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慰安婦・・・韓国理解しているのか

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ネット上でよく言われていることだが、中国の反日は政策であり、韓国の反日は病気だという。政策の場合は自らの嘘を承知の上で反日なのであり、病気の場合は自らの嘘を信じ込んでいる故の反日だと言える。病的な虚言症のばあい、自分の嘘を信じ込む事が特徴だそうだ。その原因は劣等感なのだとの説明もある。むろん、これだけではないにしろ、韓国の元売春婦のばあさん達があのような嘘をついても自分たちに売春をしていたとの引け目から都合の良い嘘を言うように指導され、そしてそれを信じ込むようになったのであり、自分では嘘をついている意識はない。だからこそ、矛盾をつかれるたびに証言内容が変わってゆく矛盾も本人は自覚していない。

虚言症とは精神的に未熟な場合も起きる。誰もが劣等感を持っているだろうが、それを努力や認識を変えることで克服している。がそれが出来ない未成熟の場合は嘘で劣等感を克服しようとする。

また幼い子供は都合の良いことをその場で言う。例えば誰かのおもちゃを勝手にとって叱られると、誰々ちゃんが僕にくれたんだ、と言う。大人はそんな嘘をついてはいけないと叱るが、本人は都合の良い状況を想像し、それを事実と認識しているのであって、だますための嘘はもっと知恵が付いてから出来ることだ。そのような”嘘”は成長するに従って収まるから余り強く叱ってはならないと言う。しかし、強烈な劣等感から精神の発達が阻害された韓国人の嘘はそのようなわけには行かない。実害があるのだ。

そのように精神発達の遅滞から生ずる虚言症の場合、つぎのような深刻な例がある。

赤文字は引用

慰安所 朝鮮人男性従業員の日記発見 ビルマなどでつづる

慰安所朝鮮人男性従業員の日記


画像:慰安所朝鮮人男性従業員の日記


 朝鮮近代経済史が専門で、慰安婦問題にも詳しい安秉直(アンビョンジク)ソウル大名誉教授が見つけた。約10年前にソウル近郊の博物館が古書店で日記などの資料を入手。これを安名誉教授が最近精査し分かった。堀和生京大教授と木村幹神戸大教授が、日本語訳の作成を進めている。

韓国にはまともな記録が残っていない。もともと記録を残す習慣など無く、例えば朝鮮通信使の報告なども書記が書き上げそれをそのまま保管していただけで、広く参照させるあるいはそれを元に論文を書かせるなどの習慣がなかった。

日本ではそれらの記録は大勢の人間の目に触れさせることで朝鮮への理解を共有した。日本ではもともと識字率が高かったことで、中央でも地方でも、官民問わず膨大な量の書籍が出版され、広く身分を問わず知識が共有されたのだが、朝鮮では知識は一部の両班達の独占物だった。国民の大部分を占める庶民は教育や知識などとは無関係だったから、記録を残す意味など無かったのだろう。どうせ、記録は後で好きなだけねつ造されてきたのだし。

したがって慰安所のことも売春婦のことも記録は日本側に多く残っている。今回はたまたま古書店で見つかったそうだが、このような記録が収集保存分析されていなかったことが韓国には当然であり、単に虚言症で売春婦強制連行性奴隷に作り上げられたのも記録を検証するという当たり前の作業がまったく為されていなかったからだ。

いや、一部為されては居たが、後述するように真実は、そんなことはあり得ないと封殺され弾圧されただけのことだ。

今回発見された日記も朝鮮人男性の物だが、日帝に強制連行され性奴隷にされていたはずの慰安婦達を管理する立場に朝鮮人が居た事実を何とも思わないのだろうか。例えばナチスの強制収容所にはユダヤ人の協力者が居て同胞のユダヤ人を虐待していたという。戦後、彼らは憎悪の的になり、大半が処刑されたとのことだ。日帝に性奴隷にされていた同胞の女性を管理する立場に朝鮮人が居たことに何の疑問も持たないのだろうか。

その日記の中身だが

 男性は、43年7月10日に「昨年の今日、釜山埠頭(ふとう)で乗船し、南方行きの第一歩を踏み出した」と記述。44年4月6日には「一昨年に慰安隊が釜山から出発した時、第4次慰安団の団長として来た津村氏が(市場で)働いていた」と書いた。

ー 中略 ー

安名誉教授は「米軍の記録が第4次慰安団を指すのは確実だ。慰安団の存在は、組織的な戦時動員の一環として慰安婦が集められたことを示している」と指摘する。ただ、安名誉教授は、韓国で一般的な「軍や警察による強制連行があった」という意見に対しては、「朝鮮では募集を業者が行い、軍が強制連行する必要は基本的になかったはずだ」との見方を示した。


安名誉教授が言っているように、軍や警察による強制連行はその必要がなかったはずだとはっきり言っている。事実を物的記録に基づいて検証するなら必ずそのような結論に達する以外無い。だとすれば朝鮮側にとって非常に都合の悪い記録と言うことになるが、驚いたことに朝鮮メディアは日帝による強制連行の新しい証拠として紹介しているのだ。これはつぎの記事でもそのように日帝の蛮行を糾弾しているのだが、とりあえずこの記事で分かることは

 一方、「鉄道部隊で映画(上映)があるといって、慰安婦たちが見物に行ってきた」(43年8月13日)、「慰安婦に頼まれた送金600円を本人の貯金から引き出して、中央郵便局から送った」(44年10月27日)など、日常生活の一端がうかがえる内容もあった。

慰安婦達が映画を見に行けたことだ。すなわち、強制的に連行され性奴隷にされた者達が町に映画を観に行けたなどあり得ないだろう。当時の映画がどのくらいの値段だったかは知らないが、今よりもかなり高かったのではないか。1942年だが映画代が80銭という記事があった。とすれば、つぎの日銀サイトで計算すると2660円ほどとなる。それを性奴隷達が楽しんでいたのだ。

実際、この日記の人物が慰安婦に頼まれて送金した額が600円だそうだ。

日本銀行サイト

このサイトで確かめてみると、1943年当時の600円=現在の約20万円ということになる。映画を楽しみ、こんな金を人に託して送金していたのが性奴隷達だったとどうすれば結論づけられるのか。

性奴隷だったとされる慰安婦達の写真がある。明らかに米軍相手の慰安所であり、2枚目などはoff-limitと英語の表示がある。これが韓国の言う日帝に強制連行され性奴隷にされた慰安婦達なのだそうだ。

戦後慰安婦02


画像:戦後慰安婦02

慰安所?


