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宗教国家の末路

遠藤周作の不朽の名作、「沈黙」は主人公が激しい拷問を受けた末に転ぶときも神は沈黙を貫き、イエスは自分もその痛みを知るために十字架にかかったと言うのを心の中で聴いた、(ネタバレごめん)のであって神の沈黙の理由は最後まで明かされていない。しかし、なぜ神は存在しないから沈黙もなにも無い、との結論が出て来ないのか。

かつて宗教は国家をまとめる重要な手段であり、民が支配者から苦しめられてもそれは神の意志であるとの理由の為だった。日本でも神話がその大きな役割を果たしている。国を統一したのは天照大神を祖先とした神武天皇であり、それから連綿と続く代々の天皇がこの国を統率しており、後に幕府が天皇の命を受け代理で国をまとめ、さらに近代では軍部が天皇の命により戦争をしていたし、内閣もあくまで天皇の命によって国をまとめてきた。大日本国帝国憲法では第一条が「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とされていたし、そもそも憲法自体が「朕、ここにわが建国の体に基づき、広く海外各国を成法を斟酌して、もって国憲を定めんとす。なんじら、これが草案を起創し、もってきこしめせよ。朕、まさにこれを撰ばんとす— 国憲起草を命ずるの勅語」により制定された。

つまり歴史のほとんどの間、日本は天照大神の直系の子孫が国を統率していたわけだ。べつにこれは日本だけのことではなく、全ての国が王は神の代理として国をまとめていた。王権神授とは国の統率を神により命じられたのが王であるとされていたわけで、ほとんど例外は無い。

古代ギリシャでも神託は重要な決定であり、神の命令だから国民は従わなくてはならないということになっていたし、実際にその神託を神から受け取るのは神官や巫女だった。日本でも邪馬台国の卑弥呼は巫女だった。

国民をまとめなければ国家が成り立たない。大昔なら集団の規模は小さかったし、その中で経験を積んだ強い者が統率していたのは当然だろうが、それらの集団が争ったり協力したりで次第にまとまってくると、当然統率する者の力も更に強大でなければならない。集団の規模が更に大きくなり、全ての構成員に目が届かなくなれば小さな集団毎にまとめさせ、それらの集団をまとめている者達をまとめなければならないなど、それまでのただの力や経験ではまとめきれなくなるが、しかしそれらの力をまとめることが出来なければ他の集団に襲撃され略奪され、殺されたり奴隷にされる。否が応でもその大きな集団をまとめなければならない。そこで使われたのが神の存在というわけだ。

これは世界でも例外は無い。かつては多神教の神々が人間をまとめていた。ゼウス、ジュピター、オーディン、シヴァ、ラー、天帝、天照大神etc.etcはそれらの多くの神々を支配する中心的な神だが、後にキリスト教では父なる神が唯一の神となり、イスラム教ではアッラーが絶対唯一の神とされた。

これらの絶対唯一の神により人間を統率する事を任された王に逆らえるわけがなく、国民は王、即ち神の命令に葉絶対に従っていたし、だからこそ国家も強大になれた。かつてイスラム圏はそろって強大な国家だったが、後に西欧がキリスト教を使って強大な国家になれたのはよく知られた歴史だ。

しかし、当然ながら先進国では今国家の運営が神の意志で為されているなどとする国は無く、表向きは民主主義国家になっている。先進国とされる国々は例外なくそうだ。一方、イスラム圏では一部だがイスラム法典がそのまま法律とされている国はあるし、また表向きは宗教国家ではないとされながら、現実に宗教が国家をがんじがらめにしている国はおおくある。特にイスラム圏はおしなべてそうであり、先進国は全くない。反日教で国をまとめている韓国朝鮮がどうなっているかは言うまでもない。

西欧は一応政教分離を成し遂げているとはされているものの現実には未だ宗教は極めて強い影響力を持ち、宗教を敵にした政府は実際には成立し得ない。ロシアなどは,かつて大弾圧をしたロシア正教を手厚く保護し、その力を遺憾なく利用している。

イスラム教国で先進国化した国は無い。むしろ、退化している。キリスト教国もその色彩の強い国ほど退化の傾向が強い。米国が今世界で唯一のスーパーパワーとされていながら、実際は極めて短期間にその地位を降りるだろうと私は思っている。考えてみれば、かつてオランダ、スペイン、ポルトガルといった国々が世界を席巻し、その後の英国は世界の大半を支配した。英国領には日が沈まないと言われたとおりだ。それらの国々の今の落ちぶれ様は、最盛期には想像も付かなかったはずだ。今到底先進国とは言えず単に石油だけで存在しているイスラム圏も、かつては世界の多くを支配していたのだ。

個人がどのような宗教を信じようとそれは個人の自由、個人の問題だ。が、国家が宗教の自爆から逃れられないとすれば、その命運はもうつきている。いずれ、欧米も今の産油国の後を追うのだ。但し、最近逢う若い西欧人は宗教離れが進んでいるとは思う。が、基本にやはり宗教があるともおもう。

言うまでもないが、宗教の弊害とは、本来人間が疑問を持ち人間が解明すべきことを神の意志としてそれ以上の解明をしないことだ。つまり、科学技術の発展が出来ないということだ。もし西欧が今のイスラム原理国家のような状態だったら、ガリレオが地動説を唱えても未だに認められず、したがって宇宙化学産業など芽生えるはずも無い。今は宗教と国家を切り離したから、科学技術が発展しているが、それでも宗教によって国が縛られている事実は否定出来ない。

その点、日本は実に見事にそれを解決している。そもそも、日本統一の手段として使われた日本神話、神道は宗教とは言えない。教義が無いのだ。神道とはあくまで自然と人間の関わりを言っているだけであり、神の言葉で日本人を縛るようなことは無かった。単に生活様式の様な物であり人間を救うのは人間であり神ではないことを日本人は常に当たり前としてきた。

また、仏教もその意味では宗教ではない。仏教には神は居ない。一応名ばかりの神は仏教にも居るがキリスト教やイスラム教の神などとは全く意味が違うし、そもそも神道の神や仏教の神をGodと訳したこと自体が間違いなのだ。多分、スピリットとでも訳しておくべき存在だった。

神道や仏教は本来の宗教、即ち神によって世界も人間も支配されているとする概念とは全く違う。つまり、神道も仏教も宗教ではない。故に、日本は宗教国家ではない。

宗教から自由である、そして一度も神に支配されたことの無い(天照大神などは支配者と言うより単なる支配の象徴として使われただけであり、古代はともかく天照大神の神託で日本が運営されていたわけではない)日本がどれほど恵まれた存在であるかとつくづく思う。

一方、中国やロシアは宗教による支配を形ばかり捨てたが、それによってまとまっていた国がどうなったかは現実に我々の目の前にある。



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