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カルト

平成22年02月18日

カルトとは、本来ラテン語で崇拝と言う言葉に由来しているとのことだが、今では反社会的な宗教のことをさす。カルトと言えばオーム教団を思い浮かべるが、我々にとって不思議なのは、なぜあれだけ悪事が明らかなのに未だに信者が居るのかと言う点(最も教団名は変わっているが)、それ以前になぜ教祖の言葉を盲信し、殺人まで行ったのかと言う点だ。

だが、盲信だから疑わなかったとしかいえないのだろう。教団の幹部には最高学府を出たそれもかなり優秀な人間がそろっていたが、彼等が教祖の命ずるまま、しかもそれが悪事だとは全く疑いもせずに大規模殺人まで犯し、今では殆どが死刑判決を受けるようになっている。

今でこそあれは間違っていたと反省している者が居るとのことだが、いかにも遅すぎるだろう。

しかし、カルトは他にもたくさんある。宗教ではないが、赤軍や中核派なども自分たちの思想に反する者を殺害したり暴力をいとわない。むろん、思想は自由だが、暴力がそのために許されると信じている状態ですでにカルトと言わざるを得ない。つまり、有ることを信じ込んでしまうと、整合的な判断が自分では出来なくなり、これは普通の人間に起きることなのだ。

ところで、世界には宗教国家と言われる国々がある。文化やルール、価値観の基礎に宗教があり、全てがそこから発生するし、中には宗教の戒律がそのまま法律として使われていうる国々がある。

極端な例ではタリバンなどがあるが、現実にはイラン、サウジアラビアなどはその部類だろう。法律として機能しているのはイスラムの規律、つまりシャーリアであり、神の言葉がそのまま人々の生活を全て定めている。

なぜ、このような国家が存在するかと言えば、人々が生まれながらシャーリア以外の教育を受けないため、他の価値観と比較する事が不可能であるから、いま他の価値観に基づく法体系や政治体系を取り入れても人々がそれを理解出来ずまた従わない。

本来これらの国々には独裁国家が多く、苛斂誅求をきわめていたことから、ジャーリアの適用により独裁者の支配から免れ、神の支配を受け入れる方がきわめて受け入れやすいから。

また、これらの国々では役人や権力の座にいる者達の汚職がすさまじく、もともと正義や法の平等などは望むべくもないため、シャーリアを受け入れる方がよほど汚職を避けることが出来るし神の御心であれば平等と言う概念に縛られる必要もない。

自ら考える習慣を持たない人々に、自分で判断しろと言うのは無理であり、それを強制すれば却って社会が混乱する。故に、全て神の言葉だとすれば、間違っているはずがないと、疑う必要がない。

これらはイスラム国家の特に宗教国家について述べたが、多かれ少なかれ宗教に国民の思想や行動が規制されている国はたくさんある。南欧、アメリカ、ロシア、中南米、アジア、アフリカなどの国々は程度の差こそあれそういえる。

しかし、当然ながら宗教国家が近代化されることはない。なぜなら、自分で問題解決をする能力に決定的に欠けるため、研究開発が不可能だからだ。全てを神にゆだねてしまえば、神の御心に沿うか沿わないかが判断基準であり、例え結果が悪くても神の御心で納得してしまう。

これは日本人などからすれば理解出来ないのだろうが、現実にオームや赤軍などを見ていると、日本でもあり得るのだと思わなければならない。決して、無知な未開国の話ではないのだ。

いま、欧米が日本の捕鯨に反対している大きな理由が、鯨は賢い動物だからというのがあるが、鯨の知能が高いかどうかの基準はない。牛や豚を食べるのは神に許されているが、鯨は許されていないというのが本当の理由だ。なにしろ、たしかヨナ記だったと思うが、鯨(大きな魚)が出てきて、それが理由らしい。

つまり鯨は神聖な魚だというわけだ。これは現代の欧米人がいちいち意識しているかどうかは知らないが、彼等の宗教的価値観の中で、鯨は賢い動物であり、食べるなどもってのほか、鯨を食べるのは異教徒で野蛮人という刷り込みが出来ている。

鯨が減少しつつあるとか、鯨を食わなくても牛を食えばよいと言うのは後付けで彼等の勝手な理屈でしかない。

宗教が絡むと、自由な発想をしているつもりの人間達が実はがんじがらめに縛られていることがある。

宗教国家が近代化出来ないのはきわめて当たり前のことなのだ。

日本は、世界でも珍しいほど宗教から自由な国だ。とはいえ、宗教をないがしろにしているのではなく、むしろきわめて密接に宗教が生活に染みついている。普通に生活しているつもりで、日本特有の神道や日本化した仏教による価値観が日本文化を形作っていることに気がつくが、日本の場合、宗教が人々の思考を縛り付けている兆候はない。

