再度日本を護ると言うこと

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激動の2013年が過ぎ、最初のエントリーではざっとそれを見直してみたが、今年一年がどうなるかも改めて考えてみたい。正月、多少のんびりも出来たので、このブログの過去のエントリーをざっと読み直したが、改めて日本の現状は決して楽観は出来ないとつくづく思った。ただし、悲観もする必要はない。一番の大きな変化は日本人の意識だろうとつくづく思う。

このブログを始めたのは2009年12月22日だが、当時は民主党政権が9月に誕生し、鳩山内閣が70%もの高支持率を得て誕生してから、その支持率が急落していた時期だった。早くも民主党の裏付けのないばらまきマニフェストの化けの皮が剥がれ始めていたからだ。

私の周囲でもそれまでの自民政権の迷走内部抗争、短命内閣などで、国民がつくづく自民党に愛想を尽かし、その懲罰票が民主党へ308議席という高い支持率で現れたのだが、鳩山内閣の支持率急降下を観るまでもなく、私自身はこの民主党の欺瞞を選挙前から予想しており、民主党に高い指示を与えた人々に読んでもらいたくてこのブログを開設した。一番最初のエントリーが「民主党支持者の皆さんにお聞きしたいのですが」と題するものだった。その次が「平和教育の危うさ」と続く。


ただ、一時期サーバの不具合回復の過程で、初期のエントリーが消えてしまっており、残っている記事の最初が下記だった。要点を引用しながら取り上げてみたい。

上記に書いたように、このブログを始めたきっかけは民主党政権の誕生と、そのあまりの無責任、でたらめぶりが我慢出来なかったからだ。2014年の日本は当時からかなり変化した。とにかく民主党の嘘つき体質無責任ぶり売国奴ぶりに国民が驚愕し、次の衆院選挙で民主を惨敗させ政権から引きずりおろし、その次の参院選でとどめを刺した。もう民主党が表舞台に出ることは二度とあるまい。思えば、日本は平穏な時代が続き、それに慣れた長期政権政党があぐらをかきそれに国民が飽きた結果が、消去法でとにかくやらせてみようとの判断で民主を政権に付けたのだが、そのつけがいかに大きかったかを国民は多大な犠牲を払って学んだわけだ。

民主党政権が発足したのは2009年9月だが、その一年前アメリカ発のリーマンショックが世界経済をどん底にたたき落としていた。西欧もアメリカもその影響から経済は先が見えないほど停滞し、しかし、途上国はそれほど悪影響を受けていない頃であり、日本もまたリーマンショックがまるで対岸の火事のような感じしか持っていなかったようだ。

そのころからすでに中国経済は赤信号が点り、国内での政府に対する不満が拡大することを畏れた中国はその矛先を日本に向ける政策をさらに強めた。それが、民主党政権末期から顕著に現れ、それにたいし民主党政権が全くの無策であることも国民は理解した。なにしろ、当初の小沢氏が160名を引き連れ中国詣でをし、自らを人民解放軍野戦部隊司令になぞらえたくらいだから。

この何年かで明らかに中国の対日姿勢は極端に硬直しているが、その理由は主として彼等の国内問題だ。が、それを助長したのは明らかに民主党であり、それに至る自民党政権だった。が、それ以上に中国の国内問題が今の日中関係の悪化を作り出しているのは間違いがない。

いま、安倍政権になり、常に中国におもねていた売国政権が消えても、中国は一度対日強硬策をとった中国は今更その方針を改めるわけにはいかず、そしてさらなる国内事情の悪化もありますます中国は強硬に日本を標的として攻撃をするようになっている。現実に軍事衝突の可能性も実感される状況となり、次第に日本人の意識も変わってきたと思える。

そうなった今日この頃だから、ブログ開設のはじめの頃に書いた記事をもう一度紹介したいと思うようになった。自分の記事を改めて引用し、最近の日本の内外の問題と照らし合わせて説明してみたい。

赤文字は引用

あの戦争は間違っていたのか

我々は常に戦争を憎み、二度と戦争を起こしてはならないと銘記する必要があるし、子弟達にもしっかりと教育をしてゆかなくてはならない。

もちろん、戦争とはどのようなものでも悲惨であり、絶対にしてはならないが、特に負けた場合はさらに国民はどん底に突き落とされる。だから、絶対に戦争をしない為の方法を次世代に教育し、自分たちもその方法を実践しなければならないと言うことだ。よく、不戦の誓いなどという言葉を聞くが、戦争は相手があるのであり、自分たちがいくら不戦の誓いをしても相手が同じ誓いをし護っているのでなければ単なる言葉でしかないことを、しっかりと認識し、次世代にも認識させなければならない。そうでなければ、戦争の危機が却って大きくなる。

だが、日本人だけが戦争をしなければ戦争はなくなるわけではなく、何を置いても自国が戦争に巻き込まれないためには、他国に、この日本への軍事攻撃を思いとどまらせるための、強大な軍事力を持つ必要がある。

結局、絶対に悲惨な戦争にならないためには、日本が他国に戦争を仕掛けることはむろんあり得ないが、日本に対して戦争を仕掛ける意志を他国に持たせないことがなんとしても必要になる。現在日本に戦争を仕掛けるとすれば、中国が筆頭であり、その尻馬に乗った朝鮮半島かも知れないが、先に書いたように、中国は国策として日本を敵視している国だ。話し合いや外交努力で彼等に戦争を思いとどまらせることは不可能と思っていた方がよい。どのような日本の外交努力も中国には意味がないと見切っておく必要がある。

もちろん、だからといって中国が闇雲に日本に武力攻撃を仕掛けるわけではないだろう。そうすることで中国が失うものは多すぎるし、また小競り合いでは日本と戦争をしてもまず勝てない。様々な理由はあるが、それこそ国際的に孤立し、他国からの経済制裁や封鎖があれば中国は極めて脆弱であり、国の崩壊に拍車をかけかねないからだ。だが今でも理不尽に日本との軋轢を一方的に高めるしか国の存続が出来ない状態では、すべての問題を対日戦でひっくり返したくなる誘惑は大きいだろう。つまり暴発だが、まさに暴発とは、誰の意志でもなく突発的に突っ走ることだ。その危険性はかなり中国の場合は大きいと考えて置かなくてはならない。

それは先日の平和教育の危うさにも書いたが、むろん、戦争の悲惨さ理不尽さを次世代に十分に伝え、戦争に巻き込まれない方法も十分に伝える必要があるとも以前に書いた。戦争をしない決心と、戦争に巻き込まれない決心とは全く別物なのであり、日本では戦争に巻き込まれないための教育が全く為されていない事が問題だとも書いた。

戦争を仕掛けられないためには、様々な外交努力が欠かせないが、中国の場合、そのような外交努力は意味がないと考えるべきだ。彼等は自分たちが日本を屈服させることが最終的に自国の得にはならないと判断している間はむやみに軍事行動を起こすことはないだろう。が、それでも日本を攻撃した方が得だと判断すれば実行するだろう。

したがって、彼等が日本攻撃を損得でとらえている間は、外交交渉にのるような素振りも見せるかも知れないが、それを信用する事は不可能だ。なぜなら、中国は国内のひずみが加速し、それを自力で修正出来ないから、それに対する人民の不満を外部の敵、すなわち日本に向けさせざるを得ず、今更その方式を改めることが出来ない。

戦争の悲惨さを教育するのは悪くはないが、戦争自体が理不尽なのであり、戦争に巻き込まれてしまえば、何度でも悲惨は繰り返される。大切なのは戦争をしない決心なのではなく、戦争に巻き込まれない決心なのだ。

そのような理不尽な中国に対し、戦争を仕掛けられない、戦争に巻き込まれない決心とは、具体的にはなにをすればよいのか。戦争は嫌だから仕掛けないでくれと中国に頼んでもそれは意味がない。あとは、すべてを中国の要求通りにすることで確かに戦争にはならないだろう。ただし、日本はチベットやウィグルの二の舞になるだけのことだ。

他国を従えることで繁栄を手に入れる方がよほど手っ取り早いと考える国の方が世界の大多数なのだ。世界で繁栄を手にしているのはごく一部の国々だが、それに伴った軍事力を例外なく有していることを忘れてはならない。だから、専守防衛をいくら宣言しても、日本が有事には強大な軍事力を発揮すると見なされているのだ。

繰り返しになるが、中国は今確実に崩壊への道をたどっている。それも絶対に引き返すことの出来ない方向へ加速しながら突っ走っているのだ。絶望的な政治の腐敗、資産格差、公害、法の不公平、思想言論の弾圧、情報の規制などなど、人民の不満は急拡大し、年間8万件以上の暴動が起きている状況だ。これらを政府は修正出来ない。政治の腐敗や資産格差を是正すればそのまま政府の崩壊につながるからだが、それら問題を一気に挽回するには、日本を屈服させ出来ることならその富と技術を取り込むことで中共の力を示すことしかないと考えるのは、彼等の思考形式として当然だ。

日本のすぐ隣にある中国こそ、他国を従えることで繁栄を手にするのが一番確実手っ取り早いと考えている状況で、日本が彼等にその意志を持たせない唯一の方法は、そのようなことで彼等が得る物は何もなく、むしろすべてを失うことになると理解させることだ。つまり、日中戦争は確実に中国の消滅を意味することを理解させることでしか、中国に対する確実なメッセージにはならない。力がすべてを決すると考える相手には、その思考形式でも理解出来るメッセージを送らなければ通用しないと言うことだ。

