日本崩壊論

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中国崩壊論とアメリカ崩壊論を書いたからには、日本崩壊論も書かねばならぬと律儀に思った。

私自身は、予見出来る将来、日本が崩壊するとは全く思っていないのだが、かつては日本崩壊論がかなり書店でも本が並んでいたし、ネットでも飛び交っていた。しかし、今その気になってネットを検索してみたが日本崩壊論はかつての勢いがない。

もしかしたら中国や韓国で日本崩壊論が今も盛りともてはやされているのかも知れないが、幸か不幸か私はこれらの国の言葉を理解出来ない。また、もしそのような本がベストセラーになっているなら、日本メディアがそれを採りあげない理由はないだろう。なにしろ、日本メディアにとってはすばらしいネタだから。だが、日本メディアでも、中国韓国が日本崩壊論の話題で盛り上がっているとは伝えられていない。

可能な限り英語でも検索してみた。が、無かった。これでは、日本崩壊論が書けないではないか。行き詰まりを感じたとき、思い当たったことがある。何でも日本が悪い、日本は駄目だと決めつける日本の腐れ左翼の人々がこの話題を作り上げているのではないかと期待した。が、今のところ、日本駄目駄目論は盛んだが日本崩壊論は思ったほど無い。

そこで、私が無理矢理日本崩壊論をでっち上げてみた。

1)まず、最も崩壊論に近いとすれば、日本が財政破綻をするという話だ
2)人口減少論もおいしい話題で、いずれ日本の人口は0になるというのだから、これを採りあげない手はない。
3)環境破壊、技術の停滞による崩壊論は、一昔前には説得力があるかに見えたが、今は廃れている。
4)モラル崩壊論 日本人のモラルが崩壊しておりそれが国家の崩壊につながるということだ。
5)中国に侵攻され崩壊する論。

いかにも我ながらでっち上げの感はあるが、しかし、かつては大々的に主張されていた立派な日本崩壊論であり、改めて採りあげるのは無意味ではないだろう。

1)財政破綻

今でこそ中韓や一部のお花畑以外あまり言わなくなったが、日本の借金がGDPの二倍に達したというのだ。つまり国債発行高が1000兆円を超しているので、これが返せなくなり日本は破綻するぅ~というのだが、まずそれはないと言える一つ目の理由が、日本国は借金などしていないという事実。日本は世界最大の債権国であり、他国に金を貸してはいても借りてはいない。むろん、借金と貸し金を相殺して貸し金の方が多いと言う意味だ。

では国債とは国の債権ではないのかとの指摘だが、この場合の国とは政府であり、普通に定義される外国に対しての国家のことではない。政府の借金が誰からの物かを言えば、要するに金を貸してくれる相手なら問わず、外国でも国内の企業や国民でも構わないが、借りる相手によって意味が大きく異なる。外国から借りた場合は、国債がそのまま国家の借金になるが、日本はそうではない。大部分が日本国内の貸し手から借りているのであり、政府が国民から借りているのだから、利子は国民に払うことになるし、返すにしても国民に返すことになる。つまり、政府が返す金は国民の利益になる。そもそも、政府の借金が国内でまかなわれているとは、政府の負債が国民の資産になっていると言うことであり、経理のイロハだ。貸借対照表では日本国が失う金など無いと言うことになる。

ギリシャのように外国から借りた金は、利子にしても返金にしてもギリシャという国から出てゆくのであり、貸借対照表では純損失として計上される。

次に、いくら国内で調達しても、借りた金を政府はいつか国民に返さなくてはならない。だから、アウトだと言う理屈は、実は成り立たない。国家とは、法人であり永久に存続する物として考えられる。したがって、国債は償還、つまり返金しても実際は次の国債を発行しそれで返す、つまり借り換えをすることが出来、日本国が存在する限りそれを繰り返すことが可能であり、またそれが前提なのだ。

さらに、極論を言えば国債は返す必要がない。ただし、極論と言うようにいつでも国債が返済不必要というのではなく、それなりの条件がある。日本がその条件をクリアしている限りに於いては、返済が要らないと言うことだ。