これが、江戸時代から日本が近代国家であり、今も間違いなく世界最先端の近代国家である理由だろう。

ところで、その日本で思わぬカルトが急速に蔓延している。民主教という。

あれだけ民主が嘘を言い、金に汚く、国益を損ね、方をないがしろにしているのに、信じ込んだら命がけとばかりに盲信している支持者が非常に沢山居る。むろん、民主が政権を執ったのは、腐敗した自民に対する嫌悪感から民主に票が流れたのであり、積極的な民主支持ではないから、民主の化けの皮が剥がれてきた現在、民主の支持は急速に落ち、今では大体、不支持が支持を上回っているようだ。

それなのに、私が時々覗くThe JOUENAL と言うサイトに集う民主支持者達には思考能力が全くない人が多い。これはまともな視線でこのサイトを覗いてみるとかなり痛い。

これらの人々も通常は普通の人たちなのだろうが、自分で考えることを辞めてしまった人たちには民主の化けの皮のしたに現れている汚いどろどろも、美しく見えるのだろうか。

わたし達が仮にどこの政党を支持しようと、必ず批判精神を持ち、疑いを持ち、約束が履行されるか、言葉は事実かなどをチェックし続ける。それが、特にあのサイトに集う民主教信者達にはない。

ところで、教の記事だが、鳩山氏が小沢氏に、もっと国民に分かる説明をしてくれと注文したそうだ。民主教信者達には説明は必要ないそうだが、鳩山氏にはそうは思えないのだろう。

考えてみれば最近鳩山氏の小沢氏離れがささやかれている。共倒れはまっぴらだと言うことだろうか。だが、このトカゲの尻尾切りが、実際はトカゲの頭切りになるのではないかとも思える。まあ、どっちもどっちだが。

さて、問題の記事

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首相、小沢幹事長に電話「国民にもっと説明する努力を」

 鳩山由紀夫首相は18日、民主党の小沢一郎幹事長に電話し、「政治とカネ」をめぐる問題について説明責任を尽くすよう求めたことを明らかにした。首相官邸で記者団の質問に答えた。

 首相は、小沢氏に「国民の皆さんから見てまだ十分ではないと言われているとすれば、説明をお互いに尽くしていこう」と伝えたという。首相は説明する場所については「どういう場ということは申し上げていない。基本的に小沢幹事長がお決めになる話だ」と述べており、必ずしも国会に限らない考えだ。小沢氏がどう返答したかについては、明らかにしなかった。

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それでなくとも、鳩山氏が小沢氏にこれからも頑張ってくれと言ったと小沢氏が言った直後、鳩山氏がそんなことは言っていないと突っぱねたなど、尻尾が斬られるか頭が切られるかは分からないが。
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コメント

No title

次々に重いテーマの記事をお書きになられる筆力には恐れ入るばかりでございます。
いろいろ書こうにも「根拠」の重装備で参戦できないので、疑問点だけ。


1つ、ご見解をお尋ねいたします。

「日本は、世界でも珍しいほど宗教から自由な国」であるのに、カルトに入信する者がいる理由について、考察がありましたらお聞かせ願えますか?


それから、

> 牛や豚を食べるのは神に許されているが、鯨は許されていない

> つまり鯨は神聖な魚だというわけだ

> 彼等の宗教的価値観の中で、鯨は賢い動物であり、食べるなどもってのほか、
> 鯨を食べるのは異教徒で野蛮人という刷り込みが出来ている

これらのお説は見たことがなかったので、もし根拠があれば教えていただけますか。


お願いばかりで、すみません。

No title

>1つ、ご見解をお尋ねいたします。
>
>「日本は、世界でも珍しいほど宗教から自由な国」であるのに、カルトに入信する者がいる理由について、考察がありましたらお聞かせ願えますか?

