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報道メディアの変化

平成22年02月23日

当ブログの「インフォメーションとインテリジェンス」にも載せたが日本のマスコミ(だけではないが)相当バイアスがかかっていることは最近ネットが発達してきてよく分かった。言うまでもないが、ネットによる情報はその90%が信頼出来ない。しかし、なにしろ数が多く、又双方向であること、即時性があること、なにしろ報道の発生点に近く、さらに場合によっては当事者による発信もあるので、あとは相互に比較して検証をすれば、数少ない真実に近づける。むろん、そのためには情報を蓄え分析する能力と知識を蓄えて置かなくてはならない。

その点、レガシーメディア、つまり新聞、テレビ、ラジオ、雑誌などは情報が双方向であり、また発信者が現場に遠く、さらに情報を検証する能力に欠ける場合があり、一番記事に影響するのは、記事の受取手に迎合している点だ。記事といえども、マスコミにとっては商品であり、消費者が一番喜ぶ商品に加工して発信する。

ネット情報には基本的に受信者へのおもねりはない。

現在のデータでは、普通の人たちが最も多くの情報を得るのはテレビからとされている。新聞やネットと違い、テレビのスィッチを押せばあとは自動的に受診出来るのだから当然だろう。

ネットの場合は、積極的に探さなければ求める情報は得られないし、得られた情報が信じられるか信じられないかを検証するのも受けての責任だ。したがって、正しい情報を得られるとしてもそれには自分の努力が要る。

したがって、全てに人間が努力をして情報を得るとの認識を持ち実行しない限り与えられるだけの情報に接することは無くならないから、テレビが無くなることはないだろう。

以前観たテレビで、何人かのおそらくテレビ関係者の座談会があり、ネット情報は嘘ばかりだからそれがはびこることが心配だ、と言っていた。その中で唯一人、名前は出てこないがよく見かける中でも一番若い人が、情報は受け取る側の責任が伴う、と発言し、他の出席者から猛烈な反論を受けていた。

あれを観たとき、この反対論者達はおそらく一生情報とは何かを理解しないまま終わるのだろうと思った。

さて、次の記事が目に付いた

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ネット広告、新聞抜き2位に 総広告費は減少率最大

2010年2月22日22時3分


2009年の日本の広告費は5兆9222億円で前年より11.5%減り、調査を始めた1947年以降で最大の減少率となった。インターネット広告が初めて新聞広告を上回り、テレビに次ぐ「第2の広告媒体」となった。

媒体別の広告費の推移
  
 電通が22日に発表した。金融危機後の企業業績の悪化を受け、広告費全体が2年続けて前年を割り込むなか、ネットは1.2%増の7069億円。前年より18.6%減った新聞の6739億円を上回った。01年以降、ネットは伸び率で2けた以上の急成長を続け、06年に雑誌を逆転。近年は検索サービスや携帯電話向けが広がり、最大の広告媒体であるテレビの1兆7139億円(前年比10.2%減)の4割ほどに成長した。休刊が多かった雑誌は前年の約4分の3の3034億円に縮小した。

 業種別に広告費をみると、テレビ、新聞、雑誌にラジオを加えた「4媒体」では、21業種のうち20業種で前年より減った。増えたのは、衆院選関連の広告が寄与した「官公庁・団体」だけだった。(伊藤裕香子)

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これは広告収入についてだが、メディアの収入はもちろん媒体の販売もあるが広告収入が大きい。

テレビについて言えばかけっぱなしで良いのだからその意味で知らない間に視聴者の目に留まり意識に登るだろう。しかし、なにしろコストが高い。したがって、高いコストを払ってくれるスポンサーにテレビ局が気を遣うのは当たり前だろう。そこに情報の偏りが生ずる。

多くの企業が今は中国中国と言っているとき、中国は駄目だとの報道は流せないだろう。

中国との合併会社を作った人が、相手方の不法により身柄を人質に

という画像だ。すなわち、中国が人治国家であり、法律といえども役人の都合でどうにでもなるわけであり、無数の日本企業が泣かされている。しかし、このような報道は規制メディアには出てこない。

ネットがなければ我々がこのような事実に触れることはないはずだ。ネットの情報が当事者から発せられるとはこのことだ。

そして広告費だが、ネットには誰でも広告を出せる。当然どれだけ人々の目に触れるかが効率に結びつくのだが、一例としてこのようなブログの内容をテレビや新聞で毎日更新しながら発表するなど個人には到底無理な話だが、ネットでは誰でも出来る。