画像:慰安所?

さて、上記の日記発見で朝鮮メディアは鬼の首を取ったかのように騒ぎ立てた。日帝の性奴隷強制連行の悪行が白日の下にさらされたニダというわけだ。

慰安婦 慰安所管理人の日記発見、性的奴隷の実態明らかに


 旧日本軍の従軍慰安婦が、戦時動員体制の一環として、日本軍の主導の下に数度にわたって組織的に動員されていたことを示す資料が新たに発見された。また前線の日本軍部隊が、下部組織として編成された慰安所・慰安婦らを率いて移動していた事実も同資料で明らかになった。これは「従軍慰安婦の動員に日本政府や日本軍が関与しなかった」という一部の主張を全面的に否定する資料だ。安秉直(アン・ビョンジク)ソウル大学名誉教授(韓国経済史)は、1942年7月に従軍慰安婦を連れて旧ビルマ(現在のミャンマー)に向かい、44年12月に帰国するまでビルマ・シンガポールの日本軍慰安所で管理人として働いていた朝鮮人が残した日記を6日に公開した。

まず日本軍が当時必要とした慰安所の移動を管理していたとして、それが性奴隷と結びつく理由など無い。実際、古今戦争には慰安婦が付き物であり、どのように否定しようと歴史が示す事実なのだ。

 女性を募集したのは、日本軍の代理人が選んだ民間業者。募集された女性は軍属に準ずる身分で、日本軍が発行する旅行証明書を持ち、軍用船など軍用の交通手段を利用した。

日本軍が発行する証明書を持ち軍の交通手段を利用していたのだそうだが、もし軍が強制的に集団移動をしていたなら、証明書など要らないはずだ。なにしろ逃げ出さないように監視しながら、車両に閉じこめていたはずだからだ。そして当時東南アジアを日本軍が移動していたなら、監視していた兵士達が証明書を持てばよいだけのこと、慰安婦が持つ必要など無い。なにしろ、自分自身で移動したはずはないのだから。

しかし、慰安婦が各自証明書を持っていたとは、すなわち監視もなく彼女たちが自由意志で移動していたことを意味する。


 安名誉教授は「41年12月に太平洋戦争が始まった後、日本軍が数度にわたって慰安婦を連れていったといううわさが出回ったが、今回公開された日記でその実態が判明した。日本軍慰安所の運営実態を示すこの日記によって、慰安所が軍の組織編制の末端部に編入されており、従軍慰安婦が『性的奴隷』状態にあったことを再確認できる」と語った。

日本軍が慰安婦を連れて行ったのが事実だとして、それが強制連行、性奴隷とどのように結びつくのか。むしろ、日記の内容は慰安婦達が自らの意志で日本軍の応募に応じ(実際に管理したのは民間業者)かなりの高給を手にし、休みの日には映画を楽しみ恐らく家に20万もの送金が出来たことを示している。とても朝鮮メディアが喜ぶような、日帝の蛮行を証明する物ではない。

日記は漢字とハングルで書かれており、漢字を読めない朝鮮人記者が小躍りして書いた記事なのだろう。だから、同じ日記についても

旧日本軍が組織的に慰安所を管理 韓国で新資料公開

 さらに、44年4月6日の日記には「第4次慰安団」という言葉が登場し、日本軍が少なくとも4回にわたり組織的に慰安婦を募集していたと推測できる。

このようなことを書いていて矛盾を感じないのだ。募集とは、自由意志に任せて来たい者は来なさいということだ。これの何処が強制連行なのだろう。日本軍が秩序正しく応募者の自由意志に任せていたことを証明しているのだが、朝鮮頭ではこれが強制連行になるらしい。

おそらくこの記事を読んでいる方の多くは学校や会社の募集に対し応募した経験があるだろうが、もし学校や会社に本人の意思を無視して強制的に入学入社させられ、奴隷使役を強いられた経験がある方はコメントをいただきたい。それは募集に応募したとは言えないからだ。

 「第4次慰安団」の存在は、米軍が45年11月に作成した調査報告書にある「42年7月10日に慰安婦703人と業者約90人が釜山港を出港した」という記録とも一致する。

そのような記録がいくつ有ろうと、何の問題もない。当時日本でも売春は合法であり、多くの日本人女性が慰安所に行った。現代の世界でも良くあることだ。

 朴研究教授は「この日記は現地の日本軍と朝鮮総督府、朝鮮司令部が組織的に慰安婦の強制動員に介入したことを示すもの。元慰安婦に関する真実究明などに有用に活用されるだろう」と話した。

それが朝鮮メディアにかかると強制連行の証拠になるそうだ。自由意志で強制連行され、休みには映画を観に行け、高額の仕送りが出来、軍の移動証明書をもらって自由に移動していた性奴隷達の存在がこの日記で証明されたそうだ。

あの売春婦ばあさん達は、自分の証言こそが証拠だと言うが、つぎの記事もでは証拠になるのだろうか。

93歳旧陸軍歩兵中隊上等兵 戦時中の慰安婦達の実態を語る

 慰安婦というのは、どこの国の軍隊にもあったもので、日本軍でも軍と慰安所は表裏一体でした。ですが、今、批判を受けているような、無理やり女性たちを連れて来て奴隷のように扱ったということは全くありません。