よく、今の借金を子孫に押しつけるのは間違っていると言うお花畑がいるが、上に書いたように国民は国債という資産を子孫に引き継いでいると言うことだ。そして、国家は永遠に存在するとの前提がある。だから、国債は常に借り換えをしてゆけばよい。無論利子は払わなくてはならないが、実際日本の国債は現在年率0.5%程度であり、今アベノミクスが目指しているようなインフレ率2%なら、利子は実質マイナスになる。また、通常、健全な経済状態ではインフレ率が2%/年くらいであり、100年経てば物価は7倍以上になる。つまり、国債は7分の1以下の価値にしかならない。

では、みんなが借り換えに応じなければ、つまり新しい国債を買わなければ返さざるを得ないということになるが、それはまさに銀行の取り付け騒ぎと同じであり、国家経済が破綻したときにしか起きない。つまり、国債とは極めて安全な資産であり、国が存続する限り保証されているので、国の経済が安定している限り、国債は買い続けられる。

結局子孫に負債を残すのではなく、本来決まった期限で返さなければならない借金とは違い、百年でも二百年でもかけて返せば良く、実質その間に借金がなくなってしまうと言う理屈だ。

と言うことは国家経済が極めて安定し、信頼されていなければならない。そして、今の日本経済は世界で最も信頼されていると言っていい。だから、国債の利率が世界最低レベルなのであり、それでも売れるのはそれだけの需要があると言うことだ。日本経済の信用度の高さは、昔有事の際のドルと言われ、世界で何かきな臭い事件が起きるとドルが買われ日本円は売られる事が普通だったが、今では有事の際の円とされるように、何かあると比較的安全な資産として円が買われる。

つまりこの、日本経済が絶対的な信頼をもたれている間は、極論すれば国債は返す必要がないと言うことだ。

なぜ、日本経済が信頼されているのか。一にも二にも世界中に資産を持っている世界最大の債権国という事実が大きい。これは何を意味するか。

今日本企業が世界中に持っている資産は、国内資産にほぼ匹敵している。国内でのGDPはおよそ500兆円だが、海外にも同程度の資産を持っているとは、同等のGDPが計上されているのと同じだ。国内のGDPはほぼ日本にそのまま利益をもたらし、また海外の資産はそのGDPの分だけ日本に利益をもたらしている。

一方、中国のGDPは元々がインチキだが、それ以外に、GDPの多くが海外資金で成り立っている。すなわち、中国国内でのGDPが生み出す利益の多くが海外に流出しているのであり、さらに内需で潤うための原資がないため、投資でGDPをふくらませている。が、今其の投資が破綻しかけている。だから、投資のデフォルトがはじけ始めているのだ。つまり、中国のGDPは日本の倍になっていると言っているが、そのGDPが生み出す利益は日本の内外のGDPが生み出す利益の数分の一でしかないといえる。

GDPは確かに経済指標の一つだが、その質をみると、中国経済の信頼などほとんど無いと言える。だから、ハードカレンシーにすらなっていない。これは韓国にも言え、彼等のGDPの多くが十大企業による物であって、しかもサムスンはそれらの内の20%を稼いでいると言われているが、サムソンの上げる利益の70%が海外に吸い上げられているとされている。具体的には、サムソンの製品の中身が日本から購入した部品、資材、製造技術、特許、などによる物であって、サムソン製品が売れるとは、日本製品が売れていることになる。だから、韓国が貿易黒字だと言っていても、実際は日本に対して赤字が増え続けている。

GDPの質を見れば、いかに日本経済が強力であるかが分かるし、だからこそそれに裏付けられた通貨が強いのだ。むろん、国債も同じ事が言える。

日本は貿易立国だとよく言われているが、実際はそうではない。GDPに占める貿易の割合は10%程度であり、先進国でも低い方だ。日本が海外から稼ぐ金は、海外にある資産から上がる利益のほうが貿易よりも多い状態が今では定着している。一方、中国、韓国などはGDPに対する貿易依存度がそれぞれ25%、40%程度であり、かなり高い。貿易依存度が高いとは、GDPが他国頼みであり、他国の景気が悪くなって注文が取れなくなるとそれがもろに自国の経済に影響することを意味する。一方、日本のように海外所得による利益は、他国の経済状態がどうであれ日本に支払わなければならないと言うことであって、他国頼みというわけではない。それが滞ることになれば、その国が経済破綻をしているのであり、経済破綻したくなければ、借金は食う物を食わなくても返さなければならない。