むろん、世界でもまともな人間なら誰でも戦争は悲惨だからしてはならないと口をそろえて言う。日本の主張に反対する人間は居ないだろう。しかし、現実に世界から軍事的脅威はなくならず、世界の軍事力は加速度的に増している。この現実を無視して日本が平和教育をしているのはきわめて危険だと言って良い。日本の平和教育が却って戦争の危険を高めている事実を知るべきだ。

だが未だに日本は隣国と友好関係を築かなければ日本は孤立し戦争の危機に巻き込まれると主張する者達が居る。隣国との友好関係はむろん望ましい。が、それを実現しては自国の存在意義が無くなると考えている隣国なら、距離が近いだけにむしろ警戒しなければならないことも国民は理解する必要がある。隣家にやくざが居て、常に話し合いや妥協を拒否し、難癖を付けてくるなら隣であるからこそ常に警戒し、戸締まりを厳重にしなければならない。

やくざが押し入ってきたら説得は役立たないし却って事態を悪化させる。それなら、彼等に唯一分かる方法、すなわち押し入ってきたら痛い目に遭わせるとはじめから理解させておくことしかない。やくざと一般の市民とを同列に見ることは非常に危険なのだ。

日本の平和教育の一環として過去の戦争が間違いであったとの教育が為されている。日本の軍事政権が戦争を引き起こし、一方的にアジアを侵略したと教育している。しかし、本当に日本の戦争が悪だったのかとの検証がまるでない。

戦争自体は悲惨であり絶対にすべきではないと私も思う。が、先の戦争もそうだったのか。あの戦争も絶対にすべきではなかったのかを考えずに、ただ戦争はすべきではなかった、これからも絶対に戦争をしてはならないと考えるのが本当に正しいのだろうか。

1)まず、当時は世界的に欧米がアジアアフリカを侵略し、植民地化していた時代だった。

2)日本はアジアで初めて白色人種との戦争に勝ち、アジアに欧米との戦いを挑む動機を与えた

3)当時は抜きがたい人種差別が世界を覆っていた

4)アメリカは出遅れたアジア支配をしようとしていた矢先、日本に出鼻をくじかれ、日本の勢力をアジアから排除する機会を狙っていた。

5)ソ連は日露戦争に負けたことからアジアに対する足がかりを失ったことで日本を排除しようとしていた。

6)中国は日清戦争に負けたことで国内が混乱し、内部抗争が激化し、国民党と共産党が互いに日本と相手を戦わせ消耗させることを狙っていた。

7)ヨーロッパは自分たちのアジアに於ける権益が日本によって失われる事態に直面し、日本を排除したかった。

8)日本は当時世界の強国としてデビューしたばかりであり、当時の当然の権利として海外に領土を求め資源と市場の確保を狙った。また、そうしなければ日本の経済が行き詰まり、先行きアジア諸国のように欧米の膝下に跪かされる懸念を持っていた。

9)日本は海外の領土を欧米のような植民地にするつもりはなかった。韓国は当時自力で国家を運営する能力が無く、国を救う為に日本に併合して欲しいとの願いを受け入れた。欧米では全くそれに対し異論はなかった。日本は当時インフラも教育システムも全くなかった朝鮮半島に、莫大なインフラを投下し、教育を充実させ、その結果朝鮮半島の生活レベルは非常に上がり人口も増え、なお半島で差別されていた白丁が大挙して日本に移ってきた。

これらはあくまで日本の立場で戦争の理由を述べたものだ。がそれに対する反論がどうしても思いつかない。当時の世界で、日本が戦争をしないままだったら今の世界はどうなって居たろうか。白人の世界支配があの戦争なしでいつ終わって居たろうか。

オーストラリアはかつて白豪主義として、法的に白人と有色人種の権利を分けていた。南アフリカでは白人優先主義が法的に確立していた。アメリカで有色人種の権利が法的に白人と同等になったのは70年代になってからだ。アジアやアフリカの植民地が独立したのも歴史的に見ればごく最近のことだ。

これらは自然に起きたことなのだろうか。有色人種が戦い取ったものではなかったのか。白人が自ら進んで有色人種に譲ったのか。それを考えたとき、日本の戦争が世界の歴史を大きく変えたきっかけになったのは否定出来ないだろう。

が、日本としても別に有色人種の地位向上のために戦ったのではない。戦わなければ日本が欧米に隷属される、植民地化されるという現実の脅威を戦争以外の手段で取り除く事が出来なかったからだ。それだけ欧米による植民地化がどれだけの不安定をもたらすか、それを押さえつけるために欧米はなおさら力を強めアジアアフリカを押さえつけるかを理解していたからと考える方がつじつまが合う。

韓国などは日本が暴力で韓国を植民地化したとわめくが、日本はいずれの国も植民地にしたことなど無い。植民地とは、一方的に宗主国が収奪するためのものであり、日本はそれらの地域を日本の投資と努力で繁栄させることを目指した。そうすることで日本自体が大きくなり富めると考えたからだ。

すなわち、日本の海外領土とはあくまで莫大なインフラ投下をし市場として育てるものであったし、資源はその対価として得るというのは構想であった。

現実に今日本が植民地にしたと特亜や左翼が言う地域は、戦後真っ先に繁栄し工業化した。台湾はそれを多とし、戦後入り込んできた中国国民党の残虐さにくらべ日本の存在は確実に台湾を引き揚げたと理解している。朝鮮は同じく繁栄を与えられながら、日本に奪われたとわめき続ける。どちらが事実かは、併合されていた時期とそれ以前の時期を客観的に比べてみるだけで十分分かるのではないか。

が、あの戦争について話を戻すなら

日本は最後まで戦争回避の努力をしたが、結果としてまず中国に於いて度重なる挑発や日本人居留民の虐殺事件の頻発などから、日本人保護のために駐在した日本軍と中国軍の間に戦闘が始まったとされている。しかし、このきっかけとなった盧溝橋事件とは、ソ連の画策により中共が引き起こしたことが様々な証拠から定説となりつつある。

戦争とは日本がいくら決心をしても相手次第によって引きずり込まれる。しかしながら、相手は日本が挑発した、日本が横暴だったから戦争をするしかなかったという。結局、どんな状況になっても相手にその口実を与えないのは、戦争をしても絶対に相手が勝てないだけの圧倒的な力を持ち、しかもそれを自らは使わないが、自らを護るためには使わざるを得ないとの日本の在り方を相手に伝えることしかない。力を持つのは、その力を使わないためだとの理解を相手にさせる必要がある。さもなければ、いくら抑止力のつもりでも相手は恐怖のあまり窮鼠猫を噛む式の暴発をする可能性がある。

ちなみに、日本が真珠湾攻撃で日米開戦に踏み切ったというが、日本の資源を遮断する行為自体がすでに戦争と言っていい。ABCD(アメリカ、イギリス、中国、オランダ)はすでに対日戦争に踏み切っていたのだ。ルーズベルトは何としても日本に先制攻撃をさせるようにし向ける作戦を立てるよう、軍に命令している。日本はその手に乗った。

今はそうではないだろうが、世界の在り方が変われば、最悪同盟国でも戦争の相手になる可能性がある。よく仮想敵国という言葉を聞くが、戦争になるとすればどの国との戦争の可能性が高いかを比較し、もっとも今日本に敵対している国が当然仮想敵国となる。

が、もう一つ考えるのは、戦争になった場合勝てる相手かどうかで仮想敵国を決める基準がある。日本を敵視しているのは朝鮮半島も中国と変わらないが、実際に戦争になった場合朝鮮半島がまともに日本と戦えるレベルではないことは明らかであり、煩わしいとはいえ、一国では重大な仮想敵国とはならない。さらに踏み込み現在は関係が良好でも仮に戦争をした場合勝てるかどうかで仮想敵国を想定する場合がある。

アメリカはその意味で日本を仮想敵国としていると言われているが、それは日本と今敵対していると言うことではない。実際に戦争をするとすれば西欧とアジアの価値観の違いがこじれる可能性がゼロではないのと、少なくとも通常兵器での戦争では一方的なアメリカの勝利とはならないことが先の戦争で証明されており、最悪の場合日本が短期間で核武装をした場合はアメリカが屈する可能性もあるという意味で仮想敵国なのだ。もちろん、現実に日米の戦争になる可能性はゼロに等しいだろうが、ゼロではない。そうであれば、何かのボタンの掛け違いが戦争へのきっかけになりかねず、何があっても相手の都合で日本が戦争を仕掛けられない手段はとって置かなくてはならない。要するに、国防とは常に、起こりえないような最悪の事態も想定しておく必要があると言うことだ。

ハルノートを書いたのは、アメリカ民主党に食い込んでいたコミュンテルンの手先ハリー・ホワイトであった。当時の国務長官コーデル・ハルの名前が付いているだけのことだ。

ところで、当時は欧米の帝国主義が最も盛んな時期であり、結局アメリカの欧米の一員であり、そこにソ連が付け込んだと言うことだろう。日本が全面的にアメリカに屈服しアメリカの属国にならない限り、アメリカは日本に戦争を仕掛け屈服させるつもりだったと考えられる。一旦そうなれば、その体制はアジアアフリカが戦争で欧米に勝たない限り改まることはなかったろう。日本にそのつもりがあったかどうかはともかく、結果として日本がアメリカと戦わない限り、日本が主権国家として存続する可能性はなかったのだ。

結局当時の日本の戦争は生存のための唯一の選択であり、結果論として悲惨な物になったのは、そもそも戦争自体が悲惨であり理不尽な物なのだ。だからこそ、世界で日本以外に、戦争そのもので他国に謝罪した国など無い。

