スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

あの戦争は間違っていたのか

今の日本は余りに平和であり、世界中で戦争が今展開し、無数の難民が発生し、無数の無辜の人間達が殺され、劣悪な環境に置かれ、人間としての最低限の尊厳も得られていない事実とは全く無縁のように感じている日本人が大半だろう。

しかし、ほんの六十四年前日本は同じような状態だったのだ。三百万にもなんなんとする日本人が非業の死を遂げ、財産を失い、家族を失い、仕事も失い、家を失いそして食べる物もなくて戦争が終わってもなお多くの人間達が死んでいった。その傷跡は、少なくとも戦後十年で見かけだけは消えた。すなわち、焼け跡のバラックもなくなったし、街をうろつくぼろを着た浮浪児も居なくなった。担ぎ屋も居なくなった。

だが、人々が負った苦しみが消えて無くなったわけではない。殺された人たちは戻ってこない。苦痛の記憶はいつまでも残る。その苦痛の記憶を持った人たちも次第に高齢化し居なくなりつつある。そしてあと十年もすれば、日本が戦争をしたことを実感出来る人たちは居なくなる。だが、世界には当時の日本人が被ったのと同じ苦痛を今受けている人たちが無数にいるのだ。そのために、我々は常に戦争を憎み、二度と戦争を起こしてはならないと銘記する必要があるし、子弟達にもしっかりと教育をしてゆかなくてはならない。

だが、日本人だけが戦争をしなければ戦争はなくなるわけではなく、何を置いても自国が戦争に巻き込まれないためには、他国に、この日本への軍事攻撃を思いとどまらせるための、強大な軍事力を持つ必要がある。それは先日の平和教育の危うさにも書いたが、むろん、戦争の悲惨さ理不尽さを次世代に十分に伝え、戦争に巻き込まれない方法も十分に伝える必要があるとも以前に書いた。戦争をしない決心と、戦争に巻き込まれない決心とは全く別物なのであり、日本では戦争に巻き込まれないための教育が全く為されていない事が問題だとも書いた。

戦争の悲惨さを教育するのは悪くはないが、戦争自体が理不尽なのであり、戦争に巻き込まれてしまえば、何度でも悲惨は繰り返される。大切なのは戦争をしない決心なのではなく、戦争に巻き込まれない決心なのだ。

なお、世界から戦争をなくそうというのは壮大な夢であり、日本の方針だけではなんの役にも立たない。戦争をしない日本の繁栄を見せれば戦争のばからしさを悟って他国も戦争をしなくなるだろう、とは全く根拠のない日本的価値からなる願望でしかない。他国を従えることで繁栄を手に入れる方がよほど手っ取り早いと考える国の方が世界の大多数なのだ。世界で繁栄を手にしているのはごく一部の国々だが、それに伴った軍事力を例外なく有していることを忘れてはならない。だから、専守防衛をいくら宣言しても、日本が有事には強大な軍事力を発揮すると見なされているのだ。

むろん、世界でもまともな人間なら誰でも戦争は悲惨だからしてはならないと口をそろえて言う。日本の主張に反対する人間は居ないだろう。しかし、現実に世界から軍事的脅威はなくならず、世界の軍事力は加速度的に増している。この現実を無視して日本が平和教育をしているのはきわめて危険だと言って良い。日本の平和教育が却って戦争の危険を高めている事実を知るべきだ。

日本の平和教育の一環として過去の戦争が間違いであったとの教育が為されている。日本の軍事政権が戦争を引き起こし、一方的にアジアを侵略したと教育している。しかし、本当に日本の戦争が悪だったのかとの検証がまるでない。

1)まず、当時は世界的に欧米がアジアアフリカを侵略し、植民地化していた時代だった。

2)日本はアジアで初めて白色人種との戦争に勝ち、アジアに欧米との戦いを挑む動機を与えた

3)当時は抜きがたい人種差別が世界を覆っていた

4)アメリカは出遅れたアジア支配をしようとしていた矢先、日本に出鼻をくじかれ、日本の勢力をアジアから排除する機会を狙っていた。

5)ソ連は日露戦争に負けたことからアジアに対する足がかりを失ったことで日本を排除しようとしていた。

6)中国は日清戦争に負けたことで国内が混乱し、内部抗争が激化し、国民党と共産党が互いに日本と相手を戦わせ消耗させることを狙っていた。

7)ヨーロッパは自分たちのアジアに於ける権益が日本によって失われる事態に直面し、日本を排除したかった。

8)日本は当時世界の強国としてデビューしたばかりであり、当時の当然の権利として海外に領土を求め資源と市場の確保を狙った。また、そうしなければ日本の経済が行き詰まり、先行きアジア諸国のように欧米の膝下に跪かされる懸念を持っていた。

