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再度日本を護ると言うこと、その二

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前回のエントリーに対し、M氏がコメントをつけてきたが、本来は私がコメントを書き込んだ某ブログのコメント欄の続きだ。が、要点は、安倍総理の靖国参拝に端を発し、過去の戦争がやむを得ないものであったか、他の選択肢はなかったのかということだ。

ここで、M氏の批判をするつもりはないが、M氏の言葉は、今も多く日本にある、あの戦争は間違っていた、安倍総理の靖国参拝で日本は世界を敵に回したという批判と重なる気がする。

しかし、私が彼等に訊きたいのは、では先の戦争を日本が選択しなかった場合、よりよい結果になったという確証があるのか、と言う点だ。

また国際社会に対し歴史修正主義のレッテルを貼られることが日本にとって最も悪い選択だというのなら、では日本人の国家に対する意識は変える必要はないのか、戦後秩序を尊重するあまり、日本が脅威にさらされる事を他の手段で回避出来るのかと言う点だ。

M氏ばかりではない。彼等には代案がないのだ。反論はするが、反証がないのだ。

一部彼のコメントを引用し、それに対する私のレスを併せて引用する。ただ、部分引用で誤解があるのではないかと思われる方は、ぜひ

前回のエントリー”再度日本を護ると言うこと”のコメント欄

をごらん頂きたい。

赤文字は引用

最後に、私が述べます一点は、支那戦線から南方戦線と拡大しながら、更に対米戦を招く外交方針を取るのは誤った外交戦略で、対米交渉を続行するのが妥当な選択肢でしょう。

→ 日本から対米戦を展開して、日本のエネルギー事情や対外貿易がが好転するケースは、米国の降服と考えるのが妥当でしょうが、其処に至る戦略が無いまま(もちろん、戦略が有ってもその通りに行く訳ではないが)宣戦布告するのは、妥当な選択とは言えず。

...次の決断点は、米国が交渉を打ち切って後で、対日宣戦布告をする一歩手前でしょう。その可能性の程度は何とも言えませんが、少なくとも米国の政局を把握して日本の政策選択の一助にする必要は有ったでしょう。

最後に、リメンバー・パールハーバーと米国の識者に言われるのは、宣戦布告が数時間、遅れたのが主因ではない事を理解しておりますよね。 日本が取った、その様な外交政策、それが日本の内部で不適切とされない所が日本の弱点の一つと考えます。


いくつかのやりとりのこれが結論と言うことだが、ここにいたっても「其処に至る戦略が無いまま(もちろん、戦略が有ってもその通りに行く訳ではないが)宣戦布告するのは、妥当な選択とは言えず」と言うのでは反証にはならない。戦略がないまま開戦に至ったのがその通りだとして、では開戦しなかった場合の結果はどうなっていたと考えられるのか、またどうしてそう考えられるかがない。

むろん、当時の日本の戦略が十分だったとは言えないが、十分な戦略とは何か。要するに戦争をしないで日本がアメリカの資源封鎖を回避出来たのか、そう考えられる理由は何か。あるいは、すべてアメリカの言うとおりにしたらあるいは戦争にはならなかったとは考えられる。が、その結果、今の世界がどうなっていたろうか。日本は主権国家として存在出来たろうか。

とうぜん、それはあり得なかったはずだ。なぜなら、当時の世界は帝国主義の時代であり、欧米はアジアアフリカを植民地にする権利を当然と考え、人種差別が当然と考えていたのだ。日本がアメリカの圧力に屈し戦争を回避していたら、その欧米の意識が今の世界で変わっていたはずだと考えられる根拠は何一つ無い。

それなら、喩えせっぱ詰まったのだとしても、十分な戦略がなかったのだとしても、そして勝てる見込みが全くなかったのだとしても、日本には開戦の選択肢しかなかったはずだ。

今私たちが知ることの出来る歴史では、日本は戦争回避の方法を必死で探していたが、それを閉ざしたのはアメリカであり、事実上日本を追いつめていた。アメリカのもくろみとしては、日本が開戦に踏み切るとまでは考えていなかったかも知れないが、圧力に日本が屈すればあとは日本を自由に出来ると考えていた、つまり戦わなければ日本は他のアジア諸国と同じく西欧の植民地にされるとの思いは当時の日本人にはあったろう。それが当時の世界情勢であり、そう考えたのは極めて当然だ。

