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世界の民主主義の行方

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良く国内で聞かれる言葉に、中国が民主主義国家になれば中国の反日政策も必要が無くなり、日中関係が上手く行くに違いない、というのがある。また、米国などが中国の民主化を促し、日本もそれに同調しているようだ。

むろん、この期待が全く無駄だとか、中国の民主化を促す他国の動きが間違いだと言うつもりはない。それはそれで外交上の手段として必要なのだろう。が、私としては、中国が民主化する可能性はゼロだと思っている。

なぜかを書く前に、まず民主主義とは何かを改めて考える必要があるのではないか。

併せて本ブログのおよそ一年前の記事も参照していただきたい。

民主主義を考える

もちろん、日本が民主主義国家であり、欧米が民主主義国家であり、アジアアフリカ中南米にも民主主義国家はある。そして北朝鮮はその正式国名を「朝鮮人民民主主義共和国」という。民主主義だと思われている国も実際は民主主義とはほど遠いことが多い。ソ連崩壊後のロシアは一般選挙制度を採用しているが、とうてい民主主義とは言えない強権政治国家で、多くのアジア、アフリカ、中南米諸国なども、そのような例が残念ながら普通だ。韓国なども、ウリナラは急速に民主化した世界でも希有の国ニダと言っているが、実際にあの国が民主主義国家だったことなど唯の一秒もない。

むろん、民主主義には様々な形態があり、どの国も同じ民主主義が採られている訳ではない。現在、一応の民主主義国家といえるのは、欧米、日本、オーストラリア、ニュージーランドなどといえるが、その内で日本だけは他国と全く違う経緯で民主主義を獲得したのであり、内容は欧米とは全く違う。

どちらが優れていると言うのではない。歴史が違うのでそれにより成立していった経緯が違い、よって違う形態の民主主義ができあがったと言える。

前にも書いているが、欧米やその近代化を受け継いだ国々は、まずエリートが国を治め、庶民はそれに従う形をとっている。この方が効率がよいのだ。むろん法律では国民全てが同じ権利を持っている。が、エリートと庶民を明確に分け、エリートが国を運営し、庶民に安定し豊かな生活を保障することで、庶民はエリートに国の運営を任せることで合意が成り立っている。これは、政治が上手く行き、経済が上手く回り、庶民が安楽な生活を送れる間は上手く行く。が、それはヨーロッパが経済的にも文化的にも田の地域を圧倒している限りに置いてであり、端的に言えば、ヨーロッパでこの様な民主主義が機能し始め定着したのは、彼らが非西欧地域を植民地支配し、経済的に略奪することで経済が潤っていた時期のことだ。

が、非西欧地域が近代化し、めざましく経済発展を始め、相対的に西欧が非西欧地域から一方的に収奪することが出来なくなると、今までのエリートが国を運営し、庶民に安楽な生活を与えるというやり方が通用しなくなる。そのため、今の西欧はその民主主義がかなり機能不全になり、政府は庶民の支持を得るためにばらまき政策を採らざるを得なくなり、ますます経済的に逼迫するという悪循環に陥っている。今の西欧諸国の政府は庶民のご機嫌取りをして政権についた国が多い。むろん、そうなれば、モラルも人権も投げ捨てて、中国にすり寄る事も必要になるわけだ。

このエリートと庶民を分けて行われる民主主義は、効率がよいので、多くの新興民主主義国家に採用されている。西欧と違うのは、最初から切り離された庶民にたいするばらまきも無く、西欧のような権利も保障されているとは言い難いが、これらの国ではまずエリートに集中して教育を施し、国の運営を軌道に乗せてから庶民に教育を広げ最終的に全ての国民に等しい政治参加の機会を与えるということになる。本当にそうなるかどうかは分からないが、そのためには、エリートによる独裁も組み入れているようだ。これが本当の独裁になり、また政治の腐敗、即ち権力の独占による特権が生まれる要素にもなり、簡単だが危険性も高い。

一方、日本の民主主義は全く西欧とは違う経緯で発展してきた。大きく違うのは、国民が階級に別れていず、エリートも居ない代わり政治から切り離された庶民も居ない。むろん、昔の日本は階級制度があり、徳川幕府の独裁という形だった。が、それなりに町役人、村役人などを通じてある程度の自治は認められていた。なにより、日本人の教育レベルは当時の世界では突出した物であり、識字率は庶民の男女ともに幕末期75%程度であったとされている。同時期、世界の最先進国とされていた西欧でも、貴族階級を主として25%程度だった。

この高い庶民の教養が、極めて高い衛生概念を作り上げ、風呂が普及し、町並みが整備され、公衆トイレが完備し、生ものが食べられるほどの徹底した衛生概念が当たり前にあった。昔は、日本人が野蛮だから生の魚を食べるなどと言われていたが、他国では生ものなどを口にすれば無事では済まないほど汚かったと言うことだし、貴族でも滅多に風呂に入らず、汚物は窓から道路に投げ捨てるほどで、一端病気が流行すると人口が半減するような悲惨な状況になった。パリの完備した下水網はその反省から作られたのだ。

庶民の間に貸本という形で本が行き渡り、出版業が成り立ち、絵画が庶民階級で普及していたなど、日本人の教養の高さ、および社会生活での清潔さはその後日本が民主主義を取り入れるときになってきわめて大きな要素となった。

最初の選挙権は一部の税金を納めた成年男子、それから一般男子、そして女性に与えられたが、これは世界に置いても特に遅れていたわけではない。

一般庶民の教育レベルが高くモラルが高かったため、日本の民主主義はきわめて順調に発展してきたと言える。しかし、むろん、完全な民主主義など存在しないし、将来も存在はしない。完全な民主主義とは、その主権者たる国民が完全である必要があるが、それがあり得ない以上、完全な民主主義はあり得ないわけだ。