自由な国とカルトに入信するの間には関連がありません。世界中の問題ですし、国毎カルトに入信している所もありますよ。カルトが日本だけの問題と認識されてました?人間の問題なのですが。

とうぜんながら、イスラム教が支配している国にカルト問題などあり得ません。国が宗教に支配されている程度により、カルトがはびこる(というより、国を支配している宗教自体がカルトなので)率は低くなりますね。当然じゃないですか。
>
>それから、

>これらのお説は見たことがなかったので、もし根拠があれば教えていただけますか。

ご自分で考えたことはないんでしょうか。ご自分で見つけようとしないことは、仮に私が根拠を挙げても、批判の対象にするしか無いんじゃないですか。

たまには自分で探して、お前の言うことは嘘だ、と突きつけてみてはいかがですか。

調べ方はいくらでもありますよ。私もそうして調べたんですから。

宿題レポート

お尋ねした件、当方の趣旨は後半にありました。
「カルトに入信する者がいる理由について、考察がありましたらお聞かせ願えますか? 」
です。
カルト論とか宗教論とか人間論とかになると、コメント返しではなくて本論記事で書いていただくべきなのかも知れませんが……。対応はお委ねいたします。

------------

根拠をお訊ねした件は本論の「カルト」の傍論のため、あんまり細かく書くのもどうかと思ったのですけど、お叱りを受けてしまいましたので「宿題」と解し改めて調べた上で(時間を要しましたが)。


> たまには自分で探して

横着しているつもりもないのですが……。

「『無い』という事実」を調べ切るのは、とても難しいので、お訊ねしました。
世界中のあらゆる文献に当たった結果「無い」と結論するのは不可能なので、
「ある」と言う方に「ここにあるよ」と教えていただくしか無いと思います。


> 牛や豚を食べるのは神に許されているが、鯨は許されていない

「豚食が許されている」ことについて、知りませんでしたので。
ユダヤ教では豚食を許されていなかった筈と理解しておりました。
鯨については「食べて良い」という規定が無い(鯨自体に言及がない)筈で
「許されていない」はその通りだと思います。

キリスト教では動物種に関する食物規定が無かったと理解しておりました。
欧米文化について言及するなら、恐らくキリスト教的価値観に基づいての
お話であるものと思いました。
だとすると「許されていない」は成立しないのではないかと考えました。
それで、そのような原典をご存知でしたらお示しいただきたかったのです。
調べた範囲では、そういうものが出て来なかったのです。

「本当の理由だ」と断言されているので、何か有力な根拠をお持ちなのだと
思いました。

「ヨナ記」という文献がわからず済みません。
似た名前で聖書に「ヨナ書」というのがあるようなので見てみましたが、
それには鯨は出てきませんでした。


> つまり鯨は神聖な魚だというわけだ

ヒンズー教で牛を神聖な動物としたり、
馬や蛇や鷲などを神聖視する宗教があるのは存じておりますが、
欧米の宗教(キリスト教のことをおっしゃっているのですよね?)で
何かの動物種を「神聖」としている例を知りませんでした。
これも調べた範囲では「鯨は神聖である」という内容を見つける事ができません
でした。

以上の2点が成立しないと、

> 彼等の宗教的価値観の中で、鯨は賢い動物であり、食べるなどもってのほか、
> 鯨を食べるのは異教徒で野蛮人という刷り込みが出来ている

という「宗教的価値観」が成立しないことになります。


だから……?  それだけです。
はじめにお断りしたように、本論のカルト問題とはあまり関係ありません。
すみません。


以上、拙いレポートで申し訳ありませんが、宿題を提出させていただきます。

No title

ヨナ記には鯨という言葉は出てきませんね。鯨がほ乳類と思われていなかったので、大きな魚という言葉で表現されています。

欧米には元々鯨を食べる食習慣はありませんでしたが、唯脂を取るために捕鯨をしていました。一部髭鯨の髭や骨を使う場合もありましたが、大半は脂を取って後は捨ててしまう捕鯨を行い、その時の乱獲が鯨の激減の原因とさえ言われています。

日本では鯨はイサナ(勇魚)といい、やはり魚と思われていて昔から命がけで鯨を捕り、骨から脂、皮、内臓全てを利用し食べ尽くし、鯨を神聖な物として鯨塚まで作っています。

鯨に対する畏敬の念を日本人は持っていました。キリスト教徒は鯨は賢いから食べてはいけないと言いながら、それは鉱物油が実用化されるまでは乱獲していたわけで、食べなかったのは鱗のない海産物を食べないという宗教上の禁忌もあったからだと聞いていますが、基本はそこ辺りから出て居るみたいですよ。

さて、ヨナ記には主人公のヨナが荒れた海に放り込まれたとき、彼を飲み込み3日3晩たすけた巨大な魚の描写があります。当時は魚と思われていた鯨であり、神の命を受けてヨナを助けたとされています。

こんなところでいかがですか。

宗教上の禁忌?