9)日本は海外の領土を欧米のような植民地にするつもりはなかった。韓国は当時自力で国家を運営する能力が無く、国を救う為に日本に併合して欲しいとの願いを受け入れた。欧米では全くそれに対し異論はなかった。日本は当時インフラも教育システムも全くなかった朝鮮半島に、莫大なインフラを投下し、教育を充実させ、その結果朝鮮半島の生活レベルは非常に上がり人口も増え、なお半島で差別されていた白丁が大挙して日本に移ってきた。

日本語教育はしたが、ハングルの普及に努め文盲率を下げた。創氏改名は強制ではなかった。従って大勢の朝鮮名のままで日本軍内で出世し、靖国にまつられている朝鮮人は大勢居る。

台湾ではやはり朝鮮と同じような努力をして、その結果今でも台湾は親日国家として存在している。

満州はほとんど無人の荒野であり、国家という概念では無かった。日本がインフラを投下し、開拓した結果、中国よりも治安が良く住みやすい満州に大勢の中国人が移住した。

つまり、日本の植民地とされる地域も、欧米型の一方的な収奪の対象ではなく、あくまで日本との同化であり、そのために莫大な資金を投じてインフラや社会制度の向上を実現させた。

今でも中国の華北中心で工業が発展したのは、日本が残したインフラの為であり、また終戦直前に参戦したソ連が莫大なインフラを持ち去ったことが戦後ソ連の工業発展に寄与している。また、以前は北朝鮮の方が工業的に韓国よりも上だったが、それは日本のインフラ投下が北朝鮮に多かったためだ。

すなわち、日本の海外領土とはあくまで莫大なインフラ投下をし市場として育てるものであったし、資源はその対価として得るというのは構想であった。

日本は最後まで戦争回避の努力をしたが、結果としてまず中国に於いて度重なる挑発や日本人居留民の虐殺事件の頻発などから、日本人保護のために駐在した日本軍と中国軍の間に戦闘が始まったとされている。しかし、このきっかけとなった盧溝橋事件とは、ソ連の画策により中共が引き起こしたことが様々な証拠から定説となりつつある。

国民党も共産党も日本軍とまともに戦う意志はなく、互いに相手と日本軍を戦わせることだけが目的であり、そのために自ら中国人を虐殺する焦土作戦を何度も繰り返した。黄河決壊事件などが例としてある。

その上でアメリカに泣きつき、アメリカを戦争に引きずり込んだ。アメリカは上記の理由で対日戦争のきっかけが欲しかったので、ハルノートを突きつけ、結果として日本を対米戦に踏み切らせた。

とうじ、ABCD包囲網により資源をたたれ、市場を失っていた日本としては対中、対米戦をしない限り生存の可能性がなかった。すなわち、戦争は当時として不可避の結論だったと言える。当時の情勢では、外交による平和的な解決など存在しなかった。欧米は日本を対等な外交相手と見ていなかった。

ちなみに、日本が真珠湾攻撃で日米開戦に踏み切ったというが、日本の資源を遮断する行為自体がすでに戦争と言っていい。ABCD(アメリカ、イギリス、中国、オランダ)はすでに対日戦争に踏み切っていたのだ。ルーズベルトは何としても日本に先制攻撃をさせるようにし向ける作戦を立てるよう、軍に命令している。日本はその手に乗った。

ハルノートを書いたのは、アメリカ民主党に食い込んでいたコミュンテルンの手先ハリー・ホワイトであった。当時の国務長官コーデル・ハルの名前が付いているだけのことだ。

むろんいつの時代も戦争は悪であり、戦争の結果中国、日本にも多数の犠牲が出た。だが、それでも国家が座して死を待つ、あるいは中国によるチベット、ウィグル支配のような状況を日本人が受け入れるのではない限り、最悪の場合の戦争を覚悟して置かなくてはならない。これが現実なのであり、戦争に瀕した状況では、条約など紙切れに等しい。

結局当時の日本の戦争は生存のための唯一の選択であり、結果論として悲惨な物になったのは、そもそも戦争自体が悲惨であり理不尽な物なのだ。だからこそ、世界で日本以外に、戦争そのもので他国に謝罪した国など無い。ドイツはナチスのホロコーストを人ごとのように非難しているが、ナチスを作り上げた自分たちの責任も、ドイツが侵略戦争を始めたことも謝罪していないし補償もしていない。なお、ドイツがナチスの罪としているのは、自国民であるユダヤ系のみを虐殺したことであり、他国を侵略したことではない。

アメリカは、自国民である日系人を不当に扱ったことを戦後何十年も経ってから謝罪したが、原爆や大空襲で一般人を数十万人殺したことに対しては謝罪も補償もしていない。

オランダは対日感情が悪いと言われているが、それはアジアから日本により追い出された恨みによる物であり、自分たちがアジアアフリカに対してしてきたことは一切謝罪も補償もしていない。