日本だけではなく世界中に慰安所は付き物であり、これは何度も書いているが血気盛りの男の集団でどの国も頭を痛めている。野放しにすると兵士達は現地の女性達をレイプすることが頻発するからであり韓国軍がベトナムで何をしたかなどがそれを示している。したがって、金で済むなら現地の女性を慰安所に集め兵士達の性欲処理をさせるのは、まともな国ならやっていたことだ。かりに慰安婦を強制的に連行などすれば、現地の人間達が死にものぐるいで抵抗するだろう。それを弾圧するコスト、危険性などを考えると、金で集める方がよほど合理的なのは朝鮮人以外なら分かるだろう。

 慰安婦たちは、経済的に苦しいとか、職がなくてその仕事を選んだ人たちです。というより、日本軍が高い給料を提示して集めたという方が当たっているかもしれません。なぜなら、慰安婦たちは結構優雅な生活をしていて、仕事以外でもうっすらと化粧をして買い物に出たり、おしゃべりしたりしていました。

慰安婦達が高給に誘われ自主的に集まったりあるいは親や同胞にだまされて売られてきたことは様々な証拠がある。慰安婦を高給で募集したチラシなどがあるが、漢字を読めない朝鮮人が、強制連行の証拠ニダと公表し、日本側か矛盾をつかれて引っ込めたなどの事も再三ある。おそらく今回の日記もそのようなことになるのだろう。

 で、アメリカ軍がやって来て最初に言った言葉が「慰安所はどこにある」でしたから。ははあ、アメリカさんはずいぶん助平なもんだと思ったものです。そして、慰安所の女性をみんな連れて沖縄に飛んで行ってしまいましたよ。

戦後生活に窮乏した女性達が娼婦になったのは良く知られた事実だ。当時は合法的な職業であり、確かにパンスケなどとさげすまれはしたろうが、彼女らが米軍に強制連行されたなど誰も思わなかったから、当然ながらそれに対する抵抗運動もなかった。一部のお花畑は、日本でも抵抗運動がなかったのだから韓国でもなかったのは当然だと言っているのを読んだことがある。お花畑とはそういうものだ。考えない。とにかく決めつけ、それと矛盾する事実は無視する。

最近またつぎのような本が出たとのことで、めずらしく韓国内で紹介されている。日本では紹介されないのだろうが原文は巻末に載せている。一部をオンライン翻訳したものを紹介する。


[注目この本!]帝国の慰安婦

韓国語原文をオンライン翻訳した物

"韓国人が持っている慰安婦のイメージは、慰安婦たちの" 記憶と経験"の半分に過ぎない"とひねる。彼は我々が以前に知っていたものとは少し違った慰安婦問題の隠された半分の真実、リスニング不便で無視したい話を暴き出す。

韓国人は要するにだまされているのだということだ。慰安婦達の記憶が病的虚言症の結果であることは論を待たないが、それをそのまま信ずるのはやはり韓国人にとって事実を知る衝撃にその脆弱な精神が耐えられないと言うことではないのか。

この本は慰安婦の証言を介して私たちの恥部を率直に表わす。女性を騙して戦地に連れて行って虐待と搾取を事とした主体は、ほとんどの国民的な朝鮮人の民間業者だったという事実を慰安婦の証言を通じて明らかにする。もちろん、そうしたとしても、人間の尊厳を毀損する '構造'を作成し最後には加担した人々が日本軍だったという事実は明らかである。

「最後には加担した人々が日本軍だったという事実は明らかである。」本当にそう思っているのか、そう書かなければ抹殺されるからかは分からないが、慰安所の設置や募集に日本軍が関わっていたとして、それは当時、いや今でも世界の常識だと言うだけのことだ。強制的に連行し性奴隷にしたなどはまったく別問題であり、それが証明されたことなど唯の一度もない。

韓国でももちろん歴史の事実を主張する人たちはいる。がそのような人たちは社会的に抹殺されるのが常で、例えばこのブログでも採り上げたソウル大の李栄薫教授などは生命の危機さえ憶える状態になっている。あの慰安婦がただの売春婦だったと言ったからだ。

韓国に思想言論の自由など無い。だから韓国批判をする呉善花氏は韓国似に入国拒否され、韓国で日本批判を繰り広げている鳩ポッポや野中氏などは大手を振って日本に帰ってくるし、日本大使館の前で売春婦支援組織と共に反日デモをした岡崎トミ子は国会議員になれた。

韓国が民主国家などではない事はこれを見ても明らかだ。韓国は妄想と迷信と疑心暗鬼と嘘の社会だ。

しかし、人ごとと笑ってばかりも居られない。チョウニチ新聞がこんな事を書いている。

慰安所行った、でも話せない 元兵士「妻や子にも迷惑」


 太平洋戦争が開戦した1941年、旧満州(中国・東北部)の国境守備隊に配属された。兵士は約1万人。ソビエト連邦(当時)と川一つ隔てた小さな町に慰安所が4軒あった。うち1軒が下級兵士が利用できる軍指定の施設だったという。「内地には公娼(こうしょう)制度があったから不思議には思わなかった」

当時公娼制度があったのだから、それを利用すること自体はまったく問題がなかった。あとは本人がそれをどう考えるかの問題であり、べつに強制的に利用を迫られたわけではない。この男は、問題がないと考え利用していた。

 慰安婦と日本語で会話を交わすこともあった。でも、「なぜ、そこで働いていたかは聞かなかった」。男性自身、死を覚悟する毎日だった。彼女らがかわいそうという感覚はなかった。「ぼくらも消耗品。自由を奪われたかごの鳥同士、同類相哀れむような感覚だった」

慰安婦が強制連行されてきて性奴隷にされていたはずだとの思いこみが、僕らも消耗品、自由を奪われたかごの鳥同士、との思いを垣田足せたはずだそうだが、自由を奪われた性奴隷達は映画を観に行き、20万円の送金をしていた。

また当時徴兵制で引っ張られる日本人男性こそ強制連行だと言えるだろうが、しかし、全ての日本人が強制連行に甘んじたわけではない。自ら国を守る意志に燃えて軍役に就いた人々も大勢居た。この男がどう思っていたかはそれこそ本人の問題であり、全ての日本軍兵士がこのような思いで居たわけでは絶対にない。

