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善意の悪

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子供の頃読んだ本の中で私が感激したのは様々な偉人伝があり、その中でもシュバイツァー博士の話にはいたく感動したのを覚えている。文明社会の便利で豊かな生活を捨て、アフリカの密林で現地の人々の命を守るために働いた密林の聖者に感動しない人は居ないだろうと思った。

シュバイツァー博士の偉業はむろん色あせる物ではないと今でも思っているが、ただ、後年彼の評価は西欧やアジアでは高いものの、現地アフリカではきわめて低いことを知り、その理由を知って、なるほどと思ったのも事実だ。

彼は当時の西欧人の一般的な考え、つまり、アフリカ人は人間ではないという見方を否定し、アフリカ人も人間だとしてその命を守るために生涯を捧げたのだから、それはそれで尊い。が、彼の視点はあくまで文明人が未開人を助けるというものだった。同じ人間と言いながら、彼自身意識せずに白人の基に支援を受ける黒人との序列があったわけだ。

また、実話かどうかは知らないが、私が感動したエピソードの中に、彼が蚊をコップで伏せてとらえ、殺さずに外に逃がした、つまり命をそれだけ大切にするヒューマニストだったという話で、にたような話は後年のほかの人物にも有ったので、お定まりの作り話だった可能性も否定は出来ない。

当時はそれで感心していたが、考えてみれば蚊が媒介するマラリアを彼は自分の手で広げていたことになる。もし彼の行為が本当に正しいのなら、マラリア撲滅のために絶対必要な蚊の撲滅をしてはならないことになる。

彼がすべきは、自分で蚊を殺して見せ、現地の人々に蚊がマラリアを媒介するのだから、蚊の発生源である水たまりを無くし、薬を散布し蚊を退治することが大切だと教えるべきだったのではないか。

つまり、立場が違えば解釈も違い、必ずしもよかれと思ってしていることが良くないということになる。

シュバイツァー博士とは違うが、今日の記事で次のような物を見つけた。

赤文字は引用

【萬物相】清渓川スラム街の「聖者」、野村牧師

掘っ立て小屋のむしろ戸(ドアの代わりにむしろを垂らしたもの)を開けて中に入ると、小さな部屋に15歳ぐらいの少女が寝ていた。わき腹や膝の骨が見えるほどやせ細り、そこにハエが群がって真っ黒になっていた。少女の母親は病院に連れていこうとは考えず、ムーダン(みこ)を探して歩くだけだった。

この光景を見て野村牧師は彼らの支援に立ち上がった。それはまことに尊い行為だがただ、その背景に問題がある。彼がこの場を訪れたのは1974年であり当時は朝鮮戦争が終わってから20年以上過ぎ、朴正煕大統領がクーデターによって政権を奪って韓国がいわゆる漢江の奇跡を成し遂げ、朴正煕暗殺未遂事件があった年だ。まず韓国がこれほど貧しかったのは明らかに朝鮮戦争の結果であり、そのために最貧国に陥っていた韓国を朴正煕が日本から強奪した資金と技術で建て直し、その成果がとりあえず出た頃であったが、それでもここに描かれているような貧しい人間達が居たのは、要するに韓国が彼らを置き去りにしたからだ。

また彼女の母親が医者に診せずにムーダンを頼ったのは彼女の無知または彼女が韓国での医療制度の保護を受けられる状態ではなかったかだ。

その野村牧師は「日本の侵略がなかったら、6・25戦争(朝鮮戦争)も清渓川のスラム街もなかった」と信じている。

しかるに、それがすべて日本の侵略によると信じたのだそうだが、彼が聖書以外にもきちんと本を読む能力があったら、別の事を信じたはずだ。これは、この国が弱者に過酷な制度だからだと。日韓併合前、一部の支配階級以外の大多数の国民はこのような状態だった。国は彼ら弱者から奪うだけであり、保護したり与えることなど一切しなかった。それは、別にそうだったに違いないというのではなく、現実に各種の資料が示している真実の歴史なのであり、日帝がすべてを奪って韓国が貧しくなったとするウリジナルヒストリーを、野村牧師は信じたのだろうとしか思えない。

 昨年2月、野村牧師はソウルの日本大使館前にある「平和の少女像(慰安婦像)」を訪れ、旧日本軍による慰安婦の動員について、ひざまずいて謝罪した。

さらに今年8月にも日本大使館の前で日本政府に対し謝罪を求め「日本に歴史意識がなければ、希望もない」と述べた。


むろん、彼自身、おそらく自分が信じた物が真実だとする韓国式思考を持っているのだろうが、その彼に対し、それは違う、もっと歴史を見ろ、真実を自分で探せと心ある人々は言うだろう。


 野村牧師は今、日本の右翼からの脅迫的な電話やメールに苦しめられている。だが、野村牧師は「ただ声を上げないだけで、日本がかつて加害者だったという事実を受け入れ、すまない気持ちを持っている良心的な日本人の方が多い」と話した。