それでもなお、負けると分かっていた戦争に踏み切ったのは日本の間違いだ、軍部の暴走だという意見が未だに主流のようだ。が、私はそうは思わない。軍部の暴走があったのは事実だろうが、軍部に暴走させる機運が日本に生じる原因があった。当時日本はあらゆる手段を尽くして戦争をしない為の交渉を他国と繰り返していたが、欧米は日本を一方的に追いつめた。そこに一切の妥協はなかった。

むろん、それぞれの国で自国に都合の良い解釈をしているし、アメリカなどが日本と戦争をしたのも日本が宣戦布告なしに奇襲をかけた、中国を侵略したと言うことなどもアメリカにはそれ以外の開戦の理由を言えないからだろうが、当時の世界情勢や戦争に至る各国の関係などからすれば、欧米が有色人種の中で台頭してきた日本を押さえつけようとしたとしか考えられないのは、その後の世界の変化からも当然ではないのか。

戦争で謝罪した国など日本以外にはないし、それで日本の地位が上がったわけではない。単につけ込まれているだけだ。戦争は悪なのであり、日本の戦争のみが悪なのではない。故に、あの戦争は日本が悪かったのかと言う問いに対する答えは、あれだけが唯一の選択肢だった。善し悪しを論ずる意味はないと言うことしかない。

少なくとも戦争の理由が日本にあったとの特亜の主張は全く根拠がない。日本にとって、あの戦争は追いつめられた結果の最終的な唯一の選択だったしか言いようがない。何度でも言うが、あの戦争がなかったら日本はどうなっていたか、アジアアフリカはどうなっていたかを考えてみるべきだ。戦争が無くてもいずれ西欧はアジアアフリカに対する支配をやめていたろうというのは歴史をあまりに無視している。

ただし、その日本の戦争にしても、その内容がすべて正しかったとは言い難い。現実に軍部が政治をないがしろにして暴走したり、その戦争の作戦、遂行能力にも不備は多くあるし、何より戦争がらみの不正義も多々あったろう。が、戦争とはそのようなものなのだ。

軍人全てが腐敗していたわけではないだろうが、ただし、日本軍にかなりの問題があったろうし、批判が出ても当然だ。だからあのような軍部の台頭に対し日本人が憎しみを持つのも当然だ。それでも、現在軍事力を廃する訳にはいかない。如何に効果的な軍事力を有し、確実に国民を守る組織として存在させるかを考えなくてはならないのだ。

その点、今の自衛隊はほぼ理想に近いのではないか。むろん、内部の実態は分からないし、それに時々自衛官による犯罪や、自衛隊内部の乱れなども報告される。そもそもあれだけの集団の中で何も問題がないことなどあり得ないだろうが、団体としての自衛隊は世界でも最も規律正しく、品行方正であり、なによりシビリアンコントロールの下に完全に収まっていると言えるのではないだろうか。近年、先進国による戦争がないから各先進国の軍隊の実態が正確に分かるわけではないが、方々で戦争をしているアメリカ軍の在り方はけっしてほめられたものではないし、中国解放軍やロシア軍の在り方もとうてい理性的とは言い難い。なにより、先の戦争での軍部の暴走をなにより、日本人は警戒している。外国による支配はとうてい受け入れられないが、軍人による支配も受け入れるわけにはいかないのだ。

その上で、自衛隊の在り方を考えると、

わかりやすい例だが、普通の人は、警察の世話になったことがあるか、と訊かれればとんでもない、そんなことは一度もないと答えるだろう。しかし、実際は、我々全てが一日二十四時間、一年三百六十五日警察の世話になっているのだ。警察の世話になっているからこそ、安心して夜寝られるし、外に出るたびに強盗や人殺しに会う心配をしなくて済むのだ。

の意味がよく分かるだろう。

世界の民度は高くない。軍事力がなければいつでも侵略され奴隷化され略奪されレイプされ、殺される危険があるということだ。

自分たちが礼儀正しければ他の国が自分たちに礼儀正しく接してくれるはず、などというのはあまりにもおめでたすぎる。日本の社会はそれで成り立っているだろうが、世界は、日本とは全く違うのだ。誰かが護ってくれなければ日本は国際社会では安全を得ることが出来ない。しかし、それを日本人は理解もせず認識もしていないから、自分が警察の世話になってなど居ないと考える。

自衛隊の世話にならずに日本が他国からの暴力にさらされないで居られるなど、全くの夢想でしかないが、実際に他国の暴力が押さえられているから自衛隊の役割を理解せず認識もしていないわけだ。ここでも自衛隊が他国の軍隊と比べいかに優れた存在か理解すべきではないのか。

警察が国民を支配している国など珍しくはないのだ。

もちろん、外交努力や世界に友人をたくさん作るなどの不断の努力は必要だ。だが、同時に日本は自国を自力で守る責任がある。他国に守ってもらうなどはあり得ない。日本が軍事力を増強することは軍事大国化し、アジアを侵略するためだとわめくのは、どのような国がどのような理由で言っているのかを理解すべきなのだ。

今回安倍総理が靖国参拝をしたことで海外から様々な批判が出ているとされている。が、靖国参拝自体が歴史認識の過ちだとの言葉は例によって特亜からが主であり、他国からの批判は米国を始めおおむね中国を刺激しないでくれと言うだけのこと。私が時々おじゃまさせていただいている某ブログでこの問題が取り上げられ、私が今回の安倍総理による靖国参拝は、事前に公約していたものでありそれを実行しただけのこと(奇しくも米国アーミテイジ氏が後日同じ事を言っていた)であり、日本人の意識を固めるためにも良いことだとコメントしたところ、ある方から海外に歴史修正主義とレッテルを貼られることが何を意味しているのか理解しているかとのレスがあった。

むろん、国際社会で多くの支持を集めること、友好国をたくさん造ることは安全保障にとって、非常に重要であり、日本はその方面でかなりよくやってきたとは言える。だから、その日本を国際社会で孤立させるために中国はアンチ日本キャンペーンをひっきりなしに国際社会で行ってきた。

それにたいし、日本は十分な反論もせず、却って国内でも国際的に孤立をするから靖国はまずいなどという声が大きく出る。国内でも靖国を総理が参拝することは正義に反する、軍国主義だからすべきではないという批判はほとんど無く、左翼もマスゴミも周辺国のと関係がまずくなるからやめろと言うのが大半のようだ。

が、それに対し十分な説明をせず受け入れ靖国参拝をしなかった従来の政府が、それにより自らの歴史修正主義を認めていることになり、いわば特亜のプロパガンダの裏付けをしてしまったのではないのか。だから、彼等がますます声高に批判をするのではないのか。

それに対し、日本人が萎縮してしまったのが現在の状況を生みだし、国際的な批判を招いていると言えないだろうか。

むろん、重ねて言うが、国際的な支持を得ること、好感を持たせることは国家の安全保障にとって、非常に重要だが、しかし、最終的に国を護るのは国民の意思だと言うことを決して忘れてはならない。今、隣に中国というかつて存在したことのない脅威が存在する。彼等には理論は通用しない。国の存続のために反日政策を採り、日本を敵視している。そのような相手に、靖国の正当性を説明しても意味はないし、といって口をつぐんだり特亜に遠慮をしてきたことが今の状況を生んでいる。

むしろ今必要なのは、毅然とした態度で日本人の気概を作り上げることではないのか。それが出来なければ、この国を理不尽な敵対から護ることは出来ない。

確かに他国の支援や同情も行為も友好も大切だが、最悪の場合、中国の核の恫喝に対し自国を犠牲にしてまで日本を護ってくれることなどあり得ない。最終的にこの日本を護るのは日本人であり、日本人が政府にその行動を採らせなくてはならない。そのためには、今まで自虐史観で植え付けられた日本人の加害者意識を払拭しなければならないだろう。

実際靖国が特亜の言うような日本の軍国主義の象徴であり、日本が戦前の軍国主義を懐古し、軍事国家化するものではないことを世界に説明し続け、特亜のプロパガンダを覆すのは当然だが、最終的に日本が日本人の誇りを取り戻し、毅然とした姿勢を示すことが何より国の安全を確保するために必要だと考える。靖国問題はその一環であり、またかの戦争の意味をしっかりと日本人が理解する必要があるのではないか。そうしなければまた本当に日本人は扇動され危険な道に自ら踏み込むことになりかねないのだ。

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あの戦争は間違っていたのか

今の日本は余りに平和であり、世界中で戦争が今展開し、無数の難民が発生し、無数の無辜の人間達が殺され、劣悪な環境に置かれ、人間としての最低限の尊厳も得られていない事実とは全く無縁のように感じている日本人が大半だろう。

しかし、ほんの六十四年前日本は同じような状態だったのだ。三百万にもなんなんとする日本人が非業の死を遂げ、財産を失い、家族を失い、仕事も失い、家を失いそして食べる物もなくて戦争が終わってもなお多くの人間達が死んでいった。その傷跡は、少なくとも戦後十年で見かけだけは消えた。すなわち、焼け跡のバラックもなくなったし、街をうろつくぼろを着た浮浪児も居なくなった。担ぎ屋も居なくなった。

だが、人々が負った苦しみが消えて無くなったわけではない。殺された人たちは戻ってこない。苦痛の記憶はいつまでも残る。その苦痛の記憶を持った人たちも次第に高齢化し居なくなりつつある。そしてあと十年もすれば、日本が戦争をしたことを実感出来る人たちは居なくなる。だが、世界には当時の日本人が被ったのと同じ苦痛を今受けている人たちが無数にいるのだ。そのために、我々は常に戦争を憎み、二度と戦争を起こしてはならないと銘記する必要があるし、子弟達にもしっかりと教育をしてゆかなくてはならない。