今、私たちはその後の世界がどうなったかを知っているから、なんとでも言えるのだが、当時の日本人には当時の状況での判断しか出来なかった。後から何を言っても無責任だろう。

歴史では、日本は初戦を有利に進め、有利な戦況のうちに講和に持ち込む、と言うことだったと伝えられる。むろん、私も戦争の遂行の仕方や戦略の立て方に様々な過ちがあったとは思うし、当時の日本社会が主としてマスコミのあおりで初戦の有利な状態がいつまでも続くと思いこまされていたとも思う。軍部の暴走があったとも思う。が、開戦自体はどうしても避けられなかったと思うのは、その後の世界の動きを見ても間違っているとは考えられない。

歴史の尺度で言えば、つい最近まで南アやオーストラリア、アメリカなどでは人種差別が合法だったのだ。アジアアフリカが独立を果たした後も、それらの地域を植民地にしていた欧米はどのような責任を取ったろうか。どのような補償をしたろうか。

戦争は悪だ。悲惨でありするべきではない。これは言うまでもないことだが、当時の日本に戦争以外の選択肢がなかったとすれば、今、他の外交戦略を考えなかったのかなどと軽々しくは言えないだろう。

さて、これは、例の安倍総理の靖国参拝にも関わることだ。

これを非難する国内の主張は、これで日本が国際的に孤立をした、歴史修正主義者とのレッテルを貼られることは致命的な失点になると言うことらしい。

歴史修正主義とは、戦後秩序を変える事を意味する。戦後秩序とは何か。その象徴が国際連合憲章の敵国条項だろう。国連とは、言うまでもなく戦勝国クラブであり、彼等が正義であって、敗戦国は悪であり、国連決議が無くとも敗戦国を一方的に攻撃することが許されるとするものだ。

この条項は今では死文化されているというが、削除はされていないし、未だにソ連や中国がこれを根拠にすることがある。

戦勝国は正義であり、敗戦国は悪であるとの認識が戦後秩序であり、これは事実とは無関係なのだ。日独始め、敗戦国はこれを受け入れている。したがって、今世界では日独伊など国際社会の一員として認められ活動し、他国と同等の権利を有するのだが、中国とその走狗である朝鮮はそれを盾に日本をおとしめている。

国際関係を波立てないために、日本は戦後秩序を受け入れてきた。しかし、それを盾に日本を攻撃する中国に対しては、それを受け入れるわけにはいかない。が、最も肝心なのは、戦後秩序で洗脳された日本人にたいする意識改革ではないのか。

戦後秩序がそのまま正義と悪の対比だとはまともな国は考えていないが、それを今更言い出すメリットもないからそのままになっている。それが世界の合意だろう。

実際、日本が歴史を反省しないと言っているのは特亜のみであり、そしてそれに買われた一部の勢力でしかない。アメリカが日本に失望したというのは、今中国と正面から対決したくないアメリカが日本に中国を刺激するな、と言っているのであって、日本が歴史認識を変えようとしているからというのではない。一部のマスコミがどうであれ、国家として日本が過去の歴史を反省していないと言っているのは特亜だけなのだ。

アジアは殆ど特亜には与せず、朝鮮などは告げ口外交が全く実らずに焦っている。アジアではむしろ、日本に対して好意的だとされている。

アメリカでも、擁護論が出てきており、明らかにアメリカ政府はその発言を修正している。

それでも日本が戦後秩序を変えようとしている、歴史修正主義者だと思われるのかも知れないが、中国の脅威に直面しているのは日本なのだ。そして日本人の意識が自虐史観から抜け出さない限り、日本が自力で国を護ることは難しいのではないのか。

靖国参拝を国民の多くが支持しているとのことだ。それがどのくらいの率かは様々あるが、少なくとも日本が軍国主義に回帰しているのではない、戦争を避けるためにきちんと自力で安全保障を確立するためには日本人の意識が変わらなければならない。

しかるに、世界で日本が孤立するという意見は、では日本が世界で孤立しないために靖国参拝を今後も差し控えれば日本の安全保障が好転する根拠はあるのかを示していない。世界を敵に回すな。これはよく分かる。が、世界に恭順を示すことでどの国が中国の脅威から日本を護ってくれるのか、その根拠は何かが全く示されていないのであれば、単なる空論だろう。

日本が自力で国を護るためには、日本人の意識が変わる必要がある。それ以外に日本を護る方法はないと思えるのだが、それに対する反証があるなら是非お寄せいただきたい。
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コメント

