憲法の奴隷になるな

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現在国会で審議されている安保法案に対し、外野がやかましい。とりわけ、多数の憲法学者が、集団的自衛権は憲法に明らかに違反するので廃案にすべきだと主張している。

私は法律に関しては素人であり、彼らが生涯をかけて研究している課題、即ち憲法について彼らの主張が正しいのか過ちなのかを云々する知識はもとより無い。おそらく、彼らの長年の研究の結果もしかしたら彼らの主張は正しく、現状では集団的自衛権は憲法違反なのかも知れない。また、日本は言論思想自由の国であり、彼らが信念に基づいて研究の結果得た知識を主張することも全く問題なく、それを規制すべきだとは思わない。

それに、憲法とは全ての法の基準となるものであり、多くの裁判で争われるのは、憲法に違反しているのかいないのかと言う点であり、もし今審議されている安保法案が憲法に違反しているなら、それは廃案にされるべきなのだろうと私も思う。

が、私の素人、いや国民としての感覚なのだが、彼らの主張、即ち集団的自衛権が憲法違反だとして、彼らがそれを廃案にしろと言うのは自らの立場を勘違いしているのではないのか。

日本は三権分立の国であり、法治国家だ。最終的に憲法違反であるかどうかは司法が決める。したがって、安保法案が憲法違反であるから無効であると判断出来るのは、司法、最終的には最高裁以外にない。憲法学者が違法だと言うから廃案にすべきだと野党や腐れ左翼が言うのは、その日本の三権分立を否定し、司法の存在を否定していると言うことになる。

では、野党が、あるいは腐れ左翼が法案は憲法違反であるから廃案にすべきだと提訴したらどうなるのか。野党や腐れ左翼が提訴できる立場にあるのかどうかは私には解らないが、従来この様な提訴は良く行われていて、多くの場合原告たる資格がないと門前払いを受けている。実際に何かの事件が置き、それが犯罪であるか否か、処分するとすればその根拠は何かと争われる場合、最終的に憲法違反であるかどうかが司法の判断にゆだねられれる訳だ。

ところで、憲法は全ての法の基準である。が、法自体は時代の変化、価値観の変化により常に改変されているのだ。

いくつか例を挙げよう。

かつて日本には尊属殺人、傷害罪があった。一般の殺人、傷害罪と比べ、親など、自分より上の世代の親族を殺傷した場合、一般の殺人傷害罪よりも思い刑罰が科せられた。これは、明治時代に制定された法によるものだが、これは新憲法になってからも効力を持ち続け、長らく最高裁でも合法との判断が成されていたが、その後国民は全て同じ権利を有するはずだとの意識が盛り上がり、最終的には1975年、尊属殺人、傷害罪は憲法違反であるとの判断が最高裁でなされ、以後それは正式に廃案になった。

売春が違法とされたのは、1958年でありそれまでは売春は合法的な女性の職業であった。日本には昔から郭文化が有ったように、売春が女性の人権を傷つけているとの意識が芽生えたのは戦後の話であり、それに併せて法が作られたのだ。

今、自衛隊は憲法違反であるとの意識はほとんどの国民は持っていない。あれは自衛隊であり、軍隊ではない、なにより国家を防衛する組織は必要だとの当たり前の認識を国民が持っているからだ。

かつて社会党は自衛隊を違憲だと言っていた。が、村山富市氏が、社会党と自民党の連立政権成立で総理大臣に鉈折り、彼は自衛隊は合憲だと言い、自民との折り合いを付けたことで社会党の凋落が始まった。北朝鮮の拉致問題と併せ、それまで自民に拮抗し、単独で政権を執ったこともあったはずの社会党が今では社民党と名を変えても凋落が止まらず、多くの議員が民主党に潜り込んでようやく命脈を保っているのだが、村山氏が総理の座を降りたとたん、当時の社会党は自衛隊を違憲だと言い出した。