これで分かるのは、世界最大の債権国である日本は、世界で最後に経済破綻すると言うことだ。これがなにより日本経済が世界でも絶大な信頼を得ている根拠になる。

さらに、日本が今まで借金の踏み倒しをしたことがないなども挙げられる。日本もIMFからの融資を受けたことがある。新幹線を作った時の資金を借りたのだが、全て完全に返済しており、このような国は唯一日本だけなのだ。世界でもトップクラスの対外支援国であり、金にきれいである点も信頼の裏付けになるだろう。

国内が安定しており、犯罪発生率が低く秩序が保たれ、他国からの好感を得ているなども有るだろう。また、本来はこれが最大の理由と考えられるのが、技術立国である点だ。私の持論だが、物作りのみが富を創出する。金融は無論重要だが、あくまで物作りによって生じた富を分配するためのシステムであり、物作りが無くなれば、金融は無論、貨幣経済も成り立たない。

日本の強みは、日本しか供給出来ない産業資源の多くを世界に供給していることであり、結局円高になっても他国は日本から買うしかない事が重要なのだ。どこでも設備さえ買いそろえれば作れるような品物は、コストで競争しなければ売れない。中国や韓国経済が駄目なのは、まさにそれだからだ。人件費を抑え通貨を低く抑えなければ売れないのだ。

さて、これら様々な理由があって、日本経済は世界で最も信頼をされているのであり、それに裏付けされた国債はその信頼がある限り、極論を言えば返す必要がないということだ。あくまで概念を示した物なので、実際は返さないことを前提とした国債発行という事ではない。結果として、日本が経済破綻することはない。有るとすれば、世界が破綻してからのことだ。

ただし、だから未来永劫にそうだと思うならその時点で日本は崩壊へ歩み出す。懸念はいくつもある。資産格差が拡大しないか、拝金主義に陥らないか、エネルギーコストが日本の物作りを成り立たなくさせるのではないかなどなど。が、それはそれぞれで対処してゆくしかない。このような問題はどこでも普通にあり、日本は極めてそれらの問題が小さいが、油断は出来ない。なにしろ、公共事業がばらまきだから反対だと信ずるようなお花畑がいる間は、そのような問題は常にある。お花畑がいなくなることは無い。

2)人口減少論

あと50年すれば日本の人口は八千万台になるというのだから確かに深刻な問題なのだが、結論を言えばそれはない。人口減少による問題以前に、高齢者の比率が増え、それに伴い医療、年金、社会インフラのコストが急増し、急減する労働者がそれを負担しなければならないことが問題になると言うことだ。

さらに労働力不足と消費の減少が経済を圧迫するとも指摘されている。

これらは確かに大きな問題であり、放置して置くなら日本を崩壊させかねない。が、放置しておく理由がない。

労働力不足を外国人の移入でまかなおうとする法案が今も出ているが、それも程々にすべきだろう。先進国中心に、肉体労働を嫌う傾向があり、それを他国からの出稼ぎ労働者に任せることが、結果として様々な問題を引き起こし、多くの先進国が事実上移民の規制を行っている。むろん、今の時代人間の移動は国境を越えて行われておりそれを全く閉め出すことは出来ないしすべきでもないが、労働力が足りないから安い途上国からの人間の労働力で補うとの安易な姿勢は慎むべきだろう。実際に国家のアイデンティティーの問題に関わるのだ。

特に民族と国家が世界では殆ど一致していないのが実情であり、その結果アメリカのように多民族国家になったために国家への帰属意識が極めて薄くなり、国家をまとめるために宗教や力を用いなければならないケースや、ウクライナのクリミア地方の住民の多くがロシア系であるために、自ら望んでロシアに帰属し結果として国家が分裂する事になる。民族対立のために国家が分裂する例は世界に無数にあるが、今のところ日本は世界でもこれほどの大きさの国で希有な単一民族、単一文化、単一言語、単一宗教の国だ。むろん、アイヌ民族、琉球民族などと言うことにこだわる人々はいるが、彼等も日常は日本文化、言語で生活をしている事実上大和民族との区別はない。あとは、在日中国、韓国朝鮮系はいるが、今のところ少数派だし、他の国々の人々も少数ながらいる。