 「(当時)慰安婦は必要なのは誰だってわかる」と語った橋下氏に憤りが募った。「戦場を見てきたかのように軽々しく言ってほしくない」。だが、そんな葛藤も人前では語れない。「ぼくらが何を言っても世間にたたかれるだけ。それに話せば妻や子、孫にも迷惑がかかる」

ほんとうに馬鹿じゃなかろうか。自分の意志で慰安所を利用したのだろう。誰のせいだというのか。慰安所に行くのも行かないのも自分で決めたことだ。まして慰安所が強制連行、性奴隷はこの男がスケベだったかどうかとはまったく無関係であることチョウニチ新聞は理解出来ないから、こんな馬鹿な記事を書く。

これを書いた記者が、女房はデブだと言って晩酌を減らされた、後悔しているというのと何ら変わらないレベルの話ではないのか。


上記に引用されているURLの記事を読む場合は下記の「続きを読む」をクリックしてくだい。内容確認以外なら、敢えて読む必要はありません
以下は参照用の資料ですので、確認をされる以外はあえて読む必要はありません。

慰安所 朝鮮人男性従業員の日記発見 ビルマなどでつづる

画像:慰安所朝鮮人男性従業員の日記

毎日新聞 2013年08月07日 07時00分(最終更新 08月07日 07時56分)

 【ソウル澤田克己、大貫智子】第二次世界大戦中にビルマ(現ミャンマー)とシンガポールの慰安所で働き、その様子をつづった朝鮮人男性の日記が、韓国で見つかった。男性は、1942年に釜山港を出発した「第4次慰安団」に参加し、44年末に朝鮮へ戻った。慰安所従業員の日記の発見は、日韓で初めて。旧日本軍による従軍慰安婦問題では、数十年たってからの証言が多いが、現場にいた第三者による記録は、冷静な議論をする上で貴重な資料と言える。

 朝鮮近代経済史が専門で、慰安婦問題にも詳しい安秉直(アンビョンジク)ソウル大名誉教授が見つけた。約10年前にソウル近郊の博物館が古書店で日記などの資料を入手。これを安名誉教授が最近精査し分かった。堀和生京大教授と木村幹神戸大教授が、日本語訳の作成を進めている。

 日記は、朝鮮半島南東部・慶尚南道(キョンサンナムド)出身の男性が、ビルマとシンガポールの慰安所で働いた43、44年に記した。漢字やカタカナ、ハングルで書かれている。

 男性は05年生まれで79年に死去。22年から57年までの日記が残る。ただ、朝鮮で慰安婦募集に携わった可能性のある42年を含む8年分は、見つからなかった。

 男性は、43年7月10日に「昨年の今日、釜山埠頭(ふとう)で乗船し、南方行きの第一歩を踏み出した」と記述。44年4月6日には「一昨年に慰安隊が釜山から出発した時、第4次慰安団の団長として来た津村氏が(市場で)働いていた」と書いた。

 ビルマで捕らえた慰安所経営者を米軍人が尋問し45年11月に作成した調査報告書には、42年7月10日に慰安婦703人と業者約90人が釜山港を出港したとの記録がある。釜山出港の日付が一致し、日記の正確性を裏付ける。

 安名誉教授は「米軍の記録が第4次慰安団を指すのは確実だ。慰安団の存在は、組織的な戦時動員の一環として慰安婦が集められたことを示している」と指摘する。ただ、安名誉教授は、韓国で一般的な「軍や警察による強制連行があった」という意見に対しては、「朝鮮では募集を業者が行い、軍が強制連行する必要は基本的になかったはずだ」との見方を示した。



 一方、「鉄道部隊で映画(上映)があるといって、慰安婦たちが見物に行ってきた」(43年8月13日)、「慰安婦に頼まれた送金600円を本人の貯金から引き出して、中央郵便局から送った」(44年10月27日)など、日常生活の一端がうかがえる内容もあった。

 ◇従軍慰安婦問題

 第二次大戦中に日本が支配した植民地や占領地などから女性が慰安所に集められ、日本の将兵から性的被害を受けたとされる問題。1990年に韓国の女性団体が日韓両国に真相解明や謝罪、補償を求めたのをきっかけに社会問題化した。日本政府は93年8月、慰安所設置や慰安婦移送に旧日本軍が直接、間接に関与したことを認め、「軍の関与の下に女性の名誉と尊厳を傷つけた」と謝罪する「河野談話」を発表した。ただ、女性の連行段階での軍の関わりについては、第1次安倍内閣当時の07年、「政府が発見した資料には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」という答弁書が閣議決定された。


慰安婦 慰安所管理人の日記発見、性的奴隷の実態明らかに


旧ビルマ・シンガポールにあった日本軍慰安所の管理人、日記に書き記す
「1942年7月10日、朝鮮人女性数百人の『第4次慰安団』、軍用船に乗って釜山出港、8月20日ビルマ着、20人前後に分かれて日本軍駐屯地に配置」









 旧日本軍の従軍慰安婦が、戦時動員体制の一環として、日本軍の主導の下に数度にわたって組織的に動員されていたことを示す資料が新たに発見された。また前線の日本軍部隊が、下部組織として編成された慰安所・慰安婦らを率いて移動していた事実も同資料で明らかになった。これは「従軍慰安婦の動員に日本政府や日本軍が関与しなかった」という一部の主張を全面的に否定する資料だ。安秉直(アン・ビョンジク)ソウル大学名誉教授(韓国経済史)は、1942年7月に従軍慰安婦を連れて旧ビルマ(現在のミャンマー)に向かい、44年12月に帰国するまでビルマ・シンガポールの日本軍慰安所で管理人として働いていた朝鮮人が残した日記を6日に公開した。