チャーチルの言葉だが、「民主主義とは欠点だらけのシステムだが、他のどんなシステムよりもましだ」と言うのがある。

1)民主主義の欠点とは、まず衆愚政治になりやすいと言うことだ。国民の多数の支持を得なければ政府は何も出来ない。そこで、国民に賛成してもらいやすい法案を優先し、時には国益に反するばらまきで支持を取り付ける例もある。最近では、ギリシャがその例で、その結果国家の財政が破綻に瀕している。財政状況を無視して、国民に対する保護がすぎたのだ。

2)買収が横行する。これはなぜかなど言うまでもないだろう。民主制を取り入れた大半の新興国家ではこれが当たり前になっている。

3)政治など全くの素人でも、芸能や芸術などの分野での著名人が安易に政治家になる。また、既存の政党が、党の知名度を上げ、また看板として利用するためにこの様な政治的に素人だが著名人を公認したりする。また、政治家にならないまでも、著名人が政治的発言をし大きな影響力を及ぼす。

ただし、芸能人、芸術家といえども民主主義では政治家になるのも政治的発言をするのも全く保障された権利であり、これを規制することがあってはならない。結局、唯の売名からの発言なのか、政治的信念がその根拠を以て語られているのかを選挙民が判断することになる。

4)言論思想の自由が民主主義の根幹であるために、プロパガンダが横行する。むろん、与党の政策が全て正しいわけではなく、批判するのも大安を以て野党が活動するのもむろん必要であり、それが出来ない状態では結果として与党の独裁となる。上辺だけの民主主義であるロシアなどがその状態といえる。しかし、これが保証されているために、場合によっては敵性国家などの工作が簡単に出来ることになるし、また自分で判断する能力のない選挙民は、感情的なプロパガンダに簡単に乗せられる。戦争反対は誰でもそうなのであり、戦争をする国になるとか軍国主義になるなどのプロパガンダをそのまま受け入れてしまう選挙民がかなり多い。

5)政治的判断には非常に深い専門的知識が必要となる場合がある。原子炉が今日本では全基停止状態になっているが、原子炉の安全性、採算性、危険性などなどはその代替となる化石燃料、再生可能エネルギー、省エネと比べてどうなのか、その管理は出来るのかなどなど、専門家でも意見が分かれるが、結論を出すには多くの専門家が検討し、それを政府が勘案して結論を出さなければならない。が、そのような専門知識の必要な法案が単純に多数決で決定されて良いわけではないだろう。

結局は民主主義なのだから国民の支持率で決定されるのだが、そのためには国民がこれらの専門的知識を理解しなければならない。が、それは到底無理だろう。この矛盾を解決する方法は今のところ無く、結局は国民が信頼できる政府を樹立させなければならないことになる。

6)決定に時間がかかりすぎる。憲法改正のような大きな問題については、広く国民の意見を汲み上げる必要があるが、国民に理解を浸透させ、その結果を選挙で問い、法案の審議を行う。これはどうしても必要だが、一方成立に何年もかかることになる。しかし、国際情勢が急転している現在、それで間に合うかどうかの問題がある。

地方レベルでも或公共事業が検討され審議され、決定されそして工事が完成したころ、その工事自体の必要性が無くなっている可能性がある。古くは八郎潟干拓事業、最近では諫早湾干拓事業などがあるだろう。

手続き上時間がかかるのはやむを得ないが、実際はそのような猶予がないこともある。

7)利権が絡む。民主主義は原則多数決で決定するが、かつて日本が農業国とも言える農業関連の議員が強大な支持基盤を基に力をふるっていた。労働者の支持をとるために、労組と堅く結びつく政党もあり、また、自動車産業、土木、航空、などなど巨大な事業界の支持を持っているいわゆる族議員の存在もある。これでは小規模な事業団体や、個人などの利益が犠牲になりかねない。

8)メディアなどが売れる記事を針小棒大に流すことにより、選挙民が正確な知識を得にくくなる。最近では赤非のねつ造記事とか、NHKなどのやらせ番組が問題になっているが、未だ活字になりテレビで放送されることは事実だと受け取る人間が多い。自分で考える習慣のない物の常だが、結局はよりよい民主主義のためには、質の高いメスメディアが必要となる。

まだまだ、民主主義には欠点があるが、それでも独裁よりは比較にならないほど優れている。今、腐敗や未熟に悩んでいる民主主義国家も、独裁に戻りたい誘惑はあるだろう。それはきわめて深刻な問題であり、たとえおぼつかない居進歩でも欠点だらけの民主主義でも育ててゆく姿勢が大切だ。それを日本などが積極的に支援してゆく必要もあると思う。

一方先進民主主義国家とされる西欧では、上述した理由でかなりゆがんできている。しかし、階級社会を前提としてできあがってしまった民主主義はそう簡単に修正することは不可能だろう。その結果、西欧が民主主義からは遠ざかりつつあるような印象さえ受ける。

それは、アメリカなどにも言え、アメリカは明確に民主主義から後退している。すなわち著名度だけで素人の政治家が乱立し、また資産の多寡が発言力に影響している。アメリカは先進国ではまれな国民皆保険制度がないが、その設立は富裕層の反対で実現していない。資産格差はとうの昔に容認できないほど広がっており、今は資本独裁主義とでも言える様相を帯びている。

結論として、私自身の思いだが、世界での民主主義は当分後退し続ける物と思われる。


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