別に他民族、他文化を排斥すべしと言っているのではない。自らの意志で日本の価値観や文化を尊重した上で自分たちのオリジナル文化に誇りを持つなら全く構わないし、むしろ、それによって、日本は文化を豊かにしてきた。だが、単に自分の国では仕事がない、日本で金儲けが出来るだけの目的や、場合によっては違法行為のために日本に来る輩が多くなれば、日本文化の尊重などあり得ず、また日本人が嫌う仕事を彼等にさせることが目的なら彼等が日本や日本に対する好意など持ち得ないだろう。

したがって、たんなる労働力のために途上国から大量に人間を入れるのは最終的に国の中に別のアイデンティティーを持つ集団を作り出すことになる。また、それを政策として有り余る国民を他国に移住させ内側からその国を蚕食する国がある。

それを考えたとき、唯単に労働力のためだけに海外からの人間を入れるのは間違いだ。あくまで日本の価値観文化を尊重する意志を持つ人々の迎え入れなら問題はない。

労働力不足だが、いくらでも解消する方法はあるだろう。今の日本でも失業率は4%前後有り、地方ではその倍以上も失業率が高い。要するに労働力は余っていることになる。また、昔と違い、労働集約型の産業は少なくなり、多くの人力が機械に置き換わっている。事務もIT化され、人間はその分野で働く必要がない。つまり、昔と違い肉体労働力需要は非常に少ないのだ。

さらに日本の高齢者は世界でも最も健康であり、労働意欲も高い。しかし、今の日本高齢であるとの理由だけで仕事がない。十分体力も能力も経験もある高齢者に働く機会を与えれば、労働力が足りないことはないと思われるし、それに女性の社会進出も労働力不足を解消するだろう。

ただし、女性が社会進出するためには子育て支援や、教育支援などもっと押し進めなければならない事はあるが、労働力不足の問題が生ずる事はないと私は思う。問題があるとすれば、人口ピラミッドがいびつになり、高齢者の割合が増えることだが、いずれ日本はそれも克服出来るはずだ。人口ピラミッドがいびつになってもそれは多くの途上国で人間が長生き出来ないことから高齢になれば人口が減るという理屈に基づいている。が、先進国では高齢者が長生きするため特徴的な人口ピラミッドになるのであって、途上国型のピラミッドになる筈が無く、またそうなってはならないとも言える。

70年前、廃墟になった日本には、若い働き手が戦争に取られ残っていたのは女性と高齢者が多く、そして必要な労働力は主として肉体労働だった。それでもみんなが歯を食いしばりあっという間に日本を復興した。

人口が一方的に減るのは確かに良くないが、ただ、労働力不足になるなど終戦後の状況に比べてずっと有利な今、あり得ないと思うのだが。

人口が多ければよいと言う物ではない。途上国の問題の多くが、人口爆発にあるが、それは子供の死亡率が高く多く生まなければならない、社会保障が不整備であり、子供に頼る以外老後を生き延びられない、あくまで労働力として必要だからという理由が主だ。先進国ではそれらの問題はないので、途上国のように出生率が高い必要も無論無く結局生活の質を落とさない為に必要最小限の子供しか生まないのが普通になっている。結局日本にとって最適な人口はどれほどなのかを考える必要がある。多ければ良いというものではなく、無論、一方的な減少も問題がある。あくまで適正な人口を目指すべきだ。

適正な人口とは、労働力もさることながら、内需を支える購買力としての要素もある。例えば日本には世界有数の自動車メーカー、家電メーカーなどがあるし、また国内のインフラ整備に必要な重工業、建設土木などなど様々な産業があり、それらが日本を支えている。が、もし人口が極端に減少した場合、国内でのこれらの市場が減少し、内需でこれらの産業を維持出来なくなる。しかし国民一人一人が豊かになれば数が減少しても購入価格が増えることである程度維持のみならず拡大も出来る。

人口が適正であれば環境、教育、社会福祉をさらに充実させられるなどもある。

結局、日本にとって適正な人口とは様々な要素を組み合わせて考えるべきなのであり、本当にこのまま日本の人口が減り続けるなどは考えられない。まして、昔は人間の労働力だけが食料を生み出し、軍事力だった。今、そのような要素は考えなくても良いのだから、あとはいかに子供を育てやすい環境を作るかで、人口減の問題は解決出来るはずだし、日本には十分その余力がある。最終的には、子供を産むか生まないかはカップルが決めるのであり、最終決断は女性がする。結局、女性が子供を安心して生みカップルが安心して育てられる環境整備をすることで人口問題は解決すると思われる。