No title

>少なくとも米国の政局を把握して日本の政策選択の一助にする必要は有ったでしょう。

戦争しないということを公約にして大領になったルーズベルトの立場からすれば、欧州戦線に参戦するには日本に最初の1発を打たせる必要があります。米国内の事情、ルーズベルトの立場を知れば知るほど、日本は外交交渉で開戦を避けることができなかったと考えるのが常識ですね。

>日本から対米戦を展開して、日本のエネルギー事情や対外貿易が好転するケースは、米国の降服と考えるのが妥当でしょうが、其処に至る戦略が無いまま(もちろん、戦略が有ってもその通りに行く訳ではないが)宣戦布告するのは、妥当な選択とは言えず。

昭和16年11月15日、大本営政府連絡会議が決定した「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」では、「速やかに極東に於ける米英蘭の根拠を覆滅して、自存自衛を確立すると共に、更に積極的措置により蒋政権の屈服を促進し、独伊と提携し、先ず英の屈服を図り、米の継戦意志を喪失するに勉む。」となっています。米国に降伏させるなんて言葉はどこにもありません。

米国の継戦意志を喪失させることで、外交交渉に持ち込むという立派な戦略があるではありませんか。具体的には東南アジアを押さえ自給体制を整え、インド洋を抑えることで英軍の降伏させ、また援蒋ルートを遮断することです。真珠湾や太平洋での作戦などは一言もでてきません。

なぜ政府の基本方針に沿って海軍が行動しなかったかを考えることが、歴史に学ぶということでしょうね。

No title

たかおじさん今晩は。仰る通りと私も思います。

私達戦後の日本人が日教組等の過度の自虐史観による偏向教育とそれをまことしやかに煽る朝日、毎日新聞のような売国メディアによる世論の印象操作が現状を生み出している原因の一つと思っております。

そのような事が何よりも自国を自国で守る事に対して一種のアレルギーのような物を日本人に植えつける事になっているのでしょう。

これら売国メディアは戦前は逆に日本国民を戦争へあおりに煽っていたのはたかおじさんのブログを訪れる方達の多くは存じていると思いますが。

もし当時の日本がアメリカとの摩擦を避けるため譲歩を続ければ日本の国そのものが亡国の憂き目を見て他のアジア、アフリカ諸国と同じというかその当時は殆どが欧米の植民地にされ搾取を受けており、有色人種の独立国はイタリアに1935年侵略されるまでのエチオピア、タイ王国、我が日本国ぐらいなものであり、ルーズベルトは明らかに日本に対しての圧力は緩める事は無かったと思いますし日本差別主義者であったことは彼の発言からもうかがい知る事ができます。

英国を救う為にドイツとの開戦を模索していた彼は日本がいくら譲歩したところで日本への圧力を緩める事は無かったでしょう。ドイツもルーズベルトの意図を知っており極力Uボート等による米国駆逐艦による挑発行為であるソナーによる探知や位置を英国軍に知らせる明らかな中立違反をされても攻撃しないように命令していたとされています。

日本軍は何故か補給線を叩くことには力を注がずに戦争を戦ったようですが、民主主義の国である連合軍は日本の民間人を多く殺傷する事になる都市への大空襲や本土への艦砲射撃を行い戦時国際条約を明らかに一脱した攻撃を行っていますが戦勝国である為にあの東京裁判において一切これらの連合軍側の戦犯については一切取り上げられていません。

後世世代の戦後日本人は結果がわかっているからあれこれいえるがと仰る事も全くその通りであって私達戦後世代の日本人は先人が命をなげうって守ってくれた日本国をどのように他国から守り子孫に繋げていくかを考えれば何時までも平和ボケしたままではいられないはずです。

No title

>2014-01-18 17:38 | 花岡 鉄様

>戦争しないということを公約にして大領になったルーズベルトの立場からすれば、欧州戦線に参戦するには日本に最初の1発を打たせる必要があります。米国内の事情、ルーズベルトの立場を知れば知るほど、日本は外交交渉で開戦を避けることができなかったと考えるのが常識ですね。

むろん、今アメリカに訊けば、当時アメリカは日本と戦争をする気はなかったが、日本が世界の説得を受け入れなかったし、そして日本がアメリカに奇襲攻撃をしたのだから、すべて日本が悪いのだ、と言うことになるでしょうね。