もう、本論からは離れてしまってどうでも良いことですが。

> 宗教上の禁忌

「それは無いのでは?」と申しております。
「ひれとうろこの無い水棲生物は食べてはならない」という規定があるようですが、
それはユダヤ教徒の禁忌ではありませんか。
ブタを食べないのと同様、正統派ユダヤ教徒は食物規定に敏感ですよね。
ユダヤ教の禁忌は「神聖だから食べてはならない」ではなくて
「清いものではないから食べてはならない」という概念です。
だから「鯨を神聖視」はあり得ないでしょう。

欧州諸国で、ある種の生物を神聖視する場合があるのは、各民族固有の文化や
伝承(昔話みたいなもの)、土着の宗教観によるものであって、欧州全体の
「宗教観」というものとは異なるものです。

イスラムについても、ひとくくりに「カルト」扱いされていますが、
ちと乱暴な物言いではないでしょうか。

No title

キリスト教の母胎はユダヤ教であり、概念的に両者にはかなり共通した物があります。

そのいみで、イスラムもキリスト教を母胎としており、つまり、ユダヤ教、キリスト教、イスラムは同根です。概念的に共通した物を持ちながらきわめて強固に反目しあったのはなまじっか近いからかも知れませんが、ま、それはともかく、キリスト教徒の信条に鱗のない物は食わないというのは確かにあります。イカやタコを食わないなどは(スペインやイタリアなどは例外ですが)食わないのはそのたぐいでしょうね。宗教的な禁忌ではないんですが。

イスラムをカルトと決めつけるな、けしからん、馬鹿めと仰せですが、宗教はそれをどのように捉えているかでカルトにも哲学にも生活そのものにもなります。

世界には純然たるキリスト宗教国家も仏教宗教国家もヒンズー教宗教国家もありません。あるのはイスラム宗教国家だけです。イスラムには確かにカルトの条件が色濃くあります。

キリスト宗教国家(強いて言えばバチカン)にしても聖書が全てを支配しているわけではなく、聖職者がその場でコーランを解釈して法律を作るシャーリアとは違います。

とはいえ、聖書を絶対視し法律よりも優先する連中は居ますがね。個人の問題ですよ。



No title

出先から。

> イスラムをカルトと決めつけるな

いえいえ、そうではなくて「ひとくくりに」と書きましたとおり、多種多様なあり方の集合体を大まとめにしてレッテルを貼ってるんじゃないか、と述べたまででございます。違うと思われるなら、それで良し。

> けしからん、馬鹿め

というような意は全くございませんので。

No title

>違うと思われるなら、それで良し。

いえ、程度の問題と申し上げたとおり、イスラムはカルトの傾向がより強いのは事実です。

ムスリムは異教徒との結婚を認めず、アラビア語による物以外をコーランと認めず、転教を認めず、神への疑いを認めません。布教のためにはジハードやアサシンを正当としています。これを通常カルトと言います。

ただし個人の問題ですから、個人的にはそれを否定している信者は居ます。しかし、イスラムの教義としては、思想の違う者を殺し力を持って信仰を押しつけるのであればカルトです。

>> けしからん、馬鹿め

>というような意は全くございませんので。

あはは、御懸念無く。冗談ですから。

No title

暫く外に出ておりました。

とにかく、たかおじさんのご意見はわかりました。
「カルト」の定義なんかも難しい問題ですね。

No title

>「カルト」の定義なんかも難しい問題ですね。

少なくとも人命を奪うことや暴力を教義にしている時点でカルトですね。イスラムはそれが教義にあります。ジハードやアサシンはその典型です

もっとも聖書にもあり、キリストの呪いなどはそれに入ります。ただ、これを現代のキリスト教は実行していないし、指示も公然とはしていないのでカルトの内に入れませんが、マニフェストデステニーなどはカルトと言っても良いとは、私は個人的に思っています。

ただし、現代に於いてそれが実情に合わないから、多くのムスリムはそれを形骸化しているだけのことであり、教義自体を否定しているわけではないから存在が許されているだけのこと。

現在イスラム教国はアルカイダやタリバンのテロ行動を非難はしていても、彼等自体の存在を否定はしていないし、また多くのムスリムは彼等を公然と支援していますよ。

殺人を行わないから排除されないだけで、カルトであることは事実です。

呪い

本論からだんだん脱線してしまい、すみません。

「キリストの呪い」とはどんなものですか?
愛とか救いとか聞くのですけれど「呪い」というのは耳にしたことがないので。
イスラム教やキリスト教に関して造詣が深くていらっしゃるようですので、たかおじさんには常識に思われるのでしょうけれども、わたしには良くわからない事ばかり出てきて……。
重ね重ね、すみません。「家庭教師じゃねぇ!」と言われそうですね。

「カルト」の定義について、「これ」といった定説が見つからないのですが、「定説」はあるのでしょうか。「定義が難しい」と書いたのは、そういう意味です。
知人が統一教会に入っていた(後に脱会)ので、それなりに関心はあります。