が、彼の心はくじけない。自分が信じたことだけが真実であり、それと反する言葉を口にするのはサタンの使い、右翼、脅迫ということになる。住んでいる世界が違うと、同じ物でも全く別に見える。むろん、韓国からすれば彼は典型的良識ある日本人となる。

彼はその功績をたたえられ、このたびめでたく韓国の名誉市民になったそうだ。まずはご同慶に耐えない。

清渓川のスラム街の住民たちにとって「聖者」だった野村牧師に対し、韓国国民が感謝の意を表するのは、あまりにも遅かったように思う。

が40年あまりにも渡ってこの活動をしてきた野村牧師を今になって名誉市民にするのは、今韓国が繰り広げている反日活動の看板として便利だからだとはとうてい野村牧師には思い至るまい。

おそらく、日本には立派な良識ある日本人が目白押しで、次々と韓国から感謝状や名誉市民の栄誉が与えられるのではないか。鳩ポッポ、河野匂う屁、岡崎トミ子、実に多士済々だ。

引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックして下さい。内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

【萬物相】清渓川スラム街の「聖者」、野村牧師

【萬物相】清渓川スラム街の「聖者」、野村牧師

 1974年、日本人牧師の野村基之氏(当時43歳)が、清渓川の下流にある「アリ村」を訪れた。現在、地下鉄の君子車両基地がある場所の近くだ。土手の下に掘っ立て小屋が雑然と立ち並び、そこに1600世帯もの貧しい人たちが暮らしていた。清渓川沿いに点在し、6万人が暮らしていたスラム街の中でも最も悲惨な所だった。掘っ立て小屋のむしろ戸(ドアの代わりにむしろを垂らしたもの)を開けて中に入ると、小さな部屋に15歳ぐらいの少女が寝ていた。わき腹や膝の骨が見えるほどやせ細り、そこにハエが群がって真っ黒になっていた。少女の母親は病院に連れていこうとは考えず、ムーダン(みこ)を探して歩くだけだった。


 野村牧師は少女にあいさつしたが、少女は目を開けて見詰めるだけだった。野村牧師は「イエス・キリストが私を見ているように感じた」と話した。少女は2カ月後に亡くなった。野村牧師はこの少女をはじめ、70年代の清渓川のスラム街の住民たちの暮らしぶりを写した500枚ほどの写真を「野村リポート」という写真集にして、先週出版した。野村牧師は1984年まで、50回にわたって韓国を訪れ、貧しい人たちを支援した。その野村牧師は「日本の侵略がなかったら、6・25戦争(朝鮮戦争)も清渓川のスラム街もなかった」と信じている。


 野村牧師は東京の自宅を売り、清渓川に託児所を建てた。南陽湾(京畿道華城市)の干拓地に移住させられたスラム街の住民たちを自立させるため、ニュージーランドの種牛600頭を購入した。80年代までに韓国につぎ込んだ金は7500万円に上ったという。現在、野村牧師は山梨県の山あいで小さな教会を運営し、他人からもらった古着を着て、質素な暮らしをしている。


 昨年2月、野村牧師はソウルの日本大使館前にある「平和の少女像(慰安婦像)」を訪れ、旧日本軍による慰安婦の動員について、ひざまずいて謝罪した。貧しい人たちを救うため共に活動したチェ・ジョング元国会議員の13回忌に合わせて来韓したときのことだ。野村牧師はフルートを取り出し、韓国の楽曲『鳳仙花』を演奏した。「日本統治下の韓国人の哀歓をうたったこの歌が、元慰安婦たちにとって慰めになるだろう」と考えてのことだった。さらに今年8月にも日本大使館の前で日本政府に対し謝罪を求め「日本に歴史意識がなければ、希望もない」と述べた。


 野村牧師は今、日本の右翼からの脅迫的な電話やメールに苦しめられている。だが、野村牧師は「ただ声を上げないだけで、日本がかつて加害者だったという事実を受け入れ、すまない気持ちを持っている良心的な日本人の方が多い」と話した。その野村牧師が28日、ソウル市から名誉市民の称号を授与された。そして市庁舎では「野村牧師のソウルへの愛」と題する写真展も行われた。現在82歳の野村牧師は死後、韓国に骨を埋めることを望んでいる。「韓国は私の人生の基盤となり、神様が私に下さった召命の地だ」。清渓川のスラム街の住民たちにとって「聖者」だった野村牧師に対し、韓国国民が感謝の意を表するのは、あまりにも遅かったように思う。


呉太鎮(オ・テジン)論説委員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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コメント

ウケる

で、どういう日本にしたいわけ?
頭悪すぎるてウケるんですけど。ばかすぎて。
崇仁さんよ。

コピペにちゃちゃ入れるだけじゃなくて自分の意見を理論的に述べてみなよ。
その意見で政治に立候補できるくらいの質のものをな。

まあ気違いのブログとしてここを宣伝ささせてもらうわ。

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