 安名誉教授が翻訳および解題を担当して間もなく刊行されるこの日記によると、42年7月10日、朝鮮人女性数百人からなる「第4次慰安団」が釜山を出発した。


 女性を募集したのは、日本軍の代理人が選んだ民間業者。募集された女性は軍属に準ずる身分で、日本軍が発行する旅行証明書を持ち、軍用船など軍用の交通手段を利用した。


 8月20日にビルマに到着した慰安婦らは、約20人ずつに分けられ、日本軍の駐屯地や主要都市に配置された。日本軍の慰安所は、形式的には民間業者が経営していたが、日本軍が直接管理・統制していた。慰安所は日本軍の部隊の専属として報告書を定期的に提出し、また軍の命令によって随時移動した。


 ビルマの朝鮮人慰安婦の存在は、この地域の慰安婦だった故ムン・オクチュさんの証言などによって知られていた。しかしムンさんが「第4次慰安団」の一員で、女性たちが終始一貫して日本軍の命令に従っていたという事実が明らかになったのは、今回が初めて。


 安名誉教授は「41年12月に太平洋戦争が始まった後、日本軍が数度にわたって慰安婦を連れていったといううわさが出回ったが、今回公開された日記でその実態が判明した。日本軍慰安所の運営実態を示すこの日記によって、慰安所が軍の組織編制の末端部に編入されており、従軍慰安婦が『性的奴隷』状態にあったことを再確認できる」と語った。


李先敏(イ・ソンミン)先任記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版


旧日本軍が組織的に慰安所を管理 韓国で新資料公開


2013/08/08 16:23


【ソウル聯合ニュース】戦時中に日本軍が占領地で慰安所を直接管理していたことを示す資料が新たに公開された。

 高麗大学の韓国史研究所は8日、1940年代にビルマ(現在のミャンマー)とシンガポールに滞在し、日本人が運営する慰安所で従業員として働いていた朝鮮人が残した日記の原本を公開した。

 同研究所によると、日記の作成者(1905~79年)は経済的理由から42年に朝鮮を離れて東南アジアに向かい、同年8月20日から44年末まで2年余り現地に滞在した。43年から翌年にかけ、日記で慰安所や慰安婦についてつづっている。

 日記によると、作成者は毎日午前、日本軍の兵站(へいたん)司令部に慰安婦に関する営業報告を提出していた。43年1月12日の日記には「航空隊所属慰安所の収入報告書を連隊本部に提出した」と書き残している。当時の日本軍が慰安所を直接管理していたことが分かる。

 また、日記には結婚後に慰安婦をやめた女性らが日本軍の復帰命令を受け、再び慰安婦に戻ったとの記録もある。43年7月29日の日記には「以前に村山さんの慰安所で慰安婦をしていて、夫婦生活を送るため出ていった春代と弘子は、今回兵站の命令で再び慰安婦として『きんせん館』に来ることになった」とある。

 韓国史研究所の朴漢竜(パク・ハンヨン)研究教授はこれについて「軍が絶対的な人事・命令権を持ち慰安婦に直接命令を下し、管理していたことを示すものだ」と指摘した。

 日記には、日本の軍医が慰安婦の診察を行っていたことや、慰安所の移動を日本軍が管理していたことも記録されている。「第55師団から(慰安所を)マンダレーに近いイエウに移転せよという命令が…に下った。慰安婦一同は絶対に反対するという」(43年3月10日)、「…は司令部の命令に耐え切れず、慰安所をイエウに移すことになった」(43年3月14日)などと記されている。

 さらに、44年4月6日の日記には「第4次慰安団」という言葉が登場し、日本軍が少なくとも4回にわたり組織的に慰安婦を募集していたと推測できる。

 「第4次慰安団」の存在は、米軍が45年11月に作成した調査報告書にある「42年7月10日に慰安婦703人と業者約90人が釜山港を出港した」という記録とも一致する。

 朴研究教授は「この日記は現地の日本軍と朝鮮総督府、朝鮮司令部が組織的に慰安婦の強制動員に介入したことを示すもの。元慰安婦に関する真実究明などに有用に活用されるだろう」と話した。

93歳旧陸軍歩兵中隊上等兵 戦時中の慰安婦達の実態を語る


2013.08.12 07:00

 太平洋戦争の終戦から68年。戦争を直接知る者は年々減り、当時の実態を証言できる者は限られてきた。元日本軍兵士たちの肉声は貴重な証言だ。その一人、和田明氏(仮名)は93歳。旧陸軍歩兵中隊の上等兵として昭和16~18年、中国戦線に参加し、その後は南洋の守備に当たって南大東島で終戦を迎えた。同部隊は南京占領作戦にも参加した。

 以下のインタビューは2007年にSAPIO誌で行なったものである。現在、和田氏は健在であるものの体調が優れず、今回は当時のインタビューのなかから、現代に生きる日本人が知っておくべき「慰安婦」に関する証言を再構成して掲載する。

 * * *
 慰安婦というのは、どこの国の軍隊にもあったもので、日本軍でも軍と慰安所は表裏一体でした。ですが、今、批判を受けているような、無理やり女性たちを連れて来て奴隷のように扱ったということは全くありません。

 慰安婦たちは、私が知る限りでは朝鮮の人が多く、内地の日本人もいました。南方戦線では内地の人が多かったと聞いています。あと、南方では慰安所がなくて、松竹だとか宝塚から歌劇団が慰問に行ったりもしていました。私も見たことがありましたが、なにしろ女性なんてずって見ていない兵士たちですから、ものすごく興奮したものです。

 慰安婦たちは、経済的に苦しいとか、職がなくてその仕事を選んだ人たちです。というより、日本軍が高い給料を提示して集めたという方が当たっているかもしれません。なぜなら、慰安婦たちは結構優雅な生活をしていて、仕事以外でもうっすらと化粧をして買い物に出たり、おしゃべりしたりしていました。

