマスコミも彼らに対する印象操作でその主観を変えるやり方しか執っていません。

結局、国家の目的とは、国民を幸福にすることでしょうが、幸福とはまさに主観的判断基準で生まれる物です。となると、間接的に国民を幸せにするとは、客観的な数値を積み上げて行くしか無いわけですが、野党もマスコミもお花畑もそれを全く無視しています。

> と、くどくどと御託をのべましたが、具体的に単純な話は、都合のよい感覚論を翳す野党の話は宛にすべきでなく、政府は客観指標の数値評価の精度を上げるべく努めろ、その為の人材は官僚にいる筈であるから、つまらぬしがらみで縛る事なく能力を発揮させる体制を整えろとなります。

と言うことになりますね。

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