戦争で謝罪した国など日本以外にはないし、それで日本の地位が上がったわけではない。単につけ込まれているだけだ。戦争は悪なのであり、日本の戦争のみが悪なのではない。故に、あの戦争は日本が悪かったのかと言う問いに対する答えは、あれだけが唯一の選択肢だった。善し悪しを論ずる意味はないと言うことしかない。

ただし当時の軍部はかなり腐敗していた部分があり、国民が塗炭の苦しみにあえいでいる最中も、職業軍人達の中には贅沢三昧をしていた事実がある。東条英機の腰巾着となって出世した牟田口廉也などは部下を十万人以上死なせながら自分は日本に逃げ帰り、死ぬまで自己弁護に努めていた。そのほか、部下や民間人を敵中に残して自分だけ逃げ帰った木村兵太郎や富永恭次など、腐りきった軍人共がかなり居た。

また作戦が硬直し、ミッドウェイ作戦で戦局を大きく不利にした南雲などの愚かな指揮官、また当時すでに日本の暗号は全てアメリカに解読されていたが、常識である暗号は定期的に変える事さえしていなかった日本軍全体の愚かさも指摘されていい。

当時帝国陸軍をして我が敵は帝国海軍である、と言わしめたほど、帝国陸軍と帝国海軍の仲は悪く、協調すべき時に反目していた事実は未だに言われている。そして職業軍人は日本が敗戦した後も軍人恩給をのうのうと受けていた。戦争に負けた責任を考えれば軍人恩給などどの面下げて受け取れる物なのか。

軍人全てが腐敗していたわけではないだろうが、ただし、日本軍にかなりの問題があったろうし、批判が出ても当然だ。だからあのような軍部の台頭に対し日本人が憎しみを持つのも当然だ。それでも、現在軍事力を廃する訳にはいかない。如何に効果的な軍事力を有し、確実に国民を守る組織として存在させるかを考えなくてはならないのだ。

ソ連は日ソ不可侵条約を簡単に破棄し、アメリカは核を日本に落とし、大空襲のために木造家屋を効果的に攻撃する焼夷弾をわざわざ開発し、まず都市の周囲を焼き払って逃げ場を無くしてから中心部を焼き尽くし、結果として一晩で十万もの一般人を虐殺した。このような戦法をアメリカはドイツにもイタリアにも行っていない。ドイツにもイタリアにも木造家屋がないから、等と馬鹿な言い訳をする者が居る。民間人を主敵として虐殺した作戦を採っていないと言う意味だ。

アメリカ市民である日系人を強制キャンプに送り込んだ。アメリカが日本に核を落としたのは日本の敗戦が徹底的になった時点であり、あのまま何をしなくとも日本は降伏していた。原爆を落とすことで百五十万のアメリカ兵の命が救われそれ以上の日本人の命も救われた筈だというその数字には何の根拠も示されていない。とうじ、カナダの首相キングは、原爆が白人のドイツにではなく黄色人種の日本に落とされたのは幸いであったと言っている。

平時にはアメリカも人権を口にし、平和を口にする。しかし、それはアメリカの人権であり、アメリカの平和でしかない。一度決めればアメリカは他国の人権、平和を全て無視し、戦争に突っ走る。ベトナム戦争も、泥沼化しなければおそらくアメリカは撤退しなかったろうし、アメリカの利益にならないと言う理由で、ソマリアやソマリア、ルワンダの虐殺は一切無視した。

何度でも言うが戦争は悪だ。だが、必要となればアメリカもロシアも中国も戦争をためらわない。日本が戦争に巻き込まれないためには、彼らに日本と戦争をしても得にならないと理解させるしかないのだ。

わかりやすい例だが、普通の人は、警察の世話になったことがあるか、と訊かれればとんでもない、そんなことは一度もないと答えるだろう。しかし、実際は、我々全てが一日二十四時間、一年三百六十五日警察の世話になっているのだ。警察の世話になっているからこそ、安心して夜寝られるし、外に出るたびに強盗や人殺しに会う心配をしなくて済むのだ。世界にはそれが当たり前の国などいくらでもある。優秀な警察があるから犯罪から守られている。むろん、日本人の民度が高いと言う理由はそれ以上にあるだろう。

世界の民度は高くない。軍事力がなければいつでも侵略され奴隷化され略奪されレイプされ、殺される危険があるということだ。

もちろん、外交努力や世界に友人をたくさん作るなどの不断の努力は必要だ。だが、同時に日本は自国を自力で守る責任がある。他国に守ってもらうなどはあり得ない。日本が軍事力を増強することは軍事大国化し、アジアを侵略するためだとわめくのは、どのような国がどのような理由で言っているのかを理解すべきなのだ。

スポンサーサイト

テーマ : 軍事・平和 - ジャンル : 政治・経済

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。