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当然の反応


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中国もその飼い犬も吠えるときの決まり文句の一つに、ドイツは謝罪したのに、日本は罪を認めないというのがある。

これについては何度も書いているが、要するにドイツも、そしてどんな国も戦争で謝罪したことなど無いと言うことに尽きる。彼等が言うドイツの謝罪とは、まずかつてのドイツ大統領、ワイゼッカー氏の次の言葉がある。少々長いが、詳しくチェックするために全文を載せる。

「5月8日は心に刻むための日であります。心に刻むというのは、ある出来事が自らの内面の一部となるよう、これを信誠かつ純粋に思い浮かべることであります。そのためには、われわれが真実を求めることが大いに必要とされます。

われわれは今日、戦いと暴力支配とのなかで斃れたすべての人びとを哀しみのうちに思い浮かべておりす。
ことにドイツの強制収容所で命を奪われた 600万のユダヤ人を思い浮かべます。
戦いに苦しんだすべての民族、なかんずくソ連・ポーランドの無数の死者を思い浮かべます。

ドイツ人としては、兵士として斃れた同胞、そして故郷の空襲で捕われの最中に、あるいは故郷を追われる途中で命を失った同胞を哀しみのうちに思い浮かべます。

虐殺されたジィンティ・ロマ(ジプシー)、殺された同性愛の人びと、殺害された精神病患者、宗教もしくは政治上の信念のゆえに死なねばならなかった人びとを思い浮かべます。

銃殺された人質を思い浮かべます。
ドイツに占領されたすべての国のレジスタンスの犠牲者に思いをはせます。

ドイツ人としては、市民としての、軍人としての、そして信仰にもとづいてのドイツのレジスタンス、労働者や労働組合のレジスタンス、共産主義者のレジスタンス??これらのレジスタンスの犠牲者を思い浮かべ、敬意を表します。

積極的にレジスタンスに加わることはなかったものの、良心をまげるよりはむしろ死を選んだ人びとを思い浮かべます。

はかり知れないほどの死者のかたわらに、人間の悲嘆の山並みがつづいております。

死者への悲嘆、
傷つき、障害を負った悲嘆、
非人間的な強制的不妊手術による悲嘆、
空襲の夜の悲嘆、
故郷を追われ、暴行・掠奪され、強制労働につかされ、不正と拷問、飢えと貧窮に悩まされた悲嘆、
捕われ殺されはしないかという不安による悲嘆、迷いつつも信じ、働く目標であったものを全て失ったことの悲嘆??こうした悲嘆の山並みです。

今日われわれはこうした人間の悲嘆を心に刻み、悲悼の念とともに思い浮かべているのであります。
人びとが負わされた重荷のうち、最大の部分をになったのは多分、各民族の女性たちだったでしょう。

彼女たちの苦難、忍従、そして人知れぬ力を世界史は、余りにもあっさりと忘れてしまうものです(拍手)。彼女たちは不安に脅えながら働き、人間の生命を支え護ってきました。戦場で斃れた父や息子、夫、兄弟、友人たちを悼んできました。この上なく暗い日々にあって、人間性の光が消えないよう守りつづけたのは彼女たちでした。

暴力支配が始まるにあたって、ユダヤ系の同胞に対するヒトラーの底知れぬ憎悪がありました。ヒトラーは公けの場でもこれを隠しだてしたことはなく、全ドイツ民族をその憎悪の道具としたのです。ヒトラーは1945年 4月30日の(自殺による)死の前日、いわゆる遺書の結びに「指導者と国民に対し、ことに人種法を厳密に遵守し、かつまた世界のあらゆる民族を毒する国際ユダヤ主義に対し仮借のない抵抗をするよう義務づける」と書いております。

歴史の中で戦いと暴力とにまき込まれるという罪??これと無縁だった国が、ほとんどないことは事実であります。しかしながら、ユダヤ人を人種としてことごとく抹殺する、というのは歴史に前例を見ません。

この犯罪に手を下したのは少数です。公けの目にはふれないようになっていたのであります。しかしながら、ユダヤ系の同国民たちは、冷淡に知らぬ顔をされたり、底意のある非寛容な態度をみせつけられたり、さらには公然と憎悪を投げつけられる、といった辛酸を嘗めねばならなかったのですが、これはどのドイツ人でも見聞きすることができました。

シナゴーグの放火、掠奪、ユダヤの星のマークの強制着用、法の保護の剥奪、人間の尊厳に対するとどまることを知らない冒涜があったあとで、悪い事態を予想しないでいられた人はいたでありましょうか。

目を閉じず、耳をふさがずにいた人びと、調べる気のある人たちなら、(ユダヤ人を強制的に)移送する列車に気づかないはずはありませんでした。人びとの想像力は、ユダヤ人絶滅の方法と規模には思い及ばなかったかもしれません。しかし現実には、犯罪そのものに加えて、余りにも多くの人たちが実際に起こっていたことを知らないでおこうと努めていたのであります。当時まだ幼く、ことの計画・実施に加わっていなかった私の世代も例外ではありません。