また一番良いのは、それに対し反論でも批判でも受けられるということだ。

ただし、有名人がこのようなブログを作っていてもコメントを一切受け付けない場合がある。たしかに、反論を読んでいちいち返事をするのは面倒くさいかも知れないし、時には荒らされるかも知れない。しかし、自分の意見に対し一切反論を封ずるブログは、意見を主張する責任を果たしていない。

例えば、最近ソマリアに行って子供達に応援していると伝えに行くと言っていたアグネスチャン氏は、そんな金があるなら子供達に食料を送れと批判され、また実際は安全な隣接地ソマリランドに行くだけだと分かってさらに観光気分で行くなと批判を浴びている。

彼女のブログはあるのだが、コメントはファンからの提灯コメントばかりであり、批判コメントは一切載せられない。つまり彼女は言いたいだけ言う無責任女であり、近頃アグネス大学を開校して、そこにコメントを寄せて人生の知恵を得ようなどというのは大嘘な訳だ。もっとも、彼女に人生の知恵があるわけがないが。

坂中英徳氏は日本に1000万人の移民を入れる運動を提唱して、例のThe JOURNAL などに頻繁に記事を書いているが、それに対しては批判コメントが沢山寄せられている。しかし、氏からの反論や説明は一切無い。

坂中氏自身もブログをお持ちだが、コメント欄がない。

このような人たちは、同じネット発信でも一切内容に責任を持たないと言っているようなもだから信用するに値しない。

ネットの情報は双方向であることで検証が可能になると思っていた方がよいのではないか。ずいぶん話がそれたが、ネットに載せられる広告はきわめてコストが安く、だから一方方向の新聞雑誌が広告収入では成り立たなくなるのも当たり前であり、それも毎日変態新聞のような存在では当たり前だろう。

テレビは情報媒体でもあり続けるだろうが、ネットが力を増してくれば、嘘を報道する、あるいは真実を報道しないテレビは、娯楽媒体としての存在感しかなくなるだろう。いずれ、テレビも全てはネット経由になると思われる。受け手が意識しようとしまいと、今でもテレビがネットにつながるのが普通になりつつある。そうすれば、電波という貴重な資源を節約するためにもテレビがネットに吸収され、双方向性がテレビの条件になりうる。

そんな形でテレビは残るだろうし、情報収集源としての新聞も残るかも知れない。
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コメント

No title

> 言うまでもないが、ネットによる情報はその90%が信頼出来ない。

数値の根拠は? と言っても、出しようがありませんね。感覚的なものでしょうから。正確な物言いを信条とされているようですから、数字には慎重でありたいものです。
「ネット情報は信頼できない」とネットで情報発信する自己矛盾も、如何ともし難い。
難しい問題です。

コメント受付を行わないブログへの批判は以前より主張しておられます。
ご趣旨はわかりますが、
> このような人たちは、同じネット発信でも一切内容に責任を持たないと
> 言っているようなもだから信用するに値しない
と断定する理由には全くなっていません。
一説として提起することは当然出来ますが、あたかも普遍的事実であるかのように断定するのは行き過ぎです。

蛇足ながら、ソマリランドに行ったのはチャン氏のほうですかね。

No title

>数字には慎重でありたいものです。

大半が信頼出来ないと言っているだけのこと。

>「ネット情報は信頼できない」とネットで情報発信する自己矛盾も、如何ともし難い。
難しい問題です。

全く簡単。100の記事の内90は嘘。10は正しいだろうが、自分の記事はその10の中にあるべきと思っていると言うだけです。当たり前でしょ。

只、神ならぬ身、もちろん正しいと思っていたけれど結果として間違っていたと言うこともあり得るでしょうから、そのために双方向、つまりコメント受付などでつねにチェックしておかなければならないと言ってます。

だから、コメントを受け付けない主張は、前提として信頼出来ないと考えて置いて間違いなし。ただし、報道記事などで裏付けがとれるなら、ブログなどと違い、単にソースとして判断すればよろしい。