今のところ司法は自衛隊の合憲違憲の判断をしていない。ただ、国民の大半が自衛隊の存在を認め、防衛庁が防衛省に格上げされた時もほとんど抵抗はなかった。実質、自衛隊の実力は世界屈指のものと言われている。が、最高裁は自衛隊が違憲だとは言っていないし、社民党も共産党も自衛隊が違憲だとは表だっては言っていない。そんなことを言えば国民の支持を一挙に失うことを知っているからだ。

法治国家である日本が憲法を守るのは当然のことだ。が、時代により価値観の変化により国際関係の変化により、法の解釈適用が変わるのは当たり前だろう。上記の、尊属殺人障害罪や売春防止法など、時代の変化によるのではないのか。憲法24条には、結婚は両性の合意によってのみ成立すると銘記している。がいま、同性婚が普通に語られるようになり地方レベルではあるが、異性間の結婚と同等に扱う場合も出てきている。これを憲法違反だとの声は出てきていない。

むろん人にはそれぞれの価値観や考えがあるので、同性婚は絶対反対だと言う人がいても無論問題はない。が時代の流れとして、人々の意識は明らかに憲法24条を絶対視しなくなっている。

自衛隊がかつては日陰の身だったのが、今では有って当たり前、日本の誇りだと思う人が大多数を占め、腐れ左翼が手出しを出来なくなっている。最高裁の判断以前に国民の判断が優先されているのだ。

また、野党や腐れ左翼は、専門家の多くが反対しているではないか、と繰り返し言うが、国際法専門家、軍事専門家、外交専門家などなど多くが安保法案は合憲であると言っているのだ。なにより、国家の生存権が全てに、憲法よりも優先することは言うまでもないだろう。法律を守った為に死んでしまった、では何のための法律かということになる。一般法でも、本来重罪に処せられる殺人罪、傷害罪でも、正当防衛緊急避難は例外として認められている。むろん、それが法的に正当防衛や緊急避難に当たるかどうかは審判を受けることになるが、国家の場合国際的にそれを審議する機関はない。それならば、自らが判断しなければならない。

なお、国際司法裁判所や国連決議があるというのは全くの的はずれであり、国連決議が大国の意向で決められ最終的に安保理の拒否権が骨抜きにすることは良く知られているのであって、現在中国が主としての脅威である日本の場合、国家の生存権を国連に諮っても中国が拒否すれば意味がない。だからこそ、日本の生存は日本が決めなければならないのだ。

時代の変化により憲法の解釈変更をし適用するのは当然であり、今の大量破壊兵器が世界中にあふれ、隣に日本を絶対悪として敵視し、大量の核ミサイルを日本に向けている国がある今、専守防衛が何の意味もないことは説明も要らないだろう。

日本が自ら戦争を始める理由はないが、戦争をするかしないかを日本が決めるわけではない。日本を敵視する国が決めるのだ。そのような国との話し合いで問題解決をすべきだ等と言っている共産党などの絵空事が全く意味がないことは普通の頭を持っているなら理解できるはずだ。

憲法を変えなくても解釈を変えて日本を護る為の法律を作るのは当然なのではないのか。

憲法は大切だ。が、憲法とは国民の生命財産を護り、国民の生活を向上させるために有るのだ。したがって、国民の生命財産の保全、生活向上は憲法に優先すべきなのであり、もし憲法がこれらの目的に添わないのであれば憲法を変えるべきなのであって国民の意識を変えるべきではないのだ。日本は三権分立の法治国家だが、その全てに優先するのは国民の意識なのであり、国民の生活、安全なのだ。

憲法が簡単に変えられないのなら、憲法解釈を変える、あるいは判断をしないで国家の安全を確保すべきだろう。

論争をするとすれば、その方法が正しいかどうかであり、上記から合憲であるとの前提で行うべきだろう。

私としては、日本は核武装をすべきだと信じているが、それを禁止する項目は憲法にはない。憲法制定時、核はすでに存在しており、その威力も十分に知られていたにもかかわらず、その禁止項目が憲法にない以上、核武装は合憲であると信ずる。また核は攻撃兵器ではなく、明確に防御兵器であり、強力な核を保有することで戦争を抑止できるなら、最も効果的な専守防衛のためのシステムといえる。