だが、日本人だけが戦争をしなければ戦争はなくなるわけではなく、何を置いても自国が戦争に巻き込まれないためには、他国に、この日本への軍事攻撃を思いとどまらせるための、強大な軍事力を持つ必要がある。それは先日の平和教育の危うさにも書いたが、むろん、戦争の悲惨さ理不尽さを次世代に十分に伝え、戦争に巻き込まれない方法も十分に伝える必要があるとも以前に書いた。戦争をしない決心と、戦争に巻き込まれない決心とは全く別物なのであり、日本では戦争に巻き込まれないための教育が全く為されていない事が問題だとも書いた。

戦争の悲惨さを教育するのは悪くはないが、戦争自体が理不尽なのであり、戦争に巻き込まれてしまえば、何度でも悲惨は繰り返される。大切なのは戦争をしない決心なのではなく、戦争に巻き込まれない決心なのだ。

なお、世界から戦争をなくそうというのは壮大な夢であり、日本の方針だけではなんの役にも立たない。戦争をしない日本の繁栄を見せれば戦争のばからしさを悟って他国も戦争をしなくなるだろう、とは全く根拠のない日本的価値からなる願望でしかない。他国を従えることで繁栄を手に入れる方がよほど手っ取り早いと考える国の方が世界の大多数なのだ。世界で繁栄を手にしているのはごく一部の国々だが、それに伴った軍事力を例外なく有していることを忘れてはならない。だから、専守防衛をいくら宣言しても、日本が有事には強大な軍事力を発揮すると見なされているのだ。

むろん、世界でもまともな人間なら誰でも戦争は悲惨だからしてはならないと口をそろえて言う。日本の主張に反対する人間は居ないだろう。しかし、現実に世界から軍事的脅威はなくならず、世界の軍事力は加速度的に増している。この現実を無視して日本が平和教育をしているのはきわめて危険だと言って良い。日本の平和教育が却って戦争の危険を高めている事実を知るべきだ。

日本の平和教育の一環として過去の戦争が間違いであったとの教育が為されている。日本の軍事政権が戦争を引き起こし、一方的にアジアを侵略したと教育している。しかし、本当に日本の戦争が悪だったのかとの検証がまるでない。

1)まず、当時は世界的に欧米がアジアアフリカを侵略し、植民地化していた時代だった。

2)日本はアジアで初めて白色人種との戦争に勝ち、アジアに欧米との戦いを挑む動機を与えた

3)当時は抜きがたい人種差別が世界を覆っていた

4)アメリカは出遅れたアジア支配をしようとしていた矢先、日本に出鼻をくじかれ、日本の勢力をアジアから排除する機会を狙っていた。

5)ソ連は日露戦争に負けたことからアジアに対する足がかりを失ったことで日本を排除しようとしていた。

6)中国は日清戦争に負けたことで国内が混乱し、内部抗争が激化し、国民党と共産党が互いに日本と相手を戦わせ消耗させることを狙っていた。

7)ヨーロッパは自分たちのアジアに於ける権益が日本によって失われる事態に直面し、日本を排除したかった。

8)日本は当時世界の強国としてデビューしたばかりであり、当時の当然の権利として海外に領土を求め資源と市場の確保を狙った。また、そうしなければ日本の経済が行き詰まり、先行きアジア諸国のように欧米の膝下に跪かされる懸念を持っていた。

9)日本は海外の領土を欧米のような植民地にするつもりはなかった。韓国は当時自力で国家を運営する能力が無く、国を救う為に日本に併合して欲しいとの願いを受け入れた。欧米では全くそれに対し異論はなかった。日本は当時インフラも教育システムも全くなかった朝鮮半島に、莫大なインフラを投下し、教育を充実させ、その結果朝鮮半島の生活レベルは非常に上がり人口も増え、なお半島で差別されていた白丁が大挙して日本に移ってきた。

日本語教育はしたが、ハングルの普及に努め文盲率を下げた。創氏改名は強制ではなかった。従って大勢の朝鮮名のままで日本軍内で出世し、靖国にまつられている朝鮮人は大勢居る。

台湾ではやはり朝鮮と同じような努力をして、その結果今でも台湾は親日国家として存在している。

満州はほとんど無人の荒野であり、国家という概念では無かった。日本がインフラを投下し、開拓した結果、中国よりも治安が良く住みやすい満州に大勢の中国人が移住した。

つまり、日本の植民地とされる地域も、欧米型の一方的な収奪の対象ではなく、あくまで日本との同化であり、そのために莫大な資金を投じてインフラや社会制度の向上を実現させた。

今でも中国の華北中心で工業が発展したのは、日本が残したインフラの為であり、また終戦直前に参戦したソ連が莫大なインフラを持ち去ったことが戦後ソ連の工業発展に寄与している。また、以前は北朝鮮の方が工業的に韓国よりも上だったが、それは日本のインフラ投下が北朝鮮に多かったためだ。

すなわち、日本の海外領土とはあくまで莫大なインフラ投下をし市場として育てるものであったし、資源はその対価として得るというのは構想であった。

日本は最後まで戦争回避の努力をしたが、結果としてまず中国に於いて度重なる挑発や日本人居留民の虐殺事件の頻発などから、日本人保護のために駐在した日本軍と中国軍の間に戦闘が始まったとされている。しかし、このきっかけとなった盧溝橋事件とは、ソ連の画策により中共が引き起こしたことが様々な証拠から定説となりつつある。

国民党も共産党も日本軍とまともに戦う意志はなく、互いに相手と日本軍を戦わせることだけが目的であり、そのために自ら中国人を虐殺する焦土作戦を何度も繰り返した。黄河決壊事件などが例としてある。

その上でアメリカに泣きつき、アメリカを戦争に引きずり込んだ。アメリカは上記の理由で対日戦争のきっかけが欲しかったので、ハルノートを突きつけ、結果として日本を対米戦に踏み切らせた。

とうじ、ABCD包囲網により資源をたたれ、市場を失っていた日本としては対中、対米戦をしない限り生存の可能性がなかった。すなわち、戦争は当時として不可避の結論だったと言える。当時の情勢では、外交による平和的な解決など存在しなかった。欧米は日本を対等な外交相手と見ていなかった。

ちなみに、日本が真珠湾攻撃で日米開戦に踏み切ったというが、日本の資源を遮断する行為自体がすでに戦争と言っていい。ABCD(アメリカ、イギリス、中国、オランダ)はすでに対日戦争に踏み切っていたのだ。ルーズベルトは何としても日本に先制攻撃をさせるようにし向ける作戦を立てるよう、軍に命令している。日本はその手に乗った。

ハルノートを書いたのは、アメリカ民主党に食い込んでいたコミュンテルンの手先ハリー・ホワイトであった。当時の国務長官コーデル・ハルの名前が付いているだけのことだ。

むろんいつの時代も戦争は悪であり、戦争の結果中国、日本にも多数の犠牲が出た。だが、それでも国家が座して死を待つ、あるいは中国によるチベット、ウィグル支配のような状況を日本人が受け入れるのではない限り、最悪の場合の戦争を覚悟して置かなくてはならない。これが現実なのであり、戦争に瀕した状況では、条約など紙切れに等しい。

結局当時の日本の戦争は生存のための唯一の選択であり、結果論として悲惨な物になったのは、そもそも戦争自体が悲惨であり理不尽な物なのだ。だからこそ、世界で日本以外に、戦争そのもので他国に謝罪した国など無い。ドイツはナチスのホロコーストを人ごとのように非難しているが、ナチスを作り上げた自分たちの責任も、ドイツが侵略戦争を始めたことも謝罪していないし補償もしていない。なお、ドイツがナチスの罪としているのは、自国民であるユダヤ系のみを虐殺したことであり、他国を侵略したことではない。

アメリカは、自国民である日系人を不当に扱ったことを戦後何十年も経ってから謝罪したが、原爆や大空襲で一般人を数十万人殺したことに対しては謝罪も補償もしていない。

オランダは対日感情が悪いと言われているが、それはアジアから日本により追い出された恨みによる物であり、自分たちがアジアアフリカに対してしてきたことは一切謝罪も補償もしていない。

戦争で謝罪した国など日本以外にはないし、それで日本の地位が上がったわけではない。単につけ込まれているだけだ。戦争は悪なのであり、日本の戦争のみが悪なのではない。故に、あの戦争は日本が悪かったのかと言う問いに対する答えは、あれだけが唯一の選択肢だった。善し悪しを論ずる意味はないと言うことしかない。

ただし当時の軍部はかなり腐敗していた部分があり、国民が塗炭の苦しみにあえいでいる最中も、職業軍人達の中には贅沢三昧をしていた事実がある。東条英機の腰巾着となって出世した牟田口廉也などは部下を十万人以上死なせながら自分は日本に逃げ帰り、死ぬまで自己弁護に努めていた。そのほか、部下や民間人を敵中に残して自分だけ逃げ帰った木村兵太郎や富永恭次など、腐りきった軍人共がかなり居た。

また作戦が硬直し、ミッドウェイ作戦で戦局を大きく不利にした南雲などの愚かな指揮官、また当時すでに日本の暗号は全てアメリカに解読されていたが、常識である暗号は定期的に変える事さえしていなかった日本軍全体の愚かさも指摘されていい。

当時帝国陸軍をして我が敵は帝国海軍である、と言わしめたほど、帝国陸軍と帝国海軍の仲は悪く、協調すべき時に反目していた事実は未だに言われている。そして職業軍人は日本が敗戦した後も軍人恩給をのうのうと受けていた。戦争に負けた責任を考えれば軍人恩給などどの面下げて受け取れる物なのか。