特に戦後秩序が出来、当時は日本が悪いとの結論を作り上げるためにあの欺瞞に満ちた東京裁判までやっています。しかしあの直後、日本国内から戦犯の早期釈放運動が起き、実際多くの戦犯とされた人たちが釈放されていますが、それに対し国際社会からは一切異論がありませんでした。

結局、東京裁判も日本が悪であるとの結論を導き出すためにだけ行われたパフォーマンスであったことはアメリカ始め西欧も知っていたと言うことです。

したがって、アメリカが日本を追いつめたのだとしても、日本が戦争を始めたという事になってしまったし、それが戦後秩序であり、日本もドイツもそれを受け入れたと言うことです。

が、それが進駐軍の政策もあり、日本が悪かったとの自虐史観を日本人に植え付ける事になったのです。いま、中国の脅威に直面している日本人に必要なのは、この事実と異なる自虐史観を取り除く事ではないでしょうか。総理の靖国参拝にはそのような意味があると考えます。

>米国の継戦意志を喪失させることで、外交交渉に持ち込むという立派な戦略があるではありませんか。具体的には東南アジアを押さえ自給体制を整え、インド洋を抑えることで英軍の降伏させ、また援蒋ルートを遮断することです。真珠湾や太平洋での作戦などは一言もでてきません。

そうです。だから全く戦略が無く暴走したわけではありません。ただ、その思惑通りに本当になったかどうかは、どんな場合でもかけでしょうね。アメリカだって何度戦争をしても思惑通りにはならないのですから。

>なぜ政府の基本方針に沿って海軍が行動しなかったかを考えることが、歴史に学ぶということでしょうね。

どこの国でもそうですが、一旦戦争が始まってしまえば手柄争いや思いこみ暴走が起きます。それがどうしても付き物だとしても、当時の開戦は唯一の選択だったと思います。

No title

>2014-01-18 19:58 | 一有権者様
>
>たかおじさん今晩は。仰る通りと私も思います。

今晩は。

>そのような事が何よりも自国を自国で守る事に対して一種のアレルギーのような物を日本人に植えつける事になっているのでしょう。

これは結局はGHQの指針でもあったと思います。 やはり、戦後秩序として、アメリカは正義であり、日独は邪悪な平和への挑戦者という図式を作り上げる必要がありましたから。
>
>これら売国メディアは戦前は逆に日本国民を戦争へあおりに煽っていたのはたかおじさんのブログを訪れる方達の多くは存じていると思いますが。

そうですね。赤非などその典型ですね。 戦後、日本人が敗戦の苦しみの中で戦前戦中戦争をあおり立てたメディアに対し極めて厳しい目を向けていたのが今の売国メディアを作り出したのではないでしょうか。
>
>もし当時の日本がアメリカとの摩擦を避けるため譲歩を続ければ日本の国そのものが亡国の憂き目を見て

>日本差別主義者であったことは彼の発言からもうかがい知る事ができます。

それは日本への原爆投下でも言えますね。当時、ソ連は日本から和平交渉の仲介を依頼されており、それはアメリカが完全に勝ってしまう前に戦勝国の権利を得るため参戦したのですが、そのソ連を牽制するために原爆を敢えて使ったというのがおおかたの見方です。

>中立違反をされても攻撃しないように命令していたとされています。

これはM氏も指摘していましたが、フライングタイガーは現実には対日戦へのアメリカの参戦です。アメリカはなんとしても日本をたたくつもりで居たのでしょう。もし日本が全面的に屈していればあるいは戦争にはならなかったかも知れませんが、当時のアジア諸国同様、日本が植民地とされ隷属させられるだろうと日本が考えたのは当然です。

>日本軍は何故か補給線を叩くことには力を注がずに戦争を戦ったようですが、

>あの東京裁判において一切これらの連合軍側の戦犯については一切取り上げられていません。


結局アメリカが何をしようと、正義の行使者であるアメリカが邪悪な日本を下すためには何をしても許されるとアメリカ国民や世界に示す必要がありました。当時のアメリカは、日本人を人間としては見ていなかったようです。それはベトナム戦争のおりも、兵士達は、アジア人には西欧人のような感情はないと教えられ、それを信じていたとの証言もあります。

>他国から守り子孫に繋げていくかを考えれば何時までも平和ボケしたままではいられないはずです。

平和的な交渉だけで戦争を避けられるならそれで問題はありませんが、歴史上それで滅びた国、文明は無数にあります。まして、1000年前から進化していない中国相手には、平和ぼけほど危険なことはありません。

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