良心を麻痺させ、それは自分の権限外だとし、目を背け、沈黙するには多くの形がありました。戦いが終り、筆舌に尽しがたいホロコースト(大虐殺)の全貌が明らかになったとき、一切何も知らなかった、気配も感じなかった、と言い張った人は余りにも多かったのであります。

一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことはありません。罪といい無実といい、集団的ではなく個人的なものであります。

人間の罪には、露見したものもあれば隠しおおせたものもあります。告白した罪もあれば否認し通した罪もあります。充分に自覚してあの時代を生きてきた方がた、その人たちは今日、一人ひとり自分がどう関り合っていたかを静かに自問していただきたいのであります。

今日の人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれてもいませんでした。この人たちは自分が手を下してはいない行為に対して自らの罪を告白することはできません。

ドイツ人であるというだけの理由で、彼らが悔い改めの時に着る荒布の質素な服を身にまとうのを期待することは、感情をもった人間にできることではありません。しかしながら先人は彼らに容易ならざる遺産を残したのであります。

罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関り合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。

心に刻みつづけることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老幼たがいに助け合わねばなりません。また助け合えるのであります。

問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。

ユダヤ民族は今も心に刻み、これからも常に心に刻みつづけるでありましょう。われわれは人間として心からの和解を求めております。

まさしくこのためにこそ、心に刻むことなしに和解はありえない、という一事を理解せねばならぬのです。」


まずこの文章を何度読み返してみても、戦争そのものに謝罪をした部分はない。レジスタンス運動をした人々の死を思い浮かべてる部分はあるが、この文章の内容は一貫してナチスの犯罪によりユダヤ人、障害者、同性愛者が殺されたことに対する反省であり、ドイツ人がこの犯罪を犯したとは認めていない。すべてナチスの犯罪としている。何度も書いているが、ナチスはドイツ人が選挙により支持を与えて政権に付けたのであって、つまり選挙の結果生まれた政権の罪は選挙でその政権を生み出した有権者の罪だろう。だが、ワイゼッカー氏は、ナチスの犯罪を遺憾に思うと言っているだけなのだ。ドイツが犯した罪に対し許しを請うているのではない。

つぎに、1970年にポーランドのユダヤ人ゲットーで献花し跪いた当時のウィリー・ブラント首相も、ホロコーストに対して謝罪したのであって、戦争犯罪に謝罪などしていない。これは昨年8月主要所を訪れ同様の謝罪をしたメルケル首相も同じだ。

アメリカがベトナムに謝罪したろうか。日本への原爆投下に謝罪したろうか。中国が一方的に侵略したベトナムやインドなどに謝罪したろうか。世界中で、そして歴史上で、戦争自体で謝罪をした例など皆無だ。韓国軍がベトナムで行った数々の残虐行為は明らかな戦争犯罪だが、先日ベトナムを訪れたパクリ・ゴネ大統領は一切謝罪などしなかった。

戦争は双方に言い分があり、どちらが正しいなどと言っても、それぞれの立場で納得出来る物ではない。だから、戦争そのもので謝罪した国など、日本以外にない。だからこそ、日本に対し特亜が執拗に絡むのだ。謝罪したからには罪を認めているはずだ。もっと謝罪しろ、はっきりと謝罪しろ、跪けというわけだ。

そもそも、ナチスの戦争犯罪に仮にドイツが謝罪したのだとしても、それはホロコーストに対してであり、日本とは全く違う。中国は南京大虐殺のことを持ち出すが、あれがどのように検証しても物理的に不可能であり、状況としてあり得なかったことは言うまでもない。つまり日本はホロコーストに匹敵するようなことを中国ではしていない。むしろ、中国が自国民に対し、繰り返しホロコーストをしているのだ。

また韓国はあの売春婦強制連行性奴隷がそれに当たると言うが、これも全く事実と異なる事は明らかだ。これはたんなる立場の違いなのではなく、やはり物理的、状況的にあり得ないのだ。戦争自体が責任だというなら、朝鮮は当時日本の一部分だったのだから同じく責任があるはずだ。

しかし、中国も飼い犬も、ドイツは謝罪したからヨーロッパはそれを受け入れた、だが、日本の謝罪は十分ではないから自分たちは許さないと言っている。それにたいし、案の定、ドイツが不快感を示した。


赤文字は引用

日中の争いには巻き込まれたくない!「ドイツを利用し日本批判」する中国にドイツが不快感―香港メディア

報道によると、中国側は第二次世界大戦関連の施設見学などを提案したが、直ちにドイツ側から拒否されたという。2013年末の安倍首相の靖国参拝以降、中国はたびたびドイツと日本を比較し、日本に反省を促した。これについてドイツ側は、同国に大きな傷痕を残した戦争を話題にされることに不快感を抱いており、中国と日本の争いに巻き込まれたくないと考えている。(翻訳・編集/内山)