軍人全てが腐敗していたわけではないだろうが、ただし、日本軍にかなりの問題があったろうし、批判が出ても当然だ。だからあのような軍部の台頭に対し日本人が憎しみを持つのも当然だ。それでも、現在軍事力を廃する訳にはいかない。如何に効果的な軍事力を有し、確実に国民を守る組織として存在させるかを考えなくてはならないのだ。

ソ連は日ソ不可侵条約を簡単に破棄し、アメリカは核を日本に落とし、大空襲のために木造家屋を効果的に攻撃する焼夷弾をわざわざ開発し、まず都市の周囲を焼き払って逃げ場を無くしてから中心部を焼き尽くし、結果として一晩で十万もの一般人を虐殺した。このような戦法をアメリカはドイツにもイタリアにも行っていない。ドイツにもイタリアにも木造家屋がないから、等と馬鹿な言い訳をする者が居る。民間人を主敵として虐殺した作戦を採っていないと言う意味だ。

アメリカ市民である日系人を強制キャンプに送り込んだ。アメリカが日本に核を落としたのは日本の敗戦が徹底的になった時点であり、あのまま何をしなくとも日本は降伏していた。原爆を落とすことで百五十万のアメリカ兵の命が救われそれ以上の日本人の命も救われた筈だというその数字には何の根拠も示されていない。とうじ、カナダの首相キングは、原爆が白人のドイツにではなく黄色人種の日本に落とされたのは幸いであったと言っている。

平時にはアメリカも人権を口にし、平和を口にする。しかし、それはアメリカの人権であり、アメリカの平和でしかない。一度決めればアメリカは他国の人権、平和を全て無視し、戦争に突っ走る。ベトナム戦争も、泥沼化しなければおそらくアメリカは撤退しなかったろうし、アメリカの利益にならないと言う理由で、ソマリアやソマリア、ルワンダの虐殺は一切無視した。

何度でも言うが戦争は悪だ。だが、必要となればアメリカもロシアも中国も戦争をためらわない。日本が戦争に巻き込まれないためには、彼らに日本と戦争をしても得にならないと理解させるしかないのだ。

わかりやすい例だが、普通の人は、警察の世話になったことがあるか、と訊かれればとんでもない、そんなことは一度もないと答えるだろう。しかし、実際は、我々全てが一日二十四時間、一年三百六十五日警察の世話になっているのだ。警察の世話になっているからこそ、安心して夜寝られるし、外に出るたびに強盗や人殺しに会う心配をしなくて済むのだ。世界にはそれが当たり前の国などいくらでもある。優秀な警察があるから犯罪から守られている。むろん、日本人の民度が高いと言う理由はそれ以上にあるだろう。

世界の民度は高くない。軍事力がなければいつでも侵略され奴隷化され略奪されレイプされ、殺される危険があるということだ。

もちろん、外交努力や世界に友人をたくさん作るなどの不断の努力は必要だ。だが、同時に日本は自国を自力で守る責任がある。他国に守ってもらうなどはあり得ない。日本が軍事力を増強することは軍事大国化し、アジアを侵略するためだとわめくのは、どのような国がどのような理由で言っているのかを理解すべきなのだ。
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コメント

No title

>暴発とは、誰の意志でもなく突発的に突っ走ることだ。

日清戦争は清という国が戦ったのではなく、北洋閥の李鴻章が行ったという解釈を支那ではしているそうです。主体を隠すのが彼らのやり方ですね。充分に

>負けると分かっていた戦争に踏み切ったのは日本の間違いだ、軍部の暴走だ
という意見が未だに主流のようだ。

永野修身海軍軍令部総長の「アメリカの主張に屈服すれば亡国必至であるとのことであったが、戦うもまた亡国であるかも知れない。」という言葉をみれば暴走の一言で片づけられないと私も思っています。

>ある方から海外に歴史修正主義とレッテルを貼られることが何を意味しているのか

戦後の歴史を修正しつつ、世界から孤立しない戦略が必要です。二律背反ではないと思います。

No title

途中で投稿してしまいすみません。

「主体を隠すのが彼らのやり方ですね。充分に注意が必要です。」です。

それでは、宜しくと。

> たかおじさん様、

本年、初めてお邪魔する事となりましたので、年頭のご挨拶を申し述べます。

明けまして、おめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

さて、この記事中に、

>...ある方から海外に歴史修正主義とレッテルを貼られることが何を意味しているのか理解しているかとのレスがあった。

と有りましたので、坂殿の板からの続きとしない訳には行かないと思いまして、以下の様にコメント致します。

先ず、基本的な考えとしまして、たかおじさん様の

> が、それに対し十分な説明をせず受け入れ靖国参拝をしなかった従来の政府が、それにより自らの歴史修正主義を認めていることになり、いわば特亜のプロパガンダの裏付けをしてしまったのではないのか。だから、彼等がますます声高に批判をするのではないのか。

につきまして、私も凡そその通りと考える次第です。チョットした差違としては、以下の二つのみです。

1.現在の状況から推測するに、日本が色々と説明しても中韓はそれぞれの事情から、チョウニチ新聞のネタの売り込み?に対して靖国参拝を理解する様な立場は取らなかったであろうと予測。

2.プロパガンダの裏付けではなく、プロパガンダの効果を示した事になってと捉えます。

そして、

> それに対し、日本人が萎縮してしまったのが現在の状況を生みだし、国際的な批判を招いていると言えないだろうか。

につきましては、全面的に同意致します。 また、次の

> むろん、重ねて言うが、国際的な支持を得ること、好感を持たせることは国家の安全保障にとって、非常に重要だが、...靖国問題はその一環であり、またかの戦争の意味をしっかりと日本人が理解する必要があるのではないか。そうしなければまた本当に日本人は扇動され危険な道に自ら踏み込むことになりかねないのだ。

にもおおむね支持致しますが、「日本人の気概」 について、少なくない不安感を持つ事がたかおじさん様と小生の違いと考えております。

それは、国際情勢や国際社会の現状を表面的に見られていて、その上で日本の意志を通すことが何においても重要とする、平面的で単純過ぎるように見えます御提示です。

国際社会での歴史修正主義とのレッテルにつきましても、「国際社会で多くの支持を集めること、友好国をたくさん造ること」 のレベル程度にしか捉えられていない様子で、残念です。

...安全保障については、多くのアフリカ諸国の支持を得てもどの程度の効力が有るのでしょうか? 国際連合、ブレトンウッズ体制の元は何なのでしょうか? 常任理事国は何故常任となったのでしょうか? そしてこの5ヶ国のみ持つ権限は? お考えになった事がありますよね。 

次に、先の大戦につきましても、

> ...戦わなければ日本が欧米に隷属される、植民地化されるという現実の脅威を戦争以外の手段で取り除く事が出来なかったからだ。
> ...結果として日本がアメリカと戦わない限り、日本が主権国家として存続する可能性はなかったのだ。

とするのは勇み足でしょうし、更に、

> ...当時日本はあらゆる手段を尽くして戦争をしない為の交渉を他国と繰り返していたが、欧米は日本を一方的に追いつめた。そこに一切の妥協はなかった。

とするのは、欧米の各国をまとめて ひとつとする擬人化 を行って、当時の複雑な状況を単純過ぎるロジックに入れ込んで、日本の選択を妥当性を主張する国際社会の現実を直視しない論とお見受けします。

そして、

> 日本にとって、あの戦争は追いつめられた結果の最終的な唯一の選択だったしか言いようがない。

との物言いは、極めて硬直した考え方で有って、其処には「何故、追い詰められたのか?」 とか 「追い詰められない政策は何か?」 を考える勇気が欠如している様に感じます。

→ 人種差別主義や、「欧米が有色人種の中で台頭してきた日本を押さえつけようとした」 からの必然とするのは、無茶な議論でしょう。 そんな検証はできませんでしょうしね。

また、

> ちなみに、日本が真珠湾攻撃で日米開戦に踏み切ったというが、日本の資源を遮断する行為自体がすでに戦争と言っていい。ABCD(アメリカ、イギリス、中国、オランダ)はすでに対日戦争に踏み切っていたのだ。ルーズベルトは何としても日本に先制攻撃をさせるようにし向ける作戦を立てるよう、軍に命令している。日本はその手に乗った。

についても、単なる自己の正当化で有って其処に拘るところに、お考えの展開の中での 「たかおじさん様の弱さ」 を感じます。 対立国の謀略に陥るのが必然とは首をかしげてしまいますし、日本が外交交渉の行き詰まりを軍事力で解決する選択をした事実を 「させられた」 と叫んでも無意味でしょう。

→ 油禁輸の外交政策を戦争と呼ぶのよりは、フライング・タイガー等の義勇軍の参加の方が仕掛けられた戦争のじじつとしては妥当でしょう。

戦争について、善悪しとか正当不当とかで論じていらっしゃる為に、過去に縛られておられる様にお見受けします。そんな判断基準は脇に退けて、戦争という手段が(主に自衛戦争と考えますが)日本の国益にとってベストか? 国際社会の現実を直視して考え、選択するか否かを考えるべきものと思います。

No title

>2014-01-14 13:30 | 花岡 鉄様

>日清戦争は清という国が戦ったのではなく、北洋閥の李鴻章が行ったという解釈を支那ではしているそうです。主体を隠すのが彼らのやり方ですね。充分に

まあ、都合の悪い歴史は好き放題に変えるのが彼等のやり方ですから。

>永野修身海軍軍令部総長の「アメリカの主張に屈服すれば亡国必至であるとのことであったが、戦うもまた亡国であるかも知れない。」という言葉をみれば暴走の一言で片づけられないと私も思っています。