No title

カルトの定義ですか。これは一般常識での合意でしょうね。

たとえば、オームはポアが知られてからカルトとはっきり認識されたようですが、彼等が殺人を犯す以前から、ポアは彼等の教義にあったので、後から考えればそれを教義内に、持っていたオームは、誕生当時からカルトとわかると。

ただ、それも反社会的であると分かったときからカルトとも言えるでしょうね。オームは全財産を教団に捧げ、本人は無一物になることを求められます。これは反社会的であり、これを強制するのでは暴力的とさえ言えます。

同じ様な宗教で、病気になっても医師の治療を拒否したり、祈祷と称して人間を殺したりする教団が検挙されたりしています。

カルトは結果でしか分からないでしょうね。

キリスト教だって昔は神の名で人殺しをしてましたから。十字軍などそうですよ。

さて、カルトの定義ははっきりしていても、実際には暴力なり反社会的行動なり、殺人なりが現れてこなければカルトとは分かりませんね。

高橋和己の小説に「邪宗門」というのがあり、(お読みになりましたか)、ある教団のことが書いてありますが、暴力や殺人をしません。しかし、餓死という自殺を教義の中に持っており、これも反社会的である故に邪宗、カルト、と認識され、迫害されてゆく姿を書いています。私もこれをカルトだと思います。

ええと、キリストの呪いですか。

悪魔を呪い、豚を呪い、無花果の木を呪ってますよ。汝の敵を愛せよと言いながら悪魔を愛することはありませんしね。

遠藤周作の名作「沈黙」等を読むと、キリスト教もカルトだと思いますね。

・・・もしかして、成瀬様はキリスト教徒?ムスリム?だったとしたら失礼しました。

No title

> 一般常識での合意

くらいしか、行きあたりませんでしたのでお訊きしてみました。
人によって違うイメージで使用していたりして、話がかみ合わなかったりして、それで「難しい」と書きました。

> 悪魔を呪い、豚を呪い、無花果の木を呪ってますよ

なるほど。「ファラオの呪い」とか「バンビーノの呪い」とか、そういう類のことかと思ってお訊きした次第。違う方向でしたね。


わたしはムスリムではありませんが、キリストを信じました。
「教徒」か? と言われると、「『教徒』とは何ぞや」と良くわかりませんが。
知識的にはきっと、たかおじさんのほうがずっとお詳しいのでしょう。
おまけに消極的ながら今だに民主支持傾向であり、官僚支配構造に批判的であり、サプライサイドに同意できず、検察捜査を信じられず、「強者の論理」論を持ち出し、事あるごとに記事に楯突くコメントを入れる、たかおじさんが最も軽蔑するであろう種類の者であることは自覚しております。

No title

>わたしはムスリムではありませんが、キリストを信じました。
「教徒」か? と言われると、「『教徒』とは何ぞや」と良くわかりませんが。
知識的にはきっと、たかおじさんのほうがずっとお詳しいのでしょう。

信仰とは信ずることであり、知ることではありませんからそのようなこともあるのかも知れません。ただし、私の知識が多いという意味ではなく、一般論でです。

ま、その意味で、私は仏教徒です。あくまで日本仏教を受け入れているのであり、その意味で神道も受け入れている思いますよ。

>おまけに消極的ながら今だに民主支持傾向であり、官僚支配構造に批判的であり、サプライサイドに同意できず、検察捜査を信じられず、「強者の論理」論を持ち出し、事あるごとに記事に楯突くコメントを入れる、たかおじさんが最も軽蔑するであろう種類の者であることは自覚しております。

なんでまた!どの政党を支持しようと、軽蔑などするわけはないのに。そのような色眼鏡は百害あって一利ありませんよ。このような決めつけをするから、私の言うこと全てにバイアスをかけてしまうんじゃないですか?

総合的に見て民主は政権をまかせておけないとは思っていますが、例えば肝炎患者支援法案、児童虐待防止法案、児童ポルノ規制法、動物愛護法などなど、普通に報道されない部分で、確かに民主が勝れている面はあります。

しかし、これらの法改定はどの政党が政権についても、例え共産でも社民でも、民意が動けば変わり得ます。しかし、基本の外交政策、経済浮揚政策、安全保障などなどは民意が動いても政権が変わらない限り法が変わることはありません。

民主を指示しないのはその理由であって、別に坊主にくけりゃの口でないし、民主支持者を軽蔑するなどあり得ませんよ。

自民支持者だって、唾棄すべき輩は大勢居ます。

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