ここは常識であり、科学ブログなどで地球は太陽の周りを回っているとの記事を疑うご苦労なことは無意味なので、それを一緒にするのはナンセンスです。

>蛇足ながら、ソマリランドに行ったのはチャン氏のほうですかね。

自分の意志で行ったのか、誰かにお膳立てされたのかは無論分かりませんがね、ソマリランドに行った事実は事実であり、ソマリアに行って来ました、などとNHKの視点論点でとくとくとしゃべるのは、この嘘つき女め、ちゃんちゃらおかしいと言われてもやむを得ないと言うことです。

前提・ラム

> コメントを受け付けない主張は、前提として信頼出来ないと考えて置いて間違いなし

ご主観として承ります。
同様にコメントを受け付けない、新聞、テレビ、ラジオ、各種出版物、講演会、演説その他による主張(事実報道以外に、社説とか論説とか解説とかありますよね)は、やはり前提として「信頼できない」ということになってしまいそうですが。


ソマリランドの件、記載の「アグネスラム」氏ではなく、「アグネス・チャン」氏ではないか、と指摘させていただいたまで。
ラム氏も嘘つき女でちゃんちゃらおかしいのですか?

No title

>による主張(事実報道以外に、社説とか論説とか解説とかありますよね)は、やはり前提として「信頼できない」ということになってしまいそうですが。

きちんと読んでくださいよ。

「だから、コメントを受け付けない主張は、前提として信頼出来ないと考えて置いて間違いなし。ただし、報道記事などで裏付けがとれるなら、ブログなどと違い、単にソースとして判断すればよろしい。

ここは常識であり、科学ブログなどで地球は太陽の周りを回っているとの記事を疑うご苦労なことは無意味なので、それを一緒にするのはナンセンスです」

ちゃん?あ、いけね、ラムではなくチャンですね。ちゃんと調べなくちゃ。

ええ、嘘つき女はチャンです。ラムのデカ胸は好きでした。

前提

コメントを受け付けないブログでも、報道記事などで裏付けが取れるならソースとしての価値あり、と捉える事が可能のはずです。「前提として信頼できない」と決めつけないで、裏付けの有無くらいは見てから判断しても良いのではありませんか。
考察や主義主張を述べる場合には裏付けもなにもありませんので、単に「こういう考え方もある」と読めば良いのであって、「信頼できない」と決めつけること自体に問題があります。

社説・論説でも、裏付けが取れないものはたくさんあります。諸説ある中で一つの主張をする場合など。コメントを受け付けないブログと性質は同じではありませんか。


ラム氏の件、明らかに間違いと思われたため書いてみましたが、茶化され誤魔化されてしまいました。いつのまにか、本文も直っています。ブログ主宰者様のやり方なのですから、文句を言う筋合いではないのですね。

No title

>考察や主義主張を述べる場合には裏付けもなにもありませんので、単に「こういう考え方もある」と読めば良いのであって、「信頼できない」と決めつけること自体に問題があります。

要するに私もそう言って居るんですが。民主政権で日本の将来は万全だとどこかのブログに書いてあった場合、それは主観の問題ですからコメントで、俺はそうとは思わない、とかいや、俺は民主党のマニフェストが完全無欠だと信じているとかいろいろあっても、別にそう言う見方をする人が居るんだろうなぁ、でおしまい。

しかし、そのようなブログで一切コメントを受け付けないとすれば、管理人は民主政権が日本にとってすばらしいと断じているだけのことであり、批判を持っている人間にとっては、一度見たらあとは無視すべきブログになってしまうだけのこと。

主観の問題を事実として断じてしまうからそう言うことになるわけですよ。

しかし、民主が永住外国人に地方参政権を付与する法案を提出しようとしていて、それはマニフェストから削った法案だ、と新聞なりどこなの告知版に書いてあれば、それは多数の情報源から事実であると認められるので、俺は違うと思うというコメントを受け付けても事実は変わらない。

そう言うことなんですがね。

そうそう、アグネス問題。

あれは明確に私の間違いだから、早々に元記事を修正したんですが、なんでか?私が屁理屈を並べて、いや、アグネス・ラムが正しい、チャンというのは本人が自分の名前を間違っているのだ、と押し通すのが正しいんですか?

No title

> 押し通すのが正しいんですか?

いえいえ。
素直じゃないなぁ、というだけのことで。
ヒネクレ者の小生が洒落た皮肉を書けなかっただけでございます。

No title

あたしは、素直であるには年を食いすぎたんですな。

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