今の私たちは当時の世界情勢を当時の日本人達よりも冷静に広範に知ることが出来ます。つまり当時の日本人達の決心は、現実に脅威に直面し、それを解決するための選択肢として戦争を選んだわけですが、これは日清、日露戦争当時とも同じでしょう。

戦争をしなかったらどうなっていたかもあくまで推論です。しかし、戦争をした結果は事実として私たちの前にあります。その状況で、戦争をしなかった方が良かったというのは、あくまで、後からならなんとでも言える、と言うだけのことではないでしょうか。

>戦後の歴史を修正しつつ、世界から孤立しない戦略が必要です。二律背反ではないと思います。

そうですね。そして戦後秩序を根本的に変えるなら、もう一度戦争をしてアメリカに勝つしかありません。むろん、今の状況で日本の安全が守られるなら、アメリカが自国を犠牲にしても日本を助けてくれる明確な根拠があるならその戦後秩序にしたがってもかまわないでしょうね。

それでは、宜しくと。

>2014-01-14 14:17 | ムフフ 様、


>明けまして、おめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

あけましておめでとうございます。

>と有りましたので、坂殿の板からの続きとしない訳には行かないと思いまして、以下の様にコメント致します。

別にそうしなければならない理由はないと思いますが、まあご来訪は歓迎いたしますよ。


>1.現在の状況から推測するに、日本が色々と説明しても中韓はそれぞれの事情から、チョウニチ新聞のネタの売り込み?に対して靖国参拝を理解する様な立場は取らなかったであろうと予測。

まさか、安倍総理が赤非や中韓の理解が得られるとでも考えていたと?そんなことがない、むしろ、それを理由にまたごねるくらいの予想が出来なければ総理にも草履にもなれないでしょう。

>2.プロパガンダの裏付けではなく、プロパガンダの効果を示した事になってと捉えます。

ええ、プロパガンダは、日本国民に対してする必要があったと言うことです。 だから、繰り返し私も言っていますが、安倍総理は口では中韓は重要な隣国、ドアはいつでも開いていると言いながら、機先を制して近寄らせない事をねらっているとしか思えないわけです。いま、説得すべきは日本国民であり、中韓ではないからです。
>
>それは、国際情勢や国際社会の現状を表面的に見られていて、その上で日本の意志を通すことが何においても重要とする、平面的で単純過ぎるように見えます御提示です。

それもバカバカしいですね。日本の意志とは、この場合何を指していますか。国際社会に対し、安倍総理の靖国参拝の正当性を理解させることですか?まさか、そんなことをおっしゃるほど勘違いされているとは思いたくありませんが。

主張することが重要であり、日本国民に納得させることが重要であり、国際社会が理解を示すなど、そういう国家があれば僥倖というだけで、花岡様へのコメントにも書いたように戦後秩序を変えるにはアメリカと戦争をして勝つしかありませんよ。この戦後秩序とは、欧米が戦勝国であり、日本は敗戦国であるという事実だけです。それがすべてに優先します。

>国際社会での歴史修正主義とのレッテルにつきましても、「国際社会で多くの支持を集めること、友好国をたくさん造ること」 のレベル程度にしか捉えられていない様子で、残念です。

戦後秩序にすべての国が心底したがっているわけではないでしょうが、それを覆す事に利益がないだけのことですよ。だから、国際社会での多くの支持を集めることが、戦後秩序を覆すこととは無関係だと言うことです。
>
>...安全保障については、多くのアフリカ諸国の支持を得てもどの程度の効力が有るのでしょうか? 国際連合、ブレトンウッズ体制の元は何なのでしょうか? 常任理事国は何故常任となったのでしょうか? そしてこの5ヶ国のみ持つ権限は? お考えになった事がありますよね。 

はい、十分お考えになっていますよ。あなたが、私をそれほど能なしと考えているのだろうと同じ程度に。

>とするのは勇み足でしょうし、更に、

ほう

>とするのは、欧米の各国をまとめて ひとつとする擬人化 を行って、当時の複雑な状況を単純過ぎるロジックに入れ込んで、日本の選択を妥当性を主張する国際社会の現実を直視しない論とお見受けします。

それは、ここでも繰り返しますが、当時の切迫した状況で限られた視界しか持ち得なかった日本に対しては説得力はありませんね。なお、限られた視界しか持ち得なかったことが未熟であったと切り捨てるのは、当時の欧米が己の立場を離れて客観的にそれを持っていたという証明をされてからにした方がよいでしょうね。

>との物言いは、極めて硬直した考え方で有って、其処には「何故、追い詰められたのか?」 とか 「追い詰められない政策は何か?」 を考える勇気が欠如している様に感じます。

はい、ではこのようにおっしゃるからには、確実な代替案がおありなのだろうと思います。
>
>→ 人種差別主義や、「欧米が有色人種の中で台頭してきた日本を押さえつけようとした」 からの必然とするのは、無茶な議論でしょう。 そんな検証はできませんでしょうしね。

検証出来ないなら否定ですか。しかし、当時の世界が帝国主義真っ盛りであり、アジアアフリカが欧米に踏みにじられており、歴史の尺度で見ればつい先頃まで南アフリカの人種差別政策、オーストラリアの白豪主義、アメリカの人種差別政策が続き、アジアアフリカは欧米の植民地だった事実はどのように説明しますか。

むろん、これらは欧米にしてみれば当時は当たり前の権利だったでしょうが、日本が同じ権利を有していたのでしょうか。

>についても、単なる自己の正当化で有って其処に拘るところに、お考えの展開の中での 「たかおじさん様の弱さ」 を感じます。 対立国の謀略に陥るのが必然とは首をかしげてしまいますし、日本が外交交渉の行き詰まりを軍事力で解決する選択をした事実を 「させられた」 と叫んでも無意味でしょう。

させられたかしたかはどうでも、戦争に踏み切った事実は事実です。謀略に乗せられたのがまずければ、当時この謀略から逃れる術が確実にあったのでしょうか。あなたの弱さは、歴史の事実を見ずに、結果を見ずに、そして確実な根拠を示しての代案がないことです。

歴史の結果は確実な根拠です。

>→ 油禁輸の外交政策を戦争と呼ぶのよりは、フライング・タイガー等の義勇軍の参加の方が仕掛けられた戦争のじじつとしては妥当でしょう。

それは考え方によるでしょうけれどね。べつに、それが間違っているとは言いませんし、経済制裁よりもフライングタイガーが事実上のアメリカによる日中戦争への参戦だというのもおっしゃるとおりです。が、事実として、アメリカが日本に戦争を仕掛けたことを否定するものではありません。

>戦争について、善悪しとか正当不当とかで論じていらっしゃる為に、過去に縛られておられる様にお見受けします。

そんなこと、私がどこかで言いましたっけ。自分では覚えていないのですが、日本の正義で戦争が起きたとでも知らない間に言っていたとしたら、私も認知症を心配しなくては。でも、言ってもいないことを言ったとおっしゃっていたのなら、あなたが心配すべきですね。

>そんな判断基準は脇に退けて、戦争という手段が(主に自衛戦争と考えますが)日本の国益にとってベストか? 国際社会の現実を直視して考え、選択するか否かを考えるべきものと思います。

と主張しているつもりですが、どうすればあなたのような解釈になるのか理解出来ません。戦争はなんとしても避けるべきであり、戦争にならないためにはどうしたらよいかを常に論じているつもりですがね。

全体として、どうしてもあなたのご高説には説得力があるようには思えないのですが。

なぜ、代案を出さないのですか?なぜ、相手の論点をこれほど見事に勘違いされるのですか?なぜ、これほど、私の主張に対して思いこみが出来るのですか?

誤解・曲解でしょうか?

> たかおじさん様、

早速のレスポンス、ありがとうございます。 そして、小生が たかおじさん様 の何を危惧してコメントしているのか、ご理解されないのは、良く解りました。

→ 「代案」 とか 「勘違い」 とか 「思い込み」 とかの言葉から、そう受け止めております。

 「小生が たかおじさん様 を非難している」 と受け止められない様にする為、「危惧」 とかの言葉を使い、たかおじさん様が提示する論拠について疑義を提示して来たのですが、それが宜しくないと思うに至りました。

誤解のリスクを取って直接的に述べますと、

たかおじさん様の 「歴史に学ばない姿勢」 を危惧するものです。 もう少し踏み込みますと、「歴史から教訓を得て将来を考える姿勢がみられないまま、日本の進む道を論じる危うさ」 です。

→ 全ての点について、たかおじさん様がその様な姿勢と言っている訳ではないのですが、過去の重要な日本の進路選択や政策選択に関しては、その姿勢が強く感じられると受け止めております。

どうしてその様に受け止めるかと言いますと、例えば、

> ...戦わなければ日本が欧米に隷属される、植民地化されるという現実の脅威を戦争以外の手段で取り除く事が出来なかったからだ。

> ...結果として日本がアメリカと戦わない限り、日本が主権国家として存続する可能性はなかったのだ。

> ...当時日本はあらゆる手段を尽くして戦争をしない為の交渉を他国と繰り返していたが、欧米は日本を一方的に追いつめた。そこに一切の妥協はなかった。

> 日本にとって、あの戦争は追いつめられた結果の最終的な唯一の選択だったしか言いようがない。

の様に決めつけて全て 必然 としている所からです。 そして、この決め付けを否定するのなら 代案 を出せという様な詭弁のロジックを持ち出して来ると。

歴史における IF は、何かの証明になる訳でもなく、その時点での選択肢の存在を示すのみです。

更に、起こった事柄は全てその当時の必然と偶然によって生まれたものですから、「...可能性はなかった」 とか 「唯一の選択」 とかでその妥当性を擁護するのは、歴史に学ぶ姿勢を放棄している様に見えてしまいます。

ですから、何故? その様な必然や偶然が過去に生じたのか? 後世の結果からそれを研究して未来の選択に生かすことが適正な姿勢でしょう。 例示ですが、その適正な姿勢からは単に

> ...(靖国参拝は)日本国民に納得させることが重要であり...
>...国際社会が理解を示すなど、そういう国家があれば僥倖というだけ...