 私たちの部隊は厳しい戦線にいましたから、いつも慰安所で遊べるような境遇ではありませんでした。ですから、慰安所に行ける時には皆こぞって行ったものです。

 慰安所には女性たちの写真が並んでいて、写真の裏には、「一重丸」「二重丸」「三重丸」が書いてありました。それは慰安婦たちの値段なのです。“これは美人だ”と思ってめくると必ず三重丸が書いてある。それだけ人気なんですね。ですが、私などはそうした機会はめったにありませんでしたから、気に入った三重丸の慰安婦を指名したものです。うろ覚えですが、1円か2円くらいのカネを払ったように記憶しています。

 慰安婦といえば、私はむしろアメリカ兵のことを思い出します。私は南大東島で終戦を迎えましたが、上官は、なかなか部下に敗戦したと言わない。もし事実が伝われば、それまで私的制裁をしてきた仕返しをされるかもしれませんし、何が起きるかわからないからでしょう。

 敗戦直後、軍の中で、どうも何か変だという話が広がってくると、上官が突然「停戦合意ができた」と言う。はあ、戦争は終わったのかと思っていると、米軍が飛行機で降りてきて、身体検査をされて武装解除される。そのあたりでようやく、どうやらこの戦争は負けたらしいと気付いたわけです。

 で、アメリカ軍がやって来て最初に言った言葉が「慰安所はどこにある」でしたから。ははあ、アメリカさんはずいぶん助平なもんだと思ったものです。そして、慰安所の女性をみんな連れて沖縄に飛んで行ってしまいましたよ。

●レポート/ベンジャミン・フルフォード(ジャーナリスト)

※SAPIO2013年9月号


[注目この本!]帝国の慰安婦

下記原文をオンライン翻訳した物


帝国の慰安婦/朴裕河著/根と葉っぱの一枚社発行

日韓関係は常に平行である。独島問題や、日本の右傾化の歩み、一`過去の歴史清算問題など様々な問題を残してぶつかって漂流を続けてきた。この中には'慰安婦'という大きな課題も含まれています。光復68周年に当たり、出版された朴裕河世宗大イルムングァ教授の"帝国の慰安婦の本では、"韓国人が持っている慰安婦のイメージは、慰安婦たちの" 記憶と経験"の半分に過ぎない"とひねる。彼は我々が以前に知っていたものとは少し違った慰安婦問題の隠された半分の真実、リスニング不便で無視したい話を暴き出す。

この本は慰安婦の証言を介して私たちの恥部を率直に表わす。女性を騙して戦地に連れて行って虐待と搾取を事とした主体は、ほとんどの国民的な朝鮮人の民間業者だったという事実を慰安婦の証言を通じて明らかにする。もちろん、そうしたとしても、人間の尊厳を毀損する '構造'を作成し最後には加担した人々が日本軍だったという事実は明らかである。

そしてまた、私たちの記憶の中の慰安婦は"日本軍軍靴に踏みにじられる華奢十五少女'または'野口をリードして闘争する投影 "だ。しかし、これは"日帝が14〜25歳の女性の労働力動員のために女子学生を中心に募集した従軍慰安婦と混同した結果"とし、"このような錯綜したイメージが日本に対する憎悪を強化させながら、肝心の同族を売った私たちの罪を目とじたではないか"と著者は聞き返す。

著者は、その慰安婦に向かって固定された民族主義的な偏った認識を変えるときむしろ過去の歴史清算と東アジアの平和の近道になることができると主張する。植民地支配が引き起こした野蛮の暴力的な慰安婦問題を今のように長期化し、未解決の状態に追い込んだのは、冷戦的思考からだったのが著者の解釈である。328ページ、1万8千ウォン。

ハンユンジョギジャcgdream@msnet.co.kr



原文

[주목 이책!] 제국의 위안부

제국의 위안부 / 박유하 지음/ 뿌리와이파리 펴냄
한일 관계는 늘 평행선이다. 독도문제나 일본의 우경화 행보, 한`일 과거사 청산 문제 등 갖가지 이슈를 두고 부딪히며 표류를 계속해 왔다. 이 중에는 ‘위안부’라는 큰 숙제도 포함돼 있다. 광복 68주년을 즈음해 출간된 박유하 세종대 일문과 교수의 ‘제국의 위안부’ 책에서는 “한국인이 갖고 있는 위안부의 이미지는 위안부들의 ‘기억과 경험’의 반쪽에 불과하다”고 꼬집는다. 그는 우리가 기존에 알고 있던 것과는 조금 다른 위안부 문제의 가려진 반쪽의 진실, 듣기 불편하고 외면하고 싶은 이야기들을 들춰낸다.

이 책은 위안부들의 증언을 통해 우리의 치부를 솔직히 드러낸다. 여성들을 속여 전쟁터로 끌고 가 학대와 착취를 일삼은 주체는 대부분 동포인 조선인 민간업자였다는 사실을 위안부의 증언을 통해 밝힌다. 물론 그랬다 하더라도 인간의 존엄성을 훼손하는 ‘구조’를 만들고 마지막 순서로 가담한 이들이 일본군이었다는 사실은 분명하다.

그리고 또 우리의 기억 속의 위안부는 ‘일본군 군홧발에 짓밟히는 가녀린 열다섯 소녀’ 아니면 ‘노구를 이끌고 투쟁하는 투사’다. 하지만, 이것은 “일제가 14∼25세 여성 노동력 동원을 위해 여학생 중심으로 모집한 정신대와 혼동한 결과”라며 “이런 착종된 이미지가 일본에 대한 증오를 강화시키면서 정작 동족을 팔아먹은 우리의 죄를 눈감게 만든 것은 아니냐”고 저자는 되묻는다.

저자는 그 위안부를 향해 고정된 민족주의적인 편향된 인식을 바꿀 때 오히려 과거사 청산과 동아시아 평화의 지름길이 될 수 있다고 주장한다. 식민지 지배가 야기한 야만의 폭력인 위안부 문제를 지금처럼 장기화하고 미해결 상태로 몰아넣은 것은 냉전적 사고 때문이었다는 게 저자의 해석이다. 328쪽, 1만8천원.