ただし、これは1メディアの記事であり、ドイツの公式声明ではない。が、中国や犬の告げ口にドイツが同意したことはない。全て無視しているのが事実であり、それはまた下手に同意すればドイツの傷口に塩を擦り込むことになりかねない。それに、日本がどのように説明しようと反論しようと、もともと歴史をねじ曲げ国民を洗脳しているこれらの嘘つき達がドイツと今協力しているヨーロッパ諸国と同じ態度を取るわけではない。仮に謝罪すれば、もっとひざまずけ、もっと差し出せと言うだけなのだ。

ドイツは、ドイツ国民が支持し作り上げた政権の罪をナチスの罪として押しつけている。まるで、ナチスがドイツ国民の意思とは無関係に存在したかのようだ。そして、そのままうやむやにしてしまいたいところに特亜がこのようなことを言い出せば、馬鹿野郎と言いたくなるだろう。

今までは日本の中の日和見勢力がごまかしてきたが、もう日本国民がそれを許さなくなっている。

アメリカは日韓の不協和音はアメリカの国益に適わないとの報告書を出したが、それ以上に日本の国益に適わないのであれば優先すべきは日本の国益なのだ。
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コメント

No title

たかおじさんの仰るとおりです。ようつべでも当時のドイツの動画を見る事ができますがフランス電撃戦勝利後の街宣パレードやまだ開戦前の当時のドイツ国内の雰囲気を見るとまさしくドイツ国民が時の政権を熱烈に支持している様が見て取れます。

まぁ宣伝としての映像という事もあるでしょうけれども。

さて本日久しぶりにたかおじさんを知ることになった某元衆院の先生のブログを見ましたが、慰安婦問題の件についての提起があったのでついつい意見投稿してしまいました。
まともな意見も(私から見て)ありましたが相変わらずお花畑の真っ盛りのような人もいました。
聞く耳を持つ事はないと思いましたが、日本が悪いと仰る方にも繋がる御先祖様がいる。その御先祖様も朝鮮人女性を暴行した悪い日本人なのですねと言われてはいそうですと認めるのか、何もしていないのに。と捨て台詞?を置き土産にしてきました。

本当に情けない事です。

No title

>2014-02-26 16:57 | 一有権者様

>たかおじさんの仰るとおりです。ようつべでも当時のドイツの動画を見る事ができますがフランス電撃戦勝利後の街宣パレード

そうでしょうね。当時、キリスト教国ではユダヤ人を迫害するのは当たり前であり、またヒトラーは第一次大戦でドイツが莫大な賠償金を支払わされどん底の景気だったとき、ユダヤ人がドイツ人の富を奪っていると宣伝して、ドイツ人の熱狂的な支持を受け、政権を執ったのです。当時、バチカンが、ナチスの前進であるドイツ中央党にたいし支持を与え、後にナチス戦犯の逃亡を助けていたのは周知の事実です。キリスト教ではユダヤ人は憎むべき存在であり、当然のことだったでしょう。今はバチカンは無関係のように振る舞っていますが、これは歴史上の汚点であり、さらにバチカンの汚点はキリスト教国家であるヨーロッパ全ての国家の汚点なのです。

しかし、彼等はその罪を全てナチスに押しつけ、口をぬぐっています。

>さて本日久しぶりにたかおじさんを知ることになった
>・・相変わらずお花畑の真っ盛りのような人もいました。
>と捨て台詞?を置き土産にしてきました。

あの人達はなぜと言うことを考えないようですね。自分が信じたから事実だという思考のようです。だから、何かの拍子に全く反対のことを信じ込んでも、最初から自分はそう信じていたと思うようです。なぜ考えが変わったかなど考えないのです。風の吹く方向になびくだけですから。

>本当に情けない事です。

でもそういう人が本当に多いですよ。私の周囲の年輩者にも無数にいます。

No title

例のブログにおいてあまりにも情けないと思い慰安婦問題のところに意見投稿をしましたが、やはりだめなものは駄目なようです。
私もつい感情的になってきて投稿したのはまちがいだったかなと。
興味がおありでしたら覗いてみてください。

全くお話にならないようです。

No title

>2014-02-26 21:49 | 一有権者様

>例のブログにおいてあまりにも情けないと思い慰安婦問題のところに意見投稿をしましたが、やはりだめなものは駄目なようです。

もう興味もないので忘れていましたが、ちょっと覗いてみました。慰安婦問題がどこにあるか分かりませんでした。

>私もつい感情的になってきて投稿したのはまちがいだったかなと。
興味がおありでしたら覗いてみてください。

お花畑はしょうがないですね。腹を立てても損します。

>全くお話にならないようです。

お花畑は相手にせず、扇動してる者を問いつめればよいのですが、どうせ理論がなければ逃げるだけですし。理論があって反論しているなら敬意を表しますが。

No title

大変失礼いたしました。「こういう本も読んだ」というタイトルでした。

例のブログではまたコメントせずにしばらくの間また静観する事にいたしましょう。

No title

はい、ちょっと覗いてみました。お花畑が風にそよいでいました。

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