との記述にはならないでしょう。 少なくとも 「国内事情としては重要だが、国際社会を主導して日本の安全保障の助けとなる国々に一定の理解は必要。今回は、中韓の反発は容認の範囲に収まりそうで、且つ米国に対する或るシグナルにもなった」 程度の評になるでしょう。

そして、今現在の姿を肯定するあまり、過去の選択をすべて適正とするロジックにて、たかおじさん様の述べる 「過去の選択の妥当性擁護」 の思いが生じていらっしゃる様に見受けます。 これは、非常に陥り易い思考の罠で、それで小生は 「過去を否定してみる勇気を持つ様に述べた次第です。

最後にまとめますと、

過去を必然のつながりとして論じる所からは過去の繰返しに陥り、過去の必然を否定して遡る所に将来に対する過去の教訓が横たわっていると。

もし、たかおじさん様が 新製品や新ビジネスの開発に関わった御経験が有るのであれば、現状否定の意義は理解されますでしょうし、新製品や新ビジネスの失敗を反省した御経験が有りますとPON(ポイント オブ ノーリターン)を見極める意義も理解されるでしょう。

誤解・曲解でしょうか?

>2014-01-15 11:31 | ムフフ様、

ええ、あなたの誤解・曲解です。

>→ 「代案」 とか 「勘違い」 とか 「思い込み」 とかの言葉から、そう受け止めております。

あなたが勘違い、思いこみをしているとは私の判断です。代案は一般ルールです。反論批判はむろん問題ありませんが、そのばあい、なぜ違うのか、本来はこうではないのか、なぜ反論が成り立つかの根拠はこうだから、というのが代案です。それがあなたには全くありません。

> 「小生が たかおじさん様 を非難している」 と受け止められない様にする為、

ということは、私が非難されていると感じ、その被害者意識で反論しているとでも思いこまれましたか?非難される理由など全くありませんよね。

>たかおじさん様の 「歴史に学ばない姿勢」 を危惧するものです。 もう少し踏み込みますと、「歴史から教訓を得て将来を考える姿勢がみられないまま、日本の進む道を論じる危うさ」 です。

それはあなたの感想です。なぜそのような感想を持たれたかの説明を求めているのですが、その説明がないのであれば誤解もなにも無いのではありませんか。

>→ 全ての点について、たかおじさん様がその様な姿勢と言っている訳ではないのですが、過去の重要な日本の進路選択や政策選択に関しては、その姿勢が強く感じられると受け止めております。




>の様に決めつけて全て 必然 としている所からです。 そして、この決め付けを否定するのなら 代案 を出せという様な詭弁のロジックを持ち出して来ると。

さて、このような要求は間違いでしょうか。私が決めつけているのは間違いだ。なぜなら、このような理由があるからだと説明してほしいというのは詭弁でしょうか。

>歴史における IF は、何かの証明になる訳でもなく、その時点での選択肢の存在を示すのみです。

それを否定したことはありません。が、確実なのは事実起きたことであり、これは数ある選択肢の中の一つではないのです。

>更に、起こった事柄は全てその当時の必然と偶然によって生まれたものですから、「...可能性はなかった」 とか 「唯一の選択」 とかでその妥当性を擁護するのは、歴史に学ぶ姿勢を放棄している様に見えてしまいます。

いえ、選択肢可能性を否定したことはありません。が、最も確実なのは起きた事実だと言っているのですが、事実と可能性を同列に論ずるのは間違っているのではありませんか。

>ですから、何故? その様な必然や偶然が過去に生じたのか? 後世の結果からそれを研究して未来の選択に生かすことが適正な姿勢でしょう。 

ですね。

>> ...(靖国参拝は)日本国民に納得させることが重要であり...
>>...国際社会が理解を示すなど、そういう国家があれば僥倖というだけ...
>
>との記述にはならないでしょう。 少なくとも 「国内事情としては重要だが、国際社会を主導して日本の安全保障の助けとなる国々に一定の理解は必要。今回は、中韓の反発は容認の範囲に収まりそうで、且つ米国に対する或るシグナルにもなった」 程度の評になるでしょう。

なりません。「今回は、中韓の反発は容認の範囲に収まりそうで、且つ米国に対する或るシグナルにもなった」 程度の評になるでしょう。 」とは誰が容認するかが問題ですね。アメリカですか?アメリカの容認は日本の安全保障にはむしろマイナスになりうるとの考察は出来ませんか。

>そして、今現在の姿を肯定するあまり、過去の選択をすべて適正とするロジックにて、たかおじさん様の述べる 「過去の選択の妥当性擁護」 の思いが生じていらっしゃる様に見受けます。

これもあなたの思いこみですね。私は過去の選択をすべて適正だと言ったことはありません。が、当時の日本の状況で取らざるを得なかった選択だと言っているのです。適正だったというのとは全く異なりますが、理解出来ませんか。

>これは、非常に陥り易い思考の罠で、それで小生は 「過去を否定してみる勇気を持つ様に述べた次第です。

否定するのは結構です。が、現実に戦争は起きており、その結果の現在の日本があります。戦争を選択しなかった場合の日本は現在の日本とは違うことくらいは想定出来るでしょうが、その日本が現実の今の日本に比べ良いものであったはずだとの根拠が納得出来る形で示されない限り、空論です。

>過去を必然のつながりとして論じる所からは過去の繰返しに陥り、過去の必然を否定して遡る所に将来に対する過去の教訓が横たわっていると。

過去を否定するにも、当時の日本の状況で戦争が選択肢からはずれるべきだったとの根拠をお聞きしたことがないのですが、それが代案というものです。その代案を求めるのは詭弁だそうですが、おそらくお持ちではないのでしょう。仮定や可能性でも結構です。当時日本が戦争に踏み切らなかったらどうなっていたか、一度お話になってみてはいかがですか。もう根拠は求めませんから(無いと分かりましたので)お気楽にどうぞ。

それから、将来に対し日本はどうすべきなのか。戦争をしないためにあらゆる手を尽くす、という私の主張が間違っているなら、どうぞ反論を。過去の出来事を将来に活かすとすれば、当時の日本には力がなかった、この一事に尽きます。したがって、将来の日本の安全のためには、力を付ける以外にないと言うことになります。力とは、外交力、発言力、文化力などなど様々ですが、それが通用しない相手に対しては、通用する唯一の力を示す以外にありません。

過去の戦争を悔いるなら、当時の日本がアメリカを力で圧倒出来なかったことです。が、それでも、戦争をしなかった場合の結果は、あなたも私もこんなところでこんな事を言い合えるような状況にはなっていなかったろうと言うことです。なぜかは散々述べましたから繰り返しませんが。

>もし、たかおじさん様が 新製品や新ビジネスの開発に関わった御経験が有るのであれば、現状否定の意義は理解されますでしょうし、新製品や新ビジネスの失敗を反省した御経験が有りますとPON(ポイント オブ ノーリターン)を見極める意義も理解されるでしょう。

私の経験はあなたに詮索される筋合いはありません。もし私が詮索するならあなたのそのような物言いでは、周囲から煙たがれてるだろう、しかし自分では一家言を持つ人物と思いこんでいる、と言うだけですが、むろん単なる私の想像ですのでお気になさらずに。

私の経歴と私の主張とは無関係だとの認識さえお持ちになれないのであれば、私の主張も詭弁で方づけられるのも宜なるかなと思う次第です。

むろん、コメントは歓迎ですが、あなたが不要とされる代案をぜひ。ここは私のブログであり私の要求です。

ここから加筆です。

戦後秩序とは、要するに戦勝国が正義であり、敗戦国が悪であるという認識です。

日独は双方ともそれを受け入れ、戦後秩序の中で再建に努めたわけですが、フランスやイギリス、アメリカなどはそのドイツの受け入れを了承し、協力体制を作り上げました。

日本については、同じく欧米は日本を受け入れ協力体制を作り上げました。しかし、中国とその走狗韓国は、日本が受け入れた事実を利用し、日本をおとしめ自らの存在意義を確立しようとしています。

戦後秩序とは了解事項であって、事実とは無関係です。

退散、退散と

> たかおじさん様、

さてさて、何を記して退散するのが良いのかと考えたのですが、私が述べるのは最後に一点のみとして、他は たかおじさん様の記述 を拝借するのが適切との考えに至りました。...たかおじさん様を折伏する考えなんて、毛頭ございませんので。(笑)

>いえ、選択肢可能性を否定したことはありません。が、最も確実なのは起きた事実だと言っているのですが、事実と可能性を同列に論ずるのは間違っているのではありませんか。

> 戦争をしなかったらどうなっていたかもあくまで推論です。しかし、戦争をした結果は事実として私たちの前にあります。その状況で、戦争をしなかった方が良かったというのは、あくまで、後からならなんとでも言える、と言うだけのことではないでしょうか。

> 現実に戦争は起きており、その結果の現在の日本があります。戦争を選択しなかった場合の日本は現在の日本とは違うことくらいは想定出来るでしょうが、その日本が現実の今の日本に比べ良いものであったはずだとの根拠が納得出来る形で示されない限り、空論です。