한윤조기자 cgdream@msnet.co.kr

*ばっかじゃなかろか

慰安所行った、でも話せない 元兵士「妻や子にも迷惑」


 【武田肇】旧日本軍の慰安婦問題に関心が集まっているが、元兵士たちはその体験を胸に秘したままだ。敗戦から68年、葛藤に悩みながら亡くなった人も多い。語れない理由とは――。

 「家族にも一切明かしたことのない話だ」。関西地方の90代の男性は6月中旬、喫茶店で記者にそう切り出した。

 太平洋戦争が開戦した1941年、旧満州(中国・東北部)の国境守備隊に配属された。兵士は約1万人。ソビエト連邦(当時)と川一つ隔てた小さな町に慰安所が4軒あった。うち1軒が下級兵士が利用できる軍指定の施設だったという。「内地には公娼(こうしょう)制度があったから不思議には思わなかった」

 月1回、外出が許可されると慰安所に通った。建物の特徴から「白壁の家」と呼ばれ、いつも順番を待つ若い兵士の行列ができていた。相手にする女性は朝鮮人だった。時間は10分程度。心の安らぎもないまま事務的に済ませて、外に出たという。

 慰安婦と日本語で会話を交わすこともあった。でも、「なぜ、そこで働いていたかは聞かなかった」。男性自身、死を覚悟する毎日だった。彼女らがかわいそうという感覚はなかった。「ぼくらも消耗品。自由を奪われたかごの鳥同士、同類相哀れむような感覚だった」

 心に閉じ込めていた記憶がよみがえったのは、5月中旬、日本維新の会共同代表の橋下徹・大阪市長の発言をきっかけに、「慰安婦」問題が連日報じられるようになってからだ。慰安婦を思い、「残酷な人生や」と胸が痛んだ。

 「(当時)慰安婦は必要なのは誰だってわかる」と語った橋下氏に憤りが募った。「戦場を見てきたかのように軽々しく言ってほしくない」。だが、そんな葛藤も人前では語れない。「ぼくらが何を言っても世間にたたかれるだけ。それに話せば妻や子、孫にも迷惑がかかる」
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コメント

No title

たかおじさん今晩は。本当に韓国の粘着質というか日本と韓国を人に例えれば
日本は韓国からストーカーされているようなものですね。それもかなり悪質極まりない。

うんざりしますが徹底的に反撃しなくてはいつまでもこのような事が韓国の女主人が言うように千年も続くことになるやもしれませんから冷徹に突き放すべきでしょう。

問題は日本人の中にこれらの大馬鹿者達に同調して媚びる反日日本人やマスコミが大手を振って歩いている事でしょう。教育にも大いに問題ありですね。

これを解決しなくてなりませんが一市民ではどのような事をしたら良いのか頭が痛いです。

No title

>2013-08-23 21:42 | 一有権者様

>たかおじさん今晩は。本当に韓国の粘着質というか日本と韓国を人に例えれば
>日本は韓国からストーカーされているようなものですね。それもかなり悪質極まりない。
病気ですから。ストーカーも自分の思いこみで相手が自分のことを好きだと考えているケースが多いとのことです。韓国も、日本が韓国を求めていると思いこんで居るんじゃないでしょうか。

>うんざりしますが徹底的に反撃しなくてはいつまでもこのような事が韓国の女主人が言うように千年も続くことになるやもしれませんから冷徹に突き放すべきでしょう。

韓国に反論しても無駄です。思いこんでますから。したがって、痛みを感じるやり方で避ける必要がありますね。突き放してもしがみついてくるのがストーカーです。

>問題は日本人の中にこれらの大馬鹿者達に同調して媚びる反日日本人やマスコミが大手を振って歩いている事でしょう。教育にも大いに問題ありですね。

根本的には、自虐教育が原因なのでしょうね。日本人は何か問題があると、自分が悪いのではないかと考える節があります。その性格と自虐教育がちょうどマッチしたのでしょう。

>これを解決しなくてなりませんが一市民ではどのような事をしたら良いのか頭が痛いです。

地道に真実を周囲に伝えてゆくしかないし、それに確実に日本の世論も変わってきています。獅子身中の虫たちが今まで以上に騒ぐのも、その変化が目に見えるからではないでしょうか。

これから韓国は日本にすり寄ってくるでしょうね。そのとき突き放せなければ前よりも悪くなりますね。突き放してゴミバケツの蓋を頑丈にすることが大切です。

No title

私の家内は統合失調症を患っています。服薬により症状は安定していますが、認知機能の障害が残っており家族でも時々それがわかります。

記事を読ませていただいて感じたことは、半島の人々にも認知機能に障害があり、現在のわが家内より重症のようだということです。精神安定剤をきちんと服用している家内と何の治療もしていない患者との差は当然だと思います。

精神病患者の家族として感想を述べました。精神科医の感想も聞いて見たいものです。

No title

>2013-08-24 12:27 | akunin様

>私の家内は統合失調症を患っています。服薬により症状は安定していますが、認知機能の障害が残っており家族でも時々それがわかります。

そうですか、大変ですね。最近は治療方法もコントロールの方法も相当進歩していて、安定した生活を送れるようになったと聞いています。
>
>記事を読ませていただいて感じたことは、半島の人々にも認知機能に障害があり、現在のわが家内より重症のようだということです。精神安定剤をきちんと服用している家内と何の治療もしていない患者との差は当然だと思います。

生まれつきそのような環境だったからでしょうね。それに自覚がないから治療もその必要性を感じていないのでしょう。

>精神病患者の家族として感想を述べました。精神科医の感想も聞いて見たいものです。
本当かどうか、民族特有の精神的疾病があるそうで、韓国人の場合それが火病だそうです。韓国文化がその原因だとのことです。

No title

忘れていたことをもうひとつ。

家内の病気の最も深刻な症状は、「気がつかないこと」そして「本気であること」です。この点も半島の人々に共通しています。

病識がない、すなわち自分が病気であることに気がつかない。自分の認識や主張がおかしいことに気がつかない。主張の誤りを目の前で証明されても気がつかず訂正できない。

誤った認知内容に基づく主張、つまり妄想です。これは訂正不可能で本人はこれを本気で主張してやまない。(病気の症状で言ったことなので本心ではない。)これは間違い。心底本気で主張しています。この病気の深刻なところです。