自衛隊も、集団的自衛権も同様に言えるはずで、それなら全く問題なく合憲であり、憲法学者が間違っていることになる。

下記は補足である 平成27年08月05日

コメントをいただき、確かに書き漏らしていたと気づいたのだが、日本国憲法を堅持し、立法を護憲の範囲で行うべきなのはあくまで日本国内でのことであり、多国間問題について日本国憲法は全く意味がない。他国にとって日本国憲法は考慮の中にはなく、仮に戦争を日本に仕掛けるとしても、合憲違憲を考えるならあくまで自国の憲法を対象にする。

故に日本国憲法に照らして合憲違憲を云々する憲法学者自体が究極の的はずれと言うことになる。多くの国際法専門家がこの安保法案を支持しているというのは全く当然の話であろう。

なぜ、政府がこの点を強調しないのか不思議だ。

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コメント

横浜~桜木町

昨夜横浜~桜木町間で架線が切れて運行停止となる事故があり、多数の死者を出した桜木町事件を思い出しました。
京浜東北線が桜木町を終点としていた時代、東横線も桜木町が終点で、横浜~桜木町間は東横線の切符で国電に乗っても国電の切符で東横線に乗ってもよいと云う大変珍しい特例がありました。

しかし、日本国憲法は日本国内に於いてのみ有効で、領土外での国際紛争では国際法に照す事となっています。
どちらの切符でもどちらの電車に乗れる訳ではありません。
国際紛争に日本国憲法を以て考える事自体が的外れなのであり、斯様な判断基準をしているなら敵はそこを突いて来る事必定です。
憲法学者の憲法研究を否定はしませんが、日本国憲法が世界に万能な筈はなく、剰え如何様にも解釈が分かれる表現が為されているとあっては尚更の事と云えます。
憲法学者は国際的な体系に於ける憲法の位置を弁え、賛成とか反対とかではなく、斯様な解釈ならば国際法に合致するとかしないとかの表明をすべきと思うものです。

No title

横浜~桜木町
>2015-08-05 01:13 | あづまもぐら様

おはようございます。早速のご来訪ありがとうございます。

>京浜東北線が桜木町を終点としていた時代、東横線も桜木町が終点で、横浜~桜木町間は東横線の切符で国電に乗っても国電の切符で東横線に乗ってもよいと云う大変珍しい特例がありました。

確かにそうですね。振り替えキップ発行というのがあり、これによって併走しているJRと私鉄が相互に乗れるようになる様なケースはあるようですが、直接そのままキップが使える事は無いでしょうね。

>国際紛争に日本国憲法を以て考える事自体が的外れなのであり、斯様な判断基準をしているなら敵はそこを突いて来る事必定です。

それが基本です。いくら日本人が憲法をありがたがっても、他国には全く関わりがありません。韓国の憲法では、日本による併合を認めておらず、従って併合は一方的な植民地支配であり、韓国は戦勝国であるということになっています。他国から観れば、他国は日本の憲法を遵守し戦争を仕掛けるはずがないなど、本当にそう信じているのではないかと思える野党や左翼の発言をそのまま受け入れているお花畑のご一行様は、到底説得するなど無理なのではないかと考える次第です。

>憲法学者は国際的な体系に於ける憲法の位置を弁え、賛成とか反対とかではなく、斯様な解釈ならば国際法に合致するとかしないとかの表明をすべきと思うものです。

基本的な間違いは、戦争とは他国との関係で生ずるものであり、対戦国にとって日本国憲法は合憲違憲など関わりがないことを憲法学者の多くが理解していないことです。あたかも朝鮮が対日戦勝国であるとの彼らの憲法を私たちが受け入れることに疑いを持っていないのと同じですね。

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