安倍政権 4

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9)非核武装

これに就いては、私のプロフィール欄にあるように、私は核武装論者であり、何度もここで書いているので、なぜ日本が核武装をする必要があるのかは詳しく書く事もないのかと思う。また、この問題は安倍内閣が決心すれば出来る物ではなく、いわば憲法改正に似たような事案だと思う。ただし、憲法改正は最終的に国民投票にかけなければならないが、核武装問題は憲法で禁止しているわけでもないし、また法的に非核が決められているわけではない。例の非核三原則は、単なる指針であり、防衛費のGDP1%同様、政府が決定すれば直ぐに実施できる。その上で、民主主義国家である日本の政府が、簡単に決定できるはずもなく、広く国民の理解が必要であるのはまさに国民投票を必要とする憲法改正にも似ているということだ。

現状では、国民感情として日本の核武装に対してかなり否定的だと言わざるを得ず、安倍内閣が仮に核武装を望んだとしても到底それを実施できる状況ではないだろう。が、政府として、核武装に真剣に取り組み、なぜ核武装が必要なのかを国民に広く知らせ、広範な論争をして欲しいと思う。

今の非核論も憲法改正論同様、単なる感情論であり今の日本が置かれている状況を全く無視したものでしかない。ただし、両方とも嘗ての話題すらタブー視されていた時代とは異なり、かなりそれを前向きにとらえる風潮は出てきていると思う。それでも、前向きとはそのまま核武装に傾くと言う事ではなく、核武装論議をタブー視せずその必要性、或いは否定の理由を真剣に考えるべきではないかとの主張が増えてきていると言う事だ。

嘗ては自衛隊すら憲法違反であるから即刻解体すべし、日米安保は日本を戦争に引きずり込むアメリカの陰謀であり絶対に阻止などと言っていた時代があったのだ。

今では国民の大半が自衛隊の必要性を認識し、その存在を誇りにさえ思っている。憲法改正も核武装も同じ事だろうと思うが、ただ今現在、その成立を機が熟すまで待っている余裕が本当にあるのかと考えると、甚だ心許ない。

此処で私が書くのは、安倍内閣は何故核武装を推進しないかではなく、なぜ国民にその必要性を説明しないのかということだ。口を開けば日本は核武装をしないと言っているのは、今の国民の大勢に従っているとしか思えない。また、政府が自ら核武装論議をしようとしても抵抗は大きいだろうが、むしろそれを積極的に行い、なぜ核武装をしてはならないのかとの結論を出せばよい。出せなければ、核武装が出来ない。

単に口先だけではなく(或いは本心なのかも知れないが)日本は核廃絶を望み、核を持たないなどと言うのではなく、なぜ核を持たないかをきちんと説明すべきだろう。単に日本が被爆国だから持つべきではないという理屈が全く成り立たないのは普通の理解力が有れば分かるはずで、単なる感情論で核を持たないと言うのであれば、単なる感情論で戦争をしないと決めたから平和が守れる戦争にはならないと言う理屈も成り立つ。その矛盾を、国民に教えるのではなく、国民に自ら考えさせるべきだろう。それこそが民主国家の在り方ではないのか。

さて、簡単にその前提となる事を書いておこう。技術的に可能かどうかは、無論70年前のアメリカ、60年前の中ソに出来た事が現代の日本に出来ないと考える方が不自然だろう。一部には、核開発には核実験が必要不可欠などと言う者達もいるが、現代ではスパコンによるシュミレーションが可能であり、効率は悪いが実際の実験は要らなくなっている。そもそも、米国の最初の核実験はそれ以前の実験無しに行われ成功している。それはソ連や中国でも同じ、近年のインド、パキスタン、北朝鮮でも最初の核実験はそれ以前の実験無しに行われている。一番最初の実験とはそんな物であり、まして日本は原子物理学では極めて高い実績を持っている。開発不可能と考える方がよほどおかしいだろう。確かに米ソ中にもその性能は及ばないとは思うが、インドパキスタンに劣るとは全く有りえないことだ。

コスト的に可能かとは製造コスト、及び運用コストについてだが、これも日本であれば、先ず製造コストは全く問題はないし、運用コストは通常兵器よりもそうとう割安になる。なにしろ、北朝鮮やパキスタンに可能だったのだ。これは核は経済的かとの問題とも一致するのだが、結果を言えば経済的だ。

実際インドパキスタンは年がら年中戦争をしていたが、双方が核開発をした途端全くと言っていいほど戦争をしなくなった。双方の抑止力が機能したため、戦争をしなくて済むようになったと言える。これで経済的メリットが十分理解できるだろう。

ただし、日本の場合、想定される敵は中国ロシアであり、双方とも広大な国土面積を持っているため、日本のような島国では陸上配備は却って標的を絞らせる事になるから、必然的に海中発射をメインとしなければならない。日本は世界でもトップクラスの潜水艦建造運用技術を持っているが、潜水艦からミサイルを発射できる態勢を持っていない。したがって、核ミサイル発射潜水艦の建造、核ミサイルの開発配備が要る。そのためには、当初は防衛予算を倍くらいにしなければならないかも知れないが、配備が済めば、運用人員も、また通常兵器配備も大幅に減らせる可能性がある。結果として大幅な経費削減になりうると考えている。

結局、日本にとって核武装の障害になっているのは国民感情と、他国との関係であろう。そのための努力を、安倍政権に望む次第だ。単に国民感情におもね、まともな説明もせず国民に考える機会も与えず核武装のチャンスを逃すだけなら、従来の政権同様、安倍政権も批判されるべきだろう。