No title

>2013-08-24 14:25 | akunin 様

ご丁寧にどうも。

>家内の病気の最も深刻な症状は、「気がつかないこと」そして「本気であること」です。この点も半島の人々に共通しています。

妄想なら、当然不合理なことを信じているのですからそうでしょうね。ただ、誰かが気づき、治療を受けさせるわけですが、韓国人に自覚がない、とは韓国人が民族として特異な精神構造を持っているとの自覚がないと言うことです。
>
>病識がない、すなわち自分が病気であることに気がつかない。自分の認識や主張がおかしいことに気がつかない。主張の誤りを目の前で証明されても気がつかず訂正できない。
妄想なら当然そうでしょう。したがって孤立している人が統合失調症になった場合、時として深刻な状況に至ることがあると聞いています。

>誤った認知内容に基づく主張、つまり妄想です。これは訂正不可能で本人はこれを本気で主張してやまない。(病気の症状で言ったことなので本心ではない。)これは間違い。心底本気で主張しています。この病気の深刻なところです。

自分で気づくなら妄想とは言えないでしょうね。私たちも時として事実と違うことを信じている場合がありますが、それに気が付けばその過ちを改められます。妄想であれば当然そのようなことはないでしょう。それが度重なれば周囲が気づきます。日本でも妄想を持っている連中は居ますが、民族としてそれをただす部分もあります。つまり民族として自覚しています。むろん、心底妄想におぼれている連中は自覚していませんが。

自覚とは、民族として韓国にはそれがないと言うことです。

木に竹を接ぐ

暑いと云うより熱いとの表現が相応しい一方、過激に表現せざるを得ぬ豪雨と災害が各地を巡業するかの如くに襲来していますね。
度重なると、「百年に一度」とか「経験した事のない」とかの表現も陳腐化し、「命を守れ」に行き着きましたが、主要要因と推測される温暖化助長行為を顧みられておりません。
先日関西電力エリアでは舞鶴火力発電所が故障し、電力需給が原発なしでは不足する事態となり反原発派の論拠は崩れ去りましたが、例によって頬被りして遣り過ごし、未だ反原発とかの寝言を聞くにつけ、猛暑と豪雨禍を突き付けられてさえも「結論ありき」の不条理さを感じます。

>安名誉教授は「41年12月に太平洋戦争が始まった後、
(中略)
従軍慰安婦が『性的奴隷』状態にあったことを再確認できる」と語った。

こちらも折角資料を見出だしておきながら、その内容に反して無理矢理「あるべき結論」に結び付ける点に、「木に竹を接ぐ」同じ論理構造を感じます。

ただ安名誉教授の場合は、敢えて否定する内容の証拠を提示していますから、真意は別にあり、承知で無理矢理接いでいるのかも知れませんね。

木に竹を接ぐ

>2013-08-25 01:57 | あづまもぐら様

おはようございます。

>暑いと云うより熱いとの表現が相応しい一方、過激に表現せざるを得ぬ豪雨と災害が各地を巡業するかの如くに襲来していますね。

それと共に隣の半島から理不尽な言いがかりが降りかかってくるのですからたまりません。

>先日関西電力エリアでは舞鶴火力発電所が故障し、電力需給が原発なしでは不足する事態となり反原発派の論拠は崩れ去りましたが、例によって頬被りして遣り過ごし、未だ反原発とかの寝言を聞くにつけ、猛暑と豪雨禍を突き付けられてさえも「結論ありき」の不条理さを感じます。

おっしゃるように特亜の理屈もそうなのですが、原発は悪、イルボンは絶対悪との結論が先にあり、それを裏付けるための理論はどのように非合理でも繰り返し、反する理論は最初から無いことにします。地球温暖化が果たしてCO2増加によるものかどうかは専門家でも意見の分かれるところ、今地球はマクロ的には冷却化に向かっているとの説さえ有ります。

しかし、実際にCO2取引が一大産業になっているように、CO2抑制が世界的な課題になり、あの鳩ポッポが日本は25%削減すると勝手に口走ったような事態にありながら、今は膨大な化石燃料輸入で日本の貿易収支を大赤字にしCO2を増加させ、それに対して一切反原発派は言及しません。ほんとうにほっかむりです。このような姿勢を見れば、普通の人間は彼らのうさんくささを理解するでしょうから、流れとして原発再稼働は完全に容認されているようです。

>こちらも折角資料を見出だしておきながら、その内容に反して無理矢理「あるべき結論」に結び付ける点に、「木に竹を接ぐ」同じ論理構造を感じます。

彼らにはそもそも理論なるものがありません。理論とは因果関係を立証するための思考方法といえるでしょうが、それが無ければ自らの言葉に矛盾があってもかまわないのです。犬が吠えても、猫がひっかいても猿が来てもイルボンが悪いからだと言うだけのこと。売春婦補償しかり、強制連行補償しかり、旭日旗しかり、ナチス=イルボンしかり、とにかくイルボンは残虐な悪魔だ、1000年其の恨みは忘れないということ。

実際世界でもまともに相手にされているとは思いませんが、ただ、それに影響される知的レベルの大衆も居ることはいますし、衆愚政治を旨とする欧米ではそれが馬鹿になりません。
>
>ただ安名誉教授の場合は、敢えて否定する内容の証拠を提示していますから、真意は別にあり、承知で無理矢理接いでいるのかも知れませんね。

今までも自分たちで矛盾する証拠を持ちだし、矛盾をつかれて引っ込めたことは何度もあります。証拠のことは大宣伝をし、引っ込めたことは黙りですから、刷り込まれた連中にはイルボンは悪いと無条件でさらに上書きされるのでしょうね。

日本の獅子身中の虫たちも同じです。

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