3)環境破壊、技術の停滞による崩壊論
これらは、一昔前には説得力があるかに見えたが、今は廃れている。

かなり昔だが、世界中で公害が問題になった時期があった。日本でもイタイイタイ病、四日市喘息、水俣病などの公害病、光化学スモッグやアスベストなど多くの公害に苦しんだ。このままでは人間が生産活動によって自然を破壊し、人間自身が生きて行けないほど環境を悪化させ、日本が滅びると多くの”専門家”が警鐘を鳴らした。むろん、外国でも、例えばレイチェル・カーソンの著書「沈黙の春」がきっかけとなり環境への汚染物質にたいする警戒が高まった。

また地球温暖化による環境破壊、NOX、フロンによるオゾン層破壊、森林破壊などなど、人間が地球環境を汚染し人間に深刻な健康被害をもたらしているとの警鐘が盛んに出た。

この問題は今でも解決しているわけではないが、少なくとも日本では環境改善の技術が進んで、見違えるほど改善している。しかし、途上国では未だに深刻な問題であり、中国などでは明らかに環境汚染によって多くの死者が出ている状況だ。むろん、環境問題は全地球規模の問題であり、温暖化や異常気象、海面上昇などは日本単独でどうなる物でもないが、少なくとも日本が環境汚染により崩壊すると言うことはないだろう。生産活動は盛んになっているが、環境保全の技術も進んでおり、特に日本の技術は世界トップクラスだ。仮に日本が環境汚染で駄目になるとすれば、その遙か以前に途上国を中心として世界が駄目になった後だろう。


4)モラル崩壊論 日本人のモラルが崩壊しておりそれが国家の崩壊につながるとも未だに多く聞かれる問題だ。が、モラル崩壊で国家が破綻するとすれば、おそらく日本は最もそれから遠い国だろう。3年前の東日本大震災は確かに大変な災害だったが、同時に日頃他人には無関心だと言われる若者を中心に被災者救済の運動が自然発生的にわき起こり、また被災者達も非常に落ち着き静かに救援を待ち、寄せられた支援に感謝し、そして自らも復興に立ち上がった。そこに、災害で発生した以外の混乱は全くなく、人々は譲り合い助け合い分け合った。

その姿は世界を驚嘆させたが、日本が何故これほど勇敢に落ち着き協力してこれほどの大災害に立ち向かうことが出来るのかが世界中で報じられた。私たちにしてみれば、足りない物資を分け合い、被災者の生活を支援するのは当然であり、世界では違うのかと驚いたほどだ。

実際世界では違うのだ。途上国も先進国もこのような自然災害では大混乱が起き、略奪が横行し、奪い合いが起きる。治安が悪化し、どの国も治安の確保が最初に行われるのだが、日本では誰もそんなことを考えもしなかった。

しかし考えてみれば日本は自然災害が極めて多い国であり13年前にも阪神淡路大震災があり、中越地震があり、台風、噴火、豪雨、豪雪などなど常に災害に曝されている。がそこで混乱が起き人々が奪い合い暴動が起き略奪が起きたなど聞いたことがない。

日本人はボランティア意識がない、若者は自分勝手になって人のことは考えないなどと言われていたが、その若者が中心になってボランティア活動をしたことは記憶に新しい。

世界にはモラル崩壊で国が壊れたケースは無数にある。先進国の条件は、犯罪発生率が少ないことであり、国が発展してくれば犯罪発生率が減少してくるのが普通だ。韓国は例外的に性犯罪を中心に犯罪発生率が上昇しているし、中国は政府自体が犯罪組織で、犯罪が日常化しわざわざ腐敗撲滅を宣言しなければならず、そしてそれに対して長老達が止めろと言うような国だ。彼等の犯罪発生率の正式な発表はないようだが、とにかくネット時代信じられないような犯罪が連日聞こえてくる。

特亜は別なのだろうが、それでも先進国とされている欧米の犯罪発生率は日本より一桁は多い。そして、それでもなお、低犯罪率を誇っている。日本など、犯罪が無いとさえ言いたくなるほど犯罪自体が少ないのだ。私自身、友人知人親戚家族に殺人事件の被害者は聞いたことがない。強盗被害者も聞いたことがない。まして犯罪者になった人間のことも聞いたことがない。尤も、これについては隠すだろうから知らないだけかも知らないが、しかし感覚として日本の犯罪が極端に少ないのは事実なのだ。海外では身内にこのような被害者、犯罪者あるいは自身がそうだというケースは極めて多い。