繰り返すが、広範な国民の間の論争の結果核武装が否定されるなら、それはやむを得ない。

ところで、核は使用できない兵器であり、使えない物を持つのは無駄だという理論があるが、それは核による抑止力と言う概念を全く理解していない理屈だ。特に、日本の場合の核抑止力について考えてみると、当然ながら想定される脅威は中国、或いはもしかしたらロシアであろう。その場合、両国とも核大国であり、上述したように広大な国土を有する国であって、仮に日本がありったけの通常弾頭ミサイルを持ったとしても抑止力にはならない。現在の日本にはそのような打撃力はないが、仮に持ったとしても通常弾道ミサイルでは焼け石に水だし、そして通常弾道でも中国が飽和攻撃に移れば絶対に日本は勝てない。なにしろ狭い地域に人口が密集している日本に無数のミサイル攻撃を受けては防ぎようが無く膨大な犠牲者が出るだろう。ちなみに、ミサイル防衛などがあるが、あれは現時点では首都圏を主として守るだけでありそもそも防御率など高くとも数十パーセントほどである事はどうしようもない事実である。そして、仮にそれらミサイルに核が混じっていた場合、日本は手も足も出なく、結局荒廃したあげくに無条件降伏をするしかないと言うところだ。

核を持つ広大な国家に、日本がいくら精密な兵器を持っても絶対に勝てない。日露戦争、いやWW2の時代とも全く違うのだ。日本の防衛には攻撃地点を叩く打撃力がないが、仮にそれを持っても広大な国土の全てを叩く以前に日本は集中攻撃を受けて戦闘能力を失う。

まして、核を用いた攻撃の場合には絶対に打つ手がない。あくまで日本の国防とは初戦で勝つ、その間に米国の来援を待つ、そして米国との共同戦線で対抗するという前提で組み立てられているが、それもWW2の頃とは違う。中国が米国に対し核で恫喝すれば米国はそれを防ぎきる事は物理的に不可能だ。となれば、米国は手を退かざるを得ない。自国民を数百万も殺されてまで日本を護る事は出来ない。

では中国は核を使うかといえば、普通に考えてみて、そんな事をすれば中国自身が世界から制裁を受けるなど大変な被害を受けるだろうが、そのような計算が出来ない、損得尽くで判断できない可能性がある。つまりそのように考えるのは普通の国であり、対外戦争で負ける事が国家の崩壊、中国の場合は中共や解放軍の崩壊を意味し、そして指導部のリンチを意味する。つまり中国は国をまとめるために敵としてきた日本に戦争で負ける訳にはは行かないのだ。

では、そもそも中国が日本に対日戦を仕掛けるかといえば、意図的に今そうする事は考えにくいが、実際には中国の日本に対する挑発は次第にエスカレートしている。中共や軍がどう考えていようと、中国は今の混乱状態の中更に日本に対する優位を示さなければならず、そのために挑発を強めていると思える。さらに、今では洗脳教育で反日思想に凝り固まった世代が中共や軍の中核に進出してきており、彼らは政策ではなく感情的に対日憎悪を抱いていると考えるべきだろう。そして、軍の中では跳ね返りがアメリカや日本に挑発をしそれがエスカレートしてきて、最初関与を否定していた中共のスポークスマンが追認しているなども先に書いたとおりだ。

中国は意志と関係なく偶発戦争に突っ込んでしまう可能性があり、一度そうなれば否応でも勝たなければ自分達がリンチに逢う。だから、最終的には核を使う可能性も否定できない。誰の意志にも関係なく最悪の事態に向けて突っ走る可能性があるのだ。本来使う事の出来ない核も、中国の手に有れば使われる可能性がある。むろん、最悪の事態だが、国防とは最悪の事態を想定して構築しなければなるまい。

しかしその中国でも、日本が核を持ち、しかも中国全土を壊滅できるだけの核を持てば、それは十分に抑止力になりうる。中国が理論的な理由で核を使用しない事が絶対に期待できないなら、本能的な恐怖を与える事で抑止しなければならないわけだ。

では、日本にはそのような規模の核保有が出来るのか。結論からすれば出来る。ちなみに1000発の小型核を中国全土にばらまけば、完全破壊が出来るとしよう。一方、中国からの核に、日本は瞬時に壊滅させられるから陸上発射は効果がない。即ち海中発射が唯一の方法となるが、日本にはそれを開発する技術は十分にある。

今の多弾頭ミサイルでは弾頭が十数発は積めるし、一隻の潜水艦で10-20発くらいのミサイルが搭載できる。となれば、一隻で最大300発くらいの弾頭を持てるわけで、3,4隻有れば1000発が持てる計算になる。むろん単に計算上の話だが、これが実現すれば仮に日本が壊滅した後でも中国全土に1000発の核をばらまける事になる。

まさに、相互確証破壊であり、勝者の存在しない戦争であって、だからこそ核は使用できない兵器であり、国土面積にも関係なく日本にも構築できる抑止力となるわけだ。

ただ、理論の通用しない相手には恐怖で抑えるしかないのでありこの様な相互確証破壊、MADしか抑止力にならないと言う事だ。正にMAD(狂気)ではないか。

此処までしないとしても、現実に北朝鮮の核は朝鮮や日本を人質に取っており、さらにアメリカの一部も人質に取っている。潜水艦発射に成功し、それに先立つ地上発射も移動発射台のため発射の余地が出来ず、防衛庁の意見として、日本は北朝鮮のミサイルを防ぐ事は出来ないと言っているのだ。

いくら北朝鮮がテロ国家であろうと人権無視国家であろうと、現実には北朝鮮を暴発させる事が出来ない、即ち北朝鮮を追いつめ暴発するような事には出来ないのだ。これもまた十分北朝鮮にとっては抑止力になっていることを理解すれば、日本の核武装が何故必要なのかも理解できるのではないか。是非とも、安倍政権にはこのことを留意した国防計画を立てて欲しいと思う。

ー 続く
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