そして、

> 当時の日本の状況で戦争が選択肢からはずれるべきだったとの根拠をお聞きしたことがないのですが、それが代案というものです。

> 将来に対し日本はどうすべきなのか。戦争をしないためにあらゆる手を尽くす、という私の主張が間違っているなら、どうぞ反論を。

> 私は過去の選択をすべて適正だと言ったことはありません。が、当時の日本の状況で取らざるを得なかった選択だと言っているのです。

更に、仮定をを置いて、意義の理解を求めたのに対して、

> 私の経験はあなたに詮索される筋合いはありません。もし私が詮索するなら あなたのそのような物言いでは、周囲から煙たがれてるだろう、しかし自分では一家言を持つ人物と思いこんでいる、と言うだけですが、

との私に対する記述は、世間一般では何と評されるか?将に、aspersion

最後に、私が述べます一点は、支那戦線から南方戦線と拡大しながら、更に対米戦を招く外交方針を取るのは誤った外交戦略で、対米交渉を続行するのが妥当な選択肢でしょう。

→ 日本から対米戦を展開して、日本のエネルギー事情や対外貿易がが好転するケースは、米国の降服と考えるのが妥当でしょうが、其処に至る戦略が無いまま(もちろん、戦略が有ってもその通りに行く訳ではないが)宣戦布告するのは、妥当な選択とは言えず。

...次の決断点は、米国が交渉を打ち切って後で、対日宣戦布告をする一歩手前でしょう。その可能性の程度は何とも言えませんが、少なくとも米国の政局を把握して日本の政策選択の一助にする必要は有ったでしょう。

最後に、リメンバー・パールハーバーと米国の識者に言われるのは、宣戦布告が数時間、遅れたのが主因ではない事を理解しておりますよね。 日本が取った、その様な外交政策、それが日本の内部で不適切とされない所が日本の弱点の一つと考えます。

では、クワバラ、クワバラと。

退散、退散と

>2014-01-16 16:38 | ムフフ様、

>さてさて、何を記して退散するのが良いのかと考えたのですが、私が述べるのは最後に一点のみとして、他は たかおじさん様の記述 を拝借するのが適切との考えに至りました。...たかおじさん様を折伏する考えなんて、毛頭ございませんので。(笑)

このコメントを読まれるかどうかは別として。

結局、オウム返しで退散ですか。 折伏とはまたばかばかしいことをおっしゃる。あなたの反論が根拠を持ち納得出来るなら私の主張を訂正するにやぶさかではありませんよ。でも、何一つ根拠のない反論では、何を目的に来られているのか疑問ですね。折伏だとは思ってませんが。

もっとも論争がある場合、どちらが正しいかは誰にも言えないことですが、少なくとも反証が無いのはまずいんじゃないでしょうか。

私の、今日本人の意識を固めるのと(靖国が固める目的には添わないなら理由を添えてそうおっしゃればよろしい)言うのに対し、歴史修正主義と国際的に定着してしまうデメリットが大きいというなら、その理由をどうぞ。

日本の開戦が間違っていたなら、では開戦しなかった場合の今の日本がどうなっていたかを根拠を示してどうぞ。手順のまずさは私も認めていますよ。
>
>更に、仮定をを置いて、意義の理解を求めたのに対して、

それが私の経歴ですか?そもそも、誰でも独自の経歴を持っているのでしょうが、それが当人の価値観に影響を与えているのはあり得るとしても、それを他者が勘案するのは単に先入観を助長するだけのことですよ。
>
>> 私の経験はあなたに詮索される筋合いはありません。もし私が詮索するなら あなたのそのような物言いでは、周囲から煙たがれてるだろう、しかし自分では一家言を持つ人物と思いこんでいる、と言うだけですが、
>
>との私に対する記述は、世間一般では何と評されるか?将に、aspersion

いえ、世間一般では、あなたは傲慢。

ところで、あなたは、自分が相手の趣旨を理解していないかも知れないとの疑問を持ったことはないですか?むろん、これは双方に言えることなのですが、あなたの場合、反証を示さずに言っていることが次々を趣旨を変えているのは言い逃れに終始しているとしか思えないのですが。

>最後に、私が述べます一点は、支那戦線から南方戦線と拡大しながら、更に対米戦を招く外交方針を取るのは誤った外交戦略で、対米交渉を続行するのが妥当な選択肢でしょう。

それについてはすでに述べているのであり、対米戦が当時本当に避けられたのかどうかについての言及が未だにありませんね。
>
>→ 日本から対米戦を展開して、日本のエネルギー事情や対外貿易がが好転するケースは、米国の降服と考えるのが妥当でしょうが、其処に至る戦略が無いまま(もちろん、戦略が有ってもその通りに行く訳ではないが)宣戦布告するのは、妥当な選択とは言えず。

当時の日本が物量や国力において米国に勝るとはまさか誰も考えていなかったでしょうね。もし、勝てると考えていたなら、それは誇大妄想です。むろん、真実は後世明らかになるかも知れませんが、現時点で知られている史実では、米国との戦争を初戦で有利に進め、講和に持ち込むと言うことだったはず。読み間違いなら、アメリカがそれで講和に応ずるのではないかと考えた甘さです。が、それでも、開戦は唯一の選択肢であり、アメリカが講和に応ずる(かもしれない)と考えたのは、そう考えたかったからというところでしょうね。

ただ、戦争最中に日系人だけを強制キャンプに送り込んだり、不要とされていた原爆を落としたりなど、アメリカが仮に戦争をしていなかったとしても対日圧力をゆるめたとする根拠はありません。

初戦で圧倒し、有利なうちに講和に持ち込むという期待が甘かったにしろ、ではそうしなかったらどうなっていたかは、戦後のアメリカをみても判断出来ますね。

>...次の決断点は、米国が交渉を打ち切って後で、対日宣戦布告をする一歩手前でしょう。その可能性の程度は何とも言えませんが、少なくとも米国の政局を把握して日本の政策選択の一助にする必要は有ったでしょう。

で、開戦が回避出来ましたか。回避出来たとして、その結果はどうなっていましたか?

>最後に、リメンバー・パールハーバーと米国の識者に言われるのは、宣戦布告が数時間、遅れたのが主因ではない事を理解しておりますよね。(些事ですが、このような物言いが驕慢ということです。自覚は当然されていないのでしょうけれど) 日本が取った、その様な外交政策、それが日本の内部で不適切とされない所が日本の弱点の一つと考えます。

ええ、だから、以前から私も言っていますよ。戦争の遂行などに様々な問題点があったのは事実だが、開戦自体がそれで間違いだったと言える根拠があなたのコメントには一つも無いということです。あなたの代案は、単に日本が甘かった、考慮すべきだったと言うことだけ。ええ、今のあなたはなんとでも言えます。当時の日本人ではないのですから。

>では、クワバラ、クワバラと。

あなたの周囲の人々が内心思っているでしょうね。これも中傷でしょうか。

さて、退散されたのならお読みにならないかも知れませんが、この問題は大切だと思いますので、エントリーとして取り上げます。別にあなたを中傷などしませんから、よろしければご一読を。

No title

>今の私たちは当時の世界情勢を当時の日本人達よりも冷静に広範に知ることが出来ます。つまり当時の日本人達の決心は、現実に脅威に直面し、それを解決するための選択肢として戦争を選んだわけですが、これは日清、日露戦争当時とも同じでしょう。

私は当時の日本人たちのほうが、戦後教育やマスコミの捏造史観に染められた現代日本人よりも正確に世界や日本の状況を把握していたと思います。その日本人が現実的な解決方法として開戦を選んだことに異論はまったくありません。
永野修身軍令総長の言葉もその意味で引用しました。
開戦しても亡国だが、開戦しなくても亡国であることを理解していたことがわかります。つまり戦争を避けることはできなかったということです。しかも開戦せずの亡国は魂の亡国と述べています。このことは開戦以外の手段があったと主張される方には理解できないのではないでしょうか。

>戦争をしなかったらどうなっていたかもあくまで推論です。しかし、戦争をした結果は事実として私たちの前にあります。その状況で、戦争をしなかった方が良かったというのは、あくまで、後からならなんとでも言える、と言うだけのことではないでしょうか。

仰る通りです。ですから戦争をしなかったらどうなっていたかという最も信頼のおける推論が、永野総長の「戦わずとも亡国」だと思うわけです。

No title

>2014-01-18 13:10 | 花岡 鉄様

>開戦しても亡国だが、開戦しなくても亡国であることを理解していたことがわかります。つまり戦争を避けることはできなかったということです。しかも開戦せずの亡国は魂の亡国と述べています。このことは開戦以外の手段があったと主張される方には理解できないのではないでしょうか。

おそらく、理解出来ないのだと思います。確かに戦争はすべきではなく、なんとしても避ける為の努力は必要です。当時の日本もそうしていた記録はあります。が、では、戦争をしなかった場合、当時の人種差別意識に満ちた帝国主義全盛の世界で、日本が精神的に滅びるとは当時の日本人の思いだったでしょうね。なにしろ、隣に、自ら戦わず精神的に滅びた国があるのですから。

>仰る通りです。ですから戦争をしなかったらどうなっていたかという最も信頼のおける推論が、永野総長の「戦わずとも亡国」だと思うわけです。

私もそう思います。そして、安倍総理が目指しているのは、日本の精神的な国家意識を日本人に見せることだと思いますよ。領土は一寸たりとも蚕食させない、日本人の精神的価値観を他国の言いがかりで押さえ込みはしないと言うことでしょうね。

これは左翼や特亜は国粋主義、軍国主義と言いますが。

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