近年凶悪事件が増えてきたなどとメディアでは言っているが、それは違う。むろん、年毎の多少の増減はあるだろうが、終戦後から一貫して日本の犯罪発生率は減少し続けている。元々、発生率自体が低かったのだ。

昔、日本に来た南アフリカ人を飲みに連れて行き、帰りはホテルまで歩いて行った。近道の公園の中を歩いたのだが、その時若い女性が暗い公園の中を一人で歩いているのを見て、彼は全く信じられないと言っていた。南アフリカでは、真夜中屈強な男でも一人では絶対に歩かないと言っていたのだが、それは他国なら常識のようで、私も外国に行けば夜は一人で外を歩くな、外に出るときは車を使えと現地の人々にうるさく言われていた。

日本にいるとぴんと来ないだろうが、日本は世界でも極めて特殊な国で、それは高い安全性、人々のモラル、民度の高さで際だっているのだ。

ちょっとずれるかも知れないが、日本語には相手を罵倒する言葉がほとんど無い。せいぜい、馬鹿、阿呆、死んでしまえ、あとはおまえのかぁちゃん、でべそくらいしか思いつかない。あ、くそったれというのも挙げても良いかも知れない。

が、外国にはその手のののしりの言葉が極めて多く、英語などには到底ここには書けないほどの汚い言葉が無数にあり、普通の市民がそのような言葉を使う。中国語も実にその点では豊富にあるらしく、外国人が中国語を習うときはそのような言葉には接しないだろうが、実際には英語に退けを取らないそうだ。韓国語もそうだと聞いたことがあるが、一般的にそれが普通だそうだ。私は英語ならそのような言葉も自然に覚えたが、自分では到底使わないし、そのような言葉を使うアメリカ人とはあまり付き合いがなかった。まあ、外国人としての私に対して言わなかっただけかも知れないが。

フランス語やドイツ語なども勉強したが、外国人のそのような言葉を教える事はないだろう。

言葉に罵倒語がないとは、結局日本人にはそのような発想がないと考えても良いのではないか。せいぜい、馬鹿野郎くらいが罵倒語なら、中国では子供の喧嘩にもならないと笑われた。

つまり、これもモラル崩壊で国が崩壊するとすれば、日本は世界で一番最後に崩壊すると、私は考えている。

5)中国に侵攻され崩壊する論

中国を例として挙げたが、現実に外的要因で日本が崩壊する可能性はゼロではない。先進国が固まっている欧米と違い、日本の隣は歴史上類を見ない野蛮国家が存在し、何が何でも日本が悪いとの前提で日本に難癖を付けむしり取ろうとしている。それでもなお、戦争にはならないと安心している日本人が多いのは、本当の平和ぼけだからでありこの平和ぼけが日本を崩壊させることはあり得るということだ。

隣国だから仲良くしなければならない、中国や韓国を刺激するのは良くない、どうせ彼等は口先ばかりだから戦争なんかになりっこない、アメリカがいるから大丈夫などなど、どうしてここまで安全を確信していられるのか理解に苦しむ平和ぼけが、日本では多数派だ。

たしかに理由無く戦争が始まる可能性は低い。が、日本を敵視し日本を従えることで政府の存在意義を国民に擦り込んでいる中国では、国民の民族感情が政府のコントロールを離れた場合、暴発する可能性はある。いくら低くてもその可能性を想定しなければ国の安全保障は成り立たない。

未だに、他の国が日本を護ってくれる、世界は理性的に平和を追求しているなど、現実とは無関係な妄想に基づいて作られた憲法が多数の支持を占めるような日本が、外国の暴力により崩壊する可能性は決して低くはない。30%、50%との数字が挙げられればよいが、そのようなことではなく、ゼロではない限り、戦争になってしまえば100%なのだ。

結局、日本を崩壊させる一番の危険因子は国民の平和ぼけと言うことだろう。戦争が出来る国になるのが日本の右傾化だ、暴力性だと日本の腐れ左翼がわめくが、戦争が出来る国にならなければ戦争を抑えられないとの発想が持てない限り、日本のこの危機は続く。
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